かつては世界最貧国と呼ばれていたバングラデシュですが、現在は高い経済成長率が世界的にも話題となっています。最貧国からは脱したと言われているものの、未だ経済格差など貧困層の問題は残っています。さらには、近年の新型コロナウイルスの影響で新たな貧困層も発生しました。
本記事では、現在バングラデシュが抱えている貧困問題の状況やその原因、貧困をなくすための取り組みについて紹介していきます。
目次
バングラデシュについて
まずは、バングラデシュの国の概要を見ていきましょう。
概要
バングラデシュ | 日本 | |
---|---|---|
首都 | ダッカ | 東京 |
面積 | 147,000k㎡ | 378,000k㎡ |
人口 | 1億6,630万人(2021年) | 1億257万人(2021年) |
民族 | ベンガル人他、少数民族 | 日本民族 |
言語 | ベンガル語成人(15歳以上)識字率:75.6% | 日本語成人(15歳以上)識字率:100% |
宗教 | イスラム教88.4%その他(ヒンズー教、仏教、キリスト教)11.6% | 神道仏教キリスト教その他 |
バングラデシュは南アジアに位置しており、国境線の多くはインドと接しています。気候は、雨季と乾季があり一年を通して温暖です。食文化もインドと似た部分があり、スパイスを多用したカレー類が多く食べられています。加えて、川の多い地形を利用し米栽培も広く行なわれており、魚もよく食します。
面積は日本の4割程です。その中に日本と同じくらいの人口がいることからも分かるように、人口密度の高い国と言えるでしょう。内政では、仏教系の少数民族が居住するチッタゴン丘陵地帯と中心部との対立、ミャンマーからの避難民(ロヒンギャ難民)などの問題を抱えています。
歴史
バングラデシュは、第二次世界大戦まではインドとともにイギリスの植民地でした。戦後、1947年にイギリスの支配が終わり、ヒンドゥー教地域はインドとして、イスラム教地域はパキスタンとして独立。1971年にベンガル人の住むバングラデシュがパキスタンから独立して、今の国土となりました。
独立後は軍部によって政権が握られてきましたが、1991年の憲法改正で大統領制から議院内閣制へ移行し民主化され、現在に至るまで5年ごとに選挙が行なわれています。
バングラデシュの貧困の現状
バングラデシュについて把握したところで、貧困の現状を見ていきましょう。
経済状況
バングラデシュの1人あたりのGDP(国内総生産)は、1990年頃から増加し始め、とりわけ2010年代から急激な上昇を見せています。
急激にGDPが増加した理由としては、1991年に民主化したことで経済活動が活発に行えるようになったことが要因として挙げられます。そして2009年に誕生したハシナ・アワミ連盟政権は、中所得国・先進国入りを目指す政策を打ち出し、全国的なIT化も推進しました。この政策もGDPの飛躍的な増加の一因となっています。
その中で、特にバングラデシュのGDPを支えているのは、主産業である縫製業です。欧米・先進国では2000年代頃から「ファストファッション」が流行しました。このファストファッションを下支えする存在として、安い賃金でたくさん作れるバングラデシュの工場が重宝されたのです。これにより、労働環境や低賃金の問題があるものの、バングラデシュはGDPを大幅に伸ばすことができました。
参考までに、日本の経済状況と比較してみましょう。
バングラデシュ | 日本 | |
---|---|---|
GDP(国内総生産) | 2,852億ドル(2021年、世界銀行) | 4.941兆ドル(2021年、世界銀行) |
1人あたりGDP | 2,503ドル(2021年、世界銀行) | 39,312ドル(2021年、世界銀行) |
主要産業 | 衣料品・縫製品産業、農業 | 製造業、サービス業、商業 |
経済成長率 | 6.94%(2021年度、バングラデシュ統計局) | 1.7%(2021年、世界銀行) |
1人あたりのGDPは日本の1/10以下ですが、経済成長率は日本よりも高い水準にあり、成長途中にある国と言えるでしょう。
貧困ランキングは60位
続いて貧困ランキングを見ていきましょう。
バングラデシュは、かつて「世界最貧国」と呼ばれたこともありますが、先述したように現在は急激な経済成長により最貧国を脱し、60位(162か国中、2010年現在)となっています。
(参考:世界・貧困層の人口割合(貧困率)ランキング(CIA版))
人間開発指数(HDI)では129位(191か国中、2021年)で、人間開発中位グループに位置づけられています。(出典:国連開発計画(UNDP)「人間開発報告書概要2021/2022」)
人間開発指数とは、平均余命、教育、識字、所得指数を複合した統計数値です。この数値は人間らしい生活水準を示し、貧困度合いを計るのにも利用されています。
国内の貧困率の推移
では、バングラデシュ国内の貧困率について見ていきましょう。
世界銀行による最新のデータを見ると、2020/2021年度の貧困率は12.5%、2021/2022年度は11.9%でした(ここでの貧困率は、1日1.90ドル以下で生活する人の割合。)
これまでの貧困率のあゆみについては、以下のグラフで確認できます。
貧困率aは「基本的な生活に必要とされる支出以下で暮らす貧困率」、貧困率bは「最低限の生活に必要とされる支出以下で暮らす最貧困発生率」を示しています。どちらも、都市部・農村部ともに減少しており、貧困が改善していることが伺えます。
その一方で貧困率c、dの摂取カロリーで見ると、都市部の貧困率は上昇しています。これは後ほど詳しく説明しますが、簡単に言うと経済活動が活発になり、農村部から都市部への出稼ぎが増えたものの、全員が安定した職に就けるわけではないことが関係しています。安定した職に就けない場合、低賃金の労働を強いられることとなり、結果的に貧困から脱出できずに格差が生まれるのです。
所得に表れない貧困の改善
格差などの問題を抱えてはいるものの、経済状況以外に目を向けると、予防接種や安全な水へのアクセスといった所得に表れない部分の数値が大幅に改善されています。
以下は、所得に表れない部分の貧困について調査したデータです。
コロナ禍によって悪化
このように、近年バングラデシュでは貧困問題が改善されつつありました。しかし、2019年頃から発生した新型コロナウイルス感染症によって、進捗に陰りが見えていると指摘されています。
バングラデシュでは2020年3月に初めて新型コロナウイルスの感染者が確認され、同年の5月まで、断続的にロックダウンが行われました。企業活動を停止しなければならず、都市部は失業者であふれました。同時に小学校をはじめとする教育機関でも長期の休暇が決定。これによりかろうじて教育にアクセスしていた貧困層の子どもたちがドロップアウトし、児童労働、児童婚が増加したと言います。
また、主要産業である縫製業も打撃を受けました。欧米の大手アパレルメーカーがコロナ不況のため相次いで注文をキャンセルしたのです。2020年4〜5月で総額30億米ドル以上がキャンセルされたとみられています。その結果、縫製工場では突然の解雇や未払いが平然と行われました。バングラデシュ衣料品製造・輸出業者協会(BGMEA)によると、これらの影響により50万人の雇用が失われたと推定しています。
なぜバングラデシュは貧困国だったのか?原因は?
ここまでで、バングラデシュの貧困状況が把握できたと思いますが、なぜそれまで最貧国と呼ばれていたのでしょうか。また、なぜ現在も貧困に苦しむ方々がいるのでしょうか。原因を探っていきましょう。
気候変動による自然災害の影響を受けやすい
ひとつは自然災害に対する脆弱性があります。バングラデシュはもともと自然災害が多いことに加えて、近年の気候変動の影響も直に受けています。
国内には3つの大きな川があります。これらの川が海に流れ込み形成する三角洲(デルタ地帯)が国土の大半を占めており、このような場所は標高6〜7m以下です。このような背景から、バングラデシュでは毎年、洪水やサイクロン、竜巻などによる水害に悩まされています。
こうした自然災害の影響を一番に受けるのは農業に従事する人たちです。水害で土地を失うと、収入源が絶たれてしまいます。また、家屋などを失えば移動を余儀なくされ、場合によってはさらに危険な地域に移り住むケースもあるようです。行く先で再び水害にあえば、貧困が加速するという負のスパイラルに陥ってしまいます。
さらに、近年は気候変動の影響で豪雨が増加しています。これにより、災害級の洪水もたびたび起こるようになりました。2020年の南アジア洪水災害では、国土の半分が浸水し、インド、ネパール、バングラデシュの3国で1,750万人が被災。死者630人以上を出しました。
経済格差による貧困層の固定化
先述したように経済格差も深刻です。バングラデシュ全体としてGDPの値は増加していても、国内での経済格差が広がっており、貧困層の固定化を招いています。
下の表は、ジニ係数という格差を示す数値の推移を表しています。
ジニ係数とは、格差が全くない状態を0とし、1に近づくほど格差が大きいことを示しています。上に示した表を見ると、国内での経済格差が広がっていることが分かります。2010年には全体のジニ指数は0.321に上昇し、ますます格差が広がっているのです。この傾向は都市部で顕著に見られます。
繰り返しになりますが、都市部に出稼ぎに行っても安定した収入を得られる仕事に就くことはできません。そのため、労働環境や条件が劣悪な職に就くケースも多々見受けられます。その中で、経済格差を世界に知らしめる事故が発生しました。
ラナ・プラザの崩落事故
2013年、商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊する事故が起こりました。これより死者は1,127人、行方不明者は500人以上、負傷者は2,500人以上を出しました。犠牲者の多くはラナ・プラザに入っている縫製工場で働く女性たちでした。
ラナ・プラザに入っている縫製工場は、低賃金で劣悪な環境だったと言います。労働者の権利は認められておらず、事故の前日も建物の危険性を訴える労働者がいましたが、避難することは許されませんでした。貧困層にある労働者はこのような劣悪な環境でも働かざるを得ず、適正な賃金が払われないので貧困から抜け出すことが難しくなります。今後は、格差を是正するような仕組みづくりが求められるでしょう。
バングラデシュの貧困解消を目指した取り組み
バングラデシュの貧困を解決しようとする取り組みは、さまざまな国や団体、企業が行っています。世界機関、日本政府、日本の企業、日本のNGO、バングラデシュ国内での取り組みを紹介します。
【世界】国連児童基金(UNICEF)
国連児童基金(UNICEF、ユニセフ)は、以下のようにバングラデシュ国内の子どもの支援を行っています。
- 教育:就学率の向上、教育の質の向上、女子の性被害対策、ロヒンギャ教育支援
- 栄養:安全な水の確保、栄養不足による発育阻害の予防
- 子どもの保護:児童労働・児童婚・性的暴力・虐待の予防
【日本政府】ODAによる協力
日本政府はバングラデシュに対して政府開発援助(Official Development Assistance:通称ODA)と呼ばれる援助を行っています。2020年度の支援額は以下の通りです。
2020年度 支援額 | |
有償資金協力 | 3,732.47億円 |
無償資金協力 | 41.34億円 |
技術協力 | 26.24億円 |
無償資金協力では、国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際連合世界食糧計画(WPF)と連携してロヒンギャ関連や人材教育の支援を行いました。
独立行政法人国際協力機構(JICA)が行う技術支援では、青年海外協力隊により
- 教育支援
- 看護の人材育成
- 公衆衛生の改善
- 農業支援
など、さまざまなプロジェクトが多数進行しています。
【日本企業】マザーハウス
マザーハウスは「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ことを目標に、日本人女性が立ち上げたブランドです。バングラデシュに自社工場を持ち、2006年よりバングラデシュ産の革やジュート(麻)を利用したバックの販売を始めました。現在、生産はネパールやミャンマー、スリランカなどにも拡大し、衣服・ジュエリーも販売しています。
現地の工場では適正な賃金を払い、コロナ禍でも解雇せず、従業員を家族のように扱っています。ボランティアではなく企業の視点を持ちつつ、バングラデシュの労働環境を変えようと努力しています。
【日本の団体】シャプラニール
シャプラニールは、日本とバングラデシュとの国交が始まった1972年にボランティア活動を始めました。日本主体のエゴな活動にならないよう、取り残された人を救済したい、との理念のもと、援助するだけでなく自立を促す活動をしています。
具体的には教育支援、児童労働削減、防災、フェアトレード事業などに取り組んでいます。フェアトレード事業ではジュート製品や伝統的な手工芸品ノクシカタ(刺し子のようなもの)を使った雑貨、手織り布の衣服などを販売しており、ネットショップやフェアトレード商品を扱う店舗で購入できます。
【バングラデシュ国内】グラミン銀行
グラミン銀行は、2006年にムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞したことで話題になりました。バングラデシュ発のマイクロファイナンス(小口金融)機関です。
具体的には、貧困層向けに低金利・無担保の少額融資(マイクロクレジット)を実施しました。収穫期にしか収入がない農村部では、計画的に資金繰りを考える必要があります。グラミン銀行ではスタッフが直接村へ出向いて融資を行い、返済計画や貯蓄、生活向上の意識付けを行うことにより、人々にお金に対する知識や習慣を根づかせ、貧困から脱する助けとなっています。
バングラデシュの貧困とSDGsの関係
最後に、SDGsとの関係を確認しておきましょう。
バングラデシュの貧困について知り、支援することは、SDGsの目標1「貧困をなくそう」と関係があります。この目標は、1日1.9ドルの「絶対的貧困ライン」以下で暮らしている人をなくすこと、1国の中での相対的貧困の割合を減らすことを目指しています。また、災害時に影響を受けやすい貧困層の被害を少なくし、被害にあっても立て直せるような力を付けることにも言及しています。
バングラデシュの状況が改善すれば、大きく目標の達成に近づくでしょう。
まとめ
この記事ではバングラデシュの貧困について、まとめました。
かつて最貧国とまで言われたバングラデシュは、経済状況、貧困状況が改善傾向にあります。しかし、新型コロナウイルス感染症により新たな貧困が発生し、今後の対応を考えなければなりません。また、改善しているとはいえ、気候変動や経済格差により固定化されてしまった貧困層も存在します。
こういった状況を改善するためには、国や企業の対策はもちろんのこと、日本にいる私たちの協力が不可欠です。適正な価格で取り引きされるバングラデシュ製品を買うことは、バングラデシュの労働環境を整え、貧困解決の一助となるでしょう。
【参考資料】
外務省:バングラデシュ人民共和国
外務省:第 2章 バングラデシュ国の政治経済情勢と開発計画
worldvision:バングラデシュの貧困とは?人口や貧困率の現状を知り解決策を考えよう
Bangland:バングラデシュ進出支援・現地情報サイト
笹川平和財団:コロナ渦のバングラデシュ―グローバル経済の末端で何が起きているのか
シャプラニール
UNICEF:Bangladesh(バングラデシュ)
UNICEF:バングラデシュ・気候変動洪水、サイクロン、干ばつ、海面上昇など 1,900万人以上の子どもの命と将来に影響
貧困プロファイル バングラデシュ
世界銀行、バングラデシュの推定貧困率を11.9%と予測(バングラデシュ) | ジェトロ