人と人とのつながりが薄れる現代社会で、誰にも知られずに人生最期を迎える無縁死(孤独死)が増えています。身寄りが全くない、親戚がいても10年以上関わっていないなど、自分に何かあった時に頼れる縁を持たず孤立している人が増えている社会現象を無縁社会と呼びます。なぜ人は社会とのつながりを失い、縁が切れてしまうのでしょうか?
この記事では、現代社会の孤独を凝縮した言葉「無縁社会」の意味や原因、問題点、対策まで解説していきます。高齢者だけでなく30代、40代の働き盛りの世代でも「孤独死するかもしれない」と不安を抱え、自殺者が後を絶たない日本で何が起きているのでしょうか。
目次
無縁社会とは
「無縁社会」とは、”つながりのない社会”、”縁のない社会”を意味する造語で、2010年1月放送のNHKドキュメンタリー番組で初めて用いられました。希薄化する人間関係を表しており、中高年だけでなく若い世代でも「他人事とは思えない」「自分もこうなるかもしれない」と多くの共感の声が寄せられました。
「無縁」という言葉を辞書で引くと、
- 縁のないこと、関係のないこと
- 地縁・血縁などの縁者がないこと
という意味が並んでいます。身寄りもなく社会から孤立して生きる人が増えており、それは現代日本の社会問題の煽りを受けた結果でありながら、さらに新たな問題も生んでいます。
まずは話題になったNHKの番組がどのような内容だったのか見ていきましょう。
「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」
NHKの番組「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」では、ひとり孤独に亡くなり引き取り手もない「無縁死」を中心に取り上げています。調査の結果、身元不明の自殺や行き倒れ、餓死、凍死などの無縁死は、年間で3万2,000人にのぼることが明らかになりました。なぜ無縁死が起きるのか、どういう経緯で絆を失うのか?番組中や本の中でいくつかの事例に沿って紹介しています。
ここで注目したいのが、無縁死を遂げる人は、ずっと一人で家に引きこもって生きてきたわけではなく、きちんと仕事をして、結婚もして家庭を築いてきたような人が多数であることです。
だからこそ30代などの働き盛りの若い世代が、「他人事ではない」と共感し、自身の将来へ不安を感じているのです。
無縁社会を生んでいる背景と原因については後述しますので、次に無縁社会の現状と事例を一緒に確認していきましょう。
無縁社会の現状と事例
無縁社会は、「孤独・孤立を深める社会」とも言い換えることができます。まずは現状を見ていきましょう。
現状①無縁死による直葬が急増
無縁死として一番多いのが、「一人暮らしをしている高齢者が死後一か月経って発見、身元不明のまま地方自治体の担当者が葬儀を進め、身元が判明したとしても引き取り拒否をされてしまう」というケースです。
通夜や告別式などの葬祭の儀を一切執り行わず、遺体を自宅や病院から直接火葬場に運び、火葬によって弔う葬式のことを「直葬」と呼びます。
こちらの表は2017年時点の葬儀件数の取り扱いを示したもので、直葬は26.2%と増加傾向にあります。NHKの取材によると、「引き取り手のない遺体」が10年で倍近くになり、対応に追われている自治体もあるそうです。
現状②コロナ禍により孤独を深めるケースも
コロナ禍による自粛生活は、誰もが孤独や不安を抱えた時期でもありました。外出、外食をはじめ、地域での集会や見守りパトロールもできず、この時期に死後の発見が遅れてしまったケースもあります。コロナ禍は、人間関係や人付き合いの希薄化をさらに進めてしまう大きな要素となりました。
ここからは、無縁社会や無縁死が実際どんな状態を指すのか、具体事例を2つ列挙します。
事例①人知れず死亡、偶然発見された男性
氏名不詳の男性が、居間であぐらを組み、前に倒れこむように腐乱状態で死亡しているのが発見されました。死後1週間以上経過しており、大家さんが家賃の集金をしに行った際に見つけました。NHKが調査を進めていくと、男性は生前、給食センターで20年間以上働いており、無遅刻無欠勤の真面目な勤務態度だったようです。結婚して子どもも授かりましたが、他人の借金を肩代わりさせられたことが原因で離婚。両親はすでに他界しており、地元とのつながりはほとんどなくなっていました。
事例②親族の引き取り拒否
生活保護を受けていた60歳の男性が自宅で病死、一か月後に発見されました。行政の担当者が男性の親族を探しましたが、他県に住む甥は10年以上連絡を取っていないため、引き取りを拒否。この男性の遺骨は、無縁墓地(管理者のいない墓地)に送られました。
NHKの調査によると、無縁死をする人のほとんどは身元が判明しており、家族がいるものの引き取られないケースが多いということが明らかになっています。
なぜこのような事態になってしまうのか、次からは無縁社会を生む原因について、背景を交えて確認していきます。
無縁社会を生み出す原因は?背景を交えて
NHKの番組では、無縁社会を生み出す原因には地縁、血縁、社縁の喪失があると指摘しています。なぜ人は人とのつながりを失ってしまうのでしょうか。
無縁社会の原因①単身化
一人暮らしをする単身高齢者は年々増加しています。2021年時点で、65歳以上の単独世帯は742万7000世帯で全体の約3割を占めており、今後も増え続けていくと予想されています。
核家族化
単身化は、核家族化がより進んだ形態でもあります。ひと昔前は3世代同居が当たり前の日本でしたが、集団就職や高度経済成長によって、地方の親元を離れ、都市で暮らす世代が爆発的に増えました。その世代が都市で家族を持ち、そこで生まれた子らが独立すると、老夫婦だけが家に残ります。
夫婦どちらかに先立たれると、家に残るのは自分一人です。親元に久しく帰っていない、我が子との関係も希薄であれば、年月を経るごとに、少しずつ孤立していきます。
ひとつの家族を形成する人数は核家族化によってどんどん減っていき、さらに小さくなった形が単身化といえます。
熟年離婚の増加
【離婚の同居期間別構成割合の年次推移】
婚姻期間が20年以上の夫婦が離婚することを「熟年離婚」と呼びます。統計によると、1985年の熟年離婚率は12.3%だったものの、2020年には21.5%にまで上昇しています。
この理由としては、働く女性が増えたことによって、夫に頼らなくても安定した収入基盤を築いており、経済的な心配が専業主婦よりも少ないことが挙げられます。他にも、
- 定年退職した夫が家事を全くやらず愛想が尽きた
- 子どもが成人するまでと決めていた
などの理由がありますが、いずれにせよ3組に1組は離婚する現代社会で、熟年離婚も決して珍しいものではありません。
無縁社会の原因②未婚化
【生涯未婚割合の推移と将来推計】
50歳までに一度も結婚しない人の割合を生涯未婚率といいます。このグラフは、生涯未婚率の推移を表したもので、1970年時点で男性1.7%、女性3.3%と比べると、2020年時点では男性26.7%、女性17.5%まで上昇しています。さらに今後も未婚化は進むと予測されており、理由としては
- 生活インフラや経済活動が上向き、一人で暮らしていても不自由ではない
- 考え方やライフスタイルが多様化し、結婚しなければならないという社会観念が薄まってきている
- 非正規雇用など、安定しない労働形態による収入不安
- 女性の経済力が向上し、結婚しなくても生活できる人が増えた
などが挙げられます。先ほどの熟年離婚に通ずるところもあり、現代では「無理してまで一緒にいなくてもいい、もしくはいたくない」と婚姻生活に区切りをつける夫婦も多いようです。
無縁社会の原因③高齢化、長寿化
少子化によって、頼ることのできる子どもが限られてしまっていることに加え、さらに大きな要因として高齢化、長寿化があります。
【平均寿命の推移】
日本の平均寿命は、2019年時点で男性81.4歳、女性87.4歳となっており、さらに2040年では男性83.2歳、女性89.6歳と今後の伸長が予測されています。
長寿化により、たとえば妻に先立たれた後も、長くその後の人生を生きていかなければいけない男性が増えます。それまで「男は働いて女は家事育児をする」という生活を送ってきた場合、定年退職後に仕事以外のつながりを持っていない男性が多いものです。
近くに親しい友人がいない、家でも一人で過ごすなどの時間が長く続くと、次第に孤独を深めていくことになります。
無縁社会の原因④自由化と個人主義が定着
私たちは昔に比べて、仕事や住む場所、生き方、友だち付き合いなどを自分で選べるようになりました。苦手な人とは関わらない、好きな人とだけ一緒にいればいいという「自由」は、一方でリスクも内在しています。
地域コミュニティの消失
ご近所付き合いは面倒だから関わりたくない(そもそも日中は仕事をしていて不在のため顔を合わせない)など、近隣との関わりが少なくなっています。人付き合いのストレスが軽減される一方で、何かあったときに助けを求められる人が身近にいないというリスクも含んでいるのです。
個人主義が定着
終身雇用制度が崩壊しつつある日本では、転職を繰り返す若者も増えてきました。転職自体が悪いわけではなく、将来やキャリアアップのためというより、自分に合わないと思う仕事や苦手な上司がいるから仕事を辞める、ということを理由にした転職を続けていると、会社を通じた人間関係(社縁)もなかなか築くことができません。
嫌いな人や苦手な人とは関わらなくていいという個人主義は私たちが望んだことともいえますが、思わぬところでひずみが生じている原因にもなっているのです。
無縁社会の原因⑤過度な自己責任論
いい大学に行けない、いい仕事につけない人のことを「努力が足りない」と一蹴する「自己責任論」は、無縁社会を助長する引き金になっていることもあります。
たとえば就職氷河期において、就職できない、非正規の職しか就けないのは努力が足りないということではなく、自分ではどうにもならない社会的・経済的な波によるものも大きな一因です。さらに、「親ガチャ」(生まれてくる子どもは親を選べないという意味)の言葉に象徴されるように、生まれつきの家庭環境や教育によっても子どもの人生は大きく左右されます。しかし結果だけを取り上げ「努力不足」と片づけてしまうことは、無縁社会を増幅させてしまう可能性をはらんでいます。
無縁社会は、個人の問題ではなく社会問題なのです。
潜在無縁化層
孤立しているのは単身高齢者だけではありません。NHKの番組でも共感を寄せた30代、40代は「無縁死予備軍」「潜在無縁化層」とされています。
若者でも、家族がいても孤独
若い世代の”無縁感”とは、
- ・親と折り合いがつかず、10代の少女が家出を繰り返す
- ・結婚して子どもがいて、皆で暮らしていても家の中に居場所がない
- ・会社では何となく仕事をこなしているが、家に帰れば一人で、休日に遊びに行く友人はいない
など、人には見えない孤独が特徴です。さらに、
- 未婚
- 子どもがいない
- 非正規雇用
- 不安定な経済状況、世界情勢
- 会社の業績不振
など、今抱えてる孤独が将来の自分と独居老人が重なり、孤独死のイメージと結びついてしまうのです。
無縁社会の問題点
無縁社会の背景や原因には、決して自己責任とはいえない社会問題があることを見てきました。ここからは、無縁社会の何が問題なのかを詳しく見ていきましょう。
問題①無縁死・孤独死
【東京23区内における一人暮らしで65歳以上の人の自宅での死亡者数】
これは、死因不明の急性死や事故死などによって自宅で亡くなった単身65歳以上のデータです。これを受けて内閣府は、孤立死が多数発生していると分析しています。
【孤立死を身近な問題と感じている60歳以上の割合】
さらに、単身者の約半数が孤立死を身近に感じているなど、単身者の孤立と無縁死には強い関連性があります。先述したように、葬儀形態として直葬や、管理者のいない無縁墓への引き取りなどで、行政の負担も増えています。
問題②自殺
【先進国(G7)における自殺死亡率の比較】
日本は先進国(G7)と比較しても自殺率が高く、特に女性が高水準にあります。最新データ(2021年)によると、コロナ禍の前後で、男女ともに19歳以下と20歳代の自殺数が増加しており、特に女性が増え続けています。
【無職女性の自殺者数増減比較】
こちらは、無職女性の同居人の有無による自殺数の比較データです。令和3年は60歳代を除く全ての年齢層で増加しており、孤立・孤独は女性の自殺率と直結しているといえます。
拡大自殺
近年、見知らぬ人を巻き添えにして自殺を図る「拡大自殺」の事件が急増しています。中には、「自分では死ねないが、人を殺せば死刑になると思った」という理由で無差別殺人を強行するケースもあります。
たとえば、
・大阪教育大付属池田小児童殺傷事件(2001年6月)
小学校に乱入した男によって児童8人が死亡、教員を含む15人が重軽傷を負った事件。当時37歳の男は、自殺を図っても失敗が続いたため、逮捕して死刑にしてほしかったと供述しています。
・秋葉原無差別殺傷事件(2008年6月)
秋葉原の繁華街に犯人がトラックで突っ込み、通行人をはねたりナイフで刺したりして、7人を殺害、10人に重軽傷を負わせました。犯人は実生活で友人がおらず、孤独な生活を送っていたとみられています。
孤独や孤立は、ときに他人を巻き込む狂気となって表出し、人々を脅かす事件にもつながるのです。
問題③無縁墓が増加
無縁墓(むえんばか)とは、葬儀や供養をしてくれる親族やお墓の継承者のいない故人、そのような人の眠るお墓のことを指します。供養やお参りなど、管理する人がいなくなってしまうと、墓地やお寺側でも管理費が回収できず、新たな埋葬者を受け入れることができません。
お墓の解体や撤去にも費用がかかるため、縁故者を何年も探しているところもあるようですが、そもそも引き取り手がいなかったために無縁墓に眠っているため、なかなか対応が進められないのが現状です。
無縁社会を減らすための対策
無縁社会を形成している最も大きな要素は「孤独」です。孤独や孤立は決して個人だけの問題ではなく、その時の経済状況や社会情勢にも大きな影響を受けています。実は日本でも、「孤独は社会問題」であるという認知が大きな潮目を迎えています。
日本の対策:孤独・孤立対策担当室を設置
深刻化する社会的な孤独・孤立問題への対策を進めるため、2021年2月に孤独・孤立対策担当室が設置されました。
これは、長期化するコロナ禍を受けて孤独・孤立問題に取り組むために新設されたものです。対策の3本柱として以下が掲げられています。
- エビデンスのある実態把握
- SNSの活用
- NPOなどとの連携、支援
無縁死のデータははっきりとしたものがなく、目には見えない、表立って出てこないのが無縁社会の問題点でもあるため、まずは実態把握したうえで関係機関と連携していく方針です。
イギリスの対策:世界で初めて「孤独担当大臣」を設置
イギリスは2018年、当時の首相メイ氏が「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題の一つ」として、世界初の「孤独担当大臣」を任命しました。
参考:世界初「孤独担当大臣」置いた英国 孤立を社会問題と見る国の取り組み
イギリスでは、「孤独」がもたらす医療コストを10年間で1人当たり推計6,000ポンド(約85万円)と試算しています。さらに、孤独が原因の体調不良による欠勤や生産性の低下などで、雇用主は年25億ポンド(約3,540億円)の損失を受けるともされています。「診察の2割は医療が必要なのではなく、孤独に悩む人」という報告も上がっているほどです。
年々増える社会保障費の問題を抱える日本は、医療費の圧迫を防ぐためにもイギリスの孤独対策は参考になるポイントがありそうです。
無縁社会において私たちにできること
ここまで見てきたように、孤独は誰もが大なり小なり感じることです。普通に仕事をして生きてきた人が人知れず亡くなっていく無縁社会の中で、私たち一人ひとりが意識して孤独・孤立化しないように予防していくことが大切です。
孤独を”予防する”
たとえば、
- 近所の人とすれ違ったら挨拶してみる
- 面白そうなオンラインコミュニティに参加してみる
- 行ったことのない場所にも積極的に足を運んでみる
など、ひとつひとつを実行するには最初は少し勇気が必要です。しかし、小さな積み重ねが少しずつ孤独を遠ざけ、「無縁社会とは無縁の自分」でいられるきっかけになります。
孤独・孤立は社会問題でもありますが、個人ができる予防策も生活の中で見つけることができます。ひとりでも孤独ではないと、自分の中を満たせるものを持っておくことが、年齢を重ねれば重ねるほど自分のためのお守りになってくれるはずです。
無縁社会とSDGs
最後に、無縁社会とSDGsの関係を見ていきましょう。
SDGs3「すべての人に健康と福祉を」と関係
SDGs3では、すべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進することが掲げられています。健康的な生活とは、肉体的・精神的・社会的に満たされている状態を指し、過度なストレスを受けることなく安心して暮らせる社会を作ることが求められています。
孤独を深め、孤立していく”無縁”の人々が、社会の中で充足できるような仕組みづくりを進めることは、SDGs3の達成に貢献します。
孤独を社会問題として捉え、予防策を進めることは、今すでに「見知らぬ人」になりつつある人だけでなく、これから孤独に陥ってしまうかもしれない人を救うことにもつながるのです。
まとめ:無縁社会に潜む「孤独」は社会問題として予防が必要
無縁社会の正体は「孤独」であり、個人の問題ではなく社会問題としての対応がますます求められます。
しかしそれと同じくらい、私たち一人ひとりが”孤独を予防する”意識を持つことも重要です。孤独の可視化が国の課題だとしたら、私たちがやるべきことは孤独の予防です。
無縁社会というさびしい言葉が一時代だけのものであるよう、縁を失くすことなく助け合える社会を目指していきましょう。
<参考文献・資料>
2021(令和3)年 国民生活基礎調査の概況
高齢期の暮らしの動向(内閣府)
少子化対策の現状
高齢化の状況(内閣府)
人口動態統計特殊報告(離婚の年次推移)
平均寿命の推移(厚生労働省)
令和 3年度 我が国における自殺の概況及び自殺対策の実施状況
人々のつながりに関する基礎調査(令和3年)調査結果の概要
無縁社会 NHKスペシャル取材班
無縁社会を生きる 藤島安之
無縁介護―単身高齢社会の老い・孤立・貧困 山口 道宏
〈つながる/つながらない〉の社会学-個人化する時代のコミュニティのかたち 柄本 三代子ほか