#インタビュー

福岡県宗像市|「世界遺産×SDGs」で、伝統を守りながら新しいまちづくりに挑戦

福岡県宗像市 飯野様 山口様 インタビュー

飯野英明

宗像市経営企画部経営企画課長。平成8年入庁。総務、財成、保健福祉、企画業務を経て、民間の九州・アジア経営塾に出向。帰任後は、秘書政策課、世界遺産課にて宗像国際環境会議や世界遺産登録に係る業務を経験。令和3年より現職。

山口翔太

宗像市経営企画部経営企画課主任主事。平成30年に半導体製造メーカーにて営業、企画職等を経験後、社会人経験枠にて入庁。商工観光課にて離島振興や事業者支援業務を経験。令和4年より現在の業務に従事。

introduction

『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』が世界遺産に登録された福岡県宗像市。2020年にはSDGs未来都市に選定され、世界遺産を中心としたSDGsへの取り組みが行われています。しかし、これはSDGsを特別意識したことではなく、古くから自然と共に生きてきた宗像の人々の生活の延長線上にあることがわかりました。世界遺産を守ることがSDGsにつながる宗像市の取り組みに迫ります。

守り続けてきた神聖な場所、世界遺産・沖ノ島への強い想い

–早速ですが、宗像市の概要について教えてください。

飯野さん:

宗像市は、2017年に世界遺産に登録された宗像大社を有し、福岡市の北東に位置しています。

世界文化遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」は8つの資産で構成されていて、宗像市内には7つの資産が、残る1つは隣の福津市に所在しています。

宗像大社は、沖ノ島にある「沖津宮」、大島にある「中津宮」、本土にある「辺津宮」の三宮からなり、宗像三女神がまつられています。

足掛け10年以上、住民の皆様や学識者の方々、そして宗像市と福津市、福岡県が手を取り合って努力を重ね、登録が認められました。

–「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」は、どういった点が評価されて世界遺産に登録されたのでしょうか。

飯野さん:

外国との交流のための神事を行ってきた沖ノ島を、「神様が宿る島」として現在まで大切に伝承してきた伝統が、世界文化遺産として評価されました。

福岡は韓国や中国の近くに位置しているため、外国との交流を行う際に船を出す港として栄えていました。本土側から船を出して大陸の方へ渡るのですが、当時船で海上を渡るというのは命懸けでした。そのため、洋上の沖ノ島に立ち寄り「安全に航海できるように・渡航先でも安全に交流できるように」と捧げ物を納めて神に祈り、大陸に渡るということを何百年も繰り返してきたんです。

沖ノ島は、安全を祈願する神聖な土地ということもあり、古くから3つの禁忌が伝わっています。

1つ目は、沖ノ島で見聞きしたことを他言してはならない。2つ目は、1木、1草、1石たりとも持ち出してはならない。3つ目が、島に入るときは何人たりとも着衣を脱いで海水で禊をして体を清めなければならない。この3つがタブーとされていたんです。

–沖ノ島に関する3つのタブーは、今でも守られているのですか。

飯野さん:

今も守られていますが、実は例外のエピソードがあります。

出光興産の創業者・出光佐三をご存知でしょうか。小説「海賊と呼ばれた男」のモデルにもなった彼は、宗像市出身なのです。

出光佐三は宗像大社の神様を非常に大事にしていました。しかし、当時宗像大社のお宮自体は非常に荒廃しており、とたん板で雨漏りをしのがなければならないほどでした。彼が神職に聞くところによると、「実は修理したいのだがお金もないし、重要文化財にも指定されているため勝手に手入れができない。文化庁からお金が出れば修理ができるのだが、なかなかそんな機会もない」と話したそうです。

そこで出光佐三は、宗像神社がいかに素晴らしい神様が祀られているかを明らかにした方がいいのではと考え、私財を投げ打って沖ノ島の発掘調査に乗り出します。すると、鏡や勾玉(まがたま)は出てくるし、祭りをしたと思われる形跡も発見され、この島がいかに歴史・文化的に価値のある場所なのかつまびらかにしたというエピソードがあります。

山口さん:

歴史的に例外はありますが、現在もこの島自体は神域とされ、一般の人は立ち入ることができません。世界遺産に登録された今でも、宗像大社の神職が1人常駐して島を守り、3つのタブーも守られています。これは世界遺産になってもならなくても、地域の人たちは守っていったでしょう。

–神秘的ですね。ただ、世界遺産に登録されると観光客が増えますよね。神聖な場所を守りづらくなるのでは、という懸念もあったのではないでしょうか。

飯野さん:

もちろん、心配な気持ちを抱えている方はいるでしょう。ただ、それよりも「沖ノ島を守りたい」という使命感が登録への意識を強めたのだと思います。

宗像市は昔から漁業が盛んな街で、漁を生業としている人たちは代々「沖ノ島を守っていかんといかんぞ」と教わりながら守ってきました。しかし、漁業の担い手不足や地球の温暖化で獲れる魚種が変わってきたりして、漁獲量も減ってきました。

その結果、信仰を守っていく人たち自体が減ってしまい、将来も伝承し、保全するという点に不安が出てきました。

苦渋の決断であったとは思いますが、私たちだけではなくて、みんなの宝として守っていくという選択をし、草の根的に宗像大社周辺を世界遺産登録への機運が高まったと聞いております。

世界遺産以外にも!宗像市民の日常に根付いた自然保護活動

–宗像市では、どのような背景からSDGsに力を入れることになったのでしょうか。

飯野さん:

宗像市は2020年に「SDGs未来都市」に選定されました。

ですが、あくまでルーツは宗像大社や沖ノ島に対する信仰からくる、歴史や文化、自然を守りたいという想いから来ているものです。SDGsのために行動しているというよりは、昔からの取り組みがSDGsに自然と繋がっていると思います。

例えば、宗像市の漁師さんたちは環境を守ることにとてもストイックです。

宗像では、「はえなわ漁」という手法でトラフグ漁を行うのですが、あらかじめ定めた大きさでないと獲らないというルールが漁師さんたちの間で明確に決められていて、小さい魚は全て海に逃すそうです。基準を満たした魚だけを流通させることを厳格に守っていて、全国でも珍しい取り組みだと聞いています。

こういった厳格なルールは、自然から過剰に資源を奪いすぎないSDGsの考え方に直結していますよね。

飯野さん:

もう一つの背景としては、昭和40年代から50年代にかけて行われた大規模な団地開発による人口増加が挙げられます。

山口さん:

世界遺産に関わるお話が続いてしまいましたが、宗像市には福岡県内で最大級の水揚げ量を誇る鐘崎漁港があります。一方で、市の南側は山地で山に囲まれており、市内中央には釣川という川が流れ、福岡県で一番人口が多い離島である大島もすぐ近くにあります。

自然に囲まれた豊かな土地でありながら、福岡市や北九州市へのアクセスも良くて住みやすい立地なんですよ。

飯野さん:

そんな、自然豊かで住みやすい土地柄から人口が増え、生活排水による自然環境の悪化が非常に大きな問題になったのです。特に、生活用水の取水・排水に関わる「釣川」をいかに守るかが、新旧住民共通の課題となりました。

そこで、市民が自発的に釣川周辺のゴミ拾いをしたり、できるだけ自然由来の石鹸を使ったりするなど、ゴミ自体を減らす活動がどんどん浸透していきました。

そして現在では、宗像市は近隣の地域と比較しても突出して下水処理のレベルが高い地域となりました。合併処理浄化槽という方式も含めるとほぼ100%下水処理が行われており、メインの公共下水道で、ほとんど自然の水を汚さずに生活できている状態になっています。

未来を見据えた新しい取り組み

–宗像市としては、SDGsについてどのような取り組みを行っているのでしょうか。

飯野さん:

主に経済・社会・環境の3側面で取り組んでいます。

それぞれ例を挙げながら、ご説明させていただきますね。

【経済】産業を活性化させ、定住しやすいまちを創る

飯野さん:

持続可能なまちづくりのためには、市民の皆様が安定的に生活していくための「経済」への取り組みは欠かせません。そのために、主な産業の一つである漁業へのサポートや、住みやすいまちづくりへ向けた取り組みを行っています。

近年始めた漁業への取り組みとして、道の駅での魚の販売があります。

生産者の方に自分で値付けをしていただき、消費者に直接販売するようにしたのです。「新鮮で値段も手頃」という理由から人気が出て、道の駅として九州でトップクラスの売り上げを記録しました。

直接お客様の顔を見ながら販売できることで漁師さんたちのやりがいにもつながりますし、消費者からしても漁師さんから直接買えるという付加価値があり喜んでいただいています。

福岡県宗像市

また、「定住都市むなかたの実現」に向けて、宗像市で定住していただける方を増やすために様々な取り組みを実施しています。中古住宅の購入や解体には補助金を出し、創業支援にも力を入れています。

民間活力も積極的に取り入れるようにしており、市営駐輪場の2階にある空きスペースの活用法についての提案募集も行いました。募集の結果、現在は「fabbit」という企業に協力していただき、「fabbit宗像」というコワーキングスペースとしてオープンしています。個人で創業された方を中心に個室スペースは順調に埋まっており、フリースペースも連日多くの方にご利用いただいています。

【社会】市民同士の垣根なく、楽しく関わり合いながら暮らす社会を

飯野さん:

社会の面では、UR都市機構とも意見交換しながら、「日の里団地」をモデルにした新しい生活スタイルの実現に向け活動しています。

「日の里団地」では、元々10棟あった団地のうち1棟だけ残して、他はすべて戸建てエリアとしてリニューアルしました。残った1棟には保育園の分園や、DIYができる工房、コワーキングスペースなど、生活に便利な施設が入っています。

住民が集うためにはどんな施設があったらいいかということで、クラフトビールのお店をはじめ、飲食店も揃っています。テナントの募集も行っておりまして、ウクレレ職人の方がオフィスを借りているなど、非常にユニークな施設が集まる団地になりつつあります。

戸建エリアは、家と家を隔てる壁を設けず、庭や広場を共同で管理するという子育て世帯が住みやすいエリアになっています。住民は、樹木などの自然豊かな共有スペースを自由に使うことができるんですよ。

飯野さん:

さらに、社会の取り組みの一環として、世界遺産を守る意識を育てるための「ふるさと学習」も行っています。

小学校低学年から中学生まで、世界遺産について学んだ後に、中学校の修学旅行で旅行先の人々に宗像市の世界遺産について伝えてもらうプログラムです。現地の人に宗像市の世界遺産についてどう思ったかをインタビューし、学校に帰ってきたらお互いに結果や感想を発表します。英語の時間を使って、宗像の歴史や文化を外国の方向けに伝える授業も行っているんですよ。

知識を蓄えながら、周りの人や自分自身が宗像の世界遺産についてどう捉えているのか、子どもたちなりの気づきがあるといいなと思っています。

【環境】世界遺産登録のその先を見据え、自然と共生する方法を模索

飯野さん:

最後に環境の側面としては、世界遺産のある海を守るためのゴミ問題への取り組みが挙げられます。

世界遺産のある海を守るために、これまでも海岸に漂着するゴミの回収を行ってきました。私もずっとボランティアとして参加してきたのですが、市民の方をはじめ、企業の方も参加してくれて、毎年非常に多くのゴミを回収することができています。

飯野さん:

しかし、これはあくまで対症療法です。これからは、「ゴミの発生源からどう抑えていくか」に取り組むことが非常に大事だと思っています。

そこで、2014年から「宗像国際環境会議」というシンポジウムを毎年開催しています。

「Think globally, Act locally」を合言葉に、環境問題に精通されていたり、学会で活躍されていたりする第一人者の方々をお呼びして、ディスカッションや講演を行っています。学生に参加してもらってワークショップを開いたり、実際にフィールドに出てゴミ拾いを行ったりしています。

また、宗像市の山林では、竹が増えて山林を荒らしてしまうことが問題になっています。そこで、その竹を切ってきて、漁礁を作る取り組みを行っております。竹漁礁と呼んでいるのですが、海に沈めることで魚の住処になったり、イカの産卵場所になったりします。山林を荒らす原因となっている竹が、使い方を変えるだけで、海の保全のために活躍してくれるんですよ。

「宗像国際環境会議」を開催するきっかけは、世界遺産登録を目指す動きが活性化したことでした。世界遺産登録では、今ある価値がいかに保全されていくのかという点が厳しく審査されるためです。

宗像市として、今まで守り続けてきたプライドと、この先も守っていくんだという意気込みを込めて、「宗像国際環境会議」を開催しています。毎回バラエティに富んだ方が登壇されますし、参加する側も当事者意識を持って集まってくださっているのを感じます。

世界遺産登録のその先を見据えて、自然保護のために何ができるかを真剣に考えてくださっている方が多く、嬉しい限りです。

歴史ある世界遺産を守り、新しいまちづくりを実践する

–2030年に向けた、今後の展望について教えてください。

飯野さん:

多くの方が感じていらっしゃることだとは思いますが、現在のSDGsの達成期限である2030年で終わりということはないと考えています。期限後も、引き続きSDGsのゴール達成へ向けて、私たちができることに真摯に取り組む必要があると思っています。

宗像市がSDGs未来都市の選定を受ける際に、我々は「世界遺産×SDGs」でまちを再生するというコンセプトを掲げました。これは、日本や世界に対して、我々に貢献できることは何かを考えた結果です。

世界遺産に登録されたということは、それをきっちりと保存し・活用して、守り続けていくということを世界全体に対して約束したことになります。その約束を守っていくためにも、持続可能なまちづくりを実践し・継続していくことが不可欠です。

「日の里団地」の再生は軌道に乗り始めたばかりですが、市全体の都市再生を2030年までにある程度形にすることで、「世界遺産をいい意味で活用しながら、まちを再生できているんだ」とお伝えできるようになればいいなと願っています。

–変わらない世界遺産と、変わっていくまちの調和が楽しみです。貴重なお話をありがとうございました。

関連リンク

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