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カーボンプライシングをわかりやすく解説!世界・日本の現状、課題、今後の展望も紹介

世界が2050年カーボンニュートラルを目指す中、日本でも「炭素税」「J-クレジット」などの話題が注目されています。これらは「カーボンプライシング」という政治的な手法に当てはまるもので、近い将来世界中で「あたりまえ」な存在になると予想されています。

この、世界中に浸透していくと考えられている「カーボンプライシング」をわかりやすく解説します。カーボンプライシングの世界・日本の現状、課題、今後の展望もなども含め、社会の一員として正しい知識を身につけておきましょう!

目次

カーボンプライシングとは

「カーボンプライシング」とは、炭素(CO2)に価格をつけ、排出者に自主的な行動の変容を起こさせる経済的手法です。日本では、環境省と経済産業省が連携して経済成長につながるカーボンプライシングの設計を検討しています。

カーボンプライシングはまだ世界的にも歴史が浅く、研究・開発の余地のある政策です。その中でも、日本では大気汚染・温室効果ガスなどの問題への効果的な対策としてカーボンプライシング導入の検討が続けられてきました。そして現在、様々な形でカーボンプライシングが導入されています。

カーボンプライシングが注目される背景

カーボンプライシングが注目される背景には、世界が2050年カーボンニュートラル※に向けて、循環型社会構築のための産業・経済の構造の脱炭素化に取り組んでいる急速な流れがあります。日本でもこの目標に向けて、2013年から比較して、

  • 2030年までに46%
  • さらに(46%を達成したとしても取り組みを緩めることなく)50%まで

というCO2排出量削減目標を打ち出しています。

【日本の温室効果ガス排出量及び吸収量の推移】

上のグラフからも、日本のCO2排出量は2013年以降減少傾向にあることがわかります。0の線より下に伸びた緑の部分はLULUCF※による吸収量を表しています。

LULUCF

森林等の陸上部門(土地利用、土地利用変化及び林業部門)のことで、この場合では森林などによるCO2吸収量を指す。

温室効果ガスの排出量が、森林などのよる吸収量やCCSなどの回収量と差し引きでゼロになる状態。

カーボンニュートラルと経済成長

カーボンプライシングは、カーボンニュートラルと経済成長の両方を実現するために導入が検討されてきました。環境への対策は早急に取り組まなければならない深刻な課題ですが、そのために経済成長を犠牲にしてしまっては、長期戦となる環境問題への解決に取り組み続けることができなくなってしまいます。

このため、短期的な利益を重視するのではなく、長期的な利益を生み出すという視点から、カーボンニュートラルへの取り組みと経済成長のための利益の創出を両立する必要があります。環境問題への取り組みはすぐに効果や利益の出るものではありません。しかし、長期的に見ると持続的に経済活動を行なっていくため、さらには人間社会が未来も地球に住み続けていくために、いま取り組まなくてはならない緊急の課題なのです。

【従来のCO2の扱い】

これまではCO2は迷惑財として、政府による負の価値づけがされて来ました。しかし現在では、

  • CO2削減を評価する
  • CO2を資源として利用

という風潮になってきています。もちろんCO2は地球温暖化の原因として世界全体で排出量削減の努力をしなければなりません。その中で、CO2のネガティブな面ばかりにスポットを当てるのではなく、CO2を削減する努力や資源として利用する研究などをポジティブな面として捉え、正当な評価ができる経済の仕組みを作ろうとしているのです。

カーボンプライシングはその手段の1つで、重要な存在です。

2つの分類

カーボンプライシングは大きく分けて、

  1. 明示的カーボンプライシング
  2. 暗示的カーボンプライシング

の2つの手法があります。それぞれ確認していきましょう。

「明示的カーボンプライシング」とは、CO2排出量に直接価格をつける政策です。つまり、明示的カーボンプライシングによって、CO2排出に応じて費用負担がかかり、CO2排出削減や吸収によって利益が生まれます。

社会的な負担となるCO2排出を、量に応じて価格をつけることで数字として可視化できます。ここで可視化されるのは、まだ多くの人が認識していない「CO2排出によって社会全体にかかるコスト」と排出者の私的な費用との差額です。

CO2に価格付けすることによって排出者は、そのコストを環境への負荷に応じて負担します。

「暗示的カーボンプライシング」とは、間接的にCO2排出削減のために価格を課す政策です。CO2排出量ではなく、

  • エネルギー消費量に応じて課税されるもの
  • 排出削減の規則や基準を守るためにかかるコスト

などがこれに当たります。

暗示的カーボンプライシングは、CO2排出削減を直接の目的として導入されていないので、負担額がCO2排出量に比例していない場合もあります。

では、カーボンプライシングの「CO2に価格をつける」とは、どういった意味なのでしょうか?次の章からは、実際に行われている事例とあわせながら、明示的・暗示的の2種類のカーボンプライシングについて、さらに詳しく解説していきます。*1)

明示的カーボンプライシング

CO2排出量・削減量に応じて価格づけをする明示的カーボンプライシングは、日本の環境施策の方針を定めた「第4次環境基本計画」※の中にある「汚染者負担の原則」※にも整合的です。明示的カーボンプライシングは、さらに

  • 価格アプローチ
  • 数量アプローチ

の2つに分けることができます。それぞれのアプローチの手法を、代表的な例とともに紹介します。

第4次環境基本計画

2012年4月に閣議決定された、環境基本法に基づいた日本の環境保全に関する総合的・長期的な方針・計画。

汚染者負担の原則

環境汚染防止コストは汚染者が支払うべきという考え方。PPP(Polluter Pays Principle)とも呼ばれる。

【価格アプローチ】炭素税

「炭素税」は明示的カーボンプライシングにおける「価格アプローチ」の代表的なものです。政府がCO2の排出量に応じて、排出者に税金を課します。

中には賦課金・負担金といったように、「税」という形をとっていないものもありますが、方法が同じであれば「炭素税」と同類として扱われます。

地球温暖化対策のための税(地球温暖化対策税・温対税)

日本では「地球温暖化対策のための税(地球温暖化対策税・温対税)」が2012年から段階的に施行され、2016年に予定されていた最終税率に引き上げが完了しています。地球温暖化対策税は石油・天然ガス・石炭などの全ての化石燃料の利用に対して、CO2換算した環境負荷に応じて課税されます。

直接的に「炭素税」や「CO2税」という名前を採用していませんが、地球温暖化対策税は炭素税に分類されます。

【炭素税の経済に与える影響】

地球温暖化対策税によって、企業は

  • CO2を排出して税金を払うか
  • CO2排出量削減に取り組んで税金を抑えるか

の選択をします。

つまり、地球温暖化対策税への企業の対応は

  1. 税金を払うよりCO2排出量削減のための設備導入コストの方が安ければCO2排出量削減設備に投資する
  2. CO2排出量削減に取り組むコストより税金を払った方が安ければ税金を払う
  3. CO2排出量削減が難しい事業内容の場合は税金を払う

に分かれると考えられます。1を選択する場合、導入されるCO2排出削減の設備は安い手段が優先的に選択されるのが一般的なので、市場では安くて効率的なCO2排出削減手段がシェアを獲得していくことになります。2,3の場合は国に入る税収入が増えます。

脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案(GX推進法)

2023年2月には、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案(GX推進法)」※が閣議決定されました。

この決定により、2028年度から化石燃料輸入事業者に対して、その事業者が輸入などで扱った化石燃料を由来とするCO2の量に応じて、「化石燃料賦課金」がかかるようになります。また2033年度から、発電事業者に対して、一部有償でCO2排出枠を割り当てた上で、その量を超える部分に応じて「特定事業者負担金」がかかるようになります。

※脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案
  1. GX推進戦略の策定・実行
  2. GX経済移行債の発行
  3. 成長志向型カーボンプライシングの導入
  4. GX推進機構の設立
  5. GXの進捗評価と必要な見直し

からなるGX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた法律案。GXとは、化石燃料の使用を削減し、クリーンで持続可能なエネルギー(再生可能エネルギー)を中心に利用する産業・社会へと移行すること。

【関連記事】SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは?企業が取り組むSX事例の紹介も

【数量アプローチ】排出量取引制度

「排出量取引制度」も明示的カーボンプライシングの1つで、「数量アプローチ」に当たります。それぞれに割り当てられたCO2の「排出枠」を市場で売買し、その結果価格が決まります。

排出量取引制度では政府により「キャップ」と呼ばれる全体の排出量上限が設定されます。企業は市場の取引価格を見ながら自社の排出量と排出枠売買料を決定します。数量アプローチと呼ばれる理由は、全体の総排出量が上限を設けることにより固定されるからです。

グリーントランスフォーメーション(GX)リーグ

日本では経済産業省が主導して、2022年9月から排出量取引の試行が始まっています。

この試行は2022年6月に発足した「グリーントランスフォーメーション(GX)リーグ」※440社と経済産業省が排出量取引制度の制度設計の議論のため、電力・鉄鋼・化学・石油・自動車などの主要企業が自主的に参加する仕組みです。

参加企業はそれぞれCO2削減目標を掲げ、目標を上回ったCO2削減量を、「排出量削減枠」として市場で売買します。GXリーグへの参加は任意で目標を達成できなかった時の罰則もありませんが、経済産業省は

  • 一部の補助金の応募要件にGXリーグへの参加を要件とする
  • 参加企業の取り組み情報を開示し、資本市場や顧客からの評価を獲得する

などの方法で、参加企業の増加を目指しています。

グリーントランスフォーメーション(GX)リーグ

GXに積極的に取り組む「企業群」が、一体として経済社会システム全体の変革のための議論と新たな市場の創造のための実践を行うために、関係省庁、経済界、金融界、アカデミック等の協力のもと設立された場。

クレジット取り引き

カーボンプライシングとしてのクレジット取引とは、「カーボン・クレジット」※を市場で取引することです。日本では、国内で多く取引されているJ-クレジット※による取引市場の実証が2022年9月から2023年1月まで行われました。

現在この結果から、さらなる検討が重ねられ、2023年4月〜5月ごろ、政府保有のクレジットが入札販売される予定です。

カーボン・クレジット

省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの活用による温室効果ガス排出削減量や適切な森林管理などによるCO2吸収量をクレジットとして認証し、取引すること。カーボンクレジットを購入し、企業のカーボンニュートラル行動計画の目標達成やカーボンオフセット※などに使うこともできる。

Jークレジット

国が認証したカーボンクレジットのこと。経済産業省・環境省・農林水産省が連携して運営している。

CO2をはじめとする温室効果ガスの削減の努力をした上でも、やむを得ず排出してしまう温室効果ガスを埋め合わせるため、他の場所で排出削減や吸収の取り組みをしたり、そのような事業に出資したりすること。

明示的カーボンプライシングの「CO2に直接価格をつける」という意味が、なんとなく掴めましたか?

  • CO2排出削減量に正の価値づけをする(クレジットとして認証など)
  • CO2排出量に負の価値づけをする(CO2排出量を制限し超過した場合罰金を支払うなど)

どちらも直接CO2に価格づけをしているので明示的カーボンプライシングに分類されます。続いては、明示的カーボンプライシング以外に分類される「暗示的カーボンプライシング」について確認しましょう。*2)

暗示的カーボンプライシング

温室効果ガス排出量や削減量に直接価格をつける「明示的カーボンプライシング」に当てはまらなくても、消費者や企業に対し間接的に排出量削減の価格を課す手法は「暗示的カーボンプライシング」と呼ばれます。暗示的カーボンプライシングの多くは、直接的に温室効果ガス削減の目的で導入されていないため、明示的カーボンプライシングに比べて削減効果の面では非効率です。

また、暗示的カーボンプライシングによってCO2の長期的で大幅な排出量削減を実現するのは難しいとされています。このような理由から明示的カーボンプライシングと暗示的カーボンプライシングを全く同じカーボンプライシングとして考えることは適切ではありません。

このことを念頭に置きながら、暗示的カーボンプライシングの例を見ていきましょう。

補助金・税制優遇

省エネ効果の高い製品・設備や再生可能エネルギー導入などに対する補助金税制優遇も暗示的カーボンプライシングに分類されます。直接的には省エネ・再エネ導入推進のための制度ですが、結果として温室効果ガス排出削減につながります。

ここでの補助金や税制優遇で生じた優遇がない場合との税金の差額を、CO2削減への価格と考え、間接的なカーボンプライシング、つまり暗示的カーボンプライシングに当たる、ということです。

エネルギー課税

「エネルギー課税」とは、主に化石燃料などに対する課税を指します。環境負荷に応じ燃料に対して課税し、燃料の選択・利用の仕方などに影響を与えます。

このようにエネルギー課税も省エネ・再エネ導入を促進したり、化石燃料の価格が上がるなどの影響から企業の行動の変革を促進したりすることは、結果としてCO2削減につながります。しかしこの場合もどのような行動をとるかは企業次第なので、エネルギー課税によって期待できるCO2排出削減量は一定ではありません。

固定買取制度(FIT)

「固定価格買取制度(FIT)」とは、発電事業者以外が太陽光発電などの再生可能エネルギーによって発電した電気を、電力会社が一定期間、一定の価格で買い取ることを国が保障する制度です。再エネを導入するにあたって、余剰電力を一定の価格で売電できるため、設備コスト回収などの計画が立てやすく、リスク対策にもなります。

固定価格買取制度は再エネ導入促進には直接的な効果があり、結果としてCO2排出量削減につながります。しかし直接的にCO2削減量への価格付けがされるわけではないので、これも暗示的カーボンプライシングに分類されます。

【関連記事】FIT制度(固定価格買取制度)とは?仕組みや期間、問題点、今後について

カーボンプライシングの「CO2の価格付け」の仕組みは

  • 明示的カーボンプライシング→直接CO2排出削減量または排出量に価格をつける
  • 暗示的カーボンプライシング→明示的カーボンプライシング以外の手段で結果的にCO2排出量を抑制する効果があるもの

の2種類があり、価格のつけ方も正(ポジティブなものとして価値をつける)と負(ネガティブなものとして負担金などを課す)があることがわかりました。次の章では、カーボンプライシングによってCO2に価格をつけることで得られるメリットについて考えます*3)

カーボンプライシングのメリット

ここでは、4つのメリットについて詳しく見ていきます。

メリット1:CO2排出量削減への取り組みを加速させる

カーボンプライシングによる価格づけは、CO2排出削減のために必要な行動を明確にします。特に明示的カーボンプライシングは、直接CO2量あたりに価格をつけることによって、「CO2削減の定量的な目標を立てられる」、「CO2削減にかかるコストや削減努力の結果を可視化できる」ようになります。

また、カーボンクレジット取引などの手法は、市場価格の変化を通じて広くCO2排出削減の価値を浸透させることができます。

  • CO2排出にはコストがかかる
  • CO2排出削減には利益が生まれる

という仕組みが構築され、社会のスタンダードとなってCO2排出量削減への取り組みが加速します。

メリット2:企業の温室効果ガス削減の努力を正当に評価する

かつて環境への取り組みは「余裕のある企業が取り組む慈善事業」というイメージがありました。企業がイメージアップの一環として行っていると考えている人が多かったのです。

しかし、現在の地球の状況は危機的です。もはや世界中の全ての国・地域・団体・企業・個人に至るまでが力を合わせて気候変動への対策に取り組まなければ、地球は近い将来多くの生き物にとって住み続けることができない環境になってしまいます。

そうは言っても多くの企業にとって、CO2排出量削減への取り組みは、特に設備などの導入やエネルギーの変換が必要な場合に大きな負担となってしまいます。しかしカーボンプライシングによりCO2排出量削減への取り組みが価格づけされ、可視化されれば、その価格により企業への負担の一部が還元されるだけでなく、その努力が正当に評価されやすくなります。

メリット3:消費者の意識・行動の変革

  • CO2排出にはコストがかかる
  • CO2排出削減には利益が生まれる

という仕組みが社会の常識となるためには、消費者にもこの考えが浸透する必要があります。カーボンプライシングによりCO2に価格がつけられると、商品やサービスの値段にも影響し、CO2の価格が実際の生活に関わってくることで、消費者の意識や行動の変革につながります。

メリット4:企業の意識・行動の変革

CO2排出量に応じて負担金がかかり、削減量に応じて補助金・優遇措置・クレジット創出などが得られると、コスト効率からCO2排出量削減のための投資が増えます。また、CO2排出削減に関わる技術開発も活発化します。

政府は企業のCO2排出量に応じて税金・賦課金などから収入を得ることができ、これを環境問題解決のための取り組みに再投入することで、さらに企業間でのCO2排出量削減への重要性が高まります。カーボンニュートラル実現のための投資の活性化や産業の変革推進にも貢献し、日本企業の長期的に持続可能な成長につながります。

カーボンプライシングによってCO2の排出や排出削減・吸収・回収などに価格をつけ、可視化することによって「見えないCO2をなんとなく減らす」というぼんやりした取り組み方を脱却し、正当な評価や新しい価値創造につながることがわかりました。続いて、カーボンプライシングのデメリットや課題について知っておきましょう!*4)

カーボンプライシングのデメリット・課題

カーボンプライシングによって、CO2排出にかかるコストを広い範囲で生産者・利用者に負担させることができますが、これまで価格付けされてこなかったCO2に価格をつけて取り引きするということは、国単位でも簡単に始められることではありません。資源や製品の流れが国際的になると、カーボンプライシングにはさらなる課題が生まれます。

カーボンプライシングのデメリットや課題の代表的な例を紹介します。

デメリット1:カーボンリーケージ

「カーボンリーケージ」とは、一般的に

  1. 温室効果ガス削減の取り組みを行わない国や地域からの輸入品が、価格競争力において排出削減の取り組みを行なっている国内で生産された製品よりも優位になり、その国の生産が減少する
  2. 国内の温室効果ガス排出量の制約を理由に、海外の制約の緩い場所に生産拠点を移転し、地球全体で見た温室効果ガスの排出量が減らない

の2つがあります。カーボンプライシングを考える上では①の「温室効果ガス削減への取り組みの度合いで生じる価格面などでの競争力への影響の問題」がデメリットとして取り上げられます。

また、このカーボンリーケージへの対策として、取り組みの不十分な国からの輸入品に対し、CO2排出量などに応じた課金を行ったり、自国からの輸出に対して取り組みに応じたコスト分の還付を行ったりすることを「国境炭素調節」と呼びます。

【国境炭素調節とは】

デメリット2:取引価格が効果・行動変容に影響する

カーボンプライシングによるCO2の取引価格が低迷すると、期待するCO2排出削減効果や行動変容がもたらされない可能性があります。また、排出枠取引でも価格が変動するため、ビジネスの先行きを予見する上で不確実性が増します。

【炭素価格=市場価格+炭素税の市場、目標と現状】

デメリット3:排出枠の設定や価格調整が難しい

カーボンプライシングには、CO2排出枠の設定やクレジット取引市場の価格調整が必要です。しかし、経済状況により変動する排出量の想定から排出枠を設定したり、クレジット取引価格を柔軟に調整することは簡単ではありません。

このような排出枠の設定や価格の調整は、柔軟性を持たせれば持たせるほど、制度が細かく複雑になってしまい、その上期待できるCO2排出量削減効果は薄れてしまいます。また、排出枠の企業への割り当てでも、競争力・雇用・安全保障を踏まえた最適な割り当てを決定することは困難です。

日本にカーボンプライシングが安定・浸透するにはもう少し時間がかかりそうです。世界ではカーボンプライシングはどれくらい導入されているのでしょうか?

次の章では、世界のカーボンプライシングの導入状況を確認します。*5)

世界のカーボンプライシングの現状

カーボンプライシングは、効率的なCO2排出量削減につながるという認識として特にヨーロッパで広がっています。まだ開発の余地があるのは日本以外の国でも変わりませんが、すでに炭素税などでカーボンプライシングを導入している国はいくつかあります。

世界の炭素税導入国

世界では日本以外にも炭素税を導入している国があります。日本を含めた炭素税を導入している国を見てみましょう。

税収規模税収用途
日本およそ2,400億円(2019年)省エネ対策、再エネ普及、化石燃料のクリーン化等のエネ起CO2 排出抑制等に活用。
フィンランド1,818億円(2019年)所得税の引下げ及び企業の雇用に係る費用の軽減
スェーデン2,664億円(2019年)炭素税導入時に、労働税の負担軽減を実施。2001〜2004年 の標準税率引上げ時には、低所得者層の所得税率引下げ等に活用。
スイス1,411億円(2019年)税収1/3程度は建築物改装基金、一部技術革新ファンド、残りの 2/3程度は国民・企業へ還流。
フランス10,250億円輸送関係のインフラ整備の財源(一般会計)や再エネ電力普及 等のエネルギー移行に資するプロジェクト(特別会計)に充当。
カナダBC州※1,379億円法人税や所得税の減税等に活用。(2017年まで)
出典:経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて1 ~これまでの取組の振り返り~』p.22(2022年3月)より、抜粋
カナダBC州

ブリティッシュコロンビア州。カナダの西部、太平洋に面した州で、最大の都市はバンクーバー。

このほかにもデンマーク・アイルランド・ポルトガルなども炭素税を導入しています。炭素税による税収の用途は、それぞれの国の事情により多様です。

CBAM:EUの炭素国境調整措置

「CBAM」とはCarbon Border Adjustment Measureの略称です。2021年に公表された EUの炭素国境調整措置で、EUへの輸入品にその製品のCO2排出量に応じた賦課金をかける制度です。

この賦課金はCBAM証書を購入するという形で支払われます。措置の対象はアイスランド・リヒテンシュタイン・ノルウェー・スイス(EUの制度にリンクした制度がある国)以外全ての国です。

CBAMは先ほど「カーボンプライシングのデメリット」でも触れた、カーボンリーケージのリスク対策と説明されています。2023年1月から2026年1月までは移行期間とされ、この期間中は輸入者が輸入課金支払いの義務はなく、製品あたりのCO2排出量などの情報の報告を義務付けられます。

世界でも本格的にカーボンプライシングが広がりつつあることがわかりますね!日本は、このような国際的なカーボンプライシングの基準と、国内の基準との整合性をどのように調整するかも今後課題となってくるでしょう。

次は日本のカーボンプライシングの現状です。*6)

日本のカーボンプライシングの現状

日本のカーボンプライシングの現状は「明示的カーボンプライシング」と「暗示的カーボンプライシング」の章で触れましたが、もう一度確認しておきましょう。

日本の明示的カーボンプライシング

「明示的カーボンプライシング」はCO2排出量や排出削減量・吸収量に対し、一定量当たりの価格が明示的に付されるものです。日本で行われている取り組みでは、

  • 地球温暖化対策のための税(価格アプローチ)
  • 排出量取引制度(数量アプローチ)

などがこれに当たります。

日本の暗示的カーボンプライシング

「暗示的カーボンプライシング」は、CO2排出量ではなくエネルギー消費量に対し課税されるものや、規制や基準の遵守のために排出削減コストがかかるものです。直接的にCO2に価格をつけるもの以外で、結果的にCO2排出量削減の効果があるものが当てはまるので、先ほど紹介した

  • エネルギー課税
  • 固定価格買取制度(FIT)

以外でも、

  • エネルギー消費量の規制・基準
  • 機器や設備などに関する規制・基準

など、様々な形の暗示的カーボンプライシングがあります。これらは省エネ・再エネなどに対して補助金、化石燃料に対して負担金を課したり、規制や基準を守るためにコストがかかったりと、間接的に価格が生じていますが、CO2排出量・削減量に比例した価格ではありません。

日本でカーボンプライシングがすでに導入されていたことを知らなかったという人もいるかもしれません。しかし、将来的に現在のような環境問題を引き起こさない、持続可能な世界にするためには、環境への負荷をコストとして負担する仕組みが不可欠です。

これまでのような、CO2排出量削減は「余裕がある企業が取り組む慈善事業」や「すぐに利益に反映しないから取り組む理由がわからない」といった価値観のままでは、「第4次産業革命」とも呼ばれるこの急速な変革に対応できません。次の章ではカーボンプライシング導入で今後どうなるのかを予測します。

カーボンプライシング導入で今後どうなる?

これまではCO2は価格がつけられておらず、地球温暖化抑制のために削減しなければならないという意識は社会で共有されていました。しかし、CO2排出によって必要とされる対策にどれくらい社会全体としてコストがかかっているかなどが一般的に理解されるのは困難でした。パリ協定※やSDGs※などを知り、環境への意識を持つ人が増えた影響で、倫理的に「CO2排出量を削減しなければならない」と理解していても、実際にどう取り組むべきか、どれくらい減らせばいいのかなどはわからないままに「とにかくできることから」とできることを探して取り組みを始めた企業や個人も多くありました。カーボンプライシングが浸透すると、このCO2にかかるコストが価格として可視化されます。

パリ協定

2015年にフランスのパリで採択され2016年に発効した、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組み。

SDGs

Sustainable Development Goalsの略称で、2015年の国連サミットで採択された。17の目標からなり、2030年までに、誰一人取り残さずより良い世界を目指すための持続可能な開発目標。

企業への影響

カーボンプライシング導入によって、CO2の価格が一般的にも理解されるようになれば、CO2価格の可視化により、CO2排出量削減に取り組む企業や製品・サービスがより評価されやすくなります。製品やサービスの価格にも反映されるようになり、例えば現状ではカーボンオフセットつきの製品やサービスは、そうでないものより割高な価格が設定されていることがありますが、カーボンプライシングが浸透すれば、よりCO2排出量が多い製品やサービスの方が割高になります。

さらに、排出枠の設定で全体のCO2排出量を制限し、社会全体でのCO2排出量の調整力が強くなります。他方では、クレジット取引の活性化によりCO2排出量削減・回収・吸収が得意な企業はクレジットを創出し、逆にCO2排出量削減が難しい企業はクレジットを購入してオフセットします。

その価格は製品やサービスの価格に上乗せされる形となり、CO2の排出量は価格に影響するのが当たり前の新しい経済の流れが創出されます。まだCO2の価格は定まらない状況ですが、いずれ材料価格の1つのような存在としてCO2排出枠の取引価格、カーボンクレジットの取引価格の基準が定まるでしょう。

個人への影響

カーボンプライシング導入によって、企業にコスト面などでCO2の価格が影響するようになると、製品やサービスの価格に反映されるので、結果的に個人も自分の利用する製品やサービスにかかるCO2排出量へのコストを負担することになります。カーボンプライシングが浸透してしまえば、CO2排出量が多いものほど割高という法則が成り立ちますが、それまでは現在のようにCO2排出削減や環境問題に配慮している製品やサービスの方が割高という状況も生まれます。

この移行期間での私たち消費者の行動が、カーボンプライシングの浸透する速度を左右する1つの要因となります。エシカル※な消費を心掛け、CO2排出削減に取り組む企業を応援するために、できる範囲でCO2排出削減に取り組んでいる企業に投資したり、環境に配慮された製品やサービスを、まだ割高な間でも選択したりすることで、「CO2の価格を加味することが当然となった経済」への変革は加速します。

エシカル

「倫理的な」「道徳的上の」という意味の言葉で、人間の良心に従った行動のこと。「エシカル消費」は近年では環境や社会問題の解決を意識した消費行動を指すことが多い。

【関連記事】エシカルとは?エシカル消費が重視される原因・問題点、私たちにできること・SDGsの関係

カーボンプライシングによって、社会全体にCO2のコストが広く負担される仕組みになることがわかりました。続いて、SDGsの目標とカーボンプライシングについて考えてみましょう。*7)

カーボンプライシングとSDGs

SDGs17の目標が目指すのは「誰一人取り残さず、持続可能でより良い世界」です。これを実現するためには、CO2排出量に応じたコストを国・地域・企業・個人の広い範囲で公平に負担することが必要です。

例えば私たち日本のような先進国の生活と、ラオスの山奥で伝統的な農業を営む生活とを比較したら、人々の活動による環境に与えている負荷は違いますし、同じ日本の都会暮らしをする人の中でも、生活スタイルによってCO2排出量に換算した環境への負荷は違います。カーボンプライシングによって、特に環境負荷の大きいものを中心にCO2排出にかかるコストが価格に加味されれば、その価格分を支払うことで目標12「つくる責任 つかう責任」を果たしていると考えることができます。

そして、目標13「気候変動に具体的な対策を」にも貢献します。カーボンプライシングは地球温暖化の大きな原因の1つとされる温室効果ガスの排出をCO2に換算して、その環境に与える負荷に対応するためのコストを排出者や製品やサービスの利用者が広く負担する仕組みです。

カーボンプライシングはCO2排出量を削減したり全体的な排出量を調整したりする上で、効果の高い仕組みなので、気候変動への具体的な対策と言えます。また、環境への取り組みを持続していくためには、その資金を集めるための経済の流れが必要ですが、カーボンプライシングはその資金の流れを作る面でも貢献します。

まとめ

社会全体が持続可能であるためには、環境へ負荷をかけた分のコストが極力公平に負担される経済の仕組みが必要です。現段階ではカーボンプライシングはまだこのような仕組みを完成させるまでには至っていませんが、さらなる実証や経験・データ・研究・検討が重ねられ、より効率的で公平な手法が開発されるでしょう。

現在私たちは世界的な変革の時期の最中にいます。日本の産業がこれからも世界で通用していくためには、持続可能性と経済成長を両立した社会と産業構造を再構築しなければなりません。

この変革の時期の間は様々な場所で試行錯誤が繰り返され、社会全体として痛みを伴うこともあるかもしれません。私たちは、消費者として将来の世界を見据えた「正しい選択」ができるように、常に情報に気を配り知識を広げ続けましょう。

私たちひとりひとりが、家族・地域・国・世界を支える存在です。カーボンプライシングは最終的に全ての人にCO2コストを負担させる仕組みですが、そのような政府主体の取り組みを理解する一方で、あなたの得意なこと、好きなことなど個性を活かしたあなたらしい、あなた主体の方法で、より良い未来に貢献できることも見つけましょう!

<参考・引用文献>
*1)カーボンプライシングとは
経済産業省『世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会』p.8,p.9(2021年8月)
NHK『政府「カーボンプライシング」の導入 新たな制度案を了承』(2022年11月)
環境省『カーボンプライシング』
NHK『「カーボンプライシング」ってなに?』(2021年2月)
朝日新聞『カーボンプライシングとは? 海外と日本の動向、課題を解説』(2022年6月)
資源エネルギー庁『日本国温室効果ガスインベントリ報告書2022年』
環境省『温室効果ガス排出・吸収量等の算定と報告 4. LULUCF分野|温室効果ガス排出・吸収量算定方法の詳細情報』
資源エネルギー庁『2050年カーボンニュートラルを見据えた 2030年に向けたエネルギー政策の在り方』(2022年4月)
資源エネルギー庁『「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?』(2021年2月)
脱炭素とは?カーボンニュートラルとの違いや企業の取り組み、SDGsとの関係を解説
CCSとは?CCUSとの違い、デメリット・問題点、二酸化炭素回収・貯留の仕組みを解説
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて③~炭素税、排出量取引、クレジット取引等~』p.4(2021年4月)
環境省『カーボンプライシングの意義』p.8
経済産業省『「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案」が閣議決定されました』(2023年2月)
環境再生保全機構『汚染者負担の原則』
環境省『環境基本計画 第四次環境基本計画』
*2)明示的カーボンプライシング
環境省『地球温暖化対策のための税の導入』
環境省『カーボンプライシングの意義』p.7経済産業省『GXリーグ基本構想』
経済産業省『”GXリーグ”の基本構想案について』(2021年12月)
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは?企業が取り組むSX事例の紹介も
経済産業省『「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案」が閣議決定されました』(2023年2月)
経済産業省『世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会 中間整理(概要)』(2021年9月)
日本経済新聞『排出量取引440社と検討 経産省、9月から試行』(2022年6月)
経済産業省『カーボン・クレジット市場の実証を開始しました』(2022年9月)
J-クレジット制度『Jークレジット制度について』
*3)暗示的カーボンプライシング
環境省『カーボンプライシングの意義』p.11,p.12
資源エネルギー庁『なっとく!再生可能エネルギー 固定価格買取制度とは』
FIT制度(固定価格買取制度)とは?仕組みや期間、問題点、今後について
*4)カーボンプライシングのメリット
環境省『地球環境・国際環境協力 カーボンプライシングのあり方に関する検討会』
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて③~炭素税、排出量取引、クレジット取引等~』(2021年4月)
経済産業省『カーボン・クレジットに係る論点』(2021年12月)
経済産業省『GXリーグ基本構想』
*5)カーボンプライシングのデメリット・課題
経済産業省『国境炭素調整措置の最新動向の整理ー欧州における動向を中心に』p.2(2021年2月)
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて③~炭素税、排出量取引、クレジット取引等~』p.20(2021年4月)
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて③~炭素税、排出量取引、クレジット取引等~』p.15(2021年4月)
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて3 ~炭素税、排出量取引、クレジット取引等~』p.15(2021年4月)
*6)世界のカーボンプライシングの現状
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて1 ~これまでの取組の振り返り~』(2021年3月)
経済産業省『成長に資するカーボンプライシングについて1 ~これまでの取組の振り返り~』p.22(2022年3月)
経済産業省『貿易と環境:炭素国境調整措置の概要と WTO ルール整合性』
独立行政法人経済産業研究所『日本はEUのCBAM提案に負けずに脱炭素の世界的努力をリードせよ』
*7)カーボンプライシング導入で今後どうなる?
エシカルとは?エシカル消費が重視される原因・問題点、私たちにできること・SDGsの関係