ここ数年、観光政策の一環としてサイクルツーリズムを取り入れる自治体が増えています。
国が進める活用推進の政策に加え、コロナ禍を機に「密にならない移動手段」として、自転車の価値が改めて注目されるようになりました。
この記事ではサイクルツーリズムの魅力や可能性、また実際に始めるにあたっての課題から、SDGsとの密接な関連についても紹介します。
目次
サイクルツーリズムとは
サイクルツーリズムとは、自転車を活用した観光です。
その中でも
- 自転車に乗ることを目的とするもの
- 旅行やレジャーが主で、その中で自転車を利用するもの
- 自転車にまつわるイベント
に分かれます。訪れた地域を自転車で回ることで、ツーリング、グルメ、名所旧跡めぐりから聖地巡礼※1など、多種多様な旅の目的に対応できます。
※1聖地巡礼:宗教上の聖地を巡礼者が回ること。ここではアニメや映画などの舞台になった土地を訪れ、作品の雰囲気を追体験する旅行スタイルをさす
観光立国へ向けて国土交通省も推進
日本を観光立国として盛り上げたい政府も、サイクルツーリズムを積極的に推進しています。2016年の国会での「自転車活用推進法」成立を機に、国土交通省も「自転車を活用した観光地域づくり」は有望な「体験型観光」であるとして、各自治体や施設への積極的なサポートを約束しています。
サイクルツーリズムの5つの種類
では、具体的なサイクルツーリズムとはどのようなものを言うのでしょうか。
日本の各自治体で展開されているサイクルツーリズムには、その目的や方法によって、以下の5つのタイプがあります。
とはいえ、必ずしもこれらのタイプが明確に分かれているわけではなく、複数の特徴を兼ねているツーリズムもあることを理解しておきましょう。
①参加型
特定の日時に場所・コースを指定し、参加者を募ります。参加者は当日現地へ集まり、みんなでコースを走るイベントです。イベントを通して大勢の参加者同士だけでなく、サポートをしてくれる地元の人たちとの交流もできる魅力があります。
②観戦型
観戦型ツーリズムは、自転車競技を開催し、観客を集めてレースを観戦することをメインとするタイプです。ロードレースなどは公道を使って行うため、経験のあるスタッフの手配や交通規制、関係各所への手続きなどが必要になります。
大規模なレースでは熱心なファンが全国から訪れ、一定の観客動員が見込まれるため、観戦客を取り込む観光サービスも需要があります。
③設置型
各自治体が近年最も力を入れているのがこの設置型ツーリズムです。
これは地元にサイクリングロードなどのインフラを整備し、地域の自然豊かな風景や景勝地、地元の飲食店などを紹介し、ホビーサイクリストを誘致して走りに来てもらうタイプです。
日時や期間を決めて行うイベント型ではないので、大掛かりな準備や手続きがなく、年間を通しての集客が期待できます。
④ツアー型
ツアー型のサイクルツーリズムは、主催者(主に旅行会社)が手配したツアーで、現地でサイクリングや自転車を使った観光旅行を楽しむ形が一般的です。多くのツアーでは主催者が日程・行程、立ち寄り先などを計画し、自転車輸送や現地でのガイドの手配などもしてくれるため、サイクリングツアーに不慣れな人も手軽に参加することができます。
⑤企画型
企画型サイクルツーリズムは、サイクルトレインを運行するなどの仕掛けを提供し、特定の地域でサイクリングを楽しむための企画を立てて行われます。
最初から最後まで利用者が自由に行動する③の設置型に比べ、現地までの交通手段や実施期間がある程度設定されているという違いがあります。
サイクルツーリズムがもたらす効果・メリット
サイクルツーリズムはそれまでのスタイルとは違う、新しい旅行体験を提供します。それは訪れる旅行者だけではなく、迎え入れる地元の地域にも多大な効果をもたらしてくれます。
メリット①新しいツーリングコースの開拓
多くのサイクリストは、まだ見ぬ新しいツーリングコースを求めています。サイクルツーリズムを導入した地域が「走ってみたい」と思えるような、魅力的なコースを紹介できれば、その場所を訪れる高いモチベーションに繋がります。
メリット②健康促進につながる
自転車による適度な運動が、健康維持やストレス発散に効果的なことはよく知られています。体力に自信のない方でも自分のペースで楽に移動ができる一方、相応のカロリーも消費されるため、地元での食事を堪能したい方にも最適です。
自転車を漕ぐことは、有酸素運動であり生活習慣病予防や免疫アップにつながります。
その他にも、ダイエット効果、下半身の筋力向上、持久力向上やメンタルヘルス改善にもつながります。
メリット③地域の観光資源の掘り起こし
サイクルツーリズムは、地域社会がそれまで何の関心も持っていなかったものが、新たに観光資源として価値を見出されるきっかけとなります。
地域によっては、有名な観光名所がない、交通の便が悪い、といったハンディキャップを抱える所も少なくありません。しかし、サイクルツーリズムを展開する上では、それらの点が逆に有利にはたらくこともあります。その理由としては
- 長時間滞在するような観光名所より、短時間で見て回れる小規模な施設や自然風景の方が、走ることと両立させやすい
- 交通量の多い幹線道路より細い裏道や街道の方が、街並みを楽しみながら走れる
- サイクリストには厳しい坂道を好んで登りたがる人が多く、へんぴな山道自体が魅力的なコースとなりうる
などが挙げられます。
こうした「のどかな風景や自然の中で走るのが楽しい」サイクルツーリズムならではの特性を活かすことで、町の魅力が見直され、新しい価値の再発見にもつながるのです。
メリット④地域活性化
遠方から多くの観光客を呼び込むことは、地域の活性化につながります。特に自転車での観光地巡りは、広い範囲を車よりゆっくり回れるため、より地元の人たちに近い目線で楽しめるのが利点です。サイクルツーリズムによる地域の活性要因としては
- 交流人口が増え、地元地域に親しみを持ってもらえる
- 外部からの観光客とのふれあいで、地元住民にも良い刺激になる
- 地元の飲食店や商店、製造業など産業の再興や発展につながる
- 自転車で走りやすい環境を整えることで、地元住民にも暮らしやすいまちづくりになる
といった点が挙げられます。
メリット⑤環境に優しい
自転車は排気ガスを出さないので、車での移動に比べ環境にも優しく、交通渋滞を起こしにくいため地域への負荷も少ないのが大きな利点です。
従ってサイクルツーリズムを実践することは、環境への取り組みにもつながります。
自動車の移動から自転車へ切り替えることで、二酸化炭素の排出を抑え低炭素化による持続可能な観光を実現します。
サイクルツーリズムの課題
さまざまなメリットにより、サイクルツーリズムを導入したいという自治体は増えています。しかし、導入にあたってはいくつかの困難や課題もあり、対応を誤ると地域のイメージダウンにもつながりかねません。では、サイクルツーリズムに取り組むうえで解決しなければならない課題にはどのようなものがあるのでしょうか。
課題①安全面と交通ルールの問題
何よりも優先すべきなのが、交通ルールの周知徹底と安全対策です。
正しい交通ルールを皆が理解することは、利用する旅行者はもちろんのこと、迎え入れる地元の住民にとっても重要です。特に都市部ではない小さな町ほど、住民も自転車に関するルールを知らない、守らないことが多く、これを放置すればお互いにトラブルの原因にもなるなどのケースもあるようです。まずは地域住民への周知徹底から始めましょう。
守るべき自転車ルール
車道の左側通行/信号は守る/夜間の無灯火禁止/携帯電話やヘッドホンの使用、酒気帯び運転の禁止/横並びでの並走禁止
安全に走るために配慮するべきこと
ヘルメット着用や手信号・安全確認の推奨/危険箇所や走ってはいけない場所の周知/自転車の整備や点検を行う施設の設置/不測の事態に対処する救急・医療体制や連絡網の整備
課題②インフラ整備
来訪するサイクリストにとっては、その地域がどれだけ自転車に優しいインフラを整えているかは非常に重要です。そのため、最低でも整備しておきたいのが
- 十分な幅の路側帯や進行方向を示す標識、走りやすい路面状況などハード面
- レンタサイクルやメンテナンスができる施設
- わかりやすいコースマップやルート案内
- サイクルラックの設置やコンビニエンスストア、商店、道の駅などの休憩施設
- 高価な自転車を安全に保管できる宿泊施設
などです。これらのインフラは、一過性のものでは意味がありません。安定した予算を確保しながら、持続可能な体制を整えていく必要があります。
課題③人的資源の充実
サイクルツーリズムの推進には、人的資源の充実も不可欠となります。計画や企画運営にあたっては、自転車に精通し、サイクリストと地域住民の両方の目線を持つ人材が必要です。
一方、多くの自治体で不足しているのがコーディネーターやツアーガイドなど、サイクルツーリズムを現場レベルでサポートできる人材です。こうした人材の育成・確保も成功のカギとなります。
課題④地域の理解・協力体制
自転車によるまちづくりのためには、その意義を地域住民に理解してもらい、サイクリストを歓迎する雰囲気を皆で作っていく必要があります。
具体的には、自治体による十分な説明や意見交換のほか、住民にも自転車利用を促し、積極的に走ってもらう取り組みが大切です。その過程で交通ルールの理解を深め、街の良さを見直したり、問題意識を共有するなどして、より良い仕組みを作っていきましょう。
日本のサイクルツーリズムの取り組み事例
日本のサイクルツーリズムは、「しまなみ海道サイクリングロード」が世界にその名を知られたことにより、全国で導入が活発化しました。ここからは、全国各地で注目を集める取組事例を紹介していきます。
参加型:走ってみっぺ南会津(福島県)
福島県の会津高原を舞台に開催され、美しい山並みや渓流など、豊かな自然を満喫しながら楽しめるサイクリングイベントです。10kmおきに設けられた休憩ポイントでは、地元の食材をふんだんに使用した食事やお菓子が用意されています。地元住民による積極的なサポート体制や応援にも定評があり、年々注目が高まっています。
観戦型:ジャパンカップサイクルロードレース(栃木県)
毎年10月に栃木県宇都宮市で開催されるロードレース大会です。
国内外のトップクラスのチームが多数参加し、観客動員数はのべ10万人を超えます。
特徴
- 市をあげて自転車利用のサポート体制を完備し、「自転車のまち」を標榜
- レース会場の宇都宮市森林公園を中心に多くのサイクリストを誘致
- レースを足掛かりに、餃子やジャズなど街の魅力を国内外にアピール
設置型:つくば霞ヶ浦りんりんロード(茨城県)
霞ヶ浦と筑波山を中心に整備され、ナショナルサイクルルートにも指定された総距離180kmのサイクリングロードです。
全体的に平坦で走りやすい道が多く、地域の文化遺産や歴史的街並み、田園風景を楽しみながらサイクリングを楽しめます。特筆すべきは周辺地域の協力のもと、充実したサポート環境を備えた拠点が400ヶ所以上も完備されていることです。中でもJR土浦駅直結の「りんりんスクエア土浦」は、ショップからカフェ、レンタサイクル、観光案内所やシャワールームまで備えられています。
設置/企画型:四国一周サイクリング(愛媛・香川・高知・徳島)
四国4県のほぼ海沿いに整備されたサイクリングロードで、総距離は国内最大クラスの1000㎞にも達します。通年で一周チャレンジの参加者を募り、走力やスケジュールに応じたプランを提案しています。
特徴
- 道の駅や見どころを示す詳細なコースマップ
- 各県の名産やご当地グルメの豊富な情報
- 参加者を対象に充実したサービスを提供する「おもてなしサポーター」
サイクルツーリズムとSDGsの関連性
サイクルツーリズムはその性質上、SDGsとの親和性が高く、環境負荷の低さや産業振興、陸や河川、海の豊かさなど、いくつもの要素で深い関連性が見られます。ここでは、その中でも特に関連が強い項目を紹介していきたいと思います。
SDGsとは
SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」を意味する単語で、すべての国連加盟国が2030年までに達成するべき目標です。内容としては17の大きな目標と、それぞれをより具体的に示した169のターゲットによって構成されています。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」
長寿社会において健康増進を図り、生活の質を向上させるためには、適度な運動が不可欠です。自転車は身体への負担が少ない有酸素運動であるため、多くの人にとってダイエットや疾病予防に有効な手段となり得ます。
また、地方はどうしても車社会の傾向にありますが、サイクルツーリズムの導入によって街全体が過度な車への依存からの脱却が期待できます。これにより、大気汚染や自動車事故を減らすことにもつながります。
SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」
少子高齢化と過疎化による人口減少は、産業やインフラの劣化を招き、地方の衰退をもたらします。サイクルツーリズムによって町の特性や魅力が再発見され、交流人口が増えることは、地場産業の振興や地域社会の活性化につながります。
また自転車は人間にとって最も身近な乗り物であるため、自転車に優しいまちづくりを進めることは、地域で暮らす住民にとっても住みやすい環境に結びつきます。
まとめ
サイクルツーリズムは、古くて新しい旅行の形として、自転車愛好家を中心に発展してきました。そして現在、かつてない自転車ブームの追い風を受け、サイクルツーリズムはより多くの層へと広がっています。
環境問題や健康、地方の過疎化、クルマ依存の弊害など、さまざまな問題に直面している私たちの社会において、サイクルツーリズムは持続可能な社会に大きく貢献できるのです。
<参考文献>
サイクルツーリズムの進め方 自転車でつくる豊かな地域:藤本芳一+輪の国びわ湖推進協議会著/学芸出版社
GOOD CYCLE JAPAN | 国土交通省
第 2 章. サイクルツーリズムの推進 – 千葉市
サイクルツーリズム事業(ツール・ド・ニッポン) – ルーツ …
サイクルツーリズム サイクリングガイド サイクリング JCTA
自転車を活用したまちづくりに関する研究|経営情報学会 2017年春季全国研究発表大会