#インタビュー

広島大学|平和を「作る」ために難題にも果敢に挑み、成果を循環させる

広島大学 金子慎治さん インタビュー

金子 慎治

1999年 九州大学大学院工学研究科博士課程修了(工学博士)
(財)地球環境戦略研究機関研究員、Global Change System for Analysis, Research and Training (START), Research Fellowを経て、2009年より広島大学大学院国際協力研究科教授

2018年より広島大学FE・SDGsネットワーク拠点(英語名:Network for Education and Research on Peace and Sustainability (NERPS))拠点長

2019年 4月 広島大学国際センター長(2021年 3月まで)

2020年 4月より広島大学学術院(大学院人間社会科学研究科)教授、 Town&Gown Office 準備室(現 Town&Gown Office)室長

2020年 4月 広島大学副学長(グローバル化担当)(2021年 3月まで)

2021年 4月より 広島大学理事・副学長(グローバル化担当)
専門は環境経済学、環境・エネルギー政策論。

introduction

被爆地・広島県に立地する広島大学は、「積極的に平和を作っていく」ことを目指し、様々な活動に取り組んでいます。2018年には、広島大学FE・SDGsネットワーク拠点(英語名:Network for Education and Research on Peace and Sustainability (NERPS))が発足し、学問や立場の垣根を越えたグローバルな研究推進拠点として、多くの分野で活躍しています。

今回は、学内のSDGs関連活動を束ねるNERPSの金子慎治拠点長に、同組織の目的や活動、および広島大学のSDGsへの取り組みの状況などを伺いました。

積極的に平和を「作る」広島大学のSDGsとは

ー広島大学として、SDGsに取り組む際に大切にしている考え方はありますか。

金子NERPS拠点長:

広島大学は、原子爆弾が投下された広島に立地していますから、やはり「平和」に対して特別なミッションを背負っている認識がありますね。

大学の先輩方にも、被爆者の方がいらっしゃいますし、毎年8月6日には本学で原爆死没者追悼式を行います。「SDGs報告書2021」冒頭の本学の理念五原則の中でも、「平和を希求する精神」というものを挙げさせていただきました。

原爆死没者の御霊に対して、追悼の辞を述べる越智学長(広島大学広報室提供)

世の中を平和にするための活動には、様々なやり方があると思っています。

核兵器による体験を伝え、同じ過ちを繰り返さない反対の気持ちを後世に伝えることも1つですね。ですが本学では、SDGsが宣言されたことをきっかけに、もう少し広い意味で「平和」というものを捉えるようになりました。

それが、「作る平和(ポジティブピース)」という、本学の重要なミッションです。

ー平和を「作る」のですか。先進的な考え方ですね。

金子NERPS拠点長:

平和のためには、人類が持続的に・安全に暮らせる基盤を作ることが重要だと考えています。そのためには、安全保障や環境問題といったグローバルな課題に、大学の全ての構成員が、社会と協力しながら貢献していく必要があると感じています。

本学では、「持続可能な発展を導く科学」の確立を目指した行動計画も設定しています。

この行動計画では、自然科学的な科学技術のみでなく、政治などの社会科学、人文科学といった、様々な「科学」の力を融合することを前提としています。様々な分野の力を融合させ、社会の諸問題を解決するという点が、SDGsとも共通していると思います。

広島大学キャンパス写真(広島大学広報室提供)

平和としっかり結びつくSDGsこそ、広島大学の真骨頂

ー金子理事・副学長が所属している「NERPS」というのはどのような組織ですか?

金子NERPS拠点長:

NERPSは、広島大学の全学的なSDGs活動を束ねる組織として、2018年に設置されました。

元々は、「持続可能な地球社会の実現を目指す国際協働研究プラットフォーム(Future Earth)」に対し、広島大学として貢献するための組織でした。ただ、我々の平和に対する考え方は、SDGsの実現からそれほど大きく外れるものでもないため、大学全体のSDGsの取りまとめや発信を担う事務局としての役割も担っています。

こうした経緯から、組織の正式名称も「広島大学FE・SDGsネットワーク拠点」となっています。英語表記した際の、Network for Education and Research on Peace and Sustainability の頭文字を取って、NERPSと略しています。

ー英語名にも、平和(Peace)が含まれていますね。

金子NERPS拠点長:

そうですね。広島大学がSDGsに取り組むからには、「平和」にきっちりと結びつくことが欠かせません。そういうミッションを持った大学である、という想いを込めています。

平和を阻害する要因として、「利害の対立」があります。戦争やテロなどに代表されるような、憎しみの関係の根源・根底には、必ず「利害の対立」があります。これは、個人・社会のグループ・国家間など、人間社会のあらゆる局面で、どうしても起こってしまうものです。

SDGsについても例外ではありません。今まで、地球の持続可能性を保持するために、経済システムを含め様々な分野の人間が、関わりながら取り組んできました。ただ、その中でどうしても発生してしまう「利害の対立」に対しては、現代社会はまだ、理解も制御もできていないと感じているのです。

我々は総合大学として、平和に結び付いた関係性を学問分野として切り開き、提案していこうと考えています。様々な分野の研究成果を社会に還元することで、貢献していく。

こうした目的のために、NERPSは日々活動しています。

所属・学問の垣根を越えて研究し、実装してこそ価値がある

ーNERPSでは、SDGs実現へ向けてどのような活動をなさっているのでしょうか。

金子NERPS拠点長:

NERPSでは、「トランスディシプリナリー研究」というのをメインで行っています。

トランスディシプリナリー研究は、学問の世界から飛び出す、という意味です。学問の分野や、学術、社会の壁を超えて、社会に関わる様々な人々と協働しながら問題解決に取り組むことを目的としています。

もう少し具体的にお話しすると、サステナビリティや平和に実践的に取り組んでいる組織・会社と一緒に研究し、成果を活かし合う、パートナーシップに重きを置いた取り組み手法と言えます。

例えば、通常の研究では研究者がテーマを設定し、得られた研究成果を社会に発表します。トランスディシプリナリーのやり方では、「どういう研究をするか」を検討する段階から、関連分野の人々と意見交換をしながら決めるのです。決定したテーマを研究する際にも、研究者がひとりで進めるのではなく、意見交換をした人々と協働して進めていきます。

ーNERPSは、属性の垣根を越えて知識を融合し、協力し合うための、ネットワーク的な存在なのですね。

金子NERPS拠点長:

そうですね。まずは、このネットワークを確実に広げ、研究成果を学術論文に出すことを当面のゴールにしています。

研究成果は、サステナブルで平和な社会の実現のために、実際に使われなければなりません。研究段階から、持続可能な社会実現へ向けて活動している方々と協働し、研究結果を実際に活用していただく。このように研究成果を社会に還元することで、SDGsのその先も、平和な社会実現のために役立つネットワーク拠点を目指していきたいですね。

–トランスディシプリナリーの取り組みの具体例を、1つご紹介いただけますか。

金子NERP拠点長:

広島大学とメインキャンパスが立地する東広島市が協働する「Town&Gown構想」が筆頭に挙げられます。Townは地域、Gownは大学を意味し、日本を地域から躍動させるため、大学と大学が立地する地域の自治体が持続可能な未来のビジョンを共有して、地方創生を実現し、持続的な地域の発展と大学の進化をともに目指す構想です。

広島大学と東広島市は現在、住友商事、ソフトバンク、フジタとそれぞれ包括連携協定を結んでいます。広島大学内に設置された「Town&Gown Office」では、担当の本職員と、市の職員、各企業の社員の皆さんが同じオフィスに常駐し、一緒に働いています。

      

このように、大学・自治体・企業が協働することは、日本では相当画期的なんですよ。

アメリカの学園都市では、大学が行政機能の一部を担うことも多いそうなのですが、日本では、周辺の大学や自治体に声かけをしても、どこも「できない」という回答でした。

Town&Gown Officeでは、スマートシティ(※)の実現を目的に活動をしています。

大きな取り組み例としては、2021年に「カーボンニュートラル×スマートキャンパス5.0宣言」を行いました。「スマートキャンパス5.0」は、スマートシティのキャンパス版という意味と、Society5.0(※)を合わせた造語です。

スマートシティとは

ICT等の新技術を活用しながら、都市が抱える諸問題をマネジメントし、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区のこと。

Society 5.0とは

2016年に政府が策定した「第五期科学技術基本計画」の中で提唱されている、新しい社会のあり方のこと。

キャンパス・地域全景写真 (広島大学広報室提供)

同宣言では、キャンパスで使うエネルギーにおいて、温室効果ガスの排出量と吸収量を同じにするカーボンニュートラルを「2030年までに」実現させることを表明しました。

日本政府のカーボンニュートラル宣言は2050年までですが、本学が目標を20年前倒ししたのは、ハードルを自ら上げるためです。大学が挑戦する姿を見てもらおう、大学がまずやってみせないと、という使命感から、あえて厳しい目標を設定しています。

もちろん、カーボンニュートラルへの取り組みだけではありません。農業、災害、医療、教育など、スマートシティ実現のための課題であれば、なんでも対象にしながら活動を続けていこうと考えています。

海外でも通用する人材を育て、スマートシティを世界に広げる

ー今後スタートする予定の、新しい取り組みなどはありますか。

金子NERPS拠点長:

2023年度から、脱炭素に関する2つの授業を開講する予定です。

1つ目は、カーボンニュートラルに関する基礎知識を学べる教養教育科目です。色々な業種で活躍する企業の方に講師を依頼し、カーボンニュートラルに対しどのように取り組んでいるかを話していただきます。

2つ目は、大学院の科目で、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)という政府間組織が扱う最新の科学的知見を題材に学びを深める予定です。

多くの学生に、脱炭素社会に関する授業を体験してもらうことで、活動意欲が起こり、起業などのアクションを起こす学生が出てくるかもしれません。全大学をあげてカーボンニュートラルに取り組むことで、学生たちが自ら「持続可能な社会の実現に参画したい」という気持ちを持てるようにしていきたいですね。

ー今後の展望をお聞かせください。

金子NERPS拠点長:

Town&Gownで挑戦している新しいスマート社会を実現させ、その成功モデルを海外に展開することが最終目的だと考えています。特にアジア・アフリカなどの途上国に役立ててもらうことが目標です。

2050年までに、世界の人口は新たに数十億人増えると言われています。新たに増える人々が、スマートシティに住める環境を整えなければ、地球全体の持続可能性など無理な話です。そのためには、数万個のスマートシティが必要になると考えています。

準備段階の今から、海外の留学生も含めて人材を育成し、産官学の協働で、日本型の平和で持続可能な共生社会のモデルを広めていけるようにしたいですね。

実は、海外展開を見据えた「スマート社会実践科学研究院」という新しい大学院が、2023年4月に開講する予定もあるんです。

また、本学公式サイトから入ることができるNERPSのホームページでは、SDGsに関連する全学の様々な研究や取り組み実績をご紹介していますので、ぜひご覧になってください。

我々の構想がここまで実装されつつあり広がってきたことを、とても嬉しく思っています。

–金子理事・副学長や広島大学の、平和に対する想いや、持続可能な社会実現への意欲がとても伝わってきました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

関連リンク

広島大学HP: https://www.hiroshima-u.ac.jp/

NERPS HP:https://nerps.hiroshima-u.ac.jp/

TOWN & GOWN OFFICE HP:https://tgo.hiroshima-u.ac.jp/