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オーバーツーリズムとは?インバウンド回復によってみられる問題とは

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近年耳にすることの増えた「オーバーツーリズム」は、特定の地域に観光客が集中することによって起こる問題や、悪化した状況を指します。現在オーバーツーリズムは、世界的に問題となっており、日本でも環境や地域住民の暮らしなど、様々なところに影響が出ています。観光業に重きを置く日本としては、一刻も早く改善しなければならない問題の1つと言えるでしょう。

今回は、「オーバーツーリズム」について知りたい方に向けて、世界の事例や日本で起きている問題、対策などを紹介します。

オーバーツーリズムとは

オーバーツーリズム(overtourism)とは、とある地域を訪れる人が急増したことにより様々な問題が発生し、その地に暮らす人々や自然環境、生態系、景観などに悪影響を及ぼしている状況のことです。この言葉は、2016年にアメリカの旅行業界向けメディア「Skift(スキフト)」によって生み出されました。

日本では「観光公害」とも呼ばれており、県や市といった全体で起きるものではなく、「〇〇市の橋周辺」や「春の〇〇府の寺院」など、特定の場所や季節、時間に起きるものを指す言葉として使われています。

オーバーツーリズムによる問題

では、オーバーツーリズムによって、どのような問題が起きているのでしょうか。

自然環境や景観の劣化・文化遺産や自然遺産の破壊

オーバーツーリズムは環境や生態系、景観の劣化につながる恐れがあります。例えば、本土の最南端に位置する離島「屋久島」は、1993年に世界自然遺産に登録されたことにより、観光客が急増しました。しかし、植物が踏み荒らされたり、歩きながら飲食したりする登山者が大勢いたと言います。

登山者の増加で大量のし尿も発生し、当時はそのまま埋めていたため、悪臭や植物の生育に悪影響を及ぼしていました。その後、2010年度から人力での搬出に切り換え、2017年にはし尿の搬出を含む環境保全事業の財源確保を目的に、入山協力金制度をつくりました。

その他にも京都では、外国人旅行客に向け多言語の看板がいたる所に設置されていたり、旅行客が捨てるゴミが多すぎてゴミ箱から溢れていたりするという理由から、景観が損なわれ問題になっています。

観光業以外の衰退

観光客向けの宿泊施設や商業施設、娯楽施設などが増えることによって、その地で古くから営んできた個人店や伝統工芸品の製作所などがなくなる可能性も高くなります。

また、観光業に参入した企業が全国チェーンの場合、地域のお店が廃業に追いやられるだけでなく、売り上げは本社に集められ、地域には一部しか還元されないという事態も起こりえます。

加えて、観光分野以外のビジネスや研究開発に携わる人々が地域から離れてしまい、観光業以外が育たなくなる危険性もでてくるのです。

地域住民にネガティブな影響を与える

オーバーツーリズムは、その地に暮らす人々に下記のようなネガティブな影響を与えています。

  • 交通渋滞の発生や公共交通の混雑化
  • ゴミ問題や騒音被害
  • 観光客が私有地に無断で侵入する(プライバシーが侵害される)
  • 地価や物価の価格高騰
  • 観光地化により昔から暮らしていた住民や地域住民が営むお店が追い出される
  • 犯罪の増加や治安の悪化
  • ホームレスの追い出し

そして、上記の影響により、

  • 地域住民と観光事業者または観光客との対立が発生
  • 観光客へ嫌悪感を抱く
  • 暮らしている地域やコミュニティに対する愛情が薄れ離れていく
  • コミュニティの分断
  • 生活に支障が出る

などが起きています。

オーバーツーリズムの原因

続いては、何故オーバーツーリズムが起きているのか、その原因を確認していきましょう。

運賃の低価格化と移動手段の多様化

1970年代から、日本経済の成長と消費者の所得向上を理由に飛行機を利用する人が増加しました。さらに、1970年代後半には航空旅行に関する規制緩和が行われ、大手航空会社以外も参入するようになり、国際航空運賃の低価格化が進みました。

1990年代には格安航空会社(LCC)の登場により、ますます移動にお金をかけずに旅行を楽しめるようになるなど、航空便の多様化が進んでいます。これにより、旅行者は価格やサービスなど、自身の条件に合った航空会社を選択するようになりました。他にも、格安長距離バスの増加も関係しているといわれています。

観光客数の増加

上図の、国連世界観光機関(以下:UNWTO)の資料をもとに観光庁が作成した「国際観光客数の推移」を見ると、1999年〜2019年まで観光客数が右肩上がりであることが分かります。2019年~2021年は、新型コロナウイルスの影響もあり減少傾向にありましたが、2022年には前年の約2倍となる9億1,700万人まで回復しました。

またUNWTOは、2030年までに海外観光客数が18億人に達すると予想しています。特にアジア・太平洋地域は、国際観光市場の中でも最も伸びると期待されています。実際、2022年にこの地域を訪れた観光客数は約8,440万人と、前年より241.0%増えました

情報技術やSNSの発達

現代は、情報技術の発達により、オンライン上で旅行の手続きが完了したり、目的地の情報を簡単に得ることができたりと、とても便利な時代になっています。また、個人によるSNSの発信も活発化しており、有名ではなかった地域やスポットについて投稿したところ反響があり訪れる人が急増した、というケースも珍しくありません。

しかしSNSの投稿は、立ち入り禁止の場所に入ったり、触れてはいけない物に触れたりと、ルールを守っていないケースもあります。SNSの投稿を見て訪れた人が、その事実を知らない場合、同様にルールに反する行動をとってしまう可能性もあるでしょう。加えて、さらに「良い観光スポット」として紹介し、誤った情報がどんどん拡散されてしまうことも考えられます。

適切な観光地マネジメントの欠如

都市再生の方法として、インバウンド観光に力を入れる地域も増えています。しかし、観光マネジメントの専門家を招いたり組織を設置したりせずに進めてしまい、対応できる範囲を超える観光客が訪れ、地域にネガティブな影響を与えてしまうこともあります。

その他にも、オーバーツーリズムの影響や発生原因を理解しているにもかかわらず、観光客を集めることを最優先にしている場合もあります。オーバーツーリズムを発生させないためにも、「地域がどの程度の観光客を受け入れられるのか」を考えて計画を立てる必要があります。

世界のオーバーツーリズムの具体事例

ここからは、実際に世界で起きているオーバーツーリズムの事例を紹介します。

【タイ:ピピレイ島】

タイ南部のアンダマン海上に位置するピピレイ島は、海洋国立公園に属しており、プーケットからスピードボートで2時間ほどの場所にあります。2000年に公開された映画『ザ・ビーチ』のロケ地に選ばれたことにより、観光客が急増しました。

通常、海洋国立公園は来訪者の少ない雨季は閉鎖されています。しかし、公園内で高い人気を誇るマヤ湾は一年中出入りができるようになっており、年間を通して多くの観光客が訪れたそうです。その結果、海の生態系が脅かされ、珊瑚礁の80%が死滅する事態となりました。浜辺やジャングルも、ゴミや排泄物による汚染被害を受けたと言います。

このような経緯もあり、マヤ湾は2018年6月に閉鎖されました。2022年1月から再開しましたが、ボートの侵入やシュノーケリングの禁止、来訪者の上限設定など、条件付きとなっています。

【スペイン:バルセロナ】

世界遺産に登録されているモデルニスモ建築群やローマ時代の遺跡など、魅力的な物や場所が多く、観光客にも人気の高いバルセロナ。これまで、オリンピックや世界文化フォーラムなど国際的なイベントの開催を基盤に観光客を呼び込み、経済発展を遂げてきました。

しかし、訪れる人が急増したことにより、

  • 観光客のマナーの悪化
  • 公共空間・公共交通機関の混雑
  • 騒音問題
  • 観光客をターゲットにした質の低いお店の増加

などが起こり、住民の暮らしに悪影響をもたらしました。

当時の新聞には、「観光客嫌悪」や「もう観光客はたくさんだ」などといった造語や記事が掲載され、市民運動も活発化していきました。

日本でもオーバーツーリズム問題が

続いては、日本のオーバーツーリズム問題を見ていきましょう。

【神奈川県鎌倉市】

鎌倉市の市街地では、観光客のマナー悪化により住民が被害に遭っています。例えば、江ノ電の鎌倉高校駅の西側にある踏切は、漫画「SLAM DUNK」のオープニングに登場しており、国内外問わず多くのファンが「聖地巡礼」のために訪れる場所です。

しかし、写真を撮りたいがために踏切に入ったり車道に出たりするため、通行する車の妨げとなり、警備員を配置しなければならない状態にまで悪化しました。その他にも、周辺の道や住宅、お店の写真をSNSに無断で投稿しており、プライバシー面で住民から不安の声も上がっています。

コロナ明けのインバウンド回復による問題も

コロナに関する規制が解除されつつある中で、日本を訪れる外国人観光客が増えています。2023年8月時点で、新型コロナウイルス拡大後初めて訪日外客数が8割を超えました。しかし、それによりオーバーツーリズムの問題が再び浮上しているのです。

例えば京都の中心部では、観光スポット付近のバス停に長い列ができ、地域住民から「バスに乗れない」や「スーツケースが邪魔で座れない、または降りにくい」などの苦情が出ています。

このような問題は、京都に限らず全国各地で起きており、人が集まり始めたことにより、ゴミ問題や騒音問題に発展しています。

【関連記事】インバウンドとは?2023年の現状と見通し、アウトバウンドとの違いを解説

オーバーツーリズムの対策

では、オーバーツーリズムの対策はどのように行えば良いのでしょうか。

ICTやAIの活用

情報技術の発達がオーバーツーリズムを引き起こすケースもありますが、使い方を間違えなければ対策として活用できます。

例えば、キャッシュレス決済。クレジットカードや電子マネーなど、専用の端末を使いQRコードを読み込むと支払いができるため、両替やお釣りなどの手間がなく時間短縮につながり、混雑の緩和が期待できます。

他にも位置情報を活用した対策では、人気観光地の時間帯別の込み具合を「見える化」し、

  • 人が集中する時間帯を避けるように提案する
  • 目的地周辺のお店や観光スポットを伝え、寄り道を促し時間帯をずらす

などをすることによって、混雑回避に貢献しています。

【関連記事】ICTとは?ITとの違いや教育・医療分野での身近な例を簡単に解説!

オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ

日本政府は、観光客の受け入れと住民の生活の質確保を両立し、持続可能な観光地域づくりを目指すための総合的な支援「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組」を、令和5年10月18日に発表しました。

この支援策は、

  1. 観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応
  2. 地方部への誘客の推進
  3. 地域住民と協働した観光振興

の3つについて記されています。

例えば1では、受入環境の整備・増強のために、「手ぶら観光」の実証実験や、ICTを活用したスマートゴミ箱の導入支援などが盛り込まれています。

それに加えて観光庁は、令和5年10月25日から、自治体やDMO(観光地域づくり法人)の相談を受ける、「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた相談窓口」を設置しました。

レスポンシブル・ツーリズム

これまでのオーバーツーリズム対策は、観光地側が行うことが一般的でした。しかし近年は、訪れる側にもオーバーツーリズムへの対応が求められています。その1つが、レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)です。

観光先のコミュニティや環境に与える影響に責任をもち、配慮する考え方であるレスポンシブル・ツーリズムは、UNWTOも冊子にまとめており、下記のような内容になっています。

  • 旅先に住む人々に敬意を払い、私達の共有遺産を大切にしよう
  • 私達の地球をまもろう
  • 地域経済をサポートしよう
  • 安全な旅をしよう
  • 旅先の情報に通じた旅人になろう
  • デジタルプラットフォームをうまく活用しよう

引用元:責任ある旅行者になるためのヒント|UNWTO

オーバーツーリズムとSDGs

最後に、オーバーツーリズムとSDGsの関係性を確認していきましょう。オーバーツーリズムの改善は、環境や生態系、暮らしなどに焦点を当てたSDGsの目標達成に貢献します。今回は、その中でも特に関わりの深い、目標11「住み続けられるまちづくりを」に注目してみましょう。

目標11「住み続けられるまちづくりを」

目標11は、誰も排除せずに、安全性とレジリエンスに長けた都市や人々の居住地を持続可能にすることに焦点を当てた目標です。

そのためターゲットも、

  • スラム街の改善
  • 居住計画や管理の能力強化
  • 都市部や都市周辺部、農村部のつながり強化
  • 災害リスクの総合的な管理
  • 地元の資源を生かしたレジリエントな建設物整備
  • 輸送システムへのアクセスを持続可能なものにする

など、多様な分野のものが盛り込まれています。

そして、その中でも、特にオーバーツーリズムと関わりの深いターゲットが【11.4】です。

ターゲット【11.4】

世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する。

引用元:JAPAN SDGs Platform|外務省

例えばオーバーツーリズムの問題の1つとして、ゴミのポイ捨てや不十分なトイレ整備などが原因で起こる、環境汚染・破壊があります。そしてこの問題は、自然遺産に悪影響を及ぼすこともあります。そのため、オーバーツーリズムの解決に向けた対策を考え取り組むことによって、自然遺産は保護され、結果的にSDGs目標11の達成にもつながるのです。

まとめ

特定の地域を訪れる人が急増したことにより問題が発生し、その地に暮らす人々や自然環境、生態系、景観などに悪影響を及ぼしている状況を指す「オーバーツーリズム(overtourism)」。世界各国でも、オーバーツーリズムが原因で様々な問題が発生しており、日本も例外ではありません。

新型コロナウイルスの規制も緩和され、以前のように気軽に旅行や遠出ができるようになるのは喜ばしいことですが、オーバーツーリズムが起きていることを忘れないようにしましょう。そして、私たち個人も「ゴミのポイ捨てをしない」や「住宅街の近い観光スポットでは声量を抑える」など、1人ひとりが気をつけることによって改善に近づきます。その結果、SDGs目標11の達成に貢献できるのです。

〈参考文献〉
オーバーツーリズム 観光に消費されないまちのつくり方|高坂晶子 著|学芸出版社
ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略|学芸出版社
SDGs(持続可能な開発目標)|蟹江憲史 著|中央公論新社
持続可能な観光先進国に向けて|観光庁
持続可能な観光について~SDGsとオーバーツーリズム~|東京の観光振興を考える有識者会議
日本における航空輸送産業の規制緩和|2002 年度企業論講義
観光白書|国土交通省
訪日外客数(2023年8月推計値)|日本政府観光局
オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組|観光庁