近年のめざましい経済発展によって、私たちの暮らしは豊かになりましたが、それと引き換えに環境汚染が深刻化しています。数ある環境問題の中でも、身近なものの一つとして挙げられるのが酸性雨です。
酸性雨は自然環境をはじめ、私たち人間の生活にも大きな悪影響を及ぼします。
酸性雨の現状や原因を知り、改善のための取り組みを行うことは近年注目を集めるSDGsの目標達成にもつながります。
そこでこの記事では、酸性雨について詳しく見ていきます。
目次
酸性雨とは?
酸性雨とは、二酸化硫黄(SO2)や窒素酸化物(NOx)が溶け込んだ雨・雪・霧のことです。
通常より強い酸性を示すことから、河川や土壌、生態系に悪影響を及ぼします。
また、コンクリートを溶かしたり、金属に錆を発生させたりするなど、建造物や文化財の劣化にも繋がります。
通常の雨にも酸性の物質は含まれている
通常の雨も不純物である二酸化硫黄や窒素酸化物を含むため、酸性(弱酸性)に分類されます。では、酸性雨と通常の雨の違いは、どこにあるのでしょうか。
酸性雨の指標
酸性雨と通常の雨の大きな違いはpH(ペーハー)値です。
pH値は液体がアルカリ性か酸性かを示すものです。一般的に低くなるほど酸性を、高くなるほどアルカリ性を意味し、中性と言われている数値は7pHです。
この数値をもとに酸性雨か通常の雨かが判断されています。
- 通常の雨→5.6pH
- 酸性雨→5.6pH以下
つまり、雨のなかでもより酸性度が高いものが酸性雨と呼ばれるのです。
酸性雨は雨だけではない
酸性“雨”という言葉から雨だけであると思われがちですが、実際には酸性の強い霧や雪も同じく酸性雨と呼ばれています。また、晴天の日でもガスや微粒子の状態で地上に降りかかるものも酸性雨です。
酸性雨はいつから問題視されるようになった?
酸性雨という言葉が初めて使われたのは1872年と言われています。産業革命が起こったイギリスにおいて、酸性の雨が確認され、acid rain(酸性の雨)と呼ばれるようになりました。
酸性雨の原因は「人為起源」と「自然起源」の2つ
続いては、酸性雨の発生原因について見ていきましょう。
酸性雨の起源は大きく分けて、人為的なものと自然によるものの2つです。
①人為起源
人為的な起源として挙げられるのが、自動車や工場から排出されるガスです。ガスの中には、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)が含まれており、これらが大気中で硫酸(H2SO4)や硝酸(HNO3)といった強い酸に変化し、酸性雨を降らせるのです。
②自然起源
酸性雨の自然起源として挙げられるのが、火山活動によって発生するガスです。
火山ガスにも二酸化硫黄などの硫黄化合物が含まれており、大気中で酸化されることによって硫酸の微粒子が生じます。
酸性雨が私たちに及ぼす影響・デメリットとは
強い酸性を示す酸性雨は自然環境や、私たち人間の生活などに様々な悪影響を及ぼします。その被害を自然環境・人間・建造物・生き物の四つの項目ごとに紹介します。
自然環境
酸性雨は強い酸性であるため、木々の葉に降り注ぐと枯れてしまいます。また、土壌に染み込むことで、土質も変化するケースが見られ、こちらも同様に木々に深刻なダメージを与えてしまうのです。
実際に、この現象は世界各地で見られています。例えば、ドイツ・チェコ・ポーランドの国境地帯に存在する地域「黒い三角地帯」。こちらで採れる石炭は品質が悪く、硫黄を多く含んでいるため、燃焼時に酸性雨の原因となる物質を大量に排出します。
これにより地域に酸性雨が降り注ぎ、森の木々が枯れる原因となりました。
【関連記事】森林破壊とは?現状や原因・個人ができることを具体的に説明
人間
私たち人間も酸性雨の被害を受けています。
代表的な健康被害事例として、ロンドンスモッグ事件が挙げられます。
これは1952年にイギリスのテムズ川流域で起きた事件で、4日間で約4,000人もの人々が、酸性雨などの大気汚染が原因で命を落としました。当時、イギリスでは石炭を主な燃料としており、燃焼する際には大量の二酸化硫黄などが排出されていました。これが原因で、「レモンより酸っぱい雨」とも呼ばれる、pH1.5の非常に強い酸性雨が降ったと言います。
これにより多くの人々が呼吸困難・チアノーゼ・発熱を患い、亡くなってしまったのです。
建造物
コンクリートや大理石、銅を溶かす性質を持つ酸性雨は、貴重な建造物にも被害を与えています。
世界最大級の古代仏像と言われ、世界遺産にも登録されている中国・四川省の「楽山大仏」は、酸性雨によって顔に大きな黒い線ができ、鼻も黒く染まってしまいました。
現在は修繕作業によって大仏の顔は綺麗になりましたが、四川省は石炭を利用する発電所や工場が多く、楽山大仏のような酸性雨の被害も増加傾向にあります。
動物(魚類)
酸性雨の被害に遭う生物の代表例として魚が挙げられます。
通常であれば、川はpH7前後(中性)の数値を示します。しかし、酸性雨により水質が酸性化することで、そこを住処とする魚に影響を及ぼします。
例えば北欧の国々では、冬になると酸性の汚染物質を含んだ雪が積もり、それが春になると川や湖に溶け出します。その結果、酸性に弱いとされるサケ科のタイセイヨウサケブラウントラウトが死んでしまうなどの被害が発生しました。
酸性雨の現状
酸性雨についてわかったところで、世界や日本の酸性雨の現状について確認しましょう。
世界の酸性雨の被害状況
これまで、酸性雨による影響はほとんどが経済発展が進む先進国での出来事でした。しかし、近年では開発途上国の工業化が進み、東南アジアなどを中心に世界中で酸性雨の被害が広がっています。
また、酸性雨の原因物質である硫黄酸化物や窒素酸化物などは、発生源から数千キロ離れた地域であっても運ばれます。
そのため、国として酸性雨の発生を防いだとしても、近隣地域の汚染物質によって酸性雨が降るということも有り得るのです。
日本の酸性雨は改善傾向にある
日本は、未だpH5.6以下の酸性雨が降っているものの、年々改善傾向にあります。
グラフを見ると、平成5年時点でpHが約4.5を示していたのに対し、令和元年度にはpH4.8まで改善しています。これは、近隣国である中国の待機線物質量が減少したことによるものです。
とは言え、依然として酸性雨が降る現状があるため、解消に向けた取り組みを進めなければなりません。
酸性雨に対して行われている世界と日本の取り組み具体例
ここでは、世界の条約や日本での取り組みを中心に詳しく見ていきましょう。
【世界】長距離越境大気汚染条約(ウィーン条約)
酸性雨の対策は広域で行う必要があり、その一つが「長距離越境大気汚染条約(ウィーン条約)」です。
ノルウェーが提案したこの条約は、1983年3月に発効され、ヨーロッパを中心にアメリカやカナダなど49ヵ国が加盟しています。
加盟国には酸性雨の越境大気汚染の防止対策が義務づけられ、
- 酸性雨による被害状況の監視・評価
- 国際協力の実施
- 原因物質の排出削減対策
などが定められています。
【日本】東アジア酸性雨ネットワーク(EANET)
日本でも酸性雨対策として「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)」を設立しました。酸性雨の現状把握や影響の解明に向けて、モニタリングやデータ収集、評価などを近隣国や地域が協力して行っていくことを目的に、2001年1月から稼働しています。
加盟国は日本の他に、
- 韓国
- 中国
- インドネシア
- フィリピン
などの東アジアの国々計13ヵ国です。
【日本企業】水島ガス株式会社
日本の民間企業も、様々な酸性雨対策の取り組みを行っています。
岡山県倉敷市水島に本社を置く「水島ガス株式会社」では、石油や石炭よりも分子中の炭素原子の割合が小さいメタン(CH4)を主成分とする天然ガスを採用しています。
天然ガスは燃焼時の二酸化炭素(CO2)の排出量を減らすだけではなく、窒素成分もほとんど含まれていないことから、光化学スモッグの原因物質である窒素酸化物(NOX)の発生も格段に減らせます。
さらに、液化の際には硫黄などの不純物を取り除き、酸性雨の直接原因となる硫黄酸化物(SOX)の排出も抑えました。
ここまで世界や日本の酸性雨対策を紹介しました。
酸性雨は世界中で対策が必要な大きな環境問題ですが、個人にもできることはあります。
続いては、個人にもできる酸性雨対策を見ていきましょう。
私たちができる酸性雨対策|個人ができること
個人にもできる酸性雨対策を、固定発生源と移動発生源の2つに分けて確認していきます。
固定発生源について:省エネを心がける
酸性雨の原因の一つである固定発生源は、主に工場や発電所などから発生しています。
つまり、一人ひとりが電気の消費量を抑え、発電そのものの量を減らすことで、酸性雨の原因となるガスの排出を抑えることができるのです。
移動発生源について:自動車の利用に配慮
酸性雨の原因として、自動車や飛行機などの移動発生源にも注目する必要があります。
大気汚染防止法によって自動車1台の排出ガス量の許容限度が定められ、酸性雨の原因物質の一つである窒素酸化物の量は年々低下しています。
しかし、移動発生源である自動車や飛行機は私たち人間にとって欠かせないものであり、今も排出ガスとして酸性雨の原因物質が発生しています。
全く使用しないことはできないものの、可能な限り公共交通機関を利用したり、自転車や徒歩で移動したりするだけでも排出ガスの発生を削減できるでしょう。
このような取り組みを積み重ねていくことによって、自然環境や私たちの暮らしに良い影響与えるだけではなく、SDGsの目標達成にも貢献できます。
【関連記事】モーダルシフトとは?世界の事例とSDGsとの関係についても紹介!
酸性雨の改善はSDGsの目標達成に貢献する
最後にSDGsと酸性雨の関わりを見ていきましょう。
酸性雨対策とSDGsが、どのように関係しているか1つずつ詳しく説明します。
SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」
SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」は、地球温暖化が原因による気候変動の解決を目指して、取り組みを進めていくことが掲げられています。
大雨や猛暑日などの気候変動は世界中で起こっており、雨・雪・霧と天候によって形状を変える酸性雨も気候変動の問題の1つです。このような問題に対して目標13では、国ごとに具体的な対策や計画を立てることが求められています。
そのため、酸性雨もその他の気候変動と同じように、世界中の国や人々による対策が必要です。
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」は、海洋生物を保護するとともに、水質汚染を防ぐことが掲げられています。
酸性雨による被害の部分で、酸性雨が降り注いだ雨や雪が川に溶け込み、サケ科の魚が死んでしまった事例を紹介しました。
これは海も同じであり、酸性雨によって海水のpHが変わるようなことがあれば、海の生物たちの命が脅かされてしまうでしょう。
SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」
SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」は、森林保全に加え、そこを住処とする動植物も守っていくことを掲げています。
酸性雨によって森林が減少すれば、陸で生活する動物たちが絶滅の危機に晒されることもあるでしょう。
事実、森林に生息する世界の野生生物の中で、1万4,000種以上が絶滅の危険性があるとされています。
森林の減少要因は違法伐採や山火事など様々ですが、酸性雨も大きな要因の一つです。
酸性雨が降った土壌が酸性化することで、カルシウムやマグネシウムが溶け出し、次に溶け出したアルミニウムが植物の根を傷め、最終的には枯らしてしまいます。
生物たちは食物連鎖で繋がっているため、森林がなくなるとその場所以外に生息する生物の絶滅にもつながるでしょう。
目標15を達成するためには、陸の生物たちの生存に欠かせない森林の保護が必須であり、森林保護のためには酸性雨対策を行うことが重要です。
【関連記事】絶滅危惧種とは?レッドリストや原因について知ろう
酸性雨に関するよくある質問
酸性雨に関するよくある質問を紹介します。
普通の雨と酸性雨の違いはなに?
雨のpHは、空気中の二酸化炭素が雨水に溶け込んでいるため5.6pHの酸性を示します。
その中でもpHが5.6pH以下のものを酸性雨と呼びます。
日本でも酸性雨が降っているの?
日本の酸性雨問題は徐々に改善傾向にあります。
しかし、未だpHは4.8という基準値よりも高い酸性を示しています。
酸性雨は人体にどんな影響を与えるの?
酸性雨は目や喉、鼻や皮膚に刺激を与えるとされています。
また、髪の色が緑に変色するといった影響も報告されています。
まとめ
この記事では酸性雨について詳しく見てきました。
酸性雨は自然環境をはじめとして、私たち人間の健康や建築物の劣化にも悪影響を及ぼしますが、昨今の日本では酸性雨が話題に上がることが少なくなりました。
しかし、pH値5.6以下が酸性雨とされており、pH値の平均が4.6〜4.7である日本の雨は酸性雨であることは間違いありません。
現状では大きな問題ではないからといって、解決した問題として捉えるのではなく、先述したSDGsの達成目標を念頭に少しでも行動することが、酸性雨の完全な解決につながるでしょう。
<参考文献>
国土交通省気象庁「酸性雨に関する基礎的な知識」
新宿区「酸性雨」
NHK for School「酸性・アルカリ性の強さとPH」
国立研究開発法人国立環境研究所
独立行政法人環境再生保全機構
一般社団法人日本地球化学会
国土交通省気象庁「酸性雨に関する基礎的な知識」
アジア大気汚染研究センター
一般財団法人環境イノベーション情報機構「ロンドンスモッグ事件」
山形大学環境保全センター
一般財団法人 環境イノベーション情報機構
環境省「我が国における酸性雨の状況及び長期モニタリング計画の改訂について」
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
一般財団法人環境イノベーション情報機構
経済産業省
外務省
水島ガス株式会社「環境への取り組み」
地球環境問題入門(酸性雨の各論)
ウェザーニュース「いま、酸性雨はどうなっているの?」