永岡 里菜
1990年生まれ。三重県尾鷲市(おわせし)出身。千葉大学卒業後、PR・プロモーション会社勤務後に、農林水産省との和食推進事業の立ち上げを経て、独立。自分の出身地のような一見何もなさそうに見えてしまう地域にも人が訪れる仕組みを創りたいと思い2018年7月に株式会社おてつたびを創業。『おてつたび』は、地域の人手不足等の困りごとをお手伝いする事により報酬を得ながら旅行をする事が可能なため、地域にいく際のボトルネックになりがちな旅費を軽減する事を実現。また、お手伝いを通じて地域の方と関係性ができ再び同じ地域へ訪れる参加者も増えており、関係人口拡大の一助を担っている。全国の自治体や農協、大手交通会社や旅行会社等と連携しながら、日本各地に人と想いとお金が巡る世界を目指す。
・「日経ソーシャルビジネスコンテスト」優秀賞
・第6回ジャパン・ツーリズム・アワードにて「学生が選ぶジャパン・ツーリズム・アワード」「スタートアップ賞」をダブル受賞
目次
introduction
人手不足に悩む旅館や農家などの事業者と、「事業者のお手伝いをしながら、旅を楽しみたい」という方々をつなぐwebプラットフォーム「おてつたび」。そんなおてつたびには、地名を挙げても「どこそこ?」と言われてしまう地域に、「光を当てたい」「知ってもらうきっかけをつくりたい」という想いが込められていました。今回は、「おてつたび」を運営する株式会社おてつたびの代表永岡さんに、事業立ち上げのきっかけや地域への想いを伺いました。
日本各地の人手不足に悩む事業者と、地域に興味のある人を結ぶ「おてつたび」
–まずは、事業内容を教えてください。
永岡さん:
「おてつたび」は、収穫時の農家さんやシーズン時の旅館さんなど、日本各地の季節的な人手不足で困っている方と、「訪れたことのない地域に行きたい」「旅先で出会う地域の人と仕事を通して触れ合いたい」など、地域に興味のある方をマッチングするweb上プラットフォームです。
旅行者は旅をしながらお手伝いをすることでお金が稼げ、旅費の足しにできる。地域の方は、人手が増え仕事の負担が軽減される。このように、お互いにとって良いことが起きるんです。
–お互いに良いことが起きるのは嬉しいですね!具体的にどのようなマッチング事例があるのでしょう?
永岡さん:
例えば春先の事例として、伊東市富戸にあるグランピング施設があります。
この地域は暖かくなると利用客が増えるため、人手が足りなくなってしまうんです。そこにおてつたびを通して訪れた旅行者が、受付やお客さんの案内、片付けなどのお手伝いをします。大自然の中で働きながらお給料もいただけ、さらには自由時間にグランピング場のグループ施設である公園やプールに無料で遊べるといった特典もあるので、旅行がより楽しいものになるんです。
–すごく魅力的なサービスですね。では、なぜこのような事業を立ち上げようと思ったのでしょうか。
永岡さん:
私は三重県尾鷲市で生まれ育ちました。個人的に大好きな町なんですが、著名な観光名所もなく、友人に尾鷲の話をしても「どこそこ?」と言われることが多くて。でも、本当に素敵な町なんです。この魅力を多くの人に知ってもらうためにはどうすればよいかずっと考えていました。
そのうち、これは尾鷲市だけの問題ではないと気づき、「どこそこ?」と言われる地域の魅力を知ってもらえるようなサービスを作りたい!と思ったのです。
–そこからすぐにおてつたびのサービスを思いついたのでしょうか??
永岡さん:
いえ、何をすべきなのかを考えるためにサラリーマンを辞め、半年間夜行バスを使っていろいろな地域を巡りながら、そこに住む方々にヒアリングをしました。これを繰り返していくうちに、知らない土地に行くには2つのハードルがあると感じたんです。
旅には2つのハードルがある
–どのようなハードルでしょうか?
永岡さん:
1つ目は金銭的なハードルです。日本は旅費・交通費が高い傾向にあります。特に、観光名所がない地域ほど訪れる人も少ないため、価格競争が起きにくく交通費が下がりにくい構造になっているんです。
例えば東京駅から三重県の尾鷲駅に行くとなると、東京駅→名古屋駅→尾鷲駅のルートです。東京ー名古屋は約370kmほどの距離ですが、新幹線で10,000円程度。名古屋から尾鷲駅までは160kmほどで6,000円かかります。
–往復で30,000円となると、名古屋で遊べば良いかとなりそうです。
永岡さん:
これは「どこそこ?」と言われる地域のほとんどで見られる、共通の課題でした。
–2つ目のハードルは何でしょう?
永岡さん:
心理的ハードルが高いことです。有名な観光地と違って情報も少ないですし、観光案内所もないことが多く、現地の人とコミュニケーションが取りにくいんです。そのため、どこに行ったら楽しめるのかが分からない。
–1人で行くには勇気がいりますね。
永岡さん:
そうなんです。「どこそこ?」と言われる地域にスポットを当てるには、この2つのハードルを下げる必要があると考え、おてつたびを立ち上げました。
学生から社会人、アクティブシニアへと広がるおてつたびの輪
–おてつたびについてさらに詳しく伺っていきます。まず、どのような方が利用されているのでしょうか?
永岡さん:
大学生の割合が高いですね。若年層は、いろいろな地域に行きたいけれど、旅費・交通費がボトルネックになりがちです。その点、おてつたびでは、お手伝いをすると報酬を得られるため金銭的な問題を軽減できます。
–私も学生時代はとにかく安いところに行こう!と旅先を探していた経験があります。
永岡さん:
多くの学生がそうだと思います(笑)
ただ、最近では学生以外にも、「転職期間中に、いろいろな地域を訪れてみたい」「都会から離れた場所でテレワークをしたい」といった社会人、セカンドライフの過ごし方を考えている60代~70代のアクティブシニアの皆さんの利用が増えてきましたね。多くの方が「日本のことを知りたい、もっと社会貢献をしたい」と考えているようです。
–幅広い層の方々がおてつたびを利用されているんですね。テレワーク中の方も利用しているのは意外でした。
永岡さん:
朝の6時から10時まではトウモロコシやアスパラの収穫を手伝い、10時以降から本業をスタートする、といった形で利用していただいています。気分転換にもなっているようですね。また、おてつたびをきっかけにその町の魅力に惹かれ、移住や就農された方もいます。
–そういったお話を聞くと、どの世代でも地方創生や地域への関心度というのは高まっているんだなと感じますね。そしておてつたびのシステムは、コミュニケーションのハードルを下げ、現地の雰囲気を感じやすくする役割もあるのでは、と思いました。
永岡さん:
そうですね。おてつたびは、現地の方々のお手伝いをするという前提があるので、コミュニケーションが取りやすいんです。そしてこれにより、新しい発見もあるようです。例えば、農業のお手伝いをすると、「あ、本当に農業って60代、70代の方々のおかげで支えられているんだ」とか、1日作業しただけで筋肉痛になり、「こんなに大変なんだ」とか。
当たり前だと思っていた物の裏側や相手の立場を知ると、人は優しくなれる
この経験を通して、これまで当たり前に食べていた物は、農家の方々がこんなにも苦労をして作っていたんだ、とわかります。そして、この経験をきっかけに、食べ物を大事にしようという気持ちも芽生えるのかなと思います。
–やはり裏側や想いを知ることは非常に大事ですね。
永岡さん:
そうですね。他にもおてつたびで旅館に行った子は、「旅館に泊まると、なんで10時にチェックアウトなんだろうと思っていた。でも、自分が裏方になったことで10時にチェックアウトをする理由を知った。それからは自分も早く出ていくようになった。」と話していました。
これらの話を聞いて、「相手の立場を理解すると、お互いを思いあえる優しい関係性ができる」と感じましたね。
おてつたびを使って8割の人がまったく知らない土地へ行く
–ここまでのお話で、素朴な疑問が1つあります。旅先を探す際、「聞いたことのある場所に行こう」となってしまう気がするのですが、知らない地域に興味を持ってもらえるものなのでしょうか。
永岡さん:
旅の需要は「メジャーな観光地に行きたいケース」と「場所は問わないからいつもと違う場所に行きたいケース」の2つがあると考えています。有名な観光地に行きたい方々は一般的な旅行サイトを見れば良いのですが、後者の場合、そういった場所を探すサイトも少なかった。つまり、選択肢がなかったんだと思います。
–確かにどうやって旅先を探したら良いか分かりませんよね。
永岡さん:
その点で、おてつたびが登場したことにより、その方々のニーズを満たせていると思います。おてつたび利用者の8割が、それまで訪れたことのない地域を選んでいることが、それを物語っているのかなと。日に日に利用者が増えており、「どこそこ」地域にスポットが当たるチャンスだと考えています。
–では、スポットを当てるためにも今後、おてつたび先がどんどん増えていくのでしょうか?
永岡さん:
もちろんです。最近、参加倍率が非常に高くなっていて、平均で3〜5倍、最大で10倍以上になり、「行きたいのに行けない」といった課題もあります。より多くの旅先をご提案できるように取り組んでいきたいですね。
–10倍はすごいですね。注目度が本当に高いんですね。
永岡さん:
そうですね。地域への関心度は高まっているので、どんどん紡いでいきたいです。
「どこそこ?」と言われる地域に、もっとカジュアルに行けるように
–では最後に、今後の展望をお願いします。
永岡さん:
私たちは「どこそこ?」と言われる地域に当たり前に人が来るような仕組みや、「そういった地域に行くのも面白いよね」と、思ってもらえるようなカルチャー作りを目指しています。
そのためには、もっと地域のために何かしたいと思った方がどんどん関わっていけるように、カジュアルな入口や接点を作る必要があります。
そういった仕組みを、地域の自治体さんやNPO法人さんなどと協力して、関係人口を増やしつつ1人が何役にもなっていく世界を目指していきたいです。
–ありがとうございました。