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養液土耕栽培とは?メリット・デメリットと仕組みを紹介

日本の食料生産を取り巻く事情は、年々厳しくなっています。輸入に依存する低い食料自給率は、就農人口の減少や耕作放棄地の増加、肥料・燃油代の高騰によって悪化の一途を辿っています。

一方で消費者の安心・安全に対する関心の高まりや流通の変化によって、野菜生産では低コスト化、収量・品質の向上、さらには環境負荷が少ない持続的な農業が求められています。こうした課題を解決する、新しい生産方法として注目されているのが養液土耕栽培です。

この記事では、養液土耕栽培についてわかりやすく解説します。

養液土耕栽培とは

養液土耕栽培とは一言でいうと、土を栽培地として使い、灌水(水を注ぐこと)と施肥(肥料を与える)を作物の生育に合わせて同時に行う栽培システムのことです。

養液土耕栽培では、土壌の持つ機能(緩衝能)を活かしながら、ドリップチューブ※を使う点滴灌水方法によって、水と液体状の肥料(液肥)を作物にピンポイントで与えます。

灌水と施肥の量は、センサーなどによってリアルタイムで診断される栄養や土壌の状態に合わせ、毎日必要とする分だけ過不足なく与えられるようになっています。

ドリップチューブ

チューブ(ホース)の中に一定間隔で水が一定量滴る、ドリッパーという点滴機器を内蔵したもの

そのほかの養液土耕栽培の特徴としては

  • 水と液肥を同時に使用(施肥と灌水を分ける場合もある)
  • 元肥なし
  • 灌水と施肥は毎日行われる
  • 灌水は自動化・省力化

などがあり、1日に数回、灌水と施肥を行うことで、土壌中の養分濃度や作物の栄養状態を最適な状態に維持することが容易になります。

養液土耕栽培の歩み

養液土耕栽培は最近の技術というわけではなく、古くから海外の施設園芸で行われていました。

特にイスラエルやスペインなど水が少なく貴重な国では、従来の灌水施肥ではなく、ドリップチューブを利用した「Drip Fertigationドリップ・ファーティゲーション:点滴灌水施肥栽培)」が1960年代に開発され、普及してきました。

日本では1991年に、大塚化学(現:OATアグリオ株式会社)がそれまでの養液栽培技術の知見を活かしてドリップ・ファーティゲーションの技術研究を進め、栽培環境に適したシステムとマニュアルを開発しました。

その後、このシステムは「養液土耕栽培」と命名され、同社による登録商標※となっています。

「灌水施肥栽培」「灌水同時施肥栽培」や、英語の直訳である「点滴灌水施肥栽培」といった呼び方も、基本的には同じものです。

※ただし商品名に使わない限り「養液土耕」「養液土耕栽培」という名称を他社が使うのは問題ないとされる

養液栽培・土耕栽培との違い

イメージ画像

養液土耕栽培と同じような言葉として「養液栽培」と「土耕栽培」があります。養液土耕栽培は、この両者の長所をいいとこ取りした栽培方法と言えますが、どのような違いがあるのでしょうか。

養液栽培

養液栽培は、実際の土壌を使わず、固形の人工培地や水中などに根系を形成させて栽培する方法です。作物の特性に合わせた培養液を与え、根には適度な酸素供給を行います。培養液の濃度は毎日の吸水量より多めに使用し、濃度管理による生育コントロールを行うのが特徴です。

養液土耕栽培との違い①:培地は土壌

養液土耕栽培は土が培地です。土の緩衝機能と土壌微生物の働きにより、自然に近い土耕栽培のメリットを得ることができます。

養液土耕栽培との違い②:水と液肥の与え方

養液栽培では、やや多めの液肥濃度を与え、濃度の制御が重要視されます。これに対し養液土耕栽培は、より綿密な施肥コントロールと水分コントロールにより、必要最小限の養分と水を少量ずつ施用します。

土耕栽培

土耕栽培は、土と水、肥料で植物を育てる、昔から行われてきた慣行栽培のことです。

有機栽培のように、より自然に近い環境で品質の高い作物を育てるのに適しています。しかしその反面、天候や土壌の成分、病害虫など自然の環境による影響を受けやすく、労力がかかるのが難点です。

養液土耕栽培との違い:元肥(基肥)は不要

元肥とは、土耕栽培で耕作前に培地に施す肥料です。養液土耕栽培では必要な栄養素は全てドリップチューブ経由で送られるため、この元肥が不要になります。土壌としての性質や生物多様性を保つために堆肥を入れることはありますが、土壌には生育の三要素(窒素・リン酸・カリ)または五要素(+カルシウム・マグネシウム)は必要としません。

養液土耕栽培のシステム

養液土耕栽培のシステムには、配管を地面に敷いて植物のそばに点滴する地面敷設式と、配管を地中に埋めて根に直接施肥灌水する地中埋設式があり、露地栽培にも施設栽培も応用できます。

一般的に使われているのは地面敷設式が多く、その基本的システムは

  • 液肥タンク
  • 液肥混入機
  • ドリップチューブ(点滴チューブ)
  • 電磁弁

などで構成されています。

この他にも、水源の状況に応じて原水ポンプ・フィルターや水圧調整弁などがあります。

液肥タンク

液肥タンクは、施用する液肥の濃厚原液を溜めて、液肥混入機の近くに置いておきます。

養液土耕栽培では液肥を水に混入して、潅水と施肥を毎日同時に行うため、肥料を溶かした濃厚原液を混入機とは別に用意しておく必要があります。

液肥混入機

液肥混入機は、液肥タンクからの濃厚原液と水源からの水を混合させて希釈液肥を作り、ポンプでチューブへ送り込む働きをします。

土壌中の養水分診断結果に基づいて時間・水量・液肥倍率を入力しておくと、自動で調節して、施肥と潅水をしてくれる仕組みになっています。

リアルタイムで安定した精度の高い液肥注入ができるほか、流量や各成分量もデータ表示が可能で、PCやスマートフォンに取り込む機能を備えている製品もあります。

ドリップチューブ(点滴チューブ)

作物に水や液肥を供給するために、圃場の畝に沿ってドリップチューブを配置します。

ドリップチューブは、点滴口(ドリッパー)が一定の間隔で設けられ、圃場全体に均一な量の水と液肥が流れ出ていきます。圃場の起伏に応じて圧力を補正し、灌水量を一定に保つ機能や、自己洗浄により目詰まりを防ぐ機能など、さまざまな機能を備えた製品があります。

電磁弁

電磁弁は、液肥混入機とドリップチューブの間に設置し、液肥混入機からの制御によって弁を開閉させ、区画ごとに液肥注入を制御する働きをします。

養液土耕栽培のメリット

養液土耕栽培は施設農業の分野において、21世紀の栽培方法として注目されています。そのさまざまなメリットについて説明していきましょう。

メリット①省力化

養液土耕栽培の大きなメリットは、作業の省力化につながることです。

灌水・施肥など養水分管理は液肥混入機が制御してくれるため、数値化・マニュアル化が容易になることで作業が省力化されます。農業者の負担を減らすことで農家の高齢化にも対応できるほか、余った時間を生産管理や規模拡大、リフレッシュのための休暇に回すことも可能となります。

メリット②高品質・高生産

養液土耕栽培は、作物へのストレスがなく、高品質・高生産性につながる技術という評価がされています。その理由として、ドリップチューブにより潅水と施肥を均一にできるので、養分の過不足や極端な土壌水分の変動が起きません。根圏の環境も良好に維持されるので、水分ストレスが少なく生育状況が安定します。

作物の養分吸収特性や生育ステージに合わせた効率的な施肥潅水ができることで、養分蓄積による生育障害・連作障害が低減できるほか、慣行栽培でよく見られる、初期の生育段階で基肥に肥料を入れ過ぎる「成り疲れ」もありません。

メリット③環境保全型農業

もう一つの背景には、環境保全型農業への貢献があげられます。従来の慣行栽培では、NH4+(アンモニウムイオン)やNO2-(ニトロニウムイオン)の土壌蓄積による過剰障害や、農業域外への肥料の流出(硝酸態窒素)などの問題が生じています。

養液土耕栽培では、作物ごとの養分吸収性を考慮して、必要最小限の水や液肥を効率的に使い、不要な副成分を極力抑えています。そのため、栽培終了後の塩類集積やNO3-(硝酸塩)など、養分流出による環境への負荷も回避できます。

肥料の削減や土壌への負荷もなく、養液栽培で使われる人工培地の廃棄処理も必要ないなど、養液土耕栽培は多くの面で環境負荷の少ない栽培方法と言えるでしょう。

【関連記事】環境保全とは?農業や企業の取り組み事例と私たちにできること

養液土耕栽培のデメリット

一方、養液土耕栽培にも注意すべき点がいくつかあります。日本では主に低コスト化が目的で養液土耕栽培を導入する場合も多く、従来の栽培方法と同じ考えでは思わぬ問題が発生することもあります。

デメリット①水質管理が必要

養液土耕栽培では水質の管理に手間がかかります。

水にはさまざまな成分が溶け込んでおり、場合によっては作物の過剰障害の原因になりえます。

また、水の成分や量による肥料の溶け具合や安定性、水の鉄分量などがチューブやドリッパーの目詰まりを引き起こすこともあります。

こうした問題を回避するため事前に水質検査を行うほか、原水フィルターや目詰まり防止機能つきチューブなどの設備導入が必要になります。

デメリット②条件の事前把握が必要

養液土耕栽培で大変なのが、

  • 植物の種類や生育段階
  • 天気や土壌の条件

などに合わせ、肥料の種類や濃度、灌水量を事前に把握しなければならないことです。

近年ではその多くがマニュアル化されているものの、従来の慣行農業とは異なる情報を理解していなければならないのは大変です。

デメリット③有機肥料が少ない

環境保全型農業という面での養液土耕栽培の問題は、使われる液肥の多くが無機化学肥料であることです。そのため、養液土耕栽培は有機農業を求める農家や消費者の志向に合わないことを懸念する声もあります。こうした問題を解決するため、CSLと呼ばれるトウモロコシからブドウ糖を製造する際の廃液が、有機質液肥として商品化されています。そのほか、家畜糞尿処理の際に生じるメタン消化液など、有機性廃棄物を使用した液肥の開発が進んでいます。

養液土耕栽培に向いている作物

養液土耕栽培は適用作物の幅が広いのが特徴であり、現在はさまざまな作物で利用されています。

主に採用されているのは施設園芸、つまりハウス栽培など施設を使った作物です。中でもシステム導入への経費を付加価値に乗せやすく、栽培に緻密な管理が求められる果菜類や花卉類に適しています。

また近年では露地栽培や、果樹や植木などへの普及も進んでいます。

養液土耕栽培に適した作物(一例)

施設園芸(果菜類)トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、イチゴ、セロリ、メロンなど
施設園芸(花卉)カーネーション、キク、バラ、スイートピー
露地栽培アスパラガス、キュウリ、レタス、葉ネギ、ホウレンソウなど

養液土耕栽培の事例

養液土耕栽培は、現在多くの農家・農業者で採用され、各地で効果を上げています。さまざまな栽培事例の中から、そのいくつかを紹介していきます。

事例①トマト・セロリなど(香川県三豊地域)

香川県三豊地域では、平成5年というかなり早い段階から養液土耕栽培の導入を始めています。

この地域では、トマトやセロリ、キュウリなどを中心に複数の協力農家による養液土耕栽培を行い、導入初年度からトマトの1割増収と15%の肥料削減という結果を出しました。冬セロリに至っては、約3割の増収と50%の肥料削減、4割の節水にも成功しています。

こうした成果により、養液土耕栽培を導入した農家の多くで経営規模の拡大につながっています。

事例②パッションフルーツ(三重県農業研究所)

熱帯植物のパッションフルーツは霜害に弱く、温帯での露地栽培では多収が難しい植物です。

三重県農業研究所による栽培事例では、1.8m程度の高い棚から10a当たり約330の鉢を吊り下げる栽培方法を採用。さらに、養液土耕栽培による灌水設備を導入し、各鉢に養液を自動的に1日に少量ずつ、複数回できるシステムを構築しました。

これにより、ハウス栽培と比較して高い糖度を持ち、完熟果の割合が高い果実生産を実現しています。

事例③アスパラガス

アスパラガスは肥料を多く必要としますが、反応が鈍く肥料が適量かどうかの判断が難しいこともあり、過剰施肥により根が弱って減収した例も見受けられます。このような問題を解決するため、全国各地のアスパラガス農家で養液土耕栽培が積極的に導入されています。

アスパラガスは施肥と灌水の組み合わせ効果が高く、養液土耕栽培に適していることから、効率化による施肥・灌水の労力軽減にもつながります。また、ドリップチューブを使うため、水のはね上がりがなく、茎枯病の発生を抑えられるといったメリットもあり、夏秋どりの増収や品質の向上など、高い効果が見込まれます。

養液土耕栽培を始めるポイント

養液土耕栽培を始めるには、従来の慣行農業との違いを理解すること、事前の準備を重視することが大事です。中でも重要なポイントとなるのは、以下のような点です。

ポイント①土づくり

養液土耕栽培が土を培地にする以上、土を栽培に適した状態にしておくことは最も大事なポイントです。ここで気をつけるのは、

  • 液が浸透しやすい通気性
  • 土壌分析に基づく施肥設計
  • 病虫害対策

は確実に行わなければいけないということです。

点滴された液肥が均等に土壌に浸透するには、横への浸透が20〜30cm以上必要になります。点滴灌水に適した通気性を確保しましょう。

そして、特に重要なのは土壌分析です。前作の残存肥料によっては生育に影響が出るだけでなく、最悪の場合、連作障害を引き起こすことにもなるため、地域のJAなどの機関を通して土壌サンプリングや分析を行いましょう。

ポイント②肥料

養液土耕栽培の基本は、植物に必要な養分は液肥混入機からの液肥と水のみであるということです。

そのため慣行栽培のような元肥や追肥は必要ないばかりか、窒素養分の過剰や肥料焼けの発生にもつながります。

養液土耕栽培の肥料の原則は「ゼロスタート、ゼロ終了」、余計な肥料を絶対に使わない。

特に栽培終了時には、植物は肥料を必要としないため、土に余計な養分を残さないことが大事です。

初心者は水や液肥の少なさを心配して多めに与えがちですが、過剰な養水分は生育が逆に悪くなります。吸収しきれない養分は土壌の塩類集積が発生する原因にもなるため、基準を守って正しく施用してください。

ポイント③マニュアルの理解と機材の選定

もう一つのポイントは、栽培方法のマニュアルをしっかりと理解し、作物の種類や生育状況による肥料の違いや施肥量を把握することと、使用するシステムの機材を十分に理解しておくことです。

栽培面積に応じたタンクの容量やポンプの流量、ドリップの間隔や水圧、必要な機能によるチューブの選定、液肥混入機はタイマーのみで十分か、スマホ連動やデータ分析機能も必要か、など、予算や経営規模に合わせた無駄のない運用で費用対効果を高めていきましょう。

養液土耕栽培とSDGs

最後に、養液土耕栽培とSDGs(持続可能な開発目標)との関係について触れていきたいと思います。

目標2「飢餓をゼロに」

養液土耕栽培による高品質・高生産性な食料生産システムは、SDGsの目標2「飢餓をゼロに」で掲げられている、ターゲット2.4の

2030年までに、生産性を向上させ、生産量を増やし、生態系を維持し、気候変動や極端な気象現象、干ばつ、洪水及びその他の災害に対する適応能力を向上させ、漸進的に土地と土壌の質を改善させるような、持続可能な食料生産システムを確保し、強靭(レジリエント)な農業を実践する

の条件に適した栽培方法といえます。

目標15「陸の豊かさも守ろう」

もう一つ養液土耕栽培と関連してくるのが、目標15「陸の豊かさも守ろう」です。

ここでは、ターゲット15.3の

2030年までに、砂漠化に対処し、砂漠化、干ばつ及び洪水の影響を受けた土地などの劣化した土地と土壌を回復し、土地劣化に荷担しない世界の達成に尽力する

にある通り、土壌の回復と劣化に加担しない農業の選択肢として、養液土耕栽培に寄せられる期待は少なくないものがあります。

まとめ

「農業は自然破壊そのものである」と言われるように、在来の農業は土や水、植物に大きな負担をかけて私たちの食料を生産してきました。一方で地球の人口は今後も増え続け、食料の安定確保はより深刻な問題となってきます。これからの世界には、安全で質の高い野菜や果物をより多く生産し、なおかつ自然に負担をかけない作物栽培の普及が求められています。

養液土耕栽培はその解決手段として、非常に有効な選択肢になり得ます。食料を必要とする私たち人間にも、農業者の生活にも、自然にも優しい未来の農業が広がっていくことを期待しましょう。

【関連記事】水耕栽培とは?メリットやデメリット、おすすめ野菜・花の紹介も

<参考文献・資料>
養液土耕栽培の理論と実際/青木宏史、梅津憲治、小野信一[編]/誠文堂新光社 , 2001年
養液土耕-ルーラル電子図書館―農業技術事典 NAROPEDIA (ruralnet.or.jp)
OATアグリオ
養液土耕栽培のメリット・デメリット。養液栽培・土耕栽培との違いは? | 施設園芸.com
花き類の養液土耕法のマニュアル|栃木県農業試験場
「化学肥料に関する知識」File No. 54.pdf (BSI 生物科学研究所)
養液土耕栽培の始め方 (zero-agri.jp)
有機養液土耕のトマト促成長期栽培への適用と現地農家への導入|野菜茶業研究所研究報告 5
以下全て、ルーラル電子図書館(農文協)『農業技術大系』より
野菜編 第12巻 養液土耕栽培 養液土耕栽培+3~養液土耕栽培+7/養液土耕栽培の考え方とねらい
野菜編 第12巻 養液土耕栽培+74の2~養液土耕栽培+74の13
野菜編 第8-2巻 基+307~基+315/アスパラガスの養液土耕栽培
土壌施肥編 第6-1巻 技術+124の6~技術+124の11/野菜の養液土耕
果樹編 第7巻 栽培の基礎+33~栽培の基礎+37/パッションフルーツの鉢吊り下げ式養液土耕栽培
花卉編 第2巻 本体+331~本体+334の6