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優生保護法とは?問題点や今注目されている理由も

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日本国憲法第14条において、「すべて国民は、法の下に平等」とされています。しかし、ほんの四半世紀前まで、障がい者であることを理由に法の下の平等を認めない法律が存在し、効力を発揮していました。その法律の名前を優生保護法といいます。

悪い遺伝を排除し、良い遺伝を残して子孫を優良にするという「優生学」の考え方にのっとり、「不良な子孫」を排除することを目的とした法律です。この法律にもとづき、多くの人が強制的に手術を受けさせられ、断種させられました。

優生保護法とはいったいどのような法律だったのでしょうか。今回は優生保護法の内容や制定・廃止の背景、現在の母体保護法、優生保護法がもたらしたとされるメリットや問題点などについてわかりやすく解説します。

優生保護法とは

優生保護法とは優生学の考え方に基づき、不良な子孫の出生を防止し、母体の健康を保護することを目的とした法律です。

優生学

優生学とは、人類の遺伝的素質を向上させて劣悪な遺伝的素質を排除しようという考えに基づいた研究*2)

優生保護法は優生学の考えに基づいた法律ですが、優生学については後でもう少し掘り下げます。

対象者と対象疾患

優生保護法の対象とされたのは、当時の優生学や遺伝学の中で遺伝性の疾患を持つとされた人々でした。すなわち、精神障害・知的障害・神経障害・身体障害を有する人が優生保護法で「優生手術」の対象とされました。また、遺伝性疾患の患者だけではなく、ハンセン病患者や精神に障害のある人も優生手術の対象となりました。

優生手術とは、生殖を不能にさせるために行われる手術のことです。優生保護法第4条では、医師が診断の結果、「公益上必要」と判断したら本人の同意がなくても都道府県の優生保護委員会に優生手術の適否の判断を申請できるとしていました。*3)

優生保護法が制定・廃止された背景

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現代の価値観からすれば、手術による強制的な断種は決して容認できるものではありません。しかし、優生保護法は戦後である1948年に制定され、1996年まで半世紀近くにわたって存続した法律です。

なぜ、このような法律が制定されたのでしょうか。制定の過程や優生保護法の背景にあった優生学の考え方、現在の母体保護法などについて解説します。

優生保護法の制定過程

第二次世界大戦前の日本では、刑法で堕胎罪が規定されていました。堕胎罪とは妊娠中の女性が胎児を殺して流産させる罪のことで、現在は死文化されています。*4)

ヨーロッパでナチスドイツが台頭すると、日本もナチスの影響を強く受けるようになりました。1933年にドイツで「遺伝病子孫予防法」(いわゆるナチス断種法)が制定されると、日本でも優生思想に基づいた法律の制定を目指す動きが活発化します。*5)

そして、1940年に国民優生法が制定され「遺伝性疾患の素質を持つ者」に対し不妊手術を行うことや、「健全な素質を持つ者」の人工妊娠中絶を制限することなどが定められました。

戦後の1948年、国民優生法は改正され優生保護法となります。優生保護法の改正案は与野党全会一致で可決されました。この法律改正は、戦後の混乱期の人口急増対策と非合法な堕胎の防止を目的としたもので、人工妊娠中絶の一部合法化なども含まれています。*6)

優生保護法の背景にある優生学の考え方

優生保護法の背景にあるのは「優生学」の考え方です。優生学が学問として体系化されたのは19世紀末から20世紀初頭にかけてです。

優生学には結婚制限や断種、隔離などによって好ましくない遺伝要因を排除しようという考え方が含まれています。断種とは手術によって生殖機能を失わせることであり、文字通り、遺伝的に問題があるとされる人々の子孫を残さないよう強制的に手術することです。

この優生学が誕生した背景には「社会ダーウィニズム」という考え方がありました。

社会ダーウィニズム

ダーウィンの進化論の考え方のうち、自然淘汰や生存競争の考え方を人間社会に適用して社会現象を説明しようという考え方*7)

社会ダーウィニズムは、欧米列強の植民地支配を正当化するために用いられた論理です。「白人は人種的に優れているから他の民族を植民地として支配する資格があり、彼らを文明開化させるのが先進国である欧米諸国の責務である」と主張したのです。

優生学では、優れた民族的な特徴を維持するため、結婚制限や隔離、断種などにより望ましくない遺伝的要因を排除し、優良な人々を残すべきとしていました。この優生学はドイツだけでなく、イギリスやアメリカなど欧米各国で強く支持されていました。*8)

しかし、優生学や優生思想には「優良ではない」とみなされた人々を差別する考え方が含まれています。そのため、障害者差別につながる要素があるのです。

現在は母体保護法に

1996年、優生保護法は改正され母体保護法となりました。

優生保護法の第一条が「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」としていたのに対し、母体保護法の第一条では「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により、母性の生命健康を保護することを目的とする」と改められています。

優生保護法のうち、障害者差別につながる「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止」が削除され、母体の健康と生命の保護が主な目的とされたのです。他にも以下の点で違いがあります。

  • 優生手術の表記を不妊手術に変更
  • 遺伝病の防止のために不妊手術を行う規定を削除
  • 精神障害者に対する本人の同意によらない不妊手術に関する規定を削除
  • 都道府県優生保護審査会や優生保護相談所の廃止

*9)

簡単に言えば、母体保護法は優生保護法から優生学に関する基準を削除し、一定の条件がそろえば不妊手術や人工妊娠中絶が可能となった法律といえます。現在、母体保護法では以下の条件を満たすことで人工妊娠中絶が可能となります。

  • 妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
  • 暴行もしくは脅迫によってまたは抵抗もしくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

*10)

しかし、人工妊娠中絶を本人だけで決められない点など、課題が残っていることも一面の事実です。

優生保護法にはメリットがあったのか?

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現在の価値観や考え方から見れば大きな問題を含む優生保護法ですが、制定された当初はメリットもありました。それは、人工妊娠中絶の条件緩和です。詳しく見てみましょう。

人工妊娠中絶の要件が緩和された

優生保護法が成立する前、日本では人工妊娠中絶はあまり認められてきませんでした。それは、人口増加を図る政府の方針があったからです。

1948年に優生保護法が制定されたときも、人工妊娠中絶が認められる要件が今よりも厳しく、簡単に出来ない状態でした。その後、1949年と1952年の二度の大幅改正により人工妊娠中絶の要件が緩和されます。

1949年の改正「経済事項の前記」を追加
1952年の改正優生保護審査会による審査続きの改正

経済事項の前記とは、妊娠の継続や出産が身体的・経済的に母体の健康を害する恐れある場合に人工妊娠中絶を容認するものです。

優生保護審査会とは、各都道府県ごとに設けられた委員会のことで、52年の改正以前に人工妊娠中絶をする場合は、優生保護審査会の審査が必要とされていました。

しかし、52年の改正で優生保護審査会そのものが廃止されたことに伴い、指定医師一人の判断で人工妊娠中絶が行えるようになりました。*10)

法改正の結果、1953年以降の人工妊娠中絶の実施件数は大幅に増加し、1953年から1983年までの30年間で2,800万人に及びました。

優生保護法は大きな問題を抱えている法律でしたが、人工妊娠中絶の要件緩和による母体保護というメリットももたらしたのです。

優生保護法のデメリット・問題点

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優生保護法は人工妊娠中絶の条件緩和という点ではプラスの面がありましたが、それを打ち消してしまうほどの問題点がありました。それは、同意のない手術の合法化問題です。この点について詳しく見てみましょう。

同意していない手術が合法的に行われた

優生保護法は1948年から48年にわたって効力を発揮した法律です。その過程で、多くの方が不妊手術を強制的に受けさせられました。実際の数字を見ると、1949年(昭和24年)から1996年(平成8年)の間の優生手術の件数は24,993件です。

遺伝性疾患やハンセン病などが理由(優生保護法第3条第1項)で手術を行ったのは8,518件、優生保護審査会の決定により手術(優生保護法第4条)が行われたのは14,566件、保護者が同意し、優生保護審査会が決定した非遺伝性疾患の手術(優生保護法第12条)件数は1,909件でした。*11)

このうち、第4条と第12条に基づく手術は本人の同意が不要とされていました。優生保護審査会の決定だけで執行されたケースが全体の過半数を占めることを考えると、不同意で手術が行われたケースが多々あったことをうかがわせます。

優生保護法がなぜ今になって注目されているのか

近年、優生保護法で多くの人が同意のないまま手術を強制されたことについての報道が目立つようになりました。その理由として、強制的に手術を受けさせられた人たちが相次いで提訴したことがあります。ここでは、優生手術に関する裁判について解説します。

国に賠償を命じる司法判断が相次いでいる

2018年、宮城県に住む60代の女性が優生手術を受けさせられたことについて国に謝罪と補償を求めて提訴しました。女性は宮城県に対して優生手術に関する情報公開請求を行い、そのとき提出された優生手術台帳の記録をもとに提訴したのです。

この裁判がきっかけとなり、各地で優生手術に対する裁判が起こされました。こうした裁判では、国に賠償を命じる判決が相次いでいます。2023年3月に出された大阪高裁の判決でも国に賠償を命じています。

この裁判で、大阪高裁の中垣内裁判長は優生保護法を「特定の障害や疾患のある人を『不良』とみなし、生殖機能を回復不可能にする手術によって子どもを産み育てる意思決定の機会を奪うもので、極めて非人道的だ」*12)とし、明らかな憲法違反であると指摘しました。

同判決で、国は聴覚障害のある2組の夫婦と先天性脳性まひが原因で体に障害がある女性1人に、それぞれ1,650万円(合計4,950万円)の支払いを命じられました。画期的だったのは不法行為から20年後には賠償を求める権利が失われるとされる「除斥期間」を適用しないという判断がなされたことです。

こうしたニュースがたびたび報道されたため、世間の注目を浴びやすくなったといってよいでしょう。

優生保護法に関してよくある疑問

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優生保護法に関してよくある2つの疑問についてQ&A形式で答えます。

正しかった・仕方ない・復活させるべきと言われるのはなぜ?

優生保護法を擁護する意見は、現在でもある程度存在します。なぜ、そういった意見があるのでしょうか。複数の理由が考えられますが、優生保護法を容認する「社会通念」の存在を指摘する声があります。

優れた遺伝子を残すべきという優生思想以外に、障がい者の結婚や子育ては生活するうえで大きなリスクがあると考え、断種を容認する考えがありました。障がいのある人は、子どもを養育する能力がないのではないかという考えがあったのです。*13)

1950年代には福祉関係の専門家の中ですら、子どもを育てる能力が不足しているから優生手術をした方がよいという意見があったのです。*13)

優生手術を受けた人は賠償を受けられるの?

2019年(平成31年)4月、国会で「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」が制定されました。優生手術を受けた人に対して一律で320万円を支給するという内容の法律です。ただし、この法律による一時金の請求期限は法律施行から5年の2024年までと定められています。

優生保護法とSDGs

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優生保護法は日本国憲法の「法の下の平等」に照らし合わせても大きな問題を持つ法律でした。「誰一人取り残さない」社会を目指すSDGsと優生保護法のかかわりについて考えてみましょう。

SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」との関わり

SDGs目標10のターゲット(10.2)には「差別的な法律、政策及び慣行の撤廃、ならびに適切な関連法規、政策、行動の促進などを通じて、機会均等を確保し、成果の不平等を是正する。」とあります。障害やハンセン病などの特定の病気で断種を強制する優生保護法の規定は、このターゲットに明らかに反するものです。

国内法の観点から見ても優生保護法は憲法で保障された法の下の平等に反する法律でした。日本がSDGsの考えを受け入れ、そうした差別をなくす上でも優生保護法の廃止は大いに意義があります。

まとめ

今回は優生保護法について取り上げました。20世紀前半に大きな影響力を持った優生学は、必ずしも医学的根拠を伴わないあいまいなもので、その思想をもとにした優生保護法は大きな問題を有する法律でした。実際、この法律に基づいて25,000人もの人が強制的に手術をされたことはどのような理由があっても容認できません。

その一方、女性の人工妊娠中絶の条件緩和という点では進展があったことも事実です。子どもを生むにせよ生まないにせよ、女性側に選択肢が増えたという点には留意が必要です。

とはいっても、本人の意志を全く無視した強制的手術はあってはならないことです。障がい者の差別につながるような法律や制度については、今後も継続して改正する方向で検討するべきではないでしょうか。

参考
*1)デジタル大辞泉「優生保護法(ゆうせいほごほう)とは?
*2)デジタル大辞泉「優生学(ゆうせいがく)とは?
*3)衆議院「第1章 旧優生保護法に基づく優生手術について
*4)デジタル大辞泉「堕胎罪(だたいざい)とは?
*5)衆議院「第1章 国民優生法の制定過程
*6)日本大百科全書「優生保護法(ゆうせいほごほう)とは?
*7)精選版 日本国語大辞典「社会ダーウィニズム(しゃかいダーウィニズム)とは?
*8)改定新版 世界大百科事典「優生学(ゆうせいがく)とは?
*9)日本大百科全書「母体保護法(ぼたいほごほう)とは?
*10)改定新版 世界大百科事典「母体保護法(ぼたいほごほう)とは?
*11)裁判所ウェブサイト「第2章 優生手術の実施件数の推移等
*12)NHK「旧優生保護法訴訟 1審判決と逆に 国に賠償命じる判決 大阪高裁 | NHK
*13)NHK「旧優生保護法を陰で支えた社会通念[後編] – 記事 | NHK ハートネット
*14)スペースシップアース「SDGs10「人や国の不平等をなくそう」の問題や解決策を徹底解説 – SDGsメディア『Spaceship Earth(スペースシップ・アース)』