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富裕税とは?日本でも再び採用される?メリット・デメリットも

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現在、世界中で深刻な問題のひとつが貧困層の増大と格差の拡大です。そして、こうした状況を解決するべく、富裕税が今再び世界中で注目されています。本当に富裕税は世界中で導入され、格差を是正する切り札となるのでしょうか。その疑問に迫っていきたいと思います。

富裕税とは

富裕税(wealth tax)とは、富裕層が持つ一定額以上の所有資産に課税する税のことです。

所有資産のうち、課税対象になるのは主に個人(単身、夫婦または世帯)が持つ経済的価値のある全資産です。また、その対象になるのは所得税や法人税などのフローの財産ではなく

  • 不動産などの有形資産
  • 家具、自動車、自家用船・飛行機、競走馬、貴金属類
  • 知的所有権などの無形資産
  • 預金や有価証券などの金融資産

などの総資産額から負債額を差し引いた純資産に税を課すものです。

富裕税の仕組みや内容については、採用している国や地域によって異なります。

対象となる富裕層とは

では富裕層とはどのような人々を指すのでしょう。以下は調査会社Altrataによる富裕層の定義です。

  • 富裕層純資産が100万ドル(1億5,000万円:1ドル150円の場合)から500万ドル
  • 高富裕層:純資産が500万ドルから3,000万ドル
  • 超富裕層純資産が3,000万ドル以上(45億円:1ドル150円の場合)

富裕層の人数は2020年時点で約6,250万人、世界の成人人口のわずか1.2%です。

超富裕層は2022年時点で約39.5万人、さらに10億ドル以上を保有する億万長者はわずか3,194人に過ぎません。

野村総合研究所によれば、日本では

  • 富裕層=純金融資産保有額が1〜5億円未満
  • 超富裕層=純金融資産保有額が5億円以上

と定義されており、2021年時点でそれぞれ139.5万世帯と9万世帯が該当します。

純資産3,000万ドル以上を保有する世界基準での超富裕層は、日本では14,940人とされています。

富裕税の歴史

富裕税という考え方は、世界、特にヨーロッパではいくつかの国で古くから取り入れられていました。

  • 13世紀:スイスの一部の州で似た形の税を採用
  • 19世紀〜20世紀初頭:プロシア(現ドイツ)、オランダ、ノルウェー、オーストリア、ルクセンブルク、 北欧諸国で導入
  • 1950年代後半:バングラディシュ、インド、パキスタン、スリランカで導入

など、1980年代頃までは一定数の国で富裕税を導入していましたが、1990年代〜2000年代半ばにかけて多くの国で廃止されています。

その後2008年の世界金融危機をきっかけに、アイスランドとスペインで期間限定での富裕税が復活しました。

現在富裕税を導入している国

2024年現在、OECD諸国で富裕税を導入している国はフランス、ノルウェー、スイス、スペイン、コロンビアの5カ国です。

フランス

フランスで富裕税が導入されたのは、1982年のミッテラン政権からです。その後一度廃止されたものの、1989年に再導入されて現在に至っています。

フランスの富裕税は、130万ユーロ(約2億1,940万円:1ユーロ168円換算)を超える純資産所有者に0.5〜1.5%の累進的な富裕税が課税されるものです。

フランスではその時々の政権によって富裕税に関する政策が変わり、現在のマクロン政権が2018年に行った税制改正では、

  • 富裕税から「不動産富裕税」への転換=金融資産などを対象外
  • 金融商品からの利益(インカムゲイン)への課税を最高60%の累進課税から一律30%に

など富裕税の中身を大きく緩和し、富裕層、特に超富裕層に有利になるとして批判されています。

ノルウェー

ノルウェーでは2021年の時点で個人保有の純資産で170万クローネ(約2,500万円:2022年時点)以上に富裕税を課税しています。

国(国税)と地方自治体(地方税)の両方に納税する制度が特徴的で、0.85%の税率のうち、0.15%は国に、0.7%は居住する自治体に納税します。

2006年には単身世帯と夫婦世帯の課税最低限の違いを廃止、2009年には国税を2段階累進税から単一税率に変更するなど、税制の簡素化を行っています。

一方で2022年11月には、富裕税を0.85%から1.1%に引き上げたことが国内富裕層の反発を招きました。逆に自治体の中には地方税の富裕税率を下げることで過疎地域への富裕層の招致を図るなどの動きもあり、今後の動きが注視されます。

スイス

スイスの富裕税は州・市町村単位のみで課され、連邦政府からは課税されません。

州は独自に税率を決められますが、富裕税はほとんどの州において累進課税方式です。

こういった背景から、スイスの富裕税は

  • 課税最低限、税率とも州・市町村によってかなりの地域差がある
  • 約半数の州は一般富裕税に加えて不動産に特別富裕税を徴収(適用税率は最大で0.3%)
  • 貨幣価値を持つすべての資産が課税対象(所得を生み出さない資産も課税対象)
  • 単身世帯と夫婦世帯、子供の有無などでも課税限度額が変わる

といった特徴があります。

スペイン

スペインでは2008年に富裕税を廃止したものの、財源対策のため2011年に再導入されました。当時は一時的な措置だったはずでしたが、2024年現在でも継続されています。

スペインの富裕税は100万ユーロ(約1億6,800万円)の資産に0.2〜2.5%、2022年の改正後は1.7〜3.5%が課税されます。

問題となっているのは、自治州が州法によって独自に富裕税の基礎控除や税率を定めていることです。主なものでも

  • カタルーニャ州:基礎控除を50万ユーロに引き下げ
  • マドリード州:税額を全額控除することで富裕税が実質的に無税

など、富裕層が多い大都市を抱える州では、富裕税をなし崩しにする動きが特に目立ちます。

こうした状況を打開するために2022年から新しい富裕税が施行され

  • 3万〜5.34万ユーロの資産に1.7%、10.69万ユーロ以上の資産に3.5%を課税
  • スペインに資産を有する外国企業も富裕税の対象

などの改革を行いました。

しかしそれに反発するかのように、同年アンダルシア州が富裕税の廃止に踏み切ります。

現在のスペインは、格差の是正と富裕層優遇との間でせめぎ合いが続いている状況です。

コロンビア

南米コロンビアでは、2022年に富裕税が導入されました。

対象は居住者および非居住者の、純資本約30億5,300万ペソ(約70万ドル:1億1,405万円)以上を有する者で、税率は0.5%から1%の累進税率が適用されます。

また、約101億3,646万ペソ(約3億8,500万円)以上の資産については、2023〜2026年までの間、一時的に1.5%の税率が適用されています。

日本における富裕税の動向

日本では第二次大戦後、所得税の最高税率が85%と極めて高い状況でした。これを是正するべく1950年に富裕税が導入されますが、預貯金や無記名債券などの把握や資産の調査が難しい、徴税費用がかさむなどの理由から1953年に廃止されました。

以後、税制調査会で何度か取り上げられたものの、国会で富裕税が検討されることはほとんどありませんでした。

来年には富裕税が復活する?

こうした中、2023年に行われた税制改正で「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化」という措置がとられることが決まりました。これは税負担の公平性を高めるため、

①通常の所得税額

②(合計所得金額ー特別控除額(3.3億円))×22.5%

②が①を上回る場合に限り、差額分を申告納税

という措置により、高所得者層の所得税負担が低くなる状態を解消することが目的です。

令和7年(2025年)分の所得から適用されることになっており、国内の富裕層が少なからぬ影響を受けることが予想されます。

なぜ今富裕税が注目されているのか

20世紀末で廃れた富裕税は、近年世界中で注目が集まり(再)導入も検討されています。

その背景には以下のような要因があります。

世界金融危機後の巨額の財政赤字

背景のひとつは、2008年のリーマンショックなどに関連した、世界的な金融危機による財政赤字です。これを契機にイギリスやドイツ、イタリアでは、財政赤字削減の財源として富裕税の導入が提案されました。

フランスの経済学者トマ・ピケティ氏は、EU全加盟国で100〜500万ユーロを超える財産に1%、500万ユーロを超える財産への2%の富裕税によって、EUのGDPの2%相当の税収をもたらすと主張しています。

格差拡大への不満の増大

拡大が著しい格差是正を求める声の高まりも大きな要因です。

「世界不平等レポート2022」によると、世界の成人一人当たりの収入と資産の関係を示した調査では

  • 収入の割合:(10%の)富裕層が52%、中間層が39.5%、貧困層が8.5%
  • 富(資産)の割合:富裕層が76%、中間層が22%、貧困層が2%
  • 金額換算:富裕層は平均約55万ユーロ(約7,790万円)の資産に対し、貧困層は平均わずか2,908ユーロ(約41万円)

という結果となり、収入に対し富の偏りが拡大している実態がわかります。(1ユーロ=141円)

前述のピケティ氏は著書「21世紀の資本」で、資本収益と富の集中を分析、格差対策として富裕税の必要性を訴えたことで、学会や専門家の間でも議論が活発化していきます。

さらに2020年からのコロナ禍では富裕層はより多くの富を得た反面、失業や収入減により多くの人々が困窮を余儀なくされ、格差拡大に拍車がかかっています。

大富豪・富裕層らによる要求

近年興味深いことに、莫大な富を持つ大富豪や富裕層の中に「自分たちに富裕税を課せ」と要求する人が現れています。

2021年には248人の大富豪が米議会に富裕税の導入を提言し、米・英の260人もの大富豪や高所得者らが結成した「Patriotic Millionaires」という団体は、自分たちを含む富裕層への課税を求めて議会や政治家に働きかけを行なっています。

富裕層たちが富裕税の導入を求める理由には

  • 労働者を守り中間層を支えるために、富裕税の有効性を示したい
  • 経済格差の是正に努め、公平性と常識を支える責任を実感
  • 極度の貧困や格差による恨みや怒りの矛先を向けられないようにするため

などがあげられます。

ブラジルの提案

富裕税に関する動向で注目なのは、今年(2024年)のG20議長国ブラジルが富裕税導入に関する提案を行い、合意に向けて動いていることです。

ブラジルは今回のG20で格差是正や貧困・気候変動への対策を重要議題に上げ、解決策のカギとして、グローバル規模での富裕税導入を提案しています。

ブラジルの提案は

  • 世界中の資産10億ドル(約1500億円)を超える富裕層に資産評価額の2%を課税する
  • 世界規模の2,500億ドル規模の財源を持続可能な経済体制の財源にする

というものです。

現時点での導入は難しいものの、G20のような国際会議で富裕税が議題に上ること自体が、大きな進展と言えるでしょう。

富裕税のメリット

富裕税の導入は私たちの社会に多くのメリットがあるとされます。現在、世界的に導入が議論されているのも、そうしたメリットに期待が持たれているがゆえです。

メリット①格差是正

富裕税のメリットとしてあげられるのは、格差を是正する効果です。

所得だけでは把握できない富裕層の純資産に課税をすることで、社会的公平につながります。

同時に富の再分配を通じた資産格差の是正や機会の平等が確保されます。これにより、経済的不平等を是正し、中間層や低所得層の生活水準を向上させることが期待されます。

メリット②税収の増加

もうひとつのメリットは税収の増加です。富裕層の持つ莫大な額の資産から税を徴収できれば、少なからぬ額の税収に結びつきます。

コロナ禍前から米国で議論されている「超富裕税」は、富裕層が持つ5,000万ドル以上の資産に年2%10億ドル以上の資産に年3%の課税を求めるもので、仮にこの法案が成立すれば、今後10年間で約3兆ドルの税収が見込まれます。

ただし実際に見込まれる税収は、それぞれの国の事情や、その時の状況にも左右されます。

メリット③庶民層の消費喚起による経済の活性化

富裕税による低所得層や中間層への再分配がうまく機能すれば、消費が促され、経済の活性化につながる可能性があります。一部の富裕層が富を独占しても、一人が使える金額には限りがあります。対して庶民層の生活が安定すれば、所得の多くの割合を消費に回すため、経済全体の需要が喚起されて経済成長への貢献が期待されます。

メリット④社会の安定

富裕層への課税による格差の是正は、社会的な安定にもつながります。

経済的不平等の拡大は、貧困と社会不安を引き起こし、犯罪や暴力の増加、ポピュリズムの台頭など、政治的不安定や治安悪化の原因となりかねません。

富裕税の導入は、民衆が「金持ちはその分税金を多く取られている」という意識を持つことで、心理的な不満を解消し、社会の安定にも役立ちます。

富裕税のデメリット

一方では、富裕税を導入することによるデメリットも指摘されています。

デメリット①資本や人材の国外流出

富裕税の最大の問題は、高い課税を嫌がる富裕層が外国へ住所や資本を移動させてしまうことです。

富裕層や反対派の間からは、起業家のモチベーションを下げる、国内産業やイノベーションの発展を阻害するとして、経済活動への悪影響を指摘する声も上がっています。

アイルランドやオランダの富裕税廃止もこうした不安が原因とされたほか、

  • スウェーデン:名目GDPの22%相当の資産が他国に流出
  • ノルウェー:富裕税率引き上げで60人以上の富裕層がスイスへ移住

といった問題も実際に起きています。

また富裕税を避けるために、多くの富裕層がタックスヘイブンと呼ばれる租税回避地へ資産を移す事例もあり、脱税やマネーロンダリングの温床として近年問題視されています。

デメリット②課税コストが税収よりもかかる

富裕税のデメリットとして、税務の費用対効果の悪さも指摘されます。

富裕税は不動産や株、貴金属などさまざまな資産が課税対象であるため、チェックが複雑で税務に多額のコストがかかります。にもかかわらず、税収全体に占める富裕税の割合は少ないことから、富裕税を導入した国の多くが廃止を決める要因にもなっています。

デメリット③再分配効果が低い

格差是正のための富裕税ですが、税収額が極めて少ないため実際の再分配効果は低いのもデメリットのひとつです。

富裕税が税収増と格差是正に効果を発揮するのは、アメリカのように超富裕層が莫大な額の資産を持つ格差が極端な社会に限られ、それ以外の国では効果は限定的です。

例えばフランスでは、富裕税が総税収額に占める割合は0.4〜0.5%に過ぎず、富裕税すべてを貧困世帯に回しても格差是正の効果はわずかとされています。

日本の場合は1億ドル以上の資産を持つ超富裕層の数は少なく、上位層の保有資産の割合も低いため、やはり富裕税による格差是正の効果は低いと見るべきでしょう。

とはいえ、富裕税から得られる税収が全く無意味というわけでもありません。日本の上位1%の富裕層への課税を2.4兆円とすれば、これを生活困窮者対策に充てることで、生活保護と貧困対策には一定の効果も期待できます。

富裕税とSDGs

富裕税の導入や、富裕税についての議論を深めることは、SDGs(持続可能な開発目標)の目標1「貧困をなくそう」と、目標10「人や国の不平等をなくそう」の2つの達成目標と関連してきます。

目標1では

  • 1日1.25ドル未満で生活する人々の極度の貧困を終わらせる
  • 貧困撲滅のために国、地域及び国際レベルで適正な政策的枠組みを構築する

目標10では

  • 各国の所得下位40%の所得成長率について、国内平均を上回る数値を漸進的に達成し、持続
  • 税制、賃金、社会保障政策をはじめとする政策を導入し、平等の拡大を漸進的に達成

といったターゲットが定められており、富裕税の導入は、これらの達成に貢献することが期待されています。

まとめ

富裕税は昔から格差是正の手段として期待されていたものの、実際の効果は限定的で、デメリットも多いことからほとんどの国で定着には至りませんでした。そうした困難にもかかわらず、富裕税の導入は現在、世界の至る所で再び求められています。貧富の差がもはや持続可能ではないほど拡大している時代においては、より実効性があり、包括的な協力関係を基盤にした、新しい富裕税のあり方が求められているのではないでしょうか。

参考資料
グローバル・ウェルス・レポート 2022
World Ultra Wealth Report 2023 – Altrata
野村総合研究所、日本の富裕層は149万世帯、その純金融資産総額は364兆円と推計|野村総合研究所
富裕層に対する国際的な課税強化の課税強化の最新動向ーグローバル・ミニマム税導入に関する提言資産税ニュース 2024.4|PwC Japanグループ
富裕税をめぐる欧州の動向 – 国立国会図書館調査及び立法考査局 レファレンス 2015. 5|国立国会図書館デジタルコレクション
超富裕層には優しい、マクロン税制改革。 – OVNI| オヴニー・パリの新聞
富裕税減税で大富豪の移住促進 ノルウェー自治体の施策が物議|Forbes
老後はスイスがいい?…ノルウェーの大金持ちのグループが富裕税を逃れるために移住|Business Insider Japan
スイス税制の概要
スイスが解く 富裕税をめぐる謎 – SWI swissinfo.ch
スペインの富裕税 – artax
Moreno suspende el impuesto de patrimonio en Andalucía – RTVE.es
Impuesto de patrimonio: ¿en qué consiste y quién debe pagarlo?
欧州で見直される富裕税|月刊 資本市場 2018.9(No. 397)
コロンビアにおける 「2022年税制改正」の概要|(2023年3月)日本貿易振興機構(ジェトロ)ボゴタ事務所 ビジネス展開支援課
政府による税制改革法案(コロンビア) | PwC Japanグループ
1 個人所得課税|財務省
Summary_WorldInequalityReport2022
世界の貧富格差、その現状・特徴と経済成長との関係| ニッセイ基礎研究所
248人の億万長者が富裕税を求める文書に署名…「この政策はすべての人のためになる」 |Business Insider
Japan
富裕層が自分たちへの増税を望む理由|wired
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The Cost of Extreme Wealth
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富裕層と税:課税の効率・公平とあるべき累進度の回復 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所 (tkfd.or.jp)
富裕税復活の可能性 – 南山大学機関リポジトリ
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