#インタビュー

株式会社Tsukuba Vineyard栗原醸造所|使われなくなった農地を再利用 ブドウを栽培しワインの名産地を目指す!

株式会社Tsukuba Vineyard栗原醸造所

株式会社Tsukuba Vineyard栗原醸造所 高橋学さん インタビュー

高橋学

1955年9月30日 北海道宗谷郡猿払村生まれ。
北海道大学大学院博士課程修了後、つくばの地質調査所(当時は通産省工業技術院)に勤務。専攻は岩石力学で、岩石の空隙を可視化し、それらを3次元で定量化します。使用したデバイスはマイクロフォーカスX線CTスキャナーであり、空隙の3次元幾何学的情報を取得し、流体輸送特性、透水性、特定の貯蔵量などの岩石の物理的特性との相関を確認するための研究を行っていました。

introduction

茨城県つくば市栗原の地から、地元の人達に美味しいワインを提供することを目指しているワイナリー、株式会社Tsukuba Vineyard(ツクバヴィンヤード)栗原醸造所。

耕作放棄地でブドウを栽培し、土地の再利用にも力を入れています。

農業もワインづくりも一切経験がないところからワイナリーを立ち上げ、栗原の地をワインの産地にすることに情熱を傾ける高橋学さん。

今回は、ワイナリーを立ち上げたきっかけや、ブドウ栽培、ワイン醸造への思いなどについて伺いました。

つくばの地から親しみやすく美味しいワインを提供したい

–最初に、株式会社Tsukuba Vineyard栗原醸造所のご紹介をお願いします。

高橋さん:

株式会社Tsukuba Vineyard栗原醸造所(以下Tsukuba Vineyard)は、自社畑で栽培したブドウでワインを醸造し、販売している会社です。

弊社の取り組みは、1次産業であるブドウ栽培、ワイン醸造の2次産業、ワイン販売の3次産業を一体化して新たな価値を生み出す6次産業で、会社としては、社員は私一人のまだ小さな事業です。

つくばの地から美味しくて新鮮な、そしてつくば市民に親しまれるワインを提供することを主な目的にしています。

–高橋さんは、もともと農業などの経験はあったのですか。

高橋さん:

いいえ。農業もワインづくりも、この醸造所をはじめるまで全くしたことがありませんでした。

私は、経済産業省の外局である産業技術総合研究所で研究者をしていました。55歳のころに、定年後は何をしようか、サラリーマンではなく、何か自分で事業をしてみたいと考えていたんです。

そして、自分でブドウを栽培し、ワインをつくり、そのワインで晩酌できたら幸せだろうなと思ったことが、ワイナリーを始めたきっかけです。

とにかくやってみる!チャレンジ精神が推進力

–ワインづくりに、何か特別な思いがあったのでしょうか。

高橋さん:

私は、特に好んでワインばかり飲んでいたというわけではありませんでしたが、ワイン醸造のプロセスは非常に気に入っていました。文化や歴史の面から見ても、日本酒とはぜんぜん違っていて、そこにロマンのようなものを感じていました。

そして、「できるできないは別にして、いろいろなワイナリーに行ってワインをつくっている人に話を聞いてみよう」と思い、そこからスタートしました。

話を聞いているうちに、ひょっとしたら自分にもできるかもしれないと思ったんです。これは大きな誤解だったかもしれませんが(笑)。

ワインづくりの基本は農業です。ブドウを植えるところから始まりますが、ぶっつけ本番「やってみれば何とかなるさ」くらいの軽い気持ちでスタートしたのが実状ですね。

ワイン醸造を始めるには、栽培農家や醸造家、ワイナリーに数年修行に行くのが一般的な方法だと思います。でも、私は一切していないので、栽培や醸造技術のベースがありません。

しかし逆に言えば、専門家があまり考えないようなことにもチャレンジしてみようという気持ちがあると思うんです。ある意味無茶なんですが、冒険をするようなチャレンジができることは、とても面白いと感じています。

そんな中で、目指しているのは、つくば市民に愛されるワイナリーです。

できるだけ、親しみやすいテーブルワインのような、低価格だけれどクオリティの高いワインを提供することにこだわっていきたいと思っています。

–ワイナリーを始めるまでに、いろいろご苦労があったのではないでしょうか。

高橋さん:

定年後にワインづくりをと話しましたが、実際には定年前の58歳の時に、勤めながらブドウの栽培を始めたんです。ブドウは定植してから3年たたないと実をつけません。ですから、58歳ではじめても、60歳を過ぎてからでないと収穫できません。家族のこともありますから、65歳までは再雇用で働きながらブドウを栽培しました。

こうして、やっとブドウができたのですが、ワインを醸造するには製造免許が必要です。私は免許を持っていませんでしたから、茨城県筑西市に古くからある「来福酒造」という酒蔵で私の畑でできたブドウでワインを作ってもらいました。

委託醸造でワインを作ってもらい、できたものは、地元の酒屋が買い取ってくれました。

今考えると、こんなにとんとん拍子に話が進んだのは、異例なんじゃないかと思います。

ワイン醸造の免許を取得する際は、一般醸造免許は年間6,000リッターの醸造が必要なんですが、それは難しい。そこで、つくば市の農業政策の担当者に「ワイン・フルーツ酒特区」を取得してほしいとお願いしました。取得できれば、特区内では年間の醸造が2,000リッターに緩和されるので、免許取得の可能性がでてきます。担当者にご尽力をいただき、「つくばワイン・フルーツ酒特区」の取得が2020年に実現しました。

そして65歳の時にワイン醸造の免許を取得し、自社ワイナリーを建て、今年で醸造5年目になります。

こんな感じで事業を進めてきましたが、家族、特に妻は何も言わずに様子を見ている感じでしたね。

自分で飲むためにつくったワインでしたが、そこそこおいしくできたので、妻も納得してくれたのか、言葉では何も言いませんが、今では畑仕事もワイナリーの仕事も手伝ってくれています。

耕作放棄地でブドウを栽培し、再利用した土地から美味しいワインを

–続いては、なぜワインづくりにつくばの地を選んだのかを教えてください。

高橋さん:

ワインの品質や味わいには、ブドウ畑の自然環境が深く関わっていると考えられています。

地質や水はけなど土壌の条件だけでなく、日照や気温、降水量などの気象条件、地形や標高などすべての自然環境が影響を及ぼすとされ、これをワインの世界では「テロワール」と呼びます。

しかし、私にはテロワールの知識などなく、とにかく長年住んでいるつくばの地で、新規就農することだけを考えました。

新規就農のためには、5,000平米以上の土地が必要でしたので、農業委員会に相談し、空いている場所を紹介してもらいました。

ブドウの産地として土壌がいいか悪いかみるような余裕もありませんでしたが、その土地を借りることにしました。結果的には、台地の上で、風通しがよく、緩やかな南傾斜の土地で、ここを借りてよかったと思っています。

そして現在、約3ヘクタールのブドウ畑で栽培をしていますが、この土地はすべて耕作放棄地を再利用しています。

私がブドウ栽培している台地の上は、昭和30年頃はタバコや桑が栽培されていました。もう少し低い場所は水田として使われていましたが、現在は後継者がなく、経営が難しくなり放棄された農地がたくさんあります。

また、つくばは、今まで相当広い芝畑が展開され、芝の供給をしてきました。

芝は、畑で育てた芝を土ごと薄く切り取って販売します。土は表面の部分が一番栄養があるのですが、どんどん削って使っていくとより硬くなり、栄養のない土地が残るんです。そのような土地は畑には向かないので、放棄される。結果として、耕作放棄地が増えてしまいます。

私はこの現状を大変懸念し、3年ほど前から、芝畑をブドウ畑に変える取り組みをしています。行政にも働きかけていますので、これからも土地の再利用の取り組みを展開したいと考えています。

耕作放棄地や芝畑の跡地を再利用し、つくばの土地を守り、継続していくことは、SDGsの観点からも非常に大事な取り組みだと思います。

–では、耕作放棄地の再利用のほかにSDGsへの取り組みをされていましたら、ご紹介ください。

高橋さん:

現在、2つの取り組みをしています。

1つは、ブドウの搾りかすを再発酵させて、地元の養鶏所で鶏の餌として利用してもらっています。餌への食いつきが非常に良いようです。

ここの鶏が産む卵はとても甘みがあり、信じられないくらい美味しいんです。

もう1つは、搾りかすや枝、葉などから液を絞って糸を染めて織り、着物や帯、小物などを作る取り組みです。ブドウの品種ごとに色が違い、とてもきれいな作品ができます。

少しでも産業廃棄物を少なくするために取り組んでいます。

仲間の協力あってのワインづくり 皆の思いが詰まったボトルのために

–それでは、Tsukuba Vineyard でのワインづくりについてお聞かせください。

今はどのようなワインをつくっているのですか。

高橋さん:

誰に聞いてもワインづくりの基本は、ブドウづくりだと言います。私のワインづくりの哲学もそこにあります。

できるだけ良いブドウになるように、栽培方法を工夫し、ワインをつくるために一番いい時期に収穫をする。それがすべてです。

選果と言って、虫や病気がついたブドウを一粒一粒ハサミで落とす地道な作業を繰り返しながら、いい状態にし、ワインを仕込みます。

どの品種がつくばの土地に合うかわからなかったので、自分で飲んだワインの中で、美味しいと思った品種の苗木を購入して植えるところから始めました。

現在は、Tsukuba Vineyardの代表的なブドウ品種として、品質の高いワインができる、日本で作出された「小公子」という黒ブドウ種を主に栽培しています。

白ワイン用では、「プティ・マンサン」が代表的なブドウです。南フランス原産の白ブドウで、とても良いワインになります。

この2品種は、つくばの地に合い、比較的病気にも強いようです。

収穫時期が小公子は8月上旬、プティ・マンサンは9月下旬で、作業が重ならないので助かっています。

ワインの仕込みはとても単純で、潰して酵母と合わせて発酵させる。糖度を計測しながらワインになるのを待ち、おりが沈殿するまで数か月置いて瓶詰めします。ワインを置いてお

くことを貯酒といいます。これがうまくいかないとワイン本来の味にならず、良くない癖が出てしまいますので、この管理も重要です。

このように、いくつかの品種のブドウを栽培し、赤・白・ロゼ・スパークリングワインを醸造しています。

–御社の社員は高橋さんだけとうかがいしましたが、畑や醸造の作業はどうしているのでしょうか。

高橋さん:

作業は、家族、友人、地域の方など多くの人が、ボランティアで手伝ってくれています。

今はブドウの収穫や醸造の繁忙期なので、朝6時から手伝いに来てくれる方もいます。

ボランティアの方々は、ブドウ栽培やワイン醸造に興味のある方が多く、機会があるごとに手伝ってくれます。

自分でワイナリーを立ち上げることはなかなか難しいと思うので、それぞれの夢をTsukuba Vineyardに重ねて手伝いに来てくれているのではないかと思っています。

週に5日来られる方もいて、ワインの醸造に関しての知識を持っているし、非常に研究熱心な方が多いんです。

私は、草を刈るところから手伝ってくれる皆さんを、非常に尊いと思っています。賃金を払っているわけでなく、お互いの信頼関係と一緒に作業する楽しさを共有するのがすべてですが、私も皆さんと接することでリフレッシュできますし、とても感謝しています。

また、つくば市の農業政策課が主催している「オーナー制度」にも参加しています。

会費を払い、野菜や果物、はちみつなどのオーナーになるのが一般的ですが、弊社ではブドウ栽培や醸造を一緒に体験でき、自分が手掛けたブドウがボトルに詰められ、手に入るというものです。

自分達の思いが込められた、他では手に入らない価値を求めて皆さん参加されているように思います。

栗原の地がワインの名産地になることを夢見て

–ブドウ栽培や、ワイナリー経営での課題や問題点などはありますか。

高橋さん:

ブドウの栽培ですと、やはり気候の変化が大きな問題です。近年では高温化と雨が多いことに悩まされていますね。

露地栽培ですので、雨よけがないため、病気にかかりやすくなりますから、予防と治療が欠かせません。

販売で言いますと、今まで経験がないので、ものを売ることの難しさは感じています。

まずはTsukuba Vineyardという名前を覚えてもらうこと。そのために地元のマルシェにあちこち参加して、無料で試飲をしてもらいました。

「つくばでブドウができ、ワインがつくられている」ということを知ってもらうことからスタートしましたが、現在はだいぶ認知されるようになり、手ごたえを感じています。

また、日本におけるワイナリーの競争がこれからもっと厳しくなっていくのではないかと考えています。

現在、日本全国でワイナリーの数は非常に増えています。その分、品質が維持できずに淘汰されるワイナリーも多く出てくると思います。

国内だけでなく、フランスのボルドーやブルゴーニュといった有名な産地からも、日本でのワインづくりを目指す人たちが来ています。日本の高温多湿の気候に合うような高耐病性のブドウの品種を開発し、日本国内でのワインづくりに取り組んでいるんです。また、ヨーロッパのワインの産地でも温暖化の影響が大きく、冷涼な土地を求めて、北海道などに海外からのワイナリーが建設されているようです。

私は日本のワインの大きな特徴は酸にあると思います。ワインにとって酸は非常に重要で、切れのいい酸や、穏やかな酸などが海外のワインと大きく違う良さだと思います。

「甲州」という古くからある日本のブドウの品種がドイツに輸出され、栽培されています。

このように、海外からも日本のブドウやワインの良さが認められるようになりつつあるのは喜ばしいのですが、国内外での競争がますます激しくなる中での生き残りは、大変になるでしょう。今後、日本のワイナリーもますます海外へ進出していくべきだと考えています。

–では最後に、今後どのように事業を展開していきたいか、展望をお聞かせください。

高橋さん:

「いいブドウをしっかり選果し、 いい状態にしてワインにする」というワインづくりの哲学はしっかり守っていきます。

そのうえで、競争が激化していく中で差別化を図るために、スパークリングワインに力を入れたいと思っています。

弊社が栽培している「プティ・マンサン」は、今まであまり顧みられることのない品種でしたが、最近は品質の高さに皆が注目し始めています。そこで他と違う特徴を持った商品が必要だと考え、2022年に収穫したプティ・マンサンでシャンパーニュと同じ製法の瓶内二次発酵のスパークリングワイン「栗原の白布」を2024年にはじめてリリースしました。

《スパークリングワイン「栗原の白布」》

それから、いずれはワインの蒸留酒のグラッパもつくってみたいですね。

そして、Tsukuba Vineyardだけが有名になるのではなく、つくばの栗原の地が、ワインが作られる産地として認識されるようになることは非常に重要だと考えています。

つくばの栗原でワインをつくりたいと考えている方々には、出来るだけアドバイスとサポートをしたいと思います。

この地がいつか、見渡す限りのブドウ畑になる日が来ることが今の夢ですね。

–私も筑波山と広がるワイン畑の風景を見てみたいです。本日は貴重なお話をありがとうございました。

関連サイト

Tsukuba Vineyard栗原醸造所公式サイト:https://tsukuba-vineyard.sakura.ne.jp/blog/