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住友化学株式会社|プラスチックリサイクルでつなぐパートナーシップと資源循環の輪:持続可能な未来を目指す革新的な取り組み(後編)

住友化学株式会社

住友化学株式会社 野末さん インタビュー

住友化学株式会社 野末さん インタビュー

学生時代はポリマーの構造解析研究に没頭。2002年4月に住友化学工業(現 住友化学)に入社。入社してから2012年まで、石油化学品研究所(当時)で分析業務、プラスチックの材料設計業務に従事。2012年から2021年まで新製品の開発・マーケティング業務に携わり、新製品の上市を推進。2021年から2年間、エッセンシャルケミカルズ研究所でプラスチックの要素技術開発のマネジメント業務に従事した後、2023年6月、プラスチック資源循環事業化推進室部長に着任。趣味はランニング。

Introduction

「リサイクルで、プラスチックは繰り返し使える資源となる」

住友化学は、エッセンシャルケミカルズ、エネルギー・機能材料、情報電子化学、健康・農業関連事業、医薬品の5部門で事業を展開する総合化学メーカーです。「プラスチック資源循環への貢献」を「社会価値創出に関する重要課題」の一つに掲げており、関連する取り組みを積極的に推進しています。このインタビューでは、住友化学のプラスチック資源循環への貢献について、ビジョンとその背後にある実直な情熱、物語に迫ります。

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できるだけ穏やかで効率の良い方法でのリサイクルを目指して

–ここまでお話を伺い、リサイクルやバイオマスプラスチックについての理解が深まりました。ここからは御社の開発したプラスチックのリサイクル技術と、一般的なプラスチック製品のリサイクル方法の違いについて教えてください。

野末さん:

現在開発している技術の中で特徴的なものとしては、廃棄プラスチックからモノマー(ひも状分子であるプラスチックのもととなる、分子の単位)まで分解して再生するケミカルリサイクル技術があります。つまり、廃棄プラスチックから、プラスチックの原料であるオレフィンを作り出す技術です。

通常知られている技術では、①プラスチックを油に変換する②クラッカーという設備で900℃くらいの高温によって油の分子を分解する③重合装置でプラスチックへと重合する、という工程が必要です。

一方、私たちの技術の場合はクラッカーという設備を通さず、400℃〜500℃という比較的低温で直接プラスチックの原料に戻すことができるのです。この技術によって、プラスチックをリサイクルするために必要なエネルギーの削減が期待できます。

クラッカーという設備を使用するリサイクル方法は、高いエネルギーを使って分解するので、どうしても熱のエネルギーが大きくなってしまいます。私たちは必要なエネルギーの多い方法は避け、できるだけ穏やかな方法でリサイクルしたいと考えているのです。

しかし、穏やかな方法であれば何でもよいわけではなくて、効率があまりにも悪ければ意味がありません。つまり、できるだけ穏やかな方法で効率よくプラスチックをリサイクルすることが理想だと考えています。

※オレフィンについて

オレフィンとは、ポリオレフィン樹脂を構成する一群の化学物質物の総称です。例えばポリエチレンと呼ばれるプラスチックは、エチレンというオレフィンの一種をつなげて作られ、ポリプロピレンは、プロピレンというオレフィンの一種をつないで作られます。

ポリオレフィンは、このように作られるポリエチレンやポリプロピレンなどの総称で、ポリエチレンとポリプロピレンは、どちらもポリオレフィンの一種ですが、それぞれ異なる特性を持っており、用途も違います。

【ポリエチレンを用いて作られたさまざまな製品】

【ポリエチレンを用いて作られたさまざまな製品】

パートナーシップにより生まれたエタノール由来ポリオレフィン

【ケミカルリサイクル 全体像】

【ケミカルリサイクル 全体像】

–御社では、2022年にエタノール由来ポリオレフィンの試験製造設備が完成したと発表されています。エタノール由来ポリオレフィンについて詳しく教えてください。

野末さん:

当社は現在、環境に配慮したエタノールから、オレフィン(エチレン)を経て、ポリオレフィン(プラスチック)の事業化に向けて取り組んでいます。エタノールはさまざまなものから作ることができ、植物などのバイオマスから作られたエタノールは「バイオエタノール」と呼ばれています。前編でお伝えしたように、成長過程で大気中のCO2を吸収するバイオマス原料を使用することで、原料の栽培から製品使用後の廃棄までのライフサイクル全体を通じて排出される温室効果ガス(GHG)の削減に貢献することができます。

また、弊社とサーキュラーエコノミーの取り組みで協力している積水化学様は、 “ごみ”からエタノールを製造する技術の実用化検討をされています。可燃性ごみをガス化し、それを微生物触媒を活用してエタノールに変換するケミカルリサイクル技術です。私たちは、この「“ごみ”から作ったエタノールを用いてポリオレフィンを生産する」技術の実証も進めています。

つまり、これまで焼却されていた“ごみ”が、積水化学様の技術でエタノールという価値ある原料に変わり、私たちの技術でプラスチックになる、ということです。こうした“ごみ”由来のポリオレフィンも、石油由来のポリオレフィンと性能や品質は変わりません。

現在、このエタノール由来のポリオレフィンについては、事業化に向けた技術実証段階のプラントを稼働させています。ここで作られたポリオレフィン(プラスチック)を、お客様へご紹介するマーケティング活動もすでに始めています。この一連の技術は、持続可能な産業として、社会に貢献できると期待しています。

–エタノール由来ポリオレフィンの現状や将来的な価格の見通しについて教えてください。

野末さん:

まず、このエタノールからポリオレフィンを作る技術は、まだ試験製造段階です。そのため、まだ価格を出せる状況ではありません。ただ、現段階でも言えることは、このような石油代替原料やリサイクル技術を使って製造されたプラスチックは、通常のプラスチックよりも値段が高くなってしまうということです。

なぜなら、今まで石油からプラスチックを作ってきたプロセスというのは、最も効率的に、最も経済的にプラスチックを作るルートを選んできたものだからです。

「より環境負荷の低い製造プロセスに変えなければいけないから、そのためのコストがかかっている」と、理解していただけたらと思います。

【試験製造設備】

【試験製造設備】

–新しいエネルギーとして水素が注目されていますが、例えば将来、環境負荷の少ない水素が入手できるようになった場合、水素由来のエタノールの利用も考えていますか?

野末さん:

確かに、水素とCO2からエタノールを作る技術の開発は進められております。環境負荷の低い水素の製造技術の開発は、多方面で進められており、私たちもそのような環境負荷の低い製造方法で作られた水素を使って、エタノールやメタノールといった基礎化学品となるアルコール類を作る技術の開発を精力的に進めています。

そもそも、原料として環境負荷が低いものを選択していくということは非常に良いことです。将来的にそのような環境負荷の低い水素が供給されるようになれば、適切な場面で積極的に活用していくべきだと考えています。

すべてのパートナーとつながってこそプラスチック循環は成立する

【取り組み概要図】

【取り組み概要図】

–プラスチック循環の取り組みを進める上で、これまで特に大変だったことについて教えてください。

野末さん:

先ほども申し上げたように、資源循環という取り組みは、原料から製造、販売、使用、回収、再資源化までの全てで新しいビジネスモデルを作っていく取り組みです。そのため、協力して進めるパートナーの存在が非常に重要となります。しかし、パートナーをみつけてビジネスモデルを作っていくという道筋は、決して簡単ではありません。

例えば販売面でしたら、お客様に環境負荷を低減する製品の価値を認めてもらうことが、ビジネスのチェーンをつなげる上で、大変重要になります。

そんな中で、さきほどの“ごみ”由来エタノールからポリオレフィンを作る取り組みでいえば積水化学様、また、できあがった再生ポリオレフィンを化粧品容器に活用する取り組みについては資生堂様など、大切なパートナーに出会うことができています。いろいろな形の出会いがありますが、苦労しながらもやっとのことでここまでパートナーシップを構築できました。

これらの中心となるリサイクル技術の部分でも、住友化学だけで何でもできるとは考えていません。社外の優れた知見をお持ちの先生方や外部の機関の方々のお力を借りながら、一緒に開発していく、という姿勢で進めています。

またプラスチックの使用、回収のパートナーとして、使用済み製品の回収に協力してくださる消費者の方々の存在も忘れてはなりません。全てがつながって、やっとプラスチックの循環は成り立つのです。

プラスチック循環の現状と未来

–プラスチックの循環は、理想の状態を100としたら現段階で何%まで到達していると思いますか?また、その理想の状態には、いつ頃到達させたいと考えていますか?

野末さん:

数字にするのはかなり難しいですが、個人的には20%くらいまで来ていると思います。その根拠としては現在、プラスチックのマテリアルリサイクルまたはケミカルリサイクルは、おそらく日本全体の20%〜30%を占めているのではないかと推測しているからです。

理想的にプラスチックが循環する社会を目指すためには、この数字をもっと増やしていかなければなりません。

今後の展望としては、世界的な目標である「2050年カーボンニュートラル」に向けて、プラスチック資源の循環という領域で私たちの強みを発揮していきたいと考えています。プラスチックが自然環境に廃棄されたり焼却されたりする割合が減り、資源として循環利用する割合が増えれば、CO2削減のみならず、海洋プラスチック問題などさまざまな環境・社会問題の解決に貢献します。そんなプラスチック資源が循環する社会を目指し、責任を果たしていきたいと思います。

【SYNERGYCA(シナジカ)共創ラウンジにて】

–企業と消費者とのパートナーシップはどうあるべきでしょうか?

野末さん:

企業と消費者は、循環という輪を形成するために互いの手を取りあう関係にある、と思います。

企業は原料を再資源化することに全力を尽くしていくことが大切です。一方で、私たちひとりひとりが消費者の責任として、資源循環のために「ポイ捨てをしない」「適切な回収場所に持っていく」「分別・洗浄・乾燥をする」など、今あるリサイクルシステムのルールを誠実に守ることが、何よりも大切だと深く感じています。

企業と消費者がお互いに真摯な姿勢で向き合ってリサイクルに取り組むことによって、資源循環の輪が完成すると思います。私も消費者のひとりとして、リサイクルのルールをしっかり守る、そして資源をリサイクルする企業の一員として、返ってきた資源をできるだけ環境負荷の低い方法で再び消費者に循環させていく、というそれぞれに強い信念をもって、実直に取り組んでいくことが重要だと考えています。

ここまでプラスチックの話ばかりしてきましたが、全てにおいてこのような取り組みは必要です。地球の将来のために、より良い社会のために、全ての資源を大切にしてリサイクルのために全力を尽くしていく、ということが必要だと思います。

世界が「循環型社会」「循環型経済」を目指す中で、私たちの技術は、単にプラスチックごみや燃えるごみを減らすというだけでなく、消費されたモノの廃棄という出口を「リサイクル」によって再生への入口につなげることで、社会全体が資源やエネルギーの循環する新たな姿へと生まれ変わる力となります。また、それを実現するためには企業も消費者も、社会全体がパートナーシップで手を取り合い、目標を明確にして進んでいきたいですね。

–最近はなにかと「プラスチック=悪」と思われがちですが、役目の終わったプラスチックを「使った人がどう処理するか」が、実際は最も重要な問題かもしれませんね。今日は貴重なお話をありがとうございました!

関連リンク

住友化学株式会社:https://www.sumitomo-chem.co.jp/

プラスチック資源循環事業情報サイト:https://www.sumitomo-chem.co.jp/circular-plastics/

取材 大越 / 執筆 松本