寒い冬の日、身を縮めながら家路に向かう人の中には、帰宅後の入浴を楽しみにしている人も多いと思います。
しかし、気を付けて入浴しないと、楽しみのはずの入浴が一転して自分の身を危険にさらす行為になってしまいます。冬のお風呂場で私たちに襲い掛かる脅威がヒートショックです。
ヒートショックは、めまいやたちくらみだけではなく、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしたり、意識を失わせて湯船で溺れさせたりする原因となります。今回は、ヒートショックの原因やなりやすい人、対策についてわかりやすく解説します。
目次
ヒートショックとは
ヒートショックとは、急激な温度の変化によって血圧が大きく変動するなど、体に大きな負荷がかかることで発生する症状のことです。外気温と室温の差が極端に大きくなる12月から1月の寒冷期に発生しやすくなっています。*1)
実際、冬の間、入浴中におぼれたとして高齢者が救急搬送される件数が増加します。
【高齢者の溺れる事故、月別救急搬送人員(東京消防庁管内)】
後ほど詳しく説明しますが、ヒートショックの状態になると、めまいやたちくらみ、意識障害、激しい胸の痛みや頭痛などの症状を引き起こし、場合によっては死に至ります。
また、入浴中に意識障害の状態になってしまうと、水の中に顔が沈んでしまい溺れてしまうこともあります。血圧が不安定な人や風呂場でたちくらみを起こしたことがある人、めまいを起こしたことがある人などは注意が必要です。*2)
日本国内の現状
ヒートショックが死因となっている人の正確な数は不明です。しかし、厚生労働省が出している「人口動態調査」を見ると、ある程度の推測が可能です。
【不慮の溺死・溺水による死者数】
「人口動態調査」によれば、65歳以上の死因の約80%が浴槽での事故で、自宅内に限れば約90%に及びます。この人たちの少なくない人数がヒートショックによる急死と推定されています。
少し古いデータですが、2013年に東京都健康長寿医療センターが発表した「冬場の住居内の温度管理と健康について」によれば、入浴中の溺死者の数や東日本膳消防本部の81%から得た調査協力データなどから、2011年のヒートショック関連死者数を約17,000人と推計しています。*5)
高齢者中心とはいえ、ヒートショックは私たちの身近に潜むリスクであることがわかります。
ヒートショックの症状
ヒートショックが血圧の急上昇・急低下によって引き起こされる諸症状であることや、意識障害を引き起こす恐ろしいものであることがわかりました。ここからは、ヒートショックの症状を軽度と重度に分けて解説します。
軽度の症状
軽度の症状としては、めまいやたちくらみがあります。めまいやたちくらみの原因は様々ありますが、血圧低下もその一つです。入浴中、浴槽に入っている体は周囲のお湯の水圧で押されている状態です。その状態から立ち上がると、水圧がなくなり血管が広がります。
血管が広がると血圧が低下するため、心臓から脳に送られる血液量が減少し、めまいやたちくらみを引き起こします。*6)
重度の症状
ヒートショックは重篤な症状を引き起こすことがあります。激しい頭痛や吐き気・嘔吐、激しい胸の痛み、ろれつが回らない、手足に力が入らない、一部のマヒといった症状が出ることがあります。*7)他にも、短時間、意識が消失する失神を引き起こすこともあります。*6)
加えて、ヒートショックは上記の症状以外の症状・疾患の原因ともなります。
- 心筋梗塞
- 不整脈
- 脳梗塞
*6)
心筋梗塞の症状は、突然、締め付けられるような強い胸の痛みに襲われる、または胸部が圧迫されるといったものです。狭心症と似ていますが、症状が安静にしていてもおさまりません。このような症状が続いたら、すぐに救急搬送しなければなりません。*8)
不整脈は脈が速く打ったり、ゆっくり打ったり、不規則に打ったりする状態のことです。*9)ヒートショックでも不整脈が起きることがあります。
脳梗塞とは、何らかの原因で脳の動脈がふさがってしまい、血液が行き届かなくなって、脳が壊死してしまう病気です。*10)脳梗塞が発症すると、ろれつが回らない、言葉が出ない、視野が欠ける、めまい、意識障害などの症状が出ます。
ヒートショックの症状は軽いものから命に関わるものまで様々です。入浴中に症状が発生し、すぐに回復しないようであれば、救急車を呼んだほうがよいでしょう。救急車を呼ぶかどうか迷ったら救急安心センター事業#7119に相談しましょう。
ヒートショックの原因
ヒートショックの原因は急激な温度変化です。冬の入浴時にヒートショックが多発するのも、気温差が大きい場所を短時間のうちに移動することが原因です。また、ヒートショックの原因には気候や住宅の構造が関わっていることがわかりました。
ここでは、ヒートショックの根本的な原因と住宅構造について解説します。
温度変化による血圧の急変動が原因
ヒートショックは、温暖な場所と寒冷な場所を行き来する際におきる血圧の変化が原因で起きる症状です。*1)入浴を例に、ヒートショックの仕組みを見てみましょう。
【ヒートショックの仕組み】
部屋の中で過ごしているときは血圧が安定しています。しかし、寒い脱衣所で着替える際に、血管が縮んで血圧が上昇します。洗い場で体を洗っているときもまだ冷えているため、血圧がさらに上昇します。
そして、湯船に入ると体温が一気に上昇するため、血管が広がって血圧が低下してしまいます。血圧が急上昇した後に急低下するため、一時的に脳内の血液が不足する状態となり、一過性の意識障害を引き起こしてしまうのです。*2)
住宅構造もヒートショックの原因
日本でヒートショックが多くみられる理由の一つに、住宅の断熱性の低さがあります。
【外皮平均熱貫流率(住宅)】
これを見ると、札幌や旭川などの寒冷地の外皮平均熱貫流率は海外とさほど違いがありません。しかし、東北や関東・九州の数値は海外諸国よりもかなり低くなっています。
つまり、日本の住宅は海外に比べて住宅内の熱が逃げやすく、暖房施設のない部屋とある部屋の温度差が大きい住宅だといえます。浴室やトイレに暖房設備がない古い住宅の場合、部屋の温度と浴室・トイレの温度差が大きくなり、ヒートショックを引き起こしやすいのです。
ヒートショックになりやすい人の特徴
ヒートショックが急激な温度変化によって引き起こされることや、温度差が大きい住宅ほどヒートショックになる確率が上がることがわかりました。次に、ヒートショックになりやすい人に焦点を当てて見ていきましょう。
高齢者や血圧が高い人
高齢者や血圧が高い人は血圧の変動が大きいため、ヒートショックのリスクが高いとされています。高齢者の血圧が上がりやすい理由として、普段から血圧の高い人が多いことや、薬の副作用で低血圧になる人がいることがあげられます。*13)
また、高齢者は温度変化に気づきにくいという特徴を持っています。実際よりも暑さや寒さを感じにくいため、身体的な感覚では大丈夫でも、ヒートショック状態になっていることもあり得るのです。*14)
生活習慣病を患っている人
生活習慣病も、ヒートショックの要因と考えられます。生活習慣病とは、生活習慣が原因で引き起こされる疾患の総称です。動脈硬化症や糖尿病、高血圧症、脂質異常症などは生活習慣によって引き起こされる生活習慣病です。*15)
生活習慣病の中でも、糖尿病や脂質異常症の人はヒートショックになりやすい傾向がみられます。動脈硬化が進んでいる人は血管が硬くなっていることが多く、血圧変化の影響を受けやすい状態であるため、ヒートショックになりやすくなっています。*6)
また、生活習慣病が原因で心疾患を抱えている人は、血圧の急変により心筋梗塞や脳卒中を引き起こす可能性があるのでさらに注意が必要です。*6)
熱い風呂が好きな人
熱い風呂を好む人もヒートショックのリスクが高い人です。脱衣所や洗い場の温度が低く、お湯の温度が高いというのはヒートショックを最も引き起こしやすい状態です。一番風呂のように、熱くなりがちな風呂は、十分注意して入浴しなければなりません。
飲酒後に入浴する人や水分補給をあまりしない人
お酒を飲んだ人の入浴にもリスクがあります。これは、飲酒直後は血圧が低下しやすいためです。*16)また、水分不足時の入浴もハイリスクです。水分不足のとき、血管内の血流が減少し血圧が低下します。その結果、ヒートショックを引き起こしやすくなるのです。*17)
ヒートショックが起きた際の対処法
ヒートショックが発生したとき、どのように対処すればよいのでしょうか。自分で行う対処と他の人に対して行う対処の2つを紹介します。
自分で行う対処
軽度のヒートショック症状であるめまいやたちくらみを感じたら、次の2つの行動をとるとよいでしょう。
- 急に立ち上がらないで様子を見る
- 気を失う前にお湯を抜く
めまいやたちくらみを感じたとき、動揺して急に立ち上がるのは危険です。浴槽から急に出てしまうと、体にかかっていた水圧がなくなり、血管が一気に広がってしまいます。そうなると、脳に向かう血液の量が一時的に急減少するため、貧血を起こして倒れるリスクがあるからです。*6)
自宅のお風呂の場合、浴槽の栓を抜いてお湯を抜くのも効果的です。最も怖いのは意識を失って溺死してしまうことであるため、最大のリスクを取り除くのが最優先となります。意識が保てる状態となり、安全に動ける状態になってから移動しましょう。*6)
他の人への対処
もし、ヒートショックで倒れている人を見つけたらどうすればよいのでしょうか。以下の事柄を、順番で可能な限り実行しましょう。
- 浴槽の栓を抜く
- 大声で叫んで人を集める
- 倒れた人を浴槽から出す(出せなければ上半身が沈まないようにする)
- 救急車を呼ぶ
- 呼吸を確認し、ないときは人工呼吸などを行う
このとき、意識があってもろれつが回らない状態や体の一部が動かない状態、頭や胸に痛みがある状態の際は、迷わず救急車を呼びましょう。
ヒートショックにならないための対策
ヒートショックになるリスクを減らすには、どうすればよいのでしょうか。消費者庁のアドバイスをもとに、ヒートショックを予防するためのポイントをまとめます。
入浴前の注意点
入浴前の注意点は以下のとおりです。
- 脱衣所や浴室を暖める
- こまめに水分を補給する
- 食直後や飲酒後、服薬後の入浴を控える
- 入浴前に同居者に声をかける
ヒートショックの原因は、脱衣所や浴室の温度が低く、浴槽のお湯との温度差が大きくなるからです。暖房設備で脱衣所を暖めたり、浴槽の湯を十分かき混ぜて蒸気をたてたりなどの対策が有効です。同時に、湯につかる前に入念なかけ湯を行いましょう。
また、水分不足は低血圧の原因となるため、入浴前に水分を補給しましょう。食直後・飲酒後・服薬後に入浴すると低血圧の状態になりやすい傾向にあります。その場合は、入浴を控えましょう。家族と同居している場合は、入浴する旨を伝えると安心です。
入浴時の注意点
入浴時の注意点は以下のとおりです。
- お湯の温度を41度以下とする
- お湯につかる時間を10分以内にする
- 湯温や室温がわかるようにする
- 浴槽から急に立ち上がらないようにする
- 意識がもうろうとしたら、気を失う前に湯を抜く
お湯の温度が高いほど、脱衣所や浴室内の温度との差が大きくなり、ヒートショックのリスクが増加してしまうため、お湯を熱くしすぎないようにしましょう。長湯をすると血圧が低下しやすいため10分以内が望ましいといえます。
湯温や室温を把握するため、温度計などを設置するのも効果的です。また、浴槽から出るときに勢いよく出ないように注意することも大事です。これらのことをやっても、浴室内で意識がもうろうとしてきたら、気を失う前に湯を抜きましょう。
ヒートショックに関してよくある疑問
ここからはヒートショックに関するよくある質問に答えます。
若い人でもヒートショックが発生する?
発生します。
ヒートショックの発生確率が高いのは高齢者や生活習慣病を患っている人です。しかし、若くて健康だからといって、全く心配ないかというとそうではありません。
そもそも、ヒートショックは脱衣所や浴室の寒さとお湯の熱さの差によって引き起こされる血圧変動を原因とした症状です。その日の体調や飲酒、服薬といった条件によっては若い人でもヒートショックを引き起こす可能性があります。
実際、30代の男性が慰安旅行先でヒートショックとみられる症状で急死したケースがあります。*18)若いからといって過信するのは禁物です。
サウナが好きだと危ない?
必ず危うくなるわけではありませんが、リスクはあります。
サウナは、高温のサウナルーム、水風呂、休憩を何度か繰り返す温冷交代浴です。サウナで血管を広げ、水風呂で血管を収縮させます。その後、休憩中に体が温まって気分がよくなります。*19)
サウナには自律神経の改善や血行を良くする効果がありますが、ヒートショックのリスクもあります。サウナから水風呂に入った時に、急激な温度変化にさらされるため、ヒートショックを引き起こす可能性があるからです。*19)
同時に、サウナは脱水状態になりやすいため、これもヒートショックの原因となります。サウナを利用するときは、無理せず、自分の体調を考慮しながら使いましょう。
ヒートショックとSDGs
SDGs目標の中で、もっともヒートショックとかかわりが深いのは目標3の「すべての人に健康と福祉を」です。詳しく見てみましょう。
目標3「すべての人に健康と福祉を」との関わり
SDGs目標3は、あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進することを目指しています。
【SDGs目標3の概要】
私たちの生活の基本となっているのが健康です。健康だからこそ、さまざまな活動を実行できます。私たちにとって、入浴はとても重要な生活の一部です。しかし、入浴の仕方によっては突然、命を奪われてしまう可能性もあります。
ヒートショックに対する認識を深め、リスクを低下させる高気密・高断熱の住宅に住むことが、ヒートショックによる突然死を回避するために、非常に重要です。
まとめ
今回はヒートショックについてまとめました。ヒートショックは私たちの生活に潜む身近な危険です。関心を怠り、対策をおざなりにすれば、自分や家族の命を危険にさらしてしまいます。
近年、新築住宅では高気密・高断熱が採用されるようになったため、以前よりヒートショックのリスクが低減しています。しかし、全ての家がそうなっているわけではありません。自分や家族の大事な命を守るため、ヒートショックに関する正しい知識を手に入れ、適切に対処する必要があるでしょう。
<参考>
*1)日本大百科全書「ヒートショック(ひーとしょっく)とは?」
*2)政府広報オンライン「交通事故死の約2倍?!冬の入浴中の事故に要注意!」
*3)アリナミン製薬「意識障害の原因 症状・疾患ナビ」
*4)消費者庁「別添 高齢者の事故に関するデータとアドバイス等」
*5)東京都健康長寿医療センター「冬場の住居内の温度管理と健康について」
*6)アリナミン製薬「ヒートショックとは?どんな人がなりやすい?医師が症状や対策まで詳しく解説!」
*7)寺島整形外科「ヒートショックの予防対策‥」
*8)国立循環器病研究センター「急性心筋梗塞|国立循環器病研究センター冠疾患科」
*9)国立循環器病研究センター「不整脈」
*10)東京逓信病院「脳梗塞」
*11)野村総合研究所「海外における省エネ規制・基準の動向」
*12)日本ハウスHD「断熱性能が分かるUA値とは?各地域の基準やQ値・C値との違い、ZEHについても解説」
*13)長野県後期高齢者医療広域連合「冬、安全にお風呂を楽しむ 「ヒートショック予防」」
*14)STOP ヒートショック「ヒートショック 特に高齢者は注意」
*15)厚生労働省「生活習慣病 | e-ヘルスネット(厚生労働省)」
*16)日本医師会「低血圧の対策は?」
*17)MSDマニュアル家庭版「低血圧 – 06. 心臓と血管の病気 – MSDマニュアル家庭版」
*18)PRESIDENT ONLINE「「30代でも命を落とすことがある」ヒートショックが起きる”風呂以外の場所” 予防のためには「温度を一定に保つ」 (2ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)」
*19)益田地域医療センター医師会病院「サウナの話」
*20)スペースシップアース「SDGs3「すべての人に健康と福祉を」私たちにできること・日本の取り組み事例 – SDGsメディア『Spaceship Earth(スペースシップ・アース)』」