「LGBTQ」という言葉よりずっと前から使われている「性同一性障害」。心の性と体の性が一致していない状態を指す言葉です。
この記事では、性同一性障害の概要や特徴、似た定義を持つ「トランスジェンダー」との違い、また性同一性障害に関するよくある質問なども解説します。さらに、性同一性障害の人が性別変更するに当たって直面する困難や、「障害」とつくけど病気なの?生まれつきじゃない?という点も深堀りしていきます。
今や多くの人が知っている「性同一性障害」という言葉の意味を正しく理解できているか、この記事を読んで振り返ってみましょう。
目次
性同一性障害とは
性同一性障害とは、性自認(性同一性、心の性とも)と身体的性が一致しない状態を指す医学用語です。近年はGID(Gender Identity Disorder)と言われることも増えてきています。原因は明らかになっておらず、向き合い方に思い悩む方も多いです。
ここで、性同一性障害について理解するうえで欠かせない「性自認」と「身体的性」の考え方について、確認してみましょう。
- 性自認…自分自身が認識している性。男性・女性のほかにXジェンダー(男性女性のいずれにも属さない)やクエスチョニング(定まっていない・定めていない)などもある。性同一性とも。
- 身体的性…出生時に身体構造(外性器など)によって判断される性。男性・女性のいずれか。
LGBTQとの関係
セクシャルマイノリティ(性的少数者)を指す言葉として使われる「LGBTQ」。それぞれのローマ字は、少数派にあたるセクシャリティの頭文字を表しています。LGBTQの5つ以外にもセクシャリティは多くありますが、「LGBTQ」がセクシャルマイノリティ全体を表す言葉として、広く一般的に使われています。
- L…Lesbian(レズビアン:女性同性愛者)
- G…Gay(ゲイ:男性同性愛者)
- B…Bisexual(バイセクシュアル:両性愛者)
- T…Trans-gender(トランスジェンダー:身体的性と性自認が異なる)
- Q…Questioning(クエスチョニング:性自認や性的指向を決められない、迷っている)
LGBTQのTである「トランスジェンダー」は、性同一性障害と同じことを指しているように見えますね。トランスジェンダーと性同一性障害にはどのような違いがあるのか、次の章で確認してみましょう。
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トランスジェンダーとの違い
トランスジェンダーと性同一性障害はどちらも「身体的性と性自認が一致していない状態」を指し示しており、同じ意味を持つ言葉のように見えます。しかし、この二つの言葉は完全にイコール関係にあるとは言えません。違いは、それぞれの言葉が使われるシーンにあります。
トランスジェンダーは、当事者が自身のセクシャリティを表現するときに広く使われています。一方で性同一性障害は、医学的な場面でつかわれることが多い用語です。つまり、一般にセクシャリティを表現するときには「トランスジェンダー」という言葉を用いることが主流であり、「性同一性障害」は医学的な診断や研究をする際につかわれるということです。実際に日常生活において「身体的性と性自認が一致していない状態」の人について述べるときは、「トランスジェンダー」を使うほうが適切な場面のほうが多いといえます。
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性別違和・性別不合との違い
「性同一性障害」という言葉には「障害」の二文字が含まれており、「疾患(病気)」であるという印象を受けてしまいます。一方で、世界的には性同一性障害の状態の「脱病理化」、つまり病気ではないとみなすことが進んでいます。
世界保健機関WHOは2019年、これまで「精神・行動・精神発達の障害」というカテゴリーの中の一つとしていた性同一性障害を、「性の健康に関する状態」というカテゴリーに移行し、名称も「性別不合」に変更しました。
またアメリカ精神医学会も2013年に「性同一性障害」という病名を「性別違和」に変更しています。
性同一性障害という言葉がつかわれ続ける理由
では、日本ではなぜ未だに「性同一性障害」という言葉が使われているのでしょうか。その大きな理由が、2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の存在です。
この法律は、トランスジェンダーの人が法的な性別を変更するための特例について定めています。具体的には、家庭裁判所が法的な性別変更の審判をするために、前提条件として対象となる人が「性同一性障害者であること」が求められています。つまり、医師によって「性同一性障害」の診断を受ける必要があるのです。このことから、日本ではいまでも「性同一性障害」という名称が使用され続けられているといえます。
性同一性障害の特徴
続いては、性同一性障害の人に見られる特徴をいくつか解説します。
性自認に基づいた性への「同一感」を抱く
性自認に基づいた性、つまり身体的性とは反対の性に対して、「同一感」「一体感」を抱きます。そして、このような同一感、一体感は一時的なものではなく、持続的に抱きます。
そのため、身体的性とは反対の性の服装や言葉遣い、振る舞いなどを好むようになります。
性自認に基づいた「性役割」を果そうとする
性役割とは「ジェンダーロール」ともいい、それぞれの性別で社会的に期待されている役割のことを指します。例えば、
- 男は少しのことで涙を見せず、たくましく
- 女はおしとやかに、優しく
- 男は仕事/女は家庭
- 警察官や建築業は男の仕事/看護師や客室乗務員は女の仕事
といったものが挙げられます。
性同一性障害の人は、身体的性ではなく性自認に基づいた性役割によって、行動しようとする特徴があります。なお実際の行動には個人差があり、性同一性障害の状態にあることをオープンにしているかどうかによっても、行動に差があります。
なおこれらの性役割によって苦しむ人は少なくなく、出来るだけ取り除いていくべきではありますが、現代にこのような性役割が存在しているのは事実です。
自らの身体的性に嫌悪感・不快感を覚える
身体的性と性自認が一致していない性同一性障害の状態では、身体的性に嫌悪感を覚えることが多いといえます。
小児期においては外性器の有無、さらに成長するにつれて、乳房や筋肉、骨格といった身体的な発達、声変わり、体毛、生理などといった、身体的性に固有の現象が起こるようになります。これらに嫌悪感・不快感を感じることとなります。
これは性同一性障害ではない人も、自分に置き換えるとほんの少しは理解できるのではないでしょうか。
性同一性障害の性別変更
前述のとおり、性同一性障害の方が法的に性別を変更する際は、2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」に基づいて、家庭裁判所が審判を行います。性別を変更するためには、2人以上の医師による診断が必要なほか、5つの要件が定められています。ここではその5つの要件の内容と、諸外国との比較などを解説します。
成人(18歳以上)であること
法的な性別変更は大きな決定であり、未成年では意思決定能力が不十分であると考えられるため、設けられている要件です。また性別変更は個人に関わる内容のため、保護者(法定代理人)の同意があっても不可能となっています。
なお海外に目を向けると、国や地域によっては年齢要件がさらに低い場合や、年齢要件を下回っていても両親の同意、裁判所の個別判断によって認められる場所もあります。
現に婚姻をしていないこと
婚姻状態にある人が性別変更を行うと、現在日本では認められていない同性婚となってしまうため、この様な要件が設けられています。
海外でも、同性婚を認めていない国や地域では、基本的に同様の要件があるようです。なおこの記事の本題からはずれてしまいますが、G7(主要国会議)参加国の中で同性婚を認めていないのは日本だけになってしまいました。
現に未成年の子がいないこと
法律施行時は「現に子がいないこと」という要件でしたが、2008年の改正で「子」が「未成年の子」に改められ、若干の要件緩和がみられました。
一方でこの要件は違憲なのではないかと、度々議論を呼んでいます。
2007年、最高裁はこの要件を「家族の秩序を混乱させ、子どもの福祉の観点からも問題が生じないよう配慮したもの」であるとし、合憲であると判断しました。2021年にも同様の判断がなされています。一方で、最高裁で担当した5人の裁判官のうち1人は違憲だと反対意見を表明しています。実際にこの要件があるために、法的な性別移行が出来ない当事者もおり、妥当な要件であるかどうかは検討を続ける必要がありそうです。
なお、性別変更を法定している諸外国では、この「子なし要件」を設けている国・地域は見当たりません。
生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
この要件は、簡単にいうと「身体が子どもを作ることのできない状態」である必要があるということです。「変更前の性別の生殖機能によって子どもが生まれると社会に混乱が生じかねない」という理由により設定されています。
この要件を満たすためには、手術によって睾丸精巣・卵巣の摘出をする必要があります。身体的・金銭的負担があり、性別を変更したい人に立ちはだかる大きな壁となっています。さらに、生殖腺の摘出は「断種」にあたるため、人権侵害なのではないかという声も上がっています。
2022年12月、最高裁の第一小法廷はこの要件の合憲性の判断を、大法廷で審理することを決めました。これは最高裁に所属する15人全員の裁判官で判断するということです。2023年4月現在、まだ結果は出ていないため、判決の行方が注目されています。
【2023年10月】性別変更の手術要件を最高裁が違憲判断
2023年10月25日、最高裁判所は、戸籍上の性別変更に生殖機能をなくす手術を受ける必要があるという要件について、憲法に違反していると判断しました。
この要件が、憲法が保障する「意思に反して体を傷つけられない自由」の制約に当たるためです。
今後は、この判断に基づき国会で法律の見直しが行われることになります。つまり、戸籍の性別変更するにあたって手術が不要になる可能性が高いでしょう。
その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
この要件は、変更後の性別に近い性器の見た目を持つ必要があるということです。公衆浴場など、公衆の場で混乱を生まないために設けられた要件と言われています。この要件を満たすためにも一つ前の要件と同じく、手術を経る必要があり、度々議論を呼んでいます。
そもそも性別変更を望む当事者全員が、手術による外観の変更を望んでいるわけではありません。手術は金銭的・身体的負担のほか、失敗や後遺症のリスクもありますし、健康な体にメスを入れることに抵抗を覚える人もいます。
性同一性障害に関するよくある質問
次に、性同一性障害に関するよくある質問をいくつか取り上げ、解説します。
性同一性障害の診断は?
性同一性障害の診断は、医師が行います。特に日本精神神経学会による「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第 4 版改)」によると、「性同一性障害に十分な理解と経験をもつ精神科医が診断にあたることが望ましい」とされています。
以下の4つのステップによって診断することが主流のようです。
- 性別学的性の判定
内外性器の検査の他、ホルモン検査、性染色体検査などによって行います。 - 性自認(性同一性)の判定
日常生活の状況などの聴取によって判断されます。聴取は本人の他、本人の同意の範囲内で家族や親しい人も対象とされることがあります。もちろん聴取にあたっては、アウティングなどによって、本人とその他の人々の関係に影響が及ぶことのないよう、配慮されます。 - 以上2点を踏まえ、生物学的性と性自認が不一致であることの確認
- 除外診断基準に当てはまらないか確認
具体的には、以下にあたる場合は性同一性障害ではなく、別の病気である(除外診断)とされます。
・身体的性と性自認の不一致が、統合失調症などの精神的障害や、生まれつき外性器の形成に異常が起きる「性分化疾患」に起因している。
・性別変更を求める理由が社会的理由(性役割の忌避、職業的な利得を得るためなど)である。
性同一性障害はなぜ起こる?
2023年現在、性同一性障害の原因は明らかになっていません。
しかし、身体的性と性自認が一致しないことの要因の一つとして、胎児期のホルモン環境が関わっているという研究結果もあります。
胎児の性別決定は、初めに身体的性が決定し、その後に身体的性に合わせて脳の性(性自認)が決定されるとされています。この脳の性別を決定する段階で、通常とは異なる事象が発生すると、身体的性と脳の性にズレが生じてしまうと考えられています。
ただし、これが性同一性障害の原因だと明確にされているわけではありません。
女性も性同一性障害になる?
「女性も性同一性障害になるのか」は、度々みられる疑問です。
身体的性が男性の人も、身体的性が女性の人も、自身の性自認と一致せず、性同一性障害と診断される人はいます。
ちなみにセクシャリティの面から議論すると、以下のように分けて呼ぶこともあります。
- 身体的性は男性、性自認は女性→トランスジェンダー女性(MtF)
- 身体的性は女性、性自認は男性→トランスジェンダー男性(FtM)
性同一性障害の方との接し方は?
性同一性障害の方と接する際は基本的に、相手が自認している性別に対する接し方をすることが好ましいでしょう。例えば身体的性は女性、性自認は男性という方と接する場合、あなたが普段男性にとる接し方を取るとよいということです。
また性別移行をしている人と接する際には、性器や生殖腺はどうなっているのか気になることもあるかもしれません。ですがそれは非常にプライベートな質問です。性器に関わる話題は、相手を性同一性障害でない人に置き換えれば、相当関係性の深い間柄でないかぎり、適切ではないことが分かると思います。
性同一性障害の人も、そうでない人も、適切なコミュニケーションは人それぞれです。分からないことがある場合は、どんな対応が一番心地いいか、本人に尋ねてみましょう。
自分の子どもが性同一性障害と考えられる場合はどこに相談すればいい?
ご自身のお子さんが性同一性障害の疑いがある場合、どうすればいいか分からず困ってしまう保護者の方もいることでしょう。現在、各地域に性同一性障害の診断や相談ができる医療機関が開設されています。検索エンジンで「性同一性障害 病院 (地域名)」のように検索すると、複数の医療機関が候補として表示されます。
身体的な症状がない状況で医療機関に行くのは、一部の人にとっては勇気のいることかもしれません。しかし、それが本人の苦しみが解放されることへの第一歩となります。
性同一性障害とSDGsとの関係
最後に、性同一性障害とSDGsについて解説します。
SDGsは、だれ一人取り残さない、持続可能な世界をつくるために、2030年までに達成すべき国際的な目標です。全部で17ある目標のうち、性同一性障害と大きく関連する目標は以下の2つです。
- 目標3 全ての人に健康と福祉を
- 目標5 ジェンダー平等を実現しよう
目標3では、「2030年までに、すべての人が、性や子どもを産むことに関して、保健サービスや教育を受け、情報を得られるようにする」「2030年までに(中略)心の健康への対策や福祉もすすめる」といったターゲットが掲げられています。
また性同一性障害は、ジェンダー・セクシャリティの問題と大きく関係しています。目標5には、国連加盟国のうちの一部が同性愛などを法的に認めていないことと関連し、セクシャルマイノリティに関する記述はありません。ただし性同一性障害も含めた全ての人々の平等を実現することが、目標5達成の鍵と言えます。
【関連記事】トランスジェンダーとは?性同一性障害との違いや抱える問題も
まとめ
この記事では性同一性障害について、言葉の定義やその特徴、また性別変更にあたって直面する悩みやよくある質問などを取り上げて解説しました。
ここまでで説明した通り、性同一性障害とトランスジェンダーの定義は、ほぼ同じです。
当サイトでは、トランスジェンダーについての記事も公開しています。そちらでは、当事者の悩みや、その他のセクシャリティとの違いなどについても解説しています。ぜひ、ご覧ください。
参考
GID学会
村口きよ女性クリニック;「性同一性障害」 は 「性別違和」 に、 さらに 「性別不合」 へ
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 | e-Gov法令検索
性同一性障害について | 北九州市 いのちとこころの情報サイト
性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第 4 版改)
性同一性障害;日本女性心身医学会