私たちの身の回りには目に見えない病原体が潜んでいます。これらによって引き起こされる病気が感染症です。感染症が世界的に流行すると、私たちの生活に多大な影響を与えます。
古くはペストやスペイン風邪、近年はSARSや新型コロナウイルスなど、現代でも数多くの感染症が発生し、多くの人々の命を奪ってきました。
本記事では、感染症がどのようなものか、主な感染経路、主要な感染症、感染症にかからないための適切な対策、世界や日本の感染症の現状、感染症対策に取り組む企業の事例、SDGsとの関わりなどについてまとめます。
目次
感染症とは
感染症とは、病原体が体内に侵入することで症状が発生する病気のことです。感染症を引き起こす病原体として細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などがあげられます。*1)
真菌は一般的にいう「カビ」のこと*2)で、寄生虫は人間や動物の表面あるいは体内に寄生することで栄養を得ます。真菌の感染症として有名なのは白癬、いわゆる水虫です。寄生虫の感染症としては、アニサキス症などが有名です。
私たちがイメージする感染症は、細菌やウイルスが引き起こすものかもしれません。細菌が引き起こす感染症の代表は食中毒です。室温で放置した食物の中で、細菌が増殖し、それを食べることで食中毒にかかります。*3)
食品中では増殖しないものの、人体に入ると一気に増殖するのがウイルスです。ウイルス単体で分裂・増殖はできませんが、他の生物に入り込み、その細胞を利用することで増殖し、病気を引き起こします。
伝染病との違い
かつて、病原体の感染によって引き起こされる病気は、伝染病と総称されていました。そのうち、人から人へと移るものを伝染性感染症、人から人へとかかりにくいものを非伝染性感染症と区分していました。
【かつての「伝染病」の区分】
伝染性感染症 | 非伝染性感染症 |
---|---|
インフルエンザ赤痢マラリアなど | 敗血症破傷風膀胱炎など |
そのため、法律上も11種の法定伝染病と4種の指定伝染病といった規定でした。*6)しかし、1999年に感染症法の施行に伴い、伝染病の呼称は廃止され、現在は感染症に統一されています。
感染経路について
感染症はどのようにして人に移るのでしょうか。感染ルートとして考えられる、垂直感染と水平感染の2つについて見ていきましょう。
垂直感染
病原体が、胎盤あるいは分娩の際に産道から胎児に感染することを垂直感染といいます。母子感染ともいわれ、母親から子どもへと病原体が移動することで感染してしまいます。B型肝炎や風疹、トキソプラズマなどが代表的な病気です。*1)
水平感染
垂直感染以外の感染経路を水平感染といいます。水平感染は以下の4つに区分されます。
- 接触感染
- 飛沫感染
- 空気感染
- 媒介物感染
*1)
接触感染
接触感染は、感染者と直接触れ合うことで感染します。破傷風や梅毒などは接触感染の代表例とされます。*1)
飛沫感染
飛沫感染は、くしゃみや咳で飛び散った飛沫を吸い込むことで感染します。インフルエンザやマイコプラズマなどが飛沫感染により拡大することが知られています。*1)
空気感染
空気感染は、空気中にただよっている飛沫核という微粒子を吸い込むことで感染するもので、結核や麻しん、水ぼうそう(水痘)などが該当します。*1)
媒介感染
媒介物感染は、汚染された食べ物や水などを摂取したり、病原体を媒介する蚊などにさされたりすることで感染します。代表例はコレラ、マラリアなどです。*1)
主な感染症の種類
ここまで、感染症の定義や感染経路について解説してきました。ここからは、よく耳にするメジャーな感染症を紹介します。
代表的な感染症
感染症の名前 | 病原体 | 主な症状 | 予防法 |
---|---|---|---|
インフルエンザ*7) | インフルエンザウイルス | 高度の発熱・頭痛・筋痛・全身倦怠感・咽頭痛等の呼吸器症状 | うがい、手洗い、換気、保湿、予防接種 |
マラリア*8) | マラリア原虫 | 発熱、寒気、頭痛、嘔吐、関節痛、筋肉痛熱帯熱マラリアは24時間以内に治療しないと重症化 | 蚊に刺されないように蚊帳を使用する、予防薬の服用 |
結核*7) | 結核菌 | 肺に病変を起こすことの多い全身性感染症 | BCG接種・X線による早期発見 |
後天性免疫不全症候群(エイズ)*9) | HIVウイルス | 発熱、のどの痛み、だるさ・下、免疫低下後に日和見感染症や悪性腫瘍、神経障害 | コンドームの使用抗HIV薬の服用 |
腸管出血性大腸菌感染症*10) | 大腸菌 | 下痢、腹痛、発熱、脱水症状、血便 | 食品の十分な加熱、手洗い、適切な食品処理 |
水ぼうそう(水痘)*7) | 水痘‐帯状疱疹ウイルス | 発疹紅斑→丘疹→水疱→膿疱→痂皮の順に進行 | 予防接種 |
麻しん(はしか)*7) | 麻疹ウイルス | 高熱 コプリック斑 発疹 | 予防接種 |
感染症対策
感染症の種類は無数といってよいほどありますが、対策はある程度決まっています。代表的な3つの感染症対策についてまとめます。
感染源の排除
感染症の原因となるものを感染源といいます。感染源となるのは次の4つです。
- 嘔吐物や便、尿といった排泄物
- 喀痰、膿等を含む血液・体液・分泌物
- 治療や検査に使用した器具・機材
- 1~3にふれた手指
これらに触れるときは手袋を着用し、手洗いを徹底するなどして感染を広げないようにします。*11)
感染経路の遮断
感染経路を遮断する有効な方法は、手洗いの励行とマスク着用です。手洗いをしっかり行うことで、接触感染の多くを防ぐことができます。
感染した人が咳を手で押さえたり、鼻水を拭ったりした後の手には病原体が付着しています。あるいは、感染した人のくしゃみの飛沫がドアノブにつくこともあるでしょう。そういった場合でも、手洗いをしっかり行うことで、感染を大幅に減らすことができるのです。
こうした考えを確立させたのは、ハンガリー出身の医師であるイグナッツ=ゼンメルワイスでした。彼が勤務していた病院で多発していた産褥熱の原因が、同じ病院で行われていた死体解剖時に手に付着した病原体が原因だと考えたのです。そして、解剖室から検診に向かう医師に手洗いを義務付け、死亡率を大幅に下げることに成功しました。*12)
ゼンメルワイスの発見は、当時の医学界に受け入れられませんでしたが、彼の死後、感染は病原体によって引き起こされることが判明。彼は、消毒法や院内感染予防の先駆者であったと認識されています。*12)
マスクについても、会話の際にウイルスの飛散を抑え、自身のウイルス吸い込みを減少させているという研究結果が出ています。感染症による空気感染や飛沫感染の拡大を抑える方法の一つとして検討するべきものといえます。*13)
同様に、手指消毒や食品の十分な加熱、調理器具の消毒などの対策も感染経路の遮断として有効です。食べ物を通じて感染が拡大する経口感染症では、手指消毒と調理器具の消毒により感染拡大を抑制できるからです。*14)
宿主であるヒトの抵抗力を高める
自分自身の免疫力を高め、病原体に対する抵抗力を高めることも有効な感染症対策です。免疫が低下していると病原体の増殖を招きやすいため、バランスの取れた食生活や十分な睡眠、適切な運動などで生活リズムを整えることがとても重要です。
次からは、感染症に関する世界の現状を見ていきましょう。
世界の感染症に関する現状
2019年末から2020年までにおきた新型コロナウイルスの爆発的流行は、世界の人々に感染症の恐ろしさをまざまざと見せつけました。しかし、それ以前から感染症は人々の生活を脅かす存在でした。ここでは、新型コロナウイルス以外の感染症の現状についてまとめます。
5歳未満児の死亡率が高い
感染症の犠牲者になるのは、抵抗力が弱い高齢者や幼い子どもたちです。
【5歳未満児の死亡率】
少し古いデータですが、5歳未満児の死亡率は経済力の弱い開発途上国で高くなっています。具体的な症状としては、肺炎、下痢、マラリア、はしかといった細菌や寄生虫による感染症が上位を占めています。開発途上国は経済的に貧しいだけではなく、医療整備が遅れていたり、感染制御の知識が不十分であったりするため、病気が蔓延しやすいと考えられます。*15)
新たな地域で広がる感染症
また途上国に限らず、人口の移動や地球温暖化に代表される環境変化に伴い、世界各地で感染症が流行しています。
【1998年以降に新たな地域で確認された感染症】
新型コロナウイルス以外にも、数多くの感染症が新たな地域で広がっています。こうした感染地域の拡大は、今後も継続するのではないかと考えられます。
続いては、日本の現状を確認しましょう。
日本の感染症に関する現状
かつて、日本では日本脳炎をはじめとする数多くの感染症が流行し、多くの人の命を奪ってきました。新型コロナウイルスの流行でも大勢の人が亡くなっていますが、ここでは、それ以外の感染症で注目すべき事柄を2つ取り上げます。
毎年18,000人が感染する結核
昭和20年代(1940〜50年ころ)まで、結核はもっとも多くの日本人の命を奪ってきた感染症でした。第二次世界大戦後に、抗生物質であるストレプトマイシンの利用や栄養状態の改善、BCGワクチンの普及などにより、結核患者数は劇的に減少しました。*17)
【結核患者数の推移】
しかし、平成に入ってからも結核患者数は一定数確認されています。2016年の段階で、結核の患者数は約18,000人、亡くなった方は1,900人ほどいらっしゃいます。このことから、結核は過去の病気ではなく、今でも注意すべき感染症だといえます。
サル痘の現状
近年話題となった感染症として「サル痘」があります。サル痘は1970年に現在のコンゴ民主共和国にあたるザイールで確認された感染症で、中央アフリカから西アフリカで流行しています。
病原体はサル痘ウイルスで、ヒトがサルやウサギなどのウイルスを持つ動物と接触することで感染します。国内最初の感染は2022年7月25日に確認されており、2023年4月13日段階では109例の感染が報告されています。*18)
潜伏期間は通常6日〜13日ほどで、発熱・頭痛・リンパ節痛などを発症します。大半は2〜4週間ほどで回復しますが、一部は重症化します。特効薬はなく対症療法が中心ですが、天然痘ウイルスのワクチンを接種することで85%の発症予防効果があるとされています。*18)
感染症対策に取り組む企業事例
新型コロナウイルスによるパンデミックは、社会に大きな変革を迫りました。ここでは、パンデミック時に実施された、企業の感染症対策例を2つとりあげます。
東急株式会社
東急株式会社はパンデミック発生当初から、テレワークの推進や従業員へのマスク配布といった対策を取りました。2020年には、自主PCR検査の継続実施をおこなっています。さらに、希望者を対象とした新型コロナウイルスワクチンの職域接種も実施しました。*19)
株式会社リコー
株式会社リコーは、対面と非対面を組み合わせた働き方を推進しました。首都圏のオフィスの再編やテレワークへの積極的な移行、在宅勤務やサテライトオフィスの活用といった働き方の変化も受け入れてきました。感染症対策と働き方改革を同時に進めたといってよいでしょう。*20)
感染症とSDGs
新型コロナウイルスの大流行を見ればわかるように、感染症がひとたび大流行すると、世界中の人々の行動に大きな影響を与えます。同じく世界全体と大きくかかわっているSDGsとの関連はどうなのかを確認しましょう。
目標3「すべての人に健康と福祉を」との関わり
感染症はSDGs目標3の「すべての人に健康と福祉を」に大きくかかわります。
【SDGs目標3の概要】
目標3のターゲット3.3では「2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症及びその他の感染症に対処する」として、感染症の根絶を掲げています。
また、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)についても重視しています。
UHCはすべての人が公平に、質の高い医療にアクセスできることや、支払い可能な金額で医療を受けられることを重視する考え方です。
開発途上国の中には、質の高い医療が受けられない国や一部の富裕層しか医療サービスを受けられない国が存在します。そのため、UHCを推進し、すべての人が公平に医療にアクセスできる仕組みを作ることが求められています。
日本は国民皆保険制度のもと、比較的、医療に関してはアクセスしやすい環境の国です。しかし、経済格差が大きくなるにつれ、満足な医療を受けられない人が増加する可能性があります。国内での行き過ぎた格差を是正し、質の高い医療を誰でも受けられる体制を維持できるかが、日本の大きな課題となるでしょう。
まとめ
今回は感染症についてまとめました。感染症は、これまで多くの人々の命を奪い、今現在も世界中で生存を脅かしています。感染症を広げないためには、感染源を排除し、感染経路を遮断することが必要です。加えて、私たち自身が良い状態でコンディションを保っていなければなりません。
しかし、世界には感染源のすぐそばで生活せざるを得ない人々がいます。先進国・開発途上国問わず、医療機関にアクセスできない人や栄養状態の悪い人たちがいるのです。
SDGsの掲げる「誰一人取り残さない」持続的な発展を目指すには、貧困を撲滅し、人間として尊厳のある生活を送れる環境を整備しなければなりません。そうなって初めて、人類全員が感染症の脅威から身を守ることができるでしょう。
<参考文献>
*1)AMR臨床リファレンスセンター「感染症とは」
*2)大阪市立大学「真菌」
*3)茨城県「感染症の基礎知識」
*4)デジタル大辞泉「非伝染性感染症(ヒデンセンセイカンセンショウ)とは? 」
*5)デジタル大辞泉「伝染性感染症(デンセンセイカンセンショウ)とは? 」
*6)広辞苑 第六版「伝染病」
*7)与那原町「おもな感染症一覧表」
*8)厚生労働省検疫所「マラリアに注意しましょう!」
*9)北海道大学病院HIV診療支援センター「HIV感染からエイズ発症まで」
*10)厚生労働省「腸管出血性大腸菌Q&A」
*11)大阪市「感染症予防対策マニュアル」
*12)日本BD「感染制御の父 イグナッツ・ゼンメルワイス | 日本BD」
*13)厚生労働省「マスク着用の有効性に関する科学的知見」
*14)厚生労働省「腸管出血性大腸菌Q&A」
*15)国際協力機構(JICA)「感染症の恐怖」
*16)国際協力機構(JICA)「途上国の感染症流行に奮闘する国際緊急援助隊:ノウハウの実績は日本の感染症対策にも貢献 | 2020年度」
*17)政府広報オンライン「日本では毎年約18,000人が新たに発症!古くて新しい感染症、「結核」にご注意を!」
*18)厚生労働省「サル痘について」
*19)東急株式会社「危機管理体制 | 安全への取り組み」
*20)株式会社リコー「リコー、対面・非対面を組み合わせたハイブリッドな働き方を促進 」
*21)スペースシップ・アース「SDGs3「すべての人に健康と福祉を」私たちにできること・現状と日本の取り組み事例 – SDGsメディア『Spaceship Earth(スペースシップ・アース)』」