「小1の壁」という言葉を耳にされたことはあるでしょうか? 園児の頃は、保育園などで夕方場合によっては夜まで預かってもらえた子どもが、小学校に入学すると、始めは午前中、学習が本格的に始まってからでも夕方前に帰宅します。保護者が帰宅するまでの世話をどうすればよいかは、多くの方が頭を抱える問題と言っても過言ではないのではないでしょうか。
多くの保護者が「学童(保育)」と呼んでいる放課後児童クラブは、大いに助けになる存在です。本記事では、その現況についてわかりやすく解説していきます。地域の子育て支援について考える一助になれば幸いです。
目次
放課後児童クラブとは
放課後児童クラブは、正式名を「放課後児童健全育成事業」と言います。以前は厚生労働省の管轄でしたが、現在はこども家庭庁が取り組んでいます。登録児童数は令和5年5月現在1,457,384人、年々増加しています。
その名の通り「放課後」保護者に代わって「児童」を「育成」することですが、その実態を具体的に整理していきます。
目的
こども家庭庁は、放課後児童クラブの目的を次のように示しています。
児童福祉法第6条の3第2項の規定に基づき、保護者が労働等により昼間家庭にいない小学校に就学している児童に対し、授業の終了後等に小学校の余裕教室や児童館等を利用して適切な遊びおよび生活の場を与えて、その健全な育成を図るものです。 引用元:こども家庭庁 |
2014年には、保護者が昼間家庭にいない事由に、「労働」だけでなく「疾病、介護等」も加えられました。
学童保育との違い
放課後児童クラブが法令化されたのは1997年ですが、それ以前より同様の施設は学童保育として広く存在していました。
特に、1950年頃から共働きや核家族」が増え、1980年代後半には女性の社会進出などから、児童と保護者あるいは地域に必要な存在となったのが「学童保育」です。これが多くの人から「学童」と呼ばれる存在です。市町村や地域、利用保護者達のニーズから生まれた草の根的存在で、「〇〇クラブ」や「△△教室」などいろいろな施設名がつけられました。
その後も学童保育の必要性は高まり、数も増えていきました。多様で幅広い学童保育施設が増える中、法令化により基準などが明文化されたのが放課後児童クラブです。
示された基準は、法令化される前から稼働していた多くの学童保育施設も準拠しており、放課後の児童の居場所対策として同じような役割をもっています。放課後児童クラブという名称が制定された後も、歴史も深い「学童(保育)」という名称が今も広く認識されている実態があります。
放課後児童クラブでは具体的に何をする
放課後児童クラブの目的に「適切な遊び及び生活の場を与える」とありますが、具体的に何をするのか見ていきましょう。
基本的な8つの機能・役割
厚生労働省は放課後児童クラブに求められる機能・役割を次の8点に整理しています。
1.子どもの健康管理、情緒の安定の確保 2.出席確認をはじめとする子どもの安全確認、活動中及び来所・帰宅時の安全確保 3.子どもの活動状況の把握 4.遊びの活動への意欲と態度の形成 5.遊びを通しての自主性、社会性、創造性を培うこと 6.連絡帳などを通じた家庭との日常的な連絡、情報交換の実施 7.家庭や地域での遊びの環境づくりへの支援 8.その他、放課後における子どもの健全育成上必要な活動 |
大きくまとめると、
- 子どもの健康管理と安全確保
- 遊びへの支援
- 家庭・地域環境への支援
の3つになります。
「適切な遊び」とは?
放課後児童クラブにおける「遊び」は、「〇〇ができる」といった目標を示すものではありません。また、学校のようにそのためのカリキュラムもありません。あくまで子どもの自主性や創造性を重視します。
子どもたちがしたい遊びを取り上げ、子ども達自身が条件を考えて選びます。例えば、
- 天候がよいから近くの広い公園で遊ぶ
- 小さい子が多いから簡単なルールの遊びをする
- 学校でのなわとび大会が近いから練習しよう
等々、子ども達が考えて選択します。そして職員は、安全に遊べるよう支援します。
集団で過ごすことも基盤ですので、ルールを決めたり、選択の理由付けなどの習慣化は、社会性も培われることでしょう。
「適切な生活の場」とは?
放課後児童クラブにおいても、健康管理や安全確保は生活の場としての根幹です。
さらに家庭で過ごすのに近い環境も考慮されています。多くの施設では、
- 学校などの主題をする
- おやつを食べる
などの活動を取り入れています。
普段の遊びや生活の他に、学校の長期休業中や地域の行事などと関連させて、
- 小旅行やキャンプ
- 親子でのイベント
を企画・実施しているところもあります。
放課後児童クラブを利用するメリット
年々利用者の増えている放課後児童クラブです。どんなメリットがあるかみていきましょう。
安心と安全
小学生になったとは言え、すぐに「鍵っ子」デビューは心配です。低学年の子どもであればあるほど、職員が目を届かせて子どもの安全確保をしてくれる児童クラブは、保護者にとって安心感が大きいにちがいありません。
特に、小学校や地域の施設にあるクラブは家からも近く、仕事を終えて迎えに行くにも短い時間で済み、負担も少なくなります。高齢の祖父母がお迎えの場合でも、負担が少なくなります。
規則正しい生活
放課後児童クラブは「適切な生活の場」を提供することが目的の1つです。
宿題をしたり、間食をしたりする場所や時間を毎日の日課としている施設は、保護者のいない家庭で過ごすより規則正しい生活で過ごせる環境と言えます。
自主性と社会性
児童クラブでは宿題をする場や時間の設定はしてくれますが、学習指導は行いません。自分で取り組んだり、上級生が教えてくれたりする機会が多くなっています。
遊びばかりでなく学習をする場面も、自主性や社会性を培う機会となっています。
放課後児童クラブを利用するデメリット
実は放課後児童クラブは、以前から中途退所者が多いという調査結果が出ています。
引っ越しや保護者の就労状況の変化といった理由は仕方がないにしても、「子どもが学童保育にいきたがらない」という理由が少なくないことが、デメリットを明らかにする糸口になります。
集団で過ごすストレスと職員の対応
一度入所したクラブに「行きたくない」となってしまう原因は、主に2つあります。
- 集団で過ごすストレス
- 職員の対応
です。
集団の性質や職員との相性もありますが、より大きな原因と考えられるのは、人数の多さです。現況としてどの放課後児童クラブも40人を定員の目安としていますが、それを上回る児童を抱えているクラブも少なくありません。
登録児童数の規模別(上)・学年別(下)の状況
子ども達は、クラブに来る前に学校ですでに集団生活の時間を過ごしています。大勢の中でさらに数時間過ごすという状況は、気持ちを休める環境には遠いかもしれません。
また、たくさんの子どもが決められたカリキュラム無しで自主的に過ごす状況を、ひとりひとりに目を向けて看護しなければならない職員の負担も、かなり大きいものではないでしょうか。
参考:学童保育サービスの環境整備に関する調査研究(厚生労働省)
各施設で異なるサービス
従前の学童保育からスタートした放課後児童クラブには、現在も施設によって多種多様なサービスが提供されています。
運営に関しては後述しますが、公営か民間か、人数や料金、利用者の関わり方など、同じ地域にある施設でも様々です。また申込方法も各施設で異なります。さらに、受け入れ状況がその年の利用希望者数や職員数によるので、流動的な面もあります。
適切な施設を見つけるための事前調査や情報収集にかかる時間と労力は、保護者の方にとって軽い負担とは言えないでしょう。
忙しい中精査して決めた入所先でも「思っていたサービスと違う」と、入所してからの経験から退所する場合も多くなっています。
放課後児童クラブの運営について
ここからは、放課後児童クラブの運営や設置状況について解説していきます。
最初に、国から提示されている設置基準のうち数値的なものを確認しておきましょう。
区画面積 | 児童一人に対し概ね1.65㎡ |
収容人数 | 概ね40人以下 |
職員 | 2名:保育士・教員資格等有資格者。ただしそのうち1名は補助員でも可。 |
開業日 | 年間原則250日以上平日:1日原則3時間以上 小学校休業日:原則8時間以上 |
放課後児童クラブの設置の基準は、保育所や他の児童施設などの基準と比べ「努力目標」「概ね」「原則」とされているものが多く、市町村が独自の基準で設置している施設もあります。また、地域の事情により暫定的な数値をあげている施設もあります。
参考:放課後児童健全育成事業の設備及び運営に関する基準 | e-Gov 法令検索,放課後児童クラブの基準について(厚生労働省)
運営主体は?
運営主体は自治体に限らず、公営・民営の福祉法人、NPO法人、保護者会など利用者の運営団体など様々です。
- 公立公営:市町村が運営
- 公立民営:市町村から委託をされた事業者が運営
- 民間民営:民間事業として開業するための資格は特にありません。しかし、看護する職員には資格が必要です。
最新の調査結果では、民営が公営の3倍以上の割合を占めています。
設置状況
設置場所の多くは学校関連の施設ですが、「小学校や児童館」ばかりでなく、公民館敷地内、地域の未使用土地利用等、環境により様々です。自宅を使って開業している事業者もいます。
施設の規模別にみると、40人までの規模の施設が約6割を占めていますが、残りの約4割が40人以上を登録児童を抱えている状況です。
【設置状況】
【登録児童数の規模別状況】
運営に関する問題点や課題
続いて、運営に関する問題点や課題を見ていきましょう。
待機児童問題
待機児童の問題は、幼稚園や保育所ばかりではなく、放課後児童クラブにもあります。
しかし近年は、
- 保育の受け皿の拡大
- 就学前人口の現象
- 育児休業の長期取得
などの要因で、徐々に減少しています。現在の待機児童数は2,680人(平成5年4月現在)で、約86.7%の自治体で待機児童は無くなり、50人以上の自治体は6自治体のみになっています。
しかし、待機児童数が増加したり数年にわたり減少していなかったりする地域があり、課題を残しています。こども家庭庁では、そのような地域での引き続き受け皿の拡大を目指しています。
保育人材の確保
待機児童数の増加及び未解消の大きな原因として、「保育人材が困難だったため」をあげる自治体が多くあります。また、待機児童のない自治体にとってもできるだけ有資格者の支援員を増やしたいという思いがあり、研修の機会を設けたり、処遇改善努力を行ったりしています。
放課後居場所緊急対策事業とは?
こども家庭庁は、待機児童解消や保育人材確保のひとつの方法として、令和6年4月には「放課後居場所緊急対策事業について」という通知を出しています。
放課後居場所緊急対策事業とは、
放課後児童クラブの利用申込みをしたにもかかわらず利用できない児童の 受け皿や多様な居場所を確保するため、放課後児童クラブの待機児童が解消するまでの緊急的な措置 |
を指します。
具体的には、放課後児童クラブの目的や趣旨に沿いつつ
- 入所人数:おおむね10人未満
- 職員:1人以上
- 開業:週3日 1日2時間以上
の基準で運営されます。経過を注視したい事業です。
出典・参考:こども家庭庁通知(R6年4月8日)
放課後児童クラブに関してよくある疑問
ここからは、放課後児童クラブに関してよくある疑問にお答えしていきます。
利用条件・対象年齢は?
放課後児童クラブを利用できるのは、小学校に就学していて、保護者が労働・疾病・介護などによって昼間家庭にいない子どもです。
2015年の児童福祉法改正では、それまで小学3年生としていた対象年齢を6年生まで引き上げられましたが、現実には希望者が多くて年齢制限を設けている施設が多くなっています。実際、「小学校低学年(1〜3年生)」としているところが80%に上ります。
低学年に限っても定員を超える場合は、家庭の事情や保護者の労働態様、近くに祖父母がいるか否かなどで審査する自治体が多くなっています。公的な施設では「家庭調査票」や「就労証明書」などの書類の提出が必要な場合がほとんどで、面接を行う所もあります。
料金は?
放課後児童クラブの運営費は、公費と利用料で賄われています。具体的には、およそ5割ずつの負担となっています。
利用者の負担は、月額でおおむね4,000〜8,000円の施設が多くなっています。また、別におやつ代がかかります。利用料無しでおやつ代のみ徴収するところもわずかながらあり、保護者の事情によっては減免・免除の措置もあります。
一般に、民営施設の方が公営より高額のことろが多く、民営施設の中には月額利用料が数万円になるところもあります。
参考:児童を対象とする給付事業等に係る 費用負担の現状,学童保育とは:月の料金相場はどのくらい?:常陽銀行
利用するためにはどこに問い合わせる?
事業全般について知りたいときは、市町村のホームページの「放課後児童クラブ一覧表」を閲覧することからスタートするとよいでしょう。また各市町村には名前はそれぞれ違っていても、子どもや青少年に関する部署が必ずあるので、そこも窓口となります。
例えば、
川崎市:こども未来局青少年支援室
横浜市:こども青少年局放課後児童育成課
などです。
放課後児童クラブを利用、あるいは詳細について知りたい場合は、希望する施設に問い合わせます。
放課後児童クラブとSDGs
最後に放課後児童クラブとSDGsの関係をみていきましょう。
最も関わりが深いのは、SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」です。
SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」との関わり
子どもが小学校に入学後も安心して預けられる放課後児童クラブが地域にあるということは、核家族が進み、共働きが増えている家庭の大きな就労支援となります。特に自宅に近い、または通勤経路上にある居住地域の施設は、保護者の負担も軽くすることでしょう。
放課後児童クラブで培われた子ども達の自主性や社会性、人間関係は、そのままその地域の未来をつくっていくことに繋がる可能性も大きいのではないでしょうか。
保護者達も、利用することや運営に関わることで自分たちの町づくりに貢献していくことになります。
目標11は、「都市や人間の居住地をだれも排除せず安全かつレジリエントで持続可能にする」ことを目指すものです。
近年は障害児を受け入れているクラブ数も増えてきています。「だれ一人取り残されない」というSDGsの理念の具現化につながる流れです。
まとめ
放課後児童クラブについて、目的や現況、利用するメリット・デメリット、そして運営の状況も解説してきました。
放課後児童クラブは、安心安全を中核にしながらも、設置や運営は、地域や利用者の状況に応じることが優先されています。核家族や共働きが標準化する現代、利用者にとって頼れる地域の施設となっています。今後も質の向上を目指し、より多くの住民が安心してて利用できる施設であることが望まれます。
ご自分のお子さんが利用していなくても、あるいは退所していても、関心を持ち続けることや見守り続けることは、住みやすい地域づくりに繋がるのではないでしょうか。
<参考資料・文献>
放課後児童健全育成事業について(こども家庭庁)
児童福祉法 | e-Gov 法令検索
令和5年 放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況 (令和5年5月1日(こども家庭庁)
「放課後児童クラブの機能、役割」についての補足資料(厚生労働省)
放課後児童 実践事例集 クラブ(厚生労働省)
【放課後児童クラブの利用について|独自調査結果発表】(放課後NPO)
学童保育サービスの環境整備に関する調査研究(厚生労働省)
放課後児童クラブの基準について(厚生労働省)
放課後児童健全育成事業の設備及び運営に関する基準 | e-Gov 法令検索
こども家庭庁通知(R6年4月8日)
児童を対象とする給付事業等に係る 費用負担の現状
学童保育とは:月の料金相場はどのくらい?:常陽銀行
発達障害児による放課後児童クラブの利用状況(総務省)
令和4年6月に成立した改正児童福祉法について(こども家庭庁)
令和5年4月の待機児童数調査のポイント
放課後児童対策に関する事例集|こども家庭庁
学童保育を取り巻く環境について|学童保育com|放課後児童支援員のための情報サイト
「小1のカベ」に勝つ:保育園を考える親の会(実務教育出版)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)