皆さんの住む市や町では、環境問題や地球温暖化対策にどのくらい力を入れているでしょう。将来に向けてどのくらいの目標を掲げ、具体的にどういった取り組みをおこなっているのでしょうか。
そんな地方自治体の温暖化対策に向けた姿勢を示すのがゼロカーボンシティ宣言です。ゼロカーボンシティの概要や取り組み事例を通して、SDGsとの関連にも迫っていきます。
目次
ゼロカーボンシティとは
「ゼロカーボンシティ」とは、環境省が提唱する、2050年に向けてCO2排出量を実質ゼロにするために取り組むことを表明した地方公共団体のことを言います。
全国の都道府県や市町村は、それぞれの地域によって地理や環境、社会的条件がさまざまです。温暖化対策ひとつにしても、国が一律の指標を示すだけでは不十分であり、個々の自治体が内部の事情に合わせた具体的な計画を立てて実施しなければなりません。
いわばゼロカーボンシティ宣言は、地方自治体が温室効果ガス排出量削減に向けて確固たる対策を約束します、という対外的な「決意表明」といっていいでしょう。
ゼロカーボンについて
ゼロカーボンシティでは、CO2の実質排出量をゼロにすることを目指すとされています。では「実質排出量ゼロ」とはどういうことでしょうか。
実質排出量ゼロは「カーボンニュートラル」という考え方に基づいています。これはCO2をはじめとする温室効果ガスの人為的な排出量から、植林や森林管理などによるCO2吸収量を差し引き、その合計を実質的にゼロにすることを言います。
宣言している自治体数
ゼロカーボンシティ宣言をする地方自治体は年を追うごとに増加しており、2023年1月31日時点で、その数は831自治体(45都道府県、480市、20特別区、243町、43村)に上っています。
2020年10月には166自治体、2021年5月には388自治体だったことを考えると、この2年あまりで飛躍的にゼロカーボンシティが増えていることが分かります。
とはいえ国内の自治体数は全部で1,741市区町村あるので、ゼロカーボンシティを宣言している自治体は約47%と、未だ半数以下にとどまります。
ゼロカーボンシティがなぜ注目されているのか
ここまで急速にゼロカーボンシティが注目され、取り組みを表明する自治体が増えたきっかけは、環境省の呼びかけだけではありません。
そこには、環境やカーボンニュートラルをめぐる国内外でのいくつかの動きがあります。
SDGsの登場
ゼロカーボンシティの推進には、SDGs(持続可能な開発目標)という概念の登場が大きく影響してきます。2015年に提唱されたSDGsが掲げる17の目標には、単なる環境問題にとどまらず、貧困や格差の解消といった社会・経済をも巻き込んだ総合的な課題解決が含まれます。
政府も「誰一人取り残さない」持続可能で多様な社会を実現するためには、全国津々浦々にSDGsを浸透させる必要性を感じています。そのため、SDGs推進の一環として地方自治体や地域の企業・団体へも、ゼロカーボンシティへの積極的な取り組みを呼びかけているのです。
2050年カーボンニュートラル宣言
2020年以降ゼロカーボンシティが注目され始めた背景には、菅総理(当時)が行った所信表明演説での「2050年カーボンニュートラル宣言」もきっかけになっています。これは2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すという政府の宣言であり、
という、世界的な気候変動対策への枠組みを踏まえて日本が取り組む方針を定めた表明です。
そしてこの「2050年カーボンニュートラル宣言」が、地域・地方で求められるゼロカーボンシティの基準となっていることは言うまでもありません。
【関連記事】脱炭素とは?カーボンニュートラルとの違いや企業の取り組み、SDGsとの関係を解説
SDGs未来都市の選定
ゼロカーボンシティには、SDGs未来都市の選定も強く関連してきます。
SDGs未来都市とは、地方創生SDGsを達成するために優れた取り組みを行っていると認められた地方自治体のことです。
具体的には、SDGsの理念を取り入れることで
- 持続可能なまちづくり
- 地域活性化
- 地域課題の解決
といった効果を地域にもたらすのが地方創生SDGsです。その中には、自治体がゼロカーボンシティとしてCO2排出量実質ゼロを目指すことも大事な要素となってきます。
ゼロカーボンシティに取り組むメリット
環境や温暖化対策は国や地域を問わない大きな課題であり、ゼロカーボンシティ宣言をしていない自治体も熱心に温室効果ガス削減に取り組んでいます。にもかかわらず現在続々とゼロカーボンシティ宣言をする自治体が増えている理由としては、温暖化対策の重要性に加え、そのことで自治体が得られるメリットが大きいからです。
地方自治体への取り組み支援
メリットのひとつは、国から自治体への取り組み支援が得られることです。
環境省では、ゼロカーボンシティを目指す地方公共団体に対して情報基盤整備、計画等策定支援、設備等導入といった事業への支援を一元的に行なっています。
主に、再エネ・省エネ設備導入への補助・委託事業を行う「エネルギー対策特別会計(エネ特)」や「脱炭素地域づくり支援」などの制度があります。
支援の対象となる事業についても
- 公共施設への自立・分散型エネルギー設備等導入推進事業
- 温室効果ガス観測技術衛星等による排出量検証に向けた技術高度化事業
- 既存住宅の断熱リフォーム支援事業
- 中小企業等のCO2削減比例型設備導入支援事業
- 再エネ×電動車の同時導入による脱炭素型カーシェア・防災拠点化促進事業
- 再エネ×電動車の同時導入による脱炭素型カーシェア・防災拠点化促進事業
- 地域脱炭素移行・再エネ推進交付金
- 廃棄物処理×脱炭素化によるマルチベネフィット達成促進事業
など、非常に多彩な分野に支援が得られる制度になっています。
地域の成長戦略と課題解決への貢献
日本の多くの地方自治体では、人口減少や地域経済の縮小など、さまざまな課題を抱えています。地方自治体においてゼロカーボンを目指す取り組みは、それらの課題とは一見関係がなさそうに見えますが、幅広い分野において地域経済の成長と課題の解決につながります。
具体的には、
- 再エネを地域内で活用することで、産業と雇用創出、域内での資源循環など経済収支の改善
- エネルギーの自給率向上による化石燃料費の低減、非常時のレジリエンス(強靭性)向上
など、地域再エネの活用と脱炭素化の推進から得られるメリットは少なくありません。
さらに国からの支援も併用することで、行政コストの負担も抑えながら循環経済の収益確保も可能になります。
ゼロカーボンシティの課題・デメリット
こうして宣言自治体が増えているゼロカーボンシティですが、必ずしも全ての自治体がうまくいっているとはいえません。それぞれの地域で抱える事情により、ゼロカーボンシティを進める上でいくつかの課題を抱えてしまったり、場合によってはデメリットをもたらしてしまうこともあります。
特定の産業に与える影響
ゼロカーボンシティによるデメリットとしてあげられるのは、CO2排出量が大きい産業への影響です。
特に日本の重要産業である鉄鋼業は、産業部門においてCO2排出の半分を占めています。その他、化学工業、セメントや紙・パルプ産業からも多くのCO2が排出されます。これらの産業でCO2排出量削減につなげるためには、
- 鉄鋼産業:スクラップの利用拡大や水素還元製鉄の技術開発と導入
- 化学工業:人工光合成などのカーボンリサイクル技術の開発
- 製紙工業:植林や廃材利用などを組み合わせ、ライフサイクルでのCO2排出削減を進める
といった取り組みが必要ですが、いずれも技術的なハードルが高く実用化には時間がかかります。
そのため、地域にそれらの会社や工場を抱える自治体はゼロカーボンシティを宣言したくてもできず、宣言すれば地元産業へのダメージにつながるのが実情です。
地域での環境紛争の発生
ゼロカーボンシティの取り組みには、再生エネルギーの導入と推進が不可欠です。しかし地域によっては、再生エネルギーの導入がうまくいかず、停滞あるいは頓挫している自治体も少なくありません。
その理由としては、
- 太陽光発電や風力発電による景観の悪化
- 水害など災害発生、またはその危険性
- 地域に再生エネルギーの利益が生じていないこと
などにより周辺住民との合意が得られず、地域での紛争やトラブルが発生したり、またはその不安が指摘されているからです。結果、再生エネルギー設備の導入が条例で制限される自治体が増えています。
地域格差
ゼロカーボンシティは、自治体の現状に応じた取り組みが求められていますが、自治体の規模や都市と地方との間での格差などから、自治体単独での実現は難しいという指摘もされています。
自治体による格差には、
- 大都市ではCO2排出量が多くエネルギー需要が高いため、エネルギー需要が低く再生可能エネルギーの供給力が高い地方との不均衡が生じる
- 地方自治体、特に小規模自治体はマンパワーが限られているため、取り組みへの負担が大きい
といった問題があります。そのため、隣接自治体に限らない広域連携や共同取り組みを策定し、積極的に実行していくことが重要になってきます。
実効性に欠ける取り組み
ゼロカーボンシティを宣言する自治体は確かに増加しています。しかし、実際には再エネの導入目標を持つ自治体は約3割程度です。CO2排出ゼロに向けた具体的、定量的な対策計画を立てている自治体は非常に少ないと指摘されています。
そこには、現状把握や計画策定、再エネ導入に関する知識や人材が不足している、電力自由化で域内排出量の把握が難しく、排出削減を進める支障となるなどの問題があります。宣言のみにとどまらない、実効性のある取り組みを進めるためには、知識や技術面での支援も重要となってきます。
ゼロカーボンシティの宣言方法
では、各地方自治体がゼロカーボンシティを宣言・表明するのは、どういった方法で行われるのでしょうか。環境省の定義では「2050年にCO2を実質ゼロにすることを目指す旨を首長自らまたは地方自治体として公表した地方自治体」がゼロカーボンシティとなります。それを踏まえた上で
- 定例記者会見やイベント
- 県・市区町村議会
- 報道機関へのプレスリリース・広報
- 各地方自治体ホームページ
のいずれかで首長や自治体が「2050年CO2実質排出ゼロ」を目指すと表明すれば、その自治体はゼロカーボンシティである、ということになります。
ゼロカーボンシティ宣言をしている自治体の取り組み事例
ここでは、ゼロカーボンシティを宣言しているいくつかの自治体を取り上げ、取り組みの概要からその施策を行う背景、具体的な内容からどのくらいの成果が上がっているかを説明していきましょう。
静岡県富士市【ゼロカーボンシティチャレンジ】
2021年4月にゼロカーボンシティ宣言を行った富士市では、「富士市ゼロカーボンチャレンジ」を掲げて脱炭素化に対する市民への積極的な挑戦を支援しています。
具体的な取り組みとしては、
- ゼロカーボンチャレンジキャンペーン:市民参加型の脱炭素化支援キャンペーンの実施
- 環境アンバサダーによる活動の紹介
- 市独自の省エネルギー認証制度を導入
などを行っています。
また、施設・設備の導入や更新の際に、エネルギー使用量の削減効果を見積もる仕組みを取り入れました。これにより、削減効果の数値化や省エネルギー推進とコストの最適化が図られています。
福岡県久留米市【既存公共施設を『ZEB』に改修】
2021年2月にゼロカーボンシティを宣言した久留米市では、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で40%削減を目標に掲げました。
そこで市は、大幅な排出量の削減に最も大きな効果をもたらすとして、市の施設をZEB(ゼロエミッションビル=建物で使うエネルギー消費量を実質ゼロにする建物)にする計画を進めました。
具体的な取り組みとしては、
- 太陽光発電、蓄電池、LED照明、高効率受変電設備、エネルギー計測装置などの導入
- 断熱性能の高いウレタン系断熱材やLow-E真空ペアガラスなどの使用
- 外壁改修工事、パッケージエアコン・全熱交換換気扇の導入で空調設備をダウンサイジング化
などの改修を進め、自治体の既存公共建築物では全国初のZEB認証を取得しています。
これにより、平成30年度比で約80%の温室効果ガス削減のほか、年間約290万円の電気・ガス使用料削減が見込まれます。
東京都小平市【エコダイラシティの推進】
小平市は2022年2月にゼロカーボンシティを宣言し、環境にやさしいまち「エコダイラシティ」の確立と2050年のCO2排出量実質ゼロに乗り出しています。
具体的には、国や都のほか市民・事業者・大学などと連携を図り、
- 太陽光発電システム設置費用の助成
- 環境に優しい車の導入
- LEDや環境配慮型建材の使用
- 公共施設における再生可能エネルギーの最大限の活用
- ごみ焼却熱の発電や熱供給への有効利用、下水熱の利用
などの取り組みを進め、中間目標として2030年度までに30%削減(2013年度比)を目指しています。
秋田県秋田市【温暖化対策へ向けた4つの方針】
2023年2月にゼロカーボンシティを宣言したばかりの秋田市では「秋田市地球温暖化対策実行計画」に基づく政策を発表しました。そこでは、
- 再生可能エネルギー普及および利用促進
- 環境負荷を低減するライフスタイル・ワークスタイルの確立
- 温室効果ガス排出量の削減等に資する地域環境の整備
- 循環型社会の構築
という4つの基本方針を掲げ、それぞれの項目ごとに具体的な取り組み事例を提示しています。
また秋田市ではかねてから、ITシステムの高度利用を通じて街全体のエネルギー使用効率の最適化や、環境数値の見える化にも努めてきました。こうした長年の取り組みも今後の計画に生かされることが期待されます。
埼玉県所沢市【電気式ごみ収集車の導入】
所沢市では2014年に策定された「マチごとエコタウン所沢構想」に基づき、限りあるエネルギー・資源に過度に依存してきたライフスタイルの転換を図りました。その一環としてごみ収集に関わる温室効果ガス削減のため、ごみ収集車の電動化を行なっており、
- ごみを施設で焼却した際に発生する熱を利用した廃棄物発電
- 廃棄物発電による電気を電気式ごみ収集車(EVパッカー車)に充電
- EVパッカー車の充電池に充電・交換する「電池ステーション」を施設内に設置
といった流れとなっています。
ごみの収集・処理では、ごみ収集車からの排気ガスなど、多くの温室効果ガスが発生します。電気式ごみ収集車を導入することで、ごみの収集運搬における低炭素化の推進と電力の地産地消にもつながっています。
東京都新宿区【自治体間連携によるカーボンオフセット事業】
東京都新宿区では平成18年に「新宿区省エネルギー環境指針」を策定し、継続的なCO2削減を掲げています。しかしエネルギー需要の大きな大都市ゆえに、省エネルギーや新エネルギー導入だけでは目標達成は困難でした。そのため新宿区は長野県伊那市、群馬県沼田市、東京都あきる野市と協定を結び、それぞれの市で森林環境譲与税を活用して森林整備を行っています。
取り組みの内容としては、
- 合計約900haの「新宿の森」を各市内に開設し、各都道府県の制度により森林整備を実施
- CO2吸収量の認証を受け、区のCO2排出量をカーボンオフセットという形で削減
などが挙げられます。
この事業によって伊那市では282.46haの間伐、沼田市とあきる野市では、49,510本の植林が行われ、12年間で4,456.75tものCO2が吸収されたという認証がなされています。
ゼロカーボンシティとSDGsの関係
最後に改めて、ゼロカーボンシティとSDGsとの関係について紹介していきます。
先に述べた通り、ゼロカーボンシティの導入には2050年カーボンニュートラル宣言があり、その宣言にはSDGsの登場が大きく影響しています。
中でもゼロカーボンシティと深く関わってくるのが
の2つの目標です。ゼロカーボンシティの宣言は、単なる地球温暖化対策だけにとどまりません。
「都市の一人当たりの環境上の悪影響を軽減」「資源効率、気候変動の緩和と適応、災害に対する強靱さ(レジリエンス)」という、まちそのものの持続可能性が問われる問題にもなってくるのです。
まとめ
ゼロカーボンシティは、私たちの生活に最も身近な地方自治体が、温暖化対策への取り組みにどのくらい力を入れているかの指標とも言えます。地球温暖化やCO2削減は、国・政府だけが旗を振っても、個人個人の努力だけでも解決できる問題ではありません。地域住民の生活に直接関わっている自治体ぐるみでの対策が不可欠です。
ゼロカーボンシティを宣言する自治体がこれからも広がっていくことで、温暖化対策に向けた具体的な計画と積極的な取り組みが全国でより一層進むことを期待しましょう。
参考資料
地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況 | 地域脱炭素 | 環境省 (env.go.jp)
2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明自治体|2021年5月20日時点
カーボンニュートラルとは – 脱炭素ポータル|環境省 (env.go.jp)
2050年ゼロカーボンシティの表明について
自治体数(2000-2020)(都道府県データランキング)
地方公共団体実行計画(事務事業編) 策定・実施マニュアル 事例集 令和4年3月 環境省
3 脱炭素化に資するまちづくりに向けた取組みの課題と方向性 (mlit.go.jp)
第3節 2050年カーボンニュートラルに向けた我が国の課題と取組|資源エネルギー庁
国・地方脱炭素実現会議|内閣官房ホームページ
02_【資料2】地域の脱炭素化の取組の促進について(地方公共団体実行計画等)r3 (env.go.jp)
地域の脱炭素化の取組の促進について (地方公共団体実行計画等)
「ゼロカーボンシティ」に向けて必要なこと – NPO法人 国際環境経済研究所|International Environment and Economy Institute (ieei.or.jp)
ゼロカーボンシティの関連施策について|2021年4月23日 環境省
支援メニュー等 – 脱炭素地域づくり支援サイト – 環境省
令和4年度予算 及び 令和3年度補正予算 脱炭素化事業一覧 – 環境省
国の財政支援等|環境省 地方公共団体実行計画策定・実施支援サイト
地方創生SDGs・「環境未来都市」構想 – 地方創生推進事務局 (chisou.go.jp)
地方創生に向けたSDGsの推進について
ゼロカーボンシティの関連施策について – 内閣府
小平市ゼロカーボンシティ宣言|東京都小平市公式ホームページ
第4章 施策の展開 – 小平市
富士市ゼロカーボンシティウェブサイト
秋田市は「ゼロカーボンシティ」を宣言しました