#インタビュー

金沢工業大学|2030年がゴールではない。その先の持続可能な社会づくりをリードしていく人材を育てたい

金沢工業大学 SDGs推進センター所長 平本さん インタビュー

平本 督太郎

金沢工業大学 SDGs推進センター所長/経営情報学科教授 平本督太郎慶應義塾大学環境情報学部卒。同大学大学院メディアデザイン研究科博士課程修了。日本放送協会(NHK)中部地方放送番組審議会委員長、慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ アドバイザー。野村総合研究所入社、経営コンサルタントとして、企業、日本政府、国連と共に活動。MDGs/気候変動対策における官民連携に関する政策立案を行うとともに、民間企業に向けた事業創造支援を行いその実績により社長賞を受賞。金沢工業大学着任後、現場統括として第1回ジャパンSDGsアワード(官房長官賞)受賞、顧問として会宝産業の第2回ジャパンSDGsアワード(外務大臣賞)受賞に大きく貢献する。その他、公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会「JIDAデザインミュージアムセレクション賞」、International Simulation and Gaming Association「Best Exhibition Stand」等、受賞多数。著書の「10歳からの図解でわかるSDGs」は1万部を超える大ヒット作品に。

introduction

石川県野々市市にメインキャンパスを構える金沢工業大学。SDGsの実現に向けて学部や学科の枠を超えて、学生が主体となり様々なプロジェクトを推し進めています。まだ日本でSDGsがさほど浸透していない時期に、SDGsゲーミフィケーション教材「THE SDGs アクションカードゲームX(クロス)」をリリースしたことでも注目を集めました。

今回は金沢工業大学SDGs推進センター所長の平本督太郎さんに、現在進行中のプロジェクトや、ポストSDGsに向けた想いなどを伺いました。

ローカルをグローバルにアップグレードした社会実装型教育

–まずは金沢工業大学の概要や理念などをご紹介ください。

平本さん:

金沢工業大学は、昭和32年に開校した北陸電波学校を前身とする大学です。工業大学なので、自ら考え行動する技術者の育成を重視しています。与えられたものをもとに何かを実施をしていく、ということだけではなく、自分たちで目標を決めて問題を見極め、解決していく。そしてそれをキャンパスの中で終わらせるのではなく、社会実装していく。つまり社会の中で、実際にそのアイデアや技術が本当に役に立つのかを検証し、問題があったら解決策を考えるということを繰り返しながら、今の世の中をより良くするための方法を自分で見出せる人材を育成しています。

–金沢工業大学は、2017年に「第一回ジャパンSDGsアワード」で副本部長賞(内閣官房長官賞)を受賞されています。大学全体でSDGsに取り組み始めたのはいつ頃からなのでしょうか?またきっかけは何だったのでしょうか?

平本さん:

SDGsが世界でスタートしたのは2016年1月1日からなので、大学としても基本的にはそれ以降にスタートしました。ただし関連する話としては1995年頃から始まっています。その頃、うちの大学では社会実装をキーワードに教育改革を進めていました。地域の自治体と連携し、リアルな課題を学生たちと考え、実際に解決策を試す。それがうまくいったら自治体や企業で実践してもらう、という取り組みを始めていました。それ自体がSDGsに結びついているので、そういう意味では1995年ぐらいから関連する取り組みが始まっていたと言えます。そこを改めて、SDGsというグローバルな視点でさらに強化しようと始めたのが、世界的にSDGsの動きが始まった2016年以降です。つまり、地域でやっていた取り組みを、いかに世界共通の取り組みにしていくかという視点にアップグレードしたということです。

そして2017年には、全国の大学に先駆けて「SDGs推進センター」を設置しました。

社会実装型の教育をグローバルな視点にアップグレードしていくために「SDGs推進センター」には二つ役割があります。一つは、大学内の学部学科全てを横断する組織としての役割。もう一つは外部との窓口としての役割です。地域・日本・世界において、大学という中立的な立場でいろいろな人たちとの連携を促しています。

地域デザイン・教育・ビジネス。3つの領域の活動をサポートするSDGs推進センター

–「SDGs推進センター」では、具体的にはどのような活動をしているのでしょうか?

平本さん:

主に、地域デザイン・教育・ビジネスという3つの領域でそれぞれ活動しながら、領域同士の連携をつくっています。

地域デザインに関しては、 キャンパスがある野々市市や白山市、隣の金沢市などの自治体や市民と連携して、実際に地域にある社会課題を解決する取り組みを続けています。例えば山間部の過疎地域に何度も足を運び、一緒に街歩きをしながら未来の絵を描いて、それを実現していく取り組みがあります。また、沖縄県や広島県からもお声掛けいただくなど、想いを共にできるような地域や自治体と一緒に活動しています。

教育に関しては、うちの大学でSDGsゲーミフィケーション教材をたくさんつくっているので、それを47都道府県の小中高に無償提供しています。また、文科省と連携して教員の方々へのトレーニングも行っています。直接トレーニングをしている学校が全国で300校以上、それ以外に教材を使っていただいている学校は4000校ほどでしょうか。小学校低学年で導入しているところもありますし、最近はベネッセさんと連携して幼稚園・保育園にも提供しているので、年齢問わず楽しみながら使っていただいている状況です。

実は、理想の未来を実現するために新しい価値観を当たり前のように世界に根付かせていくことがSDGsの本質なんです。そう考えると従来の社会の当たり前を一度忘れて、その後に新しい当たり前を理解するよりも、最初から新しい当たり前を習慣として身につける方が近道なので、子どもの方が圧倒的に新しい社会をつくっていきやすいんですよね。大人は生活の在り方を変えなければいけませんが、子どもは最初からあるべき行動を取れば良いわけです。私たちはそれを楽しみながらやるということを重視しているので、ゲームの要素を社会の行動に結びつけるゲーミフィケーション教材をつくり、提供しています。

ビジネスに関しては、企業と連携して、SDGsに関する社会課題を解決する新しい製品やサービスを開発しています。うちの大学は教員の半分以上が民間企業出身者なので、民間企業との連携が取りやすく、共同研究がものすごくたくさんあるという状況です。その中で、脱炭素や循環型社会、ウェルビーイング、自然との共生など、私たちが2050年頃までに目指すべき社会に結びつくような製品の開発や技術開発を一緒に行っています。さらに国連やJICAと連携しながら、それを日本だけではなく世界に展開するというようなことも進めています。

–学生にとっては、地方にいながら世界にフィールドを広げていける魅力的な環境ですね。

平本さん:

そうですね。学生たちはここで過ごしながら、教員と一緒にすごくスケールの大きいプロジェクトに取り組んでいます。教員では思いつかないような新しい取り組みが生まれていて、それを我々が支援しながら大きいプロジェクトにしていくわけです。

例えば、先ほど教育の領域でお話ししたゲームの教材は、学生たちが「ゲームだったらSDGsについていくらでも時間が費やせる」と言うので、「じゃあそれでやろう!」と広がっていきました。結果的にタカラトミーさんと一緒に人生ゲームをつくることになり、6,000万円相当の支援も集めて全国の小中高に配布するというプロジェクトに育ちました。このプロジェクトは国連でも評価していただいて、今度は途上国に展開しようという動きが始まっています。最初は「ゲームだったら毎日できるのにな」という学生の想いからスタートしたものが、世界の教育を変えるような取り組みに発展したんです。

このように大学としては、個人のこだわりという小さいところから始まるものと、もともと立ち上がっていた大きいプロジェクトに参画していく、この二つをうまく組み合わせることによって、本当に学生が成長できる場をつくっています。学生たちは地域デザイン・教育・ビジネスという3つの領域に同時に関わっていくことで、多様な人たちとどうやって連携してより良い社会をつくっていくのかを考えながら、成長をしていくことが出来るのです。

地域の課題解決も、ゲームの開発も、学生主体で進めていく

–3つの領域でさまざまな取り組みを進めている中、ここからはさらに「地域デザイン」と「ゲーミフィケーション教材」について詳しく伺います。まず地域デザインでは、具体的にどのような取り組みを進めていますか?

平本さん:

一つ例を挙げると、少子高齢化の影響で収穫されずに放置された柿が獣害被害につながっているという課題に対して、柿の消費量を高めるために地域内のカフェで提供する新しいデザートを開発したり、効率的に柿を収穫する器具をつくったりという活動をしています。

少子高齢化が進む過疎地域には、中学校や高校がないことでその年代の子どもがいる世帯が引っ越してしまうケースがあります。地域に愛着を持ち住み続けている高齢の方たちの中には、孫を始めとする次世代の社会を担う若者たちとも会う機会が少なく、自分たちはあと2、30年で寿命を迎えてしまう可能性があるので、未来のために現状を変えるリスクを取るよりも、「今と変わらない生活を続けること」が一番良いと思ってしまう人たちもいます。

その状況の中で地域が抱える課題を解決していくためには、もっと良い未来にしていこうという想いを一緒に育むところから始めないといけません。そのために学生たちは地道に地域に通い続けます。一緒に歩いたり話をしたり、一緒に柿を収穫したりお祭りをしたりすると、地域の方々も「こういう子たちのために、私たちもがんばりたい」と考えるようになるんです。そうすると、地域の中で住民の健康安否を確認するためのカフェをつくってみようとか、そこのカフェで出せるようなメニューを増やそうという具体的なアイデアが生まれ、学生たちが柿を使ったスイーツをつくろうといった話につながっていきます。

地域のデザインは、これをやれば課題が解決するというストーリーがあるわけではありません。かなり地道なものの積み上げの中で、いろいろな要素が結びついて活動になっていくものです。いきなり外の人間が踏み込んで問題点を指摘するのではなく、地域に暮らす人たちと接点を持ちながら、「一緒にこういう未来をつくっていきたい」と考えていくことが重要なポイントだと思いながら活動しています。

–続いてゲーミフィケーション教材について伺います。特に「THE SDGs アクションカードゲームX(クロス)」は、SDGsカードゲームの先駆けでもありますよね。SDGsの認知拡大に大きな役割を果たしたこちらのゲームも、学生の「ゲームだったら毎日できる」という発想から生まれたものですか?

平本さん:

はい、その第1弾だった「X(クロス)」は、一言で言うと新しいアイデアを発想するためのゲームです。SDGsは17個のゴールがありますが、ある課題を解決しようと思ったら別の課題が発生してしまう「トレードオフ」を乗り越えなければいけません。それらは既存のアイデアでは解決できないので、新しいアイデアを生み出さないといけないわけです。

実は経営学の中では、新しいアイデアを生み出すための法則は決まっています。アイデアとアイデアを掛け合わせる「新結合」という考え方で、それがかけ離れたアイデアの掛け合わせであればあるほど、新しいアイデアが生み出されます。そういったことを日常でもできるようにすると、課題を解決するための発想力や企画力が生まれて、実際に身近なことでも自分たちでアクションを起こしていけるようになります。

「X(クロス)」はその要素を盛り込み、「トレードオフカード」に書かれた課題を「リソースカード」を組み合わせることによって解決していく中で、みんなでより良いアイデアを見出せるようにしていくゲームになっています。ただ単に遊んでいるだけで、新しいアイデアを生み出す発想力や企画力が着実に身についていくんです。

–ほかにはどのようなゲームがありますか?

平本さん:

やはり今一番注目されているのは、教育・ビジネスの領域でお話した、タカラトミーさんと開発した「Beyond SDGs人生ゲーム」でしょうか。従来の人生ゲームはお金を稼いで億万長者を目指すという対戦型ゲームですが、これは協力型ゲームになっています。ゲームの前半では2030年の中間ゴールまでに、SDGsの17個のゴールを集めます。17個のゴールは、SDGsに関連する取り組みを行っている企業や、NGOなど組織のカードを手に入れることで集めていくことができます。後半は2050年までに「脱炭素社会」や「循環型社会」などを実現するための技術を集めていくゲームになっていて、前半で2030年のSDGsが達成できると後半が有利になります。最終的に2050年の理想の社会を実現できたかどうかで達成度が変わるという内容です。

「Beyond SDGs人生ゲーム」は小学生も対象にしています。2030年はもう7年後なので、子どもたちにとってはSDGsだけ見ていても意味がないんですよね。本当に関心があるのは、自分たちが社会に出た時にどんな世の中になっているのかということなわけです。そうなるとSDGsは大事だけどあくまでも中間ゴールで、2050年という自分たちが30代・40代になっているタイミングでの社会をどうつくっていくのかを考える必要があります。

このゲームをやると最初はみんな個人でお金を稼ぎに行きますが、そのお金を使って誰かを支援をしないと目標は達成できません。途中、みんな自然とそのことに気付いて、お金を他の人のために使っていくようになるんです。そうするとうまく連携できて、結果的に難しいと思っていたゴールが達成できるようになります。このように、自分一人の利益を考えるところから、みんなへの影響を考えるように意識や行動の変化を促していけるということで、今、全国の学校で使っていただいています。

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自由に自分らしく生きはじめた学生たち。未来を担う彼らに期待することとは?

–大学として学生たちのさまざまな取り組みをサポートしてこられたわけですが、SDGsに取り組み始めた当初の学生たちの反応はいかがでしたか?また取り組みを続ける中で、学生たちに何か変化はありましたか?

平本さん:

明るい未来を語ってくれる大人がいないので、社会に対する不満や漠然とした不安を抱えている子が多かったこともあり、学生たちは最初から社会を変えるということに興味を持っていました。そこで「自分たちで未来は変えていけるんだよ」と話をすると、さらに関心が高まった印象があります。

日本はSDGs=環境に関連する活動というイメージが根強くありますよね。しかし、SDGsが本質的に目指すのは「自由に自分らしく生きること」と「他人の自由を侵害しないこと」を両立することです。「自由に自分らしく生きること」を考える最初のステップは、「自分は何をしていけば幸せなんだろう」と考えることです。うちの大学では、自分が好きなものを社会課題の解決とうまく組み合わせて取り組んでいくことを重視しています。そのため、非常にモチベーションが高い状態でみんな取り組んでいます。

そして実はこれが、就職や進学、起業に結びついてくるんです。SDGsの活動をしていると、自分がやりたいことや、自分が正しいと思う考え方、自分が目指しているものがより明確になってきます。そうすると、そこに合う会社を選べば就職活動もうまくいくし、入社後もそこで活躍できます。また、それについてもっと研究や活動をした上で就職したいとなれば、大学院に進む子も増えます。さらに、今世の中にある会社には合うところがないという子が起業します。つまりSDGsに取り組むことで、自分でこれからの人生を決められる子が増えてきて、みんな満足できる人生を歩めるようになっているという良い変化がありました。

–より良い社会を目指す過程で、自分たちの未来も明確化されるわけですね。その学生たちにはどのようなことを期待されていますか?

平本さん:

一番期待をしているのは、自分たちで目標をつくっていくことです。SDGsも後半戦に入ってきて、ここからどうやってインパクトを出していくのかとなると、どちらかというと途上国の方が重要になってきます。世界全体でSDGsの達成できていない部分を見ると、途上国の方が圧倒的に大きいわけですしね。そこにリソースを集中しながらパフォーマンスを上げていかないと、達成度は上がらないということです。

そのため、今後は途上国の人たちとの接点を持てる若者を増やしていくことが、すごく大事になってきます。特に日本は世界に貢献できる国なのに、例えば海外を支援する話になると自分たちの方が困っているという声が上がります。どちらもやらなければいけないことなのに、「or」の議論になってしまうのが日本の特徴です。これからは、「and」ができる人材を増やしていく必要があると思っています。さらに日本だけではなく、例えばアジアの若者たちと一緒に、自分たちはどんな未来をつくっていかなければいけないのかということを、自分たちで考えていく必要があります。それを考えられるようになると、SDGsの次のゴールをつくるところに参画できるようになるわけです。

そういったことを2030年までの7年間でしっかりとやることが、2031年以降に私たちが本当に過ごしやすい環境をつくれるかどうかとに関わってくるんです。だからこそ、今の若者たちには「自分たちでゴールをつくる」という流れに加わってほしいと思いますし、 そのために私たち大人はいろいろな機会を若者に提供しなければいけないと思っています。

–最後に、今後の展望をお聞かせください。

平本さん:

私たちが今までゲーミフィケーション教材をつくったりしていたことは、「ヘドニスティックサステナビリティ(快楽的持続可能性)」と言います。実はSDGs前半戦では、気候変動などの危機を叫びすぎてしまいました。そういうネガティブな話は印象に残りやすいので、認知を広げるためには有効ですが、一方で人間の気力を奪っていきます。そこで問題になっているのが、無気力になったり、悲観したりし、何も行動を起こせない人が増える「クライメートアングザエティ(気候不安)」と言われる現象です。ひどい国だと8割の若者がそうなってしまっているという深刻な状況なので、今までとは違うやり方で人々のモチベーションを喚起しながら課題解決のアクションに取り組む必要があります。

つまり「ヘドニスティックサステナビリティ」という、自分たちが楽しいから持続可能性に関する取り組みをしていくというアクションがもっと広まらないといけない状況になってきているんです。今私たちはそれをゲームで実現していますが、今後はそれ以外のいろいろな楽しい方法を入り口にしながら、実際にアクションを取れるところまで導いていくことを考えていきたいですね。

–ありがとうございました。SDGsのゴールは7年後に迫っていますが、持続可能な社会づくりは未来へと続きます。さらに先を見据える必要があることに、改めて気づかされるお話しでした。

関連リンク

金沢工業大学ホームページ:https://www.kanazawa-it.ac.jp/