#インタビュー

ソニーグループ株式会社・特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール|企業の技術 × NPOの現場の力で教育格差の縮小を目指す「感動体験プログラム」とは?

ソニーグループ株式会社・特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール インタビュー

森 悠介

ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部 CSRグループ ソーシャルイノベーションチーム シニアマネジャー

飯村 樹里

ソニーグループ株式会社 サステナビリティ推進部 CSRグループ ソーシャルイノベーションチーム

正村 絵理

特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール 理事/アフタースクール事業統括/ソーシャルデザイン事業統括

増田 亜里沙

特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール ソーシャルデザイン事業部 プロジェクトマネジャー

Introduction

日本を代表する企業であるソニーグループ株式会社(以下、ソニー)。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことをPurpose(存在意義)とし、創業当初から教育支援活動に力を入れてきました。今回取材した「感動体験プログラム」は、ソニーが2018年に国内における教育格差縮小に向けた取り組みとして開始。さまざまなNPOや外部団体とのパートナーシップのもと、ソニーグループの製品やコンテンツ、技術などを活用した多様なワークショップを通じて、子どもたちの創造性や好奇心などを始めとする非認知能力の向上を目的に展開しています。

その中でも、特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール(以下、放課後NPOアフタースクール)との協働では、小学生の放課後の過ごし方における格差に着目し、放課後に豊かな体験を届けるワークショップを全国で行っています。ソニーのアセットと放課後NPOアフタースクールの放課後現場のノウハウで、どのようなシナジーが起きているのでしょうか。

今回は、ソニーの森 悠介さん、飯村 樹里さん、放課後NPOアフタースクールの正村 絵理さん、増田 亜里沙さんの4名にお話を伺いました。

社会にコレクティブインパクトを起こすために

–ソニーと放課後NPOアフタースクールが協働している「感動体験プログラム」の概要について、お話いただけますか。

森さん(ソニー):

「感動体験プログラム」は、放課後NPOアフタースクール様をはじめとしたさまざまなパートナーと連携して、2018年からスタートした国内の教育格差縮小に向けた取り組みです。ソニーの多様なアセットを活用し、STEAM領域の多様なワークショップを実施。2021年度までに6,000名以上の子どもたちにプログラムを提供してきました。

ソニーは、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことをPurpose(存在意義)としています。この実現のためには、私たちが安心して暮らせる社会や健全な地球環境があることが前提になります。

現在、多くのステークホルダーと協力しながら、さまざまな社会貢献活動を実施しています。中でも教育支援活動には創業当時から力を入れており、国内外で取り組んでいます。

現在、教育格差は大きな社会課題であり、ソニー1社だけで解決できる問題ではありません。放課後NPOアフタースクール様は、「小学生の放課後における体験機会の減少」という課題に立ち向かっています。私たちと同じ方向を向いて同じ課題に一緒に取り組んでいただけるパートナーとして、教育格差の縮小に向けて力を合わせて取り組んでいます。

このような活動は、いわゆるコレクティブインパクト(※1)と呼ばれているものです。プレイヤーと共に、社会課題の解決に取り組むことで、大きな社会変革を起こしていこうと活動を推し進めています。

コレクティブインパクトとは

ある特定の社会課題に対して取り組む自治体、企業、NPO、政府、財団などのさまざまな組織が、個々に課題解決に取り組むのではなく、協働してCollective(コレクティブ=集合的)にインパクト(=影響)を起こそうとする枠組みのこと。

引用:IDEAS FOR GOODより

正村さん(放課後NPOアフタースクール):

コンテンツや技術で社会に貢献するソニー様の姿勢に、私たちも大いに共感しています。

私たち、特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクールは、2009年から事業を開始しました。「放課後はゴールデンタイム」というビジョンを掲げ、安全で豊かな放課後を日本全国で実現するため、学校施設を活用した放課後の居場所「アフタースクール」を展開しています。また、企業と連携して多様な体験機会を提供するソーシャルデザイン事業も推進。双方の活動で培ってきた知見を地域ニーズにあわせて提供し、全国の地方自治体に届ける事業の3つの事業を主軸に活動しています。

「感動体験プログラム」に最も関係が深いのがソーシャルデザイン事業です。活動にご賛同くださる企業と連携した多種多様な活動を増やしていくことに力を入れています。

私たちとは違った強みを持つ企業と協働してコレクティブインパクトを生み出し、社会で子どもたちを守り、育む活動を加速させ、子どもたちのより豊かな放課後の実現を目指して、日々活動しております。

さまざまな要因が絡み合い、複雑化する教育格差

–皆さんが取り組む「教育格差」問題には、学力的な側面だけでなく、成長課程や教育的観点において重要視される「多様な体験ができるかどうか」という面の格差も含まれると思います。

そもそもこういった格差が広がる背景には、どのような問題が考えられますか?

正村さん:

場所による格差も大きいのですが、保護者の年収によって習い事などの体験活動の差に大きな影響が出ていて、経済格差が子どもの体験格差につながっているといえます。

また、近年は共働きの世帯が専業主婦の世帯よりも圧倒的に多くなってきており、保護者が子どもと一緒に過ごす時間が減ってきています。加えて、子どもが家でゆっくりと自分の好きなことをして過ごす時間も減ってきているのが現状です。

共働き世帯では放課後の居場所として学童に入る子も多いのですが、そもそもの学童不足や指導員の不足で体験の量や質が低下しているという課題もあります。

そして、過去と現在の放課後の子どもたちを取り巻く環境を比べてみると、時間・空間・仲間の「三間(サンマ)」が失われつつあります。この点が体験格差の大きな要因になっているのではないかと考えています。

例えば、親に決められた習い事や塾などに通うため、昔に比べて自由な「時間」がかなり減ってきていますよね。公園でボールを使えなかったり、大きな声を出してはいけなかったりと、子どもが自由に好きなことをできる安全な「空間」が昔に比べてずいぶん失われているのではないでしょうか。

さらに、時間と空間が失われると「仲間」と会える機会も減るので、家に帰って1人でゲームや動画を見て過ごす子どもたちが増えています。

そのような環境から、子どもたちの過ごし方が限られてきており、創造性や友達同士の関係性の中で育まれる力がかなり弱くなっています。孤独を感じるなど、心の成長にも影響が出てきているのが今の子どもたちかなと思います。

–具体的に教育格差や体験格差を感じた場面はありますか。

飯村さん(ソニー):

都会の子どもたちにとっては、割となじみがあるものになりつつある「プログラミング教育」ですが、地方の子どもたちにこのプログラムをお届けすると、「初めて体験した」という声がやはりすごく多いですね。

また、プログラムの中で弊社の社員と対話したり、子どもたちからの質問に答えたりする場面では、「初めて知らない大人と話した」という声を聞いて驚きました。

正村さん:

地方では、都市部と比べると産業や企業が限られていて、多様性が少ないと言えるかもしれませんね。

楽器に触れたり、演奏を聴いたりする体験は地方と都市部でかなり差を感じることがあります。

プロのアーティストによる生演奏を聴いて、楽器の仕組みを知ることができる公益財団法人ソニー音楽財団と連携して実施しているクラシック音楽のプログラムがあるのですが、アーティストが「ピアノを習っている人?」と問いかけると、地方の子どもたちで手を挙げるのは1人か2人で、誰も手を挙げないことも珍しくありません。

演奏を聴く機会についても同様です。都市部であれば、子どもも参加できるオーケストラやクラシックのコンサートなどが開催されており、公民館や児童館などでも案内の掲示がされています。

一方で、先日伺った九州の現場では、市内で演奏ができるホールが1カ所しかなく、小学生はもちろん大人でも、生のクラシックの演奏を聞く機会がほとんどなかったようです。小学生の定員50人のプログラムでしたがほぼ満席で、「本当は小学生だけではなく高校生やお父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんみんなにも聴いて欲しかった」という声を聞き、場所による体験機会の差の大きさを感じました。

–一言で「体験格差」と言っても、さまざまな要因が絡み合っているのですね。保護者の方の教育に対する意識の差も大きいのでしょうか。

正村さん:

地方でのプログラムを開催したときに、現地のスタッフから「こんなに素晴らしいプログラムで、せっかく無料で来てくれているのに、どうして保護者は参加しないんだろう」という声を聞くことはありますね。

一方で、保護者はいろいろな体験をすることが大切だと思って子どもに参加させたいのに、子どもは興味がないというパターンもあります。子どもとしては、外で走り回る方が好きな場合もあって、保護者と子どもとの思いにギャップが生まれることもあるのです。

体験格差を減らすと言っても、まずは「子ども自身が何を大切にしていて、何に興味があるか」という点を考慮することは大切です。

ただ、「子どもにいろいろな体験をすることがその子の成長につながる」ということを、保護者の方に知っていただくことはすごく重要だと思っています。

私たちは「感動体験プログラム」を提供することで、経済的な問題や家庭環境、外部環境によって体験の機会が少なくなっている子どもたちに、夢中になれるような体験機会を届けて、そこから生まれる子どもたちの意欲や創造性を育んでいきたいと思っています。

プログラムを通して、子どもたちの新たな一面が明らかになる

–どのような過程を経て、感動体験プログラムが子どもたちに提供されるのでしょうか。

飯村さん:

感動体験プログラムには、大きく分けて2つのパターンがあります。1つは、放課後の学童や居場所に通う全国の小学生を対象にしたプログラムで、もう1つは地方や離島の小学校に通う子どもたちに向けたプログラムです。

放課後の居場所に通う子どもたちについては、全国の公立の学童団体を対象に幅広く公募を行い、放課後NPOアフタースクール様と弊社で、地域のさまざまな状況を考慮しながら選定してワークショップを実施しています。

また、感動体験プログラムのパートナー団体である日本財団様が取り組むすべての子どもたちが将来の自立に向けて生き抜く力を育むことができる、「子ども第三の居場所」に対する支援を行っておりまして、共働きによる孤独やひとり親世帯などさまざまな困難に直面する子どもたちに向けたプログラムも実施しています。

–代表的なプログラムや参加した子どもたちの様子について教えてください。

正村さん:

大型VR(仮想)空間「Warp Square(ワープスクエア)で異文化体験」は、ソニー様の超短焦点4Kプロジェクタによる高精細の映像を4つの壁に投影し、音と映像による没入感を体感できます。360度ひろがる映像と音によって世界各地を瞬間移動しながらめぐることで異文化を擬似体験できます。これは本当に素晴らしいです。技術や設備の感動と合わせて、視界に映し出される未知の世界についての学びも重なってくるので、楽しさだけではなく、日本にいても外国の文化を学べるように作られています。

増田さん(放課後NPOアフタースクール):

「『aibo』といっしょにAI+プログラミング体験」では、放課後の居場所にソニー様のペット型ロボット「aibo」を連れていき、子どもたちと自由に触れ合う時間を提供するプログラムです。aiboに「ハイタッチして」「歌を歌って」と話しかけると、実際にその通りに動く姿を見て、子どもたちは夢中になっています。

このプログラムは2週間の期間で実施し、2回のワークショップを行いますが、その間aiboを拠点で飼ってもらいます。その過程でaiboにAIが搭載されていることを知ってもらったり、子どもたちが実際に組んだプログラムで動かしたりすることもできます。

また、2回目のワークショップでは、aiboの開発チームとオンラインでつながって、子どもたちからの質問に答えてもらう時間も用意しています。開発の裏話を聞いたり、約4,000種類以上の部品が使われているという話を聞いて、子どもたちから歓声が上がる様子も見られました。

「将来自分もソニーに就職して、猫型タイプのaiboを作ってみたい」という感想はよく聞きますね。現場からは、新しいことに触れる楽しさや新しい好奇心の高まりを感じます。

他にも、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントと連携しながら実施している「自分を表現しよう!みんなでミュージカル」では、東京にいる講師と各地の放課後の居場所をオンラインで繋いで、1つのミュージカルを作り上げるワークショップを行います。

20名ほどの子どもたちが、1週間の間に1つのミュージカルを演じ切ります。最初は踊ったりセリフを言ったりするのが苦手な子どもたちも、試行錯誤してセリフを言い合ったり、みんなで協力して最後の発表まで仕上げることができます。「大人にも喜んでもらえた」「みんなと協力することが楽しかった」という感想を聞きますね。

普段1人で遊ぶ子どもたちも多い中で、学童の中で協力して1つの作品を作り上げることは非常に良い体験かと思います。

これらのプログラムは、現地の学童の先生方からもとても良い反応をいただいています。どのプログラムも共通して「普段見ることのできない子どもたちの意外な面を見ることができた」という感想を一番多くいただきます。

たとえば、普段おとなしかった子が、地道にプログラミングで試行錯誤して、大作を作り上げてみんなの前で発表できるようになり、「まさかあの子があんなに堂々と発表できるなんて思わなかった」という声を聞きました。

また、アニメを作るワークショップでも、普段おとなしい子が、絵を描くことが実はとても上手で、プロの先生に褒められて自信をつけたというようなエピソードも多く寄せられています。

「感動体験プログラム」を通して、子どもたち一人ひとりが「好き!」「得意!」と感じられる瞬間を作り出せていることが嬉しいですね。

教育格差を縮小するために、「感動体験プログラム」ができること

–さまざまな体験プログラムで子どもたちの自己肯定感も高まりますね。教育格差に対して、社会の捉え方も変化してきているのではないでしょうか。どのように感じていますか。

森さん:

文部科学省が2022年6月に「子供の体験活動推進宣言」を発表(ソニーも同宣言に賛同)され、官民が一体となって子どもたちに豊かな体験機会を提供することの重要性が認識されていることを感じました。また、2022年10月には岸田総理が都内で「経済的困難を抱える家庭の子どもたち」の支援者と車座対話を行い、施設の視察もされました。ここには放課後NPOアフタースクール代表理事の平岩さんも参加されていました。これは大きな変化だと思います。少しずつではありますが、社会にも重要性が認知されつつあるのではないでしょうか。

飯村さん:

「こども家庭庁」も今年4月に設置されますよね。政府としても、子どもの福祉に関わる省庁を一元化して、貧困やさまざまな課題にもより積極的に取り組んでいく流れができつつあります。国レベルでもこの教育格差の問題に危機感を抱き始めていると思います。

正村さん:

物理的な距離があっても、オンラインでのコミュニケーションが一般化し、インターネットでさまざまな情報を得ることができるので、格差を認知している人や地域は、以前より増えてきている印象があります。

政治レベルの発信があって、現場からも危機感が高まり、現状認識がなされることで、社会的にも教育格差の問題の認識が広まっていけば、この問題を自分事として考える動きにつながっていくのではないかと思います。

–教育格差を縮めるために、「感動体験プログラム」を今後どのように展開すると良いと思いますか。

飯村さん:

教育格差問題を放置することは非常に深刻で、日本の将来を揺るがすことにもつながるのではないかと思っています。

弊社は企業とNPOの力を掛け合わせることでインパクトを拡大するよう努力していますが、コレクティブインパクトを社会に与えられるように、まずはより多くのステークホルダーの力を借りて子どもたちをサポートしていきたいと考えています。それが教育格差の縮小にも繋がり、相対的貧困の解消にもつながっていくのではないでしょうか。

そのためには、個人も含めたより多くの方に教育格差の問題を知ってもらうのが第一かと思います。みなさんで語り合ったり、ボランティア活動を通じて直接的な支援を行ったりすることもできますし、活動時間が取れないという方については金銭的な寄付を通じた支援の方法もあります。

森さん:

私たちは「感動体験プログラム」に対して、2020年から「社会的インパクト評価」を実施しています。感動体験プログラムの目的に立ち返ると、教育格差の縮小や体験機会の提供があります。そこで、子どもたちがどのように変化したのか、どれだけ社会的インパクトを与えられるかという効果をきちんと測り、世間に周知していかなければなりません。

この評価は特定非営利活動法人ソーシャルバリュージャパン様にご協力いただき実施しています。ワークショップを実施することで得られる子どもたちのアウトカム(成果)を、初期から長期の時間軸で検証して体系化し、プログラム内容を設計しています。

ワークショップ実施前後で、参加する子どもたちや現場のスタッフなどにアンケートを行い、定量的な評価と定性的な評価を得ていますが、第三者にインパクト評価をしてもらうことで評価を数値として可視化でき、体験機会の重要性を多くの方々に見てもらえるということが大きなポイントなのかなと思っています。

評価は継続的に実施して結果を積み上げていき、体験機会の重要性を多くのステークホルダーに知ってもらうための1つの材料になればと思っています。

大きな社会課題を解決するためには、まだまだインパクトが足りません。感動体験プログラムを実施することによって、社会にインパクトが起きる、そして子どもたちに変化が起きたことをどんどん普及させて、より大きなインパクトを生み出し、これからも社会課題の解決に貢献していきたいですね。

–貴重なお話をいただきありがとうございました。

関連リンク

感動体験プログラム(ソニーグループ):https://www.sony.com/ja/SonyInfo/csr/ForTheNextGeneration/kando/

感動体験プログラム(放課後NPOアフタースクール):https://npoafterschool.org/kando/