脱炭素社会の実現に向けて近年注目を集めるカーボンネガティブ。
内容やカーボンニュートラルとの違いなどがわからない方も多いと思います。
この記事では、カーボンネガティブの意味やカーボンニュートラルとの違い、そしてメリットや取組事例を紹介します。
カーボンネガティブとは
カーボンネガティブとは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量が、森林や植林による吸収量よりも下回っている状態を意味します。計算式を表示すると、下のようになります。
「排出量」ー「吸収量」<0
カーボンニュートラルとの違い
カーボンニュートラルは、人為的に排出される温室効果ガスの排出量から、吸収量を差し引いてゼロにすることです。
「排出量」ー「吸収量」=0
例えば企業がカーボンニュートラルに取り組む場合、まずは自社から排出される温室効果ガスの削減に注力します。その上でやむを得ず排出してしまった温室効果ガスを、
- 植林を行い、吸収源である森林を増やす
- CCUSなどの技術を活用してCO2を削減する
などにより、差し引きゼロの状態にします。
対してカーボンネガティブは、排出量を吸収量よりも少なくすることです。つまり、カーボンネガティブの実現のためにはカーボンニュートラルを達成することが前提となります。
カーボンポジティブとの違い
カーボンポジティブは、カーボンネガティブと同じ意味となりますが、焦点を当てている部分が異なります。カーボンネガティブは排出量を基準に「除去=ネガティブ」にしようというコンセプトを意味しますが、カーボンポジティブは二酸化炭素の吸収量に焦点を当てています。(吸収できている=ポジティブ)
つまり、カーボンポジティブは、「吸収量」ー「排出量」>0となり、「排出量」ー「吸収量」<0であるカーボンポジティブと同じ意味合いになります。
では、なぜカーボンネガティブが注目されているのでしょうか。
なぜカーボンネガティブが注目されているのか
カーボンネガティブが注目を集める背景には、地球温暖化の進行が挙げられます。下の図は、1890年から2020年までの日本国内の平均気温の偏差を表したグラフです。
「環境省」によると、世界の平均気温は工業化以前と比較し、約1.1℃上昇しました。このままでは地球温暖化はさらに進むと予想され、
- 豪雨や猛暑
- 干ばつ
- 水不足
- 生態系の破壊
が起こるリスクが大きくなり、私たちの生活を脅かします。
その中で、2015年に行われた「パリ協定」では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前より2℃低く保ち、1.5℃に抑える」目標が掲げられました。これにより、カーボンニュートラルやカーボンネガティブがより一層注目を集めるようになったのです。
地球温暖化の大きな要因は二酸化炭素
地球温暖化は、温室効果ガスが増えすぎることで発生します。温室効果ガス層そのものは地球を適度な温度に保つために不可欠です。しかし、過度な二酸化炭素の排出によって温室効果ガスの層が濃くなると、熱の逃げ場がなくなり、地球の温度が上昇してしまうのです。
そこで、地球温暖化を防ぐためには、原因となる温室効果ガスの排出を削減しなければなりません。そのためには、カーボンニュートラルやカーボンネガティブといった取り組みが必要となります。
では、カーボンネガティブを実現するためにはどのような技術が必要なのでしょうか。
カーボンネガティブを実現するための技術
カーボンネガティブの実現には、
- 温室効果ガスの排出量を抑えること
- 温室効果ガスの吸収量を増やすこと
の2つの角度から取り組む必要があります。それぞれ見ていきましょう。
排出量を抑えるための技術
まずは二酸化炭素の排出量を抑えなければなりません。そのための技術は、すでに私たちの身の回りで見られます。
などを通して二酸化炭素の排出量を削減することが可能です。
電灯をLEDに切り替えたり、太陽光発電や風力発電、水力発電などの再生可能エネルギーに切り替えたりなど、既に様々な企業が取り組みを進めています。また、電気・水素自動車の開発も進み、以前と比べて導入しやすくなっています。
吸収量を増やすために①植林やブルーカーボンの活用
吸収量を増やすために、植林やブルーカーボンといった植物の力を利用した技術が挙げられます。近年では、限られた土地面積で効率よく二酸化炭素を吸収するために、
- 吸収率の良い品種の改良
- マングローブ林や海藻による二酸化炭素の吸収に関する研究
が進められています。
吸収量を増やすために②DACCS
近年では、「DAC(Direct Air Capture)」や「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」、そして2つを掛け合わせた「DACCS」に注目が集まっています。
- DAC…空気中に存在する二酸化炭素を回収する技術
- CCS…二酸化炭素を分離して集め、地中深くに貯留する技術
この2つの技術を組み合わせ、大気中の二酸化炭素の回収・貯留を実現したのがDACCSです。これにより植物に頼らず人工的に、二酸化炭素の「吸収量」を増やすことが可能になります。ただし二酸化炭素を回収するには膨大なエネルギーが必要となるため、実用化には課題も残されているのが現状です。
環境への影響以外にカーボンネガティブに取り組むメリット
ここまで見てきたように、カーボンネガティブに取り組むことで環境問題の解決が期待されます。また、それ以外にも企業にとって大きなメリットがあるため紹介します。
企業のイメージアップにつながる
企業がカーボンネガティブに取り組むことは、企業のイメージアップにつながります。
最近ではエシカル消費の認知度が高まったことで、消費者は社会的責任を果たしている企業の製品を選択する傾向が見られるようになりました。また、「ESG投資」と呼ばれる環境や社会に考慮した投資が注目を集めています。このトレンドは、より多くの投資家が、環境に配慮したビジネスに持続性を感じていることを示しています。
つまり、今後企業が成長するためには、カーボンネガティブのような環境へのインパクトを考慮した活動が不可欠となり、取り組みが遅い場合は取り残されてしまうことも十分考えられるのです。
カーボンネガティブに取り組む課題・デメリット
とはいえ、カーボンネガティブに取り組むためには、大きく分けて2つの課題が挙げられます。1つ目は日本の発電事情、そして2つ目はグリーンウォッシュです。
日本の発電事情
環境省によると、2020年度の日本国内の温室効果ガスの排出量は11億5,000万トン、吸収量は4,450万トンでした。カーボンネガティブにはほど遠い数字ですが、ここで注目したいのは排出量の内訳です。
上の図は、日本国内の二酸化炭素の部門別の内訳です。約4割がエネルギー転換部門で、主に電気及び熱の生産のために排出される二酸化炭素です。これは日本の電気及び熱の生産の約7割が火力発電であるからです。
その中で2021年10月、政府は第6次エネルギー基本計画で、再生可能エネルギーや原子力発電の割合を増加させる一方、石炭火力発電は約19%に、LNG火力発電は約20%に減少させるとしました。しかし、再生可能エネルギーは「天候に左右されやすい」、「住民との兼ね合い」といった課題があり、原子力発電も東日本大震災の経験から稼働への懸念が残されているなど、問題が山積みです。
コスト面
先ほど紹介したCO2削減技術である「DAC」や「CCS」は、現状では価格が高く、コスト面での課題を抱えています。例えばCCSは、CO2の回収1トンあたり4,000円程度かかるため、排出されるCO2が多ければ多いほど企業にとって負担となります。2040年頃には数百円〜1,000円程度にできるよう開発が進んでいますが、企業が今すぐ活用するには高いハードルとなりそうです。
カーボンネガティブに取り組む世界の事例
メリット・デメリットを確認したところで、カーボンネガティブに取り組み、成功した世界の事例を紹介します。
国際連合が作成するWorld Population Reviewの2023年(令和5年)版によると、現段階でブータンとスリナム、そしてパナマがカーボンネガティブに成功したと言われています。
ブータン
ヒマラヤのブータンは、二酸化炭素の吸収量が、排出量の約3倍と大きく上回っています。世界環境研究センターニュースによると、家庭で使用される電力の約97%は水力発電によって生み出されています。
さらにブータン政府は、環境を守るためにさまざまな取り組みを行っています。「地球環境研究センターニュース」によると、ブータンの憲法には国土の60%以上は森林でなければならないと定義しており、これにより過度な開発を防いでいるのです。また、観光客には1日250ドルを科し、*マスツーリズムによる環境破壊を防ぐなど、長年の工夫を続けています。
さらに近年では、自動車からの二酸化炭素排出を懸念し、国内で電気自動車の導入を進めています。
スリナム
南アメリカの北東部に位置するスリナムは、カーボンネガティブを達成した2つ目の国です。世界自然保護基金によると、スリナムは森林による二酸化炭素の吸収といった自然ベースの技術に焦点を当てています。
また、人口は約57万人で、人口密度の低さは世界第6位である点もカーボンネガティブを実現させられた理由のひとつでしょう。
パナマ
南アメリカ大陸と北アメリカ大陸の地峡に位置し、国土の約65%を森林が占めるパナマも、カーボンネガティブを実現しています。
また、国際連合開発計画によると、パナマは、
- 2050年までにエネルギー部門からの総排出量を24%削減
- 2050年までに全国の5万ヘクタールの森林を回復させる
と宣言しています。二酸化炭素対策以外にも、2021年(令和3年)には海洋保護区を3割拡大するなど、さまざまな角度から環境保護に取り組んでいます。
カーボンネガティブに取り組む世界の企業事例
カーボンネガティブは、各国の政府だけでなく、さまざまな企業によって取り組まれています。
いち早くカーボンネガティブを宣言「マイクロソフト」
いち早くカーボンネガティブを宣言し、カーボンネガティブという言葉を世界に知らせるきっかけを作ったのが「マイクロソフト」です。マイクロソフトは以下のように目標を掲げています。
- 2025年までに再生可能エネルギーに完全シフトする
- 2030年にカーボンネガティブを達成
カーボンネガティブ実現のために、二酸化炭素の削減や除去技術を開発するために10億ドル規模のファンドを設立すると宣言しています。また、毎年のレポートの公表を約束し、消費者が取り組みに関して閲覧することができるようにしています。
空気から作る代替肉「Air Protein」
アメリカの企業「Air Protein」は、空気中の炭素から代替肉を作る研究を進めています。具体的には、空気中の炭素をタンパク質へと変換し、水と再生可能エネルギーを利用して製造すると言います。これにより、製造段階で二酸化炭素を排出しないため、カーボンネガティブを実現しています。
この代替肉は、動物性の肉と比較して少ない土地と水で育成が可能で、わずか4日で食べられる状態になります。鶏肉は約半年、牛肉は2年ほどかかるため、これらと比較するとAir Proteinの代替肉は短時間で製造できることが分かります。
人口増加や地球温暖化に伴う食糧危機解決にも貢献すると期待されています。
日本のカーボンネガティブへの取り組み状況は?
ここからは、日本の取り組み状況について確認しましょう。
日本は、2050年にカーボンニュートラルの達成を目標としています。また、2030年度に温室効果ガスを2013年と比較し46%削減するという目標を掲げています。現段階では、カーボンネガティブの前段階のカーボンニュートラルを目指すことが国の目標となっています。
計画の中には、「脱炭素選考地域づくりに関する交付金」があり、選定された地域に対して最大50億円の補助金が交付されるといった大規模な取り組みが見られ、今後ますます活動が進むでしょう。
カーボンネガティブを宣言する自治体も
大分県国東市は、2022年(令和4年)に、カーボンネガティブを宣言しました。元々国東市はカーボンニュートラルを宣言していましたが、ここから新たに取り組みを進めようという姿勢を示しています。九州大学都市研究センターをはじめとし、さまざまな主体と連携しており、実際に2022年11月には、地元の児童が早生桐の植樹を行いました。
早生桐は成長が早く、5年ほどで15メートルほどになります。CO2の吸収量は1,000本あたり年間で45〜60トンであることから、CO2削減に大きな効果が期待されています。
参考:大分合同新聞
カーボンネガティブに取り組む日本企業事例
次は、カーボンネガティブに取り組む日本企業の事例を2つ紹介します。
花王
「花王」は、2040年までにカーボンゼロ、2050年までにカーボンネガティブの実現を宣言しています。二酸化炭素の排出量を減らす「リデュースイノベーション」と二酸化炭素を再利用する「リサイクルイノベーション」の両面から活動しています。
2021年には、ビジネスの過程で排出する二酸化炭素の量に「価格付け」を行う「社内炭素価格制度」や、花王が所有する施設への太陽光発電設備の導入を行いました。さらに2022年には再生可能エネルギーなどの非化石電源の推進、発電事業者から自然エネルギー電力を長期に購入する「コーポレートPPA」の活用など、さまざまな取り組みを実施しています。
大成建設株式会社の「T-eConcrete®」
大成建設株式会社は、コンクリート「T-eConcrete®」の製造過程でカーボンネガティブを実現しました。通常コンクリートの製造には、材料となるセメントの生産段階で、いくつかの材料を混ぜて燃やす必要があり、多くの二酸化炭素が排出されます。そこで、大成建設株式会社はセメントの代用案に、排気ガスを回収しカルシウムに吸収させた「炭酸カルシウム」を採用しました。
結果的に、T-eConcrete®のCO2排出量の収支は-116kg/m3となり、カーボンネガティブを達成しました。
カーボンネガティブとSDGs
最後にカーボンネガティブとSDGsの関係を見ていきましょう。
SDGs(持続可能な開発目標)は、2015年9月に国連サミットで採択された世界共通の目標です。2030年までに持続可能な世界を目指す世界共通の目標で、17の目標と169のターゲットで構成されています。
ここではカーボンネガティブに特に関わりの深い2つの目標について紹介します。
目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」
目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」は、全ての人が安全で現代的なエネルギーを持続的に利用できる社会の実現のために掲げられています。「そしてクリーンに」とは、従来の石油や石炭といった環境に影響を及ぼす方法ではなく、再生可能エネルギーといったクリーンな方法でエネルギーを生み出すようにしよう、ということです。
また、ターゲット7.2は、下のように定めています。
7.2 2030年までに、エネルギーをつくる方法のうち、再生可能エネルギーを使う方法の割合を大きく増やす
カーボンネガティブの実現には、再生可能エネルギーの利用が不可欠です。そのため、カーボンネガティブ実現のために取り組むことは、再生可能エネルギーの割合を増やすことにつながり、目標7達成に近づくことができます。
目標13「気候変動に具体的な対策を」
目標13「気候変動に具体的な対策を」は、気候変動から地球を守るために、行動を起こすことを目的に掲げられています。ターゲット13.2には、
13.2 気候変動への対応を、それぞれの国が、国の政策や、戦略、計画に入れる。
と定められています。現段階でパリ協定を結んだ各国がカーボンニュートラルに取り組む計画を取り入れていますが、日本をはじめカーボンネガティブを宣言している国は少ないのが現状です。そのため、今後さらにカーボンニュートラルからカーボンネガティブの達成のための計画や戦略を各国が入れていく必要が求められます。
今回は直接的に関わりのある2つの目標を紹介しましたが、カーボンネガティブの実現は、なんらかの形でSDGsの全ての目標に関わっていると言えます。例えば、温暖化による自然災害は、人々の住処を奪ったり、農作物における収穫量を低下させたりします。これらが貧困や飢餓を生み出す要因となる可能性があるため、目標1の「貧困をなくそう」や目標2の「飢餓をゼロに」と関連します。
まとめ
カーボンネガティブは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量が、森林や植林による吸収量よりも下回っている状態を意味します。近年深刻化する地球温暖化を食い止めるべく、世界各地で取り組みが進められています。
カーボンネガティブを実現することは、環境に良い点ではもちろん、企業のイメージアップにもつながります。SDGsとの関係性も深いカーボンネガティブは、今後さらに注目を集めるでしょう。企業戦略や今後の計画を立てるときに、カーボンネガティブへの取り組みも検討をすると良いのではないでしょうか。
参考
環境省「カーボンニュートラルとは」
マイクロソフト「2030年までにカーボンネガティブを実現」
環境省「2020年度温室効果ガス排出量(確報値)概要」
世界環境研究センターニュース「炭素中立世界を先駆けるブータン」
World Population Review
環境省「気候変動対策の最近の動向について」
世界自然保護基金「Suriname: The NDC We Want」
国際連合開発計画
Panama Leading By Example On Climate Change
環境省「地球温暖化ってなんだろう?」
大成建設株式会社「使えば使うほど二酸化炭素を削減!新たな未来をつくるカーボンリサイクル・コンクリートの秘密」
花王「2040年カーボンゼロ、2050年カーボンネガティブ実現に向けた活動を加速」
環境省「国の取り組み」
国東市「国東市カーボンネガティブ宣言について」