聴覚障害のある方は、グラスをテーブルに置くときにとても気を遣う、という話を聞きました。置くときのコツンという音が聞こえないために加減が分からず、割ってしまうこともあるそうです。
また、耳が不自由なことは外見からは分かりにくく、困っていても周囲の方に気付かれずに助けをすぐに得られない、とも聞きました。
必要以上に恐れることはありませんが、正しい理解と対応をしないと、そのような聴覚障害の元をつくりかねません。
聴覚障害や支援について詳しく解説していきますので、参考にしていただければ幸いです。
聴覚障害とは
聴覚障害とは、聴感覚に何らかの障害があり、全く聞こえないかほとんど聞こえなくなることをいいます。
視覚障害や肢体不自由など、他の障害に比べて周囲の人から分かりにくく「見えない障害」と言われています。それだけに、生活やコミュニケーションをとる上で難しさのある障害です。
参考:聴覚障害:文部科学省
聴覚障がい者の現状
聴覚障がい者の数は、昭和時代が終わる頃から少しずつ減ってきていましたが、令和4年度には増加しています。はっきりとした原因はわかっていないものの、コロナ感染とその後遺症の影響を指摘する医療関係機関もあります。
耳の働き
視覚障害の詳細に入る前に、耳の働きについて把握しておきましょう。
耳の働きは大きく分けて3つあります。
- 音を聞き取る
- 音の方向を感じる
- 平衡感覚を司る
1.音を聞き取る
音や言葉は目には見えませんが、振動として耳に入って鼓膜に伝わり、中に入って電気信号として脳に伝わります。
ここで押さえておかなくてはいけないのは、
- 振動は無意識でも耳に入っていること
- 音が聞こえることと言葉の理解は違う
ということです。無意識情報として耳にしている音が全く入って来なくなった時の不安は、とても大きなものでしょう。
また、初めて耳にする外国語が聞こえても理解できないように、言語に関する働きは脳の別の分野が担っています。集計結果などでは「聴覚・言語障害」とひとまとめにされることが多くなっていますが、聴覚障害は言語障害の原因にはなる場合はありるものの、<聴覚障害=言語障害>ではありません。
2.音の方向を感じる
目は2つあることで、奥行きを感じ取れます。それと同様に、耳も2つあることで方向をつかんでいます。さらに片耳より両耳で聞いた方が、音を大きく感じ取れたり、聞きたい音と雑音とを区別したりすることが分かっています。
つまり、片耳が聞こえない方は、方向性や音の識別でも不便さを感じていることになります。
3.平衡感覚を司る
耳の内耳と呼ばれる機関内の各部分は、平衡感覚器のセンサーとしての働きを持っています。
加齢により体制感覚が鈍くなったり、脳機能の衰えによってセンサーの機能が落ちたりすると、聴力も低下します。聴覚障がい者の数は、他の障害と比べても70歳を越えると急増しています。近年は、認知症との関連についても研究が進んでいます。
参考:「耳は悩んでいる」小島博己(岩波新書)
次の章では、聴覚障害の種類と症状について確認していきます。
聴覚障害の種類と症状
聴覚障害は人によって様々な症状があり、条件や観点の儲け方によって分類の仕方が異なります。
どこに障害があるかによる分類
故障が耳のどの位置にあるかで、3種類に分けられます。
種 類 | 障害のある場所 | 症 状 |
伝音難聴 | 耳の入り口から中耳まで | 耳栓をしているような状態。耳鼻科治療で改善するものも多い。 |
感音難聴 | 内耳から脳に届くまで | 音が小さく聞こえるだけでなく、濁って判別しにくくなる。治療は難しい。 |
混合難聴 | 伝音難聴と感音難聴をあわせもつ |
聞こえなくなった時期による分類
また、聞こえなくなった時期によっても3つのタイプに分けられます。
種 類 | 特 徴 | |
先天性難聴 | 生まれつき。耳からの情報入手が難しい。 | |
後天性難聴 | 中途失聴 | 話すことはできるが、話を聞くことが難しい。 |
加齢性難聴 | 感音性難聴の場合がほとんど。 |
聞こえの程度による分類
そして、聞こえの程度によって4つの段階に分類されます。これは日本聴覚医学会による分類で、障がい者として福祉サービスを受ける際に反映されます。
種 類 | 程 度 | 症 状 |
軽度難聴 | 平均聴力レベル 25 db 以上 40 db 未満 | 小さな声が聞き取りにくい |
中等度難聴 | 平均聴力レベル 40 db 以上 70 db 未満 | 普通の会話が聞き取りにくい |
高度難聴 | 平均聴力レベル 70 db 以上 90 db 未満 | 普通の会話が聞き取れない |
重度難聴 | 平均聴力レベル 90 db 以上 | 耳元で話した声が聞き取れない |
目安は下記の通り。
障害の程度や状態によって様々な聞こえづらさがあります。また、体調や環境にも左右されますし、生活上の不自由さも障がいのある方それぞれです。
聴覚障害に陥る原因
ここからは、聴覚障害に陥る原因について見ていきましょう。
厚生労働省の行った「障害の種類別にみた原因別状況」から「聴覚・言語障害」の項目を取り上げて、全体と比べます。
単位:% 「不明・不詳」を入れて100%
事故 | 疾病 | 出生時損傷 | 加齢 | その他 | |
全 体 | 17.0 | 23.4 | 4.5 | 4.7 | 10.8 |
聴覚・言語障害 | 10.1 | 16.5 | 6.9 | 7.8 | 13.0 |
最も多い聴覚障害の原因は疾病であることがわかります。
原因となる疾病
ここでは疾病についてお話しします。外耳の疾病については治療で改善する場合が多いので、障害に結びついてしまう中耳や内耳の疾病の代表的なものについてまとめました。
疾患の部位 | 疾患名 | 症 状 |
中耳の疾患 | 滲出性中耳炎 | 中耳腔に液体が溜まる病気。子どもの難聴の原因として1番多い。 |
好酸球性中耳炎 | 中耳腔ににかわ状の液体が溜まる病気 | |
真珠腫性中耳炎 | 鼓膜の一部が中耳側に入り込み、真珠腫という塊を作ってしまう病気。真珠腫は周囲の骨を壊す。 | |
内耳の疾患 | 突発性難聴 | 突然片耳が聞こえなくなる病気。原因は不明。 |
メニエール病 | めまいや耳鳴り、耳閉感などを繰り返す。女性に多い。原因はハッキリしていない。 | |
その他(その奥) | 耳管の異常 | 耳管が狭くなったり、うまく閉じられなくなったりする症状。気圧の調整ができなくなり、自分の声がくぐもったり、大きく響いたりする。 |
一口に中耳炎と言っても、軽度から深刻なものまであります。疾病以外にも、大きな音を聞いた後に難聴症状になる音響外傷、日常一定の大きさの音を聞き続けることによる騒音性難聴もあります。
気になる治療法については、後の治療法の章で解説します。
聴覚障害のある人の生活
音が全く、あるいはほとんど耳に入ってこないということは、生活にどのように影響してくるでしょうか。障害のある方の側に立って考え、人生のステージ別に整理していきます。
「障害のある当事者からのメッセージ」によると、当事者が周囲の方に知ってほしい困難さは、
- コミュニケーションが困難
- アナウンスなどの音情報が役に立たない
- 手話ができなかったり、補聴器が役に立たなかったりする障がい者もいる
などの点で、いずれも回答者の80%を越える割合で寄せられています。具体的な場面を考えてみます。
出生~幼少期に困ること:偶発的学習が成立しにくい
人間は生まれてから、親を始め周囲の人が話しかけることによって、それを聞き、真似ながら言葉を学習していきます。自分から意識的に学習しなくても、無意識的に音の情報を耳から入手しているのです。母国語はほとんどの場合、そのように習得していきます。成長してからも、CMや音楽、人の話などから情報を自然に蓄積していきます。
その中で、難聴のためにそのような偶発的学習が成立しにくいのが聴覚障害です。
また、聴覚障害の両親を持つCODA ※ の子ども達もいます。訓練や環境への配慮などの支援が必要です。
学童・学生期の工夫と配慮:音を振動として捉える
朝の起床のためのアラーム、ダンスの授業などの場面では、音を振動で捉えなくてはなりません。ヘレン・ケラーがピアノの弦に触れて音を感じたように、ビートをつかむことで音楽を楽しんでいる生徒もいます。視覚が健常であれば、画像や字幕からの情報と合わせて学習を進めます。
しかしリスニングの学習は、ビートを捉えれば楽しめる音楽と違って内容を理解することは困難です。そのため、試験では筆記試験の結果重視などの配慮がなされています。
運転免許は?
聴覚障害があっても、補聴器を使って10mの距離で90dbの警報機の音が聞こえれば、運転免許を取ることができます。緊急車両のサイレンや周囲の車のクラクションが聞こえない場合は、後方確認用ミラーをつける必要があります。聴覚障害者標識(上の画像)を表示することも条件となっています。
就労後の困る事:通勤と会議
公共交通機関を利用しての通勤は、不安がたくさんあります。車内アナウンスや発車のベルは聞こえず、とても危険です。聴覚障害のある方にとって、目に見える表示が安心に繋がっています。
オンライン会議は、画面に多くの人が映り、口元が小さくなって読話は困難です。筆談やメールでの意思疎通が有効です。
出産は?
出産は医師や助産師の助けで乗り越えられても、乳児の世話は健常者でも大変です。聴覚障害の産婦さんは、赤ちゃんの泣き声が聞こえないので、夜安心して眠ることができなかったり、赤ちゃんから目が話せなかったりすることが多くなってしまいます。
モニターカメラを利用している方もいますが、家族や周囲の支援が不可欠です。
ここまでまとめてくると、聴覚障害の治療・支援が不可欠であることが感じていただけるのではないでしょうか。
次からは、聴覚障害を防ぐための治療法、障害を持ってしまった場合の支援について、解説していきます。
聴覚障害の治療法は?
個人差の大きな聴覚障害の治療は、どの部位にどのような症状が現れているかを正確につかむことから始まります。その場合、専門医である眼科医の診察を受ける必要があります。眼科医の行う代表的な治療をまとめていきます。
問診と検査
問診も検査も難聴診断に限った事ではありませんが、滲出性か乾燥性かといった患者の体質や、他の病気が原因となっていないかなど生活に帰する疾患の可能性もあるので、そこからスタートします。
広く行われている耳鼻科の検査には、次のようなものがあります。
検査名 | 検査方法 |
標準純音聴力検査 | オージオメーター(下画像左)を使って聞き取れる音のレベルを調べる。学校や各医療施設でも使われる。 |
画像検査 | CTやMRTで撮れた画像を解析する。 |
ティンパノメトリー | 耳にかかる気圧を調整しながら鼓膜のひびきを調べる(下画像右) |
検査後の治療法
検査の結果に基づいて、一般的には
- 内服や点眼による薬物治療
- 補聴器などの器具装着
- 手術治療
が行われます。どの治療法が良いかは、担当医が当事者の疾病の度合いや生活を考慮して選択し進めていきます。
先天性や加齢性難聴の場合は、根本的な治療は現在のところ見つかっていません。症状が進まないように補聴器の使用が推奨されています。
聴覚障害に関する支援
聴覚障害のある当事者からは求められている支援は、「視覚を通じたより有効な情報伝達の方法」と「コミュニケーションが取りにくい事への理解とサポート」です。そのようなニーズに現在どのように応えられているか検証していきましょう。
マークを知ろう
各省庁・自治体・関連団体が、次のような聴覚障がい者のためのマークを作成しています。
マーク | 意 味 | 管 轄 |
聴覚障がい者であることを表すと同時に、その方への配慮を表すマーク。窓口等に掲示されている場合は、聴覚障害者へ配慮した対応ができることを表す。 | 一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 | |
補聴器や人工内耳に内蔵されているTコイルを使って利用できる施設・機器であることを表示するマーク。 | ||
「手話言語で対応をお願いします」の意味、窓口等が提示している場合は「手話言語で対応します」等の意味。 | 一般財団法人全日本ろうあ連盟 | |
「筆談で対応をお願いします」の意味、窓口等が掲示している場合は「筆談で対応します」等の意味。 | ||
聴覚障がい者が運転する際は、表示する義務がある。このマークを付けた車に幅寄せや割り込みを行った運転者は、道路交通法の規定により罰せられる。 | 警察庁交通局交通企画課 | |
身体障害者補助犬法の啓発のためのマーク。公共の施設や交通機関はもちろん、デパートやスーパー、ホテル、レストランなどの民間施設は、身体障害のある人が身体障害者補助犬を同伴するのを受け入れる義務がある。聴覚障がい者が伴う聴導犬も対象。 | 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課自立支援振興室 |
法的支援制度
日本には、障害者基本法を根幹に障がい者を支援する法律とそれに基づく諸制度があります。中心となっているのは次の3つです。
- 障害者総合支援法:障がい者が地域で安心して暮らすための法。福祉サービス実施の基準。
- 障害者雇用促進法:障がい者の雇用の安定を図るための法。
- 障害者差別解消法:障がい者に対する差別を解消するための法。
特に3つ目の障害者差別解消法は、正式には「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」といい、2021(令和3)年の改正で「合理的配慮」「建設的対話」が強く打ち出されています。
内閣府障害者施策担当がまとめた、障害者差別解消法【合理的配慮の提供等事例集】の中にある聴覚障がい者に関する事例では、電話のみでの対応やタッチパンネルの操作が不可能であることの相談事例が多くありました。その場合、担当者が訪問して筆談したり、文書で回答したり、本人の承諾を得て(建設的対話に当たる)代理でパネル操作を行ったりする「合理的配慮」を行ったということです。
詳しくは
聴覚障害のある人に対して私たちができること
ここからは、私たちが日常でできるサポートについてみていきましょう。
➀正しく理解
ここまで読んでいただいて、「見えない障害」と言われるだけに、私たちも知らなかった症状やその原因、支援のためのマークや法令などがあったのではないでしょうか。
まずは聴覚障害について正しく理解しましょう。概要がつかめたら、身近な聴覚障がい者の実態を知り、どのような支援が有効なのか考えてみましょう。
➁声かけ:ゆっくり、一人ずつ、顔を見て
戸惑っているような聴覚障害の方には、進んで声をかけましょう。その際には、少し話し方に配慮が必要です。
聴覚障害の方には、早口、複数、表情が見えないなどのコミュニケーションはよく通じなかったり、間違った解釈になってしまう恐れがあったりします。
ゆっくりと、雑音のないところで1対1で、口の動きが見えると同時に表情で気持を補足できるよう顔を見て声かけをしましょう。手話ができなくても普段のジェスチャーで通じることがたくさんあります。
③コミュニケーション:相手の希望を聞いて
サポートを申し出るときは、相手の希望に沿ったコミュニケーション方法をとりましょう。
- 筆談を頼まれる。
- ゆっくり話してもらえれば読唇できる。
- 片耳難聴なので、反対側から話してほしい。
- もう一度言ってほしい。
など希望を示されたら、できるだけそれに合わせた対応を心がけましょう。
参考:聴覚障害のある方と出会ったら・・・ | 羽村市公式サイト
聴覚障害とSDGs
最後に聴覚障害とSDGsとの関わりを確認していきます。
SDGs目標の理念「誰も取り残されない」の「誰も」、そして多くの目標のターゲットにある「すべての人」には、もちろん聴覚障がい者も含まれます。17ある目標の中で特に聴覚障害と関連が深いのは、目標10「人や国の不平等をなくそう」です。
SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」との関わり
聴覚障害について理解し、適切なサポートをすることは、この目標のターゲットである
- すべての人に社会参画できる力を与える(10.2)
- 差別的な法律や政策、慣行を撤廃し、機会均等を確実にし、結果の不平等を減らす(10.3)
の達成に大きく貢献します。
さらに各アクションが他の目標の達成にも貢献しています。
- 当事者の希望に沿ったサポート⇒目標3「すべての人に健康と福祉を」
- 障害者雇用促進法の実施⇒目標8「働きがいも経済成長も」
- マークや声かけが有効に作用している町⇒目標11「住み続けられるまちづくりを」
まとめ
本記事では、聴覚障害について種類や症状と治療法、国や団体、そして個人ができる支援や対応の際のポイントを解説しました。
聴覚障害のある方への支援がいくつものSDGs目標に関わっていることからも、障がい者への支援を厚くすることが大切だと分かります。障害とはならないまでも、人はそれぞれ生きづらさを抱えていますし、健常者も中途失聴者になる場合もあります。聴覚障害のある方が暮らしやすい社会をめざすことは、みんなが暮らしやすい社会を目指すことです。そんな社会をつくっていくことが重要なのではないでしょうか。
<参考資料・文献>
聴覚障害:文部科学省
令和4年生活のしづらさなどに関する調査 (全国在宅障害児・者等実態調査)結果の概要
身体障害者の年齢階級別状況
先天性難聴 (せんてんせいなんちょう)とは
難聴対策委員会報告 ‐難聴(聴覚障害)の程度分類について
計装豆知識|デシベルについて
身体障害者実態調査結果の概要
【難聴】耳が聞こえなくなる病気|大阪の森口耳鼻咽喉科
聴覚に障害のある方の運転免許取得(警察庁)
サンワオージオメータ 株式会社三和製作所
ティンパノメトリー | 亀田グループサイト
障害者に関係するマークの一例 – 内閣府
障害者差別解消法 【合理的配慮の提供等事例集】
障害者総合支援法
障害者雇用促進法
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律
聴覚障害のある方と出会ったら・・・ | 羽村市公式サイト
耳は悩んでいる:小島博己(岩波新書)
聞こえているのに聞き取れない:平野浩二(あさ出版)
耳の不自由な人をよく知る本:大沼直紀(合同出版)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)