近年、新型コロナウイルスの影響でインバウンド(訪日外国人旅行者)が落ち込み、観光業界にとって打撃となっています!
最近では規制が緩和されつつあり、2023年春にはインフルエンザと同等の扱いの5類に引き下げる方針であることが発表されました。今後は旅行も活発になることが予想され、インバウンド獲得のために準備していく必要があります。そのうちの一つの取り組みが「フードダイバーシティ」です。
本記事では、フードダイバーシティについて、インバウンドとの関係性やフードダイバーシティの種類について解説していきます。
目次
フードダイバーシティとは
フードダイバーシティとは、直訳すると「食の多様性」です。
世界には、宗教の決まりやアレルギーなど様々な理由により、食べられないものを持つ人も多くいます。食事に対する違いを尊重して受け入れ、みんなが同じテーブルを囲んで食事を楽しめるようにする、という考えがフードダイバーシティです。
なぜ今フードダイバーシティが注目されているのでしょうか。
インバウンド回復の鍵
フードダイバーシティは、インバウンド(訪日外国人旅行者)回復の鍵とされています。新型コロナウイルスにより減ってしまったインバウンドが現在回復しつつあり、今後はコロナ前の水準に戻し、それ以上に伸ばしていこうという狙いがあります。
世界的なウィズコロナの流れ
上の図のように、新型コロナウイルスの影響で訪日旅行者は2020年から急激に減っています!
しかし、少しずつ規制も緩和されつつあるため、2022年は以下のようにアジア圏を中心に少しづつインバウンドが回復してきています。東アジア(仏教圏)、東南アジア(仏教、イスラム教圏)、中東地域(イスラム教圏)も増えていることが分かります。
2023年1月には中国でゼロコロナ政策が緩和され、世界的に見てもコロナウイルス対策はこれまでのロックダウンなどの封じ込めからウィズコロナにシフトしています。これにより、今後は個人による観光目的の旅行も増加・活発化していくことでしょう。
訪日で期待することは「食」
観光局が訪日旅行者を対象に調査した報告書によると、訪日で期待することで「日本食」と答えた割合が69.7%にも上っています。「日本酒」も24.4%となっており、食に対する関心が高いことがうかがえます。
つまり、フードダイバーシティに取り組むことは、今後のビジネスチャンスにもつながりうるのです。
健康志向も増加傾向に
コロナ禍の影響で、リモートワークやオンラインのイベントが増えたことにより、運動する機会も減っています。
東京都生活文化局の調査によると、コロナ禍の影響として「体を動かす機会が減った」と答えた人が41.2%に上りました。
Q.あなたは、新型コロナウイルス感染症の拡大により、こころとからだの健康に悪い影響はありましたか。(複数回答)
また、健康意識の変化を質問した以下の調査では、約8割超の人が「健康意識が高まった」と答えています。
Q.新型コロナウイルス感染症の拡大により、社会状況や生活環境が変化していますが、こうした中、あなたは生活習慣に気をつける等、健康意識に変化はありましたか。あてはまるものを1つお選びください。
健康意識の高まりによって食生活の見直しを行なう人も多く、グルテンフリーや低糖質、ベジタリアンに関心が高まるなど、食の多様性も注目されるようになってきました。
次からは、フードダイバーシティについてより掘り下げて見ていきましょう。
フードダイバーシティの考え方
フードダイバーシティを考える上で基本的な要素となるのが、
- アレルギー等で体に不調が出てくるので食べられないもの
- 宗教上の決まりや、動物愛護などの主義により、食べてはいけないとされているもの
- 好き嫌いで食べたくないもの
の3つです。
それぞれ詳しく説明します。
【食べられないもの】アレルギー・病気
食物アレルギーや、病気・加齢などにより、特定の食品を食べることで健康を害する場合があります。
食物アレルギー
食物アレルギーにより食べられない食品を持つ人は年々増えています。全人口の1~2%(乳児に限定すれば10%)が食物アレルギーを持っているとされ、花粉症も含めれば3人に1人は何らかのアレルギーを持っていると推計されています(参照:厚生労働省:食物アレルギー)
主なアレルギー物質は以下です。
- 食品に表示が義務付けられている7品目:乳、卵、小麦、そば、落花生(ピーナッツ)、えび、かに
- 表示が勧められている21品目:アーモンド、いくら、キウイフルーツ、くるみ、大豆、バナナ、やまいも、カシューナッツ、もも、ごま、さば、さけ、いか、鶏肉、りんご、まつたけ、あわび、オレンジ、牛肉、ゼラチン、豚肉
(出典:アレルギーポータル:食物アレルギー)
食べてしまうと皮膚のかゆみ、目や喉のかゆみや違和感、咳、頭痛、腹痛や下痢などが起こります。重篤な場合は全身に一気に症状が現れ(アナフィラキシーショック)、命に危険が及ぶ場合もあります。
病気・加齢
病気や加齢により、食べない方がよい食品がある場合があります。例えば、糖尿病の場合は糖質・脂質を摂りすぎない、高血圧の場合も高脂肪・高コレステロールを控え、減塩食にするなどです。
また高齢の場合は、誤飲の危険性から咬合力・嚥下機能の低下に対応した食事を用意することが望まれます。
【食べてはいけないもの】宗教上の理由や考え方など
世界には、さまざまな宗教があり、それぞれの考え方などにより、食べてはいけないとされるものが存在します。いくつか例を挙げながら詳しく見ていきましょう。
イスラム教
イスラム教は、キリスト教に次ぐ世界で2番目に信者の多い宗教です。
イスラム教においては、食べてもよいとされている食品のことを「ハラル」「ハラルフード」といいます。反対に食べてはいけないものは「ハラム」といい、豚肉やアルコールは全面的に禁止しています。アルコールが含まれている調味料(みりんや醤油)や、豚に由来する食材(ラードやゼラチン、豚骨だし)、豚を調理した道具も使用禁止です。
豚以外の食べても良いとされる食肉も、屠畜の方法が決まっており、それに則って処理されたものしか食べてはいけません。
【関連記事】ハラルフードとは?具体的な食べ物の例やハラル認証、おすすめ店舗3選も
ユダヤ教
ユダヤ教においては、食べてもいいとされている食品は「コーシャ」( 「コシェル (適正な) 」というヘブライ語に由来)と呼ばれ、「カシュルート」という食事規定があります。
豚、イノシシをはじめとしてヒレとウロコのない魚類(甲殻類、タコなど)もタブーです。イスラム教と同じように、食べられる食品の加工や調理についても細かく規程があります。
また、乳製品と肉は同時に食べてはならないとし、6時間以上あける必要があります。肉料理を食べた後のミルク入りコーヒーや、サラミのピザなどはNGです。
ヒンドゥー教
インドやネパールなどに信者の多いヒンドゥー教。牛は神聖な動物とされているため、食べてはいけません。豚も不浄な動物とされているのであまり好まれず、厳格な場合は動物の肉や魚全般を食べない菜食主義の人もいます。一方で乳製品は心身を浄化するとされ、好んで食べられています。
ジャイナ教
ジャイナ教はインドに多い宗教です。不殺生を重要視しているため、生活においても虫や植物を殺さないように注意して暮らしています。
そのため肉類全般、卵、魚介類、ハチミツが禁止されています。収穫時に小さな生物を殺してしまう可能性があるため、根菜類も食べてはいけません。厳格なジャイナ教信者は、誤って虫を殺すことのないよう、調理に火を使用することを避ける場合もあります。
仏教
仏教は日本や中国をはじめとする東アジアに多い宗教です。宗派や国によって食事のルールもさまざまですが、肉食を避ける傾向にあります。香りが強い五葷(ごくんと読む、ニンニク、ニラ、ラッキョウ、玉ねぎ、アサツキのこと)は修行の妨げになるとされ、厳格な仏教においては禁止です。
日本では、仏教の食事として精進料理があります。豆腐や野菜を使い、肉類、魚介類、五葷を使用しない食事です。お寺の宿坊や専門の料理店で味わうことができます。
以上、主な宗教ごとの食事を紹介しました。次は、考え方や主義による食事の決まりを紹介します。
ヴィーガン
ヴィーガンはベジタリアンの一種です。一般的なベジタリアンは肉や魚を食べませんが、ヴィーガンはそれらに加えて卵、乳製品、ハチミツなどの動物に由来する食材を一切口にせず「完全菜食主義者」と呼ばれています。動物愛護や環境保護、健康志向からこの食事を選ぶ場合が多いでしょう。ヴィーガンを選択している人は、日常生活においても、革製品を使わない、動物実験を行う化粧品や薬を使わない、などを実践しています。
他のベジタリアンの種類として
- ラクト:乳製品は食べる
- オボ:卵は食べる
- 五葷フリー:五葷を食べない
- ホールフード:全粒粉や玄米など、精製されていないものを食べる
などがあり、ラクト・オボなど組み合わせて実践している人もいます。
ベジタリアンの他にも、主義による食事の様式の一例として以下があります。
- グルテンフリー:小麦に含まれるグルテンを摂らない食事
- ローフード:加熱されたものを食べず、raw(生)のものを食べる食事
- マクロビオティック:玄米菜食主義
>>様々な食のスタイルについては以下の記事で詳しく解説しています。
【食べたくないもの】好き嫌い
個人の好き嫌いも多様性のひとつです。あまり好意的に語られることは少ないものの、食べたくない気持ちは他の宗教や主義などと同じです。嫌いなものを食べなければいけない食事は楽しくありません。尊重してみんなで楽しく食事ができるといいですね。
日本におけるフードダイバーシティの課題
フードダイバーシティの種類について詳しく見てきました。現状、日本においてフードダイバーシティを取り入れている飲食店は多くありません。なぜ広まらないのでしょうか。
認知が広がっていない
フードダイバーシティという認識が広がっていないことが理由のひとつです。日本では宗教に対する関心が薄いこともあり、「宗教上の理由」と言っても理解されないこともあるでしょう。「アレルギーも好き嫌いのようなものだ」と考える人が一定数いるのも事実です。
また、もったいない精神が根付いた日本では、出された食べ物は残さず食べるという文化があります。子どもが食事を残すと行儀が悪いと怒られる場合も見られます。宗教への馴染みがあまりないとはいえ、お米には神様が宿っていて残すと目がつぶれるという話もあり、「食べられない物がある=悪いこと」という認識があります。
対応しているお店がまだ少ない
フードダイバーシティ株式会社の調査によると、2021年に大手企業がフードダイバーシティに対する取り組みとして上記のようなメニューを発売しました。大手のファミリーレストランなど、子どもの来店が多い店舗ではアレルギー対応食も見られるようになり、少しずつフードダイバーシティへの対応が進んでいます。一方、個人経営や小規模の飲食店では、なかなか対応できていないのが現状です。
ハラルを例に見ていきましょう。厚生労働省の統計によると、全国には1,446,479店(2021年度)の飲食店があります(飲食店営業施設数の推移)。そのうち、「ハラルグルメジャパン」というハラル対応の飲食店を探せるポータルサイトに登録されている店舗は約800店です(ハラルグルメジャパン)。もちろん、これが全てではありませんが、割合にすると0.05%程と、ハラル対応の店はとても少ないことが分かります。
今後、インバウンドを獲得するためには、これらの課題の解消を目指さなければなりません。では、フードダイバーシティに取り組むためには、どのようにすれば良いのでしょうか。実際に取り組む飲食店を紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。
フードダイバーシティに取り組む飲食店事例
ここでは、ハラル、ヴィーガン、グルテンフリーに取り組んでいるお店を取り上げました。
Hyssop(京都、ハラル)
京都の四条河原町にあるHyssop(ヒソップ)は、植物に囲まれた美しい吹き抜けが魅力の洋食レストランです。「さまざまな国のお客様が同じテーブルで食事を楽しむ」をコンセプトとしており、2022年12月からハラル和牛を始めとしたハラルメニューの提供を開始しました。ヴィーガンにも対応しているため、違う宗教や主義の人同士でも気兼ねなく利用できます。
Righteous Burger(東京、ヴィーガン)
東京、二子玉川に2022年12月オープンしたRighteous Burger(ライチャスバーガー)は、使用する食材すべてがヴィーガンに対応しているハンバーガー店です。パティには豆腐や野菜、穀物、スパイスをたっぷりと使用し、ソースは自家製でヘルシーかつジャンキーが特徴です。満足できるボリューム感・味なので、ヴィーガンを実践していない方も一度、口にしてみてはいかがでしょうか。キッチンカーによるイベント出店もあります。
BRILLANTE IL SUZUKI(静岡、グルテンフリー)
BRILLANTE IL SUZUKI(ブリランテスズキ)は、静岡県浜松市にあるカウンター席のみの小さなイタリアンレストランです。地元の肉や魚介類、オーガニック野菜をふんだんに使用し、小麦粉不使用で本格的なイタリアンを提供しています。
器ものやグルテンフリーのパン、お惣菜などを販売するショップも併設されており、気軽に利用できますよ。
フードダイバーシティとSDGsの関係
最後に、フードダイバーシティのSDGsとの関係性についてチェックしておきましょう。
特に目標10「人や国の不平等をなくそう」と関係
フードダイバーシティは、特に目標10「人や国の不平等をなくそう」と関係があります。目標10は、貧富の差や、性別・民族・生まれ・宗教などによる社会的・経済的・政治的な格差をなくすことについて言及しています。
フードダイバーシティ、貧困問題などと比べると注目されにくい側面があります。しかし、宗教や考え方の違いによって入店できない飲食店があることは格差と言えるのではないでしょうか。さまざまな考え方・宗教の人が利用できるように配慮することは、SDGsの達成に繋がります。
【関連記事】SDGs10「人や国の不平等をなくそう」の現状と問題点、取り組み事例、私たちにできること
まとめ
フードダイバーシティはインバウンド回復の鍵として期待されており、ウィズコロナとなっていくこれからの時代、必須の考え方になっていくでしょう。
宗教や考え方ごとにさまざまな違いがあることも分かりました。日本においては認識が進んでいない、対応するお店が少ないという課題もあります。個人が理解を深めていけば、社会の認識も変わり、SDGsの達成にも近づいていくでしょう。
<参考文献>
フードダイバーシティ・トゥディ
訪日外国人旅行者数・出国日本人数 | 統計情報
東京都福祉保健局:withコロナ時代の健康づくりガイド
アレルギーポータル:食物アレルギー
厚生労働省:政策レポート(食品のアレルギー表示について)
東京都:インバウンド対応ガイドブック
日本調理科学会誌:一歩から始まるフードダイバーシティ
コーシャとは? | コーシャジャパン株式会社
農林水産省:II. コーシャ
国土交通省:6.ヒンドゥー教
国土交通省:7.ジャイナ教
国土交通省:3.仏教