昔から「日本人は働きすぎ」と言われていました。「有給が大量に余ってしまった。」といったことを聞くことも多いと思います。近年、労働時間そのものは減少傾向にありますが、それでも諸外国に比べれば長期休暇が取りにくく、年末年始やお盆に休暇が集中してしまう現象が見られます。
その中で、仕事をしながら休暇をとることで、年次有給休暇を消化する手段の一つになると考えられているのがワーケーションです。
今回はワーケーションの意味やメリット・デメリット、取り入れている企業の事例、実施する際のポイント、ワーケーションに関するよくある質問などを取り上げます。ぜひ、参考にしてください。
目次
ワーケーションとは
ワーケーションとは「Work(観光)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語です。
観光庁は「テレワーク等を活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすこと」と定義しています。*1)
テレワークの普及により、職場を離れて余暇を楽しみながら仕事をすることが可能になったとして、観光庁は「仕事と休暇を組み合わせた滞在型旅行を新たな旅のスタイル」と位置付けて、普及を促進しています。*1)
ブレジャーとの違い
ブレジャーとは、「Business(ビジネス)」と「Leisure(レジャー)を組み合わせた造語です。*1)
ブレジャーは、出張先などで滞在期間を延長して余暇を楽しむものです。
出張業務の前後に、余暇を楽しむための有給休暇を組み合わせたものといってもよいでしょう。
仕事と余暇を楽しむという点においてワーケーションと似たニュアンスを持つ言葉ですが、出張がメインである点で大きく異なります。
また、旅先で仕事をするワーケーションに比べると、
- テレワーク環境を整える必要がない
- 出張終了後に余暇を楽しむため、仕事と切り離してレジャーを楽しめる
ことが大きなポイントです。
ワーケーションの分類
ワーケーションには大きく分けて休暇型と業務型の2つの類型があります。両者にはどのような違いがあるのでしょうか。
休暇型ワーケーション
休暇型ワーケーションとは、有給休暇を活用したワーケーションで、リゾート地や観光地に滞在しながらテレワークで業務をおこなうことです。
滞在中、勤務する日はテレワークで仕事をしますが、それ以外の時間は有給休暇を使って、自由に過ごします。
休暇型ワーケーションを取り入れると、企業側は有給休暇の取得を促進でき、従業員はまとまった休みとることができるため、リゾート地や観光地に長期滞在しやすくなります。
業務型ワーケーション
観光庁は業務型ワーケーションを3つのパターンに区分しています。*1)
- 地域課題解決型
- 合宿型
- サテライトオフィス型
地域課題解決型は、業務型ワーケーションの参加者が地域関係者との交流などを行い、地域が抱える課題解決について一緒に考えるタイプです。たとえば、地域農家の収穫を手伝いながら課題解決について話し合うようなことが想定されています。*1)
合宿型ワーケーションは、職場のメンバーと共に普段働いているオフィスなどを離れて、滞在先で議論を交わしつつ業務を進めるタイプです。いつもと違う雰囲気の中で活発に議論をするとともに、業務以外の時間を余暇に充てることが想定されています。*1)
サテライトオフィス型ワーケーションは、会社のオフィスと別の場所に小さなオフィスを作って業務を行うものです。長い通勤時間をかけて都心のオフィスに出勤するのではなく、通勤時間が短くなる場所にサテライトオフィスをつくって仕事を行い、節約した時間で余暇を楽しむ方法です。*2)
ワーケーションが注目された背景
仕事と休暇を組み合わせるワーケーションは、どのような理由で注目されたのでしょうか。ワーケーションが注目される背景を3つ取り上げます。
ワーケーションはアメリカで生まれた
ワーケーションという考え方が生まれたのは2000年代のアメリカです。このころ、アメリカでは急速にインターネットやノートパソコンが普及したため、オフィスの外で業務を行う環境が整いつつありました。
企業は、従業員の長期休暇取得を推進するための新しい手段の一つとして、仕事と休暇を組み合わせるワーケーションを推進したのです。
働き方改革で注目が集まる
日本では2018年に、長時間労働の是正や柔軟な働き方がしやすい環境の整備などを盛り込んだ「働き方改革関連法」が制定され、2019年度から順次施行されることが決まりました。
同法において、企業は従業員に対して年5日間の有給休暇を取得させる義務を負いました。ワーケーションを取り入れることで、有給休暇の取得を促す環境が整ったといってよいでしょう。
コロナ禍のテレワーク導入でさらに注目
ワーケーションに注目が集まった理由の一つがコロナ禍です。2020年から世界的に大流行した新型コロナウイルスの感染拡大は、日本社会にも大きな影響を与えました。出勤しなくても企業の生産性を維持する方法の一つとして、国内企業でテレワークの導入が加速したのです。
2020年7月に実施された第38回観光戦略実行推進会議において、日本型ワーケーションの推進が表明されるなど、政府がワーケーションの動きを後押ししました。*3)
ワーケーションのメリット
ワーケーションの実施の背景には、有給取得の義務化やコロナ禍といった要因があったことがわかりました。では、ワーケーションを導入するとどのようなメリットがあるのでしょうか。ここでは、企業側・従業員側・地域の3つの視点からメリットを整理します。
企業側のメリット
企業側のメリットとして、以下の点があげられます。
- 有給休暇の取得を推進できる
- 人材の確保や定着が期待できる
- 生産性の向上が期待できる
ワーケーションを活用することで、なかなか仕事を休めない人であっても有給休暇の取得を勧めやすくなります。5日間の有給休暇取得義務化の前の2013年(平成25年)、年次有給休暇の取得率は48.8%に過ぎませんでした。*4)
5日間の取得義務化後である2022年(令和4年)でも、取得率は62.1%で取得日数は法定限度といってもよい5〜6日が最多(72.4%)となっています。*5)
その中でワーケーションを導入することで、従来よりも有給休暇を取得しやすくできます。それにより、労働環境が改善すれば人材の確保や定着、生産性の向上などが期待できます。
従業員側のメリット
従業員のメリットは以下のとおりです。
- 長期休暇を取得しやすくなる
- 柔軟な働き方が選択できる
- ストレスの軽減やモチベーションアップにつながる
ワーケーションを利用すると、これまでよりもまとまった期間の休暇を取りやすくなります。仕事をしながら休暇も取れるため、業務に穴をあけてしまうという懸念が少なくなるのもメリットといえるでしょう。
テレワークなどの多様な働き方ができる点もメリットとなります。毎日必ず出勤しなければならないという通勤ストレスを軽減でき、仕事に対するモチベーションをアップさせることもできるでしょう。
地域のメリット
ワーケーションの受け入れ先である地域のメリットは以下のとおりです。
- 宿泊施設の平日需要を確保できる
- 関連事業の雇用を創出できる
- 地域と企業の結びつきを深められる
ワーケーションを受け入れることで、普段は利用者が少ない平日の宿泊需要を確保できるのは大きなメリットです。それにともない、関連事業の雇用創出ができるため地域経済の活性化につながりやすいといえます。
また、ワーケーションを行う企業と地域の結びつきや交流が深まるため、新たなビジネスチャンスを創出できる可能性もあります。
ワーケーションのデメリット
ワーケーションは企業や従業員、地域経済に多くのプラスをもたらすものです。しかし、無条件に良いわけではありません。ここでは、ワーケーションのデメリットについて解説します。
勤怠管理や人事評価に工夫が必要
ワーケーションを実施する企業は、従来型の勤怠管理や人事評価を変更する必要があります。オフィスに毎朝出勤するのであれば、勤怠管理は非常にシンプルで労働時間の把握も比較的しやすいでしょう。
しかし、テレワーク中心となるワーケーションでは、あらかじめルールを定めないと出退勤や遅刻などを把握しにくいため、仕組みを考え直さなければなりません。
また、上司が直接部下を管理しにくい体制になるため、人事評価についても新たな基準を設ける必要があります。
セキュリティ対策が必要
オフィス外で作業することを考えると、顧客情報などの適切に管理するセキュリティ対策が必要となります。会社専用のWi-Fi環境を整備できれば最もよいのですが、そうではない場合に個人情報や重要情報の流出リスクが懸念されます。
PCの管理や紛失・盗難、情報管理のルールなど、ワーケーションの利用を想定したセキュリティ対策を実施しなければならないでしょう。
企業のワーケーション取り組み事例
では、ワーケーションを実施している企業は、どのように行っているのでしょうか。今回はユニリーバ・ジャパン、野村総合研究所、セールスフォース・ドットコムの3社が実施しているワーケーションを取り上げ、内容を紹介します。
ユニリーバ・ジャパン
ユニリーバ・ジャパンでは2016年から働く場所を自由に選べる新しい働き方として「WAA(ワー)」を導入しました。平日5時から22時の間であれば、勤務時間や休憩時間は自由となる働き方です。「WAA」は工場のオペレーター業務以外の全社員が対象です。
2019年から地域課題解決型である「地域 de WAA」の導入が始まり、連携している自治体の施設を社員が無料で利用できるようにしました。提携自治体が地域課題の解決に関わる活動を定め、社員がその活動に参加すると宿泊費が無料または割引となります。*6)
株式会社野村総合研究所
野村総合研究所では、「三好キャンプ」とよばれる1か月間の合宿型ワーケーションを実施しています。具体的には、徳島県三好市で夏・秋・冬の年3回のキャンプを実施しています。合宿先で通常業務を行う傍ら、余暇としてアクティビティや地域活動への参加を推奨しています。
野村総合研究所では、ワーケーションを行うことで新たなイノベーションの誕生を期待しています。それと同時に、社員同士のコミュニケーションを密にする狙いもあります。
また、三好キャンプの最中は裁量労働制を採用し、業務の進め方や時間配分を本人の裁量や自己管理にゆだねています。合宿型ワーケーションの一つのモデルを提示しているといってよいでしょう。*7)
セールスフォース・ドットコム
セールスフォース・ドットコムでは、和歌山県の白浜町にサテライトオフィスを設置しました。国内有数の観光地である白浜町(南紀白浜)は宿泊施設や観光施設が多数立ち並ぶ一大観光地です。*8)
白浜町では、サテライトオフィスの誘致を行っただけではなく、徹底的な支援を実施しました。支援は移住支援に加えて、子どもの学校や生活環境へのサポート、会社と地元の若者との交流会なども企画して定着を促しました。*9)
ワーケーションを行うためのポイント
では、ワーケーションを成功させるため、どのようなことに注意すればよいのでしょうか。ここでは2つのポイントについて解説します。
社内環境を整備する
1つ目のポイントは社内環境を整備することです。ワーケーションの制度を作っても、従業員が利用しなければ制度の意味がありません。社内で定期的に説明会を実施するなど、ワーケーションに関する社内の理解と同意を得るよう努めましょう。
会社の生産性を維持する
2つ目のポイントは生産性を維持することです。ワーケーションを利用したことで会社の生産性が落ち、仕事の効率が低下してしまうようであれば本末転倒です。チャットツールの有効活用や勤怠管理、WEB会議システムの活用など、ワーケーションを導入しても生産性が落ちない仕組みづくりが大切です。
ワーケーションに関してよくある疑問
ここからは、ワーケーションに関するよくある質問を2つとりあげます。
意味がない・普及しないと言われるのはなぜ?
仕事とプライベートの線引きの難しさが普及を妨げているという声があります。仕事と余暇の切り替えがうまくいかないと、どちらも中途半端になり、あまりメリットを感じないのかもしれません。
また、ワーケーションが向いていない職種があることも普及率が低い理由の一つです。接客業など、常に顧客と接している業種の場合はテレワークにすることができないため、ワーケーションとかなり相性が悪いといえます。これらの理由から、ワーケーションを導入しない企業が多いのです。
海外でもできる?
ワーケーションはインターネットなどの設備があれば、海外からでも可能です。しかし、セキュリティ面の問題を解決する必要があります。顧客関連のデータ流出や滞在先の接続から社内のコンピュータに不正アクセスされる可能性があります。
海外で実施する場合は、セキュリティ面に配慮した社用パソコンの貸与やフリーWi-Fiを利用しないといった安全面でのリテラシー教育などが必要となるでしょう。
ワーケーションとSDGs
仕事と休暇を組み合わせるワーケーションはSDGsとも関わりを持っています。今回はワーケーションとSDGs目標8との関わりについて解説します。
SDGs目標8「働きがいも経済成長も」との関わり
SDGs目標8は「働きがいも経済成長も」という目標で、人間らしい雇用の実現を訴えています。ポイントとなるのは「ディーセント・ワーク」という考え方です。ディーセントワークとは、働きがいのある人間らしい仕事という意味です。*10)
そもそも「Decent(ディーセント)」とは、まともな、きちんとしたといった意味を持つ言葉です。ディーセントワークは、雇用を創出するだけではなく、労働環境を整え、労働者が働きやすい環境を作ることも重要という考えに基づいています。
誰一人取り残されない形での発展を実現するには、労働者一人ひとりが働きがいのある職場で働けるよう、労働環境を整備する必要があるのです。
まとめ
今回は観光庁が中心となって普及を図っているワーケーションについて解説しました。テレワークの普及やコロナ禍といった労働環境を取り巻く大きな変化をきっかけに、一部企業でワーケーションを積極的に取り入れる動きが出ています。
多くの企業は自社の事業はワーケーションにそぐわないと考え、普及が広まっていないのが現状です。
確かに、ワーケーションは企業に大きな負担がかかる試みです。しかし、優秀な人材を確保するための手段の一つと考えると企業にもメリットがあります。また、労働者にとっても、長期休暇を取りやすくなるというメリットがあるでしょう。
労使双方の満足度を高める方策の一つとして、ワーケーションの導入を検討する価値があるのではないでしょうか。
参考
*1)観光庁「「新たな旅のスタイル」ワーケーション&ブレジャー」
*2)総務省「情報通信白書 for Kids:インターネットの活用:サテライトオフィスの活用とワーケーション」
*3)首相官邸「第38回観光戦略実行推進会議 日本版ワーケーション推進に向けて」
*4)厚生労働省「なぜ年次有給休暇の取得率が低いのでしょうか?」
*5)厚生労働省「令和5年就労条件総合調査の概況」
*6)ユニリーバ・ジャパン「地域 de WAA | Unilever」
*7)観光庁「導入企業事例:株式会社野村総合研究所(NRI)|ワーケーション&ブレジャー」
*8) 観光庁「導入企業事例:株式会社セールスフォース・ドットコム|ワーケーション&ブレジャー」
*9)観光庁「受入推進地域事例:和歌山県白浜町 × セールスフォース・ドットコム|ワーケーション&ブレジャー」
*10)スペースシップアース「SDGs8「働きがいも経済成長も」現状と日本企業の取り組み事例、私たちにできること」