「働き方改革」という言葉は、近年メディアなどで多く聞かれるようになりました。企業や働く人だけでなく、一般に広く定着した感があります。しかし、働き方改革に際して、自社がどのような取り組みをするべきなのかをあらためて問われると、分からないことも多いのではないでしょうか。
この記事では、働き方改革の意味や働き方改革関連法の内容、メリット・デメリット、現状や課題などを解説します。対応に立ち遅れないためにも、自社が今実施すべきことを整理するための参考になれば幸いです。
働き方改革とは
働き方改革とは、働く人が個々の事情に応じた働き方を自分で選択できる社会を実現するための改革です。※[i]具体的には、「長時間労働をあらためる」「多様で柔軟な働き方を実現する」「雇用形態にかかわらない公正な待遇を確保する」などの措置を講じることを言います。日本の少子高齢化を背景に、誰もが活躍できる「一億総活躍社会」の実現に向けて行われている取り組みの一つです。
一億総活躍社会とは
一億総活躍社会とは、①少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持する、②一人一人の日本人の誰もが、家庭で、職場で、地域で、生きがいを持って充実した生活を送ることができる社会を言います。2015年、当時の安倍総理が少子高齢化の問題に取り組む方針を表明した際に目標として掲げました。
これを実現するために国は、「希望を生み出す経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の新・三本の矢と呼ばれる経済政策を打ち出しています。働き方改革は、このうちの「希望を生み出す経済」において進められている取り組みの一つです。※[ii]
働き方改革はいつ始まったのか
2016年9月、政府により「働き方改革実現推進室」が設置され、総理が議長となり、労働界と産業界のトップと有識者を集めた「働き方改革実現会議」が開催されました。これが働き方改革のはじまりです。全10回に及んだこの会議では、「非正規雇用の処遇改善」「賃金引上げと労働生産性向上」「長時間労働の是正」「柔軟な働き方がしやすい環境整備」など9つの分野についての議論が行われました。翌年の2017年3月には、これらの内容をまとめた「働き方改革実行計画」が示されます。この計画に沿って準備が進められ、2018年6月に成立したのが「働き方改革関連法案」です。
働き方改革関連法とは
働き方改革関連法とは、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」の略で、働き方改革に関連する法律を改正するための法律です。対象となる法律は30以上に上りますが、そのうち次の8つについては、企業が対応する必要があります。※[iii]
※カッコがある場合は、「通称(正式名)」を表しています。
- 労働基準法
- 労働安全衛生法
- 労働時間等設定改善法(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法)
- じん肺法
- 労働施策総合推進法(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律:旧雇用対策法)
- 労働契約法
- パートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)
- 労働者派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)
働き方改革関連法により上記の法律を改正し、長時間労働や雇用形態にかかわらない公正な待遇を行うための措置を取ることが可能になります。2018年6月に成立したこの法律は、2019年4月から順次施行されています。具体的な内容については、後述する「働き方改革関連法による各法律の変更点」を参照してください。
なぜ働き方改革が必要なのか
働き方改革関連法の整備や各法律の整備により、働き方改革は着々と進められています。ではなぜ働き方改革を行う必要があるのでしょうか。主な理由の3つを取り上げます。
少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少
働き方改革が必要とされている理由の一つに、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少の問題があります。日本は出生率が低下して若年人口が減少する「少子化」と、人口に占める高齢者の割合が増加する「高齢化」が同時に進行する「少子高齢化」に直面しています。この状況が進めば、働くことのできる生産年齢の人口が減り、労働力不足や経済活動の縮小など、社会や経済に大きな影響を与えると予想されています。
人口推計によると、日本の労働力人口(15歳以上)は、2017年には6,720万人でしたが、2040年には525万人減り6,195万人になると予想されています。こうした状況の中で、日本は今後、生産年齢人口の就業率を上げることが大きな課題です。働き方改革は、持続可能な経済を実現するための一つの手段と考えられています。
働く人のニーズの多様化
働く人のニーズが多様化していることも一つの理由です。日本は1980年代から共働き世帯が増える一方で、家事などを専業にする妻の数は減少しています。
共働き世帯は、2006年の977万世帯から1,247万世帯と、この15年で1.3倍ほどに伸びています。つまり、夫婦の多くは仕事をしながら家事や育児、介護などを分担していかなければなりません。そのためには、時間や場所、雇用形態などの諸条件において多様で柔軟な選択ができることが求められます。就業条件や制度面の拡充などの対策については、政府の主導による抜本的な改革が必要になるでしょう。
ウェルビーイングへの関心の高まり
ウェルビーイングとは、「幸福」「健康」という意味のほかに、身体だけでなく、精神的、社会的に満たされている状態を言います。近年、企業においても従業員のウェルビーイングを重視する傾向があり、経営の重要な要素として認知されています。
こうした状況の中で、働く人の多様なニーズや柔軟な働き方に対応する働き方改革も、ウェルビーイングにつながると考えられています。働き方改革により、企業が従業員に働きやすい環境を提供することは、ウェルビーイングの実践になるでしょう。
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働き方改革関連法による各法律の変更点(働き方改革関連法の変更点)
働き方改革関連法が2019年4月から順次施行されたことに伴い、労働時間や待遇などについて従来とは扱いが異なります。どの点が変更されて、企業はどのような対応が必要なのかを詳しく見ていきましょう。
※働き方改革における大企業と中小企業の定義を確認+11個の変更点とボリュームが大きい章となっています。一度に内容を理解しようとすると大変なので、まずは「このような点が変わったんだ」程度の認識で読み進めてみてください。
働き方改革における大企業と中小企業の定義を確認
働き方改革関連法では、大企業と中小企業では実施内容や施行時期が異なります。まずは、中小企業の定義を確認しておきましょう。
■中小企業の定義
業 種 | ①資本金の額又は出資の総額 | ②常時使用する労働者数 |
---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 (サービス業、医療・福祉など) | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 (製造業、建設業、運輸業など上記以外の全て) | 3億円以下 | 300人以下 |
※ 資本金がない場合は労働者数のみで判断します。
上の表の項目①②のいずれかを満たせば中小企業であり、それ以外は大企業と定義されています。
変更点①残業時間の上限規制【労働基準法】
1つ目の変更点は、残業時間の上限規制です。これまで残業時間には上限がありませんでした。しかし、働き方改革関連法により労働基準法が改正され、残業時間の上限が設けられました。※[iv]
改正の概要
残業時間の上限が「月45時間・年360時間」に定められます。臨時的な特別の事情があり労使が合意する場合でも、「年720時間・複数月平均80時間未満(休日労働を含む)・月100時間未満(休日労働を含む)」を超えることはできません。
ただし、次の事業や業務については、上限規制の適用に猶予や除外があります。
[改正法施行5年後に上限を適用する]
- 自動車運転の業務
- 建設事業
- 医師
- 鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業
[時間外労働の上限規制は適用しない]
- 新技術・新商品などの研究開発業務
個々に詳細な条件があるので、詳しくは下記の厚生労働省のサイトや、そこに記載されている問い合わせ窓口で確認してください。
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2020年4月から
変更点②「勤務間インターバル」制度の導入促進【労働時間等設定改善法】
2つ目は、「勤務間インターバル」制度の導入を促進することです。労働時間等設定改善法に、新たに「勤務間インターバル」制度の導入を促進する努力義務が課されます。
改正の概要
勤務間インターバル制度とは、勤務が終了した時間から翌日の出社までに、一定時間以上の休息時間(インターバル)を入れる仕組みです。残業時間が深夜に及んだ場合、翌日の出社時間を遅らせるなどの措置を言います。この制度の導入を推進するのは企業の努力義務です。
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2019年4月から
変更点③年5日間の年次有給休暇の取得【労働基準法】
3つめは、年5日間の年次有給休暇の取得です。これまで年次有給休暇を取得する労働者は自分から申し出ていましたが、改正後は年に5日を取得してもらいます。
改正の概要
年次有給休暇が10日以上付与される労働者を対象として、年5日を取得させることが企業の義務になりました。企業は、労働者の年次有給休暇が年5日に達するまでは、①使用者が時季指定する、②労働者自らの請求・取得、③計画年休のいずれかの方法により取得させなければなりません。
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2019年4月から
変更点④月60時間超の残業の、割増賃金率引上げ【労働基準法】
4つ目は、月60時間超の残業の、割増賃金率引上げです。中小企業は、これまで月60時間を超える残業については、25%の賃金割増率でしたが、改正後は50%と大企業と同率に引き上げられました。
改正の概要
中小企業の1カ月60時間を超える残業割増賃金率が、50%に改定されます。
実施時期
中小企業:2023年4月から
変更点⑤労働時間の客観的な把握【労働安全衛生法】
5つ目は、労働時間を客観的に把握することです。労働基準法では、企業は労働時間を把握する義務があると定められていますが、裁量労働制の適用者は対象外です。しかし、労働安全衛生法の改正により、裁量労働制の適用者を含めたすべての人の労働状況を把握する必要があります。
改正の概要
労働者の健康管理を強化するため、管理監督者やみなし労働時間制、裁量労働者すべての労働時間の把握をしなければなりません。
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2019年4月から
変更点⑥「フレックスタイム制」の拡充【労働基準法】
6つ目は、「フレックスタイム制」の拡充です。これまで労働時間の清算期間は1カ月でしたが、改正後は3カ月になりました。
改正の概要
フレックスタイム制を導入している企業においては、労働時間の清算期間が3カ月になりました。これにより、3カ月の間に労働時間の配分が柔軟にできるようになります。
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2019年4月から
変更点⑦「高度プロフェッショナル制度」を創設【労働基準法】
7つ目は、「高度プロフェッショナル制度」の創設です。高度プロフェッショナル制度は新たに設置された制度です。
改正の概要
高度な専門的知識を持ち、高い年収を得ている人が、本人の希望に応じた自由な働き方を選択できる制度です。この制度を導入する際には、労使委員会の決議と書面による本人の同意を得る必要があります。
対象者は次の3つに当てはまる人に限定されています。
- 高度専門職(金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務など)
- 希望する人(職務を明確に定める「職務記述書」などにより同意している人)
- 高所得者(年収が労働者平均給与の3倍を相当程度上回る水準以上の人。1,075万円を想定)
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2019年4月から
変更点⑧産業医・産業保健機能の強化【労働安全衛生法】【じん肺法】
8つ目は、産業医・産業保健機能を強化することです。産業医は、労働者の健康のために事業者へ勧告することができます。また、事業者はその勧告に従うほか、労働者の健康相談などを行う努力義務が課されています。これらを強化したのが今回の改正です。
改正の概要
事業者は、労働者の労働時間や業務の状況などの情報を産業医に提供しなければなりません。また、産業医から受けた勧告の内容を衛生委員会に報告するほか、労働者の健康情報の収集などについての方針を定める必要があります。労働者からの健康相談に応じるための体制整備に努めなければなりません。
実施時期
大企業:2019年4月から
中小企業:2019年4月から
変更点⑨不合理な待遇差をなくすための規定の整備【パートタイム・有期雇用労働法】【労働契約法】【労働者派遣法】
9つ目は、不合理な待遇差をなくすための規定を整備することです。これまでパートタイム労働者には、仕事内容が同じ場合に差別的な取り扱いを禁止する「均等待遇規定」が規定されていましたが、改定後は、有期雇用労働者にも適用されます。また、どのような待遇差が不合理に当たるのかを明確にしたガイドラインができました。
派遣労働者については、待遇差を配慮義務としていましたが、派遣先の労働者と均等・均衡待遇であるか、もしくは一定の要件を満たす労使協定による待遇にすることが義務化されます。
改正の概要
パートタイム労働者や有期雇用労働者、派遣労働者の不合理な待遇差をなくすため、以下の通りに整備されます。
○:規定あり △:配慮規定 ×:規定なし ◎:明確化
パートタイム労働者 | 有期雇用労働者 | 派遣労働者 | ||||
改定前 | 改定後 | 改定前 | 改定後 | 改定前 | 改定後 | |
均衡待遇規定 | ○ | ◎ | ○ | ◎ | △ | ○+労使協定 |
均等待遇規定 | ○ | ○ | × | ○ | × | ○+労使協定 |
ガイドライン | × | ○ | × | ○ | × | ○ |
実施時期
大企業:2020年4月から
中小企業:2021年4月から
変更点⑩労働者に対する待遇の説明義務の強化【パートタイム・有期雇用労働法】【労働契約法】【労働者派遣法】
10個目は、労働者に対する待遇の説明義務を強化することです。事業者が労働者に対して待遇に関する説明をする際、パート労働者や有期雇用労働者、派遣労働者によって規定のあるなしに違いがありましたが、改定により統一されます。
改正の概要
○:説明義務の規定あり ×:説明義務の規定なし
実施時期
大企業:2020年4月から
中小企業:2021年4月から
変更点⑪行政による事業主への助言・指導等や裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定の整備【パートタイム・有期雇用労働法】
11個目は、行政による事業主への助言・指導等や裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定が整備されることです。行政による助言・指導などや裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定が、パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者の違いにより、あるなしの違いがありました。しかし、すべて統一されて整備されています。
改正の概要
○:規定あり △:部分的に規定あり ×:規定なし
実施時期
大企業:2020年4月から
中小企業:2021年4月から
【最新】2022年4月から女性活躍に関する情報公表が義務化【女性活躍推進法】
働き方関連法とは別に、働き方改革の一環として「女性活躍推進法」が改正されました。常時雇用する労働者が101人以上の事業主は、女性が活躍するための機会の提供、家庭生活と両立できる雇用環境の整備の実績などについて、2022年4月から情報公開をしなければなりません。さらに2022年7月からは、労働者が301人以上の事業主に対して、男女の賃金差異の情報公表も追加されています。
女性の活躍推進に関する状況が優良な事業主には、「えるぼし」認定や、その上の「プラチナえるぼし」認定が与えられます。
働き方改革のメリット・デメリット
働き方改革は働く環境を改善する目的がありますが、メリットだけではなくデメリットもあります。労働者側と企業側のそれぞれのメリット・デメリットを見ていきましょう。
【労働者のメリット】ライフ・ワーク・バランスが実現する
労働者のメリットは、勤務間インターバル制度やフレックスタイム制などにより、勤務時間を柔軟に選べることです。子育てや介護などとの両立がしやすくなり、ライフステージに合わせて働くことができます。また、残業時間に上限が設けられたことや、年5日の年次有給休暇の取得などにより、健康管理がしやすくなります。健康を守り時間を有効に利用することで、ライフ・ワーク・バランスの実現が可能です。
【労働者のデメリット】業務の効率化が求められる
残業時間の上限が規制されるなどして勤務時間が減れば、これまでの業務をより短い時間で行わなければなりません。質を落とさずに仕事をこなしていくためには、手順の見直しや新たなツールの導入などを検討していくことも必要です。労働者自身はもちろん、職場や会社全体で業務をどう効率化していくのかを考えていく必要があります。
【企業のメリット】優秀な人材を確保できる
企業は、働き方改革により多様で柔軟に働ける職場環境を整備することで、優秀な人材を呼び込むことが期待できます。また、働きやすい魅力的な職場は、従業員の離職率の低下にもつながります。残業時間の上限規制などにより業務の効率化が求められる中、優秀な人材を確保できれば、業績が向上するという好循環も生まれるでしょう。
【企業のデメリット】環境整備に大きな負担がかかる場合がある
労働時間の縮減や年次有給休暇の取得を進めるにあたって、労務管理や人材確保、労働能率を上げるための設備や機械などが必要になる場合があります。こうした環境を整えるための研修や設備を導入するための費用は、中小企業・小規模事業者にとって大きな負担になることもあります。厚生労働省の助成金制度を利用することも検討すると良いでしょう。
助成金については、後述の「企業が働き方改革に取り組むポイント」「助成金を利用する」で紹介しています。
企業における働き方改革の現状
働き方改革関連法は2019年4月から順次施行されていますが、企業ではどの程度進められているのでしょうか。東京都内の常用従業者規模30人以上の3,000事業所に対して行われた「令和2年度 働き方改革に関する実態調査」の結果を見ていきましょう。
「年5日の年次有給休暇の取得」は67.7%が達成
働き方改革関連法により労働基準法が改正され、企業は従業員に年5日の年次有給休暇を取得してもらうようになりました。大企業・中小企業共に2019年4月から改正法が施行されています。その後1年がたち、結果は次のようになりました。
年5日の年次有給休暇を取得した労働者は67.7%と、初年度で現場の対応も難しい部分があったかもしれませんが、おおむね達成できたことがうかがえます。一方、実施できなかった事業所も少なくはないため、今後どのように取得を推進していくのかが課題でしょう。
「時差出勤制度」を導入している企業は53.3%で最多
働き方改革の一つのテーマである多様で柔軟な働き方を導入している企業のうち、実際に実施した制度で最も多かったのが「時差出勤制度」の53.3%でした。
時差出勤制度の次に多いのは、在宅勤務・テレワーク(40.4%)、そして交代制勤務(26.5%)と続きます。フレックスタイム制や週休3日制などはあまり導入が進んでおらず、制度の内容によっては簡単に実施できないのが現実です。また、「導入する考えはない」と回答している事業所も目立ち、多様で柔軟な働き方を進めていく難しさがあると言えます。
働き方改革の課題
働き方改革を進めてきた中で見えてきた課題もあります。
業種によっては対応が困難
働き方改革では、労働者が多様で柔軟な働き方をするために事業者がとるべき措置などを示しています。しかし、事業内容によっては取り組みにくい項目も多く、実際の業務内容に合わない場合もあります。例えば、医療や福祉、介護の現場では人材不足が続き、働き方改革を実施できるほどの人員の余力はありません。また、業務の内容から、勤務時間などの規定に合わせにくいのが現状です。
そこで政府は、医療法などを一部改正し、医師などの働き方改革に乗り出しています。医師などの時間外労働時間については2024年4月から規制する方向で準備を進めています。※[v]また、医療・福祉サービスについては、「2040年を展望した社会保障・働き方改革」を進め、生産性の向上を目指しています。※[vi]
企業における働き方改革の取り組み事例
企業は実際に働き方改革にどのように取り組んでいるのでしょうか。勤務時間の調整が難しいITやサービス業の事例を2つ取り上げます。
【情報通信業】さくらインターネット株式会社(所在地:大阪府大阪市・社員数:495名)
【データセンター3号棟】
さくらインターネット株式会社は、クラウドコンピューティングサービスやIoTサービスを提供している企業です。
取り組みを始めるにあたり、まず役員と人事部で会議を行い、会社の方針を打ち出しました。その後、社長と人事部と有志社員により具体的な制度や施策についてディスカッションを実施。その結果、下記に挙げたさまざまな制度が展開されました。社員満足度調査では、「働きやすい」と答えた割合が62%から89%に向上しました。
■導入された制度
労働時間関連
- ・定時は9:30~18:30だが、コアタイム12:00~16:00を決めて前後に時間をずらして勤務が可能
- ・育児や介護などの事由に関わらず在宅勤務が可能
休暇関連
- ・時間単位での年次有給休暇の取得が可能
- ・リフレッシュ休暇(特別休暇)あり
この他にも、業務効率の向上と早めの退社を目的に、正社員に月20時間分の残業手当を先払いで支給していますが、ほとんどが超過することはないと言います。また、平均年次有給休暇取得率は76.7%(一般職・管理職)を達成しています。[vii]
【ホテル・冠婚葬祭業】サンメンバーズ株式会社(所在地:埼玉県本庄市・社員数:約350名)
【さいたまセレモニーホール本庄】
サンメンバーズ株式会社は、埼玉県北地域を基盤に結婚式や葬儀式の提供を行う企業です。接客サービス業のため、他業種よりも人員確保が厳しい状況にある中、労働時間の管理や所定外労働削減に取り組んでいます。
取り組み内容
- ・労働時間制度を1年単位の変形型労働時間制から、1カ月単位に変更し、毎月の労働時間を適正に把握し、残業代を支給できるようにした。
- ・毎月全部署の所定外労働時間実績をフィードバックして「見える化」を実施。その結果、管理職の間で競争意識が芽生えたほか、部下や他部門の管理職とのコミュニケーションが活発になり、部門間の応援体制ができて労働時間の削減につながった。
さらに、個人の携帯端末などで閲覧可能な社内グループウェアを導入し、各管理者の業務予定などを容易に把握できるようにしました。その結果、管理者が予定通り休日を取得できるようになったと言います。また、グループウェアの機能を利用して、役員が外出先でも稟議などの決済が可能になり、業務効率が向上しました。※[viii]
企業が働き方改革に取り組むポイント
自社で働き方改革に取り組もうとしても、簡単には進まないのが現実です。何をどのように始めたら良いのか、企業が働き方に取り組むポイントについて解説します。
ガイドラインを活用する
厚生労働省では、企業が働き方改革を進めるにあたり、情報提供や支援を行っています。まずは、厚生労働省のサイトにアクセスして、掲載された情報と働き方改革のガイドラインを確認しましょう。全国47都道府県に設置されている「働き方改革推進支援センター」では、働き方改革に関連する労務管理上の課題について無料相談を受け付けています。窓口や電話・メールでもできるので、利用してみるのも一つの方法です。また、専門家の訪問相談サービスもあります。
→厚生労働省のサイト「『働き方改革』の実現に向けて」はこちらから
→働き方改革のガイドライン「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて~」はこちらから
事例のアイデアを参考にする
働き方改革は、業種や業務内容によって取り組み方に大きな違いがあります。一般的な事例に当てはまらない場合もあるでしょう。働き方改革に取り組んだ企業の事例は、さまざまなメディアでも紹介されています。業種別に検索できるデータベースもあるので、自社に近い経営形態の企業を探して閲覧することも可能です。前章で紹介した取り組み事例も掲載されているサイトも含めて2つを載せておきます。
→厚生労働省「働き方・休み方改善ポータルサイト」はこちらから(「企業の(働き方改革)取組事例を検索したい」から閲覧できます)
→中小企業庁「働き方改革対応合同チーム(第1回・第2回)」はこちらから(配布資料の「事例集」「働き方改革の好事例」を参照ください)
助成金を利用する
働き方改革に取り組む中小企業などに向けて、各種助成金が用意されています。必要な支援を利用して、働き方改革を進めていくことが可能です。
■働き方改革推進支援助成金
「働き方改革推進支援助成金」は、労働時間の縮減や年次有給休暇促進のために環境整備を行う中小企業事業主に対して、費用の一部を助成しています。全部で4つのコースがありますが、支給を受けるためにはそれぞれ条件があります。申し込む際は、自社が対象になるのかの確認が必要です。※[ix]
・全4コース
- 労働時間短縮・年休促進支援コース
- 勤務間インターバル導入コース
- 労働時間適正管理推進コース
- 団体推進コース
詳しくは、厚生労働省のサイト「働き方改革推進支援助成金」にて確認できます。サイトはこちらから。
■業務改善助成金
「業務改善助成金」は、中小企業・小規模事業者を対象に、生産性を向上させるための設備投資(機械設備、POSシステムなどの導入)などや、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げるための費用を一部助成するものです。
賃金引上計画を策定することや、生産性を上げる機器・設備を導入することなど、複数の要件が定められています。活用事例集も公開されているので、参考にすると良いでしょう。
詳しくは、厚生労働省のサイト「業務改善助成金について」にて確認できます。サイトはこちらから。
■キャリアアップ助成金
「キャリアアップ助成金」は、有期契約労働者や短時間労働者、派遣労働者などの非正規雇用労働者を正社員にしたり、処遇の改善を行ったりする際に受けられる助成金です。
種類は大きく「正社員化支援」と「処遇改善支援」の2つに分かれています。支給を受けるためには、キャリアアップ計画を作成するほか、正社員化支援コースでは、就業規則の改定が必要な場合もあります。
詳しくは、厚生労働省のサイト「業務改善助成金について」にて確認できます。サイトはこちらから。
働き方改革とSDGsの関係
最後に、働き方改革とSDGsの関係について確認していきます。働き方改革は、目標8「働きがいも経済成長も」、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標10「人や国の不平等をなくそう」に関係があります。
目標8「働きがいも経済成長も」
目標8「働きがいも経済成長も」は、すべての人が働きがいのある仕事に就き、持続可能な経済成長を遂げていくことを目指しています。働き方改革は、長時間労働を防ぐことで働く人の健康を守りながら、ワーク・ライフ・バランスと多様で柔軟な働き方を実現していく改革です。働く人の暮らしが充実すれば、仕事への活力が湧いてやりがいを感じることができるはずです。一方、企業はより働きやすい職場環境をつくることで人材を確保し、成長を続けていくことが可能です。働き方改革の目指す社会を実現することは、目標8の達成につながります。
目標5「ジェンダー平等を実現しよう」
目標5「ジェンダー平等を実現しよう」は、女性への差別をなくし、平等を実現するための政策や法律を導入していくことを目指しています。男女の賃金格差を解消するために女性活躍推進法を改正し、企業に情報公表を義務付けたことは、目標5の達成につながります。
目標10「人や国の不平等をなくそう」
目標10「人や国の不平等をなくそう」は、差別をなくして不平等にならない法律や政策を推進することが求められます。働き方改革によりパートタイム労働者や有期雇用労働者、派遣労働者などの待遇が規定されたことは、目標10に貢献する第一歩と言えるでしょう。
まとめ
働き方改革は、少子高齢化や働く人のニーズの多様化を背景に、個々の事情に応じた働き方を自分で選択できる社会の実現を目指した改革です。その一環として、働き方改革関連法やその他の法律により、労働時間を柔軟に設定できる制度や、雇用形態にかかわらない公正な待遇などが定められました。企業においても、実施時期に合わせて対応していくことが求められます。
働き方改革には、労働者や企業にとってメリットだけでなくデメリットもあります。それらを踏まえた上で、企業としてどのように取り組んでいくのかが課題になるでしょう。働き方改革のガイドラインや助成金、相談窓口などを利用することも有効です。
働き方改革はこれからもさまざまな形で続いていきます。最新の情報を入手して、企業活動を妨げないように迅速に対応していくことが必要です。
<参考文献>
※[i] 厚生労働省 パンフレット「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて」
※[ii] 厚生労働省 平成28年版厚生労働白書 -人口高齢化を乗り越える社会モデルを考える-(本文)「特集1 一億総活躍社会の実現に向けて」
※[iii] 衆議院「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律 法律第七十一号(平三〇・七・六)」
※[iv] 厚生労働省「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて~」
※[v] 厚生労働省 医政局 維持課 医師等働き方改革推進室「医師の働き方改革について」
※[vi] 厚生労働省「2040年を展望した社会保障・働き方改革について」
※[vii] 厚生労働省 働き方・休み方改善ポータルサイト「働き方改革取組事例一覧」
※[viii] 厚生労働省 働き方・休み方改善ポータルサイト「働き方改革取組事例一覧」
※[ix] 厚生労働省「労働時間等の設定の改善」