水野 雅弘
株式会社TREE・代表取締役。1988年、日本初のITマーケティング企業として、米国からコールセンターやCRMを日本市場に導入。銀行や保険などのダイレクトビジネスのコンサルティング事業を手掛けた後、活動テーマをサステナビリティにシフト。グローバル環境映像メディア「GREEN TV JAPAN」の環境普及啓発事業を経て2016年、SDGs達成に向けた教育メディア「SDGs.TV」を開設。ビジネスから教育まで幅広い分野に携わり、サステナブルな社会の変革を進めている。代表著書に『SDGsが生み出す未来のビジネス』『ESGが生み出す選ばれるビジネス』(インプレス)。
目次
introduction
1988年に設立した株式会社TREEはマーケティング企業として活躍した後、2011年より事業内容をサステナビリティに完全シフトしました。現在はサステナビリティに特化した映像事業やビジネスコンサルティング、教育事業などを展開しています。
今回は、TREEの代表取締役・水野さんに、TREEの事業内容やサステナビリティに特化した経緯などをお聞きしました。
マーケティング会社がSDGsに振り切るまでの道のりとは
-本日は、よろしくお願いします。
早速ですが、株式会社TREEの事業内容を教えていただけますか。
水野さん:
現在は、100%SDGsにコミットし、SDGs達成のための教育とビジネスのコンサルティングを行っています。企業や自治体のSDGs映像制作の支援、企業や学校でSDGs教育のための映像制作や教育事業がメインですね。
-100%SDGsに特化している会社、というのは珍しいなと感じますね。
水野さん:
当社も、もともとは大手企業へマーケティング技術を提供する会社でした。しかし、過去に様々な分岐点がありまして、最終的にSDGsやサステナビリティに特化した会社へと変化していったんですよ。
-ぜひその経緯をお伺いしたいです!
水野さん:
では、過去を振り返りつつ、順を追ってお話ししますね。
大企業の不祥事で社会の在り方に疑問を持った
-一番最初に、転機を迎えたのはいつ頃でしたか?
水野さん:
最初に、会社の方針について再考しなければと感じたのは、2000年前後ですね。
日本全体で、大企業の不祥事が続出し、企業が利益を追及しすぎて暴走する姿に疑問を感じたのです。その頃は、マーケティング事業がメインで、多くの企業で業務改革やシステム・人材の組織変革など、色々な分野でコンサルティングを行っていました。
-確かに2000年ごろは、集団食中毒やクレーム隠しなどが起こっていたイメージがあります。
水野さん:
コンプライアンスや内部統制などが強化されはじめた時期でしたね。そういった背景もあり、2004年にESG研究会を立ち上げました。これからは企業の透明性や信頼性が重要になってくるので、企業の信頼性を高めるためにもESGが必要になるだろうと考えたんです。
-まずは企業の在り方から、変化させようと考えたのですね。
消費者も巻き込んだ意識改革へステップアップ
水野さん:
そうですね。しかし、企業がどれだけ努力して環境や社会に関する諸問題に取り組んでも、消費者が応援してくれなければ成り立たないし、継続できないんです。例えば、志ある企業が環境問題解決のため、オーガニックやフェアトレードなどを導入すると、どうしてもコストがかかります。それでも購入してくれる消費者の存在がなければ、持続的に商品を販売することが難しくなるのです。
-確かにその通りですね。やればやるほど赤字になるのであれば、私が経営者でも存続するか考えてしまいますね(笑)。
水野さん:
そうでしょう。そこで、世界で起きていることを一般の人に伝えるイギリスのGreen TVと提携して、2006年から「Green TV JAPAN」をスタートしました。
この活動は、消費者に少しでも環境問題や社会の現状について知ってもらうことで、サステナブルを意識している企業を応援して欲しい、という想いから始まったんです。
-映像だと、難しい本を読むよりも気軽に情報を得られるのがいいですね!
水野さん:
少しでも早く社会問題についての意識を身につけてもらうために、当時は毎週8本の動画を配信していました。それぞれの映像も、2、3分の短い動画にするという所にこだわって作っていましたね。
-なぜ短い動画だったのでしょうか?
水野さん:
やはり30分や1時間といった長い動画は見てもらえないからです。いかに短い動画で本質的なことを伝えるかにこだわっていました。当時はちょうどYouTubeが生まれた頃で、短い動画はまだ一般的ではなく挑戦でしたね。そうして海外の動画も入れながら、10年で約1,400本の映像制作に関わってきました。
COP10の開会式プロデュースから、現在のTREEの姿に
水野さん:
そして当社の映像制作と環境問題が重なったのが、2010年のCOP10(生物多様性条約会議)です。当社はここで開会式のプロデュースを担当しました。サステナビリティに関する動画を制作してきた活動が、次のステージへと進化した出来事です。
-開会式のプロデュースですか?すごいですね!
ですが、生物多様性をテーマにした開会式と言われても、どう伝えればいいか迷ってしまいそうですね。
水野さん:
そうなんです。生物多様性って言葉だけ聞くと「生き物」「絶滅」みたいなイメージを持たれがちなんですよね。ですが、それだと自分たちの生活に関わりを感じにくい。そうではなく、食や薬、あらゆる産業が生物多様性の恩恵を受けて成り立っていることを伝えたかった。生物多様性と私たちの生活を繋げて表現するという点は、映像という手法と相性がいいなと感じていました。
水野さん:
外務省や環境省、農水省と一緒に映像を作り、開会式で放映しました。これが好評でして、「学校の授業で使いたい」という声を多くいただくようになり、学校に貸し出すことが増えていきました。この経験が、現在のTREEで行っている事業の原形になっていると思います。
-映像を使ったサステナビリティ教育は、COP10の開会式の映像を貸し出したご経験から始まっているのですね。
水野さん:
その後2011年に東日本大震災が起き、人々の意識が大きく変わりました。地域のかかわりやコミュニティの大切さ、食の安全などに関心を寄せる人が増えたと思います。そして当社の事業も完全にサステナビリティに軸を置こうということで、「TREE」に社名を変更しました。
-時代の流れや要望に応えていくうちに、会社も変化していったんですね。
水野さん:
そうですね。そして2015年に国連でSDGsが採択され、世界の共通目的が誕生したことを受け、TREEもサステナビリティだけでなくSDGs全体にコミットすることを決意しました。
翌年には、GREEN TVをリニューアルし、SDGs.TVに変更し、本格的な活動もスタートしています。気候変動や生物多様性、資源の枯渇など、世界では問題が山積みですからね。
水野さん:
ただ、扱う課題の幅が広がったとしても、企業やビジネスの在り方を変えたいという想いは変わっていません。UNEP(国際連合環境計画)では「グリーン経済」が提唱され、「経済を変えない限り、NGOがどれだけ頑張っても変わらない」と明言されているほどですからね。
-それほど、企業やビジネスモデルが持つインパクトは大きいのですね。
水野さん:
そうなんです。先にお話しした映像を使った教育と共に、次世代教育とビジネスの変革の2つに焦点を当てていこうと思ったのです。
-水野様やTREEが、どのような想いや経緯でSDGsに特化する企業へ進化していったのか、とてもよく理解できました。
人材育成とビジネスの変革を目指すTREEー3つの事業
-ここからは具体的なサービス内容について聞かせてください。
水野さん:
はい。それでは、次世代教育の側面で「SDGs.TV」と「スクールファシリテーター育成事業」、未来のビジネスを変革する観点で「SDGs Quest みらい甲子園」について、計3つの事業をご紹介しますね。
動画で楽しくSDGsについて学べる「SDGs.TV」
-「SDGs.TV」は、前述いただいたSDGsの動画配信サービスですね。
水野さん:
はい。SDGs.TVでは、オリジナル映像や、国連や政府、NGOなどが制作した動画を字幕を入れ無料で視聴できるようにしています。当初は視聴者を限定せず、幅広いターゲットに向けた動画を作っていましたが、環境意識の高い人しか見ていないことが分かったんです。そこで、思い切って対象を絞り、コンセプトを「教育メディア」に変更しました。
水野さん:
現在は学習プラットフォームとして運営の幅を広げ、SDGs教材の開発から授業プログラムの実践的サポート、企業アライアンスによる教材の提供などに携わっています。
-SDGs.TVは、どのような方がメインで利用なさっているのですか?
水野さん:
学校の先生や企業の研修用にご利用いただくことが多いですね。
先生たちが生徒の皆さんに授業をする際にも使ってくれていますので、10〜20代の若い世代にも伝わるように作っています。
-利用した方の反応などはいかがですか?
水野さん:
小学校低学年の児童でさえ変化があって、驚かされますね。学校の授業では、積極的に手を挙げて多様な意見が出るようになることもあるそうです。やはり映像は多くのことを訴えかけられるので、動画を使ったSDGs教育は学習効果が高いと感じています。
学びの連鎖で相乗効果を生む「スクールファシリテーター育成事業」
-続いて、「スクールファシリテーター育成事業」とは、どのようなものでしょうか。
水野さん:
当社のSDGs研修を受けた人がファシリテーターとなり、学校に出向いてSDGsの出前授業をしてもらう認定制度です。2021年には70名の方が研修を受けファシリテーターとなり、約3,000人の児童が出前授業を受けました。SDGsの補助教材として、北海道版のSDGsアクションブックも作ったんですよ。
-先ほどの、「SDGs.TV」も教育現場で活用されているそうですが、何か違いはありますか?
水野さん:
実は、「スクールファシリテーター育成事業」は、子どもたちだけでなく、学校の先生にとっても、企業で働く社会人にとっても役立つ、面白い制度なんですよ。
-えっ、企業で働く社会人にも役立つのですか?どういった理由からなんでしょうか。
水野さん:
実は、この認定制度が始まったきっかけは、社会人向けのSDGs研修でした。
大手企業でも、研修を受けると頭では理解したつもりになるのですが、自分ごと化が難しく、なかなか行動にまで結びつかないのが課題でした。
水野さん:
そこで、試しにパートナーの北海道電力に「アウトプット型の研修」を提案してみたんです。研修で学ぶだけで終わりとせず、学校で授業することをゴールに設定することで、より学びが行動につながると考えたのです。
-学んで終わりではなく、自分で授業を組み立てることがゴールなんですね。
研修を受ける方々は、どのようにして授業へ向けた準備をするのでしょうか?
水野さん:
スクールファリシテーターの育成プログラムは、E-ラーニングによる事前学習と講師によるオンライン研修を組み合わせたものです。研修では発問力や対話テクニックを修得し、SDGs.TVの動画を使った授業モデルを学び、研修修了後は、地域の学校支援としてSDGsの普及啓発に貢献していただけます。
-実践の場が、学校での出前授業、ということですか!繋がってきました。
水野さん:
そうです。企業研修でのアウトプットの場である出前授業は、学校や先生たちにとっても、メリットがあるんですよ。学校の先生も多忙ですから、自分の授業をするだけで手一杯になることも多いみたいです。そのため、なかなかSDGs教育にまで手が回らない。そんな中でスクールファシリテーターが出張授業に来てくれることで、双方の課題を解決できるようになったのです。
-企業にとってはアウトプットの場が、学校や子どもたちにとっては普段とは一味違ったSDGs教育の場が、それぞれに提供されることで、全員にとって役立つ構造になっているのですね!
新しいビジネスモデルの担い手を育成「SDGs Quest みらい甲子園」
-3つめの事業である、「SDGs Quest みらい甲子園」についてお聞かせください。
水野さん:
こちらは、2019年から毎年開催している、高校生対象のSDGsアイデアコンテストです。社会課題の解決に向けたアイデアを考え、発表してもらう場を作っています。最初は北海道と関西の2か所からはじめたのですが、2021年度までに全国で、約5500人以上の高校生が参加してくれました。
-3年間で、2エリアから6エリアまで開催の場が増えたのですね!
水野さん:
短期間で拡大できた理由は、地域単位でのパートナーシップにあります。北海道はHBC、東京・大阪は朝日新聞社、九州は西日本新聞社というように、各地域のメディアに協力していただいています。実行委員には、地元の大学の先生や、自治体にも参画してもらっているんですよ。地域全体で、高校生の学びを応援していくスタイルを大切にしています。
-水野さんは、なぜ高校生対象のアイディアコンテストを開催しようと思ったのですか?
水野さん:
未来のビジネスモデルを創る若い世代への教育を、特に重視しているからです。SDGsについて学ぶだけではなく、主体的に行動できる人材を育てたいと思っています。
また、企業や大学、自治体と連携しながら開催することで、所属団体の垣根を越えて、社会課題を解決していこうという人たちを、繋ぐことができたらいいなとも考えています。
-将来のビジネスを変革するために、人材育成や連携を目指しているのですね。
実際に、高校生たちからはどのようなアイディアが出てくるのでしょうか?
水野さん:
フードロスや福祉問題、空き家の問題、昆虫食、LGBTQなど、幅広い課題に対して、毎回多種多様なアイデアを出してくれます。彼らは、言わば「SDGsネイティブ世代」です。若い世代の真剣さはすごいですよ。大人が驚かされるほどの発想力と行動力がありますね。プロデュースしてよかったなと心から思いますし、今後も続けていきたいですね。
若い世代を育て、応援していく
-事業内容を伺っていて、教育するだけではなく、学んだ人が行動を起こすことで未来を変えていきたい、という想いがとても伝わってきました。では、今後の展望について教えてください。
水野さん:
大きな目標としては、今後もサステナブルな社会を作るための人材育成に貢献していきたいと思っています。特に若い世代には期待しています。SDGs Quest みらい甲子園で、高校生が高い意識を持っていることが明らかになり、希望があると感じています。次世代を応援し、未来のためによい人材を輩出していくのがTREEの役目ですね。
水野さん:
SDGsは、未来を担う人材を育成するための、指標の1つであると考えています。
SDGsは世界共通の人類の目的で、わかりやすい共通言語です。SDGsを通して教育を進めていくことで、社会課題を解決できる人、持続可能な社会を実現できる人材を増やしていきたいですね。
-日本の未来を担う「人材」を育てることが、軸になっているのですね。
水野さん:
そうですね。そして、この大きな目標を達成するためのツールが映像です。我々は今までに多くの映像を作ってきましたが、映像プロダクションではないんです。映像はあくまで、人々の意識を変えるための道具であって、映像を作ること自体を目的にしてはいけないなと感じています。
-今後も、TREEがどんな形で人を育てていくのか、とても楽しみです。
本日は、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
株式会社TREE 公式サイト:https://tree.vc/
SDGs.TV https://sdgs.tv/
SDGsラーニングコーチ https://sdgs.education/
SDGs Quest みらい甲子園 https://sdgs.ac/