視覚障がい者の目となり、日常生活での負担を減らす盲導犬ですが、すべての犬がなれるというわけではありません。パートナーに怪我をさせたり死の危険にさらしたりしないためにも、犬に適性があるか見極める必要があります。
そして、必要な能力を磨くためには、子犬時代の体験と人や犬とのコミュニケーションなどが重要になってきます。その大切な時期にある子犬を、一時的に家族として迎え入れ生活をともにする人々が、パピーウォーカーです。
本記事では、パピーウォーカーになるための基本条件や登録方法、事例紹介、SDGsとの関係性を紹介します。まずは、パピーウォーカーの活動内容や、どのような役割があるのかを知りましょう。
パピーウォーカーとは
パピーウォーカーとは、将来、盲導犬になる可能性のある子犬(パピー)を預かり育てるボランティアです。「パピーウォーキング」と呼ばれる委託プログラムを通して、子犬が生後2カ月~1歳前後の約10カ月間を人間と暮らし、信頼関係を築いたり、一緒に暮らすうえでのルールを学んだりします。
子犬の社会化期の重要性
何故、生後2カ月~1歳前後の子犬かというと、犬種や固体によって差はありますが、生後1カ月~3カ月頃は「社会化期」と呼ばれており、人や犬、その他の動物、車や電車など、人間社会で生活するうえで出会う生き物や物の存在を知り、慣れることに適した時期だと言われているためです。
また社会化期は、子犬のメンタルやストレス耐性にも大きく関わってくる時期です。人や犬と積極的にコミュニケーションをとり、多くの体験をすることによって、柔軟な価値判断ができるようになり、感覚機能や運動機能の発達にもつながります。
そのためパピーウォーカーの存在は、子犬が人間社会で生活する際の負担を減らす役目もあるのです。
ウィークエンドパピーウォーカーの存在
ウィークエンドパピーウォーカーとは、文字通り週末のみ子犬を預かるボランティアです。島根県にある「島根あさひ訓練センター」が「島根あさひ社会復帰促進センター(刑務所)」と連携し、独自にスタートしました。
盲導犬候補の子犬を、月曜日から金曜日までは受刑者が育てて、週末は地域ボランティアにお任せする仕組みになっています。受刑者と地域ボランティアが接触する機会はありません。毎日子犬の様子を記録する「パピー手帳」を介して、コミュニケーションをとります。
このプロジェクトによって協会側は、盲導犬候補の子犬の頭数増加につながるなどのメリットがあります。そして受刑者は、子犬のお世話を通して「信頼されることへの喜び」や「やり遂げた際の達成感」などを味わうことによって、社会復帰の促進が期待できるのです。
パピーウォーカーになるための基本条件
続いては、パピーウォーカーになるための基本条件である8項目を確認していきましょう。
①訓練センター近郊に住んでいて、車を所持している
訓練センターによって、居住地や「車で2時間圏内」など距離が限定されているため、条件を満たしているかの確認が必要です。それぞれの条件は下記の通りです。
訓練センター名 | 居住地 | 訓練センターまでかかる時間 |
---|---|---|
神奈川訓練センター | 神奈川県・東京都・埼玉県・千葉県 | 1時間程度 |
仙台訓練センター | 東北地方・新潟県 | 3時間半圏内 |
富士ハーネス | 静岡県・山梨県 | 2時間圏内 |
島根あさひ訓練センター | 中国地方5県 | 2時間圏内 |
また、訓練センターで行われるパピーレクチャー(子犬の飼育に必要な指導会)や健康診断に参加する時、子犬を病院へ連れていかなければならない時に車が必要になります。盲導犬は車に乗る機会も多いため、慣らす練習としても車が必要なのです。
②訓練センターで行われるレクチャーに月1回参加できる
先述した通り訓練センターでは、毎月、子犬の飼育に必要な指導会「パピーレクチャー」を行っています。これは、健康管理の仕方から遊びや散歩を通してコミュニケーションをとる方法、家庭内でのマナーの教え方など、子犬と生活するうえで必要なことを細かく教えてもらえる指導会です。
パピーウォーカーは、盲導犬候補の子犬を育てることが目的であるため、必ずレクチャーに参加できる人でなければいけません。場合によっては、子犬の状況を確認するために、センターの人が家庭訪問を行うこともあります。
③室内飼育ができる
盲導犬は、目が見えない方や見えにくい方と生活を共にします。必然的に室内で生活することになるため、下記のようなマナーを覚えます。
- 物を噛まない
- 無駄吠えをしない
- 人間の食べ物を欲しがらない
- 指示があった時に排泄をする
- 室内で落ち着いて過ごすなど
そして、リビングのように、日中に人が多くの時間を過ごす場所を子犬の生活スペースにします。日本盲導犬協会のホームページによると、ケージの大きさは、縦62㎝×横93㎝×高さ70㎝と記載されており、生活スペースにケージを設置する以外にも、トイレや運動用のスペースも必要です。
④子犬の世話や育成中心の生活ができる
人との生活の中で、マナーやコミュニケーションを学ばせることも目的の1つです。子犬はまだ生活リズムが整っていないため、人が合わせないといけない状況も出てきます。このような理由から、子犬中心の生活ができる人でなければパピーウォーカーは難しいのです。常に家にいて、仕事の時間調整もできる方が適しています。
とくに、委託後2カ月ほどは、1日3回の食事と排泄のトレーニングを行うため、子犬を良く観察しなければなりません。トイレトレーニングに関しては、失敗しないために約1時間おきに排泄を促すことも必要です。
⑤子犬の育成に家族全員が参加できる
子犬が正しいマナーを身につけ、人間との生活に慣れるためには、家族全員の理解と協力が不可欠です。指示も、1度や2度では覚えません。諦めずに、最初から最後まで同じ接し方や教え方を繰り返すことによって、子犬も理解し覚え、人との健全な関係も築けるのです。
現在パピーウォーカーの活動は、単身者は採用できない決まりになっています。また、体力や精神的負担の面、安全面から、小学校低学年と65歳以上の方がいるご家庭は断られる可能性もあります。
⑥現在、犬を飼育していない
先住犬がいる場合は、子犬を預かり飼育することはできません。預かり期間中は、その子だけに集中し、子犬の社会化に適切な環境を整えてもらうことが目的であるためです。また、猫や他の動物と暮らしており相性が良くない時は、別の部屋で飼育することになります。
⑦集合住宅に住んでいる場合は管理側の承諾を得る必要がある
集合住宅に住んでいる方は、一度管理側に確認した方が良いでしょう。犬の飼育が認められていても、大型犬は不可なケースもあるためです。近隣住民や管理者側とトラブルにならないためにも、必ず事前に確認することをおすすめします。
⑧一部、金銭的な負担がある
日本盲導犬協会のホームページによると、パピーウォーカーの経済的な負担は、毎月4,000〜5,000円ほどと記載されています。
基本的に、子犬の首輪や散歩用のリード、ケージ、ブラシなど、犬を飼ううえで最低限必要な物は、団体側から支給。狂犬病や混合ワクチン、フィラリア予防薬、健康診断など、一部の医療関係の費用も団体側が負担します。
ただ、生活しているなかで
- 体調が悪くなった、ケガをした際の治療費
- フードや消耗品(トイレシーツや生理用ナプキンなど)
などは、パピーウォーカーの負担となります。
しかし、一緒に暮らすうちに愛おしさが増し、「かわいい首輪をつけたい」「お洋服を着せたい」「ついつい新しいオモチャを買い与えてしまう」となる人も多いようです。
パピーウォーカーに登録するには
基本条件を理解したところで、続いては登録方法を確認しましょう。
①登録申込書を盲導犬協会へ郵送
まずは、仮登録を行います。盲導犬協会のホームページで基本条件を確認し、問題がなければ訓練センターへ登録申込書と、家族全員の写真を1枚同封し郵送してください。なお、申請書を郵送したからといって、必ず子犬を委託できるわけではありません。そういった事情を理解したうえで、申し込みましょう。
現在、郵送費削減のために、PCでメールを受信できる連絡先の登録を推奨しているようです。連絡先を持っていない場合は、郵送にて案内や資料が送られてきます。
②説明会と面談
訓練センターで不定期に開催されている説明会では、パピーウォーカーの活動についての説明や簡単な面談が行われます。そのため、できるだけ家族全員で参加しましょう。子犬の世話は、家族全員で行います。そのためには、全員が子犬に関する知識や、世話をする際の心構え、注意事項などを共有する必要があるのです。
また、希望者が多い場合は説明会までの案内が遅れたり、訓練センターによって仮登録の流れが異なったりするため、詳細は申し込む訓練センターへ確認しましょう。
③委託打診の連絡と登録費用について
委託希望側が説明会と面談を終えた時点で、パピーウォーカーへの登録を正式に希望している、なおかつ、盲導犬協会側も「子犬を委託しても問題ない」と判断した場合は、パピー委託待機者として登録されます。預かり開始は、子犬の出産状況やパピーウォーカーの待機状況によって異なるため、登録してすぐに活動できるとは限らないことも理解しておきましょう。
委託が決まると、約1カ月前までに協会から委託依頼の連絡がきます。ボランティア開始時には、1家族につき1,000円をボランティア登録費として支払い、ボランティア保険の加入やIDカードの発行に充てられます。
④委託準備
委託当日までに、子犬を迎えるための準備や必要書類、約10カ月間の生活についての説明を訓練センターで受けます。協会の都合で、事前説明会が行えない場合は別途案内があるようです。ケージや首輪など、子犬との生活に必要な犬具を渡されるのもこの時です。
⑤委託式に参加(委託当日)
委託式は、訓練センターで行われます。委託式までは、どの子犬がどの家へ行くのか知らされません。そのため、委託式で家族になる子犬と初めて対面し、感動するパピーウォーカーも多いようです。子犬たちも、様子を伺うように見上げる子もいれば、遊んでほしくて勢いよく飛びつく子もいるなど、それぞれの性格が伺えます。
子犬を手渡された後は、接し方や遊び方、排泄の教え方などのレクチャーを受け、必要書類の作成などを行います
パピーウォーカーの募集はどこで探せる?
パピーウォーカーの基本情報や登録方法を知り、ボランティアに参加したいと思った人もいるでしょう。続いては、パピーウォーカーの募集情報を確認していきます。
東京・千葉・埼玉
東京や千葉、埼玉、神奈川で暮らしている人は、「神奈川訓練センター」が申し込み可能な範囲に含まれている訓練センターです。質問がある場合は、そちらに電話をしましょう。そして、登録方法でお伝えした通り、日本盲導犬協会のホームページ内にある「パピーウォーカー登録申込書」を書き、郵送またはメールにて、家族写真と一緒に送ります。
大阪
大阪には、西日本随一の実績を誇る「日本ライトハウス盲導犬訓練所」があり、パピー育成基金として、毎月5,000円をパピーウォーカーが負担します。
また、京都府亀岡市に位置する「関西盲導犬協会」は、委託地域を亀岡市から車で1時間ほどの地域に暮らす方としており、大阪府の北部地域も含まれているため、詳細を知りたい方は協会へ直接問い合わせてくださいとのことです。
札幌
北海道札幌市に位置する「北海道盲導犬協会」は、申請可能居住地を札幌市近郊または旭川市近郊としています。こちらも、詳細は北海道盲導犬協会の指導部パピー担当 TEL:011-582-8222に問い合わせると、説明資料と申込書を送ってもらえます。
福岡
福岡県糸島市にある「九州盲導犬協会」でも、子犬の委託を行っています。ホームページ内の「ボランティア資料請求」より問い合わせを行うと、委託条件やパピーウォーカー説明会への参加申込書、その他の必要書類が届きます。その後説明会へ参加し、職員との面談、待機者登録、委託の確認、講習、子犬を委託という流れになります。
パピーウォーカーは大変?事例を紹介
生き物を預かり育てるということは、簡単ではありません。そしてパピーウォーカーは、家族の一員として迎えるだけではなく、立派な盲導犬になるようにしつけを行い、社会性を身につけさせる必要があります。「視覚障がい者の命を預かる子犬を育てる」という、重大な責任が伴う活動です。そのことを、忘れないようにしましょう。
続いては、具体的にどのような点が大変なのか実例を見ていきます。
【事例1】夜鳴き
子犬の夜鳴きに悩まされるパピーウォーカーは多いようです。夜鳴きは、盲導犬候補の子犬に限ったことではありませんが、委託初日から数日間もしくは数週間は、寂しさから夜中に吠えたり鳴き続けたりします。
なかには、ケージの金網をかじったり、床を掘ってペットシーツをボロボロにしたりする子もいるようです。一緒に寝ることはできないため、心を鬼にして辛抱強く、ケージが楽しく安全な場所だと覚えさせる必要があります。
【事例2】排泄トレーニング
委託初日から、「排泄」「食事」「ハウストレーニング」の3つのトレーニングが始まります。そして盲導犬候補の子犬は、ペットとして飼われている犬とは異なる排泄トレーニングを行うのです。
まず子犬にトイレの場所を覚えさせ、次は勝手に排泄を行わないようにします。盲導犬は、仕事中にいつでもトイレに行けるわけではありません。そのため、子犬の頃から、人間がトイレに行けるタイミングで連れていき、声かけをした後に排泄を行うように練習します。
最初は、子犬が我慢できなかったり、夏場のように水を多めに飲む時期は、排泄の感覚が短くなりパピーウォーカー側のサインが遅れて失敗したりもします。夜鳴きと同様に、根気強く行う必要があるでしょう。
【事例3】反抗期がくる
犬種や個体差にもよりますが、人間の子どもと同様に子犬にも自我が芽生え、反抗期がきます。生後5カ月頃といわれており、パピーウォーカーが指示を出すと、分かっているはずなのに無視をしたり、気に入らないことがあると噛むふりをしてみたりと、反抗の仕方も、子犬によってさまざまです。
無理に続けると、本当に指示を聞かなくなったり、「人間の言うことは聞かなくてもいい」「何度も言われたら聞こう」などと学習したりしてしまう可能性もあります。1人で悩まずに、訓練センターの方に相談して乗り越えましょう。
パピーウォーカーとSDGs
最後に、パピーウォーカーとSDGsの関係性を確認していきます。まずは、SDGsについて簡単におさらいしましょう。
SDGsとは
SDGsとは、2015年に開催された国連総会にて、193カ国が賛同して採択された国際目標です。世界中で起きている、環境・社会・経済の課題解決を目指し、17の目標と169のターゲットが設定されています。この目標を2030年までに達成し、誰一人取り残さない社会の実現に向けて、政府や企業、個人など、さまざまな人々が取り組んでいます。
そしてパピーウォーカーが、将来盲導犬になる子犬を育てることによって、目標17の達成に貢献できる可能性があります。
目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」
目標17は、文字通り「パートナーシップ」が重要となる内容です。課題の解決や目標の達成を目指し、誰かと助け合い、自分たちのやり方で行動していくことを促す内容です。
今回の場合は、「自力で生活することが難しい視覚障がい者の負担を軽減する」ことが目標であり、盲導犬(パートナー)の力を借りて達成を目指します。そのためには、盲導犬候補生を育てるパピーウォーカーの協力も不可欠です。パピーウォーカーが、子犬に沢山の愛情を注ぎさまざまな体験をさせて、充実した社会化期になるようにサポート。その後、盲導犬協会が訓練を行い、立派な盲導犬へと育てます。
その結果、視覚障がい者は盲導犬と暮らすことによって、よきパートナーとして助け合い、より良い生活をおくれる可能性が広がるのです。そのため、パピーウォーカーの活動は、目標17の達成に貢献すると言えるでしょう。
【関連記事】
SDGsとは?1〜17の目標一覧と意味や達成状況、世界・日本の取り組み事例を紹介
SDGs17「パートナーシップで目標を達成しよう」現状と日本の取り組み、私たちにできること
まとめ
将来、盲導犬となる可能性のある子犬に、たくさんの愛情を注ぎ育てるパピーウォーカー。子犬の生後2カ月〜1歳になるまでの10カ月間は、人間に慣れることだけでなく、人間社会でさまざまな体験をすることによって、「社会性」を身につける大切な時期でもあります。その時期を一緒に過ごすパピーウォーカーは、重要な存在です。
ただ盲導犬は、何回も飼い主が変わったり拘束時間がながかったりなどという点で、「かわいそうだ」という声もあります。視覚障がい者にとっては、大変ありがたい存在ですが、動物愛護の観点から考えると疑問が残るのも事実。これからの時代は、そういった課題を解決できるような仕組みづくりも必要になってくるでしょう。パピーウォーカーとして活動する際は、子犬を育てることはもちろんですが、盲導犬として活躍する時のことにも目を向けてみてください。
〈参考文献〉
SDGs(持続可能な開発目標)|蟹江憲史 著
パピーウォーカー|日本盲導犬協会
パピープロジェクト|日本盲導犬協会
パピーウォーカー(子犬飼育ボランティア)のご案内|日本盲導犬協会
成長する盲導犬子犬たち|パピーウォーカー|日本ライトハウス盲導犬訓練所