政府の統計やニュースで「労働生産性」という言葉を目にしたことはありませんか?経済関連のニュースで時折登場する言葉ですが、正確な意味となるとあまり伝わっていないのかもしれません。
一般的に、労働生産性が高い企業は効率よく生産でき、収益性があると認識されています。なぜ、そう言えるのでしょうか。
今回は、労働生産性という言葉の意味や計算方法、高い企業と低い企業の特徴、日本の労働生産性が低い理由、向上させるための施策について解説します。ぜひ、参考にしてください。
労働生産性とは
労働生産性とは「従業員一人当たりの付加価値額を言い、付加価値額を従業員数で除したもの」です。*1)
意訳すれば、会社全体が生み出した利益を従業員数で割った数値となります。
労働生産性が高いほど、生産が効率よく行われていると考えられます。少ない労力で多くの産物を生み出せば、労働生産性が高いといえます。
もう少し噛み砕くと、1つのものを作り上げるのにどれだけの人や資本を投下して、どれだけのものを生み出したかということです。
労働生産性は企業の規模によって異なる
労働生産性は、企業規模によって大きく異なります。
【企業規模別にみた、従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の推移】
大企業製造業の一人当たりの付加価値額が1,460万円、非製造業で1,305万円と両者とも1,300万円以上であるのに比べ、中小企業は半分以下の550万円以下にとどまっています。
労働生産性は大企業ほど高く、中小企業ほど低いことがわかります。
次からは、もう少し踏み込んで労働生産性の種類について見ていきましょう。
労働生産性の種類と計算方法
労働生産性には物的労働生産性と付加価値労働生産性があります。両者の意味が異なっているため、それぞれの意味と計算方法を解説します。
物的労働生産性
生産するものの大きさや重さ、個数に着目する方法を物的労働生産性といいます。物的労働生産性は、1人あたりどれだけ生産したかという生産量に着目する方法と、単位時間当たりどれだけ生産したかという時間に着目する方法があります。
生産能力や生産効率について分析する際には、物的労働生産性を用いたほうが正確に測定できるでしょう。
計算方法
1人あたりの物的労働生産性は以下の式で求められます。
- 物的労働生産性=生産量÷労働者数
例えば10人で500個の製品を生産すると、物的労働生産性は500÷10=50となります。他方、20人で500戸の製品を生産すると、500÷20=25となるため、10人で生産したときよりも労働生産性が低くなります。
この考え方に、時間を組み合わせるとどうなるのでしょうか。1人1時間当たりの物的労働生産性を割り出す式は以下のとおりです。
- 単位時間当たりの物的労働生産性=生産量÷労働者数×労働時間
例えば4時間かけて10人で500個の製品を生産すると、500÷10×4=12.5となり、1人の労働者が1時間で生産できる個数は12.5個であると割り出せます。
付加価値労働生産性
付加価値労働生産性とは、企業や労働者が生み出す金額(価値)に着目した生産性の測定方法です。ここでいう「付加価値」とは、売上高から原材料費や外注費、機械の修繕費、電気代やガス代などの動力費を差し引いたものです。
付加価値生産性の測定方法も、1人当たりの生産額に着目した方法と単位時間当たりでの生産額という時間に着目した方法の2種類が有ります。
計算方法
1人あたりの付加価値労働生産性は以下の式で求められます。
- 付加価値労働生産性=生産額÷労働者数
例えば3人の営業マンが150万円の付加価値を生み出した場合、150÷3=50万円となります。
単位時間に着目した労働生産性は以下の式で求められます。
- 単位時間当たりの付加価値労働生産性=生産額÷労働者数×労働時間
例えば3人の営業マンが150万円の付加価値を2日で生み出した場合、150÷3×2=25万円となり、1人が1日で生み出す付加価値が25万円であることがわかります。
労働生産性はどのように活用するのか?
労働生産性を求めたら、どのように活用すればよいのでしょうか。主な活用方法は以下の2つです。
- 過去の自社の労働生産性と比較
- 他者の労働生産性と比較
それぞれの内容を見てみましょう。
過去との比較
労働生産性を求める理由の一つに、自社の現状把握があります。自社の生産活動の効率が良いのか悪いのか、それを判断するために労働生産性を求めます。求めた労働生産性が適正かどうかは、過去の自社と比較するとよくわかります。
労働生産性が年々改善していれば、自社の生産効率や付加価値を生み出す効率が高いといえます。反対に、労働生産性が低下していれば、人数のわりに成果が出ていないことを意味するため、原因を究明して何らかの改善をしなければなりません。現在と過去を比較することで、自社の効率を改善するきっかけになるでしょう。
他者との比較
労働生産性を比較すると、他者(競合他社や外国)との生産効率の違いを把握できます。
【主要先進7カ国の時間当たりの労働生産性の順位の変遷】
これを見ると、日本の労働生産性が2018年を境に急低下していることや、過去50年間で他のG7(先進七カ国)の中で最下位であり続けたことなどが一目瞭然でわかります。国によって働き方は異なりますが、労働生産性という一つの基準を適用することで比較することができます。
また、業種ごとの違いに着目して、自社の労働生産性が良いか悪いか判断することも可能です。
【企業規模別・業種別の労働生産性】
労働生産性は業種によって異なりますが、上記の規模別・業種別の労働生産性と自社の生産性を比較すると、自社が効率よく生産活動を行っているかどうかが一目でわかります。
日本における労働生産性の現状
労働生産性という指標を使うと、自社や自国の生産性を他社と比較できます。では、今の日本の労働生産性はどうなっているのでしょうか。現状の国際比較と長期的な傾向について解説します。
OECD加盟国中下位の生産性
日本の時間当たり労働生産性は52.3ドルで、OECD加盟38カ国中30位でした。
1人が1時間で生み出す付加価値が52.3ドルであることを意味し、アメリカの89.9ドルやドイツの87.2ドル、イギリスの73.3ドルと比べるとかなり低いことがわかります。ちなみに、OECDの平均は65.2ドルであるため、それも下回っています。
日本の労働生産性は長期的に横ばい傾向
過去と比べると、日本の労働生産性はどのように変化したのでしょうか。
【日本の労働生産性(就業者一人当たりの付加価値額)の推移】
上のグラフは日本生産性本部がまとめた名目労働生産性の推移です。これを見ると、リーマンショックによる落ち込み(2009年)やコロナ禍(2020年)などの大きな落ち込みを除くと、この20年近く、8,000円台前半で推移していることがわかります。
直近2年に注目すれば、労働生産性が大きく伸びていますが、まだまだ労働生産性が急上昇したとまでは言えない状況です。
日本の労働生産性が低い理由
日本の労働生産性はなぜ低いのか?この疑問に関していくつもの説が出されていますが、決定的な要因は見つけられていません。ここでは、低さの原因として指摘されている2つの事柄を解説します。
長時間労働に頼っている
労働生産性が低い理由の一つに、日本企業が長年にわたって長時間労働に頼ってきたという歴史があります。長時間働くことが良いことだという価値観が根強く存在し、限られた時間で効率よく働くことを良いこととみなさない風潮がありました。
近年、労働基準法の改正などにより、日本人の労働時間は減少傾向にあります。そのため、長時間労働で成果を出す従来のやり方を継続することは困難になりつつあるのです。今後は、限られた時間内に生産量や付加価値を増やす労働生産性の向上が必要となるでしょう。
業務がアナログで非効率
職場のデジタル化が遅れていることも、労働生産性が低い理由とされています。ITC化が進む以前のシステムを変更せず、そのまま利用しているため仕事の効率が改善しないのです。
データをいまだに紙ベースで保管しているため、外出先で確認が難しかったり、FAXで資料のやり取りをしていたりするケースも見受けられます。設備投資や社員の教育を通じて、アナログな業務をデジタル化する必要があるでしょう。
労働生産性が高い企業の特徴
労働生産性が高い企業に共通しているのは、労働者のニーズを感じ取る能力の高さや労働者一人ひとりが当事者意識を持っている点です。それぞれについてみてみましょう。
労働者のニーズに敏感
会社やチームをまとめる上司が、労働者のニーズや考えを十分に読み取る企業ほど労働生産性が高い傾向にあります。従業員が気分良く働ける環境を整えることでモチベーションアップを図り、意欲的に労働に取り組むことができるからです。*8)
労働者の当事者意識が高い
労働者の当事者意思が高い企業も、労働生産性が高い傾向にあります。当事者意識とは、企業や業務で発生する諸問題を「他人事」ではなく「自分のこと」と捉え、主体的に取り組む意識のことです。
会社で起こる諸問題を自分には関係のない出来事ととらえる社員より、自分にまつわる重要な問題ととらえる社員の方が労働にも意欲的に取り組むはずです。そういった社員が多い企業は、労働生産性を高く維持することができるでしょう。*8)
労働生産性が低い企業の特徴
労働生産性が低い企業に共通しているのは、非効率な業務体制であることです。詳しく見てみましょう。
非効率な業務体制
労働生産性が低い企業は、総じて何らかの非効率な業務を行っています。たとえば、業務のフローが時代遅れになっていたり、労働時間がいたずらに長かったり、無駄な会議や報告が多かったりします。こうした社内の無駄を省くことで、労働生産性を向上させることができるでしょう。
労働生産性を向上させるためには
労働生産性を高めるには、以下の方法があります。
- 新しい設備の導入
- ITツールやシステムの活用
- 人材を育成
それぞれの内容を見てみましょう。
新しい設備の導入
会社の設備を効率が良いものに交換することで、労働生産性を向上させることができます。工場の生産ラインの一新はとてもわかりやすい例ですが、オフィス環境を改善することでも業務効率が改善します。使いやすいオフィスにすることで、社員の生産性を向上させることができるからです。
ITツールやシステムの導入
ITツールや新たな業務システムを導入することでも、労働生産性の向上が見込めます。また、AIやIoTの導入を積極的に進めることで、業務プロセスの改善や製品・サービスの質の向上を図るDX化も重要です。*7)ハード面に着目したIT化にとどまらず、DX化で新たな付加価値を生み出せる企業こそ、労働生産性が高い企業だといえます。
人材を育成
せっかく新しい設備を導入したり、会社のDX化を推進したりしても、それらを使いこなす人材がいなければ無用の長物になるかもしれません。社内研修などを通じ、新たなツールを使いこなして労働生産性を向上させる社員を育成する必要があるでしょう。
労働生産性に関してよくある疑問
ここからは、労働生産性に関するよくある質問のうち2つの質問を取り上げます。ぜひ、参考にしてください。
ランキングはある?
国際的な労働生産性に関するランキングがあります。
【OECD加盟諸国の労働生産性】
上記のグラフは、金額ベースで労働生産性を比較したものです。日本は1人あたりの労働生産額が85,329ドルであり、OECD加盟の38カ国中31位でOECD平均の115,454ドルを大きく下回っていることがわかります。
日本の労働生産性はG7どころか、東欧諸国や中南米諸国に近い数値であるため、かなり低いことがわかります。
労働生産性の平均や目安は?
労働生産性の平均や目安となるのは、各業種別・企業規模別の労働生産性と国際的なランキングです。国際的なランキングは先ほど解説しましたので、各業種別・企業別規模の労働生産性を見てみましょう。
【企業規模別・業種別の労働生産性】
先ほど取り上げた統計をもう一度見てみます。すると、建設業や製造業、情報通信業、運輸業、卸売業などでは労働生産性が比較的高いのに対し、宿泊業や生活関連のサービス業、娯楽業では低いことがわかります。自社の労働生産性が各業種の平均を下回っている場合、改善すべき点があるかもしれません。
労働生産性とSDGs
労働生産性と関連が深いSDGs目標は目標8「働きがいも経済成長も」です。詳しく見ていきましょう。
SDGs目標8「働きがいも経済成長も」との関わり
労働生産性は、企業の目線で語られることが多い言葉です。いかにして従業員の労働生産性を向上させるかというのは、経営上の重要なテーマとなるからでしょう。
しかし、労働生産性が高い企業を見るとわかるように、労働者の当事者意識が求められます。従業員のモチベーションを高め、自発的に行動してもらうためには「ディーセント・ワーク」の考え方を取り入れる必要があります。
ディーセント・ワークとは、 働きがいのある職場で人間らしい仕事をすることです。*9)従業員が「この会社で働きたい」と思うようになれば、当事者意識を持ちやすくなり、労働生産性の向上にもつながるでしょう。
【関連記事】SDGs8「働きがいも経済成長も」現状と日本企業の取り組み事例、私たちにできること
まとめ
今回は労働生産性について解説しました。これまで、日本企業では従業員の長時間労働を肯定する考え方が一般的でした。しかし、バブル崩壊後はワークライフバランスの考え方が強まり、長時間働くのではなく効率よく働くべきという考え方が強まりました。
労働生産性の向上は、経営者が号令すれば達成できるというわけではありません。経営者と従業員・労働者が協力して、はじめて達成できるものです。そのためには、労働者が働きやすい環境を整えなければなりません。
参考
*1)財務省「労働生産性」
*2)ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「生産性分析(せいさんせいぶんせき)とは? 意味や使い方」
*3)中小企業庁「2023年版 中小企業白書」
*4)日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2023 概 要」
*5)中小企業庁「2022年版 中小企業白書」
*6)日本生産性本部「日本の労働生産性の動向 2023」
*7)野村総合研究所「DX(デジタルトランスフォーメーション)」
*8)PASONA「今さら聞けない!労働生産性について分かりやすく解説」
*9)スペースシップアース「ディーセントワークとは?意味や課題、日本企業の取り組み事例、SDGsとの関わりを解説」