地球規模で温室効果ガスの排出量を削減するためには、先進国だけでなく途上国も低炭素・脱炭素社会の構築に取り組まなくてはなりません。
途上国に日本の先進的な技術やサービス・資金などを支援し、温室効果ガス削減と経済発展の両立を目指すのが「二国間クレジット制度」です。以前からも国際協力は行われてきましたが、この制度を利用するとどのようなメリットがあるのでしょうか?
今後もパートナー国が増え、活性化が予想される二国間クレジット制度について、基本的な知識を確認しておきましょう!
目次
二国間クレジット制度とは
【二国間クレジット(JCM)のロゴ】
二国間クレジット制度とはJCM(Joint Crediting Mechanism)とも呼ばれる、日本の持つ先進的な低炭素技術・製品・システム・サービス・インフラなどを開発途上国に提供し、その成果をクレジットとして二国間で分け合う制度です。
先進国側は温室効果ガスの削減が、開発途上国側は経済成長の基盤を得られるメリットがあります。
二国間クレジット制度は温室効果ガスの排出削減量や森林再生などによるCO2吸収量を規則に基づき評価し、パートナー国とその成果を分け合うことにより、日本の温室効果ガス削減目標の達成にも貢献します。
クレジットとは何?との疑問もあると思いますが、まずは大まかな概要だけ確認しましょう。
二国間クレジット制度の基本概念
二国間クレジットの基本概念は、
- 途上国の持続可能な開発
- 日本とパートナー国の温室効果ガス排出削減目標達成
- 地球規模の温室効果ガス排出削減・吸収行動を促進
への貢献です。
二国間クレジット制度とパリ協定の関係
パリ協定とは2020年以降の気候変動問題に対する方針の国際的な取り決めです。2015年にパリで開かれた「国連気候変動枠組条約国会議(COP)」で合意されました。
【国別の温室効果ガス排出量シェア】
上の円グラフは世界の温室効果ガス排出量に占める国別の排出量を表したものです。先進国だけでなく途上国からの排出量も多くの割合を占めていることがわかります。
つまり、先進国だけが温室効果ガスの排出量を減らしても、世界全体の温室効果ガス排出量を効果的に減らすことは難しいのです。そこで先進国が協力して、途上国の温室効果ガスの排出が少ない発展を支援することが合意されています。*1)
二国間クレジットのクレジットとは
クレジット(credit)とは元々は信用・信頼・貸し付けを意味します。ここでのクレジットは温室効果ガスの排出削減量や、吸収量に応じて発行され、他の企業や国と取引することを可能にしたものです。
クレジットの仕組み
クレジットは温室効果ガス排出削減または吸収量の増加につながる事業の成果を、量に応じて認証機関が発行します。このクレジットは、温室効果ガス削減目標達成のために削減量の一部として利用したり、カーボンオフセット※されたりなど、さまざまな用途に利用できます。
【二国間クレジット制度の概念図】
クレジット市場が世界で成長中
このようなクレジット制度は、二国間クレジット制度の他にも多数あります。世界ではNGOや民間グループが運営するボランタリークレジットと呼ばれるクレジット制度、日本ではJークレジット制度※など、さまざまなクレジット制度の利用が増加傾向にあります。*2)
【世界のボランタリークレジットの取引推移】
二国間クレジット制度について調べていると、CDMという言葉も目にすると思います。この2つの違いについても理解を深めていきましょう。
二国間クレジット(JCM)とCDMの違い
CDMとは、Clean Development Mechanismの略称で、「クリーン開発メカニズム」とも呼ばれます。CDMは1997年に京都で開かれたCOP3(第3回気候変動枠組条約締約国会議)で採択された、先進国が途上国に技術・資金などを支援し、温室効果ガス削減量を分け合う仕組みです。
【CDMプロジェクト】
二国間クレジット(JCM)とCDMの違いは、この時の成果の一定の割合を支援した側の国の排出枠へ移植(加算)する点です。つまり二国間クレジット制度では削減量をクレジットとして取り引きしますが、CDMでは温室効果ガス排出枠を取り引きします。
それではJCMとCDMを比較してみましょう。
メカニズム全体の管理
- JCM:当事者の2カ国が管理
- CDM:京都議定書締結国・CDM理事会が全体で一括管理
プロジェクトの対象範囲
- JCM:CDMより広い
- CDM:対象の範囲が限定的
排出削減量の計算
- JCM:あらかじめ用意されている計算表で、より簡単に計算が可能
- CDM:計算が複雑で、誤差・調整方法などの特定が必要
プロジェクトの妥当性確認(事前)
- JCM:DOEsだけでなくISO14065認証※を受けた機関も実施可能
- CDM:DOEs※と呼ばれる指定機関のみが厳しく判断
プロジェクトの妥当性確認(事後)
- JCM:事前にプロジェクトの妥当性を確認した機関も検証できる
- CDM:事前にプロジェクトの妥当性を確認した機関以外が検証を実施
【JCMとCDMの比較】
このように、二国間クレジット制度(JCM)はCDMと比較して、より簡単に手続きや計算ができ、効率的で柔軟な制度と言えます。*3)
続いては二国間クレジット制度のメリットを解説します。
二国間クレジットのメリット
【アフリカ官民経済フォーラムに出張した細田経済産業副大臣】
二国間クレジット制度は、「温室効果ガス削減量という新たな価値の取り引きで行われる二国間での協力関係」という仕組みを理解できたでしょうか?ここでは、温室効果ガス削減量をクレジットとして取り引きすることで期待できるメリットを確認しましょう。
金銭ではなくクレジットを取り引きする
クレジットは排出削減量なので、通貨価値の違いなどの影響も受けにくいと言えます。この点は支援を受ける途上国にとってもメリットと言えるでしょう。
クレジット市場が拡大すれば、新たな低炭素・脱炭素ビジネスも生まれ、温室効果ガス排出量削減や雇用の創出が期待されています。
支援する側の温室効果ガス排出量削減目標へも貢献
二国間クレジット制度により、支援した国は削減・吸収された温室効果ガスの量の一部をクレジットという形で受け取り、自国の削減目標達成に役立てることができます。先進国にとって、国内でできる温室効果ガス削減量の限界を超えた量を削減できる可能性が広がるとも言えます。
途上国への温室効果ガス削減のための技術・資金支援を推進
これから発展に向かう途上国にとって、コストの高い先進的な温室効果ガス削減のための設備は、
- 資金・技術の不足
- コストに見合う収益が回収できるか
などの理由で、独自では導入が困難な場合があります。このような場合に、先進国の援助によって排出削減事業に取り組み、その成果をクレジットとして分け合うことができます。
脱炭素事業の海外市場獲得・支援先国との友好関係強化
二国間クレジット制度によって、先進国は海外市場の獲得ができるのもメリットの1つです。また、信頼できる技術・サービス・資金などの支援により、相手国との友好関係強化も期待できます。*4)
二国間クレジットのデメリットや課題・問題点
二国間クレジット制度は2006年から経済産業省と環境省によって国立研究開発法人新エネルギー・産業時術総合開発機構(NEDO)に委託されて行われていますが、当初は
- 二国間クレジット制度は、国際合意の中で認められたものではない。
- 国連の気候変動枠組み条約及び京都議定書における多国間交渉から背を向けるととられる危険性が高く、今の国際交渉への負の影響が大きい。
- ルールが都合よく作られ、地球規模での削減にはつながらない恐れがある。
- 国内における削減努力からの逃げ道になりうる。
- 排出量と資金援助のダブルカウントになり、真の排出削減とならない。
などの、否定的・懐疑的な意見も多くありました。現在でも同様な意見を持つ人もいますが、当時と違い温室効果ガス削減に向けた具体的な目標に向かい世界が進む中、二国間クレジットの課題は「より協力国を広げ、より多くの温室効果ガス削減に貢献するプロジェクトを実施するためにはどうするべきか」に焦点が当てられています。
理解と認知度の向上
クレジットを取り引きする市場メカニズムは、成長中の新しい市場であり、まだ十分に理解や認知度が広がっているとは言えません。一層のクレジット市場の活性化のためには、この市場メカニズムがより多くの人に認知され、国際的なルールが形成される必要があります。
資金源の多様化
費用対効果を考えると、より多くの排出量削減が見込まれる大規模プロジェクトを推進すべきです。大規模な再生可能エネルギー・水素・CCS※などの事業を推進するためには、多額の資金が必要になるので、資金源を多様化し多くの資金を集められるようにすることが重要です。
民間企業も利用しやすいルールの整備
今後は低炭素・脱炭素プロジェクトに民間企業の参入も増え、クレジットの需要も増加する見込みです。そのために、現在の政府予算に基づくプロジェクトに加え、民間資金を中心としたプロジェクトに柔軟に対応できるルール整備が必要になります。
【経済産業省が掲げる国際協力においてのスローガン】
まだ課題も多く残されている二国間クレジット制度ですが、すでに日本には多くのパートナー国があり、プロジェクトが完了してクレジットが支払われた事例もあります。次は、日本の二国間クレジット制度の現状を見ていきましょう。
二国間クレジットの現状と具体例
日本は2011年から現在(2022年9月13日)までに22カ国と二国間クレジット制度のパートナー関係を結んでいます。その中から現在進行している事業を紹介します。
※日本はこれまでにモンゴル・バングラデシュ・エチオピア・ケニア・モルディブ・ベトナム・ラオス・インドネシア・コスタリカ・パラオ・カンボジア・メキシコ・サウジアラビア・チリ・ミャンマー・タイ・フィリピン・セネガル・チュニジア・アゼルバイジャン・モルドバ・ジョージアと二国間クレジット制度のパートナーになっています。
【経済産業省が実施するJCMプロジェクト】
株式会社日立製作所:送電ロス抑制と安定的な電力供給の両立
【タイでのICTを使った送電系の最適制御】
株式会社日立製作所はタイ発電公社と協力して、ICT※を活用した送電系統の最適制御(OPENVQ※)による低炭素化・高度化事業を実施しています。この事業では送電系統制御システムからデータを取り、発電計画や気象予測などの外部情報と組み合わせることによって、将来の電力系統の状況や需給バランスを予測します。
この予測をもとに、最適な電力系統の運用をオンラインで行い、安定的な電力供給を実現させます。また、送電ロスを抑制することにより、温室効果ガス削減にもつながります。
【日立製作所のタイでの実証事業】
株式会社チャレナジー:台風に強い風力発電機の開発
【台風に強いマグナス式風車】
株式会社チャレナジーは、フィリピンの島々でそれぞれの地域で独立した電力システムの開発を行っています。チャレナジーの台風に強い風車などの再生可能エネルギーと蓄電池、エネルギーマネジメントシステムを組み合わせた、化石燃料などに頼らない地域の電力安定供給を目指しています。
まとめ:二国間クレジット制度の展望
日本は次々と二国間クレジット制度によるパートナー国を増やしています。これらのプロジェクトが生み出すクレジットにより、
- 温室効果ガス削減量・吸収量=価値
という認識が世界に広がり、低炭素・脱炭素事業を推進させます。
将来標準となることが予想されるこの価値観は、私たちも理解しておくべきです。これからの社会で何が求められているのか、その一端が二国間クレジット制度からも見て取ることができます。
今後、国際的な協力関係が増えれば、パートナー国との交流も増えるでしょう。私たちひとりひとりも国際的に信頼される知識と誠実さを持てるよう、新しい情報を取り入れたり勉強したりして、自身のアップデートやバージョンアップに努めましょう!
〈参考・引用文献〉
*1)二国間クレジット制度とは
環境省『JCM(二国間クレジット制度)について
資源エネルギー庁『「二国間クレジット制度」は日本にも途上国にも地球にもうれしい温暖化対策』(2018年1月)
資源エネルギー庁『今さら聞けない「パリ協定」 〜何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~』(2017年8月)
*2)クレジットとは
経済産業省『JCM(二国間クレジット制度)』
資源エネルギー庁『温暖化への関心の高まりで、ますます期待が高まる「二国間クレジット制度」』(2021年9月)
*3)二国間クレジットとCDMの違い
環境省『CDM概要』
資源エネルギー庁『「二国間クレジット制度」は日本にも途上国にも地球にもうれしい温暖化対策』(2018年1月)
*4)二国間クレジット制度のメリット
経済産業省『細田経済産業副大臣がケニア共和国へ出張しました(第2回日アフリカ官民経済フォーラム全体会合)』(2022年5月)
資源エネルギー庁『温暖化への関心の高まりで、ますます期待が高まる「二国間クレジット制度」』(2021年9月)
*5)二国間クレジット制度のデメリットや課題・問題点
環境省『「平成18年度京都メカニズムクレジット取得事業」の結果について』(2007年4月)
WWF『「二国間クレジット制度」についてWWFが持つ懸念』(2010年11月)
資源エネルギー庁『温暖化への関心の高まりで、ますます期待が高まる「二国間クレジット制度」』(2021年9月)
経済産業省『国際協議・協力』(2019年9月)
*6)二国間クレジット制度の現状と具体例
経済産業省『二国間クレジット制度の構築に係る日・ジョージア間の協力覚書に署名しました』(2022年9月13日)
資源エネルギー庁『温暖化への関心の高まりで、ますます期待が高まる「二国間クレジット制度」』(2021年9月)
NEDO『タイ初、送電系統の電圧・無効電力オンライン最適制御システムの実証事業を開始』(2021年1月)
株式会社日立製作所『タイ初、送電系統の電圧・無効電力オンライン最適制御システムの実証事業を開始』(2021年1月)
経済産業省『二国間クレジット制度(JCM)について』p.5(2022年3月)
経済産業省『ケニア政府との間で産業技術人材育成に係る協力覚書を締結しました』(2022年8月)