#インタビュー

三井物産株式会社|生産者のストーリーを可視化する「farmers 360° link」。消費者の応援でアフリカの未来を変える!

三井物産株式会社「farmers 360° link」  池田竜一さん インタビュー

三井物産株式会社「farmers 360° link」 プロジェクト本部 プロジェクト開発第二部 第二営業室 兼 デジタル総合戦略部 DX第二室 室長補佐 池田竜一

池田竜一

三井物産株式会社 プロジェクト本部 プロジェクト開発第二部 第二営業室 兼 デジタル総合戦略部 DX第二室 室長補佐

introduction

コンビニやスーパーの食品売り場など多くの場所で目にするようになった「トレーサビリティー」は、私達が手に取った商品の流通経路をさかのぼり、生産者や生産過程の情報を確認できるシステムです。

三井物産株式会社「farmers 360° link」

三井物産が展開しているトレーサビリティーシステム「farmers 360° link(ファーマーズ 360°リンク)」は、アフリカのザンビアのコットン農家と服を手に取る私達を結び、 新たな関係を作れる一歩先を行くシステムです。

今回は三井物産株式会社で「farmers 360° link」の事業に携わっている池田竜一さんにアフリカの農家の現状や詳しいシステムの特徴などをおうかがいしました。

アフリカの農業の現状とアパレル業界の課題の深い関係性

-はじめに、現在池田さんが携わっていらっしゃる事業の内容をお聞かせください。

池田さん:

弊社は数年前から、出資参画しているアフリカのETG(Exporting Trading Group)というコットンや小麦などをはじめ、肥料なども複数扱っている食農プラットフォーム企業と一緒に、新しい事業の開拓を目指して取り組んできました。

その中で私が所属している部署では、アフリカの小規模農家で栽培された素材から最終製品までを確認できるトレーサビリティシステム「farmers 360° link」の事業を展開しています。

消費者にアフリカの小規模農家の現状を知ってもらい、生産者と直接つながり、積極的に応援ができるようなプラットフォームを実現しようとしています。

–アフリカの小規模農家について教えていただけますか。

池田さん:

現在、アフリカの農業が抱える大きな問題のひとつに小規模農家の低収入が挙げられます。ザンビアは特に小規模農家の数が多い国です。しかしザンビアの人々に悲壮感はなく、農家の方々も日々の暮らしを笑顔で楽しんでいます。

とはいえ私達が当然のように享受している電気や水、電波などはありません。それらが無くて生活が立ち行かなくなるほど困っているというわけではないですが、やはり日常生活における困難はたくさんあると感じます。

小規模農家が低収入に陥ってしまうのは誰かが不当に搾取しているわけではありません。

種まきから始まる営農のプロセスの多くを機械化できる大規模農業と、すべてを手作業で行う小規模農業を比べると、キログラム当たりにかかる労力が全然違います。しかしグローバルコットンマーケットは当然労力ではなくコットンの重さに対して一定の価格が決まります。このサプライチェーンの構造上、小規模農家は栽培に掛けた労力に見合った対価を受けとることが難しい状態となっています。

《ザンビアの農村》
《ザンビアの農村》

–現在のアパレル業界の課題として大量の衣類が廃棄されることや人権問題、環境に与える負荷などが言われていると思いますが、アフリカの現状が関係している課題としてはどんなことがあるのでしょうか。

池田さん:

アフリカの貧困は人権問題の原因にもなり得ます。

貧困ゆえに不当に安い賃金で働かされる低賃金労働、子どもが教育も受けられず家計の為にやむを得ず働かされる児童労働などが起こっている地域もあります。多くのアパレル企業が、原材料調達や製造過程での労働環境を把握していないということが問題でもあります。

そこで、今まで見落とされていた生産者側の情報を消費者に伝えるサプライチェーンの構築が出来れば、これらの課題を解決に導くことができるのではないかと考え、ただ単に原産地証明だけではない、今までとは違うトレーサビリティシステムの提供に取り組んでいます。

一歩先行くトレーサビリティー。消費者が直接生産者を応援できるシステムとは。

–今までとは違うトレーサビリティシステムとはどのようなシステムなのでしょうか。

池田さん:

今までのトレーサビリティシステムは、消費者が単に生産地や製造過程が確認できるというものでした。しかしこれだけでは、生産地での人権や環境への配慮がどのようにされているのか不透明です。

弊社が取り組んでいるトレーサビリティシステムは、生産者の「人となり」、「どんな課題を抱えているのか」がわかります。

また、栽培の過程で使われる農薬や収穫方法など、環境にどのように配慮されているのかも確認できます。

そして、今までと一番違う点は、自分が買った服の売り上げの一部を、その服を作るために使われたコットンの生産農家へ還元できるシステムだということです。

消費者もただ服を買うという行為にとどまらず、生産農家を応援でき、自分の消費行動が世界にどのような影響を及ぼすのかを継続的に感じ取り、楽しむことのできるプラットフォームなんです。

このようにアフリカの現状をきちんと知ってもらい生産者を応援してもらうことで、今まで見過ごされてきた課題を解決することができる新しいトレーサビリティシステムが「farmers 360° link」です。

そしてこの「farmers 360° link」のシステムにより生産されたコットンブランドが「Cotton Chiko Africa コットン チコ アフリカ」です。

–ではまず「farmers 360° link」の詳しい内容を聞かせていただけますか。

池田さん:

システムは、「作り手側」と「消費者側」の2つから成り立っています。

コットン栽培の現地ザンビアでは生産者の情報だけでなく「肥料の種類や量」「収穫方法」「収穫量」などもきちんと記録します。

その後、収穫されたコットンは袋詰めされ、綿繰り工場に運ばれます。そしてゴミなどがより分けられ、直方体に圧縮された「コットンベール」と呼ばれる固まりになります。

《コットンの集荷》
《コットンの集荷》
《コットン袋》
《コットン袋》
《コットンベールの生産》

どの農家で栽培された綿がどのコットンベールになったかがわかるように紐づけされ、QRコードがつけられます。

《コットンベールのQRコード》
《コットンベールのQRコード》

次にこのコットンベールがアフリカから輸出され、紡績会社に運ばれます。現在は日本の紡績会社で糸になり、生地になり、そしてアパレル会社で洋服に縫製されます。

この一連の流れの中でも、どのコットンベールがどの糸になり、生地になったかを確認できるようにデータを頂いてすべて紐づけしているんです。

最終的に製品1着1着にQRコードがつけられ、生産者から製品ができるまでのすべてを確認できるようにしています。

続いては、消費者側からのアクセスです。

消費者は、自分の買った製品がどのようにしてできたかを確認できるのですが、「farmers 360° link」が他と違うのは、この先のアクションにあります。

購入代金には現地に還元する金額が含まれていて、製品のQRコードにアクセスするとその還元金をどのように使用するかが選べるんです。選択肢は「肥料の支援」「太陽光発電設備」「栄養価の高い食事の支援」「給水ポイント設置」など、生産者の状況に合わせて色々あります。

さらにチャットアプリやEmailアドレスと連携すれば、その後の支援の様子なども知ることができます。

《コットンベールのQRコード》

「水汲みに多くの時間を割かなければならなかった人が、給水ポイントができたことで空いた時間に子どもと関わることができた」などという効果を知ることができたら嬉しいですよね。

まず必要なのは生産者のストーリーを伝え、正当な対価が得られる仕組み作り

–服を購入すれば自動的に支援につながるのがよいですね。ではこのプロジェクトをなぜ立ち上げたのかをお聞かせいただけますか。

池田さん:

アフリカでの事業はやはり農業が中心になります。私自身、2ヶ月に1度は現地に行き現状を見てきましたが、そこで感じたのは農家の収入が思うようには上がっていないことです。その中で、現地で事業を始めようにも、収入の少ない農家からビジネスの対価をもらうことは難しいんです。

それならば、まずは現地の方達の生活水準を上げるための取り組みをしようと考えました。

所得が上がらない理由の一つは、アフリカの農家、特に小規模農家で栽培されるものが、どれだけ苦労して栽培し、手作業で心を込めて収穫した作物なのかを世界の誰にも知られることがない、ということが関係しているんじゃないかと。

アフリカの農家

生産者側のストーリーがしっかり消費者に伝わるような仕組みがあれば、農家の仕事に見合った対価が流れ、それが生活水準を上げる第一歩になるのではと思いました。

そして、2021年の9月から「farmers 360° link」の取り組みが始まりました。

–では「farmers 360° link」のシステムは、社会問題の解決にどのような影響を与えるとお考えでしょうか。

池田さん:

「farmers 360° link」のシステムで、生産者の状況が消費者をはじめ世の中の人達に伝わるサプライチェーンが構築できれば、フェアな分配が進み小規模農家の生活を変え、貧困問題も解決に向かっていくのではと思います。

また、電気・水・通信などの基礎インフラへの投資も生活の質の向上に大きく貢献できるはずです。

そして、「Cotton Chiko Africa」で取り扱うコットンはプリファードコットン(環境に好ましいコットン)で、「コットン・メイド・イン・アフリカ」という国際認証を受けています。

「農薬使用の制限」「灌漑をしない農業」「人権に配慮している」などいろいろな基準をクリアしたコットンを製品として販売することで、これだけの環境に良いことに貢献できていると確認でき、環境問題解決の一助になると考えています。

アフリカのコミュニティ・農家のこれからを考えると、もっと選択肢を持てる社会にすることが理想だと思います。

先祖代々受け継いできた土地で農業をすること以外の道に進むにはお金が必要ですが、所得が低いと難しいし、お金を借りるところもない。もちろん農業も1つの選択肢とし、それ以外の選択肢も知る必要があるのではないでしょうか。それがアフリカの発展、世界的な発展につながっていく。そのためにしっかり現地の人たちの生活水準を上げるのが必要不可欠だと考えています。

–「farmers 360° link」の立ち上げの際に困難だったことは何かありましたか。

池田さん:

物理的には現地までの移動が大変で、首都のルサカまでは飛行機で20時間近くかかりますし、そこから幹線道路を2〜3時間、舗装されていないわき道を2〜3時間の車移動が必要です。ホテルなどもありませんからロッジなどに宿泊しながらの仕事でした。

システムでいえば、農家の方々にこのシステムを理解して協力してもらうのが大変でしたね。

農家の方達は、毎年作物を作り売って終わりで、もらえるお金は決まっているという世界で暮らしていました。なので、いきなり日本人が来てこんなことをしたいと言ってもわかってもらえないんですよね。

アフリカのコミュニティ・農家

そこで、ETGの方達と一緒に頻繁に現地に行き、コンセプトを伝えることを繰り返し、取り組みの意味を理解してもらいました。

もう一つ大変だったのが、スマホを現地の方々に使ってもらうためのトレーニングです。

農村地帯ではスマホを触ったことのない人がほとんどです。実際にスマホで仕事をするのは農家を取りまとめているエージェントの方々ですが、「しっかり入力等の仕事をしてもらったらスマホは自分のものになる」というインセンティブを付与し協力してもらっています。

農村地帯

今まで紙で行っていたオペレーションをスマホに置きかえたシステムを作ったのですが、彼らが直感的に操作しやすい仕様を徹底的に作りこみました。そしてこちらも現地に何度も通ってトレーニングしました。

言われたからアプリ入力するのではなく、しっかり理解してもらって協力を得る、信頼を得ることは本当に大変でしたね。

応援の輪を広げ社会問題の解決、アフリカの発展の一助になりたい

–では最後に、今後「farmers 360° link」のシステムをどのように展開していきたいか、展望をお聞かせください。

池田さん:

現在「farmers 360° link」はザンビアのコットンだけの展開ですが、将来的にはカカオやコーヒーなどアフリカの様々な作物に広げていくことが大事だと思います。

とはいえ、具体的にビジネスにするとなると難しさも感じています。取り組みをアパレルブランドの方々に説明をすると共感をいただくことが多いのですが、そこからさらに具体的なビジネスに進展させるところにハードルがあったりします。加えてサービスについて理解してくれるユーザーを増やすことも必要ですが、なかなか一足飛びには行きません。

現地に還元する金額を商品価格に上乗せすることに対して、消費者がこの取り組みにどれくらい興味を持ち、楽しみ、理解を示してくれるかまだまだトライアルの段階です。

弊社も価値を認めてもらえるようにプロダクトを磨き、アパレルブランドや消費者と協業しながら理解を得ていくのが重要だと思います。

はじめてのコラボレーションは「Ron Herman ロンハーマン」で、2023年4月1日にコラボ商品が発売されました。

《ロゴ:Ron Herman

素材がサステナブルであることや「farmers 360° link」の透明性の高い、他にはないシステムに共感いただきコラボレーションが実現しました。

《Ron Herman・farmers 360°link のコラボ商品》
《Ron Herman・farmers 360° link のコラボ商品》

弊社は消費者に直接アプローチできませんが、作物をきちんと製品にできる形にして届けられれば、消費者を魅了する商品を作る企業はたくさんあります。今後もそのような企業と協力し、たくさんの方に「farmers 360° link」を使ってもらいたいです。そして多くの方に生産者を応援し、農家の選択肢を増やしてしていく循環の仲間になってもらいたいと思っています。

–たくさんの服に「farmers 360° link」のQRコードがつく日が楽しみです。本日はありがとうございました。

関連リンク

farmers 360° link HP:https://farmers360link.com/

farmers 360° link Instagram: https://www.instagram.com/farmers_360_link/

Ron Herman:https://ronherman.jp/news/2946