世界経済にまつわるニュースでは、よくWTOという名前を目にします。
それだけ現在のグローバル経済で大きな役割を果たすWTO協定ですが、その詳しい内容や実態について、私たちはほとんど知らないのが現状です。
そして実は、WTO協定はSDGsの目標達成とも大きく影響してきます。一見何の関係もなさそうな両者には、どのようなつながりがあるのでしょう。
WTO協定とは
WTO協定とは、国際的な貿易や投資について決められたさまざまなルールや枠組みの集まりです。
もう少し詳しくいうと、WTO協定は、加盟国の間で貿易の障壁となるような国同士の不均衡を減らし、貿易の自由化と無差別原則を適用するという考えによって成り立っています。
それによって資源の再分配や効率的な利用を促し、加盟国全体の国民の生活を向上させることがWTO協定の目的です。
WTO協定の構成
WTO協定は、通称「WTO設立協定」と呼ばれる「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」と、それに付随する1〜4の附属書から構成されます。
冒頭のWTO設立協定は、前文と1〜16条の条文、注釈からなります。WTO協定の理念や意味の説明に加え、WTOの権限や地位、任務、構成の他、意思決定や加盟国との関係などについて述べられています。
1〜4の附属書では、
- 附属書1
附属書1A:物品の貿易に関する多角的協定
附属書1B:サービスの貿易に関する一般協定
附属書1C:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定 - 附属書2:紛争解決に係る規則及び手続に関する了解
- 附属書3:貿易政策検討制度
- 附属書4:複数国間貿易協定
のような内容に分けられ、付属書1Aではさらにそれぞれ特定分野の協定が定められています。
なお、WTOに加盟を希望する国は、この中の附属書1〜3までをすべて一括で受諾しなければなりません。附属書4については、受諾した国と国の間同士での貿易に適用されます。
WTOとは
WTO協定を定めるのは、WTO(世界貿易機関:World Trade Organization)という国際機関です。
WTOはスイスのジュネーブを本部に1995年に設立され、各国間の貿易障壁を削減・撤廃するためにWTO協定やその他の多角的貿易協定を取り決めたり、貿易上での紛争解決を行うためのシステムを構築したりしています。
以降現在に至るまで、WTOは貿易や投資、サービスや知的財産権の保護など、自由貿易のための幅広いルールを定める、グローバルな枠組みを作る機関となっています。
WTO協定の歴史
WTOは1948年に発効したGATT(関税および貿易に関する一般協定)の内容を引き継ぐ形で、正式な国際機関として設立されました。
GATTとは、第二次世界大戦後の世界経済で、各国の保護主義的な貿易政策を防いで自由化を促進させるための協定と、それを守ることに同意した国の集まりをいいます。その背景には、1930年代に起きたブロック経済と保護主義が、第二次世界大戦の原因となったことへの反省があります。
GATTからWTOに至るまで
- 1947年:GATTが発足、翌年に正式発効
- 1947年の第1回交渉〜1961年のディロン・ラウンド:主に鉱工業品の関税引き下げ交渉
- 第6回交渉のケネディ・ラウンド以降、交渉分野を拡大
- 1986〜94年のウルグアイ・ラウンドでは鉱工業品以外にも農業、サービスや知的所有権、紛争解決なども対象
ウルグアイ・ラウンド交渉妥結後、最終的にこれらの貿易ルールを定める国際機関としてWTO設立の合意に至り、翌年の設立と同時にWTO協定が発効されています。
大まかな流れを把握したところで、WTO協定の特徴について掘り下げて見ていきましょう。
WTO協定の特徴
WTO協定は、GATTで取り決められた自由貿易協定の内容を附属書に取り込みつつ、より多様で多角的な枠組みを定めています。その主な特徴は以下のようなものです。
物品貿易の自由化を促すための基本原則
WTO協定では、貿易障壁の軽減と無差別原則の考え方に則り、以下のような基本原則を定めています。
- 最恵国待遇原則:輸出入の関税や待遇について、ある一部の国にだけ他の国より有利な条件を与えてはならない
- 内国民待遇原則:輸入品に国内産品より高い税金を課したり、不利な法令を適用したりしてはならない
- 数量制限禁止原則:輸出入の数量を制限したり、完全に禁止したりしてはならない
また、次にあげる関税の譲許がこの基本原則のひとつに含まれることもあります。
関税の譲許とWTO協定税率
関税の譲許とは、加盟国同士での関税の上限を定めることで、約束した関税率よりも高い税率を課すことは認められません。この税率のことを、WTO協定税率または譲許税率と言います。WTOへの加盟や、貿易自由化交渉のためには、すべての参加国はこの協定税率を守る必要があります。
ただし、加盟国の利害関係が合致する場合や、ダンピング(不当な安売り)によって国内産業が損害を受ける場合は、協定税率の引き上げやアンチダンピングによる追加関税が認められます。
新しい分野のルール策定
WTOでは、GATTでの物品貿易に加え、貿易に関連する知的所有権や投資、サービス貿易、政府調達などの新しい分野のルールが策定されています。
サービス貿易とは、交通や運輸、通信、教育、観光や娯楽など無形のサービス全般をいいます。
政府調達とは、政府や地方自治体など公共部門のための売買やサービス利用の契約のことをいい、さまざまな事業分野に及びます。
これらのルールを定めた協定は、それぞれ
- 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)【附属書1C】
- 貿易に関連する投資措置に関する協定(TRIMs協定)【附属書1A】
- サービスの貿易に関する一般協定(GATS)【附属書1B】
に含まれています。
また、1996年にはITAと呼ばれる「情報技術製品の貿易に関する閣僚宣言」が採択され、パソコンや携帯電話などのIT関連商品や、デジタルコンテンツ貿易の関税が撤廃されています。
持続可能な開発と開発途上国への配慮
WTO協定では、1995年の設立協定に「持続可能な開発」という目的を規定しており、環境保護と経済発展の両立の必要性を早くから打ち出しています。
設立協定では同時に、途上国に対して経済開発のニーズに応じた有利な条件を一時的に認める「特別かつ異なる待遇(S&D)」を規定し、国や地域による不平等の是正を行なっています。
紛争解決手続の強化
WTO協定では、貿易紛争処理の手続きとして、紛争解決了解(DSU)に基づく解決を義務付けています。ここでは、
- 一方的な貿易制裁措置の発動を禁止
- 当事国の紛争解決のためにパネル(小委員会)や上級委員会を設置
- 紛争当事国や第三国以外の国も意見を述べられる紛争解決機関(DSB)の設置
などにより、紛争を迅速・円滑に解決するための手続の実効性を強化する仕組みを設けています。
WTO協定の課題・問題点
このように、世界経済の発展の基盤を支えてきたGATT体制とWTO協定ですが、一方では数多くの制度上の不備や矛盾が指摘されており、機能不全を起こしているとの声も上がっています。
WTOとWTO協定が抱える問題点にはどのようなものがあるのでしょうか。
ドーハ・ラウンドの失敗
最も大きな問題としてあげられているのが、2001年のドーハ・ラウンドの失敗です。
ここでは、農産物の関税削減や補助金、鉱工業品の3分野で主要加盟国間の意見が激しく対立し、ほとんど成果をあげられず妥結しないまま現在に至っています。
この間、複数の国との間や分野別での交渉が増加して新たなルールの策定ができない、途上国が台頭して先進国との軋轢が表面化するなど、グローバルな国際交渉にWTO自体が対応できないという状況に陥っています。
地域自由貿易協定の台頭による地位の低下
ドーハ・ラウンドの行き詰まりを受けて増えてきたのが、一部の国や地域、分野ごとに個別の貿易ルールを設けてWTOの不備を補完しようという動きで、これらはFTA=自由貿易協定と呼ばれます。
FTAの例としてよく知られているのが
- 北米自由貿易協定(NAFTA)
- 環太平洋パートナーシップ(TPP)
- 地域的な包括的経済連携協定(RCEP)
などです。
WTOは正式な国際機関であり、FTAはWTOの枠組みに沿った協定であるという立ち位置ではあるものの、国際的な貿易交渉の舞台は個別の貿易協定に移っているのが実情です。
紛争解決手続の空洞化
WTOが強化したはずの紛争解決手続ですが、近年は加盟国の間でもそのルールを逸脱する動きが目立っています。例としてあげられるのは、アメリカのトランプ政権が行なった鉄鋼やアルミ製品の追加関税、中国への制裁関税などの一方的な関税引き上げ措置や、それに対するEU・中国などの関税引き上げ措置などです。
これらの当事国は、自分たちはWTO協定に則っていると主張しながらも、FTAなど個別の協定との整合性を抜け穴に、実質はWTOの紛争解決手続を経ずに解決を図ろうとしています。
さらに、上級委員会委員の任命や再任をアメリカが拒んでいることから、審理に必要な3人の委員に欠員が生じ、上級委員会は現在も機能を停止しています。
加盟国間の対立
もうひとつの問題は、WTOの加盟国が増えるにつれて、加盟国同士の対立や矛盾をWTO内部で解決できなくなっていることです。
「加盟時は途上国だったインドや中国などが、新興国として台頭する」、「同じ途上国でも農業輸出国と自国農業を保護したい国との対立が起こる」など、途上国の事情も多様化しています。
また、知的財産権の貿易を定めたTRIPS協定は、研究開発環境が整った先進国に有利とされ、途上国は強く批判しており、途上国と先進国との対立を招いています。
現在では、先進国が主導する組織運営や、附属書1〜3の一括受諾を加盟のルールとしているWTOの原則にも限界がきている、という批判の声も少なくありません。
WTO加盟国一覧
WTOには、2023年現在164の国と地域が加盟しています。加盟国の一覧は以下の通りです。
アジア地域
インド、インドネシア、カンボジア、シンガポール、スリランカ、タイ、台湾、大韓民国、中華人民共和国、日本、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、香港、マカオ、マレーシア、ミャンマー、モルディブ、モンゴル、ラオス
北米地域
アメリカ合衆国、カナダ
中南米地域
アルゼンチン、アンティグア・バーブーダ、ベネズエラ、ウルグアイ、エクアドル、エルサルバドル、ガイアナ、キューバ、グアテマラ、グレナダ、コスタリカ、コロンビア、ジャマイカ、スリナム、セントクリストファー・ネーヴィス、セントビンセントおよびグレナディーン諸島、セントルシア、チリ、ドミニカ、ドミニカ共和国、トリニダード・トバゴ、ニカラグア、ハイチ、パナマ、パラグアイ、バルバドス、ブラジル、ベリーズ、ペルー、ボリビア、ホンジュラス、メキシコ
欧州地域(NIS諸国を含む)
アイスランド、アイルランド、アルバニア、アルメニア、欧州連合(EU)、イタリア、ウクライナ、英国、エストニア、オーストリア、オランダ、カザフスタン、北マケドニア、キプロス、ギリシャ、キルギス、クロアチア、ジョージア、スイス、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、タジキスタン、チェコ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、マルタ、モルドバ、モンテネグロ、ラトビア、リトアニア、リヒテンシュタイン、ルーマニア、ルクセンブルク、ロシア
大洋州地域
オーストラリア、サモア、ソロモン、トンガ、ニュージーランド、バヌアツ、パプアニューギニア、フィジー
中東地域
アフガニスタン、アラブ首長国連邦、イエメン、イスラエル、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、トルコ、バーレーン、ヨルダン
アフリカ地域
アンゴラ、ウガンダ、エジプト、エスワティニ、ガーナ、カーボヴェルデ、ガボン、カメルーン、ガンビア、ギニア、ギニアビサウ、ケニア、コートジボワール、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、ザンビア、シエラレオネ、ジブチ、ジンバブエ、セネガル、セーシェル、コートジボワール、タンザニア、チャド、中央アフリカ共和国、チュニジア、トーゴ、ナイジェリア、ナミビア、ニジェール、ブルキナファソ、ブルンジ、ベナン、ボツワナ、マダガスカル、マラウイ、マリ、南アフリカ共和国、モザンビーク、モーリシャス、モーリタニア、モロッコ、リベリア、ルワンダ、レソト
引用:WTOへの加盟|外務省 – Ministry of Foreign Affairs of Japan
WTOに加盟していない国一覧
2023年現在、WTOに加盟していない国や地域もいくつかあります。
WTO非加盟国(参加申請中)
参加申請中も含めて、WTO非加盟国をまとめています。
アジア地域
東ティモール、ブータン
中南米地域
キュラソー島、バハマ
欧州地域(NIS諸国を含む)
アゼルバイジャン、アンドラ、ウズベキスタン、セルビア、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ
中東地域
イラク、イラン、シリア、レバノン
アフリカ地域
アルジェリア、エチオピア、コモロ、サントメ・プリンシペ、スーダン、赤道ギニア、ソマリア、南スーダン、リビア
引用:WTOへの加盟|外務省 – Ministry of Foreign Affairs of Japan
WTOオブザーバーとなっている国
トルクメニスタン、バチカン
それ以外の非参加国
エリトリア、パラオ、北朝鮮、マーシャル諸島、モナコ、ミクロネシア、サンマリノ、コソボ、キリバス、ツバル、ナウル、アルバ、シント・マールテン、パレスチナ自治区
加盟していない理由
上記であげた国々は、現在WTOへの加盟を申請中であるか、最初から加盟の意思がないかです。
加盟申請中で手続きが進まない理由は、WTO協定受諾に必要な国内経済や市場の改革が進まず、市場経済に移行するのが難しい、などの事情があるためです。
その他には、北朝鮮のように国際社会への参加を拒んでいるほか、災害や紛争が長引き国内経済を立て直せていない、国内の政治や経済で独自の事情を抱える、などの理由で参加を希望しない国もあります。
WTO協定に関する世界各国の動向
では、世界の国々はWTO協定とどのような向き合い方をしてきたのでしょうか。ここでは、現在のグローバル経済に大きな影響を与える国・地域と日本の動向を見ていきたいと思います。
中国
中国は、2001年の12月にWTOに加盟しました。この時点で、970品目の農産品の関税率、最終譲許税率、実施期間について目標を掲げ、2010年にはすべての関税率の引き下げを実現しています。
WTO加盟によって、中国は国内では制度改革と市場経済化を進め、グローバル経済では有利な環境を確保し、WTO内でも大きな存在感と発言力を得るようになりました。
最初は、西側諸国主導のWTOで中国がどう振る舞うかが懸念されていましたが、現時点ではWTO協定の枠組みを尊重し、ルール形成にも積極的に取り組んでいます。
その一方では、対外的に
- オーストラリア産の大麦やワインに対してアンチ・ダンピング課税を行う
- 日本産の複数のステンレス製品に最大で29%の関税を上乗せする
などの強硬な措置をとり、いずれもWTOへ提訴されています。
また、中国はWTO内で自らを現在でも「途上国」と位置付けて優遇措置を受け続けていたり、日米やオランダを相手に半導体の輸出規制撤廃を要求したりするなど、WTOの制度を自国の利益誘導に積極的に活用する動きも目立ちます。
台湾
台湾は、2002年1月に「独立関税地域」としてWTOに加盟しました。加盟当初の関税引き下げ目標は予定どおり達成し、2009年にはWTO政府調達協定にも加盟しています。
2018年には「先進国」としてWTOに参加し、途上国への優遇措置を放棄しました。これは中国との違いを明確にして欧米諸国への協調姿勢を取ることで、WTOでの存在感を高める狙いです。
2022年には、リトアニアが国内に台湾の代表機関を設置したことで、中国がリトアニアに差別的な貿易措置を取りました。これを米・豪・EUがWTOに提訴し、台湾も協議に参加しています。
台湾は2017年の1人当たり名目GDPが2万5千ドルに達し、WTOでも存在感が高まる反面、貿易をめぐる動きでは上記のように、常に中国との関係が影を落としています。
アメリカ
アメリカは1995年のWTO発足と同時に加盟しています。従来から、貿易協定の締結を外交政策において重視してきたこともあり、FTAによる多国間の貿易協定を進める一方、日本やEUなどと共に、WTOで主要な位置を占めてきました。
しかし2000年代に入り、アメリカは多角的貿易体制を基礎とするWTO体制を批判し、度重なる改革を訴えるようになります。その理由としては
- 著しい経済成長を遂げた中国との主導権争い
- 加盟国が増えてきた途上国優遇への不満
- 小国がアメリカとの紛争を処理する場として使われることが多いWTOの紛争解決手続
こうした不満は、トランプ前政権で表面化しました。この時期にアメリカは、排他的な輸出管理政策や、ファーウェイ、Tiktokなど中国企業の米国市場からの排除に乗り出します。
しまいには、鉄鋼やアルミニウム製品への関税が違反であるとしたWTO協定を拒否し、WTOからの脱退を示唆する、WTO上級委員会の選任を阻止するなどの動きを見せています。
バイデン政権に変わってもWTOへの対応に大きな改善は見られず、先行きは不透明です。
EU(欧州連合)
EUも、1995年のWTO設立時にEUの前身、欧州共同体(EC)として加盟しています。
EUでは欧州委員会が単独でWTOなど通商協定の交渉を行い、その都度委員会に交渉状況を報告することになっています。
もともとEU自体は一つの経済同盟として、統合拡大のために貿易協定を使ってきました。それが2006年以降、EU域外への通商政策を重視し始めたことから、WTO協定を最優先と位置付けています。
EUはWTOに対し、中国の台頭や電子商取引の広がりを反映したルールの見直し・整備などを提案。その一方では、中国などが反発する炭素国境調整措置の導入を目指したり、英国による洋上風力関連の国内製品の調達をWTO協定違反として提訴したりなど、 通商や貿易、環境問題をめぐり物議をかもす動きを見せています。
日本
日本も1995年のWTO発足時に加盟した国のひとつです。
日本では物品の輸出や海外投資などを中心とした対外貿易が多く、鉄鋼や化学品などがしばしばアンチダンピングの標的とされています。今後日本が対外貿易として有望視しているのが
- 農産物や食品の輸出:高品質で需要が高い反面、関税も高く、さらなる自由化が求められる
- インフラ分野:特に鉄道や発電分野での設計や建設、運営や整備で成果をあげている
- ITA拡大交渉:先進的なIT製品の貿易拡大による各国経済の生産性向上
こうした分野に日本政府は支援を進めたい反面、支援が補助金と見なされれば、WTO協定により提訴される可能性もあります。
なお、WTOの紛争解決手続では、日本が申立国となったケースは2015年時点で18件、そのうち解決ずみの16件中15件で日本の主張が受け入れられています。その中には中国によるレアアースの輸出規制や、EUによるIT製品への関税措置などがあります。
WTO協定に関するよくある疑問
ここでは、WTO協定に関しての疑問をあげていきたいと思います。
基本原則の例外って?
WTO協定では、物品貿易の自由化のための基本原則を定めていますが、これらの原則に違反する措置であっても、以下の正当化できる事例に対しては例外とされます。
- 一般的例外
・公衆の道徳保護(違法薬物の輸入禁止)
・生命または健康の保護(動植物や病原菌の検疫など)
・税関手続・水際規制(知的財産権の侵害など)
・有限天然資源の保全(鉱石資源の取引) - 安全保障例外
・安全保障目的の措置を正当化する規定
ただし、過去にもさまざまな違反的・差別的措置をこうした正当化理由に当てはめた貿易制限事例は数多くあります。紛争解決手続では、こうした事例を法解釈に基づいて審理が行われます。
原産地証明書とは?
原産地証明書は、ある品物を輸入する際に、その物品の原産地を認定するための証明書です。
なぜそれが必要かというと、途上国や他の貿易協定締結国など、関税上の待遇が違う国から輸入する物品に対しては、それがどの国で加工や生産、付加価値が加えられたかを認定しなければ、輸入する際の関税率に影響が出るからです。
そのため、該当する物品を輸入する業者は輸出側に対し、あらかじめその物品が特恵税率を適用できる国の原産品であるか、書類の対象品目と一致しているか、原材料や生産者・生産地、専門家による規則の内容などを問い合わせ、原産地証明書を用意する必要があります。
WTO対象の入札とは?
WTO協定には「政府調達協定(GPA)」という協定があります。これは先に述べた「政府調達」の事業で、国内産業を過度に保護したり、外国企業を差別しないようにしたりするものです。
このため公共事業では業種別、機関別に一定の入札基準額が決められており、この基準より高い額がWTO対象の入札となります。この入札額を超えると海外の企業も入札に参加できることになり、事業主体にとってはより高額の契約を得られる反面、国内企業にとっては脅威ともなります。
WTOはもはや必要ない?
前述した課題や問題点だけを見ると、「WTOは機能不全に陥っている」という理由から、WTOの存続そのものに疑問を抱く声も少なくありません。
このような現状に対し、2018年頃から、WTOは現代的要請に合った貿易ルールの策定や監視機能、透明性の強化などの組織改革を行っています。
そしてWTOは、現在でもFTAの枠組みから取り残された国々に、加盟国として協定に参加する機会を与えています。大国同士の利害によって世界経済が再びブロック化されないためにも、すべての貿易協定の上位互換に位置するWTO協定の存在は不可欠であり、日本、EU、中国などもそのルールや意義、必要性を十分に認識しています。
WTO協定とSDGs
では、ここまで述べてきたWTO協定は、SDGs(持続可能な開発目標)とはどのような関係があるのでしょうか。最後に、WTO協定とSDGsとの関係について、そのつながりを示す部分と、SDGsの達成目標への貢献の可能性について見ていきましょう。
目標17「パートナーシップで目標を達成する」など
SDGsでは、目標17「パートナーシップで目標を達成する」のターゲットの中に、
17.10:ドーハ・ラウンド(DDA)交渉の結果を含めたWTOの下での普遍的でルールに基づいた、差別的でない、公平な多角的貿易体制を促進する
17.12:後発開発途上国からの輸入に対する特恵的な原産地規則が透明で簡略的かつ市場アクセスの円滑化に寄与するものとなるようにすることを含む世界貿易機関(WTO)の決定に矛盾しない形で、すべての後発開発途上国に対し、永続的な無税・無枠の市場アクセスを適時実施する
といった文言が含まれており、SDGsは、グローバル・パートナーシップを重視する目標17でWTOの役割を重視しています。
この他にも、
- 目標10「人や国の不平等をなくそう」:WTO協定の後発開発途上国へのS&D原則の重視
- 目標14「海の豊かさを守ろう」:WTO漁業補助金は、途上国への配慮をした上で抑制する
- 目標3「すべての人に健康と福祉を」:公衆衛生保護と医薬品の提供にかかわるTRIPS協定(知的所有権の貿易関連協定)の柔軟性への規定を行使する開発途上国の権利を確約
など、WTOはSDGsの多くの目標課題に関連しています。
目標達成への課題は?
WTOは本来、貿易の障壁を取り去って、資源の再分配や効率的な利用を促すことで、SDGsの目標達成に必要な平等・公正な原則に基づく世界経済体制の確立を目指してきました。
しかし、ドーハ・ラウンドの失敗や加盟国間の対立により、GATSやTRIPSなどの協定がかえって途上国に不利な状況を生み出しているという指摘もなされています。
今後のWTO改革で、そうした懸念をどれだけ払拭できるかが、SDGsの達成にも関わってくると言えるでしょう。
【関連記事】SDGs17「パートナーシップで目標を達成しよう」現状と日本の取り組み、私たちにできること
まとめ
私たちの現在の生活は、良くも悪くもグローバル経済の影響を受けています。この世界で誰ひとり取り残されない公正な社会を築くためには、先進国や途上国の間で、いかにして公正な貿易を実現できるかにかかっています。
現在のWTOには抱える問題が多く、重大な危機に瀕していると言われています。
それでもなお、世界全体を包括する、実効性のある組織としてWTOが機能している現実は否定するべきではありません。グローバル経済のルールを理解し、どう向き合うかが、これからの私たちの重要な課題となってくるのです。
参考文献・資料
WTO・FTA法入門(第2版)ーグローバル経済のルールを学ぶ/小林友彦・飯野文・小寺智史・福永有夏/法律文化社;2020年
WTOとは|外務省 – Ministry of Foreign Affairs of Japan
世界貿易機関を設立するマラケシュ協定 本文|外務省
WTO ルールの概要 – 経済産業省
WTOへの加盟|外務省 – Ministry of Foreign Affairs of Japan
総論 WTO協定の概要 – 経済産業省
WTOについて – 農林水産省
WTO対象の入札とは?国際協定と基準についてわかりやすく解説|入札王
第2章 WTO 加盟交渉の現状|2021年不公正貿易報告書;資料編|経済産業省
原産地証明手続 : 税関 Japan Customs
WTOなき世界:何が問題なのか? – RIETI – Special Report – 独立行政法人経済産業研究所
How Does a Country Become a WTO Member? – The Balance
第2章 中国の WTO 加盟後の約束事項の履行状況 【要旨】|農林水産省
WTO、日本勝訴認める 中国のステンレス製品課税巡り – 日本経済新聞 2023年6月20日
中国のWTO加盟20年とその評価|RIETI – Special Report – 独立行政法人経済産業研究所
中国の日本産ステンレス製品への高関税は違反 WTOが是正求める|NHK 2023年6月20日
中国とWTO-加盟20年を振り返る(議事概要)|RIETI – 独立行政法人経済産業研究所
WTO・他協定加盟状況 | 米国 – 北米 – 国・地域別に見る – ジェトロ
渡邉真理子;米中は何を対立しているのか : 多国間自由貿易体制の紛争解決ルールと場外乱闘|比較経済研究 第58巻第2号(2021年6月)31-43頁
WTO 米トランプ前政権の鉄鋼などへの関税 協定違反の判断示す | NHK 2022年12月11日
WTO・他協定加盟状況 | 台湾 – アジア – 国・地域別に見る – ジェトロ
台湾の「世界貿易機関(WTO)政府調達協定」への正式加盟:台湾ビジネス法務実務情報 2009年9月1日|弁護士法人黒田法律事務所
台湾、WTOで「途上国」優遇放棄 中国との差訴え – 日本経済新聞 2018年10月16日
リトアニア巡るEU・中国のWTO協議、台湾も参加 – ロイター2022年2月15日
WTO・他協定加盟状況 | EU – 欧州 – 国・地域別に見る – ジェトロ
WTO委員会でEUの炭素国境調整措置を議論|ARC WATCHING 2021年6月 株式会社旭リサーチセンター|旭化成
貿易と環境:炭素国境調整措置の概要とWTOルール整合性|経済産業省
通報義務違反に「制裁」、WTO改革でEUが提案 – 日本経済新聞2018年9月19日
No.331 産業政策 vs.自由貿易ルールの葛藤~EUが英国洋上風力ローカルコンテンツ政策をWTO提訴~|京都大学大学院経済学研究科
WTOは日本にとってなぜ重要なのか? – METI Journal 2015年4・5月号|経済産業省
WTO改革と日本 – 一般財団法人国際貿易投資研究所(ITI)
第8章 WTO 改革の動向と課題|日本国際問題研究所
FTAの潮流と日本 | EPA/FTA、WTO – 目的別に見る – ジェトロ
田村考司 持続可能な開発目標(SDGs)と世界貿易機関(WTO) —目標3とTRIPs協定を手掛かりに —|桜美林大学研究紀要 社会科学研究 第3号(2023年3月)|桜美林大学学術機関リポジトリ