コロナ禍で注目を集めたものの一つにECサイトがあります。自宅から一歩も出ることなく注文した品物が宅配されるため、接触を控えなければならないときなどでも必要な品物を購入でき、助かった方も多いのではないでしょうか。
しかし、ECサイトを支えている運輸業界でトラックドライバーの不足が深刻化すると、こうしたサービスが受けられなくなるかもしれません。いま、物流の世界でどのようなことが起こっているのでしょうか。
本記事では、国が推進するホワイト物流推進運動の内容や運動に取り組むメリット・デメリット、具体的な事例、SDGsの関連について解説します。物流問題に興味がある方は、ぜひ参考にしてください。
目次
ホワイト物流とは
ホワイト物流とは、物流業界の労働環境や物流の仕組みを改善する取り組みのことです。物流業界では、2024年問題への対応やドライバー不足への対応などを行うため、国が推進する「ホワイト物流推進運動」に賛同しています。
ホワイト物流推進運動に参加することで、物流業界全体の生産性の向上や物流の効率化、ドライバーの労働環境の改善を目指しています。
国が進めるホワイト物流推進運動
ホワイト物流推進運動を進めているのは、交通関係を所管する国土交通省や産業面で物流と深くかかわる経済産業省、農産物輸送などで物流と関わる農林水産省の3つの省です。ホワイト物流推進運動の目的は以下の2点です。
- トラック輸送の生産性の向上・物流の効率化
- 女性や60代以上の運転者等も働きやすいより「ホワイト」な労働環境の実現
参考:国土交通省・経済産業省・農林水産省*1)
ホワイト物流が注目される背景
ホワイト物流が注目される理由は、物流業界が長年抱えている構造的な問題にスポットが当たったからでした。ここでは、物流業界が抱えている主な問題と2024年問題の2つについて解説します。
物流業界が抱えている諸問題
物流業界は長年にわたる構造的な問題を抱えていました。主な問題は以下の3点です。
- ドライバーの減少と高齢化
- トラック調達コストの上昇
- トラック業界に人が集まらない
それぞれについて見ていきましょう。
ドライバーの減少と高齢化
深刻化している問題の一つがドライバーの減少と高齢化です。
【トラックドライバーの人数推移】
トラックドライバーは、ピークである1995年(平成7年)には98万人もいました。しかし、その後は編年減少を続け、20年後の2015年(平成27年)には76万7千人まで減少しました。ピーク時に比べて21万3千人も減少していることになります。
トラックドライバーの人数は今後も減少すると予測されているため、物資の運び手が減ってしまう公算が高いといわれています。その理由については、次の部分で詳しく述べます。
人数の減少とともに注目しなければならないのが、ドライバーの高齢化です。
【トラックドライバーと他の全職種の平均年齢の比較】
全産業の平均が42.5歳であるのに対し、中小型トラックドライバーの平均年齢は45.8歳、大型トラックドライバーの平均年齢は47.8歳とともに大きく上回っています。ドライバーの年齢が高いことは、その後の退職までの期間が短い可能性を示唆しています。ただでさえ少ないドライバーが高齢化により減少してしまうことが心配されているのです。
トラック調達コストの上昇
トラックそのものの調達コストも上昇傾向にあります。
【トラックの調達コスト】
2010年(平成22年)を100とすると、2018年(平成30年)の指数は111.5倍となっています。2010年に2,000万円だった大型トラックを購入すると仮定すると、2018年には2,230万円も必要となる計算です。トラックを買うだけでも非常に大変になっていることがわかります。
トラック業界に人が集まらない
ドライバーの減少に歯止めがかからない理由は、トラック業界に人が集まらないからです。
【トラック運転者と全職業の有効求人倍率の推移】
全職業の有効求人倍率の平均は1.02であるのに対し、トラック運転者の有効求人倍率は1.97もあります。有効求人倍率1.97倍とは、トラック運転手としての募集が2件あっても、応募してくれるのが1人しかいない状況を示しています。仕事はあるのに、人が集まってこないことがわかるでしょう。
では、なぜ人が集まらないのでしょうか。集まらない理由は労働時間が長いからです。
【トラック運転者と他の労働者の労働時間の比較】
トラック運転者の労働時間は、他の仕事に従事する労働者の平均労働時間よりも20%近く長いことがわかります。労働時間が長くなる理由は、荷待ちや荷役で長時間拘束されるからです。
荷待ちに時間がかかってしまうと、その間、ドライバーはひたすら待っているしかありません。
【荷待ちの平均時間】
荷待ち時間の平均は1時間34分ですが、1時間を超える荷待ち時間の割合は50%を超え、3時間を超えるケースが全体の1割近くに及ぶなど、ドライバーに大きな負担がかかっていることがわかります。
2024年問題
2024年4月から、働き方改革の一環としてトラックドライバーの時間外労働の上限が960時間に制限される規制がスタートしました。労働時間が短くなることで、物資の輸送能力が低下する問題を「2024年問題」といいます。*3)
2024年問題に対して何の対策も打たなかった場合、2024年度の段階で14.2%の輸送能力が不足し、2030年の段階では不足する能力が34.1%にまで拡大するという試算も出ています。*4)
不足した状態を放置すると、以下の問題が発生する可能性があります。
トラック事業者 | 荷物の輸送能力を超えてしまう人材が確保できない |
荷主 | 期日までに荷物が届かず、配送を断られる |
一般消費者 | 当日配達や翌日配達のサービスが受けられなくなる生鮮食料品が手に入りにくくなる |
こうした問題を引き起こさないため、ホワイト物流を推進する必要があるのです。
ホワイト物流に取り組むメリット
ホワイト物流に取り組むとどのようなメリットがあるのでしょうか。主なメリットは以下の3点です。
- ドライバーの長時間労働を減らすことができる
- 企業イメージが向上する
- 物流効率を改善することで二酸化炭素の排出削減ができる
それぞれの内容について詳しく見ていきましょう。
ドライバーの長時間労働を減らすことができる
先ほども取り上げたように、トラックドライバーの労働時間は他の業種よりも20%近く長いため、ドライバーの負担が大きくなっています。長時間労働の要因となっている荷待ち・荷役の時間を短縮することで労働時間を圧縮でき、労働条件を改善することができます。
長時間労働が減ると、これまで敬遠されてきた運送業界への応募が増える可能性があり、ドライバー不足を解消できるかもしれません。
企業イメージが向上する
ホワイト物流に取り組むことで、企業イメージの向上を図れます。労働環境について開設する際、ホワイトの対義語として「ブラック」を用いることがあります。ブラック企業という言葉を耳にしたことがあるかもしれませんが、これは労働環境が悪い企業と考えてよいでしょう。
極端な長時間労働や厳しいノルマ、パワハラ、賃金未払い、低いコンプライアンス意識、採用時の合意の無視といった行いをする企業がブラック企業とみなされる傾向があります。*5)一度ブラック企業のレッテルをはられると、汚名返上はかなり大変です。
反対に、「ホワイト物流」に賛同して労働環境を良くしていることが周知されると、良いイメージを持たれ、優秀な人材を確保しやすくなるでしょう。
物流効率を改善することで二酸化炭素の排出削減ができる
輸送ルートの見直しや物流拠点の一本化により物流効率を改善することで、輸送距離の短縮が可能となり、二酸化炭素の排出削減につなげることができます。
【運輸部門における二酸化炭素排出量】
二酸化炭素排出量に占める運輸部門の割合は18.5%で、その内訳をみると運送などの「営業用貨物車」の二酸化炭素排出量は4,142万トンとなっています。物流を効率化することで、二酸化炭素排出量をさらに削減し、地球温暖化の抑制に貢献できます。
ホワイト物流のデメリット・問題点
ホワイト物流には労働条件の改善や企業イメージの向上、二酸化炭素の排出削減といったメリットがあるとわかりました。しかし、良い点ばかりではありません。主なデメリット・問題点は以下の3点です。
- 物流コストが上がる
- 物流体制の見直しが必要となる
- 走行状態の管理が必要となる
それぞれの内容について詳しく見てみましょう。
物流コストが上がる
ドライバーの待遇を改善し、労働時間を短縮することは労働コストの増加につながります。これは、労働時間の短縮により不足する労働力を補うため、今まで以上に労働者を確保しなければならないからです。
単純に人数が増えるというだけにとどまらず、すでに勤務しているトラックドライバーの待遇を改善しなければなりません。待遇が悪い会社だとみなされれば、競合他社に転職してしまう可能性もあるため、どうしても人件費が上がってしまうのです。
荷主との値上げ交渉が必要となる
ホワイト物流に必要な経費を確保するため、荷主に運賃の値上げを要請する必要があります。ホワイト物流の趣旨は理解できても、荷主側も無条件でコストの増加を受け入れることは難しいため、厳しい値上げ交渉となります。
場合によっては、値上げの要請を機に取引が無くなってしまう恐れもあります。運送会社は値上げと引き換えに、荷主にとってもメリットがある仕組みを作り上げて提案しなければなりません。
労働時間や走行状態の管理が必要となる
ホワイト物流の効果を測るには、労働時間や走行状態を把握しなければなりません。労働時間の実態を把握するための新たな勤怠システムや、車両の走行距離などを把握するデジタコ(デジタル式運行記録計)の導入などで新たなコストが必要となります。
ホワイト物流に関する企業の取り組み事例
ここでは、ホワイト物流に関する企業の取り組み事例を見ていきましょう。
積水ハウスの事例
積水ハウスでは、積み込み時間や取り卸し時間を詳細にコントロールすることで、待機時間や作業時間を削減しました。
工場の製品準備や積み込み作業の遅延などが発生した場合に、各ドライバーに速やかに連絡して無駄な待機時間をなくすことや、各レーンの積み込み時間を短縮することで、ドライバーの待機時間を削減しました。その結果、鉄部材の待機時間を35分縮減し、ホーム材の待機時間を56分短縮することができました。
*7)
ホワイト物流に関してよくある疑問
ここからは、ホワイト物流やホワイト物流推進運動に関するよくある質問を4つ取り上げ、Q&A形式で答えていきます。
いつからいつまで?
ホワイト物流推進運動が始まったのは2019年(平成31年)です。国土交通省や経済産業省、農林水産省などが中心となって物流の効率化や長時間労働の改善などに取り組みました。運動の期限はトラック運転者の時間外労働の上限規制が適用される2024年(令和6年)3月末まででした。
賛同企業はどこから分かる?
ホワイト物流推進運動に賛同している企業は、「ホワイト物流」推進運動ポータルサイトで確認できます。同サイトによると、2024年3月15日時点で賛同している企業の数は2,665社でした。具体的な企業名は同サイトの「業態別提出企業一覧」や「地域別提出企業一覧」で確認できます。
自主行動宣言って何?
ホワイト物流推進運動に参加する際に必要となる宣言です。自主行動宣言には以下の項目を盛り込まなければなりません。
- 取組方針
- 法令遵守への配慮
- 契約内容の明確化・遵守
上記の内容に加えて、自社で取り組む内容を記載して「ホワイト物流」推進運動ポータルサイトのフォーマットに入力して提出します。
補助金はある?
ホワイト物流推進運動に特化した補助金はありません。しかし、各省庁が設定している物流関連の補助金を受けられる可能性があります。*8)また、熊本県のように自治体で独自の熊本県ホワイト物流推進環境整備補助金(荷主事業者向け)といった補助金を交付していることもあります。*9)
ホワイト物流とSDGs
物流の効率化や労働環境の改善という点で、日本の物流に大きな影響を及ぼしたホワイト物流ですが、SDGsとはどのような関連があるのでしょうか。ここでは、ホワイト物流とSDGs目標8との関連について解説します。
SDGs目標8「働きがいも経済成長も」との関わり
ホワイト物流は、SDGs目標8と関連が深い分野です。SDGs目標8は、働きがいのある人間らしい仕事(ディーセント・ワーク)の促進を掲げています。
ディーセント・ワークとは、誰でも性別などで差別されることなく平等に働く機会が得られ、安心できる職場環境で公正な賃金を受け取れる仕事という意味です。*10)ホワイト物流はトラックドライバーの長時間労働を改善する動きであるため、労働環境の改善につながるといってよいでしょう。
ホワイト物流は、物流業界の生産性向上という課題の解決と長時間労働の是正という課題の解決を同時に満たすものであるため、実現することで多くのメリットが得られる取り組みです。しかし、コストが増えるなどのデメリットもあるため、工夫して取り入れる必要があります。
【関連記事】SDGs8「働きがいも経済成長も」現状と日本企業の取り組み事例、私たちにできること
まとめ
今回はホワイト物流について解説しました。物流といえば「2024年問題」のように問題点がクローズアップされることが多い業界ですが、私たちの生活という視点で考えると、解決を先送りして良いものではありません。
国が中心となって進めているホワイト物流推進運動は、物流課題の解決と長時間労働の是正という点で推進するメリットが大きいものです。
しかし、これらの問題は一朝一夕にできないものであるとして解決が先送りされてきた歴史があります。ホワイト物流の推進を一つのきっかけに、物流課題とトラックドライバーの待遇改善を同時に成し遂げるため、荷待ち時間の短縮など働きやすい環境をつくるべきではないでしょうか。
参考
*1)国土交通省・経済産業省・農林水産省「「ホワイト物流」推進運動のご案内と参加のお願い」
*2)ホワイト物流推進運動ポータルサイト「「ホワイト物流」推進運動について」
*3)全日本トラック協会「知っていますか?物流の2024年問題 | 全日本トラック協会」
*4)持続可能な物流の実現に向けた検討会「持続可能な物流の実現に向けた検討会 最終取りまとめ 」
*5)京都新卒応援ハローワーク「ブラック企業について」
*6)国土交通省「環境:運輸部門における二酸化炭素排出量」
*7)取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン 事例集「https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001487579.pdf」
*8)ホワイト物流推進運動ポータルサイト「よくあるご質問 | 「ホワイト物流」推進運動ポータルサイト」
*9)熊本県「熊本県ホワイト物流推進環境整備補助金(荷主事業者向け)の交付決定を受けた方へ」
*10)スペースシップアース「SDGs8「働きがいも経済成長も」現状と日本企業の取り組み事例、私たちにできること」