環境問題について考える際に耳にする機会が多い「大気汚染」。なんとなく大気が汚染されている問題とは理解しているものの、詳しくは知らない方も多いと思います。
そこでこの記事では、大気汚染とは何か、か大気汚染の現状や被害、SDGsとの関わりまで詳しく見ていきます。
では、まずは大気汚染とは何かを確認しましょう。
目次
大気汚染とは
大気汚染とは、自然または人工的に作り出された有害物質によって大気が汚染されることを指します。
主な汚染物質としては、
窒素酸化物(NOx)、オゾン、浮遊粒子状物質(suspended particulate matters: SPM)、カドミウム、鉛、残留性有機汚染物質(persistent organic pollutants: POPs)などの物質”
引用元:JICA「第1章 大気汚染の概況」
が挙げられます。
これらの物質が、自然で浄化できる量を上回って排出されると大気中に有害物質が残り、汚染された状態になるのです。
大気汚染が発生する2つの原因
汚染物質が発生する原因は主に2つです。
- 火山や黄砂などの自然活動に由来する発生源
- 工場や自動車などの人間の社会活動に伴う発生源
それぞれの原因について詳しく見ていきましょう。
原因①火山や黄砂などの自然活動に由来する発生源
汚染物質が発生する原因の1つに、火山の噴火や偏西風によって黄砂が飛散するなどの自然活動によるものが挙げられます。
火山
噴火に伴い硫黄酸化物や浮遊粒子状物質といわれる細かい粒子が放出されます。
黄砂
中国大陸内陸部のタクラマカン砂漠、ゴビ砂漠や黄土高原などから偏西風に乗って飛散します。黄砂を構成するのは乾燥した土壌や鉱物粒子です。
いずれの自然活動でも細かい粒子が放出され、目・粘膜への刺激や呼吸器系への影響があるといわれています。
原因②工場や自動車などの人間の社会活動に伴う発生源
汚染物質は、私たち人間の社会活動でも発生します。近年特に問題となっているのが、工場や自動車から排出される汚染物質です。
なかでも、光化学オキシダントとPM2.5は被害が大きい物質として注目されています。
光化学オキシダント
工場や自動車から排出される窒素酸化物、炭化水素、揮発性有機化合物などの汚染物質が太陽からの紫外線により光化学反応を起こし、二次的に生成される酸化物の総称を光化学オキシダントといいます。
光化学オキシダントによる大気汚染は光化学スモッグと呼ばれ、
- 日差しが強い
- 気温が高い
- 風が弱い
などの条件が揃った日に発生することが多い傾向です。
濃度が高くなると見通しが悪くなるだけではなく、目や喉の粘膜が刺激され健康にも悪影響を及ぼします。日本においては現在でも頻繁に注意報が発令されています!
PM2.5
PM2.5とは「Particulate Matter(粒子状物質)」の頭文字をとったもので、工場や自動車、船舶、航空機などから排出されたばい煙や粉じん、硫黄酸化物(SOx)などの大気汚染の原因となる粒子状の物質のことです。
ニュースなどでよく耳にする「PM2.5」は微小粒子状物質ともいわれ、PMのうち、粒子の大きさが2.5µm以下の非常に小さな粒子を指します。
その成分には、炭素成分、硝酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩のほか、ケイ素、ナトリウム、アルミニウムなどの無機元素などが含まれます。
大気中にはさまざまな大きさの粒子状物質が浮遊していますが、粒径が小さいほど人体への影響は大きくなります。
大気汚染に関わる環境基準
これらの大気を汚染する物質は、それぞれ人の健康や生活環境を守る上で望ましい基準量が定められています。
原因③移動発生源
人間の行う社会活動の中でも運送など、大気汚染物質の発生源が移動するものに関しては「移動発生源」と呼びます。
交通量が集中する都市部では、大気汚染物質が課題となっています。
自動車が排出するガスの種類は、以下の3種類があります。
- ガソリンおよびディーゼルエンジンの排気行程で排出される排気ガス
- 圧縮行程でシリンダーの間隙から漏れるガス
- 燃料供給系統からの燃料蒸気の漏れ
下記のグラフは、車種別の窒素酸化物(NOx)排出量をまとめたものです。
普通貨物車の暖機状態からの排出(ホットスタート)がとりわけ高いことが分かります。
走行速度が低い・大型の車は排出量が多い傾向を持つためです。
詳しくは、環境省の大気汚染に関わる環境基準をご覧ください。
続いて、大気汚染によってどのような被害を及ぼすのかを見ていきましょう。
大気汚染が及ぼす環境への影響と人体への被害
ここでは大気汚染による被害として、健康被害、生態系への影響の2つに分けて詳しく見ていきます。
健康被害
WHOによると、2016年には世界中で420 万人が大気汚染が原因で寿命を縮めたと推計されています。
出典:WHO(https://japan-who.or.jp/factsheets/factsheets_type/ambient-outdoor-air-pollution/)
では、大気汚染はどのような健康被害を引き起こすのでしょうか。
アレルギー疾患
東北大学大学院医学系研究科の日高高徳医員、小林枝里助教、山本雅之教授らの研究により、大気汚染とアトピー性皮膚炎の関係性が明らかにされています。
アトピー性皮膚炎では、浮遊粒子状物質(SPM)やPM2.5などの大気汚染物質などの刺激によって皮膚表皮の神経が過敏になり、過剰なかゆみから皮膚を掻きむしり、そこからアレルゲン物質が入り込み皮膚炎を引き起こすとされています!
呼吸器疾患
自動車の排気ガスを主に発生する浮遊粒子状物質(SPM)は、咳や痰が続く慢性気管支炎などの呼吸疾患を引き起こします。
またPM2.5は粒径が小さく、気道より奥の肺胞などに沈着するため、喘息や気管支炎などを引き起こしやすいと指摘されるなど、大気汚染は呼吸器疾患のリスクが高いと言われているのです。
具体的な健康被害の例として、ロンドンスモッグ事件があります!
ロンドンスモッグ事件とは、1952年の12月に起きた大気汚染による健康被害事件です。
ロンドンが濃霧で覆われ、呼吸困難や発熱の症状を訴える人が急増しました。慢性呼吸器疾患を有する高齢者は、慢性気管支炎、気管支肺炎、心臓病などで亡くなる人も少なくありませんでした。
この大気汚染の原因は、石炭の燃焼によって生じるすすや二酸化硫黄などが、ロンドン特有の冬の気象条件によって地表付近に停滞したことだとされています。
以下のグラフは、当時の大気汚染濃度と死亡者数を示しています。
大気汚染物質の増加に伴い死亡者数も増加しており、健康に大きな被害をもたらすことがわかります。
酸性雨による生態系への影響
大気汚染は酸性雨の原因ともなり、生態系へ大きな被害を及ぼします。
酸性雨とは、pH5.6以下の強い酸性を示す雨のことを指し(通常の雨はおよそpH5.6)、雨水に大気中の窒素酸化物や硫黄酸化物などの酸性物質が溶け込むことによって引き起こされます。
酸性雨が降り続けると、木々は枯れ、川や湖沼は生物が住めない環境になってしまいます。大気汚染は生物のすみかを奪ってしまい、生態系の変化を引き起こすのです。
実際にノルウェーのトブダル川では、春に酸性雪がとけたことでサケ科の魚が大量に死んでしまいました。
大気汚染の世界の現状
ここまで大気汚染についてわかったところで、大気汚染の現状や世界・日本における大気汚染対策を見ていきましょう!
多くの都市で汚染が悪化している
まずは、大気汚染の中でも代表的なPM2.5を取り上げて現状を確認します。
WHOは、世界1,628都市(91か国)におけるPM10(PM のうち直径10μm以下のもの)及びPM2.5の年平均値データを取りまとめ、2014年に公表しました。
このデータによると、健康に生活できる空気環境(年平均値10μg/㎥)で生活する人の割合は、全体の約12%という結果になりました。
つまり人口の大半が基準を大きく上回る汚染にさらされており、多くの都市で汚染が悪化している傾向にあります。
数値が高いのは主に開発途上国
PM2.5の年平均値が高い国はパキスタン(101μg/㎥)、カタール(92μg/㎥)、アフガニスタン(84μg/㎥)などの開発途上国が挙げられます。
その理由として、
- 開発途上で化石燃料、特に大規模な石炭燃焼に依存した急速な工業化を進めていること
- 風が吹かない気候のため、空気とともに大気汚染物質が停滞していること
が原因だとされています。
世界の大気汚染対策
では、大気汚染の解決を目指して、どのような対策が取られているのでしょうか。ここでは、世界の取組事例を紹介します。
イギリスの「大気浄化戦略」
イギリスは2019年、国民の健康と環境の保護、クリーンな成長と技術革新の追求、運輸、家庭、農畜産業、産業の各方面からの汚染物質削減に取り組むことを内容とする「大気浄化戦略」を公表しました。
大気浄化戦略とは、PM濃度がWHO基準を超える地域に住む人々の数を2025年までに半減することを目指すもので、運輸や産業のほか住宅のストーブや暖炉、アンモニア排出量の88%を占める農業なども視野に入れた包括的な対策です。
この戦略によって、2030年には大気汚染による経済的損失を年間53億ポンド削減できるとみられています。
インドネシアの「環境管理法」
1982年にできた旧法が1997年に大幅に改正され、事業活動に対する環境規制強化、罰則強化、紛争処理に関する規定の充実、国民の環境情報に対する権利規定の導入などが書き加えられました。この法律は2009年にも改正され、環境当局の権限や罰則が大幅に強化、警察と協力して環境犯罪の容疑者を逮捕する権限が与えられました。
大気汚染の日本の現状
続いて、日本の現状を見ていきましょう。
中国からの影響を受けている
日本のPM2.5濃度のリアルタイムのデータは、環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめ君」で確認することができます。(出典:環境省 平成30年度 大気汚染状況について)
平成30年度の環境省のデータによると、日本のPM2.5による大気の汚染状況は、年々良くなっている傾向にあります。そもそもPM2.5は、中国などで排出された有害物質が大気の流れに乗って、日本の大気中を浮遊していると考えられています。
近年、中国では大気汚染問題が非常に深刻な問題であると捉えられるようになり、中国政府は「大気十条」という法律の制定のほか、「環境保護法」や「大気汚染防止法」の改正などの対策を打ち出しました。その成果もあって、中国でのPM2.5濃度は急速に減少し、日本のPM2.5濃度も改善されたと考えられています。
▶︎関連記事:『中国の大気汚染問題の現状|日本に与える影響や私たちにできる対策も』
光化学オキシダントの基準達成は道半ば
光化学オキシダントに関しては、基準達成までの道のりがまだ長いと言えるでしょう。減少していない理由については明らかになっておらず、現在調査段階となっています。
神奈川県情報交流部によると、ヒートアイランド現象で気流の流れが変化することによってオキシダント高濃度域ができることや、成層圏に存在するオゾンが降下していてオゾン濃度が変化していることが原因ではないかと言われています。
日本の大気汚染対策
続いて、日本で行われている対策を確認します。
大気汚染防止法
日本の大気汚染対策の柱として挙げられるのが「大気汚染防止法」です。この法律は、1968年に「ばい煙の排出の規制等に関する法律」が大気汚染防止法に改称されたもので、大気汚染に関して国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全することなどを目的としています。
大気汚染防止法では、大気汚染の主な排出源となる工場や事業場ごとに排出基準が異なり、「ばい煙」「揮発性有機化合物」「粉じん」「水銀」「有害大気汚染物質」「自動車排出ガス」に関して大気の汚染状況を監視するとされています。
日本は戦後、高度経済成長により化石燃料の使用量が一気に増えたことで大気汚染が大きな問題となりました。しかし大気汚染防止法の存在によって、大幅な増加は抑制できているといえます。
環境基本法
環境基本法は、1993年に公布・施行された地球環境問題について、新たな政策を立てるための基本的な法律です。
この法律は、大量生産、大量消費、大量廃棄型の社会経済活動やライフスタイルを見直し「環境にやさしい社会」を築くためのものです。
環境基本法が制定される以前、環境問題のグローバル化が進み、国際社会においては、「持続可能な開発」が人類の現在及び将来の基本的課題であるとの共通認識が形成されはじめていました。
そしてこの時期に地球サミット(※)が開催されたことをきっかけに、日本では環境基本法・地球温暖化対策推進法が制定されたのです。
1992年6月3日から14日までの間、ブラジルのリオデジャネイロで開催された、約180カ国が参加する大規模な会議。同時に、環境技術に関する博覧会やNGOや地方公共団体の参加する多くの催しも開催。
大気汚染対策に向けた日本企業の取り組み事例
大気汚染を改善するためには、国や地方自治体だけでなく民間企業も取り組みを行う必要があります。
大気汚染を防ぐ技術や仕組みを開発・導入し大気環境の改善に貢献している企業を紹介します。
ヤマトホールディングス
車両を使用しなければ業務を遂行できないからこそ、「大気」を重要課題のひとつと定め、環境方針のもと取り組みを行っているヤマトホールディングス。
具体的には、窒素酸化物や粒子状物質の排出が少ない車両への買い替えを進めています。
また、大気汚染物質や塗装で使う化学物質等の削減を進めており、ホームページには年度ごとの大気汚染物質の排出量が公開されています。
ヤマト運輸は2023年に自動車の窒素酸化物・粒子状物質の排出量を25%削減(2020年比)するとの目標を打ち出し、歩みを進めています。
参考:大気〜空気をきれいにする(大気汚染防止)〜(ヤマトホールディングス)
北海道電力
北海道電力の火力発電所では、硫黄酸化物、窒素酸化物、ばいじんの排出状況を監視するとともに、次のような排出低減対策を行っています。
硫黄酸化物低減対策
- 低硫黄燃料の使用
- 排ガス中から硫黄酸化物を除去する排煙脱硫装置の設置
窒素酸化物低減対策
- 排ガス混合燃焼方式の採用
- 燃焼時に窒素酸化物の発生量を低減させるバーナーの採用
- 排ガス中から窒素酸化物を除去する排煙脱硝装置の設置
ばいじん低減対策
- 排ガス中からばいじんを除去する電気集じん装置などの設置
参考:火力発電所における大気汚染防止の取り組み(北海道電力)
大気汚染対策として私たちにできること
ここまで国や企業の取り組みや対策を見てきましたが、大気汚染は身近な問題であり、一人ひとりが意識を持ち日々の行動を変えていくことが重要です。
大気汚染を低減するためにわたしたち個人ができることを見ていきましょう。
節電
電力を作る際に火力発電所では、排気ガスや二酸化炭素を排出しています。つまり、わたしたちが節電をすることは大気汚染防止に繋がるのです。
具体的な対策としては、
- 冷暖房の適正温度の設定
- こまめに電気製品のスイッチを切る
- 冷蔵庫の開閉時間を短くする
などが挙げられます。
自動車の利用を減らす
大気汚染の原因となる自動車の排気ガスですが、電車やバスなどの公共交通機関の利用や、エコドライブの実践によって、大気汚染物質の排出を大幅に削減することができます。
極端に利用を減らすのではなく、まずは月1回から徐々に週1に増やしてみるなど、無理のない範囲で始めてみましょう。
消費行動を変えてみる
商品を購入する際は、環境負荷の少ない商品を選ぶようにしましょう。
例えば、家電を購入する際は省エネ型家電にすると節電に繋がります。また、低燃費の自動車を購入することで排気ガスに含まれる大気汚染物質を低減することができます。
運送距離が増えると大気汚染の原因となる排気ガスも増加するため、なるべく地元で作られた商品を購入するようにしましょう。
大気汚染とSDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」との関係
最後に、SDGsとの関わりについて確認しましょう!
SDGsとは、Sustainable Development Goalsの略称で、日本語では「持続可能な開発目標」と訳されます。
2030年までに世界が抱える環境・社会・経済の3つの側面についての課題解決を目指し、17のゴール・169のターゲットが設定されています。
そのなかでも、大気汚染と関係するのが、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」です。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」は、だれもが健康で幸せな生活を送れるようにしようという内容です。
SDGs目標3のなかでも、大気汚染と特に関連するターゲットは3.9です。
3.9 2030 年までに、有害化学物質、ならびに大気、水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる。
大気汚染は大気中で起きている問題です。そのため、日本で排出された有害物質が風とともに流されることで他国にも影響を与えてしまいます。他人事として考えるのではなく、一人ひとりの行動を変えることが大気汚染削減の鍵となるでしょう!
まとめ:世界の大気をきれいに保つために
この記事では大気汚染の原因や現状、企業の取り組み、個人のできることについて紹介しました。
大気汚染は、硫黄酸化物、ばいじん、窒素酸化物、オゾン、浮遊粒子状物質などの有害物質が原因となっています。日本においては、大気汚染防止法による規制によって年々減少していますが、パキスタンやアフガニスタンなどの中東では年々深刻な問題となっているのも事実です。
政府や企業も大気汚染における対策を進めていますが、個人でも対策をしていかなければ世界の大気汚染問題の解決は難しいといえます。
「日本の大気汚染は良くなっているから」と思わず、世界単位で大気汚染について考えてみてはいかがでしょうか。
参考文献
・トコトンやさしい環境汚染の本
・大気汚染の定義と汚染物質
・図解SDGs入門
・大気汚染の原因(環境再生自然機構)
・持続可能な開発目標(SDGs)と日本の取組
・大気汚染に関する用語(気象庁)
・大気環境の情報館(環境再生自然機構)
・「自動車排出ガス原単位及び総量算定検討調査」環境省環境管理局(環境再生保全機構)