髙橋 浩之
東京電力ホールディングス株式会社 経営企画ユニット ESG推進室 部長
ES事業創発グループマネジャー 兼 福島本部環境再生室
1994年 東京電力株式会社 入社
2001年 財団法人地球産業文化研究所派遣
2012年 茨城支店環境グループマネジャー
2014年 本店環境部環境業務グループマネジャー
2015年 福島本部除染推進室除染業務グループマネジャー
2018年 東京電力ホールディングス株式会社 技術環境戦略ユニット環境室環境リレーション担当
2020年 経営企画ユニットESG推進室ES事業創発グループマネジャー、現在に至る
<所属協会・団体・学会等>
一般社団法人ESG情報開示研究会設立メンバー
Green x Digital コンソーシアム 見える化WG委員
introduction
国内屈指の大手電力会社である東京電力グループは、この20年間の社内外を取り巻く大きな変化に合わせ、電力インフラの提供事業を通した社会課題の解決を新たな経営理念として掲げました。そこにはどのような想いがあるのでしょうか。
入社以来、長年にわたり環境事業に取り組み、現在はESG推進室ES事業創発グループマネジャーを務める、高橋浩之さんにお話を伺いました。
新しい経営理念の背景にあるもの
–今回、経営理念が20年ぶりに改訂されました。なぜ改訂されたのか、どのような内容なのかを教えていただけますか。
高橋さん:
改訂の背景として最も大きいのが、東京電力を取り巻く情勢や時代の変化です。
この20年の間に、東日本大震災や地球温暖化の影響とも言われる自然災害の激甚化など、非常に大きな問題が起きています。また社内的にも、電力自由化に伴う分社化がありました。
そうした社内外での事業環境の変化を踏まえて、形式的なものに留まらない、企業経営に直結する理念や目的、パーパスを、社員やステークホルダー全体に示すことが重要だと考えました。
今回改定された経営理念の中では、「福島の復興なくして東京電力の改革、再生はあり得ない」との決意のもと、電力会社として、安心・快適なインフラを持続的に供給するために、カーボンニュートラルなど社会課題の解決に取り組むこと、そして、災害時にも安定したインフラを提供できるレジリエンスの強化を重視しています。
そして、経営理念を実際の活動に反映させるためにも、社員のマインドにしっかりと根付かせられるよう、様々な啓発活動を続けています。
–SDGsを軸にした取り組みを始めたのは、どのような背景があったのでしょうか。
高橋さん:
私が所属しているESG推進室は、2019年に発足しました。ここは業務の中でも、対外的なステークホルダーへの対応が中心になりますので、SDGsへの関心の高まりを感じていました。
そこで社会の潮流に合わせて、社内的にSDGsを事業にどう取り入れるかという方向性について、当時の会長も交えての意見交換がなされました。
議論を重ねた結果、電気という社会インフラを提供する我々がSDGsに取り組むことは、社会貢献にも企業活動の継続にもつながる、という結論に至りました。
中でも電力会社としては、SDGsの目標7、9、11、15が社会に示せるインパクトとして大きいと考えます。そして、その目標達成を踏まえ、最終的に到達する先には目標1「貧困をなくそう」につながる、という趣旨を統合報告書にも掲げております。
社内事業とSDGsとの結びつきに関する動きもこの頃から活発になりました。
私たちは地域に根付いて事業を行うことが多いのですが、現場から、お客様の間でもSDGsへの関心が年々高まっていると耳にするようになりました。これを受け、社内でも「SDGsとは何か」「SDGsを実践するには会社として何をすればいいのか」といった声が上がるようになりました。現在では、社内におけるSDGs教育と、SDGsを事業に活かすための取り組みを行っています。
その一環として行っているものに「パートナーズナビ」という事業があります。これは各自治体や企業がSDGsを達成するための取り組みを、東京電力グループの商材を使ってお手伝いするプラットフォームです。
具体的には、お客様が抱える社会課題、例えば災害時の電源をどうするか、労働環境を改善するためにICTをどのように導入するか、などといったお悩みに対し、適合するサービスをご提案する、というものです。SDGsの課題を共に解決していこうという対外的な事業であると同時に、先ほど申し上げた社内の啓発活動ともつながっています。
東京電力パートナーズ・ナビ|託送・お手続き・サービス│東京電力パワーグリッド株式会社 (tepco.co.jp)
東京電力グループが進める、SDGsへの取り組み
–ここからはSDGsへの具体的な取り組みについて、4つのトピックからお伺いしたいと思います。はじめに、EV関連ビジネスについてお聞かせください。
高橋さん:
まず、私どもが使う社用車のEVへの切り替えを進めています。
RE100と同機関の「EV100」に基づいて、2030年までには社内で使う3,600台の車を100%EVにすることを目指しており、現在では18%ほど切り替えが完了しています。
もちろん利用する電気も、再生可能エネルギーによって作られ、CO2を排出しないものであることが前提です。
EVの普及には、充電設備の増加と充電ネットワークの充実が不可欠です。そこで、中部電力や自動車メーカーなどとの提携によりe-Mobility Powerという会社を設立しました。ここではCO2を出さない再生可能エネルギー電気を使った充電器のネットワークを、2025年までに全国に15,000箇所まで設置することを目指しています。
将来的には、現在どこでも見られるガソリンスタンド並に増えるのが理想ですね。急速充電設備がより多くなれば、EVはもっと身近になります。
変わったところでは、船の電動化にも取り組んでいます。船は化石燃料の使用が多く、CO2の排出量も大きいので、電動化が進めばかなりのCO2削減に貢献できます。普及には時間がかかりますが、こちらも引き続き取り組んでいきます。
その他、非常時に備えて、EVを「動く蓄電池」として活用するプロジェクトを展開しています。これは日本郵政グループとの連携事業として、通常、郵便配達に使われているEV車を、災害時には電源設備として地域に電力供給を行うというものです。
同時に、東京電力グループが提供するEVスタンドや、太陽光発電などの充電設備を活用して、地域の皆様にご利用いただく取り組みも、日本郵政グループとの協力のもと進めております。
こうした取り組みが進めば、ご家庭で利用されているEVを充電設備で充電し、非常時の電源として利用してもらうといった使い方も可能になります。
もちろん災害時だけでなく、電力供給が逼迫する事態でも利用が可能になれば、インフラへの不安も解消されます。近い将来には、EV同士がネットワークでつながり、供給を必要としている場所へ集まれるといった広がりを作れたらいいですね。
–次に、自然災害によるインフラの復旧、とりわけドローンを使った取り組みについてはどうでしょうか。
高橋さん:
2019年の千葉での台風災害時に、災害箇所への地上からのアクセスの難しさが復旧作業の妨げになった経験を活かし、送配電線網の破損箇所の確認にもドローンを活用します。災害時だけではなく、日常での設備保守点検でも容易に人が上ることができないような高所を中心に活躍しています。
送配電事業会社である東京電力パワーグリッドでは、各地の自治体と協定を結び、災害を防ぐための活動にも使っています。例えば山間部などで、森林が被害を受けて施設に被害が及ばないよう、予防伐採が必要になります。その際に、森の上空からドローンを飛ばして点検し、どの木を伐採するかというような調査に使用しています。
人間が入るのが困難な場所として、原子力発電所の中でも水中ドローンが使われていますが、基本的な活用用途は広範囲に及ぶ送配電線網をカバーするのがメインですね。
–次に、自然環境との共生ということで、尾瀬での自然保護活動について伺えればと思います。
高橋さん:
東京電力グループは、尾瀬に水力発電用の土地を保有しており、並行して地元の自然保護にも取り組んできました。ここは国内の環境保護活動の草分け的な場所としても知られ、ミズバショウやニッコウキスゲなど、さまざまな植物が育つ、生物多様性に富んだ環境になっています。
ところがここ数年、温暖化や雪が少なくなった影響もあり、国立公園付近に鹿が下りてくるようになりました。その結果、鹿たちによってニッコウキスゲの若芽などが食べられてしまい、せっかく回復した周辺の環境が荒れ始めるという事態になっているのです。
現在は環境省や群馬県、地元のNPOと協力して、防護柵を張るなどの対策を行っています。
尾瀬に限らず、獣害の問題は全国各地で目立つようになっています。弊社も解決策を求められることもありますので、有用な商材を活用した解決策を提示していきたいと思います。
その他の取り組みとしては、尾瀬の自然を利用したSDGs教育を計画しています。地元の学校の先生たちとも検討を重ね、準備を進めているところです。
–洋上風力発電についての現在の取り組みや、今後の展望についても教えてください。
高橋さん:
弊社ではより安定した再生可能エネルギーの供給源として、洋上風力発電の導入に向けた研究を積極的に進めています。洋上風力発電は夜間に稼働率が下がる太陽光や、発電力に不安定さのある地上の風力発電に比べ、海の上は常に風が吹いていることが多いなど、比較的安定した発電設備になります。
ただ、日本近海は水深が急に深くなったり、漁場と干渉するという問題があります。そのため洋上風力発電は海底に設置する着床式に加えて、洋上に浮かぶ浮体式の普及がより重要になってきます。
技術開発の面では、海外での事例も参考にして知見を積み重ね、同時に効率的な地上への送電網についても研究と開発を進めていきたいと思います。
洋上風力発電は、台風など極端に風が強い場合には稼働できなくなる、景観を損ねるという日本ならではの問題があったり、バードストライクの問題や漁場への影響などがあったりするため、環境面に及ぼす良い面悪い面のバランスを見極めて設置する必要があります。
とはいえビジネスとしての側面でも、洋上風力発電事業は有望な分野です。国内の市場でも積極的に入札に加わり、事業拡大に向けて参入していく予定です。
2030年を見据えた今後の展望
–最後に、今後のことをお伺いします。2022年現在の時点で、CO2削減の目標に対する進捗状況はいかがでしょうか。
高橋さん:
弊社では2030年度に向けて、お客さまに販売する電力に伴うCO2排出量を2013年度比で50%削減する、という目標を掲げていますが、現時点での達成度は7割といったところです。
再生可能エネルギー発電の普及や火力発電の高効率化による効果は大きいものの、目標達成のためには更なる努力が求められることは言うまでもありません。2030年まではあと7年しかないことを考えると、これからが大事な時です。
–2030年までの目標を達成するために、具体的にどのような意識、取り組みが必要とお考えでしょうか。
高橋さん:
まずカーボンニュートラルに向けて、より徹底した電源の脱炭素化への取り組みが必要になります。
そのためには再生可能エネルギーによる発電事業を推進し、より効率のよい技術を取り入れていかなければなりませんし、非化石証書の活用などの手段も考えております。
同時にこれはどうしても避けて通れない事案ですが、脱炭素化を進めるためには原子力発電所の再稼働も視野に入れなければなりません。
お客さまに低廉で安定的な電気をお届けするためにも、資源の乏しい日本においては、再生可能エネルギー、原子力、火力をバランスよく構成することが必要です。原子力発電に関しては、まず何よりも社会の皆さまからの信頼回復と安全最優先を大前提に、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働を目指していきます。
もうひとつはアライアンスの強化です。
脱炭素化、カーボンニュートラルへの取り組みは、とても大きな課題であり、東京電力単体ですべてを解決できるものではありません。
そのためにはパートナーシップが不可欠だと感じていますので、先ほどご紹介した日本郵政グループとの事業のように、弊社の取り組みに賛同していただける自治体や企業と連携して新しいプロジェクトを起こしていければと思います。
最後に、社内マインドの醸成がやはり大事だと思います。カーボンニュートラルやSDGsなどの社会課題の解決は、企業としての持続可能性につながっていますし、自分たちの仕事にも直結しています。このことを社員一人一人がいかに自分事として受け止め、経営理念を生きたものとして浸透させていくか。ここにかかっているのではないかと思います。
–本日は貴重なお話をありがとうございました!
取材:大越
執筆:shishido
東京電力ホールディングス株式会社
https://www.tepco.co.jp/index-j.html