「顔を覚えられない」
「名前を忘れてしまう」
もしかして、あなたは相貌失認かもしれません。相貌失認は、人の顔を見ても認識できないという症状です。顔のパーツは見えているのに、それをひとつの顔として結びつけられないので、重度の症状になると、親しい人や有名人も区別がつきません。
相貌失認に悩んでいる人は、日常生活でさまざまな困難に直面します。しかし、あなたが相貌失認について知ることで、自分自身や周囲の人をサポートすることができます。
相貌失認(失顔症)とは
相貌失認とは、人の顔を認識することができない、または困難な状態のことで、読み方は「そうぼうしつにん」です。相貌失認は、高次脳機能障害の1つで、先天的なものと後天的なものがあります。
相貌失認と高次脳機能
高次脳機能は、私たちが日常生活や社会生活で行動するために必要な能力です。私たちは経験や知識、自分の立場や役割などを基に、必要な情報を判断し選択します。集中しているときは周囲の刺激をあまり感じないのはそのためです。
【高次脳機能とは】
高次脳機能を支える能力には階層があります。例えば、注意障害や意欲障害がある場合、記憶障害があってもスケジュール表を使える状態になっていないかもしれません。個々の障害の状態を把握し、適切なサポートを行う必要があります。
相貌失認の人は、知っている人の顔を見ても、誰かわからないことがあります。これは高次脳機能の一部である顔の認識能力が損なわれているためです。
【高次脳機能障害を疑うとき】
社会生活において大きな障害となることも
相貌失認の主な症状には、
- 顔を見分けられない
- 顔の特徴を覚えられない
- 名前と顔を一致させられない
- 似たような顔を混同する
- 自分自身の顔を認識できない
- 顔の表情を読み取るのが難しい
などがあります。これらの症状は、社会生活において大きな障害となることがあります。
仕事や学校でも、顔を見て誰かを識別する必要がある場面が多々ありますが、相貌失認の人は困惑する場面になることも少なくありません。
相貌失認は性格や能力に問題があるわけではない
相貌失認があるからといって、その人が性格や能力に問題があるわけではありません。むしろ、相貌失認の人には、他の人にはない独自の視点や個性があると言えます。また、生物学的にみて遺伝子の多様性※の一環として、集団の生き残りのための1つの個性の在り方である可能性も示唆されています。
【関連記事】遺伝的多様性とは?メリットと失われると困る理由、身近な事例を解説
次の章では、先ほど少し触れた「相貌失認の症状」にスポットを当てていきます。*1)
相貌失認の症状
相貌失認は、顔の認知障害の一種です。顔の特徴を認識することはできますが、それらを組み合わせて1人の顔として認識することができません。そのため、顔を見たときに誰なのかわからない、覚えられないといった症状が現れます。
具体的な症状の例を挙げると、
- 親しい人や有名人の顔を見分けられない
- 自分の顔を鏡で見ても自分だと気づかない
- 顔以外の特徴(声や髪型や服装など)で人を識別する
- 顔の表情や感情を読み取れない
- 男女や年齢の区別がつかない
- 同じカテゴリーにあるもの(車や動物など)を区別できない
といった症状があります。また、最新の研究では、相貌失認は単一の障害ではなく、複数のタイプに分けられることがわかってきました。それぞれ重度、中度、軽度の場合に分けて具体的な症状をまとめます。
重度の場合
重度の相貌失認は、脳損傷や脳疾患によって脳の顔認識に関わる部位が広範囲に損傷された場合に起こると言われています。重度の相貌失認の場合、親しい人や自分自身の顔すら見分けられないことがあります。
重度の相貌失認の症状をまとめると、
- 誰の顔を見ても見知らぬ人と感じる。
- 顔の特徴を覚えられない。
- 自分自身の顔を認識できない。
などで、社会生活が困難な場合があります。例えば、声だけで人を識別することができますが、声が聞こえない状況ではコミュニケーションが困難です。
また、顔の表情や感情を読み取れないため、相手の気持ちや意図を理解することができません。重度の相貌失認を持つ人は、その苦労から、社会的孤立やうつ病などの心理的問題にも悩まされる可能性があります。
中度の場合
中度の相貌失認は、先天的に脳の顔認識に関わる部位が発達しなかった場合や、脳損傷や脳疾患によって脳の顔認識に関わる部位が一部損傷された場合に起こると言われています。中度の相貌失認の場合、親しい人や自分自身の顔は見分けられるものの、他人や有名人の顔を識別したり、顔の特徴を記憶したりすることが苦手です。
中度の相貌失認の症状をまとめると、
- 顔の特徴に基づいて他人を識別することが難しい。
- 顔の表情や感情を読み取ることが困難。
- 顔以外の特徴で人を識別する。
などで、新しい人と出会ったり、知り合いと再会したりするときに困ります。顔以外の特徴で人を識別することができますが、その特徴が変わったり隠れたりした場合、混乱してしまうこともあります。
中度の相貌失認を持つ人は、自分の障害を隠そうとしてストレスを感じたり、自己信頼感や自尊感情が低下したりする可能性があります。
軽度の場合
軽度の相貌失認は、遺伝的要因や発達障害(自閉症スペクトラム障害※や注意欠陥・多動性障害※など)によって、脳の顔認識に関わる部位が正常に機能しなかった場合に起こると言われています。軽度の相貌失認の場合、親しい人や自分自身、有名人の顔は見分けられるけれど、他人や新しい人の顔は見分けられなかったり、顔以外の特徴で人を識別したりします。
軽度の相貌失認の症状をまとめると、
- 顔の特徴を覚えることはできるが、認識に時間がかかる。
- 他人の顔を見ても、一瞬だけ見覚えがあるが、その後すぐに忘れてしまう。
- 顔の特徴に基づいて他人を識別することが苦手。
などで、初対面の人やあまり親しくない人と話すときに困ります。顔以外の特徴で人を識別することができますが、その特徴に頼りすぎると間違えることもあります。
軽度の相貌失認を持つ人は、自分の障害に気づかずに周囲から変わっていると思われたり、自分の障害に気づいても周囲に理解されなかったりする可能性があります。
このように、相貌失認の症状は社会生活において「生きづらさ」を多くの場面で感じさせます。相貌失認と診断された人は実際に日常生活でどんな困難があるのでしょうか?*2)
相貌失認と診断された人は日常生活でどんな困難がある?
親しい人の顔を見ても、誰だかわからない状態を想像できますか?相貌失認の人は、会話や挨拶の際など、社会的なコミュニケーションに苦労する場面が少なくありません。
重度・中度・軽度に分けて、一般的に言われている相貌失認の症状から、相貌失認の人の困難を考えてみましょう。
重度の相貌失認の人の困難
重度の相貌失認の人は、顔の特徴を認識することができません。そのため、家族や友人の顔も覚えることができず、名前も覚えることができません。家族や友人と会ったとしても、誰なのかわからず、名前も思い出せず、会話が弾まないこともあります。
また、人混みやイベントなどでは、誰が誰なのかわからず、不安や恐怖を感じてしまうこともあります。例えば、学校の教室や職場など、毎日顔を合わせる人たちがいる場所でも、誰が誰なのかわからず、会話に参加しづらいことがあります。
中度の相貌失認の人の困難
中度の相貌失認の人は、顔の特徴は認識できますが、それらを組み合わせて1人の顔として認識することができません。そのため、一度会った人でも、しばらく会っていないと誰なのかわからなくなってしまうことがあります。
また、顔の表情から感情を読み取るのが難しいため、相手の気持ちがわからないこともあります。例えば、職場で上司や同僚が怒っているのか、笑っているのか、表情だけではわからなくなってしまい、対応に困ってしまうことがあるのです。
軽度の相貌失認の人の困難
軽度の相貌失認の人は、顔の特徴は認識できますが、見慣れない人などは、一度会っただけでは顔を覚えることができません。そのため、学校や職場など、顔を覚えている人が多い場所では困難を感じにくいと言われています。しかし、人混みやイベントなどでは、誰が誰なのかわからず、不安や恐怖を感じてしまうこともあります。
また、顔の表情から感情を読み取ったり、場の雰囲気をうまく掴めなかったりすることもあります。例えば、友人と話しているときに、表情だけでは相手の感情を把握できないために、いつの間にか気まずい雰囲気を作ってしまうことがあるのです。
相貌失認の人は、顔の認知が困難なため、社会の中でさまざまな困難に直面しています。相貌失認を正しく理解し、サポートすることで、社会の中で生きやすくなるように心がけましょう。
次の章では、相貌失認の症状を引き起こす原因に迫ります。*3)
相貌失認の原因
【顔認識に関わる脳の部位】
これは、顔を見るように言われた人の脳内を表したMRI画像です。視覚皮質の顔情報を処理する部位(赤から黄色で表されている場所)で、血流増加が起きていることがわかります。
相貌失認の原因を理解するためには、「人間の脳がどのように顔を認識しているか」を知る必要があります。
相貌失認に関係する脳の部位
脳の中で、側頭葉と後頭葉にある「顔領域」と呼ばれる部位が、相貌失認の原因に深く関わっているため、掘り下げて見ていきましょう。
顔領域には、以下のような役割を持つ部位があります。
- 紡錘状回:相手の顔を識別するために使われます。この部位が障害されると、親しい人や有名人の顔を見分けられなくなります。
- 上側頭溝:相手の表情や視線を解釈するために使われます。この部位が障害されると、顔の表情や感情を読み取れなくなります。
- 扁桃体:相手の表情によって情動・感情を喚起するために使われます。この部位が障害されると、顔に対する感情的反応が弱くなります。
これらの部位は互いに連携して、顔から得られる多様な情報を処理しています。しかし、これらの部位が先天的に発達しなかったり、後天的に損傷されたりすると、顔から得られる情報が正しく処理できなくなります。その結果、相貌失認という症状が現れるのです。
【脳損傷部位と主な症状】
相貌失認は単一の障害だけではないことも
最近の脳科学では、相貌失認は単一の障害ではなく、複数のタイプに分けられることがわかってきています。各タイプ、それぞれに特徴的な症状や原因があります。
統合性相貌失認
顔のパーツは知覚できますが、それらを統合して全体像を認識できないタイプです。紡錘状回や上側頭溝の機能障害が原因です。
感情性相貌失認
顔の識別はできますが、表情や感情を読み取れないタイプです。上側頭溝や扁桃体の機能障害が原因です。
発達性相貌失認
生まれつき顔認識能力が低いタイプです。遺伝的要因や発達障害(自閉症スペクトラム障害や注意欠陥・多動性障害など)が原因です。
先天的な相貌失認・後天的な相貌失認
先天的な相貌失認は、生まれつき脳の顔認識に関わる部分が発達しなかったり、正常に機能しなかったりすることで起こります。後天的な相貌失認は、頭部損傷や脳腫瘍・血管障害などで脳の顔認識に関わる部分が損傷されたり、刺激されたりすることで起こります。
脳は顔を認識するために複雑な仕組みを持っていますが、それが崩れると、私たちの日常生活に大きな影響を与えます。相貌失認の人に対して、理解と配慮を持って接することが大切です。
次の章では、もし「相貌失認」と診断された場合の対処法を見ていきましょう。*4)
相貌失認の対処法
相貌失認の治療法は、現在のところ完全には確立されていません。しかし、顔の特徴を覚えるためのトレーニングや、顔の表情から感情を読み取るトレーニングによって、症状を改善した例も多くあります。また、薬物療法やリハビリテーションなどの治療法も有効な場合があります。
相貌失認はトレーニングで治るのか
相貌失認の対処法は、リハビリテーションや認知療法※が一般的です。特定の特徴や声などの情報を使って他人を識別するトレーニングを行うことで、認識能力を改善することができます。
最新の研究では、特定の認識タスクに取り組むことで、脳の他の領域が顔の処理を補うことができる可能性が報告されています。
- 顔のパーツや表情を学習するためのコンピューターを使った訓練プログラム
- 親しい人や有名人の顔を見て名前や関係を思い出すためのメモリー訓練
- 顔以外の情報(声や服装など)を使って人物を識別するための戦略を学ぶためのカウンセリング
- 顔の全体的な形態を把握するための全体処理システムを強化するための階層的刺激や倒立顔などを用いた訓練
などが行われる。
認識の補助を見つける
相貌失認の人は、顔の特徴を正しく認識することが困難であるものの、他の情報を活用することで補助することができます。例えば、声や話し方、服装や髪型などの特徴を重視することで、他人を識別する手がかりとなります。
また、スマートフォンアプリやパソコンソフトウェアを使って、人物の情報を記録することも有効です。GPSを使ったナビゲーションシステムや音声ガイド付きのスマートフォンアプリも役に立つでしょう。
心理的サポートを得る
相貌失認の人は、その症状のために自己肯定感の低下や社会的な孤立感を抱えることがあります。このような場合の対策として、心理的なサポートを得ることで、自分を受け入れ、自信を持って社会生活を送ることができるようになります。
具体的には、心理療法やグループセラピーなどが有効な手段として考えられています。また、身近な人に正しく相貌失認について理解してもらい、症状に配慮しやすい環境づくりも大切です。
社会的な相貌失認への理解向上
相貌失認についての情報を広めることで、社会の理解と受容を促進することは、今後の重要な課題です。相貌失認の人が直面する困難や特異な経験について、周囲の人々が理解を示し、思いやりを持って接することが常識となる社会に向けた行動が必要です。
相貌失認の研究は進んでおり、新たな治療法やサポート方法が開発されています。また、社会全体が相貌失認についての理解を深めることで、本人が自己肯定感を高め、充実した生活を送ることができるようになるでしょう。
次の章では相貌失認と診断について解説します。*5)
相貌失認は自己診断できる?
相貌失認は「その可能性があるか」までは自分で判断することができますが、基本的に自己診断することはできません。相貌失認は、脳の顔認知を司る領域の損傷や機能障害によって引き起こされる障害なので、専門家の診断が必要です。
専門家に相談が必要
相貌失認の可能性がある場合、以下の症状に当てはまるか確認しましょう。
- 顔の特徴を認識するのが難しい
- 顔と名前を結びつけるのが難しい
- 顔の表情から感情を読み取るのが難しい
- 人混みやイベントなどで、誰が誰なのかわからなくなる
これらの症状に当てはまる場合は、専門家に相談することをおすすめします。
どのような検査があるの?
相貌失認の診断には、以下の検査が行われます。
- 脳の画像検査(MRIやCT)
- 知能検査
- 顔認知検査
これらの専門的な検査の結果から、相貌失認の可能性を判断します。
ひとりで悩まず相談を!
相貌失認は、脳の障害によって引き起こされる障害ですが、適切なトレーニングや社会適応によって、症状を改善し、社会の中で生きやすくなることができます。相貌失認かな?と感じる人は、自分ひとりで悩まず、専門家に相談したり、支援団体に参加したりして、助けを求めましょう。
ここまで相貌失認について読んできて、相貌失認と発達障害がどれくらい関係しているのか、気になった人もいるでしょう。次の章では相貌失認と発達障害の関係を科学的知見を基に確認します。
相貌失認と発達障害の関係
最近の研究では、相貌失認と発達障害は、一部で関連性があると考えられています。実際に、一部の発達障害の人々が相貌失認の特徴を示すことがあります。
しかし、相貌失認は発達障害の一部ではなく、それぞれ別個の状態であることに注意が必要です。
発達障害とは、自閉症スペクトラムや注意欠陥・多動性障害など、脳の発達に何らかの問題があることで、言語やコミュニケーション、学習や社会性などに困難が生じる状態のことです。発達障害は生まれつきのものであり、一生変わらないとされています。
相貌失認=発達障害ではない
相貌失認と発達障害は混同されることがありますが、これは正しい理解ではありません。相貌失認と発達障害は、異なる脳の機能や神経回路の問題に関連していると考えられています。
発達障害の人々は、相貌失認の特徴を持っている場合があるかもしれません。しかし、すべての発達障害の人々が相貌失認を抱えているわけではないのです。また、相貌失認の人々も、必ずしも発達障害を持っているわけではありません。
相貌失認と発達障害の関連性
相貌失認と発達障害の関連性は研究が進められています。相貌失認と発達障害の関係は、一概には言えませんが、以下のような点が知られています。
発達障害のある人の中には顔認識に困難を抱える人がいる
相貌失認は発達障害の一種ではありませんが、発達障害のある人の中には顔認識に困難を抱える人がいます。特に自閉症スペクトラムの人は、顔から得られる情報に興味が薄いため、顔を見る時間や回数が少なくなり、顔認識能力が低下する可能性があります。
遺伝的要因が関係している可能性がある
相貌失認は遺伝的要因が関係している可能性があります。相貌失認の人の家族にも同じ症状を持つ人が多く見られることや、特定の遺伝子変異と相貌失認の関連性が示唆されていることから、全てのケースには当てはまらないものの、相貌失認は先天的に決まっている場合が多いと考えられています。
症状の個人差が大きい
相貌失認は発達障害と同じく、個人差が大きく症状の重さや表れ方はさまざまです。また、相貌失認は他の視覚的な障害や知的障害と併存することもあります。そのため、相貌失認を持つ人ひとりひとりに合わせた支援や対応が必要です
相貌失認と発達障害の関係については、まだ研究が進んでいない部分も多く、今後の発見が期待されます。次の章では、相貌失認の人をサポートするためにできることを考えていきましょう。
相貌失認の人をサポートするためにできること
相貌失認は、病気や障害です。決して、本人の努力不足や怠惰によるものではありません。相貌失認について正しく理解することで、相貌失認の人を理解し、サポートすることができます。
相貌失認への理解と共感
周囲の人が、相貌失認の人が顔の認識に困難を抱えていることを理解し、共感することが大切です。彼らが顔を見分けるのが難しいことを念頭に置き、注意深くコミュニケーションを取りましょう。
相貌失認の人は、顔を覚えられないことで、さまざまな困難や不安を感じています。相貌失認の人が困っているときには、それらに配慮しながら話を聞いてあげましょう。
相貌失認の人とコミュニケーションを取るとき
相貌失認の人とコミュニケーションを取るときは、以下のような配慮をしてください。
- 相手が自分だとわかるように、名前や関係性を伝えてから話しかける
- 相手が自分を覚えているかどうか確認する
- 相手が自分を忘れていた場合は優しく教えてあげる
- 相手が自分以外の人物を指名するときは、名前や特徴を教えてあげる
- 相手が自分以外の人物を間違えた場合は咎めないで正しく教えてあげる
- 相手が自分以外の人物を探す場合は手伝ってあげる
- 相手が自分以外の人物に話しかけようとした場合は声をかけて注意してあげる
このような対応をすることで、相貌失認の人は自分が受け入れられていると感じやすくなります。また、私たちも相貌失認の人の気持ちや状況を理解しやすくなります。
繰り返しになりますが、相貌失認の人は顔を覚えられないことで、社会でさまざまな困難に直面します。しかし、相貌失認は、本人の努力不足や怠惰によるものではありません。
相貌失認について正しく理解し、相貌失認の人の気持ちを理解することで、社会で生きづらさを減らすことができます。次の章では、私たちが相貌失認について理解し配慮することとSDGsの関係性について解説します。
相貌失認とSDGsの関係
SDGsは気候変動に対応するためのCO2の削減など、環境面での目標や活動が注目されがちですが、「誰一人取り残さない」つまり、世界中の全ての人の幸福も目指しています。このことから、相貌失認について理解し配慮することは、SDGsの目標達成にも貢献します。
関連の深い下記のSDGs目標を確認してみましょう。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」
相貌失認は脳に何らかの障害があることが原因で起こる病気です。相貌失認の人は、自分の家族や友達の顔を見分けられないことで、深刻な心理的な苦痛を感じることがあります。
相貌失認の人の健康や福祉を守るためには、専門的な医療やリハビリテーションなどのサービスや支援が必要です。私たちが相貌失認について理解し配慮することによって、社会的な理解や配慮も広まっていきます。
SDGs目標4「質の高い教育をみんなに」
相貌失認を先天的に持っている人もいます。相貌失認の子どもは、学校で友達や先生の顔を覚えられないことで、コミュニケーションや学習に支障が出ることがあります。
相貌失認の子どもが学校で安心して学べるようにするためには、教師やクラスメートが、この病気について正しく知っておくことが必要です。このように、全ての子供たちが質の高い教育を受けられるようにするためには、それぞれの子供の個性に配慮や工夫が必要な場合があります。
SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」
相貌失認は目に見えにくい障害なので、周囲の人に理解されにくく、偏見や差別を受けることもあります。相貌失認の人が社会で平等に扱われるようにするためには、私たちが相貌失認という病気について知り、理解し、尊重することが必要です。
相貌失認の人は、自分の障害を隠したり、誤解されたりすることで、ストレスや生きづらさを感じることがあります。多くの人が相貌失認について理解し配慮することで、相貌失認の人が自分の障害をオープンにすることができ、社会の理解とサポートを得やすくなるでしょう。*7)
まとめ
相貌失認について学んだら、社会生活において、相貌失認の人や発達障害の人に対して思いやりを持って接するという行動に移しましょう。例えば、あなたが自分の名前を言ったり、特徴的な服装や髪型で識別することで、相貌失認の人にも分かりやすくなるよう配慮することができます。
また、現在でも「顔を覚えられないのは、本人が努力していないからだ」という誤解や偏見が、相貌失認の人にとって大きな生きづらさにつながっています。相貌失認は、病気や障害であること、決して本人の努力不足や怠惰によるものではないことを、社会全体が理解する必要があります。
相貌失認の人が社会生活で適応しやすくなるように、周囲の人々が理解と配慮をすることは、SDGsの実現にもつながる重要な取り組みです。相貌失認について学び、相貌失認の人をサポートする輪を広げることで、多様性に富んだ、より良い社会の実現に貢献することができます。
そして、相貌失認でない人も、顔や外見にとらわれることなく相手の人格や価値観を尊重することが大切です。相貌失認の人々との理解と共感を深め、社会参加を支援するためのアクションを広げましょう!
〈参考・引用文献〉
*1)相貌失認とは
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遺伝的多様性とは?メリットと失われると困る理由、身近な事例を解説
日本心理学会『失認:何を見ているんだろう・聞いているんだろう・触っているんだろう?』
栗原 恵理子, 堀川 楊, 小山 京, 渡部 裕美子『左側頭葉前方部に病変を有する相貌失認の 2 症例』(2021年)
小松 佐穂子,箱田 裕司『顔の情報処理過程一表情認知と人物認知の関係一1)』
中嶋 智史『日本語版20項目相貌失認尺度の開発および信頼性・妥当性の検討』(2020年)
医学専門雑誌・書籍の電子配信サービス『代償手段を指導し就労が維持できた先天性相貌失認の1例』
飯高 哲也『先天性相貌失認―症候論,認知機能,神経科学的研究について』
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柴崎 光世, 利島 保『相貌失認の視覚的統合について―要素呈示法を用いた検討』(2007年7月)
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*2)相貌失認の症状
藤本 寛巳『発達性相貌失認を呈した症例の心の声を聴く』(2023年2月)
玉井 顕,鳥居 方策,榎戸 秀昭,松原 三郎,平口 真理『相貌認知障害の症状分析一特に病巣部位との関係について一』(1985年11月)
桑名眼科脳神経クリニック『中核症状ー失認ー 脳疾患を知る』(2022年12月)
*3)相貌失認と診断された人は日常生活でどんな困難がある?
藤本 寛巳『発達性相貌失認を呈した症例の心の声を聴く』(2023年2月)
松井明子,加藤 正『人物記憶障害によって発症した右側頭葉の原発性脳萎縮の一症例相貌,声,名前による人物の同定障害一一』(1992年6月)
*4)相貌失認の原因
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白山 靖彦,中島 八十一『高次脳障害者に対する相談支援体制の現況報告』(2012年1月)
厚生労働省『127 前頭側頭葉変性症』
谷向 知『若年性認知症の有病率とその背景』(2020年)
國徳尚子『高次脳機能障害って何?』
柴咲 光世,利島 保『相貌失認患者の全体処理システムに関する研究』(2002年3月)
*5)相貌失認の対処法
古本英晴『相貌失認の回復過程における熟知相貌内の差違一家族の相貌についてのみ改善を示した相貌失認一』(1999年)
日本福祉用具供給協会『失認』
種村 留美『失認症例のアクティビティに見られる障害と適応』(2004年4月)
作業療法神経科学研究会『発達性相貌失認において顔の全体(処理)的な訓練が顔の処理を高める』(2016年2月)
日経サイエンス『顔特定アプリとプライバシーの懸念』(2019年3月)
*6)相貌失認と発達障害の関係
小西 海香『発達障害における顔認知』(2016年)
国立障害者リハビリテーションセンター『認知症・発達障害との共通点と相違点』
杉山登志郎『浜松医科大学児童青年期精神医学講座 児童青年精神医学入門 その2:発達障害 その1』
東京都福祉局『発達障害を理解しよう 第1章』
諸冨 隆『脳科学と発達障害』(2006年)
綾田 すみれ『歴史的業績を残した人物に関する発達障害についての研究』
*7)相貌失認とSDGs
経済産業省『SDGs』