小川 真吾
1975年和歌山県生まれ。学生時代、インドでマザー・テレサのご臨終に遭遇したことをきっかけに、国際協力の道を志し、青年海外協力隊員としてハンガリーに赴任。2005年より、テラ・ルネッサンス、ウガンダ駐在代表として、ウガンダにおける元子ども兵士社会復帰支援事業などに取り組む。2011年、テラ・ルネッサンス理事長に就任、現在、ウガンダ、ブルンジ、コンゴ民での現地事業を統括。主な著書『ぼくは13歳、職業、兵士』(2005年、合同出版)、『ぼくらのアフリカで戦争がなくならないのはなぜ』(2011年、合同出版)、「アフリカ人の「選択の自由」を尊重する援助とは?―元子ども兵の社会復帰支援から潜在能力アプローチの可能性を探る」(上村雄彦編 『グローバル協力論入門―地球政治経済論からの接近』 pp.89-101, 法律文化社, 2013)など
introduction
あまり馴染みのない言葉である「紛争鉱物」。アフリカなどで起こっている問題ですが、実はその背景には私たちも関わっています。「誰一人取り残されない社会」を目指し、そんな紛争鉱物問題の解決に取り組み続けてきた認定NPO法人テラ・ルネッサンス。今回の取材では、紛争の原因やこれまでの取り組み、そして紛争をなくすために私たちにできることをお伺いします。
紛争鉱物とは?我々も他人事ではない紛争の原因
-本日はよろしくお願いいたします。まずは、テラ・ルネッサンスの事業内容について教えてください。
小川さん:
私たちは、「すべての生命が安心して生活できる社会(世界平和)の実現」を目的に、「地雷」、「小型武器」、「子ども兵」、「平和教育」という4つの課題に対して、現場での国際協力と同時に、国内での啓発・提言活動を行っています。活動拠点は国内だけでなく、ウガンダ、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ(民)と表記)、ブルンジといったアフリカ諸国、カンボジア、ラオスといった東南アジア諸国など多岐にわたります。
-今回は特にアフリカでの紛争鉱物問題に対する取り組みについて伺います。
まず、鉱物を巡る紛争はなぜ起こるのか、教えていただきたいです。
小川さん:
アフリカでの紛争の原因はたくさんあり断定することはできませんが、民族対立や、国内の格差、権力闘争など国内要因に目を向けられがちです。しかし、ほとんどの紛争は内部要因だけでは起こりえないし、大規模な紛争には発展しません。
何十万の人が影響を受けるほど、規模が大きくて継続していく紛争には3つの要素があります。
-3つの要素について具体的に教えてください。
小川さん:
1つ目は、武器・弾薬です。
武器や弾薬の供給源を絶てば、紛争は継続したくても継続できないし、何十万の人が死ぬことはないのです。ちなみに、アフリカの紛争で使われている武器や弾薬はほぼ全て海外から流入したものです。今戦争が起こっているウクライナからも大量の武器がコンゴなどアフリカに流入しています。
2つ目はお金です。
お金がなければ、軍隊を編成、動員することもできません。多くの人々を巻き込み武力闘争を続けるには、資金が不可欠なのです。貧しい人たちが感情的に憎しみあっているだけでは、大規模な紛争には発展しません。
3つ目は知識・情報です。
紛争に参加している武装グループのトップは、知識と情報を持った人々です。多言語を話せたり、様々な通信手段を駆使していたり、エリート層や裕福層だったりします。「知識と情報」により、人々を扇動し、徴兵し、プロパガンダを作り出していくわけです。
民族同士の憎しみ合いなどの原因は小さな火種でしかなく、この3つの要素が火種に油を注ぎ、紛争の激化を招きます。
-はじめは民族同士の小さな対立なのに、何をきっかけにこの3つの要素が入っていくのですか?
小川さん:
大国の利害や、近隣国との関係性、安全保障、国際政治の力学など様々な要因がありますが、その一つは、レアメタルやゴールドなどの希少な鉱物資源をめぐる権益争いが関わっています。
武装グループが紛争によってこれらの鉱物を手に入れ、不法に取引していくことで、資金や武器を手に入れ、それらがまた紛争に使われます。
本来は人々を豊かにする資源が、逆に紛争の原因になっているのです。
-レアメタルやゴールドは紛争の原因となっていることから、紛争鉱物と呼ばれているんですね。
小川さん:
ここで着目してほしいのが、武装グループが介入し、世界中に出ていった資源を最終的に消費しているのは主に先進国に住む私たちだということです。私たちは便利で最適な生活に必要なレアメタルなどを奪い合っています。しかしその背景では、コンゴ(民)などの国で人々がいくつもの武装グループに分かれて戦い続けてきたのです。
紛争で追い込まれた脆弱な人々の支援に注力
-紛争は具体的にはどのような影響を人々にもたらすのでしょうか。
小川さん:
端的にいうと人々の「命と暮らし」が破壊されます。例えばですが、1996年から2003年まで続いた、アフリカの世界大戦と言われるほど大きな紛争では、540万人以上の死者が出ました。第二次世界大戦以降、もっとも多くの死者を出した紛争です。この紛争は政治的合意によって2003年には実質的に終わっているのですが、東部地域では今も紛争が続いており、コンゴ全体では、今も550万人以上の人々が国内避難民としての生活を強いられています。
-そんなに多くの人が亡くなってしまったのですか!
小川さん:
はい。また紛争によって女性が性暴力の被害に遭っていることも大きな問題です。コンゴ東部は、悲惨な言われ方ですが、「世界のレイプの中心地」とまで言われているのです。紛争の中で性暴力を行うのは、性のはけ口としてというよりも、そしてコミュニティを破壊するという目的があります。
-残酷な現実です。被害を受けた女性はどのような状況なのでしょうか?
小川さん:
身体に傷を負っている場合は、専門の医療機関で治療が受けられるように支援します。しかし身体が治る人はいても、心の傷は残ってしまうことも少なくありません。また、家族や身内では、被害を受けた女性を遠ざけようとすることもあり、被害者は村から離れて生活しないといけないこともあります。もともと貧困状態である上に、自分の家族にすら見放されてしまうのです。そういった女性は生きていく術を失い、再び、命の危機に直面してしまいます。
-身体に傷を負うだけでなく、社会経済的にも困窮して脆弱な状況に陥ってしまうのですね。
小川さん:
そうなんです。生き残ったとしても、女性は身体的にも、心理的にも、社会的にも大きな傷を負ってしまうのです。
現場では、こうした女性へ必要に応じて、生活物資を提供したりもしますが、同時に、職業訓練を行なっています。家族から見放された女性の多くは一人か子ども連れなので、子どもたちの生活を守るのに必要な収入を得られるように支援しています。
-コンゴでは子ども兵も多いと聞きましたが、子どもが徴兵されないために何が必要なのでしょうか?
小川さん:
兵士になる子どもや若者は、武装グループによって、強制的に働かされ搾取されていることには違いないです。しかしそれをしなければ仕事がなく、生活していけないという状況が一方ではあるんですね。ですので、元子ども兵や、若者たちにも職業訓練や生計向上のための自立支援を行なっています。子どもが兵士として徴兵されないためには、その受け入れ家族や若者たちが、鉱物資源のビジネスに末端で関わらなくても仕事ができるように、オルタナティブな仕事を作っていくことが重要なのです。
紛争そのものをなくすために、私たちにできること
-紛争そのものをなくすことの大切さはわかりましたが、その難しさや、国際社会の現状などをおしえてください。
小川さん:
国際的な法制度として、紛争鉱物が海外に輸出されない、また隣国などに不法に流入しないような仕組みづくりが進んでいます。それにより、一定の成果も出ていますが、紛争鉱物の産出地を特定するのは、非常に困難な問題を抱えています。例えば、コンゴでは、合法的に採掘された鉱物資源であることを証明するタグが売り買いされていることも確認されています。また、紛争鉱物が、合法的に採掘された鉱物資源と経由地で一緒にされ、ロンダリングされてしまうリスクもあります。
-混ぜられてしまっては、輸入する側も紛争鉱物が含まれるのかどうか遡って確認するのは難しそうです。
小川さん:
その通りです。そのため、こうした規制も大事ですが、既に自国に入ってきているメタルを再利用、リサイクルすることの方が、確実性があります。都市鉱山と言われるように、実は日本国内には、大量のゴールドやレアメタルが廃棄された電子機器などに含まれています。例えば、もし、日本の都市鉱山に眠る金(6800トン)がすべてリサイクルされれば、世界の現有埋蔵量(42000トン)の約16%の金を取り出すことができます。同様に、レアメタルのタンタルであれば10%、スズでは11%を取り出すことができるのです。
鉱物資源のリサイクルは過剰な資源を奪い合う圧力を緩和する効果があります。
-そのために、何か具体的な取り組みはありますか?
小川さん:
携帯や家電製品などを回収し、専門のリサイクル業者でメタルを取り出して再利用してもらう取り組みをしています。それと並行して、伝える活動や啓蒙活動、平和教育にも取り組んでいます。
携帯電話を回収して活動意識にする取り組みのWebページがあるので、是非見ていただきたいです。
https://www.terra-r.jp/icando_phone.html
-リサイクルなら、日常生活の中で私たちにもできそうです。
他に私たちにできることは何かありますか?
小川さん:
一番大事なのは、紛争が起こっていることに関心を持つことです。レアメタルが使用されている携帯電話をほとんどの人は持っているし、誰しもが無関係ではないからです。コンゴ紛争は、「忘れられた紛争」「ステルス紛争」と言われており、人に覚えてもらうことも認知されることもない。問題が起こっていることを知らないまま過ぎてしまっているのです。
安全管理・活動資金の壁
-取り組みを進めるにあたって大変なことはありますか?
小川さん:
何よりも安全確保は非常に重要で大変な点です。私はアフリカに17年住んでいるので、今では普通になっていることが多いのですが、日本に比べれば今も治安は良くありません。ウガンダの北部では、私が来た当時は、紛争の最中で、武装グループの襲撃があったり、子どもが誘拐されたり、毎週1000人以上の人々が紛争の影響で亡くなり、9割の人が避難民になっていました。現在でも、コンゴ(民)では紛争により、毎日、人々の命が奪われています。
-日本と同じような暮らしはなかなかできないですね。
小川さん:
そうですね。また、私たちの活動を継続して行っていくための資金面の問題もあります。いくら現場にニーズがあって、計画を立てても、活動資金がなければ、何もできません。資金がないと、安全管理も手薄になったり、重要な手当てができなかったりします。また、持続的に活動を続けていくためには、どうしても、安定的な財源確保は不可欠で、それがなければ現地で効果的な活動を行うことはできません。私たちの活動資金の多くは、民間の方々からの寄付で賄っているので、なおのこと、多くの方々にこの問題に関心を持って頂けるよう働きかけていくことが必要だと思っています。
ウクライナ問題は紛争鉱物について考えるチャンス
-紛争と言えば、ウクライナ問題も話題となっていますが、ウクライナでの紛争についてはどう考えていますか。
小川さん:
ウクライナ危機が起きたのは、私がちょうどコンゴ(民)にいる時でした。テレビのニュースで流れてくるウクライナの映像を見ていて、「もう、これ以上、コンゴの人々と同じ悲しみや傷を抱える人が増えて欲しくない」という思いが込み上げてきました。そして、日々、ウクライナでの戦況が悪化し、避難民が増加する状況を見ていて、今、行動を起こさなければ、ウクライナ危機は、さらに多くの人々を傷つけ、「コンゴ危機以上に、人々の『いのち』と『暮らし』を脅かすことになる」と感じ、ウクライナ支援を開始することにしました。
-ウクライナでは、どんな活動を行なっているのですか?
小川さん:
今はハンガリー国内に流入しているウクライナ難民の支援や、ウクライナ西部の避難民の支援を行なっています。
-難民の方々は、どのような状況ですか?
小川さん:
難民の人々の社会経済状況は、非常に多様で、開戦後、自家用車(中には高級車)で逃げてくる人もいれば、電車や徒歩で入国する人々まで様々でした。入国後、知人宅や自分のお金でホテルに滞在できる人もいれば、頼る人もなく、貧しく、国境付近で支援物資に頼って留まっている人々もいます。また、身分証明証すら持っておらず、社会経済的にさらに脆弱な人々は、ハンガリーに避難することもできず、ウクライナ西部に取り残されています。
ですので、今は、難民の中でも、最も脆弱な状況に置かれた人々への物資配布や、ウクライナ西部へ物資を運搬したり、そこで物資を貯蔵・配布するための拠点を作る支援を行なっています。
-ウクライナ支援をはじめてどんなことを感じましたか?
小川さん:
現場でボランティアをする人たちの姿や、日本で募金をしてくれる人たちを見て、事実を知ると、人は、こんなに自発的に動く力を持っているのだと希望を感じました。
どれだけ絶望的な世界でも、事実を知ること・関心を持つ人が増えれば、きっと世界は変わると感じました。
メディアが報道せず、世界から注目されていなくても、コンゴで脅かされている人々の命も、ウクライナの人々の命と同じです。ですから、コンゴの状況を知れば、きっと、紛争鉱物の問題を考えてくれる人も増えると信じています。
ウクライナ支援のホームページも是非ご覧ください。
一人ひとりが紛争問題を解決する力を持っている。それを伝えたい。
-これからさらに電子機器などの発達に伴い、希少鉱物への需要が高まっていくことが予想されますが、今後はどのように活動していきたいですか。
小川さん:
まずは現在やっていることを継続し、まだまだ現場でニーズはあるので、できていないことを実施し、活動の幅を広げていければと思っています。
紛争で傷ついた人々に対し、全て完璧にはできませんが、SDGsにあるように「誰一人取り残さない社会」を目指してサポートしていきたいです。
色々な階層の人がいる中で、最も脆弱な人たちに目を向け、支援していきたいと思います。
また、現場で17年やってきて、現場では紛争の問題は解決できないという無力感やジレンマを感じてきました。
-それはなぜですか?
小川さん:
ウガンダで17年支援してきた元子ども兵は、自立して木工大工店を開き、普通に生活できるようになりました。
しかしある時、お店で棺桶を造っていた時に、半分涙目で「自分はすごく幸せだが、悲しい。未だに小さな子ども用の棺桶の数が一向に減らない」と言ったのです。
彼は紛争から帰ってきて自立できましたが、紛争の影響で衣食住が満たせず、マラリアや結核にかかって子どもが死んでしまうという現状が未だにあることを意味しています。
-紛争自体が収まらなければ、この問題は根本的に解決しないということですね。
小川さん:
紛争自体の解決には私たちの力が必要です。
私たちは間接的でありますが紛争問題に関わっています。
つまり紛争を解決する力を持っており、一人一人は微力ですが、無力ではないのです。
そのことを伝える活動も、今後より力を入れて行っていきたいと思っています。
-自分とはあまり馴染みのない紛争鉱物の問題に、実は私たちが関わっていることはとても驚きでしたが、関わっているからこそ、その問題の解決にも関わることができる。そのためにはより多くの人が、この問題を知ることが重要なのですね。
本日はありがとうございました。
認定NPO法人テラ・ルネッサンス:https://www.terra-r.jp/index.html