田所 沙弓(さゆみ)
神奈川県出身・在住。多摩美術大学プロダクトデザイン専攻卒業のプロダクトデザイナー兼buoyブランドオーナー。
2013年プラスチックメーカーである株式会社テクノラボに入社。IoTデバイスや無線機器筐体のプロダクトデザインならびに会社の広報、web制作を担う。プラスチックの魅力発見をテーマにした小規模展覧会「プラ展」を開催。プラスチック製品の開発ニーズに関する声を聞くとともに、プラの環境問題との向き合い方に多くの人が悩んでいることを知る。
その後社内の有志とともにプラスチックの新表現研究を扱うPlas+tech projectを発足。2019年、前身であるreBirthでクラウドファンディングを実施。2020年7月クラファンの成功を受け海洋プラスチックごみのアップサイクルプロダクトブランドbuoyとして始動。現在buoyのデザイナー/ブランドオーナーとして海洋ゴミを材料とした製品の市場開拓/製品開発を行う。
introduction
株式会社テクノラボは、機器や機械の外箱(筐体:きょうたい)となるプラスチック製品のデザインから生産まで行っている企業です。2020年に廃棄されたプラスチックを再利用した雑貨ブランド「buøy (ブイ)」が誕生し、プラスチックの魅力を最大限に活かした工芸品を手がけています。
今回はプロダクトデザイナーの田所さんに、ブランド立ち上げのきっかけや製品の魅力を伺いました。
プラスチック加工の技術を活かしたブランド「buøy (ブイ)」
–本日はよろしくお願いします。まず初めに、株式会社テクノラボについて教えてください。
田所さん:
株式会社テクノラボは、通信機器や医療器の外枠となる、筐体(きょうたい)と呼ばれる部分のデザイン設計から生産まで行っている神奈川県横浜市の会社です。ゲーム機などの一番外側にあるプラスチックの部分、というとわかりやすいでしょうか。
また、2020年頃から海洋プラスチックを材料にした「buøy(ブイ)」というブランドも立ち上げました。インテリア雑貨を制作し、販売しています。
–ブイと聞くと、魚釣りで釣り糸に付けたり、海にぷかっと浮かんでいたりする、丸いボールのようなものをイメージしますね。
田所さん:
そうですね。「buøy(ブイ)」という名前はまさに、私たちの商品が海洋ごみへの関心が高まる目印となるように、海の道しるべの意味を持つブイ(浮標)から付けました。
「プラスチックであることを隠してほしい」の一言がきっかけに
–ブランド立ち上げの経緯を教えてください。
田所さん:
テクノラボでの仕事の際に「SDGsやサスティナブルの観点から、プラスチックの質感を隠して製品にして欲しい」と言われたことがきっかけでした。
プラスチックには、軽く、自由自在に形成でき、介護や医療など多様な現場で役立つ製品が作れる特性があります。SDGsなどを考えると仕方ないとはいえ、石油由来であることや環境への負担があるという面が注目されてしまったことを、非常に悲しく感じました。
–プラスチックは環境に悪いもの、というイメージが強いと感じたのですね。
田所さん:
そうですね。そこで、プラスチックにまつわる環境問題の現状を自分の目で確かめようと、社員数人で海岸にビーチクリーンに行きました。
プラスチックは「捨てられなければ」とても魅力的な素材
海のプラスチックゴミの多さに驚くと共に「使い捨てられる」ことが最大の問題だと感じました。それと同時に、恐らく数十年間も海に漂っているのにも関わらず形をとどめているプラスチックをみて、防水性や耐久性の高さを改めて実感しました。
–確かに、一般的にプラスチックの負の側面といわれる部分は、特性や魅力でもありますね。
田所さん:
もともと、美大に在学していた時から、大好きなプラスチックという素材の美しさを活かした製品や工芸品があったらなと思っていたこともあり、これはいい機会なのではないかと感じたんです。
そこで、プラスチックの魅力を最大限に引き出し、使い捨てられないサスティナブルな製品を目指して誕生したのが「buøy(ブイ)」なのです。
海洋プラスチック製だからこそ生まれる、一点モノの魅力
–ここからは「buøy(ブイ)」の製品について詳しくお話を伺っていきます。まずはどのような製品があるか教えてください。
田所さん:
例えば、丸い形が特徴のラウンドトレイ、葉の形のデスクトレイleaf、そしてプラスチックの防水性を活かした植木鉢のシリーズなどです。
およそ1,000円ほどから、全国の一部のLOFT店舗やPOPUPショップ、ネットで販売しています。
–アートのような美しさでずっと使い続けたくなりますね。また、鮮やかながらもインテリアに馴染むカラーが素敵です。
田所さん:
ありがとうございます。プラスチックはビビッドな色味が魅力的ですが、発色が強すぎて室内のインテリアや自然と合わせると浮いてしまうという意見もあります。
しかし、ブイの製品では様々な色の海洋プラスチックを混ぜているので、色味が中和され、高級感のある質感になっています。木や石を使ったインテリアとの相性も良いですよ。
–様々な色を混ぜるというのは、ひとつの作品に赤や青、黄色などのプラスチックを混ぜ込むということでしょうか。
田所さん:
どちらかというと、同じ赤でも、ニュアンスの違う赤を混ぜ込むというイメージの方が近いですね。プラスチックは微細な色の調節ができることも魅力ですので、例えば海洋プラスチックにも紅葉のような鮮やかな赤、黄色がかった薄い赤、金属のような艶のある落ち着いた赤など多様な色合いがみられます。
–彩度の違う色をまとめることで、統一感と趣のある質感が出せるのですね。
リサイクルのしづらさを逆手に取り、唯一無二の魅力に変える
–製品一つ一つ、模様が異なるのも魅力的ですね。このマーブル模様はどのように施しているのでしょうか。
田所さん:
あえて異なるプラスチック素材を組み合わせていることで生み出されています。
プラスチックには、PETやアクリルなど、原料によって数十種類〜数百種類の素材が混在しています。通常ですと、それぞれの素材に合った温度で溶かして成形していきます。
–単にプラスチックといっても、様々な種類に分かれているのですね。知りませんでした。
田所さん:
そうなんです。しかし、そのすべてが混在している海洋プラスチックはそうはいきません。リサイクルしたり、製品化したりするために、全てを分別することは困難を極めます。
–海洋プラスチックは特に、劣化が進み数ミリ以下の破片となっているものも多いですからね。
田所さん:
そのため「buøy (ブイ)」では全ての種類をひとつにして成形しました。種類が異なれば、溶ける温度も変わります。溶け方の違いによって複雑な模様が生み出されているのです。
–一つとして同じ表情がないのはそのためだったのですね。お気に入りの風合いのものを探すのも楽しそうです!
田所さん:
ありがとうございます。実際にPOPUPストアを開催すると、30分から1時間じっくりと選び「ずっと大切に使います」と購入してくださるお客様もいらっしゃいました。
少しずつ異なる大きさや色、模様も、工芸品の一点物のように思い入れを持って頂けたらという想いで作っていますので、そのような反応はこの上なく嬉しいですね。
食材の産地を選ぶように、製品の採取地を選べる楽しさ
–工芸品の材料となる海洋プラスチックはどちらから採取するのでしょうか。
田所さん:
九州や日本海側、関東など全国各地の海岸です。回収された海洋プラスチックは、採取地ごとに工芸品になり、産地を明記して販売されます。
–ゆかりのある地域でとれた海洋プラスチックを使った製品ですと、さらに愛着が湧きそうですね。
回収はどなたが行っているのですか。
田所さん:
ビーチクリーンを行うボランティア団体や、海を守る取り組みをしている企業などに協力して頂いています。私たちが海洋プラスチックを買い取ることで、団体への活動支援にも繋げています。
–全国の団体とパートナーシップを実現しているのですね。
田所さん:
最近では、ただ拾ってもらったプラスチックを製品にするだけでなく、一歩踏み込んだ活動ができないかチャレンジしているところなんです。
–どんな活動を始められたのですか?
田所さん:
「buøy(ブイ)」の技術を活用した海ごみワークショップ事業を展開しています。例えばビーチクリーンを行う団体と協力をして、海岸清掃として集めたプラスチックでマグロのキーホルダーを作る、などです。
私たちは技術の提供や機材のレンタル、講師の派遣などを行っています。
–自分で拾ったプラスチックでオリジナルの作品が作れるのですね。ゴミ拾いが宝探しのようになって、どんな方でも楽しめそうです!
田所さん:
ありがとうございます。まだ取り組み始めたばかりですので、今後さらに様々な団体や企業と協力していきたいですね。海洋プラスチック問題を楽しく学べる機会を多数作っていきたいと思っています。
「プラスチック=使い捨て」という前提を忘れてみよう
–最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。
田所さん:
「プラスチックのゴミ問題」はSDGsやサスティナブルの観点から近年注目されていますが、生産方法や使い方を変えていくことが解決への近道だと考えます。
プラスチックは安価で使い捨てられる素材という概念を一度捨てて、他の素材と同じように大切に使ってみませんか。そのために、私たちはずっと永く使い続けたい、捨てたくないと思えるプラスチック製品や工芸品をこれからも作り続けていきます。
–耐久性があるからこそ長く愛用できるプラスチックの特性を、ありのまま受け取ってみることは、とても大切ですね。本日は貴重なお話ありがとうございました。