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熱帯病はなぜ顧みられない?種類一覧と症状や原因、対策を解説

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「顧みられない熱帯病(NTDs)」はその名前の通り、今まで世界から注目を集めることがなく、無視され続けてきた感染症のことです。

その一方で、毎年多くの人々が顧みられない熱帯病によって命を落としています。
この記事では、顧みられない熱帯病の種類、注目されてこなかった理由、そして世界が行っている取り組みについて紹介します。

顧みられない熱帯病とは

「顧みられない熱帯病」とは、熱帯地域の貧困層を中心に蔓延している感染症疾患のことです。代表的な例には、フィラリア症、狂犬病、ハンセン病などが挙げられます。

顧みられない熱帯病の多くは予防や治療が可能であるにも関わらず、医療が行き届かず人々の体に重度の障害を残したり、助かるはずの命を奪っています。低中所得国の貧困と健康格差の根源とも言えるこれらの感染症を、世界保健機関(WHO)は「人類の中で制圧しなければならない」と宣言しています。

顧みられない熱帯病はNTDsとも呼ばれる

顧みられない熱帯病は英語で「Neglected Tropical Diseases」と呼ばれます。Neglectedは”無視された”と訳されます。これらを略して「NTDs」と呼ばれることもあります。

顧みられない熱帯病と3大感染症の違い

これまで世界の関心を集めてこなかった顧みられない熱帯病に対して、「HIV/AIDS」「結核」「マラリア」は世界的な医療課題として、解決に向けた積極的な取り組みが進められてきました。これら3つを3大感染症と呼びます。

まずはHIV/AIDS、結核、マラリアとはどのような感染症なのか紹介します。

HIV/AIDS

「HIV/AIDS」は、1981年に初めてアメリカで発見された、人体の免疫系を破壊する感染症です。主に血液の接触や性行為によって拡大し、結核やリンパ節のガンなどを引き起こします。以前は感染すると死に至ると知られていましたが、近年では薬の服用で症状を抑えることが可能です。

世界保健機関の発表によると、エイズの症例が報告されて以来、30年間で途上国・先進国問わず世界で約7,800万人が感染し、3,900万人以上が死亡しました。とはいえ近年の研究などにより、現在ではHIV/AIDSと共に生きる人々は多くいるものの、新たなHIV感染者数は減少傾向にあります。

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結核

日本の病気別死亡率
引用:総務省

「結核」は人から人に空気感染によって広がる感染症です。日本では国民病と呼ばれた過去があり、昭和初期まで主な死因でした。感染すると咳やたん、微熱などの症状が見られ、適切な治療がされないと血液によって菌が全身に運ばれ死に至ります。

現在は予防も治療も可能な感染症ですが、医療が行き届かない低中所得国で感染が見られ、2016年には1,040万人が感染、170万人が死亡しました。また、HIV/AIDS感染者は、HIV/AIDSに感染していない者よりも、結核で重症化する確率が20~30倍も高くなるため、予防と治療がより重要になります。

マラリア

マラリア」は、マラリア原虫を病原体とし、蚊の媒介によって感染する病気です。上の地図が示すように、主に高湿多湿な地域で感染リスクが蔓延しています。感染すると、無症状から複数回繰り返す発熱、意識障害、発作、こん睡や神経障害といった症状が生じ、最悪の場合死に至ります。

殺虫剤を使用し蚊を駆除することが最大の予防法ですが、他にも抗マラリア薬を摂取することで、感染した際に悪化する可能性を下げることができます。先進国であれば病院で購入することができるのに対して、治療が行き届かない地域ではマラリアによって死亡する人々も未だに多く、2015年の死亡者数は約44万人でした。

これらの3つの感染症に関しては、感染地域が大規模であり多くの感染者が出たことから、世界中の医者や研究者が予防法・治療法の研究に取り組み、歴史的な成果を得ました。

では、顧みられない熱帯病の治療はどのような現状になっているのでしょうか。

顧みられない熱帯病の現状

世界保健機関は、顧みられない熱帯病の治療を必要とする人は、2020年時点で世界に17億3,000人いると発表しました。日本人口の約14倍もの数の人々が顧みられない熱帯病に苦しんでいるということになります。

ここまで多くの人々が感染している病であるのに、なぜ顧みられないのでしょうか。

貧困国を中心に見られる

先述したように顧みられない熱帯病は、清潔な水や衛生的な上下水道の環境が整っていない貧困国を中心に拡がっています。厚生労働省は、顧みられない熱帯病の感染者の約7割以上が低中所得国に住む人々だと指摘しています。

上の図は世界保健機関が提供している最新の統計(2022年)で、顧みられない熱帯病の治療が必要な人々がいる国を色付けしています。色が濃くなっている国ほど多くの人々が熱帯病に苦しんでおり、主にアフリカ各国・インド・南アメリカ各国だと分かります。

そのため先進国ではなかなか自分ごと化されず、顧みられない熱帯病の根絶に対する優先順位が低くなってしまっていたのです。

次の章では具体的に、顧みられない熱帯病の種類と原因を見ていきましょう。

顧みられない熱帯病の種類一覧と原因、症状

世界保健機関は、以下の20種類の疾患を顧みられない熱帯病として指定しています。ここではそれぞれの疾患を簡単に説明します。

リンパ系フィラリア症

「フィラリア症」は、寄生虫のフィラリアを蚊が媒介することによって感染する病気です。フィラリアに感染すると人体のリンパ系に影響を与え、足や腕に炎症を起こします。外観の大きな変形を引き起こすため、身体的障害・社会的偏見などの要因となります。

厚生労働省によると2000年には1億2,000万人以上がフィラリア症に感染、約4,000万人が体の一部の変形や機能障害に陥りました。

シャーガス病

「シャーガス病」は、主にラテンアメリカで発生しています。サシガメと呼ばれる昆虫による媒介の他、輸血や臓器移植によって感染します。初期症状はサシガメの侵入した部位の腫れや炎症、発熱などで始まり、慢性期に入ると突然死に至る可能性があります。一方で、早期に適切な治療が行われれば治る感染症です。

リーシュマニア症

「リーシュマニア症」は、サシチョウバエに媒介されて感染する寄生虫疾患です。感染地域は熱帯雨林から乾燥地帯の医療が届きにくい田舎で多く見られます。リーシュマニア症の症状は下の3つに分けられます。

  • 皮膚→リーシュマニア症で最も一般的な症状。皮膚病変や潰瘍が生じ、痛みを伴い最終的には瘢痕を残す。
  • 内臓→発熱や体重減少、貧血が発生する。適切な治療が行われなければ95%以上の確率で死に至る。
  • 皮膚粘膜→鼻、口、咽喉の粘膜の一部または全部が、外観を損なうほど激しく破壊される。

ギニア虫感染症

「ギニア虫感染症」は、寄生虫であるギニア虫によって引き起こされる感染症です。飲み水を通じて糸状虫を体内にもったミジンコ類を体内に入れてしまうことで発生します。体内にギニア虫がいるため痛みが出たり、機能不全を発症したりします。

世界保健機関を中心に根絶に取り組み、2015年の感染者数はわずか22人でした。

アフリカ・トリパノソーマ症(睡眠病)

「アフリカ・トリパノソーマ症」は、別名アフリカ睡眠病と呼ばれ、ツェツェバエが媒介する寄生性原虫トリパノソーマによって引き起こされる感染症です。初期は発熱や頭痛といった風邪のような症状が出ます。症状が進行すると睡眠周期が乱れ、最終的には昏睡し死に至ります。

また、ごく稀に母子感染や性行為によって感染する可能性があります。

トラコーマ

「トラコーマ」は、細菌が目や鼻に触れることで感染し、結膜炎や失明を引き起こします。トラコーマによる失明は元に戻ることはなく、子供でも感染する深刻な病です。2016年には世界で190万人もの感染者が出ています。

ハンセン病

「ハンセン病」は、主に皮膚や末梢神経を侵し、手や顔面の変形など後遺症を残します。さらに、毛根や汗腺も障害され、脱毛や発汗低下などの症状が発生します。適切な治療が行われないと、神経障害や筋肉の衰弱に至る可能性があります。

感染経路がはっきり分かっていないことから、日本では「らい病」と呼ばれ、過去には感染者が差別や隔離の対象とされていたことが問題となったことで知られています。

住血吸虫症

「住血吸虫症」は、寄生蠕虫の住血吸虫を病原体とし、汚染された淡水の川での遊泳や歩行により感染します。初期症状は下痢や血便で、症状が進行することで脾臓(ひぞう)が腫れ上がることがあります。

2015年には、約6,650万の人々が住血吸虫症の治療を受けました。

オンコセルカ症(河川盲目症)

「オンコセルカ症(河川盲目症)」は、回旋糸状虫と呼ばれる寄生虫を保ったブユに刺されることで感染します。激しい痒みや痛みが発症し、その後皮膚の外観を損なうほどの発疹やイボを伴います。重症化すると視力障害や失明を引き起こします。

土壌伝播寄生虫症(どじょうでんぱんぜんちゅうしょう)

「土壌伝播寄生虫症」は、さまざまな種類の寄生虫が人の腸に寄生することで発症する病気です。代表的な寄生虫には回虫、鉤虫、鞭虫の3つが挙げられます。主な症状は貧血や栄養失調、全身倦怠感や認知障害などです。

顧みられない熱帯病の中でも最も代表的な感染症のうちのひとつで、世界に約15億人が感染していると世界保健機関は発表しています。

ブルーリ潰瘍

「ブルーリ潰瘍」は、消耗性の皮膚感染症で、熱帯・亜熱帯地域で蔓延しています。主に皮膚に潰瘍ができ、骨や軟部組織の破壊を引き起こします。初期段階であれば薬物治療で完治することができる感染症です。

デング熱

「デング熱」は、デングウイルスを病原体とし、蚊に刺されることによって感染する疾患です。高熱、発疹や頭痛、嘔吐などの症状が見られます。幼い子供や免疫の弱い人だと最悪死に至る可能性がある感染症です。厚生労働省検疫所は、2013年の感染者数はアメリカ大陸、東南アジア、西太平洋だけで300万人を超え、感染者数は年々増加していると指摘しています。

条虫症・嚢虫症

条虫による感染症で、条虫症は成虫、嚢虫症は幼虫期の条虫によって引き起こされます。不十分に調理された肉を食べてしまうことで条虫が人の腸に入ることで感染します。条虫が腸内で死んだ場合は特に症状は出ませんが、生きている間は腹痛や吐き気、平衡感覚の乱れを起こすことがあります。

狂犬病

狂犬病ウイルスを保有する動物に咬まれることで人に感染するウイルス性疾患です。野良犬の多い地域や、ペットへのワクチン接種が行われていない国で発生しています。ワクチンで予防することは可能ですが、一旦発症すれば効果的な治療法はなく、ほぼ100%死に至ります。

エキノコックス症(包虫症)

エキノコックス属条虫の卵や幼虫が、食べ物や水を介して口から入ることで発症する感染症です。体内に入った卵や幼虫がやがて発育し、肝障害を引き起こします。死亡率は低いものの、長い期間治療をせずに放置すると死に至る可能性があります。

食物媒介吸虫症

「食物媒介吸虫症」は、寄生虫の幼虫が付着している魚や甲殻類を食べることで感染します。主な症状は発熱、腹痛、全身倦怠などです。感染者数は世界で約5,600万人です。

風土病性トレポネーマ症

トレポネーマを病原体とする感染症で、人との接触によって感染します。主な症状としては、皮膚に瘤(こぶ)や腫れ物ができ、外観が損なわれます。皮膚から出る体液に触れることで感染するため、人との接触が多い子供間で感染が広がる傾向にあります。

マイセトーマ(菌腫)

マイセトーマは、皮下組織を破壊する感染症で、悪化すると皮膚だけでなく深部組織や骨を侵します。慢性的な進行性の感染症で、細菌が皮下組織に侵入することで感染します。治療法は病原体の種類によって異なりますが、薬剤が高価で感染地域では治療を受けられない人々がほとんどです。

疥癬

「疥癬」は、ゼンダ二が皮膚に寄生し皮膚同士の接触によって人から人に感染します。感染すると激しい痒みを引き起こし、赤い発疹のような症状が見られます。感染者数は年間8〜15万人と予想されています。

蛇咬傷

「蛇咬傷」は、蛇に咬まれ傷を負うことを意味します。貧困地域においては深刻な保健課題のひとつで、蛇に咬まれた人は有毒無毒に関わらず傷や恐怖を経験します。適切で迅速なケア、毒蛇に対応できる良質な解毒剤が不可欠です。

ここで紹介した20個の感染症が、顧みられない熱帯病の種類です。次の章では、これらの感染症に対して行われている対策について見ていきましょう。

顧みられない熱帯病の対策

顧みられない熱帯病は、低中所得国を中心に、あらゆる地域で広がっています。そのため、感染者数を減らしたり治療を広げたりするために、国際的な協力が進められています

具体的には、2012年にはロンドン宣言、2022年にはキガリ宣言が発表されました。

ロンドン宣言

2012年1月30日に、世界の製薬会社大手13社、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、世界保健機関(WHO)、米国および英国政府、世界銀行、および顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases: NTDs)が、顧みられない熱帯病の10種類の疾患の制圧に取り組むという共同声明「ロンドン宣言」を発表しました。

取り組みの対象となる10種類の疾患は、以下の通りです。

  • リンパ系フィラリア症
  • シャーガス病
  • リーシュマニア症
  • ギニア虫感染症
  • アフリカ・トリパノソーマ症(睡眠病)
  • トラコーマ
  • ハンセン病
  • 住血吸虫症
  • オンコセルカ症(河川盲目症)
  • 土壌伝播寄生虫症

製薬会社や国際機関が連携をし、医薬品の供給や物流の改善、新薬の開発やインフラに取り組み、顧みられない熱帯病の制圧を目指します。日本の製薬会社「エーザイ株式会社」も参画しています。

【関連記事】エーザイ株式会社|患者様と生活者の喜怒哀楽を考え、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する

キガリ宣言

「キガリ宣言」は、ルワンダ共和国の首都キガリで2022年6月17日に開催された会議において、ロンドン宣言の後継として発表された政治宣言です。さらなるヘルスシステムの構築や資金調達、治療薬の開発の加速に取り組み、顧みられない熱帯病の制圧を成し遂げることを宣言しています。

キガリ宣言では、2030年までに2つの顧みない熱帯病の根絶、100カ国において1つ以上の感染症を制圧することを宣言しています。

顧みられない熱帯病とSDGs目標3「全ての人に健康と福祉を」の関係

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顧みられない熱帯病の根絶は、「SDGs」とも大きな関わりを持ちます。SDGsとは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略で、2015年9月の国連サミットで採択された世界共通の目標です。

SDGsは、社会・環境・経済の観点から課題を解決していくための17の大きな目標と、それらを達成するための具体的な169のターゲットで構成されています。

目標3「すべての人に健康と福祉を」で触れられている

顧みられない熱帯病については、目標3「全ての人に健康と福祉を」で触れられています。「すべての人に健康と福祉を」は、世界に暮らす人々の健康の確保と福祉の促進を目指した目標です。13個のターゲットから成り立ち、ターゲット3.3に顧みられない熱帯病に関する記載があります。

3.3…2030年までに、エイズ、結核、マラリアおよび顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶するとともに肝炎、水系感染症およびその他の感染症に対処する。

世界の3大感染症だけでなく、顧みられない熱帯病に2030年までに対処をすることを掲げているのです。「顧みられない」と呼ばれるようになってしまった感染症ですが、近年では世界的に注目を集め始め、根絶に向けて取り組まれるようになりました。

まとめ

世界から無視され続けてきた顧みない熱帯病は、低中所得国を中心に人々の生活を脅かしてきました。現在でも治るはずの病気で障害を追ったり、失われなくて良いはずの命が失われたりしています。これらの低中所得国では医者が足りていない、治療薬の供給量が乏しいなど、課題が山積みです。

そのため、顧みない熱帯病を終わらせるためには、先進国の医療機関や政府が協力していくことが不可欠です。ロンドン宣言やキガリ宣言で顧みない熱帯病の根絶に取り組むことが宣言されており、SDGsの目標にも含まれています。今後世界が協力して取り組んでいくべき大きな課題となっています。

<参考文献>
エーザイ企業「顧みない熱帯病と三大感染症について」
総務省「死亡の動き」
厚生労働省検疫所「マラリアについて」
The world health organisation「The Roαd to 2030」
外務省「「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」について【第1章】三大感染症の現状」
厚生労働省検疫所「2017年04月21日更新 顧みられない熱帯病に対する今までにない進展-WHO報告」
エーザイ株式会社「顧みられない熱帯病制圧に向けた取り組みの成果と継続支援の発表」
厚生労働省検疫所「リンパ系フィラリア症について(ファクトシート)」
厚生労働省検疫所「シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症)について(ファクトシート)」
厚生労働省検疫所「土壌伝播蠕虫感染症について (ファクトシート)」
厚生労働省検疫所「食品由来の吸虫症について(ファクトシート)」
The World Bank 「顧みられない熱帯病10疾患-2020年までの撲滅・抑制に向け、官民パートナーが協力」
製薬協「NTDs克服に向けて」