ここ数年、CLTという建材が注目を集めています。このCLTは従来の木造建築の弱点を克服し、新しい建築の可能性が広がるだけでなく、林業が抱える問題やSDGsの目標にも貢献すると言われています。
CLTとはどのようなもので、CLTを使った建築にはどんなものがあるのでしょうか。そして、CLTはSDGsとどのように関わってくるのでしょうか。
目次
CLTとは
CLTとは「Cross Laminated Timber」の頭文字をとった言葉で、日本語では「直交集成板」と呼びます。一言でいえば繊維方向を交差させた板を、何枚も貼り合わせて作った板のことです。
もう少し詳しく見てみましょう。
- まず材木を切り出し、ラミナと呼ばれる細長いひき板に加工
- 次に同じ繊維方向のラミナを並べて、一枚の板を作る
- この板同士を木目の繊維が縦横に互い違いになるように何層かに積み重ねて接着
- 圧縮し固定化させて大きな一枚の板が完成
これがCLTです。CLTはとても大きく厚い板を作ることができ、国内では最大で12m×3m、厚みで36〜300mmの原板が製造可能です。
CLT工法・CLT建築とは
こうして作られたCLTで建物を作ることがCLT工法であり、CLT工法で作られた建物がCLT建築です。
CLT工法で特徴的なのはパネル工法と呼ばれる、CLT板を立てて壁や柱に寝かせて、床や屋根として建物を建てるやり方です。積み木やブロックを立てて家やビルを作る感覚に近く、共同住宅・ホテルなど、壁の多い用途に適しています。
もう一つの工法として、従来の木造や鉄骨などの軸組工法とCLTパネルを組み合わせた工法があります。こちらは大きな建物や、中高層建築物を作るのに使われます。
いずれの場合も、CLT建材は工場で生産され、建築現場で使われる形に加工されて出荷される、乾式工法で作られています。
ヨーロッパ発祥の新しい建材である
CLTは1994年に、オーストリア・グラーツ工科大学のゲルハルト・シックホーファー教授らによって開発されました。翌年以降、CLTはオーストリアを中心にスイスやイギリスなどヨーロッパ各国のほか、北米やオーストラリアなどでも広く普及しています。
日本では2013年にJAS(日本農林規格)でCLTの製造規格が制定され、2016年に建築基準法でCLTに関する法律が施行されたばかりです。CLT産業では、日本は欧米諸国に20年も後れを取っていることになります。
東京オリンピックでも採用
東京2020大会では、国立競技場などの関連施設に多くの国産材が使われました。その中にはCLTが採用されている施設もあります。
国立競技場では、選⼿の更衣室ロッカーや、休憩スペースのベンチのほか、屋外エレベーターの外壁にもCLTが使われました。
また晴海の選手村では、CLTパネルと鉄骨、集成材を組み合わせたパビリオン「CLT PARK HARUMI」が作られました。これは国産CLTのPRと認知向上を目的とした催事場です。2021年には岡山県の国立公園蒜山へ移築され「風の葉」という名称のもと、新たな観光の拠点として利用されています。
集成材・合板との違い
CLTは比較的新しい建材ですが、建築用に加工された木材として、集成材と合板があります。
- 集成材:厚さ数cm、幅数十cmのひき板を、同じ繊維方向に何枚も重ね合わせて接着剤で貼り合わせたものです。繊維方向は全て板の長辺に沿っているため、長さ方向に強く、建物の柱や梁に使われます。
- 合板:厚さ数mm、幅が約90cm、長さ180〜270cmの薄い一枚板を、木の繊維方向を縦横交互に重ねて接着した材料です。こちらは縦横の変形に強いため、壁や屋根に使われます。
CLTはこの2つの特徴を組み合わせたような材料です。
集成材との違いは、長い板を横に何枚も並べ、横向きの繊維の板を重ねていることです。
CLTと合板は構造上似ています。しかし、合板は単体の一枚板を重ねるのに対し、CLTは何枚もの長いひき板を横に並べることで、長さ方向の強度がより強くなっています。
CLTの特徴・メリット
CLTは従来の木材と比べ、建築材としていくつもの優れた特徴とメリットを有します。
施工が早い
CLTを使用する建物は、コンクリートを使う建物よりもはるかに早く施工ができます。
その理由として
- 使用する形に事前に加工されて搬入され、現場では組み立てるだけなので工期を短縮できる
- 接合具がシンプルなので熟練工でなくても施工が可能
- コンクリートに必要な養生の時間が不要
などのメリットがあるため、コンクリートで一階当たり5日かかるところを、CLTなら2日ほどで組み立てが完了します。
軽い
とても軽量な材料であるのもCLTの強みです。同じサイズの重量で鉄筋コンクリート(RC)が1㎥当たり2.4 tなのに対して、CLTは1㎥当たりわずか0.5 tと、実に1/5ほども軽くなります。
またCLTはコンクリートや鉄と比べて極めて軽い比重ながら、それらをはるかに上回る強度を持ちます。材料と建物が軽量化できることで、中規模建築での地盤補強の負担や基礎コストが軽減されるほか、輸送機関の燃料や費用の削減にも貢献します。
地震に強い
地震国日本の建物は、耐震・免振の問題が避けて通れません。CLTは建物が軽量化できるため、地震に弱いと思われるかもしれませんが、実際は優れた耐震性を持ちます。阪神大震災クラスの地震を想定した振動台実験のテストでも、CLT建築の変形は3cm程度にとどまり、大地震の後でも損傷が少ないという結果が出ています。
優れた耐火・耐熱・断熱性
木造建築で不安なのが火に対する弱さです。
しかしCLTは表面こそ炭化するものの、毎分約1㎜のペースでゆっくり燃え進み、厚さ90㎜の壁が1時間燃えても焼け落ちないことがわかっています。
またCLTは断熱性に優れ、厚さ90㎜のCLTはコンクリート120㎜とほぼ同じ断熱性能を持ちます。
同時に熱伝導率も木はコンクリートの1/10、鉄の1/350と非常に低いため、CLTは冬は暖かく、夏は涼しい最適な壁面建材になります。
CLTのデメリット・課題
このようにCLTには多くのメリットがあるものの、日本ではまだ導入されて日が浅いこともあり、生産や流通体制の確立はまだ不十分です。さらに日本独特の事情による課題やデメリットと相まって、CLTへの懸念の声が上がることも少なくありません。
現時点で指摘されているCLTの問題点とはどのようなものがあるのでしょうか。
価格
CLTの目下の課題は価格です。欧州ではすでに7万円を下回る㎥当たりの単価も、日本では2019年時点で15万円と、2倍以上の開きがあります。
欧米ではCLT市場が広くてスケールメリットがあり、高性能な工場設備を導入しているため、価格を安くできます。
しかし日本でCLTの価格を下げるには、原木の買い取り価格を1万円/㎥から3,000円/㎥まで下げなくてはなりません。そのためには大量の材木を安定して集めなければなりませんが、山主の所有面積が小さい日本では安定供給が難しいという事情があります。
技術的な難しさ
もう一つの課題は、技術的な問題です。
欧米のCLTではトウヒなどが使われるのに対し、国内では主にスギやヒノキなどが使われます。しかし、現状では国産材だけでCLTを作るのは難しいと言われています。
その理由として
- 国産のスギは含水率が高く乾燥に手間がかかる
- CLTは加工工程が多く、歩どまりは約15~30%と合板や無垢材に比べ低い
という理由からです。
CLTが注目されている理由
こうした課題やデメリットはあるものの、CLTに対する注目度は年を追うごとに高まってきています。そこには、今の日本の林業や森林環境、地球温暖化などにまつわる問題が関わっています。
林業・木材産業の活性化
CLTは、国内林業を盛り返す起爆剤として期待されています。
現在国内の森林では、手入れがなされず荒廃する森林、特に人工林が急激に増加しています。その背景には
- 少子高齢化や山間部の過疎化の影響により、林業の担い手が減少
- 全国的な人口減少で住宅向け建築木材の需要が縮小
という、2つの問題を抱えています。
そこで新たな木材需要を生み出すには、住宅以外の建築で木造化を進める必要があります。従来の建材より多くの木を消費し、耐火基準をクリアして中・大規模な建物で使えるCLTは、増えすぎた森林の適切な活用につながるとして注目が集まっています。
CO2排出量削減や森林保全
もう一つ注目されている理由は、CO2排出量削減への貢献です。
CO2の削減には、炭素吸収力が高い若木を植えて育てる必要があります。そのため、CO2の吸収量が減り、伐採適齢期を迎えた古い木を切らなければ、森林に若い木を育てる余地がなくなります。その中で現在、国内の人工林の約半数が、ちょうど伐採適齢期を迎えているのです。
大量の樹木をCLTとして加工・利用し植えるという、再生可能な森林資源活用は、炭素循環と持続可能な森林管理に不可欠となります。
環境負荷の低い建築
CLT建築には、LCA(ライフサイクルアセスメント)の観点からRC造よりも低環境負荷につながる可能性があるとされています。
CLT住宅の原料調達から解体・廃棄までの全工程で環境負荷を計測した研究では、「CLT住宅は温室効果ガス排出や環境影響評価などで、RC造住宅に比べ1割弱ほどの環境負荷低減が見られた」という結果が出ています。
木材の適切な管理、エネルギー削減、廃棄物処理など適切な環境負荷削減対策をした場合、という前提条件がつきますが、そうした対策を十分に講じて、不要な資材削減や環境負荷の低い接着剤を使うなどの工夫で、さらに環境に優しい建築が可能になると考えられます。
【関連記事】カーボンニュートラルに欠かせないLCAとは?メリット・デメリット、問題点も
とはいえなぜ普及しないのか
これまで述べてきたメリットや必要性にもかかわらず、CLTを使った建築はなかなか普及が進みません。それでも毎年100件台のペースで増えてはいるものの、まだまだ不十分と言えるでしょう。
普及にブレーキとなる理由としては前述の課題やデメリットに加え、
- 設計者:CLTの設計方法や、工夫・予算に見合う使い方が分からない
- 施工者:CLTの施工方法やアフターフォロー、調達方法・価格が分からない
- 建築主:施工や維持コストが高い、木材利用のメリットが分からない
という、現場でのCLTに対する知識不足やインセンティブの低さに加え、工法そのものの難しさなどが原因となっています。
補助金・助成金の活用
政府もCLT需要の一層の拡大に向け、コストが高くなりがちなCLTに補助金や助成金を付けるなど、積極的に活用できる環境の整備を進めています。
活用の窓口として、内閣官房を始めとする複数の関係省庁でさまざまなCLT支援予算を整備しています。
JAS(日本農林規格)構造材実証・転換実証支援事業
主管官庁:農林水産省・林野庁
支援対象:JAS構造材の利用など
支援先:建築業者、 設計者など
補助率:CLTの調達費または14万円/㎥の低い方 (上限3,000万円) ①部材調達支援:CLTの調達費または14万円/㎥の低い方(上限1,500万円) ②設計支援:設計費の1/2(木造部の床面積✕12,700円✕1/2の金額を上限)
CLTを活用した建築物等実証事業
主管官庁:農林水産省・林野庁
支援対象:先駆性・普及性のあるCLT活用
支援先:地方公共団体、 民間など
補助率:設計・建築費への3/10以内、特に普及性や先駆性が高いものは半分以内の助成
などが代表的な支援策です。その他にも多くの支援制度があります。詳細は下記をご参照ください。
令和4年度 CLTを活用した建築物への主な支援制度|内閣官房
CLTの建築事例
では、国内でのCLT建築にはどのような建物があるのでしょうか。
CLTを活用した建築物は2021年の時点で779件となっており、今後全国各地で、この数はさらに増えていきます。その中から特徴ある5件の建築事例を紹介しましょう。
昭和学院小学校ウエスト館(千葉県市川市)
2階建ての広々としたこの校舎には、屋根・床・壁・階段など実に700㎥分のCLTが使われています。厚さ210㎜のパネルを活用し、地域の高さ制限をクリアしつつ天井も十分な高さを確保。木材の存在感を強調し、木の種類や産地を表示したサインをつけることで、木育と環境について考える場を目指しています。
大崎市鳴子総合支所庁舎棟複合施設(宮城県大崎市)
庁舎と公民館の複合施設であるこの建物は、地元大崎市産の木材によるCLTパネルと集成材などを組み合わせて作られています。幅1,200㎜ものCLTや木質仕上げ材にも地元産材を活用するなど、宮城県内での製材・設計・施工を可能にした地産地消のモデルケースとなっています。
FLATS WOODS 木場(東京都江東区)
CLT建築として国内屈指の高層建築となる地上12階の建物は、自社開発の2時間耐火材、木質耐震補強技術やCLTブロック耐震壁技術など、都市での木造建築に求められる条件を満たす独自の技術を採用したハイブリッド建築です。床には、最大で厚さ270㎜、長さ約6mという大判のCLTが使われています。
白雲岳避難小屋(北海道上川郡)
大雪山国立公園に建てられた避難小屋は、建築にあたり、
- 雪解けのわずか3ヶ月間という短い工期
- ヘリに限定される資材輸送
- 狭い作業用敷地
- 植生への配慮
などの制限がありました。しかしこれらの難題を見事に解決させたのが、CLT工法とBGF基礎※の採用です。この避難小屋の建築では、工期短縮の他にもコスト低減や森林資源の有効活用にも貢献しています。
安芸太田町上本郷バス停(広島県山県郡)
壁とベンチにCLTを使用した、わずか5㎡程度のシンプルなバス停です。これはCLTパネルを作るときに出た端材を利用しており、ブロックに小分けして人力で簡単に施工することができます。CLT資源の無駄のない有効活用の好例です。
CLTとSDGsの関係
CLTの活用と普及は、SDGs(持続可能な開発)の目標達成とも関わってきます。
主な関連目標には
- 目標11「住み続けられるまちづくりを」:災害に強いCLT建築によるまちづくり/林業・木材産業の活性化による地方創生/森林整備による土砂災害の低減
- 目標12「つくる責任、使う責任」:再生可能な森林資源によるCLT/解体後も再利用でき、燃料にもなる持続可能な材料
- 目標13「気候変動に具体的な対策を」:CO2を吸収する木の育成/LCAに優れ、エネルギー効率の高い建物によるCO2削減
などがあげられます。
特に目標15「陸の豊かさも守ろう」と関係
中でもCLTとの関連が深いのが目標15「陸の豊かさも守ろう」です。
CLTによる木材需要の増加は木の価値を高め、持続可能な森林経営に貢献します。さらに、土砂災害の防止やCO2の吸収は森林機能の回復にも貢献し、国土保全や水資源の涵養へとつながっていきます。
まとめ
次世代の建材として期待が高まるCLT。諸外国に比べ導入が遅れていた日本でも、CLTの活用が大きなメリットを生むことが知られ始めています。とはいえ実際はまだ知名度が低く、国内特有の課題も多いため本格的な普及には至っていません。将来的にCLTの課題をどう克服し、どれだけ利用促進につなげられるかが、今後の日本の林業と森林環境の問題を解決するカギとなってくるでしょう。
参考資料・文献
CLTとは|一般社団法人 日本CLT協会|CLT(Cross Laminated Timber) (clta.jp)
CLT(直交集成板)とは
CLT工法|技術と性能|大東建託の賃貸住宅ブランドDK SELECT
これを読めばわかるCLT|一般社団法人 日本CLT協会・公益財団法人 日本住宅・木材技術センター
(林野庁)全国児童福祉主管課長会議_CLT (mhlw.go.jp)
CLT晴海PJ (都市から地方へ)
季刊 森林総研 No.27|国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
「国立競技場」における木材利用の取組:林野庁
隈研吾デザイン監修のCLTパビリオンが国立公園蒜山へ移築、新名称「風の葉」として7/15開業 |CULTURE
小林謙介;直交集成板(CLT)を用いた中層集合住宅の環境負荷削減に関する検討|Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 44, No. 1
これからの工法・CLTパネル工法 メリットとデメリットは?(後)|NetIB-News (data-max.co.jp)
CLT建築のメリット | CLT建築なら日本CLT技術研究所 (nc-labo.jp)
CLT活用促進のための政府一元窓口 (cas.go.jp)
絶望の林業:田中淳夫著/新泉社