高度経済成長期真っただ中にあった1950年代から1960年代にかけて、日本各地で環境汚染に対する裁判が起こされました。後に四大公害裁判とよばれる裁判のうち、水俣病と第二水俣病(新潟水俣病)、イタイイタイ病は重金属汚染が原因となって引き起こされた公害病です。
重金属に汚染された水や土で生み出された農産物・水産物は人間の体に重大な悪影響を及ぼし、症状が重い場合は死に追いやります。
本記事では重金属汚染とは何か、重金属汚染の代表例である水俣病やイタイイタイ病、汚染の現状、汚染対策、SDGsとの関わりについてわかりやすく解説します。
重金属汚染とは
重金属汚染とは、比重の重い金属によって土壌や地下水などが汚染されることです。日本では高度経済成長期に多発しました。重金属の中には人体に有害なカドミウムや水銀などが含まれ、これらの物質が重金属汚染を引き起こしました。
重金属と人間のかかわりは工業化と密接なつながりを持っています。重金属汚染に関する理解をより深めるため、まずは重金属とは何かについて見ていきましょう。
そもそも重金属とは
学問的に重金属と軽金属を明確に分ける定義は存在しません。一つの基準として「密度4~5g/㎤以上の金属」*1)という定義が存在しますが、非常にあいまいと言えます。代表的な重金属は鉛・水銀・ヒ素・カドミウム・六価クロムなどです。*2)
これらの金属は過去にさまざまな健康被害を引き起こしてきたため、有害性を考慮して法規制の対象となっています。
重金属汚染の特徴
人体が重金属を摂取するとどのような健康被害を受けるのでしょうか。主な重金属の用途と毒性症状をまとめます。
物質名 | 用途 | 毒性症状 |
鉛 | バッテリー、メッキ | 嘔吐、下痢、感覚障害 |
有機水銀 | 肥料、医薬品、農薬 | 知覚・運動・言語障害 |
ヒ素 | 農薬、医薬品 | 嘔吐、下痢、黒皮症 |
カドミウム | 合金、顔料、蓄電池 | 嘔吐、めまい、腎不全、骨軟化 |
シアン化合物 | 化学繊維、メッキ、タイヤ | 呼吸麻痺、失神、痙攣 |
六価クロム | メッキ、印刷 | 嘔吐、下痢、肝炎 |
セレン | 電子部品、顔料 | 嘔吐、胃腸障害、貧血 |
これらの症状が出る理由は、人が重金属をわずかしか排出できないからです。体にたまった重金属は上記のように深刻な影響を与え、症状が重い場合は死に至ります。
重金属汚染による影響
重金属が人体に及ぼす悪影響について、世間に知られるきっかけとなったのは明治時代の足尾銅山鉱毒事件です。
最新の鉱山技術を使って大量の銅を採掘する一方で、精錬の結果生まれた鉱毒を含む排水が渡良瀬川に流れ込み、流域の農地を重金属汚染の被害地としてしまいました。
被災地の農民が政府への陳情を繰り返したり、地元出身の衆議院議員田中正造が帝国議会でこの問題を取り上げたりしたため、広く世間に知られました。
しかし、国による産業育成が優先された戦前は根本解決に至らず、渡良瀬遊水地を作って重金属を沈殿させる対策をとるにとどまりました。
政府がこうした重金属汚染を公害と認定し、対策に乗り出すのはイタイイタイ病・水俣病以降の話です。次からは、代表的な重金属汚染であるイタイイタイ病と水俣病を取り上げます。
イタイイタイ病
イタイイタイ病は、富山県神通川下流域の婦負郡婦中町の住民に発生した公害病です。発生時期は1910年代から1970年代前半にかけてで、原因物質は神通川上流の神岡鉱山から排出されたカドミウムでした。*3)
神通川の水は、カドミウムによって汚染され、下流の水田に流れ込み蓄積しました。イタイイタイ病の患者の多くはカドミウムによって汚染された米や野菜、飲料水を日常的に摂取したため、身体に多くのカドミウムをため込んでしまったのです。*3)
被害者の多くは全身に激しい痛みを訴えました。骨の量が減り、筋力の低下を招き、歩くときに下肢が痛む症状や、呼吸をするときの肋骨の痛みなど身体のあらゆる部分が痛んだと言います。そして最終的には骨がもろくなって骨折してしまい、起き上がることができなくなってしまいました。*3)
1968年5月、厚生労働省は「イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒に起因する腎不全と骨軟化症であり、原因のカドミウムは鉱山の事業活動によって神通川に排出されたものである」と断定しました。*3)
水俣病
水俣病は熊本県水俣市で発生した公害病です。水俣市は、八代海の一部である水俣湾に面した港町で、古くから水産資源に恵まれた地域でした。その中で1932年、化学工業メーカーであるチッソが塩化ビニールなどを製造する化学工場をつくり、メチル水銀を含む工場廃液を水俣湾に流したことで水俣病を発生させてしまいます。*4)
チッソ水俣工場は1946年ころから約20年間にわたり、メチル水銀を含む工場廃液を無処理のまま湾内に放出し続けます。
工場から排出されたメチル水銀は湾内のプランクトンを汚染し、それらを食べた魚に蓄えられました。そして、水俣湾でとれた魚を日常的に食べていた人に水銀が蓄積され、知覚障害・運動障害・言語障害などの神経症状を発症させました。*3)
最初に症状が現れたのは人間よりも体が小さい猫でした。1950年代初期に猫の「踊り病」や「狂死」が相次いだのです。それからしばらくして、人間の神経症状が現れ1956年に水俣病と命名されました。*3)
具体的な症状は、最初は手足や口の周りのしびれからはじまります。次いで言語や運動能力、聴覚、視覚等の障害が現れ、四肢が麻痺するものもいました。また、妊婦がメチル水銀中毒になると、胎盤を通じて胎児にも重い中枢神経症状が現れることがあります。*3)
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重金属汚染が発生する原因は、鉱山や工場、行政が十分な重金属対策を行わなかったこと
重金属汚染は人々に深刻な影響を及ぼし、多くの人が命を落とす公害を引き起こしてきました。こうした被害の原因は、鉱山や工場が十分な重金属対策をせずに廃液を流出させていたことにあります。
最初に取り上げた足尾銅山の場合、坑道から発生した硫酸銅などの有害な水が渡良瀬川に流れ込んだことや、大量の排石が渡良瀬川に投棄されたことで重金属が下流に流出しました。*6)
イタイイタイ病の場合は、上流の神岡鉱山で亜鉛から不純物を取り除く作業で発生したカドミウムを多く含む水が神通川に排出され、下流の農地を汚染しイタイイタイ病を引き起こしました。*7)
水俣病の場合は、塩化ビニールなどをつくるために必要だったアセトアルデヒドを製造するため、水銀触媒を使用したことが原因です。アセトアルデヒドの副産物であるメチル水銀が20年にもわたって水俣湾に放出された結果、水俣病が引き起こされました。*8)
こうした企業が十分な重金属対策を取らなかったことに加え、行政が対応に積極的でなかったことも被害を拡大した要因です。*4)
これらの反省を踏まえ、1967年には公害対策基本法が制定され、環境庁が設置されました。
重金属汚染の現状
重金属汚染が、企業の対策不十分や行政のひっせ局的な対応によって引き起こされたとするなら、環境基本法や環境省がある現在は汚染が減っているのでしょうか。現状、重金属汚染の件数は増加傾向にあります。その理由を見てみましょう。
重金属を含む土壌汚染は増加傾向
土壌汚染の件数が増加傾向にある理由は、2003年に「土壌汚染対策法」が施行されたからです。この法律では、工場跡地など土壌汚染の可能性が高い土地は、指定調査機関による調査をするよう決められています。*9)
調査の結果、汚染物質の量が基準値を超えていたときは汚染土壌を除去するなどの対策を取らなければなりません。*9)
法律の制定とその後の処理の増加によって件数が増加しているものであり、必ずしも重金属汚染が広がっているわけではありません。むしろ、対策が強化されている分、深刻な被害の予防につながっていると考えられます。
重金属汚染対策
ここまでの説明で、重金属汚染が悲惨な結果を招くことや土壌汚染対策法の制定により件数が増えているものの対策が進んでいることがわかりました。ここからは、具体的な重金属対策について見てみましょう。
地下水揚水
地下水揚水とは、地下水が重金属に汚染されたとき、その水を一度揚水し、重金属を除去・回収する方法です。地上に設置した設備で酸化・還元・中和・沈殿・ろ過などの技術を組み合わせて水を浄化します。高濃度汚染水の拡散を防ぎ、汚染地下水が敷地外に拡大するのを防止します。*10)
不溶化工法
不溶化工法とは、重金属を含んだ汚染土壌に不溶化材を入れて、重金属が水に溶け出さないようにする方法です。重金属全般の除去に利用できるため、汎用性が高い方法です。不溶化材は無害で安全な薬剤を使用します。施工期間が短く、大量の汚染土壌を処理できるというメリットがあります。*10)
封じ込め(現位置封じ込め工法)
封じ込め(現位置封じ込め工法)とは、汚染土壌の周辺を水を通さない遮水壁で囲んで地下水の流れを遮る工法です。土壌の上部をコンクリートなどで舗装し、雨水が浸透できないようにして重金属を封じ込めます。対策後は観測井戸を下流に設置し、重金属などが流出していないか確認します。全ての土を搬出するのに比べると低コストで済み、汚染物質の拡散を防げます。*10)
吸着層工法
吸着層工法とは、重金属を含む盛土の下に重金属を吸着する層を設置する工法です。*11)汚染土壌全部を不溶化する工法に比べ、低コストで対処できます。封じ込め工法よりも施工性がよく、汚染土壌の拡散を防ぎやすい工法です。*10)
重金属汚染に関してよくある疑問
重金属汚染がひとたび発生すると、地域住民に多大な影響を与えます。とりわけ深刻なのが健康被害です。ここからは、重金属汚染が人体に与える影響や重金属汚染と戦争の関係について整理します。
人体への影響は?
重金属は地球の地殻中に存在しているものであり、人も含めて全ての動植物にわずかながら存在しているものです。人体に悪影響が出るのは鉱山や工場などの廃液に含まれる高濃度の重金属による汚染です。
重金属の全てが人体に悪影響を及ぼすわけではありませんが、今回取り上げたカドミウムや有機水銀、鉛、六価クロムなどは人体にかなりの悪影響を与えます。
工事現場などで空中に飛び散った鉛を吸い込んだり、鉛に触れた手をなめたりすると鉛中毒を発症します。それを防ぐため、作業員は防護服を着用して作業しているのです。金属の防錆処理剤として使用されていた六価クロムは、皮膚炎や腫瘍の原因となります。*12)
人間によって有用だから用いられてきた重金属ですが、健康被害の原因ともなってきた歴史を有しているのです。
戦争との関係は?
重金属汚染が広がる原因の一つに戦争があります。大阪城堀の堆積物から重金属汚染を調べた研究によると、1900年ころに日露戦争備えて大阪砲兵工廠が大幅拡張された後や、1945年8月14日の空襲で同工廠が破壊された後に、銅や鉛などの汚染物質が増加していることが確認できました。*13)
また、軍事関係の工場以外でも、戦争によって工場が破壊されることは珍しくありません。実際、2022年のウクライナ戦争においても、マリウポリにあったアゾフスタリ製鉄所は数週間にわたってロシア軍の攻撃を受け破壊されました。*14)
破壊された工場から重金属が流出することにより、周辺地域が汚染されることが懸念されます。
重金属汚染対策とSDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」との関わり
重金属汚染は私たちの健康を脅かす大きな脅威となっています。SDGsが目指す「誰一人取り残さない」という原則を達成するにはどうすればよいのでしょうか。ここからは、SDGs目標3と重金属汚染のかかわりについて解説します。
SDGs目標3のテーマは世界中の人々が大きな関心を寄せる健康と福祉です。
急速な経済成長を遂げている途上国の中には、深刻な重金属汚染に悩まされている国々があります。たとえば、ベトナムではスズ、タングステン、クロムなどの鉱山の周辺地域で、銅やヒ素、クロム、ニッケルといった重金属による汚染が確認されています。*15)
こうした汚染に対し、途上国だけに責任を求めても有効な対策は困難です。日本で水俣病やイタイイタイ病などの重金属汚染が問題となっていたとき、神岡鉱山の亜鉛採掘やチッソ水俣工場での塩化ビニール生産は、国の経済にとって重要な位置を占めていたことを考えると、同様の状況にある途上国が経済性を重視してしまう可能性も否めません。
また、途上国単独で重金属汚染を抑えるのはコストの面から考えても困難です。相手国の経済的な利益に配慮しつつ、住民の健康を守るためには、重金属汚染のノウハウを持った日本のような国が積極的に援助する必要があるのではないでしょうか。
まとめ
今回は重金属汚染の原因や過去に引き起こされた健康被害、主要な重金属汚染対策、SDGsとの関わりについてまとめました。
私たちは経済的な発展により生活水準を向上させることと引き換えに、多くの犠牲を払ってきました。重金属汚染もそうした犠牲の一つです。水俣病やイタイイタイ病をはじめとする重金属汚染による被害は悲惨なものであり、二度とあってはならないことです。
しかし、観念的に「あってはならない」と唱えるだけでは同じことを繰り返してしまいます。重金属汚染の除去に関する高い技術を持っている日本のような国が、汚染除去に積極的に関与する必要があります。それによって、世界各地の重金属汚染に苦しむ人々を支援し、誰一人取りに越さない経済発展を遂げる仕組みを作れるのではないでしょうか。
参考
*1)百科事典マイペディア「重金属(ジュウキンゾク)とは? 意味や使い方」
*2)一般財団法人ボーケン品質評価機構「重金属とは」
*3)日本毒性病理学会「重金属の健康影響と毒性評価」
*4)國學院大學「水俣病の被害拡大はなぜ止められなかったのか」
*5)水俣病資料館「5.メチル水銀について」
*6)NPO法人 足尾鉱毒事件田中正造記念館「NPO法人 足尾鉱毒事件田中正造記念館 | 公害資料館のわ」
*7)学研「イタイイタイ病はどんな病気?」
*8)環境省「水俣病と水銀について」
*9)土壌汚染の窓口「年々増えている!日本国内の土壌汚染の現状と取り組み…」
*10)不動テトラ「重金属浄化技術」
*11)産業技術総合研究所「吸着層工法に使用する材料等の試験方法の標準化について」
*12)龍谷大学「日本化学工業 六価クロム事件」
*13)土壌環境センター「特 別 寄 稿 ~ 人間活動と土壌汚染の歴史」
*14)AFPBBニュース「廃虚と化したウクライナ製鉄所の今、残る抵抗の跡」
*15)高知大学「上野・森塚研究室|高知大学 総合科学系生命環境医学部門 ホームページ」