石島 知
harmo株式会社 代表取締役Co-CEO 慶應義塾大学大学院SDM研究科修了。
2012年:ソニー株式会社に入社し、オーディオ機器の海外マーケティングに従事。
2014年:ビジネスプランナーとしてharmo事業に参画。
2019年:harmo事業のシミックグループへの承継を主導。
2021年:harmo株式会社を創業。代表取締役就任。
2022年:難病・希少疾患患者向けサービスを開発するノックオンザドア株式会社のシミックグループへのM&Aを主導。ノックオンザドア株式会社取締役を兼務。
目次
introduction
PHR(Personal Health Record パーソナルヘルスレコード)を活用し、医療現場と患者の安全・安心を、そして大切な人を見守る社会の実現を目指すharmo株式会社。
電子版お薬手帳「harmoおくすり手帳」や予防接種管理システム「harmoワクチンケア」を手掛けています。
今回は、代表取締役Co-CEOの石島知さんに、会社設立の経緯や、PHR、「harmoおくすり手帳」などについてお話をお伺いしました。
PHRを活用して情報の価値を還元するビジネスを目指す
–はじめに、harmo株式会社のご紹介をお願いいたします。
石島さん:
日本で最初に医薬品開発支援ビジネスを開始した「シミックグループ」の一員でもある弊社は、「大切なひとを、もっと大切にする」を存在意義として掲げ、PHRを用いたヘルスケアプラットフォームを手掛けています。
主な事業は、電子版お薬手帳「harmoおくすり手帳」や、予防接種管理アプリ「harmoワクチンケア」の企画・開発・運営などです。
–御社が活用しているPHRとはどのようなものなのでしょうか。
石島さん:
PHRは、生涯型電子カルテともいわれます。個人の生涯にわたる健康・医療・介護などに関する情報を、デジタルの力で統合的に収集し、一元管理した保健医療情報です。
PHRには検診情報・予防接種歴・薬剤情報・検査結果等の医療関連情報の他に、生活に関する歩数や睡眠・食事など様々な情報があります。
その中でも弊社が注力しているのが薬剤情報です。「harmoおくすり手帳」と「harmoワクチンケア」を基軸に得られる医療・薬剤データを活用し、利用者に情報の価値を還元するビジネスを目指しています。
薬剤情報は、医療情報の中でも、特に患者さんの疾患等に影響が大きいデータであると捉えています。加えて、服用後に検査の数値がどう変化したのか、その数値が生活習慣とどのように関わっているのかなど、さらに多くのデータと組み合わせれば様々なことがわかり、患者さんの行動変容にも繋げられると考えています。
—次に、御社の設立のきっかけやシミックグループの一員になった経緯などをお聞かせいただけますか。
石島さん:
弊社の創立は、ソニー株式会社で創案された「harmoおくすり手帳」の事業がきっかけです。
現在、弊社会長である福士はソニー在籍時代に謎の微熱に悩まされていたことがあります。その時にあちこちの医療機関から大量に処方された薬剤を、お薬手帳で管理しきれなかった経験から、電子化ができないかと考え、2008年に実証実験がスタートしました。
その後、ソニー社内でharmo事業を立ち上げる事となり、私もメンバーとして参加し、2016年には社内事業化しました。
準備を進める中で、「患者さんの医療・健康情報をデジタル化し活用していく概念はよい」と前向きな評価を得ていましたが、当時、「PHRの分野自体が国内でまだ認知されていなかったこと」、「医療機関との接点があまりないこと」などにより、事業が立ち上がるには時間がかかると考えていました。
そこで、事業会社とのアライアンスを検討していたところに、医療業界で中長期的にPHR事業を立ち上げたいと考えているシミックグループと出会いました。
シミックではCREEDに基づき、PHVC(Personal Health Value Creater パーソナルヘルスヴァリュークリエータ)という事業モデルに取り組んでいます。PHVCは、一人ひとりの健康価値を大切にしながら、すべての人がまっとうした人生を送るために 必要なヘルスケアを提供するという考え方に基づいた事業モデルです。
さらには、医薬品の開発支援事業からスタートした会社であるため、クライアントはほとんどが製薬会社で、その中で中立的な立場が取れ、薬の専門家が多くいること、病院やクリニックで治験を支援するような、現場に近い方が多くいることなどの理由から、シミックグループであればharmo事業をより拡大していけるのではないかと考え、単純なアライアンスではなく、事業を承継していくことが最良だと考えました。
「harmoおくすり手帳」で最適な医療を提供する
–では、「harmoおくすり手帳」についてお聞かせください。
石島さん:
「harmoおくすり手帳」は電子版お薬手帳を基盤としたPHRサービスで、患者向けと薬局・医療機関向けの2つのシステムで構成されています。
まず、患者側のシステムですが、専用のharmoカードを利用するか、スマートフォンにアプリをダウンロードして使います。
専用カードは提携している薬局で発行してもらえ、設置されている機器にタッチするだけで薬局・医療機関と処方された薬の情報が共有できます。
提携薬局が近くにない場合は、アプリのみでも使用可能で、薬局からもらう調剤明細書に記載されているQRコードを読み込むことで、薬の情報を登録、確認できます。この調剤明細書のQRコードは全国的に拡大されてきており、実際にharmoを通じて情報登録できた薬局数は2万軒を超えました。(厚労省の21年度衛生行政報告では全国薬局数は6万1791施設)アプリには「お薬登録」の項目もあり、市販薬や健康食品も登録が可能です。
また、自分自身だけでなく、家族の情報も同じアプリ内で共有して見られるので、家族間の見守りもできます。
これらのサービスに魅力を感じていただき、現在、約44万人ほどの方が登録しています。
次に、薬局・医療機関向けのシステムですが、患者さんに専用カードを機器にタッチしてもらうか、アプリの情報を開示してもらうことで、その方の薬に関する履歴情報を確認できます。
例えば、複数の医療機関にかかっている場合、他の医療機関で処方されている薬の確認は本人の申告がなければできません。その点、このシステムでは、同じ成分が入っている薬が他の場所で処方されているかなどがすぐにわかるので、重複を避け、副作用などのリスクを回避できます。
–「harmoおくすり手帳」を利用することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
石島さん:
医療機関や薬剤師の方々にとって、お薬手帳は最適な医療を提供するために、とても重要なものです。紙でのお薬情報の管理は、持ち運びに課題があったり、データの保存に制限があるなどの課題もあります。対してスマホなどを活用したharmoであれば、持ち忘れがないことや、データ保存期間が長いといったメリットもあります。
実例をあげますと、神戸市において脳卒中の患者さんが救急で運ばれたとき、紙のお薬手帳はお持ちでなかった一方で、harmoを持っていたために、医療従事者が情報をすぐに確認することができ、最適な救急措置が図れたと、感謝状を頂きました。
他にも一生涯にわたり医療データを蓄積できることがメリットとして挙げられます。
実際に、弊社サービスに実証実験の段階から参加してくれているお母さんと娘さんの長期に渡る利用例があります。
お母さんは娘さんが小さいときから10歳になるまでずっと薬剤データをharmoおくすり手帳に記録していました。その後、娘さんが自分のアカウントを作ってそのデータを引き継いだんです。自分が生まれたときからの医療データが一生涯にわたり蓄積できることはとても大切で、有意義なことだと思います。
お子さんに限らず、高齢の親御さんなど、家族みんなのデータを共有できることで、自分だけでなく大切なひとも大切にできる。これは弊社の存在意義にも繋がっています。
ワクチン接種を安心・安全にサポートする「harmoワクチンケア」
–それでは、「harmoワクチンケア」についてお聞かせください。
石島さん:
「harmoワクチンケア」は予防接種管理アプリで、2020年6月から実証実験を続けています。
また、ワクチンの接種会場に「harmoワクチンケア」の専用機器を設置し、過去のワクチンの接種歴を確認することで、安全なワクチン接種にも貢献できています。
「harmoワクチンケア」には、ワクチンを接種した人が利用する「一般ユーザーアプリ」と医療機関で使用する「医療従事者向けアプリ」があります。
一般の方向けアプリの主な機能は3つです。
1つは「スケジュール機能」で、利用者の生年月日を元に各ワクチンの接種時期の目安を表示します。接種予定日を登録することで、事前お知らせ機能が利用できるようになり、予防接種の打ち忘れ予防に役立ちます。
予防接種は、国からの接種推奨期間が過ぎると、自費で接種しなければなりませんので、便利な機能です。
2つ目は「接種記録の自動登録」です。
ワクチン接種後、harmoワクチンケアを導入している医療機関ならアプリに接種記録を登録してくれますので、正確な接種記録をいつでも確認できます。また、ご自身でも簡単に登録できます。
3つ目が「通知による見守り機能」です。
接種を受けたワクチンの安全性に関する問題が起きた場合などは、登録してあるロット番号などのワクチン固有の情報に合わせて、情報を届けます。
–お子さんが複数人いらっしゃる方には管理しやすく、より便利ですね。では、医療従事者向けのアプリはどのような機能なのでしょうか。
石島さん:
医療従事者向けのアプリにも主に3つの機能があります。
まず「接種間違い防止機能」です。
予防接種には、定期接種の範囲内かどうか、接種回数が超過していないか、接種間隔が適切であるかなど、複雑なルールがあります。これを自動でチェックすることができ、未然に接種の間違いを防ぎます。
一般ユーザーのアプリと連動しているので、これにより当日に接種可能なワクチンの確認ができます。
また、ワクチンの箱に表示されているコードを、アプリのカメラで読み取ることで、有効年月日やロット番号などを取得し、接種記録の登録ができる「ワクチン情報の正確な自動取得」。QRコード化された利用者の接種記録をバーコードリーダーで読み取り、電子カルテに転送できる「接種記録の転送機能」もあります。
このような仕組みを提供することで、ワクチン接種を安心・安全にサポートします。
–harmoワクチンケアはコロナワクチン用もありますね。
石島さん:
はい、基本的にはharmoワクチンケアと同じ仕組みです。
一般ユーザーアプリの代わりに、コロナワクチンの接種券を使用しました。接種券のバーコードを、専用のリーダーで読み取ることで、接種間隔やワクチンの種類をチェックし、チェック結果をタブレットに表示します。接種不可の場合は、エラー音が出て、打ち間違えがないようにしていました。
約200のワクチン接種会場で利用され、未然に事故を防止した実績もあリます。
いろいろな分野と協業し、課題解決に貢献したい
–では、御社が収集しているPHRがどのように使われているのか、具体的な事例をお聞かせいただけますか。
石島さん:
弊社では、「harmoおくすり手帳」を基盤とした薬のPHRを「育薬」につなげる研究をしています。
市販された薬が患者さんに使用される中で、情報が集まり、蓄積され、新しく改良などを加えることで、もっと安全な使いやすい薬に進化させることを「育薬」と言います。
例えば、慶応大学との共同研究では、お薬手帳の使用者で実証実験に賛同頂いた方に、薬の大きさ・包装・味・服薬生活などについてのアンケートに答えていただきました。全5回のアンケートが終了したので、論文にして研究結果を出す予定です。
このような研究で重要なのは、研究結果をきちんと患者さんにフィードバックすることです。提供いただいたデータを解析して、有益な情報を還元することで情報を循環させることが大切だと考えています。
harmo株式会社 × 慶應大薬・医薬品情報学講座 共同研究
–では、今後どのように御社の事業を展開していきたいか、展望をお聞かせください。
石島さん:
今後も 薬関連のPHRを活用したサービスを広げていきたいと思っていますが、我々だけでできることは非常に少ないと思っています。
大学や公的機関・ 国との連携、あるいは他の電子お薬手帳を提供する競合他社であっても、データを連携し、分析して新たな価値を発見することや、 患者さんのためになる情報提供を一緒に行っていくことは重要だと考えています。
また、自治体と連携し、サービス提供をする機会も多くありますので、その地域特有の課題解決をしたいと思います。
医療領域は公益性が求められる領域ですから、いろいろな分野の事業と競争するだけではなく、協調して進めていくことが非常に重要です。
それから、他社との連携のコンセプトを体現するものとして、京都清水寺とのコラボで「おくすり御守」なども作りました。
–SDGsなどにつながることを仕事にしたい人に対して何かメッセージありますか?
石島さん:
自分が興味ある分野のビジネスで、社会課題を解決することは非常に面白いと思います。
日常的に熱中して活動し、現場の小さな困りごとを解決した先に、医療健康の分野や、もっと大きな、例えばSDGsのような世界的課題解決にも繋がっていくのではないかと考えています。
これからは自分自身のPHRというだけでなく、親が子どもを、子どもが親を見守るような、大切なひとを見守るためのPHRも目指しています。
高齢の方々の中には、デジタルデバイスを使うのが難しい方もいらっしゃいますので、harmoがあれば、たとえ離れていても、いつでも情報が見られ、見守れるような世界にしたいと思います。
–本日は貴重なお話をありがとうございました。
harmo株式会社公式サイト:https://www.harmo.biz/