近年「Black Lives Matter」や「香港民主化デモ」が大きなニュースとなり、世界で注目を集めました。一方で、なんとなくデモや暴動をイメージできても、違いやその背景までしっかりと理解している人は少ないのではないでしょうか。この記事では、暴動とデモの違いや、世界における事例を紹介します。
暴動とデモの違いとは
まずは、「暴動」と「デモ」の言葉の違いを見ていきましょう。
暴動とは
暴動とは、群集が暴徒となって騒動を起こし、社会の安寧を乱すことです。何らかの主張や要求を持った集団によって行われることが多く、大規模な暴動になると怪我人や死亡者の発生、建物の破壊などにつながります。
デモとは
デモとは、デモンストレーションの略で、抗議や要求の主張を掲げて集会や行進を行い、団結の威力を示すことを意味します。政治的、社会的、文化的な問題や要求を表現するために、同じ意志を持った人が集まり、デモを行います。
日本では、憲法によってデモの自由が保障されています。しかし法律上、道路を使用してデモを行う場合、事前に警察に許可申請を提出する必要があるとされています。
つまり行動の手段が違う
暴動とデモの大きな違いは、手段です。デモは、集会や行進など非暴力的な方法によって行われます。中には「ピースデモ」と呼ばれる大きな声を出さずに座って祈ったり、穏やかな雰囲気で行われたりするデモもあります。
一方で暴動は、主義主張を訴えるために暴行・脅迫・破壊など暴力的な手段を用います。そのため暴動は、街や社会に被害を引き起こすことが多いという点で大きく異なります。
デモにはメリットもデメリットもある
被害をもたらす暴動が社会に良くないことは明確ですが、それではデモにはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
メリット
デモ活動は、政治家や社会に主張を届けるために行われます。暴動のように暴力を使うのではなく、正しい方法で意見を主張することで、法に触れずに意見を届けることができるというメリットがあります。
デモで主張される内容はさまざまですが、環境問題・人種差別や格差問題・経済課題など課題を挙げ、政府に動きや改革を求める事例が多い傾向にあります。
デメリット
デモの主なデメリットは、予想外の暴動に繋がってしまう可能性があることです。
次の章で紹介する2019年(令和元年)に起こった香港の民主化デモは、当初集会という形で実施されていましたが、最終的にスプレー缶で街中にスローガンを書いたり、備品を壊したりといった暴動に発展。
数十人の怪我人が出て、デモの終盤ではデモに参加した学生が警察の強制排除の最中に建物から転落し、亡くなりました。このように怪我人や死亡者が出る暴動につながってしまう可能性が、デモの大きなデメリットでしょう。
また、デモの自由は憲法で保障されていますが、会社側が従業員に対して、企業理念に反するデモへの参加を制限することは可能です。そのため、デモを企画または参加することで、勤め先とトラブルになる可能性もあることに注意しなければなりません。
世界の暴動事例
暴動が起こった理由を見ていくと、世界の情勢について深く学ぶことができます。ここでは、世界の暴動事例とその背景を見ていきましょう。

上のカーネギー国際平和基金が作成する地図は、2017年(平成29年)から現在2023年(令和5年)5月までの間に暴動が起きた事例のある地域を濃い緑色で示しています。オレンジ色の点は大きな暴動が起こった場所です。
日本では大きな暴動はなく、アメリカやヨーロッパ、アフリカ、アジア圏では香港やインドで暴動が発生したことが読み取れます。
具体的な事例を紹介します。
サンチアゴ
チリの首都サンチアゴでは、地下鉄運賃値上げをきっかけとする暴動が2019年(令和元年)10月に発生しました。学生らによる無賃乗車から始まり、地下鉄内の放火、ATMや銀行への襲撃が起こり、非常事態宣言がされる事態となりました。
また、サンチアゴのデモの特徴は、駅の労働者たちも運賃値上げに反対してストライキをし、抗議デモに参加した点です。デモ隊と警察官との衝突も激化して、結果的にセバスチアン・ピニェラ大統領は地下鉄運賃値上げを撤回しました。しかし暴動の結果、1,500人以上が逮捕され、死者は11人に達しました。
レバノン
新型コロナウイルスのパンデミックの中、経済危機が深刻化したレバノンで、2020年(令和2年)に暴動が起こりました。パンデミックで外出禁止宣言が出ていた中、数百人が集まり、エリート層の汚職や外出禁止によって収入を失った労働者の不満を訴えました。銀行の襲撃や軍との衝突で市民が1人死亡。デモは数日間続き、怪我人も多くでた暴動となりました。
香港

ここで紹介するのは、香港において発生した刑事事件の容疑者を、香港から中国本土へ引き渡せるようにする「防犯条例改正」に抗議するために行われたデモです。元々集会という形で実施されていたデモは激しさを増し、多くの怪我人が出る暴動へと発展しました。しかし、デモ隊は政府に「暴動と呼ばないこと」を要求しています。
その理由に、一連の抗議デモは警察への事前申請をし公式に行われていた点が挙げられます。非暴力的に実施されていたデモが、徐々に許可を取らずに活動する傾向が見られ、警察側・デモ隊側両者の手段が激化したのです。そこでデモ隊は政府に「暴動へ発展したのは自分達のせいではない」と訴えがありました。
しかし、怪我人や死者、破壊された建物が出ているという点でも、最終的には暴動に発展したと言えるでしょう。
世界のデモ事例
暴動の例に引き続き、近年世界で行われたデモの事例を見ていきましょう。
デモが多い国ランキング

上の地図は、2017年(平成29年)から現在2023年(令和5年)5月までの間にデモが起きた地域を示しています。世界各地で何かしらのデモが起きていることが分かります。前の章で紹介した大規模な暴動が起きた地域より、デモが行われた地域の方が多く、東京もその一つです。
それでは、近年行われた2つのデモを取り上げ、その背景と結果を見てみましょう。
【成功例】世界を動かした「Black Lives Matter」

2014年(平成26年)、ニューヨークで警察官が逮捕の際に絞め技を使ったことで黒人男性が亡くなりました。他にもミズーリ州で、黒人男性が警察官から10発もの銃弾を受けて射殺されています。これらの事件をきっかけに、アメリカ全土で抗議運動が行われ、”Black Lives Matter”が世界各地に広がりました。東京・大阪を含む世界各地でデモが行われ、Black Lives Matterは21世紀の公民権運動になりました。
デモが成功か失敗か定義するのは非常に難しい部分ではありますが、Black Lives Matterの活動後、2021年(令和3年)に黒人男性ジョージ・フロイドさんを殺害した罪に問われていた白人警察官に有罪判決が下されました。警察官が市民を殺害した事件で有罪判決が出たのは非常に珍しいケースで、Black Lives Matterが訴える命の大切さが伝わった瞬間だったと全米から注目を集めました。
また、現地の警察が容疑者確保の際に絞め技を使うことを禁止する方針を示したのも、一つの進歩と言えるでしょう。
【失敗例】フランスの衛生パス義務化への抗議デモ
続いて、フランスの抗議デモの失敗例を紹介します。
フランスでは新型コロナウイルスのパンデミック中、2021年8月にワクチンの接種歴を証明する「衛生パス」の提示義務が実施され、大規模な抗議デモにつながりました。ワクチン接種自体は義務化していなかったものの、レストランやカフェで衛生パスの提示義務が拡大することで、「自由を奪われる」と感じた市民が多数いためです。
デモは、フランス国内184ヶ所で行われ、首都のパリでは1万4,000人以上が参加する大きなデモになりました。しかし、結果的に衛生パスの義務化は撤廃されなかったという点で、デモは失敗だったと言えるでしょう。
パンデミックが落ち着いた現在、衛生パスの義務は撤廃されています。
日本でも暴動やデモは起きている?
ここまで世界の事例を紹介してきましたが、日本でも暴動やデモは起きています。ここでは代表的な
- 反基地運動
- 原子力政策をめぐるデモ
の2つを紹介します。
反基地運動
「反基地」という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。米軍基地による騒音や山林火災、米軍兵による犯罪などを理由に、沖縄では「米軍基地を沖縄から無くす」という主張のもと、長年運動が行われてきました。
近年では、沖縄県宜野湾市に設置されている普天間飛行場の移設をめぐり、反対抗議が行われています。2017年(平成29年)には多くの参加者が移設先である基地周辺に座り込み、デモを行いました。このデモでは、公務執行妨害や暴行罪などで36人が検挙されています。
原子力政策をめぐるデモ
2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災による福島原発事故以来、原子力発電所の廃止を求める集会や抗議デモが行われてきました。2012年(平成24年)3月11日には、約1万人が国会議事堂周辺に集まりデモが行われました。
さらに、2012年(平成24年)6月に原子力発電所の再稼働が決定したことで、20万人もの参加者が集まり、大規模なデモが行われました。その中で2012年7月29日に実施された集会デモでは、警備中の警備員に対して暴行をして男性2人が逮捕されるという事態に発展しました。
このように、日本でもデモが起きています。しかし世界的に見ると、日本はデモや暴動が少ないと言われています。海外メディアからは、震災が起きたときでさえ日本では暴動が起こらないと賞賛されるほどです。アメリカやヨーロッパの同じ先進国ではデモや暴動が起きているのに、なぜ日本では発生していないのでしょうか。
日本で暴動やデモが少ない理由
理由のひとつに、日本では国民の行動が政治に影響を及ぼしているという意識が低いことが挙げられます。日本財団が2020年に実施した「18歳意識調査」では、自己の行動によって社会が変えられると感じた人口は2割で、対象国の9カ国で最下位でした。また、NHKが1973年から5年ごとに実施している「日本人の意識」調査では、選挙やデモ、国民の意見が、国の政治に影響を及ぼしていると感じる人が、調査開始以来減少し続けていることも明らかになっています。
実際に、米国の経済界に対する大規模な抗議運動「ウォール街を占領せよ」が世界規模で行われた際、アメリカ、イギリス、香港、韓国では数千人規模でデモが行われた中で、東京での参加者はわずか100人ほどであったことからも、他国と比べて意識の低さが浮き彫りになっています。
つまり、
- デモに参加しても無駄
- 暴動に関わりたくない
- そもそも関心がない
といった理由で、社会運動に消極的であると考えられるのではないでしょうか。
暴動やデモとSDGsの関係
日本は暴動やデモが少ない国だと紹介しましたが、必ずしもそれが良いことなのでしょうか。実は暴動やデモはSDGsとの関係も深く、背景を知り理解することは非常に大切です。
SDGs(持続可能な開発目標)とは、2015年9月に国連サミットで採択された世界共通の目標です。2030年までに達成すべき目標を、
- 環境
- 社会
- 経済
の3つを軸に、17のゴールと169のターゲットで掲げています。
暴動・デモはSDGsの全ての目標に関わる
上までの章で述べたように、人々は政治や社会に変革を求めてデモや暴動を起こします。デモが起こった背景を知れば、SDGsの目標達成に欠けている部分を国民が訴えていることが理解できます。
例えばサンチアゴやレバノンで起こった暴動は、経済の悪化が背景にあったため、目標1の「貧困をなくそう」や目標8の「働きがいも経済成長も」に関連しています。人種差別が背景にあったBlack Lives Matterのデモは、目標10の「人や国の不平等をなくそう」とつながりが深いです。
つまり、デモや暴動は、SDGsの全ての目標と深くつながりがあり、目標達成のためにもまずは今地球が抱えている課題に関心を持つことが非常に大切です。
まとめ
暴動やデモは、どちらも政治や社会に要求を主張するために行われます。しかし、社会秩序を乱し人々を危険に晒す暴動と、集会や行進で実施するデモは大きく異なります。世界のデモの成功例のように、非暴力的な方法でデモを実施することで、社会や政治に影響を与えることができるものが、デモです。
しかし、デモが暴動につながってしまうケースも決して少なくありません。今後、デモに参加する場合は身の安全を確保することが大切です。また、デモの背景を学ぶと、SDGsの目標と大きく関わっていることが理解できます。SDGsの達成のためにも、世界各地で起こっているデモの背景を学び、自分にできることは何かを考えられたら良いですね。
参考:
警察庁「第5項 大衆運動への警察の対応」
日本国憲法 | e-Gov法令検索
朝日新聞デジタル【11】公共性への無関心と「デモのない国」
日本経済新聞:日本の若者はなぜ立ち上がらないのか
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カーネギー国際平和基金
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