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バイオミミクリーとは?身近な例や面白い例・バイオミメティクスとの違いを簡単に解説

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あなたは、自然を解明することで、私たちの生活がどのように変わるか想像できますか?自然が作り出した巧妙な仕組みを模倣することで、日々の暮らしをより豊かにし、環境負荷を軽減できるかもしれません。

世界中で環境問題が深刻化する中、近年注目されているのが「バイオミミクリー」という概念です。生物の多様性から生まれたイノベーションの世界を見ていきましょう。

バイオミミクリーの身近な例や面白い例を交えて、わかりやすく解説します。

バイオミミクリーとは

バイオミミクリーとは、自然界の仕組みや生物の特性を模倣し、人間の技術や製品開発に応用する革新的なアプローチです。この概念は、40億年とも言われる地球の歴史と生命の進化の過程で、自然が培ってきたさまざまな解決策を現代の課題に適用することを目指しています。

バイオミミクリーには以下のような特徴があります。

  • 持続可能性: バイオミミクリーは、環境に優しい解決策を提供し、持続可能な開発に貢献
  • 効率性: 自然界の最適化された設計を模倣することで、エネルギー効率の高い技術や製品が生み出される
  • 革新性: 生物の独特な適応メカニズムを研究することで、従来にない革新的なアイデアが生まれる
  • 学際的アプローチ: バイオミミクリーは、生物学、工学、デザインなど多様な分野の知識を統合する

バイオミメティクスとの違い

バイオミミクリー (Biomimicry) とバイオミメティクス (Biomimetics) は、ときどき混同されますが、微妙な違いがあります。

【言葉としての違い】

  • バイオミミクリーは英語圏で広く使用され、より一般的な用語
  • バイオミメティクスは、主に学術的な文脈で使用される

【意味の違い】

  • バイオミミクリーは、環境問題の解決と生態系の保全に重点を置いた、より広範な概念
  • バイオミメティクスは、生物の構造や機能の模倣に焦点を当てた、より技術的な用語

【関連記事】バイオミメティクスとは?身近な例やメリット・デメリット、最新動向もバイオテクノロジーとの違い

バイオテクノロジーとの違い

また、バイオミミクリーとバイオテクノロジー(Biotechnology) は、異なるアプローチです。

国際的には、バイオミミクリーは自然の設計を模倣する分野として認識されています。一方で、バイオテクノロジーは、生物学的プロセスを直接操作する分野として位置づけられています。

日本では、バイオミミクリーは「生物模倣」として知られ、製品開発や環境技術の分野で注目されています。バイオテクノロジーは「生命工学」と訳され、医療や農業分野での応用が主流です。

バイオミミクリーは自然の知恵を学び、それを模倣することで革新的な解決策を生み出す可能性を秘めています。この分野は、持続可能な未来を築くための重要なアプローチとして、今後さらなる発展が期待されています。*1)

なぜバイオミミクリーが注目されているのか

バイオミミクリーは、環境問題の解決や持続可能な技術革新への期待から、近年急速に注目を集めています。主な要因を確認しましょう。

①地球環境問題の深刻化と持続可能な社会への要求

環境問題が深刻化する中、持続可能な社会の実現が急務となっています。バイオミミクリーは、自然界の知恵を活用して、これらの課題に革新的な解決策を提供する可能性を秘めています。

  • 気候変動
    地球温暖化による海面上昇や異常気象の増加に対し、バイオミミクリーは自然の適応メカニズムを模倣し、低炭素社会の実現に貢献する技術開発を目指しています。
  • 資源の枯渇
    化石燃料の減少や生物多様性の損失に対し、バイオミミクリーは自然の循環システムを模倣することで、資源の効率的利用と廃棄物削減を実現し、循環型社会の構築に寄与します。
  • SDGsの推進
    持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、バイオミミクリーは環境に配慮した革新的技術として注目を集めています。

②技術革新と学際的な研究の進展

最先端の科学技術の発展により、バイオミミクリー研究が加速しています。さまざまな分野の知見を統合することで、新たな発見と革新的な応用が可能になってきました。

  • ナノテクノロジー
    微細構造の観察技術の向上により、自然界の精緻な仕組みの解明が進み、バイオミミクリー研究が飛躍的に発展しています。
  • 材料科学
    新素材の開発により、ハスの葉の自己洗浄機能を模倣した撥水塗料など、自然の機能を再現した製品が実現しています。
  • コンピュータシミュレーション:複雑な自然現象の再現が可能になり、新たな知見の獲得につながっています。
  • 学際的な研究
    生物学、工学、材料科学など、多様な分野の研究者が協力し、革新的な成果を生み出しています。

③社会的な関心の高まり

環境問題への意識の高まりとともに、バイオミミクリーへの社会的関心が増大しています。企業や政府も積極的にこの分野に取り組んでいます。

  • 環境意識の高まり
    人々の環境問題に対する意識の向上が、バイオミミクリーへの関心を促進しています。
  • 企業の取り組み
    環境に配慮した製品開発を行う企業が増加し、バイオミミクリーを活用する事例が増えています。
  • 政府の政策
    各国政府は環境問題対策として、バイオミミクリーに関する研究開発支援策を打ち出しています。

バイオミミクリーは、自然と共生する新たな技術パラダイムを提示し、持続可能な社会の実現に向けた重要なアプローチとして、今後さらなる発展が期待されています。*2)

バイオミミクリーの身近な事例

自然界の知恵を人間の技術に応用する革新的なアプローチ、バイオミミクリー。自然界では、数億年の進化を経て、各生物が環境に適応するための独自のメカニズムを発達させてきました。

これらのメカニズムを解明し、人間の技術に取り入れた事例をいくつか紹介します。

【撥水】森永乳業:ヨーグルトが付着しにくいフタ

【水を弾く蓮の葉っぱの構造をヨーグルトのフタに応用】

蓮の葉は、自然界で見られる最も顕著な撥水性を示すものの1つです。この撥水性は、葉の表面の特殊な構造と化学的性質によって実現されています。

蓮の葉の表面には、100分の1ミリほどの小さな突起(乳頭状突起)が無数に並んでいます。これらの突起の表面にも、ナノサイズの凹凸が存在しています。

  • これらの突起と凹凸の間には空気が入り込み、水滴と葉との接着面を小さくし、水滴が葉に付着しづらくします。
  • さらに、葉の表面にはワックス状の成分(ロウ分)が含まれており、これも水を弾く効果を高めています。

この撥水性のメカニズムは「ロータス効果」と呼ばれ、水滴が葉の表面に留まることができずに転がり落ちる現象のことを指します。

【撥水性機能を有する包装材料(TOYAL LOTUS)の効果】

森永乳業は、蓮の葉の撥水性を応用した「TOYAL LOTUS」と呼ばれるヨーグルトのフタを開発しました。このフタには、

  • フタの表面に蓮の葉と同様の微細な突起と凹凸を再現し、ヨーグルトが付着しにくい仕組みを実現
  • ヨーグルトを取り出す際に付着することが少なく、使いやすさと衛生性が向上
  • 特殊なコーティングや化学物質を使用せずに撥水性を実現しているため、環境に優しい

などの特徴があります。

蓮の葉っぱの撥水の仕組みが応用されている他の例

蓮の葉の撥水性は、さまざまな産業分野で広く応用されています。

  • 雨具とアウトドア用品:蓮の葉の構造を再現したフッ素フリー系撥水剤を使用した生地
  • 建材:建築物の外壁や屋根材に使用されることで、雨水や汚れが付着しにくく、メンテナンスが容易
  • 自動車部品:窓ガラスやボディパネルに撥水コーティングを施すことで、雨天時の視界確保や洗車の効率化
  • 食器:食器の表面に撥水コーティングを施すことで、汚れが付きにくく、洗浄が簡単

【印刷】富士フィルム:構造色インクジェット技術

【フルカラーの構造色】

構造色は、自然界で見られる特殊な発色現象で、モルフォ蝶の羽やタマムシの殻などの発色が典型的です。この現象は、光の反射と干渉、分光によって生じるもので、見る角度によって色合いが変化します。

構造色は、色素を用いずに光の波長による干渉効果で発色するため、非常に鮮やかで美しい色彩を示します。また、一部の色素のように経年や環境的な要因によって色が退色することもありません。

【構造色の代表例:モルフォチョウ】

富士フイルムは、この自然界の構造色を再現するための「構造色インクジェット技術」を開発しました。この技術には、以下のような特徴があります。

①色素を用いない発色

従来のインクには染料や顔料などの色素が含まれています。一方の構造色インクジェット技術では、これらの色素を用いずに、光の反射によって発色を実現します。インク膜内に微細な構造を形成することで、光が反射・干渉する効果を利用しています。

②フルカラー表現

色味の異なる複数種のインクを組み合わせることで、光の波長によって生じる赤色から青色までのフルカラーの構造色を表現できます。見る角度や背景色によっても色合いが変化し、多彩な効果を発揮します。

③自在な描画性と多様な素材への適用

インクジェット印刷技術を用いることで、色の濃度を変化させたグラデーション表現や、複雑なパターンの描画が可能です。また、樹脂、ガラスなどの多様な素材にも適用可能であり、建築物のガラス装飾やアート作品、腕時計の文字板装飾などに広く利用されます。

【CITIZEN:「UNITE with BLUE」6ブランド全7モデル】

この富士フィルムの構造色インクジェットの技術は、例えばシチズンの時計の文字盤に採用されています。シチズンの時計「CITIZEN L/アンビリュナ」は、自然の四大要素をテーマにしたデザインで、光を受けることで色彩が現れる特殊な文字板が特徴です。

バイオミミクリーの面白い事例

自然界は無限のアイデアを提供してくれます。生物の特徴や行動を模倣した技術は、時々驚くほどの革新性を持ちます。そのような、バイオミミクリーの面白い例を紹介します。

【素材】Setex:ゲッコーグリップ

【Setexのヤモリの足の微細毛構造を模したバイオミミクリー技術】

Setexゲッコーグリップは、ヤモリの足の微細毛構造を模したバイオミミクリー技術を利用した革新的な製品です。この技術は、湿気や油分が付着した皮膚でも高いグリップ力を維持することができ、メガネの鼻当てやゲームコントローラー、スマートフォンなど多岐にわたる用途に応用されています。

【Eyeglass Nose Pads】

Setexのゲッコーグリップは、特許を取得した高摩擦微細毛構造を備えています。この構造は、ヤモリの足のセタを再現し、湿った状態でも70%、油分が付着した状態でも30%のグリップ力を維持することができます。

従来のゴムやシリコン素材では、汗や油分が付着すると保持力が大幅に低下するのに対し、Setexの技術はこれらの条件下でも高いグリップ力を維持します。この特徴を利用して、

  • メガネの鼻当て: メガネがしっかりと保持され、頻繁なかけ直しが必要なくなる
  • ゲームコントローラー: アナログスティックのグリップ力を向上させ、汗や油分が付着しても滑りにくい
  • スマートフォン: スマートフォンやその他のデバイスのグリップ力を向上させ、落下や滑落を防ぐ
  • スポーツ用品: ダンベルやその他のスポーツ用品のグリップ力を向上させ、使用者の安定性を向上

などの用途に利用されています。

【建築】ジンバブエ:イーストゲートセンター

【特徴的な煙突のあるピンク色のイーストゲートセンター:ジンバブエ】

イーストゲートセンターは、ジンバブエの首都ハラレに位置するショッピングモールで、シロアリの塚の独自な構造を模倣したパッシブ冷却システム※を採用しています。このシステムにより、エアコンを使用しなくても効率的な温度調節が可能で、エネルギー消費を大幅に削減しています。

パッシブ冷却システム

機械的な冷却装置を使用しなくても、自然的なプロセスを利用して建物や装置を冷やす技術。日夜の温度差や風、地中の冷たさなどを利用して冷却を行い、電気を使用しない、または非常に少ないエネルギーで運用可能。

【シロアリの塚の「パッシブ冷却システム」を利用した建築】

シロアリの塚は、外気温が大幅に変動する環境でも内部温度を一定に保つ能力があります。

この仕組みは以下の通りです。

①空気の循環と温度調節

  • 通気孔: 塚の基部と頂上に多数の空気孔が存在し、涼しい空気を地下の部屋から引き込み、温かい空気を塚の頂上から排出
  • 日夜の温度差利用: 日中は外壁で太陽熱を吸収し、夜間に冷えた空気を内部へ送り込むことで温度を調節

②自然換気と風の利用

  • 風の方向と強さ: シロアリは風の方向と強さに応じて塚の通気孔を開閉し、空気の流れをコントロールし、肺の吸入と吐出のサイクルに似た循環を実現

③内部構造と温度制御

  • 多層構造: 塚内部には複数の部屋と通路が存在し、各部屋が連結されていることで効率的な空気循環が実現

これらの仕組みにより、外部温度が摂氏2度から38度まで変動する中でも、シロアリの塚の内部温度は約31度に保たれます。これは、シロアリが菌類を栽培するために必要な一定の温度を維持するために発達したもので、自然界の智慧を活用した優れた温度調節メカニズムです。

イーストゲートセンターも、この原理を採用しています。この建物も、シロアリの塚と同様に、

  • 煙突効果: 建物の吹き抜けを利用して暖かい空気が上昇し、上部から排出される
  • 夜間冷却: 日中には外壁で太陽熱を吸収し、夜間にファンを用いて内部へ冷えた空気を送り込む
  • 自然換気: 下層階から冷えた重たい空気を建物内に循環させることで、効率的な温度調節が実現

などの特徴があります。

これらの事例は、自然界の知恵を活用することで、効率性や持続可能性を向上させた革新的な製品開発が可能であることを示しています。*3)

バイオミミクリーのメリット

バイオミミクリーは、単に自然を模倣するだけでなく、自然から学び、そこからインスピレーションを得て、より持続可能で効率的な社会を築くための重要なアプローチです。この章では、バイオミミクリーがもたらす多岐にわたるメリットについて、確認していきましょう。

①持続可能性の向上

自然は、限られた資源の中で、長い年月をかけて最適化されたシステムを構築してきました。バイオミミクリーは、この自然の効率性を参考に、エネルギー消費を削減し、廃棄物を減らすことで、環境負荷を低減することができます。

  • エネルギー効率の向上
    シロアリの塚を模倣した建築物は、自然の通風を利用して室温を調節し、空調負荷を大幅に削減できます。
  • 資源の有効活用
    ヤモリの足の裏の構造を模倣した接着剤は、強力な接着力を持ちながら、環境負荷の少ない素材で作ることができます。
  • 廃棄物の削減
    ハスの葉の自己洗浄機能を模倣した塗料は、汚れが付きにくく、洗浄の回数を減らすことで、水の使用量を削減できます。

②新しい製品・サービスの創出

自然界には、人間の想像を超えるような多様な機能が存在します。これらの機能を模倣することで、全く新しい製品やサービスを生み出すことができます。

  • 医療分野
    サメの皮膚の構造を模倣した人工血管は、血栓ができにくく、より安全な手術が可能になります。
  • 材料科学
    クモの糸の強靭さを模倣した人工繊維は、航空機や自動車の軽量化に貢献します。
  • ロボット工学
    カメレオンの変色能力を模倣したロボットは、周囲環境に合わせたカモフラージュが可能になります。

③社会課題の解決

バイオミミクリーは、環境問題だけでなく、社会が抱えるさまざまな課題解決にも貢献することができます。

  • 食料問題
    植物の光合成を模倣した人工光合成技術は、食料生産の効率化に繋がります。
  • エネルギー問題
    海藻の光合成を模倣したバイオ燃料は、化石燃料に代わる新たなエネルギー源となります。
  • 都市問題
    鳥の群れの行動を模倣した交通システムは、都市部の交通渋滞を緩和します。

④イノベーションの促進

バイオミミクリーは、異なる分野の専門家が協力し、新たなアイデアを生み出すことを促します。自然を共通のテーマとすることで、異分野融合が加速し、イノベーションが生まれやすくなります。

  • 学際的な研究
    生物学、工学、デザインなど、さまざまな分野の研究者が協力し、新たな技術開発を進めます。
  • スタートアップ企業の創出
    バイオミミクリーを基にした新たなビジネスモデルが生まれ、スタートアップ企業が誕生します。

⑤教育への貢献

バイオミミクリーは、子どもたちの探究心を刺激し、科学への興味を高めることができます。自然観察や実験を通して、子どもたちは自然の仕組みを学び、問題解決能力を養うことができます。

  • STEM教育※
    科学、技術、工学、数学の教育にバイオミミクリーを取り入れることで、より実践的な学習が可能になります。
  • 環境教育
    自然の大切さを学び、環境問題に対する意識を高めることができます。
STEM教育

STEM教育は、以下の4つの教育分野を統合的に学ぶ教育手法。

  • S: Science(科学) – 実験や観察から法則性を見出すこと
  • T: Technology(技術) – 最適な条件や仕組みを見つけること
  • E: Engineering(工学) – 仕組みをデザインし、社会に役立つものづくりをすること
  • M: Mathematics(数学) – 数量を論理的に表し使いこなすこと

また、STEM教育に芸術(Art)や教養(Arts)を加えた STEAM教育も存在。

この教育方法は、科学的思考、論理的思考、問題解決能力、創造性などの能力を養うことを目的とし、実践力を重視するアクティブラーニングを特徴としている。

自然界には、まだ解明されていない多くの謎や可能性が秘められています。バイオミミクリーの研究は、私たちの生活をより豊かにし、未来をより明るくする希望を秘めています。*4)

バイオミミクリーのデメリット・課題

バイオミミクリーは、自然から学び、持続可能な社会の実現を目指す素晴らしいアプローチです。しかし、この分野には課題や、その発展にともなう新たな問題も存在します。

生物多様性の減少がもたらす影響

バイオミミクリーは、生物多様性そのものへの依存が極めて高い技術です。多様な生物が存在することで、私たちが模倣できる対象も増え、より革新的なアイデアを生み出すことができます。

しかし、近年、地球規模で生物多様性が急速に失われているという深刻な問題が起きています。

  • 模倣対象の減少
    生物多様性の減少は、バイオミミクリーの対象となる生物を減らし、技術開発の幅を狭める可能性があります。
  • 生態系サービスの低下
    生物多様性は、私たちが享受しているさまざまな生態系サービス(例えば、水質浄化、気候調節など)を支えています。生物多様性の減少は、これらのサービスの低下を招き、結果的に人間の生活にも悪影響を及ぼします。
  • 倫理的な問題
    絶滅危惧種や保護対象種の研究・利用は、倫理的な問題を引き起こす可能性があります。

知的財産権に関する問題

バイオミミクリーによって開発された技術の知的財産権は、複雑な問題を含んでいます。

  • 自然の特許
    自然現象や生物そのものを特許で保護することは、一般的に認められていません。しかし、自然から得たアイデアに基づいた発明は特許の対象となる可能性があります。
  • 先住民の知識
    古くから自然と共存してきた先住民は、生物に関する深い知識を持っています。これらの知識を無断で利用することは、知的財産権侵害や文化的な盗用にあたる可能性があります。

社会への影響

バイオミミクリーは、社会にもさまざまな影響を与えます。

  • 雇用への影響
    新しい技術の導入は、既存の産業構造を変化させ、雇用への影響をもたらす可能性があります。
  • 倫理的な問題
    バイオテクノロジーとの融合など、倫理的な問題を引き起こす可能性のある研究も存在します。

技術的な課題

バイオミミクリーの実現には、以下の技術的な課題が存在します。

  • 高精度な観察と分析
    生物機能の解明には、高度な観察技術と分析手法が必要となります。
  • スケールアップ
    小さなスケールで実現した技術を、実用的な規模に拡大することは容易ではありません。
  • 材料開発
    自然の素材を模倣する人工材料の開発は、高度な材料科学の知識を必要とします。

バイオミミクリーは、持続可能な社会の実現に貢献する有望な技術ですが、同時に解決すべき課題も数多く存在します。これらの課題を克服するためには、科学者、技術者、政策立案者、市民社会が協力し、多角的な視点から議論を進めることが重要です。*5)

バイオミミクリーとSDGs

バイオミミクリーとSDGs(持続可能な開発目標)には、共通の志向があります。この2つは、持続可能な未来を築くために、自然界の知恵と資源を活用することを目指しています。

バイオミミクリーは、自然界の知恵を活用することで、SDGsの各目標達成に大きく貢献すると考えられています。中でも、特に大きく貢献できる可能性のあるSDGs目標を見ていきましょう。

SDGs目標6:安全な水とトイレを世界中に

バイオミミクリーによって、自然界の水循環システムを模倣した水資源管理技術が開発されています。例えば、

  • 蓮の葉の表面を模倣したロータス効果を利用した水処理システム
  • 植物の根系を模倣した浄水技術

などが存在します。

これらの技術は、特に水資源が乏しい地域での水供給問題解決に大きな役割を果たします。自然界の水循環システムを模倣することで、エネルギー消費を減らし、環境への負荷を最小限に抑えることも可能になります。

SDGs目標7:エネルギーをみんなに そしてクリーンに

バイオミミクリーによって、植物や生物が太陽光を効率的に利用するメカニズムを模倣したクリーンエネルギー技術が開発されています。例えば、

  • 植物の葉の構造を模倣した太陽光パネル
  • 鳥の羽根の形状を模倣した風力発電タービンのブレード

などが挙げられます。

これらの技術は、エネルギー需要をクリーンに満たすために重要です。自然界のエネルギー利用メカニズムを模倣することで、化石燃料の使用を減らし、気候変動への対策に貢献します。

SDGs目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう

バイオミミクリーによって、自然界の生態系を模倣した持続可能なインフラや産業技術が開発されています。例えば、

  • 蜂の巣の六角形構造を模倣したハニカム構造
  • カワセミのくちばしを模倣した新幹線の先端部分のデザイン

などがあります。これらの技術は、自然界の最適化された構造やプロセスを模倣することで、資源の無駄遣いを減らし、環境への負荷を最小限に抑えることが可能になります。

SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を

バイオミミクリーは、生物が環境変動に対して適応するメカニズムを模倣した、気候変動対策技術の開発にも役立っています。

  • シロアリの塚のパッシブ冷却システムを模倣した建物の温度調節技術
  • 珊瑚礁の構造を模倣した二酸化炭素固定技術

などがこれに当たります。

これらの技術は、自然界の適応メカニズムを模倣することで、建物のエネルギー消費を減らし、CO2排出量を削減することが可能になります。

これらの例からも、バイオミミクリーがSDGsの目標達成に大きく貢献することがわかります。自然の叡智を学び、模倣することで、私たちは環境問題、社会問題、経済問題といったさまざまな課題を解決し、より良い未来を築くことができるでしょう。*6)

>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから

まとめ

バイオミミクリーは、自然が約40億年と言われる時間をかけて培ってきた知恵を模倣し、人間の技術や製品開発に活かすことで、より便利な生活や、持続可能な社会の実現を目指す革新的なアプローチです。バイオミミクリーの最重要ポイントは、自然を単なる資源としてではなく、学びの対象として捉え、その叡智を人間の社会に活かす点です。

自然界の多様な生物が環境に適応し、巧妙な生存戦略を進化させてきたように、私たちも自然から学び、持続可能な循環型社会を築くことができます。

現在、地球の生物多様性は急速に失われていますが、生物多様性の保全はバイオミミクリーの発展に不可欠です。環境省は、「生物多様性国家戦略2023-2030」を発表し、ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップを示しています。

この戦略は、生物多様性の保全と持続可能な社会の実現を同時に目指すもので、バイオミミクリーの研究開発にも大きな影響を与えています。

私たちにとって、バイオミミクリーについて学ぶことは重要です。バイオミミクリーは、単なる技術革新だけでなく、私たちの生き方や価値観を問い直し、持続可能な社会を創造するための重要な視点を与えてくれます。

私たちは普段の生活の中で、

  • 身近な自然を観察する: 自然の中に隠された巧妙な仕組みを探してみる
  • バイオミミクリーに関する情報を集める: 書籍、論文、ニュース記事など、さまざまな情報源から知識を深める
  • 自分のアイデアを形にする: 自然から得たインスピレーションを元に、新しい製品やサービスを創造する
  • 周りの人に伝える: バイオミミクリーの重要性を周りの人に伝え、共感してくれる人を増す
  • サステナブルな生活を実践する: 日常生活の中で、環境に配慮した行動を心がける

など、さまざまな方法でバイオミミクリーについての知識を共有したり、社会の課題解決のために貢献することができます。

あなたは、バイオミミクリーからどのようなインスピレーションを受けましたか?

バイオミミクリーは、私たちに無限の可能性と希望を与えてくれます。より良い未来のために、それぞれができることから新しいアクションを起こすことが大切です。

自然を大切にし、環境に優しい選択を続けていくことで、より良い社会と地球環境を実現しましょう。

<参考・引用文献>
*1)バイオミミクリーとは
バイオミメティクスとは?身近な例やメリット・デメリット、最新動向も
バイオテクノロジーとの違い
Biomimicry Japan『What is biomimicry?バイオミミクリーとは何か?なぜ、今必要なのか?どんな可能性があるのか?』
Biomimicry Japan『Learning「バイオミミクリーを学ぶ」とは、3つのプリンシプルを学び体現し実践していくこと』
NATIONAL GEOGRPHIC『バイオミメティクス 自然に学ぶ設計思想』(2008年4月)
文化財虫菌害研究所『カタツムリとバイオミメティクス』
東京農業大学『バイオミメティックスを超えて!』(2014年9月)
環境省『第5章 生物多様性の保全及び持続可能な利用〜私たちのいのちと暮らしを支える生物多様性〜』
HITACHI『バイオミミクリ(Biomimicry)』
北海道大学『バイオミミクリー・バイオミメティクス』
日本ガイシ『昆虫の羽が人間に知恵を授ける?(No.8 バイオミミクリー)』
北海道大学『「生物多様性を規範とする革新的材料技術』
国立科学博物館『バイオミメティクスとは?』
木崎洋技術士事務所『バイオミメティクスとは自然の生物は進化の中で生まれた叡智に学ぶ工学的アプローチだ。』(2021年10月)
*2)なぜバイオミミクリーが注目されているのか
環境省『令和6年度 ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルの同時実現に向けた
再生可能エネルギー推進技術等の評価・実証事業』(2024年3月)
環境省『地域循環共生圏及びSDGs実現に必要なSDGs目標間のシナジー最大化に関する研究』
文部科学省『生物多様性分野の海洋生物関連政策について』(2015年6月)
建築通信新聞『【虫から新たな可能性見出す】隈氏、構造建築家ら 虫展にて「建築家の巣」テーマにトークイベント』(2019年8月)
三菱総合研究所『バイオミメティクスの活用が製造業にもたらす新たな変革』(2019年6月)
下村 政嗣『人新世におけるバイオミメティクス〜人と生物の界面がもたらす循環型経済〜』(2020年)
日経BP『生物模倣技術の研究に勢い 匂いを感知するロボットが活躍するインパクト』(2020年1月)
日本学術会議『昆虫科学の果たすべき役割とその推進の必要性』(2011年7月)
木戸 規雄『身近なところに革新技術〜自然に学び・自然を活かすモノづくり〜』(2016年4月)
*3)バイオミミクリーの具体的な事例
森永乳業『4ポット史上初!ヨーグルトが付着しにくいフタ』
富士フイルム『モルフォ蝶やタマムシと同じ発色現象で高い意匠性を実現する加飾技術「構造色インクジェット技術」新開発 シチズン時計「CITIZEN L/アンビリュナ」やアーティスト舘鼻則孝氏のアートピースに採用』(2022年3月)
九州大学総合研究博物館『烏山邦夫鱗翅類コレクション KCB0627 モルフォチョウ属 (タテハチョウ科、ジャノメチョウ亜科)』(2021年2月)
CITIZEN『多彩なブルーが幻想的に輝く構造色文字板※1採用 世界をつなぐ美しい海をイメージした「UNITE with BLUE」全7モデル 2023年6月発売』(2023年3月)
富士フィルム『インクジェット技術』
富士フィルム『40億年の知恵が未来を導く!?「バイオミメティクス」とは。』
日経XTREND『富士フイルムが新技術で貝殻のような色合い シチズン時計が採用』(2022年5月)
日本経済新聞『富士フイルム、タマムシ色を再現 新印刷技術を開発』(2022年3月)
日建設計『バイオミミクリー型環境調整システム』(2023年)
日建設計『生涯のCO2排出量を最大40%削減する次世代の超高層ビルのプロトタイプを発表』(2024年5月)
大林組『野菜と虫に学ぶ「樹冠都市」構想』
光山 武宏,三田村 輝章『バイオミミクリー建築の事例調査と性能評価 文献調査の分析とサボテンの形状を模擬した事務所建築の数値シミュレーション』(2022年11月)
光山 武宏,三田村 輝章『建築物におけるバイオミミクリーの適用可能性とその効果
サボテンの形状を模擬した事務所建築における数値シミュレーション』(2022年)
光山 武宏,三田村 輝章『建築物におけるバイオミミクリーの適用とその効果
-Self-Shading Wall の効果に関する数値シミュレーション-』(2023年2月)
日本知財学会『生物模倣技術の建築・都市設計への応用─ 学術研究,実践の国際的な潮流の考察 ─』(2021年)
環境省『生物多様性 自然のめぐみ』
日本経済新聞『生物の「合理設計」に学ぶ 風車や外壁材、応用は多様』(2012年4月)
Setex『Setex Gecko-inspired Technology』
Setex『Our Technology Difference』
Setex『Setex Eyeglass Nose Pads』
日本経済新聞『ヤモリに学び、ガをまねる 未来型モノ作りの胎動』(2015年2月)
WIKKIMEDIA COMMONS『Eastgate Centre, Harare, Zimbabwe』
WIKIMEDIA COMMONS『Natural ventilation high-rise buildings』
伊藤建築設計事務所『バイオミミクリー(生物模倣)建築』
NATIONAL GEOGRAPHIC『アリ塚と空調、自然に学ぶエネルギー』(2012年4月)
*4)バイオミミクリーのメリット
環境省『第3節 生物多様性に配慮した社会経済への転換(生物多様性の主流化)』
環境省『生物多様性国家戦略 2023-2030~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~』
環境省『環境基本計画』(2024年5月)
環境省『ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集』(2024年3月)
環境省『第1編 事業活動と生物多様性』
SHARP『生物模倣応用による家電製品の価値創造』
経済産業省『バイオものづくり革命の実現』(2023年4月)
バイオミメティックス推進協議会『Biomimetica Journal of Biomimetics Network Japan 2018 January』(2018年1月)
経済産業省『バイオ政策の現状と今後の方向性について』(2024年2月)
日経BP『「4億年生き残りの知恵」、生物模倣で“環境にやさしい社会”づくり』(2016年8月)
山陽製紙『「自然と生体に学ぶバイオミミクリー」 その2』(2022年3月)
山陽製紙『「自然と生体に学ぶバイオミミクリー」 その3』(2022年8月)
*5)バイオミミクリーのデメリット・課題
経済産業省『バイオ政策の進展と今後の課題について』(2023年5月)
下村 政嗣『人新世のバイオミメティクス ~環世界の共存に向けて~』(2022年1月)
京都大学『バイオミメティクス手法論の改善と応用に関する研究』
日本知財学会『バイオミメティクスを取り巻く課題─国際標準化および産業展開を中心として─』(2016年)
*6)バイオミミクリーとSDGs・まとめ
下村 正嗣『バイオメティクスの新地平』
経済産業省『バイオテクノロジーが拓く『第五次産業革命』』(2021年2月)
環境省『第五次環境基本計画の概要』
NEDO『環境・エネルギー分野へ貢献するバイオものづくりの展開(現状と課題)』(2021年1月)
東洋大学『SDGs 活動報告書』(2022年)
出口 茂『「生物規範工学」から「エミュレーション生物学」へ』(2017年)