近年、海洋生物の減少が問題となっています。
1970年から2012年にかけて海に生息する魚の群れの規模は、ほぼ半分まで減少しました。主な原因としては、海洋環境や生態系のことを考えずに行われる過剰漁獲・違法漁業などが挙げられます。
またこれらの問題は、海洋環境の悪化や漁業関係者の雇用損失にもつながります。この現状を改善するために、鍵となる組織がMSCです。そして、MSCが推進するMSC認証ラベルが、海洋環境や資源の保護に大きな役割をはたしています。
目次
MSC(海洋管理協議会)とは
MSCとは「Marine Stewardship Council」の略語で、日本語では「海洋管理協議会」と訳されます。MSCは、減少傾向にある水産資源の回復と持続可能な供給を目的とする非営利団体として、1997年に設立されました。
MSCの主な活動として、
などがあります。
主に2つのチームから成るMSC
現在、世界20ヵ国以上に事務所を持つMSCは、MSC認証ラベルを通して持続可能な漁業の推進や水産物市場の転換・海洋環境の保全への貢献などを目指し活動しています。
ポリシーチームとアウトリーチチーム
MSCには、ポリシーチームとアウトリーチチームの2つのチームが存在します。所属地や仕事内容は、下記の通りです。
彼らの活動の中で、私たちの生活に特に関わりがあるのがMSC認証ラベルです。次で詳しく見ていきましょう。
「海のエコラベル」と呼ばれるMSC認証ラベルとは
まずはMSC認証ラベルが、どのような制度なのか詳しく見ていきます。
持続可能な天然水産物の証
MSC認証ラベルとは、水産資源と環境に配慮し、持続可能な漁業によって獲られた天然の水産物のみに付いているラベルです。別名「海のエコラベル」とも呼ばれており、2020年度時点で、MSC認証ラベルの付いた商品は20,000品目以上も存在します。
このMSC認証ラベルを取得するためには、MSC漁業認証が必須です。
MSC漁業認証
現在、世界では天然水産資源を扱う400以上の漁業が、MSC漁業認証を取得しています。
MSC漁業認証の審査では、MSCとは別の独立した機関が持続可能な漁業であるかを判断。時には水産加工業者や科学者・自然保護活動家など、さまざまな立場の人が審査員として参加することもあります。また、漁業関係者はMSC漁業認証を取得するために、何年もかけて漁業方法などを改善することも少なくありません。
認証後も、審査員による年次監査や5年ごとに認証を更新するなど、厳しく管理されており、審査の際に問題が見つかった場合、決められた期間内に改善されなければ認証停止になることもあります。
そして、厳格な審査を受けてMSC漁業認証を取得した水産資源は、サステナブル・シーフードと呼ばれています。
サステナブル・シーフード
サステナブル・シーフードとは、3つの原則を満たしMSC漁業認証を受けた水産資源のことを指します。
3つの原則の内容は、下記の通りです。
①資源の 持続可能性 | 過剰漁業による水産資源の枯渇を防止・枯渇した場合は回復が可能な方法で漁業を行う |
②漁業が生態系に与える影響 | 漁業を行う際は、生態系の構造・多様性・生産力の維持などを考えて行う |
③漁業の 管理システム | ①②を満たすために、地域・国内・国際的ルールを尊重した管理システムを所有する・持続可能な水産資源の利用を行うために、制度や体制を整える |
サステナブル・シーフードは、MSC認証のほかにASC認証を受けた水産資源も含まれます。続いては、MSC認証とASC認証の違いについて見ていきましょう。
ASC認証との違いは?
まず、ASC認証について簡単に紹介します。
ASC認証とは
ASC認証とは「Aquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)」が認証した制度のことです。環境や社会への影響を配慮した方法で養殖された水産物に付けられます。近年、養殖水産業は著しく成長している産業の1つであり、年々生産量も増加しています。
しかし養殖水産業が成長し需要の増加に伴い、「養殖の際に薬物を過剰に投与する」「養殖場を建設したことで自然環境が破壊される」など、さまざまな問題が発生しました。
これらの問題を解決するためにASCは、環境や社会に配慮した養殖業を審査・認証し、責任ある養殖水産物としてASC認証ラベルを付け市場に届けているのです。
【補足】CoC認証
MSC認証ラベルやASC認証ラベルの付いた製品を市場に届けるためには、CoC認証も必要です。CoC認証とは、MSC漁業認証やASC養殖場認証(※)を受けていない水産物が混ざっていないことを証明し、流通〜製造・加工〜販売の過程を明確にします。
CoC認証があることによって、水産物の情報が追跡可能になり安全性も高まります。
取得対象者は、
- 卸業者
- 加工業者
- 流通業者
- レストランや小売業者
など、流通〜製造・加工〜販売に関係している企業です。
それではASC認証の内容をお伝えしたところで、次はASC認証とMSC認証の違いについて見ていきましょう。
ASC認証とMSC認証の違い
2つの大きな違いとしてはASC認証が「養殖の水産物」、MSC認証が「天然の水産物」に関する認証制度であることです。
いずれにしても、認証ラベルが付いている商品を選択すれば、海洋環境や海洋資源を守りながら持続的に魚を食べていける可能性が高まります。そしてこの選択は、私たち個人が未来のために最も身近で気軽にできる行動の1つと言えるでしょう。
MSC認証は日本で普及していないのか?
海を持続可能なものにするために重要な存在となるMSC認証ですが、日本では普及していないように感じる人も多いと思います。実際に検索サイトでは、「MSC 日本 普及しない理由」と検索している方も多くいる傾向が見えます。
ここでは、日本におけるMSC認証の現状を見ていきましょう。
日本では1,100以上の商品が登録
現在、MSC認証ラベルの付いた商品は51,000品目以上あり100ヵ国以上で販売されています。種類に関してもスーパーで気軽に手に入る食品から、贈答品用のものまでその中で日本では、1,100以上の商品が登録されており、決して少ない数字ではありません。
では、なぜ普及していないと感じるのでしょうか。
MSC漁業認証を取得している漁業が少ない
MSCのサイトを見てみると、日本におけるMSC漁業認証を取得した漁業の数は2023年2月時点で8件となっています。世界で400件以上が取得していると考えると確かに少なく見えます。これには、以下の理由が考えられます。
- 審査の基準が厳しく、長期間に渡る改善が必要な場合も
- 継続して認証を得るためにはコストがかかる
とはいえ、近年ではサステナブルへの意識の高まりから、MSCにもスポットが当たるようになっています。今後は、認証を取得する事業者も増えていくかもしれません。
続いては、認証ラベルが付いている商品には、どのようなものがあるのかを確認していきます。
MSC認証ラベルがついた商品一覧
現在、MSC認証ラベルの付いた商品は20,000品目以上あり100ヵ国以上で販売されています。種類に関してもスーパーで気軽に手に入る食品から、贈答品用のものまでさまざまです。
今回は具体例としていくつか紹介します。
【イオンリテール株式会社】たらこ・鮭・明太子など
イオンリテール株式会社は、2006年にMSC認証商品として、たらこ・鮭・明太子の販売を開始しました。現在も、さまざまなMSC認証商品を販売しています。その結果、MSC認証商品を選ぶ消費者も着実に増えている状況です。
「環境に配慮したMSC認証のものだからおいしい」と言ってもらえるように、今後も商品拡大に取り組んでいく予定だといいます。
【日本生活協同組合連合会(コープ)】生鮮・加工・冷凍食品など
2007年からMSC認証商品の販売を開始した、日本生活共同組合連合会(コープ)。
ノルウェー産さばを使用した商品の開発から始まり、現在は魚の種類だけではなく生鮮・加工・冷凍食品など種類や品数も拡大しました。またSDGsの取り組みの一環として、MSC認証やASC認証商品の推進も行っています。
【株式会社セブン&アイHLDGS】「セブンプレミアム」の水産商品
株式会社セブン&アイHLDGSは、2018年10月からプライベートブランドである「セブンプレミアム」の水産食品部門で、MSC認証商品の販売を開始しました。
当初は、たらこ8品と辛子明太子11品でした。どのMSC認証商品も、海洋環境や水産資源に配慮した漁業で獲られ、その後の加工・流通の情報が明確に示された天然水産物を使用しています。
そして2020年時点で、セブンプレミアムの水産食品の10%がMSC認証商品です。
このようにMSC認証商品は、私たちの身近な場所に存在します。認証ラベルが付いているため分かりやすいため、買い物をする際は探してみましょう。
ここまで、MSCについて詳しく見てきましたが、なぜ設立にいたったのでしょうか。その背景を知るために、海洋環境の現状を確認していきます。
海洋環境の現状
現在、世界の海洋環境は過剰漁業や違法漁業が問題視されています。
過剰漁業・違法漁業
国連食糧農業機関が発表した『世界漁業・養殖業白書2020年』によると、水産資源の34.2%を獲りすぎており、持続可能な水準を超えているのが現状です。
このまま何も対策をせずに水産資源を獲り続けると、将来的に獲れる水産物がなくなってしまう可能性もあります。
その他にも、WWF(世界自然保護基金)では、1970〜2012年にかけて海洋生物の数が49%も減少していると報告しています。そして、その原因は過剰漁業や違法漁業です。
現状を改善するためには、違法漁業を取り締まり、必要な分だけを獲る持続可能な漁業に切り替えることが必要です。特に世界で3番目に魚の消費量が多い日本は、課題解決のために真剣に取り組まなければいけません。
海洋環境の悪化
海洋環境の悪化も懸念されています。海上保安庁によると、平成22〜令和元年までの海洋汚染発生確認件数は下図の通りです。
減少傾向ではあるものの、油による海洋汚染が大半を占めています。
油は船舶からの排出が最も多く、原因としては
- 取り扱い不注意
- 船舶海難
- 故意
- 船舶の破損
の順に挙げられます。
また、廃棄物も海洋汚染の原因として見逃せない問題です。
廃棄物の種類としては、家庭ごみや漁業関係者による漁具などが多く、排出原因は市民と漁業関係者が大部分を占めています。
【補足】現状に影響を受けているのは環境や生物だけではない
海洋環境の悪化や海洋水産物の減少で影響を受けるのは、環境や生き物だけではありません。
漁獲量が少なくなると、廃業せざるを得ない漁業関係者も増加します。水産庁の令和元年度水産白書によると、1998〜2018年の間に漁業関係者の数は47.5%も減少したと報告されています。
最後に、SDGsとの関係について見ていきましょう。
MSC認証はSDGsの目標達成に貢献
MSC認証ラベルの商品が増え、消費者が進んで購入するようになるとSDGsの目標達成につながります。MSC認証ラベルがどの目標と関係しているのか確認する前に、まずはSDGsそのものについて知りましょう。
SDGsとは、2015年の9月に開催された国連総会にて、193の加盟国が賛同した国際目標です。環境・社会・経済に関する世界的な課題解決のために、17の目標と169のターゲットが設定されました。
地球上に暮らす全員が協力して、2030年までにすべての目標達成を目指します。なかでもMSC認証ラベルと関わりがあるのが、SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」とSDGs目標14「海の豊かさを守ろう」です。
SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」
目標13は気候変動と、その影響に立ち向かうために設定されました。
主な取り組み内容として温室効果ガスの問題はもちろん、
- 災害に対する回復力や適応力の強化・対策
- 人的能力や組織の対応能力改善
など、包括的に気候変動対策を行う内容となっています。
その他にも、廃棄物削減・リサイクルや資源効率性の向上など、あらゆる行動と関連の深い目標です。
そのためMSCの活動内容にある、海洋環境の改善や爆薬や毒物を使用する違法漁業への対策などは、目標13の達成につながると言えるでしょう。
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」
目標14は、海洋環境や海洋資源を持続可能な形で利用することに焦点を当てています。
設定されているターゲットも、
- 海洋環境の改善
- 違法漁業や過剰漁獲に対する対策
- 水産資源を持続可能な生産量まで回復させる
など、MSCと関わりの深い内容となっています。
MSC認証ラベルへの認知度が高まり、その商品を意識的に選択する消費者が増えると、目標14の達成に自然とつながるのです。また、MSCの活動によって、持続可能な漁業を行う漁業関係者が増えることも、水産資源や海洋環境の維持に貢献します。
まとめ
持続可能な漁業の推進と、海洋環境や海洋資源の回復を目的に設立されたMSC。
現在もMSC認証ラベルを中心に、さまざまな活動を行っています。世界で3番目に、1人あたりの魚を食べる量が多い日本にとって、海はなくてはならない存在です。
また、海洋環境や海洋資源をより良い状態で次世代に引き継ぐためにも、私たち個人も行動する必要があります。その1歩として普段何気なく購入している海洋水産物を、MSC認証ラベルの付いた商品に変えてみましょう。
「選択肢を変える」ことは、誰もが行える取り組みの1つです。1人ひとりが選択肢を少し変えるだけで、海洋環境や海洋資源を守ることにつながるでしょう。
〈参考文献〉
危機に直面している海|Marine Stewardship Council
MSC「海のエコラベル」とは|Marine Stewardship Council
MSC漁業認証規格とは|Marine Stewardship Council
「サステナブル・シーフード」とは?|ASCJapan
MSC「海のエコラベル」を選ぶ10の理由|Marine Stewardship Council
ビジョンとミッション|Marine Stewardship Council
MSCがもたらすインパクト|Marine Stewardship Council
危機に直面している海|Marine Stewardship Council
海洋汚染の現状|海上保安庁
令和元年度水産白書|水産庁
このマークのついた魚なら大丈夫!「MSC/ASC」を知り尽くす7つの視点|Yahoo!JAPAN SDGs
SDGs(持続可能な開発目標)|蟹江憲史著