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渡辺 雅司
株式会社船橋屋 代表取締役社長
1964年 東京生まれ
1986年 立教大学経済学部卒業
旧三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行
企業融資や債券トレーダーなどの業務に従事
1993年 株式会社船橋屋に入社
2008年 株式会社船橋屋の8代目として代表取締役に就任
以後、数多くの経営改革を断行し、人財採用・教育に注力
くず餅の発酵過程で見つかった乳酸菌をもとに医療機関向けサプリメントの開発、
ホテルニューオータニとのコラボ商品開発などのイノベーション事業などもスタート
・座右の銘:当社の看板文字を揮毫した吉川英治の言葉「われ以外皆わが師」
・著書:『Being Management リーダーをやめると、うまくいく。』(PHP研究所)
くず餅の船橋屋、あんみつの船橋屋から、イノベーティブな事業へも挑戦
–今日は『船橋屋』8代目社長の渡辺 雅司さんにお話を伺います。元銀行マン、伝統を守りながらも、革新にも挑み続ける、8代目。『FBGs』や『くず餅Re BIRTH宣言』など独自のビジョンを掲げ、進化し続ける船橋屋さんの未来像などお聞かせいただければ、と思っております。
よろしくお願いいたします!
まず、船橋屋さんといえば…、江戸時代に創業された『くず餅・あんみつ』の老舗店。そんな事業展開だけをイメージされる方もいらっしゃるかと思いますが、8代目社長になられてからは、伝統と革新の狭間で、老舗企業でありながら、非常にイノベーティブなチャレンジングをされて来られたとお聞きしています。
そのあたりからお話いただけますか?
渡辺さん:
ではまず、新規事業のところでお話しますと、くず餅の発酵過程で見つかった乳酸菌をもとにした生成物質からサプリメントや化粧水を開発して、新しいブランド展開をスタートしています。また、ホテル ニューオータニとのコラボ商品開発などのジョイントベンチャー、あとは、千葉の山の中にある遊休地を使って5年前から太陽光発電事業もやっています。
だから、最近は、よく「あんたのところ、くず餅屋だろ⁉」とか、言われるんですけど…「いやいや、発酵の力で日本が元気になるように、いろいろ新しいことにも取り組んでいます」とお応えしています(笑)
FBGsを掲げ目指すゴールに向かったら社員の意識改革にも繋がった
—SDGsを船橋屋さん流にアレンジした『FBGs(FunaBashiya Goals)』なども、とってもユニークな取り組みでしたよね?
渡辺さん:
そうですね。『SDGs』は、やっと日本でも浸透されるようになってきましたが、我々は2018年の頭ぐらいから、どのような対応をしていくべきか、ずっと考えていたんですよ。
行き着いたところは、結局、江戸時代からやっている我々のような企業は『そもそもがサスティナブルなんだ』ということでした。で、そのやってきたことをベースとして、中期経営計画のなかに『FBGs』として3年後の目標を設定したんです。船橋屋が目指す6つの戦略=ゴールを設定して、独自のアイコン=戦術も書いて、ビジュアル化して…、『くず餅Re BIRTH宣言』※としました。
「真善美」と聞かれたことがあると思いますが、真であり善であり美しい、真善美。日本の心ですよね。真というのは真である、嘘ではない、その会社のビジョン。それが、善であり世の中のためになっているかどうか、美しくビジュアル化して浸透できるかどうか。SDGsのデザインには真善美の美が、盛り込まれていると思いましたから、我々の中期計画もそれにならって2018年の夏には、完成させました。その結果、ビジョンや中期経営計画を明確に伝えられただけでなく、従業員の意識改革にも繋がったんですよ。
船橋屋の掲げるSDGsの根底には、江戸の商人の考え方『三方よし』がある
–いや、ほんと、素晴らしいです!しっかり時代にマッチ、いえ、先の先を行かれていて…。
渡辺さん:
ありがとうございます。SDGsもそうですけどサスティナブルの基本にあるものって、やっぱり江戸の商人の考え方『三方よし』に戻ると思っているんです。売り手もよくて、買い手もよくて、世間にもいい。
この『三方よし』を伝えるなかで、いちばん大切なのが『先義後利』なんですね。先に義をもって、のちに利がついてくるっていう…。やっぱり、利がついてこなければ商売ではないですよね。だから、当然SDGsといえども、大赤字を出してまでやるものではない。
その理念をお客さんにも認めていただいて、それでも、「船橋屋って良い会社だな」って思ってもらえるような仕組みを創っていくのが我々の掲げるSDGsの本質だと思っています。
新しい組織創りで大切にしたのは、共感できる志と最低限のルールだけ
–すごい参考になりました。『Being Management』※には、ユニークな戦略が満載でとても勉強になりました。その仕組みのところで、少し組織づくりに寄ってお話をお聞きかせください。
渡辺さん:
江戸古来からの伝統は守り続けなければなりませんが、会社のマネジメントは、時代、時代に合わせて変わらなければなりません。
今は明らかに昭和と変わっていて、物事を上からの一方向の指示で決めるピラミッド型は、成り立ちづらくなっています。特にZ世代といわれている人たちは、誰かが傾けている情熱を見てパッションを感じてはじめて、自分のやりたいことに没頭するような世代じゃないですか。情熱を見て情熱を傾けるというか…。だから、その人たちを鼓舞するには、『最低限のルールを決めてフラット化するのがいちばん』と思ったんですね。
真ん中には会社の価値観とか理念とかビジョンとか、共感できる志を込めて、現場にはいろんなシステムを取り入れて、下が全く硬直しない組織創りを目指しました。そんな想いの中で働けば、自分のモチベーションも上がって、お給料も上がる。そんな組織であれば、だれもが働きたいと思うので…。
細かなところにもリサイクルや環境問題を意識し、SDGsの目標にコミット
–FBGsは、その取り組みの代表でもあるわけですね。SDGsを意識した事業アイディアも色々とあるとお聞きしていますが、今、具体化されていることをいくつか教えてください。
渡辺さん:
資材のところでお話しますと、包装に使われているビニールをバイオマスに変えたりとか、スプーンをプラスチックから木に変えたりとか…、細かいところは徐々にしています。あんみつのカップも、いろんな新しい素材から作れるものがあるので、今それも検討しているところです。
船橋屋のSDGsは、生産から廃棄まで全てにサスティナブル
–資材の他にも何かアイディアがあるようですね?
渡辺さん:
廃棄物処理についても、いろいろ研究中です。一つは、くず餅そのもの廃棄についてで、船橋屋ではくず餅を製造してから、2日で全部廃棄するんです。どんなに残っても廃棄する。鮮度も売り物ですから。でも、もったいないじゃないですか。なので、畜産農家と組んで、豚とか牛とか鶏に食べてもらう。そうすれば、くず餅は乳酸菌がいっぱいなので、動物の健康にも良く、質の良い精肉になるはず…、とか。くず餅を食べた豚の排泄物は乳酸菌でいっぱいになっているはずだから、『くず餅豚の肥料』といった形で還元させたらどうだろ…、とか。色々な角度から発想し、取組みをはじめています。
もう一つは、沖縄県の車麩メーカーと連携して、小麦デンプンを廃棄物とさせない、仕組みを整えたんです。沖縄には、車麩というお麩があるんですけど、その原材料はグルテンで副産物のデンプンは、かなりの量を破棄していたんですね。逆にくず餅に必要な材料はデンプンなので「それじゃ、もったいない!うちの方で使わせてください」とお願いをして、沖縄に工場を作って、沖縄で発酵させる取り組みをしました。
–SDGsについて本当に深い粘度で考えられていらっしゃって…、素晴らしいです!両者の廃棄物が無くなりフードレスキューとなる、これは、まさに目標12「つくる責任 つかう責任」を具現化したようなものですね。
渡辺さん:
ありがとうございます。これも、すでに2017年から始めています。船橋屋が考えるSDGsとは、小さな資材のことから生産、廃棄にまで関わる全てがサスティナブルな方向に、ということなのです。
–船橋屋さんの取り組みは、SDGsの目標にとてもコミットされていますよね。たとえば、太陽光発電事業は目標7、組織改革やマーケット拡大の部分では目標8を相当意識されている。
あとは、目標9に当たる、乳酸菌をもとにした商品開発やイノベーション事業もやってらっしゃる。目標12・13・14のリサイクルや環境の部分もかなり密接に取り組まれていらっしゃいますよね。
これだけでも、本当にすごいですが、この後の展望とか、サービスとか考えていらっしゃいますか?
世の中に潜在する問題を企業や団体とのマッチングで解決したい
渡辺さん:
はい、ありますよ。これは、私が所属し会長を務める東京東ロータリークラブでの、個人的なライフワークとしての活動になります。
そこでも、私は『サスティナブルな社会を見据えたワクワクできる活動をしよう』というビジョンを置いています。その一つとして埼玉にある学園の支援になるんですが…。
具体的には、そこで暮らす子どもたちと触れ合ったり、子どもたちにくず餅を食べてもらったりしているんですね。学園の子どもたちは、親と死別の子はほとんどいなくて、8割から9割が虐待されて入園している子どもたちで、その人数がどんどん増えているんですよ。その子どもたちは18歳になると支援もなくなるので就職しなくてはなりませんが、あまり良い就職先が見つからないとか、将来への不安もあるわけです。
今後の展開としては、そういう子どもたちとロータリークラブに所属している素晴らしい企業とのマッチングがしたい。ただ、このような活動は我社だけではできないですから、大きな団体も絡めていけたらと考えています。
–ありがとうございます。いろんな社会問題に対して様々な業界の方々とのパートナーシップで解決していかれたいという夢、SDGsの目標1や17の部分のところも重要視されているのですね。そして、今、日本における船橋屋さんの立ち位置は、相当大きなポジションになって来ていますね?
渡辺さん:
そうですね。
お客さんとも一緒に創る『共創ブランディング』が企業イメージを上げる
–では、最後に企業の経営者の方やそこで働く人たちなどに向けて、何かメッセージをいただけますか。
渡辺さん:
SDGsの意識を離れてでも、今は、どうやって自分のところをアピールすれば良いかとか、製品をどうやって売ったら良いかとか、悩まれている企業は多いと思うんですよ。「宣伝を打って何でもいいから売っちゃえ」という昭和からのピラミッド型のやり方は、組織創りや人材教育と一緒で全く通用しなくなってきています。そもそも、社外に対するアピールだけをやっている企業はたくさんあるんですが、それらも全部駄目なんですよ。
じゃあ何が良いかといったら、我々は『共創ブランディング』と呼んでいまして、共に創るブランディングになります。お客さんにも、一緒に会社のイメージを創ってもらうといった感じでしょうか。一昔前までは、自分の会社のストーリーをアピールして分かってもらう、ストーリー戦略がありましたが、今はもうそれじゃあ駄目。企業が一方的に何かを発信するだけでは、もう駄目なんですね。
では、どうすれば良いかといえば、その発信したものに、お客さんからワイワイやって来てくれるような仕組み創り、ナラティブマーケティングをしなければなりません。共創ブランディング、ファンベースといったいわれ方もされますけど、そういうファンの一つひとつの声が「あの会社良いね」といった評価になるわけですよ。
これからの企業が大切にするべきことは共に創る世界の創出のしかた
その評価はどこでされるかといえば、我々の全ての立ち振る舞いなんですね。企業がブランドの何を見ているかという調査によると、Co-marketingとかじゃなくて『社員を一番見ている』という結果が出ていました。消費者は、そこにいる社員がどんな立ち振る舞いをしているかを見て、その企業のブランドを判断し、その結果を評価する。それなら企業は、まずインナーブランディングでワクワクした組織を創って、「お客さんと共にこんなことやってますよ、良くないですか?」といった、巻き込み型にしていくべきなんですよ。
ただ、いまだに「売れれば良い」とか「まずは利益を稼がなきゃ」といった考えの経営者が多すぎる。そういう人たちは、絶対SDGsは飯にならないと思っているんですよ。その一つひとつをお客さんは、あなた方が思っている以上に良く見てますよ!ということなんです。それを見透かされてしまうから、どんどん落ちてしまう。だから、これからの企業にはSDGsも含めて、『共に創る世界の創出をどんなふうにしていくか』を重要課題にしていただければと思ってます。
–今日は、本当にありがとうございました。