
井溪 雅晴
1976年3月3日、北海道滝川市生まれ。2000年に北海道庁に入庁し、これまで、観光振興、ICT政策、地方創生、議会運営、交通企画など幅広い分野での業務を経験。2021年に上士幌町に派遣され、SDGsを軸としたまちづくりに携わる。住民への普及啓発や人材の育成、域外向けSDGsツアーの造成のほか、多様なステークホルダーとの連携・協働による取組の立案・実施など、地域の企業・団体をはじめ、住民自らが率先して行動に移せる環境づくりを進めるとともに、域外への発信力を高め、人や企業、投資を呼び込むことで、持続可能なまちづくりの実現を目指している。
introduction
北海道上士幌町(かみしほろちょう)は、十勝地方の北部に位置する人口約5,000人の町です。上士幌町では、牛のふん尿を資源としたバイオガス発電によるエネルギーの地産地消や、ICTを活用したスマートタウン構築に向けた取り組みを進めており、2021年度に「SDGs未来都市」「自治体SDGsモデル事業」に選定されています。
今回、上士幌町の役場でSDGsに関わる業務を担当している、企画財政課の井溪(いたに)様にお話を伺いました。
町民の暮らしやすさを意識した取り組みでSDGsアワードを受賞

-まず初めに、上士幌町でSDGsを取り組むようになったきっかけを教えてください。
井溪さん:
上士幌町では、SDGsが採択される前から、様々な取り組みを行ってきました。そのため、SDGsを意識してまちづくりを進めてきたわけではなく、結果として則した取り組みだったといえます。その中で、我々が行ってきた取り組みがどういった評価を受けるのか、2020年の第4回ジャパンSDGsアワードに応募しました。
-そして内閣官房長官賞を受賞されたんですね。
井溪さん:
はい。これがきっかけでSDGsを軸としたまちづくりをスタートしようということになり、2021年度SDGs未来都市にも応募しました。その結果、2021年5月に「SDGs未来都市」「自治体SDGsモデル事業」に選定され、ここからSDGsに対する取り組みを本格的にスタートしました。
移住促進が、新たな町づくりのきっかけになる
-実際に町のHPや未来都市計画、PR動画をいくつか拝見したのですが、おしゃれなイラストや映像に「若者の移住促進に力を入れている」印象を受けました。
井溪さん:
上士幌町では以前から、いち早くふるさと納税を導入したり、お試し移住制度を開始したりと、地方創生に力を入れてきました。寄附金は、子どもたちの教育費や医療費の無料化に使われていて、たとえば町民であれば高校生まで医療費は無料になります。
-お試し移住制度が気になりました。こちらはどのようなものでしょう?
井溪さん:
これは、移住を検討している方々に、お試しで上士幌町に住んでもらい、実際に町の様子を見てもらうものです。事前にまちの雰囲気を知れるため、好評をいただいております。おかげで、特に首都圏から若い人たちが来てくれ、半世紀ぶりに人口が増えました。その結果、高齢化率も下がり、まちの発展につながっていると感じています。
若者が力を合わせて、持続可能なまちづくりを

-移住促進と合わせて、シェアオフィスにも力を入れている印象を受けました。
井溪さん:
そうですね。都市部にある企業の方々との接点づくりや、コロナ禍による新しい働き方に応えるため、2020年7月に「かみしほろシェアOFFICE」をオープンしました。シェアオフィスでは、顔認証システムを採用しているほか、宿泊施設と連携し、バイオガス発電を使ったEVによる送迎サービスを提供しています。
-「かみしほろシェアOFFICE」を展開したことによって、何か成果は生まれていますか?
井溪さん:
都市部の方々と地元の企業・農家の生産者とを引き合わせる場にもなっていて、すでにマッチングが3件ほど出ています。
たとえば、蜂蜜農家さん。首都圏の企業と化粧品開発で連携し、プロジェクトを進めている段階です。こうした新たなビジネスの誕生は、町にとっても経済的なメリットが生まれます。
小さな町だからこそのメリット!ICTを活用したスマートタウンの構築を目指して
-ほかにもまちづくりの面で、SDGsと関連する具体事例はありますか?
井溪さん:
人口減少・少子高齢化の打開策として、誰もが生涯活躍できる町づくりを目指しています。その一例としては、ICTを活用したスマートタウンの構築があります。自動運転やドローンを導入し、高齢者や過疎地域に住む人にも暮らしやすい環境の整備を進めています。
ドローンでもっと暮らしをよくするために

-上士幌町が公開している動画内では、ドローンの実証実験中とありました。こちらについて詳細を教えてください。
井溪さん:
以前から遭難救助支援を目的に、ドローンの操縦技術を高める動きがありました。2021年4月には、夜間の遭難者捜索を支援するサービス「NIGHT HAWKS」が発足しています。
また、こうした取り組みからの発展として、過疎地域における物流を確保するという観点から、2021年10月に日本初となるドローン宅配の実証実験を行いました。
ドローンの法律規制が今後緩和することを見据えた動きであり、早ければ来年度から一部を実装できる想定で取り組みを進めています。
-上士幌町においてドローン技術を取り入れるメリットは、どのような点が挙げられるのでしょうか?
井溪さん:
都市部よりも山間地域のほうが事故等のリスクは小さいと考えています。過疎地域だからこそ、ドローン技術は取り入れやすいのではないかと思っています。
-ドローン配送において、商品を注文する際にはタブレットを使用すると思います。高齢者の方にはハードルが高いように感じるのですが、そのあたりはいかがでしょう。
井溪さん:
タブレット端末は自治体から希望する高齢者に配付しています。その際、ICT推進員が使用者の自宅に伺い、使い方をレクチャーします。また、その仕様も高齢者向けにカスタマイズしたものになります。
-どのようにカスタマイズされているのでしょうか?
井溪さん:
例えば高齢者の方だと、次に進むためにはどこを押したらいいのかわからなくなったり、スクロールが苦手な傾向も見受けられます。その一方で、銀行やコンビニのATMは問題なく使えている。であれば、ATMと同じくらいの情報量や工程数であれば、タブレット端末でも問題なく使えるのではないかと。これらを踏まえて、高齢者でもスムーズに使いこなせる仕様にしています。
-誰もが使いやすいユニバーサルデザインを意識しているのですね。SDGs9「産業と技術革新の基盤をつくろう」や、SDGs11「住みつづけられる町づくりを」に大きく貢献できそうです。
井溪さん:
また12月には、国内最大規模となるドローンショーを実施しました。300機のドローンが夜空を彩り、多くの人の目を楽しませてくれました。

子どもの学びを町全体へ広げる「出前授業」

-続いて、子どもたち向けの取り組みについて教えてください。
井溪さん:
2021年11月より、子ども達にSDGsを身近に感じてもらえるよう、小学校での「出前授業」を始めました。
-面白そうですね!具体的にどのようなプログラムを実施しているのでしょうか?
井溪さん:
学校側から年間30時間いただき、SDGsの全体像のほか、17個の目標毎に理解を深めていく授業を実施しています。もちろん世界や日本で起きている現状や課題も講義しますが、SDGsはグローバル規模で描かれているため、どうしても自分ごととして捉えにくい部分があるので工夫は必要になります。
-確かに小学生に貧困や飢餓などの問題は難しいですよね。
井溪さん:
そこで子どもたちに出来るだけローカルな視点を持ってもらうため、一人ひとり「具体的に何ができるか」を考えてもらうきっかけづくりを意識しています。進め方としては、まず目標についてこちらから概要や問題点を伝え、その後いくつかのグループに分かれてワークショップを行い、最後に各グループでまとめたアクションを発表しあった後、皆で実践していくという流れです。
企業と教育の連携で、町のSDGs取り組みを知ってもらうきっかけに

井溪さん:
これらの授業以外にも、実際にSDGsに取り組んでいる企業を呼び、話してもらう機会もあります。
-例えばどのような内容ですか?
井溪さん:
2021年12月に、町外の企業との連携のもと、冬季における自動運転車両の公道実証実験を行いました。子どもたちには、新たな技術が実際の暮らしの中に活かせることを体感してもらうため、試乗してもらいました。
また、企業の方から自社の取り組みをご紹介いただく機会を作っているほか、今後は町内のバイオガスプラント見学なども予定しています。実際に施設を見ることでより理解が深められると思っています。
-実際に授業を行って、子どもたちの反応はいかがですか?
井溪さん:
2021年度はすでに10時間ほど授業を行いましたが、みんな興味を持って学んでくれています。町の職員として、大人のみなさんにもSDGsについて伝える機会がありますが、確実に子どもたちのほうが、主体的にできることを考えてくれているように感じます。
子どもたちは授業を終えて帰宅すると、親御さんに対して「今日はこんなことを学んだ」「SDGsの観点から、うちでもこれはやらないとね」といった話をするとも聞きました。少しずつ理解の輪が広がってきていると感じています。
-私も子どもの頃に受けたかったです(笑)。子どもたちが家に帰ってから家族に話して、そこから輪が広がることもありますよね。
井溪さん:
大人から大人へ伝えるのはもちろん必要ですが、子どもの言葉は大人に響くもの。家族で食事をしているときや、祖父母の家に帰省した際などに話すことでSDGsを通した取り組みの大切さが伝わっていくのではないでしょうか。子どもたちの言動をきっかけに、SDGsを意識できるようになると信じています。
酪農が盛んな町ならでは!バイオガス発電による再生可能エネルギーの地産地消

-続いては、バイオガス発電について具体的な取り組みを教えていただけますか。
井溪さん:
上士幌町は、人口5千人に対し、牛が4万頭近くいるほど酪農が盛んな町です。ただ、牛の数が増え続け、ふん尿の適正な処理が課題となっていました。そこで始まったのが、バイオガスプラントの整備です。
具体的には、農家によって牛のふん尿がバイオガスプラントに持ち込まれ、40日間40度で発酵させ、発生したメタンガスを取り出し、これを燃料にガスエンジンを動かし発電します。発電された電気は電力会社に売電され、町やガス会社、金融機関で出資する小売電気事業者「かみしほろ電力」が買い戻す形で、町内の施設や一般家庭に供給し、エネルギーの地産地消を実現しています。

-地域の資源を有効活用している好例といえますね。
井溪さん:
発酵後に残る消化液は、固体と液体に分けられ、固体は牛の寝わらに、液体は肥料として牛の飼料となるデントコーン畑などに再利用します。なお、バイオガス発電によるエネルギー自給率は、発電量ベースにはなりますが100%になります。
-町の資源を無駄なく活用して循環型農業を実現しているんですね。
井溪さん:
一方で課題としては、現時点で町内の契約件数がまだ少ないところが挙げられます。上士幌町としては、脱炭素・カーボンニュートラルは強く意識しているため、今後エネルギーの地産地消を進める上で、町民のみなさんにご理解をいただきながら、地域で生まれたエネルギーの普及を進めていきたいと考えています。
環境と若者が基盤の、未来ある上士幌町を目指す
-SDGsの達成期限まで残り10年を切っていますが、2030年に向けた上士幌町の展望を教えてください。
井溪さん:
上士幌町は小さな町なので、プレイヤーが限られています。そのため、SDGsの理念を町民の皆さんにご理解いただき、その中で自発的に行動ができる環境づくりを進めていくことが必要になります。
取り組みの一環として、2021年度から若者によるプロジェクトチームを立ち上げました。ジェンダー平等・多様性を意識したメンバー構成というのもポイントです。町の将来を担う世代がしっかりと議論し、具体的な行動を起こしながら、周りの方々も巻き込んでいければと思っています。
SDGsの目標は広範な分野にわたりますが、環境に関わるゴールは全ての基盤になります。つまり、経済活動や人間社会は環境の持続可能性なくして成立しないことを意味します。ですので、本町としても脱炭素、カーボンニュートラルの実現に向けて積極的に取り組みを進めていくとともに、多様なステークホルダーと連携を図りながら、未来へつなぐ持続可能なまちづくりを目指していきます。
-本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
インタビュー動画
>> 北海道上士幌町 HP