中村将人
インパクト/ESGベンチャーキャピタルGLIN Impact Capital代表パートナー
“国内第一世代のインパクト/ESGベンチャーキャピタルGLIN Impact Capital代表パートナー。総合商社時代の途上国駐在経験をきっかけにソーシャルビジネスやインパクトESGファイナンスに興味を持ち、ハーバードビジネススクールに留学。米国Acumen Fundにて知見を深めた。”より良い資本主義の構築”をミッションに、国内外の未上場企業に対してインパクト投資およびESG経営戦略策定支援を行う。
introduction
2021年2月創業のGLIN Impact Capital 有限責任事業組合。国内第一世代のインパクト投資※1ファンドとして、”より良い資本主義の構築”をミッションに、環境汚染や少子高齢化、ジェンダーギャップなど、日本や先進国が直面する社会課題の解決を目指すスタートアップへの投資やインパクト・ESG経営戦略策定支援を行っています。今回、代表パートナーの中村さんに設立経緯や事業についてお話をお伺いしてきました。
インパクト投資とは
GSG 国内諮問委員会HP https://impactinvestment.jp/impact-investing/about.html
“インパクト投資とは、財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資行動を指します。従来、投資は「リスク」と「リターン」という2つの軸により価値判断が下されてきました。これに「インパクト」という第3の軸を取り入れた投資、かつ、事業や活動の成果として生じる社会的・環境的な変化や効果を把握し、社会的なリターンと財務的なリターンの双方を両立させることを意図した投資を、インパクト投資と呼びます。”
インパクト投資の発展を通じて、次世代により良い資本主義を引き継ぎたい
ーまずは事業概要について教えてください。
中村さん:
私たちは「より良い資本主義の構築」をミッションとして、社会課題解決に与えるポジティブなインパクトと、事業の持続的成長に伴う財務的リターンを同時に追求できる企業に対するインパクト投資をしています。
出資後も投資先企業のミッションや想いに伴走しながら、持続的な成長が出来るような支援をします。
ー「より良い資本主義の構築」に込められた思いについて教えてください。
中村さん:
現行の資本主義においては、企業や投資家が短期的経済リターンのみを追求して活動を行うことにより、社会課題が引き起こされたり助長されたりする大きな要因になっている側面があります。
この課題を課題のまま残すのではなく、「よりサステナブルな資本主義へのアップデート」をして、新たな形を次世代に引き継いでいくことが、私たちの世代に課されたミッションだと思います。私たちはインパクト投資の発展を通じて、より良い資本主義を構築することを目指しています。
資本主義の在り方を再考するきっかけとなった駐在時代
ーなぜ「資本主義のアップデート」が必要だと思われたのでしょうか。
中村さん:
きっかけは、総合商社に勤務していた際のインドネシア駐在で、構造的な貧困や格差を目の当たりにしたことです。自分は会社からドライバー付きの車が支給されていて、ゴルフに定期的にいくような恵まれた生活をしていましたが、その一方で、自宅周辺にはスラム街があり、貧富の格差を実感したんです。
今でも衝撃的な出来事として思い出すのですが、ある日ゴルフに車で行く道すがら、道路の中央分離帯でホームレスの3歳くらいの女の子が寝ていました。危ないと思ったので、車を止めて安全な場所に連れていったんです。
そして水か食べ物をあげようとした時に、「何かをあげてしまったら、女の子は毎日ここで寝るようになってしまう。だから絶対にものをあげてはいけない。」と、ドライバーに止められ、結局それ以上のことはできませんでした。もどかしい気持ちでいっぱいでしたし、このような問題を解決するためには、貧富の格差を生み出している社会の仕組みそのものを再考しなければならないと肌で感じました。
とはいえ、社会システムの変革に携わるには、会社で与えられた業務をこなすだけでは難しい。当時会社の業務で、インドにおける農業テックスタートアップへの投資検討に関わっていました。
途上国の農業セクターは世界の最貧困層が従事しているため、農家をエンパワーするようなビジネスに社会的意義を強く感じていましたが、その様なことと会社の投資意思決定は関係なく、いかにIRR(投資リターン)や事業シナジーによる儲けを出せるかを検討していました。
一方で、周りを見てみると、そういった企業に欧米投資家を中心としたインパクト投資家が、ソーシャル面とフィナンシャル面の両方を真面目に議論して出資を行っていました。その様な、ビジネスを通じた社会課題の解決を目指す企業に対して、血液となる資金を注入するインパクト投資に強く惹かれるものがあったんです。
そこで、当時の日本ではインパクト投資について学ぶ環境がなかったので、インパクト投資・ソーシャルビジネス・社会の在り方とビジネスの関係などについて学ぶためハーバードビジネススクールに留学しました。
社会システムの変革には、民間企業の資源と能力を積極的に社会課題解決に振り分けられる環境の整備が必要
ー留学中にはどのようなことを学びや気づきがありましたか。
中村さん:
「資本主義の再構築」という授業が印象的でした。
フランスの経済学者トマ・ピケティが『21世紀の資本論』という本で、「r>g」※2という不等式に表したように、歴史的に見てもお金がお金を生むスピードと、働いて貰える給料が伸びるスピードを比べると、お金がお金を生むスピードの方が早いことがデータでわかっています。
また、1950年以降、欧米では所得格差が広がっており、2010年の米国ではトップ10%と、その国全体の50%の人の所得・資産が同様というデータもあります。
※2 :r(資本収益率)の方が、g(経済成長率)を上回ると貧富の差は広がるという理論
そして同じ時期から地球温暖化も加速度的に問題になっています。さらに、各国GDPも同じ時期から急激に伸びています。つまりは、人間のビジネス活動が急加速してきた時期と、格差や環境問題が拡大した時期が重なっていることが分かります。
1976年にノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンは、「新自由主義」を掲げ、“ビジネス(経済活動)のただひとつの目的は利益の最大化である”として市場原理主義、金融資本主義を唱えました。
しかし、短期・中期経済利益のみを追及する資本主義の仕組みは、それに付随して貧困・男女・人種といった様々な属性で起きる格差や温暖化などの問題が生まれてしまいます。
とあるデータによると、グローバルでの金融資本市場のサイズ(≒ビジネス活動に流れ込む融資・株式の総量)約2京円(20,000兆円)※3、日米の公的支出合計が700兆円※4.5、日米の個人寄付金総額が36兆円※6です。流れ込む金額の量は活動の血液量の様なものなので、金融資本市場の大きさとプライベートセクターの活動の大きさがわかると思います。
数字の大きさから見ても、資本主義の諸問題を治すには公的機関や善意による寄付での社会課題解決ではパワーが足りず、プライベートセクターがここまで巨大化した現代においては、プライベートセクターを変えないと世の中はよくならないと思っています。
プライベートセクターを変えるには、中短期のファイナンシャルリターンのみを目的に事業をする、ということを変えるべきで、事業が世の中に生み出す中長期的なインパクトや負の外部性まで考慮した判断が当たり前になる必要があると思いました。
※3 SIFMA(Securities Industry and Financial Markets Association)調査
※4 財務省調査 :https://www.mof.go.jp/zaisei/index.htm
※5 外務省調査:https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na2/us/page23_003047.html
※6 日本ファンドレイジング協会調査:https://jfra.jp/research
国内でインパクト投資を広げるためには、規模が小さくてもファンドを作り始めることに意味がある
ーなぜインパクト投資ファンドを立ち上げたのですか。
中村さん:
留学中に卒業研究として、インパクト投資を指導する教授に指導教官としてついてもらい、後にファンドの創業メンバーにもなる日本人留学生4名と「日本でインパクト投資が拡大するために何が必要か」を研究しました。その結果、国内のインパクトファンドを運用するアセットマネジメント組織(インパクト投資ファンド)が不足していることが、原因の一つであるという結論に至りました。
当時、国内のインパクトファンドは本当に数える程しかなく、日本の社会課題に沿ったインパクト投資の事例や実践知の蓄積が殆どなく、またそれが故にビジネス界でも「社会に良いことは儲からない」という考え方が根強くありました。それであれば、自分たちが規模が小さくてもインパクト投資を実践し、実践知や事例を社会に共有していくことに意味があると考えました。
帰国後、元々の組織でインパクト投資を事業として立ち上げたいと思ったのですが、実現が難しいことが分かりました。会社に戻ってインパクト投資と関連のない業務を行うか、当時1年近くインターンさせて貰っていた海外の既存インパクトファンドに就職するか、日本でゼロからインパクト投資を専門に行う会社を立ち上げるかの3択で、非常に迷いました。
自分の知見・ネットワーク・情熱を用いて世の中に最も貢献できる道は3択目の日本での立上げだろうと考えましたが、経済的には一番厳しい道で留学費用の借金返済もしなくてはならなかった為、非常に迷いました。
当時ビジネススクールで教授に紹介された”If not you, who? If not now, when?”という言葉が心の中にあり、また同級生で起業する仲間に背中を押され、自分も起業を選択したんです。
–GLIN1号ファンドの仕組みについて教えてください。
中村さん:
私たちは、機関投資家、事業会社や個人投資家等などのLP投資家から集めた資金を10年間運用します。投資対象は、事業が軌道に乗り、上場が見えてきた「レイター」段階の企業で、1社あたり数千万円から数億円を投資する計画にしています。
経済価値と社会インパクトを追求しているため、ファンドのキャリー(成功報酬)にもインパクトの成果を反映させています。現時点では4件の既存投資先がありますが、いずれも順調に成長中です。
–どのような社会課題を解決しようとしている企業に投資するのですか。
中村さん:
日本を始めとする先進国の社会課題(少子高齢化、ジェンダー格差を始めとする多様性社会への課題、農業/食糧問題、環境問題、メンタルヘルス、教育格差等)としています。テーマ設定間での優先順位はありません。
今後は米国企業にも出資を行い、グローバルでインパクト投資業界の発展に貢献していきたいと思っていますが、まずは国内で広めたいという思いがあるため、今回のファンドのメインは国内企業ですね。
–出資候補先はどのように見つけるのでしょうか。
中村さん:
大きく2通りあって、メディアへの露出やセミナーなどで登壇した際に、興味を持っていただき、お問い合わせがある場合と、スタートアップピッチのイベントや同業者からの紹介などで、こちらからアプローチする場合があります。投資候補案件は増えていますし、ディールフローは潤沢だと思います。
–どれくらいの候補からどのように出資先を絞り込むのでしょうか?
中村さん:
この1年で全て含めると300件くらいの候補先が有ったと思います。その中からこれまで4件に出資しました。投資判断基準、財務的リターンに加え、社会的インパクトを組み入れる両取りの投資なので、投資判断は「リスク」「リターン」「インパクト」の3軸です。
まず「リスク」と「リターン」ですが、こちらはファンドとして経済的リターンを獲得できるのか、企業の成長性や競争優位性の観点からデューデリジェンスします。
「インパクト」は、どのような社会課題を解決しようとしているのかといったコアとなるインテンショナリティや、競合他社との差別化や先進性、提供しているサービスが社会課題の解決と一致しているかといったプロダクトフィットなどを評価し、その上で想定インパクトを定量化し判断に組み込むことにトライしています。
–上場後はどれくらいの期間、どのような内容の伴走支援をするのでしょうか?
中村さん:
まずは投資先の経営戦略として、どのように社会的インパクトやESGの観点を組み込んで、中期経営計画をアップデートするのかを支援します。そして、対外コミュニケーションとして、お客様や採用候補者、投資家といった各ステークホルダー向けの情報開示や発信についてもお手伝いします。
例えば社会定的インパクト部分でいえば、投資先の坂ノ途中が、事業を通じてどの様にインパクトを創出しているかについて、セオリーオブチェンジというフレームワークを用いて整理・可視化しています。そのうえで、今後取っていくべきアクションの設定や、インパクト目標としてのKPI設定を行っています。
また、ESG部分でいえば、投資先であるユニファ株式会社の支援を行い、ESGのマテリアリティマップの開示を行いました。さらに、グローバル人材の採用支援にも力を入れていますし、グローバルネットワークを活用して海外進出する際のサポートや、将来の投資家の紹介も行なっています。
–事業社会面可視化・ESG対応等に関するアドバイザリー事業について教えてください。
中村さん:
投資事業は未上場企業が対象ですが、アドバイザリー事業は上場企業が対象で、案件は順調に増加しています。それに伴い、GLIN創業メンバー以外でアドバイザリーチームのフルタイムメンバーも増えてきています。
現状では、ESGマテリアリティの特定、経営戦略の更新、アクション設定やESG格付け対応がメインですね。格付けに対応していく中で必要な制度設計について支援したり、IRのサポートもしています。
事業社会面可視化の手法は、ESGと若干違って、インパクト・SDGs的な話です。事業インパクトの可視化手法は前述のセオリーオブチェンジ等を使い、事業と社会課題解決の繋がりを明確にした上でKPI設定などを支援しています。統合報告書で概念的に整理されたものを、さらに定量的に深掘りをするイメージですね。
上場株に対してもインパクト投資を実施するファンドが増えているので、今後は上場企業においてもIRでの要求対応や、資金調達などの機会獲得として実践するところが増えてくるのではないかなと予想しています。事業が生み出す社会的インパクトが企業価値にどのように繋がっているかまでクリアになるといいと思います。
社会的インパクトがあたりまえに評価される世界に向けて
–国内のインパクト投資市場への今後の期待とGLINの取り組みについて教えてください。
中村さん:
GLINの設立目的は、国内でのインパクト投資普及です。その中で、インパクト投資普及への障壁は大きく3つあると感じています。「投資の世界の構造的な問題」、「多くのビジネスパーソンが持つ『社会に良いことは儲からない』という思い込み」、「インパクトの計測方法の問題」です。
一つ目の「投資の世界の構造的な課題」ですが、投資の世界には、①巨大な金額を様々なファンドに投資するアセットオーナーと、②アセットオーナーからの資金を基に企業に投資を行うアセットマネジャーと、③投資を受ける企業というプレーヤーがいます。
インパクト投資に興味のある①国内アセットオーナーは実は結構いて、わざわざ予算をとって、海外のインパクトファンドに投資しているところもあります。また、社会的企業の定義は色々ありますが、国内にいわゆる③社会的企業・起業家は多くいらっしゃいます。
一方で、アセットオーナーから受託した資金をインパクトという観点を合わせて適切に運用できる②アセットマネージャーが少ない。アセットオーナーと社会的起業家を繋ぐ役割が薄いことが、国内でのインパクト投資普及のボトルネックだと思います。
見せかけだけでない正しいインパクト投資が根付いていくことが必要だと思いますし、GLINがファンドとして成功事例を作りフォロワーに広がっていくことで、このボトルネックを解消し、広がりの触媒的な役割を果たしたいです。
インパクトの測り方の公平性や客観性についての基準づくりは、欧米が先行して実践していくと思います。さらには、そういったグローバル基準を日本の状況を踏まえた手法にカスタマイズし、実績を積み上げる事で、日本の社会課題状況にあったインパクト投資を創っていき、「良い事は儲からない」という固定観念を覆していきたいです。
広く普及させるという意味でインパクトシェアというメディアを立ち上げていますので、ぜひご覧ください。
インパクトシェア メディア https://impactshare.substack.com/
国内のインパクト投資普及の希望の光でもあるのですが、最近「インパクト志向金融宣言」という、複数の金融機関が協同し、インパクト志向の投融資の実践を進めて行くイニシアティブが2021年に発足しています。
こういった同業種で横連携しながら新しい取り組みにチャレンジしていくのは、日本ならではの発展形態だと思っています。GLINは海外連携分科会というタスクフォースの座長をやっており、最新の海外知見を日本に紹介していくと共に、こういった日本のユニークな動きを海外に発信していくことも大事だと思っています。
またVC分科会の座長も兼任しており、日本のインパクト投資VC間で、ノウハウの共有やコンセンサスビルディングを行っていきたいと考えています。
–GLINの今後の展望について教えてください。
中村さん:
今後は2号、3号とファンドを大きく、カバー範囲も広げて多角化していきたいです。
市場規模が大きくグロースが早いソーシャルビジネスは、GLIN1号ファンドのカバー範囲ですが、成長に時間がかかったり、リスクが高いとされる新興市場や研究開発ベンチャーや、市場規模が小さくニッチだが重要な社会課題を解決する地方創生事業、難病解決事業にチャレンジする企業などもカバー範囲として広げていきたいと思います。
今後もファーストペンギンとしてインパクト投資ファンドとして成功事例を作り、様々な挑戦をすることで、金融資本主義の発展と共に社会課題が自律的に解決される社会の構築という、GLINが中長期的に目指す世界を実現していきたいです。
–本日は貴重なお話をいただきありがとうございました!
GLIN Impact Capital 有限責任事業組合 :https://www.glin-impact.com/