新免 修
民間企業勤務を経て、2007年社会福祉法人京都聴覚言語障害者福祉協会入職。
ろう者、難聴者、盲ろう者の生活相談員、手話通訳者の養成事業などを担当。
2015年から「さんさん山城」施設長。手話通訳士。
目次
introduction
2011年4月に開所したさんさん山城は、聴覚障がいがある人に働く場とサポートを提供する就労継続支援B型事業所です。金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」の一節である「みんなちがって、みんないい。」を実現すべく、個々人に合わせたサポートを目指しています。地域の方や通所者を大切にした取り組みで、農業と福祉を連携させ、持続可能な共生社会を生み出す取り組みを表彰する「ノウフクアワード2021」グランプリを受賞。さんさん山城の就労支援や、SDGsにつながる取り組み内容などについて、新免修さんにお話を伺いました。
耳の聞こえない人の居場所をつくりたい
–早速ですが、さんさん山城はどのような施設ですか?
新免さん:
さんさん山城は、京都府京田辺市にある就労継続支援B型事業所です。2022年2月現在、32人の聴覚障がいや知的障がいのある人(以下「利用者」)が通所しています。
聾(ろう)といわれる耳の聞こえない方は、社会では少数派です。さんさん山城は耳の聞こえない方の居場所作りが原点です。
後継者のいない茶園を継承!農業の高齢化問題の解消へ
–事業所の作業内容として、農業を選んだのはなぜですか?
新免さん:
京田辺市は、都市開発が進む一方で農村文化も残っている地域なので、地域に根ざした取り組みをするうえで、一番身近にあったのが農業でした。
–京都はお茶の生産で有名ですね。
新免さん:
はい。この辺りには、先祖代々から続くお茶農家がたくさんあるんですよ。しかし高齢化が進み、担い手不足が課題となっています。
そこで、後継者がいなくて茶園を続けられなくなった茶農家さんから、さんさん山城が茶園を継承することになりました。
–始まりは後継者不足の茶園でお茶を作ることだったんですね。現在、宇治茶の他には何を栽培していますか?
新免さん:
宇治茶の他に、京都の伝統野菜である万願寺とうがらしや京都海老芋、田辺ナスなど30~40種類の野菜を栽培しています。
–そんなにたくさん。すごいですね。お茶やお野菜などを作るのは難しくなかったですか?
新免さん:
もちろん、JAに出荷するような野菜を栽培することは簡単ではありません。でも基本的には毎年同じ作業をしますので、ベテランの利用者は慣れた手つきで農作業していますよ。
他の事業所からさんさん山城に移ってきた方や、特別支援学校を卒業して当事業所に来られた方には利用者同士でサポートしているのもさんさん山城のチームワークの良さです。
–地元の方にも協力してもらうことはありますか?
新免さん:
はい。地域のJAや京都府山城北農業改良普及センターなどの職員さんも、親切に指導してくれます。
地元の農家の方もわからないことを教えてくださったりと、農業を通じて地域との交流がありますね。本当にいろいろな方に支えてもらっています。
–農家の方も応援してくれているのですね。利用者の反応はいかがですか?
新免さん:
皆さんイキイキと作業に取り組んでいます。
農業は、青空の下、土に触れる作業です。自分が植えたものがどんどん成長するのを見られますので、収穫できたときの喜びもひとしおでしょう。
さらに、できたお茶や野菜を自分で口にできます。
自分自身で苦労して作った物を「美味しい」と感じながら食べるのが、利用者の仕事へのモチベーションにつながっていると思います。
来店者数は1日に100人超え!5万人に愛されるカフェ
当事業所では農業の他、「さんさん山城コミュニティカフェ」を経営しています。事業所で収穫した野菜をふんだんに使った日替わりランチを提供しています。
–収穫した野菜を地域の方と一緒に楽しんでいるんですね。
新免さん:
ランチはワンコイン、500円で提供していることもあり、お客様に大変好評です。
新鮮な地元野菜をたくさん使っているので、おいしくてヘルシーなんですよ。
–カフェにはどのくらいのお客様が来られていますか?
新免さん:
普段の営業は平日のみで、毎日約60~80食提供しています。毎月第一土曜日に開催している「さんさん土曜市」の日は、特に多くのお客様がいらっしゃいます。毎月100人以上来店があるんですよ。
–1日で100人以上ですか?大人気ですね!
新免さん:
ありがたいことにご好評をいただいています。カフェがオープンしたのは2017年で、2021年11月30日には累計のお客様数が5万人を突破したんですよ。
人気メニューは「京野菜カレー」なんです。
–地元京都の野菜を使ったカレー、美味しそうですね!
人気の秘密は、料亭や高級百貨店でしか手に入らないレアな京野菜
新免さん:
ところで、京都海老芋や田辺ナスをご存知ですか?
–お恥ずかしながら、聞いたことも食べたこともないです(恥)。
新免さん:
これらの野菜は、私たちがJAに出荷した後京都中央卸売市場に運ばれて、高級ホテルや料亭などに出荷されます。
特に京都海老芋は京田辺市の特産品であるにもかかわらず、地元のスーパーには出回っていない食材です。
さんさん山城のカフェでは、このように普段滅多に口にすることができない京野菜をふんだんに使ったランチが500円で食べられることも、カフェの人気につながっていると思います。
–高級野菜がワンコインで!食べてみたいです。地元で作られた食材でも、高級店に並ぶようなものだと、町の人はなかなか知る機会がありませんもんね。
新免さん:
はい、地域特産を知ってもらうことは、農業の活性化にも繋がりますし、京田辺市のPRにもなります。
働きやすさの実現と食品ロスを減らす合理的な仕掛け
–人気の理由にも納得です。ところで、カフェの調理や配膳も、利用者の皆さんが担当しているんですか?
新免さん:
そうです。すべての作業に利用者が関わっています。
毎日お客様が多くてバタバタしていますが、利用者にとって、お客様に喜んで頂くのが何よりのやりがいになっています。
自分たちの育てた野菜を毎日たくさんの方に食べて頂けて、「おいしい」と言っていただける。
そのことが、カフェで調理を担当しているメンバーだけでなく、農業を担当しているメンバーなど、さんさん山城全員にとっての喜びになっています。
–やりがいを感じながら働けるのは素晴らしいことですよね。カフェの運営で、何か工夫していることはありますか?
新免さん:
はい。例えば、「今日のランチはえびいも豚汁定食」というように、提供するメニューは1日1種類だけにしています。煩雑なオーダーのやり取りはありません。
–なるほど、それだと注文の間違いも防げますね。
新免さん:
数だけ確認すればいいので、利用者も仕事がしやすいですし、お客様の回転も早い、色々なメニューのための食材を用意しておく必要もないので、食品ロスも防げます。
–メニューを一つに絞ることでいろいろな効果があるのですね。
新免さん:
それに、メニューの数だけでなく、500円という料金設定も工夫しているところです。
利用者の中には知的障がいの方もいますので、500円だとお釣りのやり取りも楽になります。
–なるほど。運営するスタッフにも、環境にも優しい様々な工夫がなされているのですね。
「さんさん山城」のブルーベリー狩りで地元が賑わう
新免さん:
環境にも優しいといえば、さんさん山城では7月~8月にかけてブルーベリー狩りも市民の方に開放しています。1人300円で好きなだけ食べていただけます。こちらもご好評いただいているんですよ。
–ブルーベリーですか?
新免さん:
はい。ブルーベリーは、夏の短い期間に一気に実るので、市民の方に美味しく召し上がっていただくことでロスを防ぎつつ、事業所としても収穫や選果作業の手間が減って助かっています。まさにWin-Winだと思います。
–ブルーベリー狩りは家族連れにも喜ばれそうですね。
新免さん:
そうなんです、子連れのご家族などたくさんの方にお越しいただきました。
コロナ禍でレジャーに出かけられなくなったこともあり、地元のさんさん山城に足を運んでくださったんです。市民の皆さんに「地元にこんな場所があったのか?」と気づいてもらえるきっかけになりましたね。
–京野菜の栽培やカフェの運営、ブルーベリー狩りなど、本当に多岐にわたる活動をなさっているのですね。
新免さん:
そうですね。おかげさまで、私たちの取り組みが評価され「ノウフクアワード2021」のグランプリを受賞することもできました。
ユーモアで福祉のイメージを刷新!ホームページにもこだわりを
–アワードも受賞なさっているのですね。素晴らしいです。
新免さん:
そうですね。できるだけたくさんの方々にさんさん山城のことを知ってもらって、気軽に足を運んで欲しいと思っているので、ホームページでもできる限りの情報発信に努めています。
–確かに、読みやすくて、親しみやすいサイトだなと感じました!
新免さん:
良くも悪くも「福祉っぽくないホームページ」とよく言われます(笑)。
地域の人はもとより、世界中の人に自分たちの取り組みを知ってもらいたいと考えているので、明るいイメージや読みやすさ、英語・中国語・韓国語に対応するなど、さまざまな工夫をしています。
これは事業所の運営面でも気をつけていることで、地域の方と積極的に関わり、できるだけ閉鎖的にならないようにと心がけています。
「みんなちがって、みんないい。」を実現したい
–利用者のみなさんは、どのように仕事に向き合っておられますか?
新免さん:
障害者と言ってもいろんな人がいます。几帳面な人、そうでない人。たとえできないことがあっても、できる人がサポートするようにしています。
–助け合いながらお仕事されているんですね。
新免さん:
助け合いがないと事業は進められません。どんなビジネスでも同じではないでしょうか?障がいの有無に関わらず、お互いが支え合って社会は成り立っていますから。
–おっしゃる通りだと思います。最後に、さんさん山城の今後の夢や目標について教えてください。
新免さん:
利用者の工賃を毎年少しずつでも上げていきたいです。また、いろいろな方に「さんさん山城があって良かった」と言ってもらえるように地域の皆さんや関係者の皆さんとの関わりも大切にし続けていきたいです。
これからも、利用者、その家族、地元の皆さん、取引先の皆さんなどとますますよい循環が生まれる場所になることを目標に邁進していきます。
–本日は貴重なお話をありがとうございました!