インドの文化に深く根ざしたヒンドゥー教は、日本人の私たちにとってミステリアスな一方、近年ではインドカレー料理店や輸入雑貨店などもよく目にするようになり、その不思議な世界観に興味を持つ人も増えています。
広く、深く、多様性に富んだヒンドゥー教の概要から、特徴、教え、ヒンドゥー教徒の日常生活まで、わかりやすく解説していきます。ヒンドゥー教について、まだよく知らないという人も、その魅力の一端に触れてみてください。
目次
ヒンドゥー教とは
ヒンドゥー教とは、インドを起源とする世界最古の宗教の1つであり、キリスト教、イスラム教に次いで世界で3番目に多くの信者を持つ宗教です。教祖は存在せず、多様な神々を崇拝し、輪廻転生や業(カルマ)といった哲学的な概念を重視します。
その信仰のあり方は個人や地域によって非常に多様であり、色彩豊かな祭祀や儀式が特徴的です。一般的に他の宗教に対して寛容な側面を持ちますが、宗派や地域によって異なるので、注意が必要です。
そんなヒンドゥー教は、約4000年前※にインダス文明が栄えた地域で発生したとされます。ヴェーダと呼ばれる聖典がその基盤となっており、後にさまざまな神話や哲学が加わり、現在の形に発展しました。
※ヒンドゥー教の起源は、明確な一時点を特定することが難しい複雑な歴史的過程を経ており、「約4000年前」という説は、1つの説に過ぎません。
よく知られているヒンドゥー教文化
ヒンドゥー教文化には、日本でも馴染みがあるものや、世界的に有名なものが多くあります。
ヨーガ(ヨガ)
ヨーガ(ヨガ)は古代インド発祥の身体と心の統合を目指す実践法です。
- ポーズ(アーサナ)
- 呼吸法(プラーナーヤーマ)
- 瞑想(ディヤーナ)
などを組み合わせ、心身をリラックスさせ、健康的な状態へと導きます。
単なる体操ではなく、精神的な成長も目指す点が特徴で、日本でもフィットネスやリラクゼーションの手段として広まり、多くの人々に親しまれています。
カレー
カレーはヒンドゥー教の影響を受けたインド料理の1つで、日本でも非常に人気があります。スパイスを豊富に使ったカレーは、インドの食文化を代表する料理であり、さまざまなバリエーションがあります。
インド国内では、料理は主に使用する具材や地域によって異なる名前が付けられており、例えば「バターチキン」や「パラックパニール」※など、具体的な料理名で呼ばれます。
アートと建築
ヒンドゥー教の寺院や彫刻は、美術や建築においても重要な位置を占めています。特にカジュラーホー※やアジャンター※の寺院は、その美しさと精緻さで世界的に有名です。日本の寺院文化にも影響を与えています。
曼荼羅 (マンダラ)
曼荼羅は、仏教やヒンドゥー教で用いられる神聖な図形です。宇宙の秩序や調和を表し、瞑想の対象として用いられます。
日本の仏教や神道の文化にも影響を与えており、特に密教においては重要な役割を果たします。
ヒンドゥー教の聖地と遺跡
ヒンドゥー教の聖地と遺跡で有名な場所の例を挙げると、
- バラナシ:ガンジス川が流れる聖地で、ヒンドゥー教徒にとって最も重要な巡礼地の1つです。
- アジャンター石窟:仏教の洞窟寺院として知られていますが、ヒンドゥー教の影響も強く見られます。
- マハーバリプラム:南インドの海岸にある古代都市遺跡で、多くのヒンドゥー教寺院があります。
- カーマクスィー寺院:タンジョールにある壮大なヒンドゥー教寺院で、南インド建築の傑作として知られています。
- ハンピ:カルナータカ州にある古代の都市遺跡で、ヒンドゥー教の寺院が多数残されています。
- カジュラーホ:マディヤ・プラデーシュ州にある遺跡群で、精緻な彫刻が施された寺院が有名です。
などがあります。しかし、ここに挙げた例は数多くあるヒンドゥー教の聖地や遺跡のほんの一例です。
他にも、日本でも有名なアンコール・ワットは、現在は仏教の寺院ですが、はじめはヒンドゥー教の寺院として建設されました。
仏教との関係と違い
仏教は、ヒンドゥー教から派生した宗教の1つです。両者には共通点も多くありますが、根本的な思想には大きな違いがあります。
仏教は、苦しみから解放されることを目指す宗教であるのに対し、ヒンドゥー教は、輪廻転生を繰り返しながら、最終的には神に合一することを目指す宗教です。
バラモン教との関係と違い
バラモン教は、ヒンドゥー教の源流となった宗教の1つで、祭祀を司るバラモン階級を中心とした宗教です。また、より厳格な階級制度(カースト制度)を持っていました。対してヒンドゥー教は、バラモン教に加えて、さまざまな民衆の信仰が融合して生まれた宗教です。
そのためヒンドゥー教は、バラモン教よりも多様性のある宗教と言えるでしょう。
ヒンドゥー教は、その長い歴史と多様な側面から、現代でも人々に神秘的な魅力を感じさせます。多神教としての包容性、深い哲学、豊かな文化、そして日常生活への根ざし方など、ヒンドゥー教は単なる宗教を超えて、インドの人々の生活そのものを形作ってきました。
その教えは、私たちの生活や文化に深く根付いており、現在でも世界中で多くの人々に影響を与えています。*1)
ヒンドゥー教の特徴
ヒンドゥー教は特定の教祖や教典を持たず、さまざまな経典や伝承が存在します。このため、ヒンドゥー教徒は個々の信仰や実践に基づいて、多種多様な形で信仰を表現します。
ヒンドゥー教徒全体に共通する特徴を確認しましょう。
多神教
ヒンドゥー教は多くの神々を信仰する宗教であり、例えば主な神々として、
- ブラフマー
- ヴィシュヌ
- シヴァ
- ガネーシャ
などがいます。これらの神々は異なる側面や役割を持ち、信者は自分に合った神を選んで崇拝します。ヒンドゥー教の神々については、後の章で解説します。
聖典の多様性
ヒンドゥー教には、
- ヴェーダ:最も古い聖典の1つ。神々への賛美歌や、祭祀に関する記述など。
- ウパニシャッド:宇宙、人間、髪などについて深く考察した哲学的な聖典。
- プラーナ:神々の物語、宇宙の創造と滅亡、ヨーガ(ヨガ)やアーユルヴェーダ※といった実践的な知識などをまとめた聖典。
など、多くの聖典が存在します。これらの経典は、宇宙の起源から人間の生き方まで、広範なテーマを扱っており、それぞれが異なる視点から真理を深掘りしています。
キリスト教やイスラム教の聖典も、多様な解釈が存在する中で重要な役割を果たしていますが、ヒンドゥー教の聖典は、神々の物語や哲学、宇宙論、生活に関する実践的な知恵など、その内容が非常に多岐にわたることが特徴です。
宗教的儀式
ヒンドゥー教の宗教儀式は、その多様性と地域ごとの特色が際立つ特徴を持っています。代表的なものでは、
- プージャ:神々への礼拝。花や果物、香、灯火を捧げ、祈りを唱える。
- サマーニャ:出生、成人、結婚、死などに関連する人生の重要な節目を祝う儀式。
- ホリー:春の訪れを祝う祭り。色粉を使って互いに色を塗り合う。愛と友情の象徴。
などがあります。これらの儀式は、信仰や文化の重要な側面を表し、ヒンドゥー教徒の日常生活に深く根付いています。
ヨガ(ヨーガ)の実践
ヒンドゥー教徒にとってのヨガ(ヨーガ)は、心身の調和を図るための実践であり、精神的、肉体的な成長を促進するものです。ヨガは、
- ポーズ(アーサナ)
- 呼吸法(プラーナーヤーマ)
- 瞑想(ディヤーナ)
などを通じて、内面的な平和と自己認識を深めることを目指します。
カースト制度の影響
カースト制度は、古代インドにおいて社会の階層を形成し、職業や結婚、社会的な交流を厳格に制限しました。特定のカーストに属する人々は、決められた職業や役割を持ち、他のカーストとの関わりが制限されることで、支配階級の権力を正当化し、社会的な不平等を固定化してきました。
現在、インドではカースト制度は法的には廃止されていますが、社会的な影響は依然として残っています。特に、ダリット※と呼ばれる、歴史的に差別や抑圧を受けてきた最下層のカーストに属する人々は、教育や雇用の機会において不平等を経験し、名誉殺人※などの暴力や、政治における差別的な扱いなど、さまざまな差別や偏見に直面しています。
近年では、ダリットの権利向上を求める運動が活発化していますが、カースト制度は、宗教的な観念や伝統的な価値観と深く結びついており、インド社会に深く根ざしているため、短期間で完全に解消することは困難です。
地域差
ヒンドゥー教は、単一の宗教というよりも、むしろ多様な信仰の集合体と捉えることができます。これは、インドという広大な地域の中で、人々がさまざまな自然環境や歴史的な出来事に触れ、独自の信仰体系を築いてきた結果です。
- 北インド:北インドでは、シヴァ神やヴィシュヌ神といった主要な神々への信仰が根強く、哲学的な側面が強い傾向があります。
- 南インド:南インドでは、ヴィシュヌ神の化身であるクリシュナ神への信仰が特に深く、神々の物語を題材とした音楽や舞踊が発展しました。
- ネパール:ネパールでは、シヴァ神が特に崇拝されており、パシュパティナート寺院など、多くのシヴァ神を祀る寺院が存在します。
- バリ島:インドネシアのバリ島では、ヒンドゥー教が独自の展開を遂げ、自然崇拝とアニミズムが融合した信仰体系が形成されています。
宗派の多様性
ヒンドゥー教には、数多くの宗派が存在し、それぞれが異なる教義や儀式を持っています。これらの宗派は、それぞれ異なる経典や聖者を奉じ、独自の解釈でヒンドゥー教の教えを説いています。例えば、
- ヴァイシュナヴァ:ヴィシュヌ神を最高神とする宗派。
- シャイヴァ:シヴァ神を最高神とする宗派。
- シャクタ:女神を崇拝する宗派。
- スマーティ:ヴェーダの権威を重んじる宗派。
などさまざまな宗派が存在します。
ヒンドゥー教の地域差と宗派の多様性は、その歴史と文化の深さを物語っています。ヒンドゥー教は、単一の教義に縛られることなく、人々の多様な価値観や生活様式を包み込む柔軟性を持っています。
この多様性が、ヒンドゥー教が世界で最も古い宗教の1つであり続けている理由と言えるでしょう。*2)
ヒンドゥー教の歴史
ヒンドゥー教は、インダス文明の時代から受け継がれ、数千年にわたって発展してきた宗教です。特定の創始者を持たず、地域の信仰や文化が融合して形成されたこの宗教は、時代ごとに変化し続けています。
ここでは、ヒンドゥー教の歴史の大まかな流れと、重要な時期や出来事について見ていきましょう。
インダス文明と初期の信仰(紀元前2300年 – 1800年)
【インダス式印章】
ヒンドゥー教の起源は、紀元前2300年から1800年にかけて栄えたインダス文明にさかのぼります。この時期、ハラッパー※から出土した印章には、シヴァ神崇拝に関連する象徴が見られますが、文字が解読できないため、当時の信仰内容は明確ではありません。
インダス文明の宗教については、まだ多くの謎が残されており、今後の研究が期待されます。
ヴェーダ時代(紀元前1200年頃)
【リグ・ヴェーダ】
次に重要なのは、紀元前1200年頃から成立した「リグ・ヴェーダ」を中心としたヴェーダ時代です。ヴェーダは宗教的知識を集成した聖典であり、自然界の神々への賛歌が書かれた、複数の経典の総称です。
この時期、神々は自然の力を象徴しており、祭祀を通じて神々との関係を築くことが重視されました。また、ヴェーダの成立過程は複雑であり、一概に紀元前1200年頃からと断定することは難しいという見解もあります。
バラモン教からヒンドゥー教への移行(紀元前5世紀頃)
紀元前5世紀頃、バラモン教が成立し、祭儀を重視する宗教として発展しました。しかし、後の仏教やジャイナ教※の登場により、バラモン教は変化を余儀なくされます。
これに伴い、ヒンドゥー教はバラモン教の要素を取り入れつつ、民衆宗教としての性格を強めていきます。ヒンドゥー教は、バラモン教を基盤としつつも、多様な民俗信仰や哲学を取り入れながら、さまざまな形に発展してきたと言えるでしょう。
バラモン教とヒンドゥー教の厳密な区分は、有識者の間でも意見が分かれています。
グプタ朝の時代(紀元後4世紀 – 6世紀)
【ラーマとシーター(ミャンマーの演劇)】
紀元後4世紀頃、グプタ朝がガンジス川流域を支配し、ヒンドゥー教が隆盛を迎えました。グプタ朝は、インド文化の黄金期と呼ばれ、芸術や文学が大きく発展しました。この時期に「マハーバーラタ」※や「ラーマーヤナ」※といった叙事詩がまとめられ、ヒンドゥー教の信仰体系が確立されました。
これらの作品は、後の文化や思想に大きな影響を与えています。これらの叙事詩はさらに、インド国民のアイデンティティ形成にも重要な役割を果たしました。
六派哲学とバクティ運動(5世紀〜10世紀)
中世※になると、インドの古典哲学が発展し、六派哲学(シャッド・ダルシャナ)※が確立されました。六派哲学は、ヒンドゥー教の哲学的な側面を深め、多様な思想を生み出し、ヒンドゥー教はより深い思想的基盤を持つようになります。
また、5世紀から10世紀にかけて、バクティ運動※が広まり、絶対的な神への帰依が信仰の中心となりました。神への個人的な愛と献身を重視するこの運動は、多くの庶民に受け入れられ、現在のヒンドゥー教にも影響を与えています。
近代ヒンドゥー教の改革(19世紀)
【ラーム・モーハン・ローイ(1964年の切手)】
19世紀には、ヒンドゥー教の改革運動が起こりました。ラーム・モーハン・ローイ※などの知識人が、ヒンドゥー教の近代的解釈を試み、社会的慣習の見直しを促しました。
この影響を受けたダヤーナンダ・サラスワティー※は、アーリヤ・サマージを設立し、ヒンドゥー教を純粋なヴェーダの形態に戻すことを目指しました。
ヒンドゥー教改革運動は、西洋の思想の影響を受けつつ、インドの伝統的な価値観を再評価する試みでもありました。この運動は、インドの民族意識の覚醒にもつながり、後のインド独立運動へと発展していきます。
ヒンドゥー教の歴史は、非常に長く複雑であり、一概にまとめることは難しいと言えます。しかし、このような大まかな流れを確認することで、ヒンドゥー教がいかに多様な信仰体系であり、インドの人々の生活に深く根ざしているのかを理解する参考になるでしょう。*3)
ヒンドゥー教の教えについて
ヒンドゥー教の教えは、単一の教義というよりは、多様な思想や哲学、そして実践が複雑に絡み合ったものです。長い歴史の中でさまざまな文化や思想が融合してきたため、その内容は非常に豊かで奥深いと言えるでしょう。
一般的に、ヒンドゥー教の教えは、個人の霊性的な成長と宇宙との一体感を追求することを目指しています。
- サンサーラ(輪廻転生)
- カルマ(業)
- モクシャ(解脱)
といった、哲学的な概念は、ヒンドゥー教の核となる思想です。これらの概念に基づき、ヒンドゥー教は人生の意味や目的、そして宇宙の神秘を探求してきました。
ヒンドゥー教の聖典
ヒンドゥー教の聖典は、その豊かな思想と哲学を反映した多様な文献群で構成されています。これらの聖典は、神々への賛歌や道徳的教訓、宇宙の創造に関する物語を通じて、信者の精神的成長を促す重要な役割を果たしています。
ヴェーダ
ヒンドゥー教において最も古い聖典である「ヴェーダ」は、神々への賛歌や儀式に関する記述が中心です。ヴェーダは、後のヒンドゥー教の思想や哲学の基礎となり、その内容を理解することはヒンドゥー教を学ぶ上で欠かせません。
ヴェーダは、単一の聖典ではなく、紀元前1200年頃の「ヴェーダ時代」と呼ばれる時期に成立した複数の経典の総称です。主なヴェーダを挙げると、以下のようなものがあります。
- リグ・ヴェーダ:ヴェーダの中で最も古く、神々への賛歌が収められています。
- ウパニシャッド:哲学的な内容が多く、ヒンドゥー教の哲学の基礎を築きました。
- ブラフマ・スートラ:ヴェーダーンタ哲学の根本的な経典であり、ヒンドゥー教の哲学体系を体系的にまとめたものです。
バガヴァット・ギーター
【アルジュナにヴァイシュヴァルパ(Vishvarupa、普遍的な風貌)を現したクリシュナ】
バガヴァッド・ギーターは、「マハーバーラタ」という叙事詩の一部であり、クリシュナ※がアルジュナ王子に説いた教えをまとめたものです。この聖典は、人生の意味や義務、そして神との関係について深く考察しており、ヒンドゥー教徒だけでなく、世界中の多くの人々に読まれ、影響を与えてきました。
バガヴァッド・ギーターは
- 行為(カルマ)
- 知識(ジュニャーナ)
- 献身(バクティ)
の3つの道の重要性を哲学的に解いています。ヒンドゥー教徒以外にも、マハトマ・ガンディーやアルバート・アインシュタインなど、多くの著名人に影響を与えました。
日常生活における行動指針や、精神的成長のための指針となっているのも特徴です。
プラーナ文献
プラーナ文献は、宇宙の創造、神々の物語、英雄譚などを描いた広範な内容の聖典です。これらの物語は、ヒンドゥー教徒の信仰生活に深く根差し、道徳的な教訓や人生の指針になっています。
18の主要なプラーナ(マハープラーナ)があり、それぞれが異なる神や主題に焦点を当てています。各種の宗教儀式、祭祀、巡礼の方法などが詳細に記述されており、ヒンドゥー教徒の宗教生活を支える重要な役割を担っています。
ヒンドゥー教の重要な概念
ヒンドゥー教での重要な概念は、
- サンサーラ(輪廻転生)
- カルマ(業)
- モクシャ(解脱、涅槃)
- アートマンとブラフマン(自我、魂と宇宙の根源、梵)
- ダルマ(道、義、法)
- プラーナ(生命エネルギー)
など、多岐にわたります。それぞれ、どのような概念か確認していきましょう。
①サンサーラ(輪廻転生)
サンサーラ(輪廻転生)は、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教など、インドの宗教に共通して見られる、生まれ変わり、死ぬというサイクルを繰り返すという概念です。現世での行いが来世の生まれ変わりを決定すると考えられています。
②カルマ(業)
カルマ(業)は、行ったこと、考えてきたこと全てが、その人の意図や動機も含めて、その人の運命を決定するという考え方です。善いカルマを積めば良い結果が、悪いカルマを積めば悪い結果がもたらされる(因果応報)とされます。
③モクシャ(解脱、涅槃)
モクシャ(解脱、涅槃)は、ヒンドゥー教の究極的な目的とされています。ヨガ、バクティ(神への献身)、ジュニャーナ(知識)など、さまざまな道を通じて、輪廻転生から解放され、至福の境地に達することです。
「悟りを開くこと」に似ていますが、完全に同じ概念ではありません。「悟りを開く」という表現は、通常、仏教の文脈で使われることが多く、真理の認識や覚醒を意味するのに対し、モクシャは、
- 輪廻からの解放(輪廻(サンサーラ)の循環から完全に解放される)
- 業の消滅(すべての業(カルマ)が消滅し、新たな業が生じない)
- 霊魂の純粋(霊魂(ジーヴァ)が本来の純粋な状態に戻る)
- 完全な知識(ケーヴァラ・ジュニャーナ(完全知)を獲得し、すべてを知る)
- 永遠の休息(世界の頂点に達し、そこで完成者(シッダ)として永遠に休息する)
という、悟りを開くことからさらに進んだ霊魂の最終的な解放状態を指す概念だと言えます。
④アートマンとブラフマン(自我、魂と宇宙の根源、梵)
アートマンは個々の存在の中にある永遠不滅の魂であり、ブラフマンは宇宙の根源的な実体です。アートマンとブラフマンは、同一であると考える一元論的な見解もあれば、異なるものと考える二元論的な見解、両者を統合するような見解など、さまざまな解釈があります。
アートマンとブラフマンの関係性は、哲学的な議論が非常に深いテーマです。
⑤ダルマ(道、義、法)
ダルマ(道、義、法)は、個人が人生において果たすべき役割や目的、道徳的な義務を指し、カースト制度とも深く結びついています。日本語では「道」「義」「法」など、さまざまな言葉で訳されますが、単にこれらの言葉に置き換えるだけでは、ダルマの持つ多層的な意味合いを完全に捉えきれません。
ダルマは、個人の人生における役割、社会における秩序、宇宙の法則など、さまざまな側面を指し示す言葉です。
- 個人の道:各個人が生まれ持った、または人生の中で見出すべき、独自の道や目的
- 道徳:正しい生き方、善悪の判断基準、社会に対する責任など
- 法:社会秩序を維持するためのルールや規範
- 宇宙の法則:宇宙の運行を司る普遍的な法則
など、ダルマには多様な意味が含まれます。
また、ダルマは、インドのカースト制度とも深く結びついています。カースト制度では、人々は生まれながらにカースト(ヴァルナ)に属し、それぞれのカーストにふさわしいダルマを実行することが求められていました。
- ブラフマン:僧侶階級。宗教的な研究と指導を行う
- クシャトリヤ:武士階級。統治者や戦士としての役割を担う
- ヴァイシャ:商工業者階級。経済活動を担う
- シュードラ:労働者階級。他の三つのカーストを支える
⑥プラーナ(生命エネルギー)
プラーナは、全ての生命に宿る生命エネルギーです。呼吸法や瞑想などの実践を通じて、意識的にコントロールすることで、心身の健康を促進し、精神的な成長を促すことができると考えられています。
例えば、ヨガでは、プラーナを意識的にコントロールするさまざまな呼吸法(プラーナヤーマ)が実践されます。また、 プラーナは、生命エネルギーだけでなく、宇宙の根源的な要素としても捉えられます。
ヨガだけでなく、アーユルヴェーダ(インド伝統医学)など、さまざまな分野で重要な概念として扱われています。
これらの概念は、相互に関連し合い、ヒンドゥー教の思想体系を形成しています。ヒンドゥー教は、これらの概念を基に、人生の意味や宇宙の神秘を探求し、個人の霊性的な成長を目指しています。*4)
ヒンドゥー教の神々
ヒンドゥー教では、数多くの神々が信仰されています。特に重要な位置を占めるのが「トリムルティ」と呼ばれる3大神です。
ここでは、トリムルティの3神と、他の主要な神々について、その特徴や役割、そして他の神々との関係性などを紹介します。また、ヒンドゥー教の神々の多くにはヴァーハナと呼ばれる神の乗り物(聖獣・神獣)があり、それらも神聖視されています。ヴァーハナは、神々の乗り物としてだけでなく、神々の性格や力の象徴や、その神を表す目印としても認識されています。
トリムルティ:ヒンドゥー教の宇宙を司る三神
トリムルティとは、ヒンドゥー教における宇宙の創造、維持、破壊という3つの側面を司る三大神を指します。
ブラフマー(創造)
ブラフマーは、宇宙の創造主であり、万物の源とされています。ハンサと呼ばれる白いガチョウのような姿の神鳥を乗り物とし、四つの頭を持つ姿で描かれることが多いのが特徴です。
しかし、トリムルティの中では信仰される割合が最も少なく、他の二神に比べると存在感は少し薄くなっています。宇宙の創造神として、万物の起源を司る彼は、蓮の花から生まれ、宇宙を卵のように包み、その中から世界を創造したとされています。
【ブラフマー】
ヴィシュヌ(維持)
ヴィシュヌは、宇宙の維持を司る神であり、慈悲深い姿で描かれることが多く、さまざまなアヴァターラ(化身)を持つことが特徴です。ラーマやクリシュナなどがその代表的な例です。
トリムルティの中で「維持」を司るヴィシュヌ神は、良い人を助けたり悪を打ち負かすために他の二神よりも地上に現れる事が多く、乗り物はガルーダ(ガルダ)と呼ばれる光り輝く鳥です。ヴィシュヌのアヴァターラは、魚、亀、人間、獅子など、多種多様です。
【ヴィシュヌの10のアヴァターラ】
シヴァ(破壊)
シヴァは、宇宙の破壊と再生を司る神であり、激しいエネルギーと深遠な瞑想の両方を象徴しています。蛇や虎を伴い、三日月を頭に戴く姿で描かれることが多く、日本でも「踊るシヴァ神(ナタラージャ:踊りの王)」の像はよく知られています。
乗り物はナンディー(ナンディン)と呼ばれる乳白色の牡牛で、シヴァが踊るとき、音楽を奏でると言われています。シヴァは、宇宙の破壊と再生の神として、宇宙のサイクルを司ります。
激しい嵐や火を司り、破壊的な一面を持つ一方、ヨガや瞑想の神としても崇められています。
【ナタラージャとして踊るシヴァ像】
パールヴァティー
パールヴァティーは、シヴァ神の妻です。温和で慈悲深い姿で描かれることが多いものの、ドゥルガーやカーリーといった激しい側面を持つ化身もあります。
パールヴァティーの化身の1つ、ドゥルガーは、悪と戦う勇猛な戦士としての側面を持つ女神です。多くの腕を持ち、さまざまな武器を操り、悪鬼を退治する姿で描かれます。また、別の化身カーリーは、恐ろしい側面である破壊の力を具現化した化身です。黒く長い髪を振り乱し、血に染まった舌を出した恐ろしい姿で描かれることが多く、パールヴァティーが、宇宙の悪を滅ぼし、新しい時代を切り開くために現した姿の1つと考えられています。
主な乗り物はドゥンと呼ばれるトラ、またはライオンの姿をした神獣です。しかし、シヴァの妻であるパールヴァティーは、夫の乗り物であるナンディーに乗ることもあります。
【ライオンに乗ったパールヴァティーと息子のガネーシャ)
ガネーシャ
ガネーシャは、シヴァ神とパールヴァティー神の息子であり、象の頭を持つ神として知られ、ムシカ(ムーシカ)と呼ばれる鼠の姿をした神獣を乗り物にしています。障害を取り除き、知恵と富をもたらす神として、非常に人気の高い神です。
特に、タイのチャチューンサオ県にあるピンクガネーシャ像は、願いを叶える力が強いとされ有名です。また、ガネーシャは、新しい始まりを司る神としても考えられています。そのため、新しいプロジェクトを始める時や、人生の新たな章を始める時などに、ガネーシャに祈ることで、良いスタートが切れると信じられています。
【ムシカに乗るガネーシャ】
サラスヴァティー
サラスヴァティーは、知性や音楽、演劇、詩歌などの芸術を司る女神です。日本では、七福神の一柱である弁財天として親しまれています。
多くの場合、白い肌を持ち、4本の腕を持つ姿で描かれます。2本の腕には数珠とヴェーダを、もう2本の腕にはヴィーナという弦楽器を持っています。
サラスヴァティーは白鳥またはクジャクの上、あるいは白い蓮華の上に座る姿が描かれます。
【クジャクとサラスヴァティー】
ヒンドゥー教の神々は実に多様で個性的です。また、その設定のスケールが大きいことでも知られています。
例えば「時間」のスケールを見ると、ヒンドゥー教の宇宙観では、宇宙の一日(カルパ)が43億2000万年とされ、その中で世界の創造、維持、破壊のサイクルが繰り返されるとされています。ヒンドゥー教では、宇宙の創造から人間の運命まで、あらゆるものを神々の力が司り、その物語は人々の心に深く根付いています。*5)
ヒンドゥー教徒について
ヒンドゥー教は、世界で最も古い宗教の一つであり、信者数は世界で3番目に多いとされています。特に、インドでは国民の8割以上がヒンドゥー教徒であり、ネパール、バングラデシュ、スリランカなど、南アジア諸国を中心に広く信仰されています。また、マレーシア、シンガポール、アフリカのモーリシャスなど、世界各地にヒンドゥー教徒のコミュニティが存在します。
ヒンドゥー教徒の生活は、信仰に基づいたさまざまな習慣や儀式で彩られています。これらの習慣や儀式は、地域やカーストによって異なり、多様性に富んでいます。
これからの多文化共生社会において、ヒンドゥー教徒と良好な関係を築くためには、彼らの信仰や生活習慣について理解を深めることは重要な参考となります。
祭事
ヒンドゥー教では、一年を通してさまざまな祭りが行われます。ホーリー祭(色彩の祭り)、ディワーリー祭(光の祭り)など、大規模な祭りは、家族やコミュニティで盛大に祝われます。
これらの祭りは、神々への感謝や、豊穣を祈るなど、宗教的な意味合いが強いだけでなく、人々の絆を深める大切な機会となっています。よく知られている祭りは、
- ホーリー祭:春の到来を祝う祭りで、色とりどりの粉を掛け合いながら喜びを分かち合います。
- ディワーリー祭:光の女神ラクシュミーを祝い、家々を灯りで飾る美しい祭です。
- ガンガー祭:ガンジス川で沐浴し、罪を清める祭事です。
などが挙げられます。ガンガー祭はクンブ・メーラとも呼ばれ、12年に一度の大規模な祭りです。
食習慣
ヒンドゥー教徒の多くはベジタリアンです。これは、牛が神聖な動物とされているため、牛肉はもちろん、牛の乳製品を避ける人が多いからです。
また、豚肉は不浄とされ、食べない人が多く、特に厳格な菜食主義者(サットヴィク)は、全ての肉を避けます。また、「 五葷(ごくん)」と呼ばれる ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキなどのネギ科の植物は、強い香りがあり、修行の妨げになると考えられているため、避ける人がいます。
アルコールも、意識を曇らせ、判断力を低下させると考えられているため、多くのヒンドゥー教徒は避けます。
しかし、全員がベジタリアンというわけではありません。特に、南インドや東インドでは、魚介類を食べる人も多くいます。ヒンドゥー教徒に菜食主義者が多いのは、宗教的な理由に加えて、健康への意識が高いことも影響していると考えられます。
食器
ヒンドゥー教の「不浄」の概念により、インド料理ではステンレス製の食器が広く使用されています。これは食器が汚れることを避けるためで、南インドではバナナの葉を使用する習慣も見られます。
カレー
実は、インドでは、私たちが一般的に「カレー」と呼んでいる料理を指す明確な単語はありません。インドには、スパイスを使ったさまざまな煮込み料理があり、それぞれに固有の名前があります。
例えば、豆料理の「ダル」、野菜のカレーの「サグ」、ヨーグルトベースの「コルマ」など、数えきれないほどの種類があり、地域ごとに特色があるため、単一の名称では表現しきれないのが実情です。
また、ヒンドゥー教の伝統医学であるアーユルヴェーダでは、ハーブやスパイスが体のバランスを整えるために重要な役割を果たすと考えられています。インド料理のカレーに使われるスパイスの多くは、アーユルヴェーダの知恵に基づいて選ばれています。
しかし、「カレー」という言葉は、タミール語の「カリ(kari)」に由来し、スープや汁物を指す言葉で、イギリス人がインドのさまざまなスパイス料理を総称して呼び始めた言葉です。そのため、インドの人々にとっては、外国で使われている言葉という認識が強いと言われています。
タブー
ヒンドゥー教にはさまざまなタブーが存在します。例えば、
- 左手:左手は不浄とされており、食事や物を渡すときには右手を使うのが一般的です。
- 牛:牛は神聖な動物であり、害を加えることはタブーです。
- 豚肉:不浄とされ、食べない人が多いです。
- 革製品:牛の革製品は、牛を傷つける行為と捉えられ、避ける人がいます。
などが代表的です。
服装
ヒンドゥー教徒の服装は、インドの多様な文化や地域、個人の信仰、伝統的な服装から現代的なファッションまで、さまざまなスタイルが存在しています。
ヒンドゥー教徒の伝統的な服装
伝統的なインドの女性服といえば、「サリー」がまず思い浮かぶでしょう。サリーは、長い布を腰に巻きつけ、肩にかけた美しい衣装です。
サリーの素材や柄は地域や階級によって異なり、結婚式や祭りの際には、特に豪華なサリーを着用します。サリー以外にも、サルワール・カミーズという、ゆったりとした上着にズボンを合わせた動きやすい服装も一般的です。
一方、男性は、一般的に「クルトゥー」というシャツのような上着に、ゆったりとしたパンツを合わせます。このスタイルは、インドの気候に適しており、快適に過ごすことができます。
また、「ドティ」と呼ばれる腰布を巻くこともあります。ドティは、サリーと同様に、地域や階級によって素材や巻き方が異なります。インド人の男性がターバンを巻いているイメージを持っている人もいるかもしれませんが、これは主にシーク教徒によって着用されるものです。ヒンドゥー教徒はターバンを巻く習慣がなく、髪を切ってはいけないというルールもありません。
近年のヒンドゥー教徒の服装
近年では、インドの都市化が進み、西洋ファッションの影響も強くなっています。そのため、ヒンドゥー教徒の服装も多様化し、ジーンズやTシャツなど、世界共通のファッションアイテムを着用する人も増えています。
しかし、伝統的な衣装への愛着も根強く、サリーやクルトゥーを現代風にアレンジしたファッションも人気です。特に、若い世代の間では、伝統と現代が融合したような、個性的なスタイルが注目されています。
国や地域、カースト制度などによる影響
ヒンドゥー教はインドだけでなく、ネパールやバングラデシュなどの、南アジアを中心とした諸国にも広く信仰されています。そのため、それぞれの地域で独自の服装文化が発展してきました。例えば、ベンガル地方のサリーは、繊細な刺繍が特徴で、南インドのサリーとはまた違った美しさがあります。
また、カースト制度の影響も、服装に現れています。かつては、カーストによって着用できる布の種類や色が制限されていたこともありました。
しかし、現代では、カースト制度の影響は弱まりつつあり、服装の自由度も高まっています。
生活習慣
ヒンドゥー教徒は、早寝早起きを心がけ、ヨガや瞑想を生活に取り入れ、健康的な生活習慣を守る人が多いと言われています。これらは、日々を修行とし、心身を清め、精神的な成長を促すため重要と考えられています。
アーユルヴェーダ
【トリ・ドーシャと五大(パンチャ・マハーブータ)の関係】
ここまで何度か触れてきたアユールヴェーダでは、人はそれぞれ異なる体質を持っていると考えられ、この体質は「ドーシャ」と呼ばれます。ドーシャは、大きく分けると、
- ヴァータ:空気と空間の要素。軽やかで活動的なタイプ
- ピッタ:火の要素。情熱的で消化力が高いタイプ
- カパ:水と土の要素。穏やかで安定しているタイプ
の3つの要素から構成されています。人はこの3つのドーシャのバランスによって、体質が決まり、健康状態も左右されると考えられています。
また、アユールヴェーダでは食事は健康に大きな影響を与えると考えられています。個々のドーシャに応じた食事法が推奨され、消化を助ける食材や調理法が重視されます。
ヒンドゥー教徒と接するときの注意点
「個人の宗教について」は非常にデリケートな問題です。相手の信仰を尊重し、否定的な発言は避けるようにしましょう。
- 食事:ベジタリアンが多いことを考慮し、食事を提供する際は、事前に確認することが大切です。
- 触れる行為:左手で触れたり、頭をなでたりすることは避けるようにしましょう。
- 服装:寺院など宗教的な場所を訪れる際は、露出の少ない服装を心掛けましょう。
例えば、ヒンドゥー教徒は食器を共有することに抵抗を感じることがあります。これは「穢れ」の意識から来ているため、鍋料理などの共有は避ける方が良い可能性があります。
日本人の感覚では、「同じ釜の飯を食う」という言い回しもあるように、食事を共にすることは親しみを表すことが通常ですが、ヒンドゥー教徒にとっては必ずしも同じように感じるとは限りません。
現代では、左手を不浄と考えたり、食器へのこだわりを強く持つ人は減少してきていると言われています。しかし、「個人差が大きいもの」と考え、思いやりを持って接することを心がけましょう。
ヒンドゥー教徒との交流において大切なことは、相手の文化や信仰を尊重し、理解しようとする姿勢です。異なる文化を持つ人々との出会いは、お互いを尊重し合い、共に成長する機会となります。
わからないことは、日本人特有の「空気を読む」ことや「察する」だけで判断せず、実際に言葉にして質問し、その人独自の回答を得ることも重要です。人によってはヒンドゥー教の習慣を守りたいと思っていたり、また別の人はヒンドゥー教徒でありながらも日本の文化を受け入れたいと思っていたりするので、「ヒンドゥー教徒はこう」と決めつけることはできないのです。*6)
ヒンドゥー教に関してよくある疑問
日本人にとっては、ヒンドゥー教の教えや生活様式は馴染みが薄く、かつ多様性に富んでいて、疑問に思う点も多いのではないでしょうか。ここでは、ヒンドゥー教についてよく聞かれる質問をいくつか取り上げ、わかりやすく回答していきます。
禁止事項はある?
ヒンドゥー教には、信者が守るべきいくつかの禁止事項があります。たとえば、肉食を避けることが一般的で、特に牛肉は神聖視されています。
多くのヒンドゥー教徒はベジタリアンであり、食事に関して厳格なルールを持つことが多いので注意が必要です。また、特定の宗教行事や祭りの際には、清浄を保つためにアルコールやタバコを避けることもあります。
食べ物に関する制約はある?
食べ物に関しては、ヒンドゥー教徒は多様な制約を持っています。先ほども確認した通り、神聖な動物とされている牛肉を食べることは禁じられています。
また、肉食を避けるベジタリアンが多く、野菜や穀物を中心とした食事が一般的です。さらに、食事の際には、清浄な器を使用し、他者との食事と分けて配膳されることが重視されます。
どこの国にヒンドゥー教徒が多い?
ヒンドゥー教徒は主にインドに多く、全人口の約80%を占めています。また、ネパールやバングラデシュ、インドネシアなどにも少数派として存在しています。
最近では、アメリカやカナダ、イギリスなどの西洋諸国にも移住したヒンドゥー教徒が増加し、コミュニティが形成されています。
日本にもヒンドゥー教徒はいる?
日本にも、ヒンドゥー教徒のコミュニティが存在します。主にインドやネパールからの移住者が多く、東京や大阪などの大都市に集まっています。
彼らは、宗教行事や祭りを通じて文化を継承し、地域社会に貢献しています。また、近年ではヨガやアーユルヴェーダなど、インドの文化に関心を持つ人が増え、ヒンドゥー教に興味を持つ日本人も増えてきています。
焼き立てのナンとカレーを提供するインド料理店も、よく見かけるようになりました。
今でもカースト制度はあるの?
カースト制度は、ヒンドゥー教の社会構造の一部として存在していますが、現代のインドでは法的に禁止されています。
しかし、社会的な影響は依然として残っており、特に地方ではカーストに基づく差別が見られることがあります。政府はカースト制度の解消に向けた取り組みを進めていますが、完全な解消には時間がかかるとされています。
結婚式が派手なのは本当?
ヒンドゥー教の結婚式は、非常に華やかで派手な傾向があります。結婚は重要な儀式とされ、家族や親族が集まる大規模なイベントとなります。
伝統的な衣装や装飾、音楽やダンスが盛り込まれ、数日間にわたって行われることも珍しくありません。特に、色鮮やかなサリーや装飾品は、結婚式の華やかさを引き立てます。
これは、結婚が単なる個人のイベントではなく、家族やコミュニティにとって重要な儀式だからです。
ヒンドゥー教の文化や教えは非常に広く、深く、多様性に富んでいるため、一般的な日本人にとって、その全貌や深淵を理解することは簡単ではないでしょう。しかし、宗教や文化の違いを尊重しながら、ヒンドゥー教の豊かさを知ることは、多くの学びや気づきを得る機会になるでしょう。*7)
ヒンドゥー教とSDGs
ヒンドゥー教の教えや伝統的な生活様式は、SDGs(持続可能な開発目標)にポジティブな影響を与えるものが多くあります。特に、自然との調和やコミュニティの強化を重視するヒンドゥー教の価値観は、SDGsの目標達成において大きく貢献する可能性があります。
ヒンドゥー教の教えとSDGsの共通点
ヒンドゥー教の教えには、自然との共生、他者への思いやり、内なる平和の追求など、現代社会が抱える問題解決のヒントとなるような概念が数多く含まれています。これらの概念は、SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」という理念と共通する部分が多く、SDGsの達成に貢献する可能性を秘めています。
ヒンドゥー教の教えや生活習慣が貢献するSDGs目標
ヒンドゥー教の教えや生活習慣が、特に貢献していると考えられるSDGsの目標をいくつか挙げ、その具体例を見ていきましょう。
SDGs目標3:すべての人に健康と福祉を
ヒンドゥー教では、心身の健康が重視され、ヨガや瞑想が広く実践されています。これにより、ストレスの軽減や健康的な生活が促進され、全体的な福祉の向上に寄与しています。また、伝統的な医療(アーユルヴェーダ)も、健康維持に重要な役割を果たしています。
SDGs目標4:質の高い教育をみんなに
ヒンドゥー教の文化では、教育が非常に重要視されています。特に、子どもたちに対する教育の普及は、コミュニティ全体の発展に繋がります。
多くの寺院やコミュニティセンターでは、教育プログラムが提供されており、教育の機会を広げています。
一方で、カースト制度の影響による教育格差の問題もあります。この問題は、「SDGs目標10:人や国の不平等をなくそう」にとっても重要な課題です。
SDGs目標6:安全な水とトイレを世界中に
ヒンドゥー教の伝統では、清浄さが非常に重要視されます。川や水源を神聖視することから、水の保全や清掃活動が行われており、地域の水質改善に貢献しています。
また、インドではトイレの利用を促進するための教育活動も行われています。
ヒンドゥー教の教えは、単なる宗教的な教えにとどまらず、人々の生活や社会全体に大きな影響を与えてきました。
- 自然との調和
- コミュニティの大切さ
- 内なる平和の追求
といった、ヒンドゥー教の根本的な価値観は、SDGsが目指す持続可能な社会の実現に重要な要素と言えるでしょう。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
【タイのチャチューンサオ県にあるピンクガネーシャ像】
ヒンドゥー教は、インドを中心に広がる世界最古の宗教の1つであり、多様な神々や信仰体系を持つ宗教です。特徴として、サンサーラ(輪廻転生)やカルマ(行為の結果)、ダルマ(道徳的義務)などの哲学的概念が挙げられます。
また、ヒンドゥー教は多神教であり、特定の経典に縛られず、地域や文化によって異なる信仰形態が存在する点も重要です。これにより、ヒンドゥー教は柔軟で多様性に富んだ宗教的伝統を持っています。
グローバル化と異文化理解
今後、世界はますますグローバル化が進み、多様な文化や宗教が交錯する社会が形成されるでしょう。日本も例外ではなく、外国からの影響を受ける場面が増えることが予想されます。
しかし、知識の不足や先入観による誤解や対立も起こりやすくなっています。このような変化に対して、私たちはヒンドゥー教を始めとする異文化に対して理解を深め、多文化共生の道を模索する必要があります。
ヒンドゥー教から学ぶ価値観
私達がヒンドゥー教から学ぶべきことはたくさんあります。例えば、
- 自然との共生:自然を大切にし、環境問題に取り組むことの重要性
- コミュニティの大切さ:地域社会の一員として、互いに助け合い、協力することの大切さ
- 内なる平和の追求:物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさも大切にすること
- 多様性の尊重:異なる価値観を持つ人々を認め合い、尊重すること
など、現代の日本にとって、ますます重要になっている価値観が多くあります。私達は、これをふまえ、
- 学びを続ける: 異なる文化や宗教について学び、理解を深める
- 対話を重ねる: 異なる価値観を持つ人々と積極的に対話し、お互いを尊重し合う
- 行動に移す: 環境問題や社会問題に対して、自分にできることから行動を起こす
などを心がけ、より良い社会のビジョンを明確に持って、それに向かって実践することが大切です。
異文化との交流は、私たち自身の成長につながり、より豊かな人生をもたらしてくれるでしょう。
<参考・引用文献>
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